教えていただけますか
本を読んでいて、時々
ギルバート流喜歌劇センスを
持った、、、と言う表現に出会います。
具体的には欧米の人はこの表現に
どう言うイメージを持つのでしょうか。
””どこかのギルバート流喜歌劇センスを
持った判事が馬鹿げた犯罪にふさわしい
馬鹿げた罪を与えたくなり””””
と、あります。
宜しくお願いいたします。

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A 回答 (2件)

失礼いたしました。


日本ではあまりなじみのない作詞作曲家コンビですが、欧米では大変有名な2人です。なので、英語のサイトなら詳しく出ているところはいろいろあろうかと思います。以下はウィキペディア英語版。
Gilbert, who wrote the words, created fanciful topsy-turvy worlds for these operas, where each absurdity is taken to its logical conclusion--fairies rub elbows with British lords, flirting is a capital offence, gondoliers ascend to the monarchy, and pirates turn out to be noblemen who have gone wrong. Sullivan, seven years younger than Gilbert, composed the music, contributing memorable melodies that could convey both humour and pathos.

absurdityというのは、日本語でいえばナンセンスということですね。
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この回答へのお礼

absurdity
辞書片手に読ませていただきました。
ニュアンス了解いたしました。
absurdityで書いてみます
再度の投稿感謝感激雨霰
サンクス、ア、ロット

お礼日時:2008/10/10 13:16

ギルバート&サリバンという、喜歌劇の作者がいたのですよ。


ここに説明あるので、読んでみてください。ギルバート&サリバンを主人公にした映画の紹介ですが、実在の喜歌劇作家たちです。
http://britannia.cool.ne.jp/cinema/title/topsy_t …
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この回答へのお礼

有難う御座います。
書き込みが舌足らずだった事を
お詫びいたします。
ここまでは調べたのですが
それを読んでも理解で出来なかった
ものですから一般の人々の間に
共通認識が有ると考え質問させて
頂きました。
例:ナンセンスの代名詞、とか
よろしくお願いいたします。

お礼日時:2008/10/10 10:55

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Q抽象表現主義の絵画は何を表現しているのですか?

抽象表現主義の絵画が抽象的に「表現」しているものとはなんですか?
教えてください。

Aベストアンサー

1950~60年頃、いわゆる『熱い抽象」と言われた絵画の潮流のことで、何かの具体的な、「もの」のイメージではなく、音楽たとえばジャズの即興演奏などのように、『色』『筆触』だとか『空間』の広がりだとか、いわゆるアクションペインティングなどの方法、によって、飛び散った絵の具や、オートマチックなアクションの軌跡などが、みる人にある種の表現主義的な『感情』や「新しい空間の体験」を感じさせるものです。フランスのアンフォルメル、やオランダあたりの「コブラ」あるいは、アクションペインティングのジャクソンポロックなどをその範疇に入れると思うが、『抽象表現主義」というのは評論家の作った言葉なので、規定することは難しい、特にポロックなどは、単純な感情の爆発,開放ではない深い人間の本質に向かう、「内省」のようなものがあります。そして多くの「抽象表現主義」の作家は、いわゆる感覚的な『叙情』の世界に陥って活動をおえています。

Q美術的センスはどうでしょう Part2

Part1→
 http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6234440.html

なんかより、すごく時間をかけて書きました!!
1時間ですよww

それと、前より上達しました。

判定はどうでしょうか?

Aベストアンサー

絵を書くのはいいけど、人に見せるようなものではない。

才能とか努力と結果は別なものです。

ここは質問サイトです、仮にものすごくうまくなったとしてもサイトの目的と合致しないと思います。

個人の楽しみならブログでして下さい。
本気で見せるならペイントじゃなくてちゃんとしたソフトでちゃんと描いてください。
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楽しいのは分かるけど、まず落ち着いてください。

Q指揮棒を持つ指揮者・持たない指揮者

近年、オーケストラの指揮者は指揮棒を持たない人が増えたような気がします。

例えば、
・ゲルギエフ
・ブーレーズ
・小澤征爾 (若い時は持っていた?)
・アーノンクール
・ノリントン (持っている動画もある)
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1.これは歴史的に見て、持たない指揮者が増えてきたということでしょうか?
2.個人的には指揮棒を持たないと、後ろにいる演奏者は「ビート(拍)」が見づらいのではないかと思うのですが、「持つ・持たない」のメリット・デメリットはなんでしょう?

3.また、合唱では指揮者は基本的には持たない気がしますが、なにかお気づきの点はありますか?

(※個人的な感想で結構ですので、こうではないかとお考えのことがございましたらお知らせ下さい)

Aベストアンサー

私個人としてはたまたまそういう時期なのかなと思います。
指揮棒を持つ人が増えるのか減るのかは、まだ判らないと思います。

持つデメリットですが、バロック時代のリュリは指揮杖で自分の足を強打してその怪我がもとで亡くなっています。
また最近になると思いますが、著名な指揮者でも手や額に突き刺って流血したりする事件が発生していて、
指揮棒はグラスファイバー製になったりして強度が増している分、自らを傷つける凶器にもなりますね。

私は指揮棒を振るう指揮者が格好が良くて憧れますが、指揮棒を持たない指揮者はオケに対して繊細な要求をしている感じがしますね。

Qセンスが良いって?

