奈良県橿原市周辺で西本願寺宗派のお寺さんを探しているのですが、見つける事ができません。
奈良市になら教堂があったのですが・・・
出来ればもっと近くが良いなと。小さなお寺さんで十分なのですが。誰か教えてください!

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A 回答 (1件)

西本願寺派とは、浄土真宗本願寺派で良いですよね。



寺院コムで検索したら、下記の2カ所が見つかりました。

奈良県橿原市新堂町「光輪山 浄念寺」
http://www.terakoya.ne.jp/terakoya/

向暁山 妙観寺
http://www5a.biglobe.ne.jp/~myoukan/

参考URL:http://jiin.net/indexi.html
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この回答へのお礼

こんなにすぐご返事頂けるなんて!!(*^-^)
感謝感激です!
okwebの会員になって良かった~♪

お礼日時:2001/02/26 14:41

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Q例えば、シャルトル大聖堂やノートルダム大聖堂といった、大聖堂というのは

例えば、シャルトル大聖堂やノートルダム大聖堂といった、大聖堂というのはキリスト教にとって、どんな意味合いの建物なのでしょうか?

Aベストアンサー

 一口にキリスト教といっても、様々な教派があり、それぞれによって大聖堂(カテラドル)の意味合いが違います。
 東方正教会では比較的大きな聖堂を「大聖堂」と呼んでいるのに対し、カトリックや聖公会では司教がいる聖堂を指します。プロテスタントの場合は司教に相当する役職がないので、東方正教会と同様に建物の規模によるようです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%81%96%E5%A0%82

Q宗派の違うお寺と付き合っていますがいいのでしょうか

35年前に父が亡くなったのですが、そのときは、田舎の先祖代々の墓がある寺に戒名を作ってもらい位牌のお経をあげてもらいました。

しかし、我が家はそこから遠く離れているため、現在は別の地元の寺ともお付き合いしています。
その寺に暫く父の骨を預かっていただき、墓を作ってからもその寺の住職にお経を上げてもらいました。今も、盆暮れ、お彼岸はその寺にお経を上げてもらっています。

問題は、田舎の寺(浄土真宗西本願寺派)と地元の寺(曹洞宗)は宗派が違うことです。

浄土真宗西本願寺派に魂を入れてもらった位牌の仏に対して、曹洞宗の檀家として供養を続けてもいいのでしょうか。

Aベストアンサー

故人の供養とは、残された人の安心感・満足感であると思います。
貴方が安心・満足できる方法が最大の供養です。
 宗派や寺などは、その手段です。拘る事は無いと思います。

余談ですが、父の葬儀の時に本家から参列がありお経が始まった途端に
 「宗派が違う」と言われたが、時すでに遅し(自分はその宗派と信じていた)今もそのままで、そのお寺でお経を上げて頂いています。

Qお寺では供養しているお墓がありますが、例えばそのお寺の住職が亡くなった

お寺では供養しているお墓がありますが、例えばそのお寺の住職が亡くなったりなどで
廃寺になってしまった場合、そこで供養されていたお墓はどうなりますか?

Aベストアンサー

その地区ごとにの同じ宗派の仏教会がありますから
大丈夫です。

町や村が過疎で、人口が極端に減少しない限りは同宗派寺院の
サポートが有るか、新たに住職様が着任されます。
私も近所で若くして亡くなられたご住職様のあとを
どうしているのかを気になって時々見ておりましたが、
他の寺院からのサポートあっていました。

ただ、本当に廃寺になる場合は前もってお知らせが有る様です。
同宗派の別寺院が引き受けてくれるか、あるいは別にお墓を
探すことになるでしょうね。
しかし、そのお寺の檀家で話し合い、お墓の管理は別に頼み、
行事は近くの同宗派の寺院から来られる形をとる場合も有ると
最近知りました。
この方法だとたとえそこに住職様がおられなくともお墓の維持管理
はきちんとされますね。

新聞のお知らせ欄に◯◯寺院からというお墓に関しての
お知らせが掲載されていますよ。
お寺も跡継ぎ問題があるようで、誰も跡を継がない場合は
養子をもらって継いでいる事もあるようです。

Q鳥取県鳥取市の浄土真宗のお寺

鳥取県鳥取市の浄土真宗のお寺を探しています
先祖供養の為 戸籍を追ってきましたが
市役所で調べられるのはここまででした
後は お寺の過去帳から見るしかないのですが
お寺がわかりません
唯一 手がかりは 最終戸籍の住所と 本籍地
なのですがこの辺りの浄土真宗のお寺を
御存知の方があればお願いいたします

住所 鳥取県鳥取市立川町2丁目*****
本籍 鳥取県岩美郡稲葉村大字岩倉町****

Aベストアンサー

参考URLをご覧ください。
右下の方に鳥取市のお寺が2ヶ所書かれています。
浄土宗か浄土真宗だと思います。

あとはインターネットタウンページで店舗・企業名をお寺名を、地域を鳥取市で検索。

二つのお寺が共に浄土真宗なら、他にもあるか聞いてみて下さい。

ご自身で書かれた住所があまり遠くないようです。
片方は現在の鳥取市岩倉ではないでしょうか?

参考URL:http://kyoto.cool.ne.jp/wakasa_akiyama/

Qキリスト教とイスラーム教

キリスト教とイスラーム教は、
同じルーツであるにも関わらず、
なぜ相容れることができないのでしょうか?
そしてなぜアメリカとイラクは戦うのですか?

全く異なるキリスト教と仏教においては、
こんなに強くいがみ合うことはありません。
例えば、(一応)仏教徒の私たち日本人は、
釈迦の誕生日は知りませんが、
キリストの誕生日は知っています。
そして日本中でクリスマスを楽しみます。
キリスト教と仏教は仲良く(?)できますよね。

なぜ、こんなにもキリスト教とイスラム教は
いがみあい喧嘩ばかりしているのでしょうか?

Aベストアンサー

まず最初に確認しておかなければならないのは、イラク戦争は政治的な現象であって、宗教的な現象ではない、ということです。イラク戦争をはじめたアメリカにとって、フセイン政権を打倒することは、アメリカを中心とした世界秩序の強化やイスラーム系テロ組織への見せしめなどの効果を狙ったもののように思えます。また、アメリカのイラク占領に反対するテロ組織やイスラーム世界でわき起こる反米運動は、欧米の政治的支配や文化的なヘゲモニーによって自らの文化的