どういうことを言いますか?
どうしたらセンスを磨けますか?

Aベストアンサー

>どういうことを言いますか?
「モーツァルトはノーベル賞受賞者も聴いてる」
「モーツァルトを聴けば頭が良くなるor胎教にいい」
「わたくし長い人生で色々聴きましたけど、いきつくのはやっぱりモーツァルトですね」
・・・みたいなことは間違っても言わない人ですかね。こういう人には音楽的センスは勿論、知性のかけらすらも感じないです・・・悪いですけど。


>どうしたらセンスを磨けますか?
まずとにかく、国やジャンルや時代を越えて、色々聴くことですね。でもまずは日本ではなく、海外から。全て聴くというのが重要なのではなく、ある段階でご自身なりに見えてくるものがあると思います。
(本当に新旧・世界の様々な音楽を目の当たりにすれば、おそらくモーツァルトにたどりつくなんてことはあり得ないです。tasa_tasaさんがそういう失敗に至らないことを祈ります。)

Q主旋律ORムード?国によって変わるセンス

例えば久石譲やBzやZARDなどの邦楽と、
エンヤやマライヤキャリーなどの洋楽を聴き比べると良く思うのですけど、

日本の音楽って、主旋律重視と言う感じがするのです。いかにメロディで表情を豊かにするか、が最も重要視されていて、極端な話あとはそれほど重要ではない、という。

対して洋楽系統は、もう少し全体的な雰囲気を重視させる気がします。エンヤなどは日本人好みのテイストではあるけど、久石譲などと比べるとやはりそれほど主旋律は自己主張しませんよね。(BON JOVIなんかは主旋律重視の気もしますけど)

どちらが良いか悪いかではなく、この違いはどんなところから来ていると思いますか?文化とか価値観など、何か思いつくフシがありましたら、聞かせて下さい。

Aベストアンサー

>武満徹や坂本龍一はそのイミで言うと革新派、ということになるのかも知れない、ということなのでしょうか。
逆に滝廉太郎などは、もうバリバリの和風スタイルですよね

逆だと思います。滝廉太郎の曲はシューベルトっぽいですし、西洋の「和声」や「楽式」の概念が入ってきたばかりの日本で、それに習って曲を書いた人というイメージが強いです。山田耕作もそんな感じですね。もう既に西洋では12音技法や無調などが台頭し、そのような作曲スタイルが時代遅れになってきた頃に日本で流行り始めたというか、そんな感じだと思います。

逆に武満徹の作品こそ日本的な精神に則っていると思います。
有名どころでは尺八と琵琶の協奏曲である「ノヴェンバーステップス」について作曲者は「東洋の音を五線譜で表すことはナンセンスである」ことや「音律などに関する日本人の音楽観の復興」などについて述べています。
一音の伸ばしに美を追求することや、西洋では排除される「ノイズ」や「間」に音楽を見出すところなど日本的なセンスだと思います。
同様の傾向に西村朗がいると思います。似たような旋律を少し時間的にずらしてあわせる「ヘテロフォニー」という手法を前面に押し出したり、彼の作風は明らかに東洋的な概念によっています。

坂本龍一はポップスの曲が多く、それ自体がクラシックの考えとは全く異なるので、武満や滝廉太郎と同列に並べることが違っていると思います。しかしながらポップスはそのものが西洋的概念です

初めの質問に戻ります
>日本の音楽って、主旋律重視と言う感じがするのです。いかにメロディで表情を豊かにするか、が最も重要視されていて、極端な話あとはそれほど重要ではない、という。

そうですね。「主旋律と伴奏」や「和声と対位法」という概念自体が西洋からの輸入です。日本には古来より旋律は1本しかありません。それか一音の伸ばした音だけです。

>対して洋楽系統は、もう少し全体的な雰囲気を重視させる気がします。エンヤなどは日本人好みのテイストではあるけど、久石譲などと比べるとやはりそれほど主旋律は自己主張しませんよね。(BON JOVIなんかは主旋律重視の気もしますけど)

ポップスにおける「邦楽」「洋楽」と本来の意味の「東洋」「西洋」の意味をごっちゃにしています。それらはまったく異なるものです。

とりあえずコメントしますと「全体の雰囲気」=「調和」と捉えるならばそれは正しいです。西洋音楽は縦のライン(=和声)と横のライン(=対位法)、全体の構造(=楽式)等の要素ををいかに調和させるかを考えて作られています。とてもシステマティックなものなのです

>武満徹や坂本龍一はそのイミで言うと革新派、ということになるのかも知れない、ということなのでしょうか。
逆に滝廉太郎などは、もうバリバリの和風スタイルですよね

逆だと思います。滝廉太郎の曲はシューベルトっぽいですし、西洋の「和声」や「楽式」の概念が入ってきたばかりの日本で、それに習って曲を書いた人というイメージが強いです。山田耕作もそんな感じですね。もう既に西洋では12音技法や無調などが台頭し、そのような作曲スタイルが時代遅れになってきた頃に日本で流行り始めたというか、そん...続きを読む


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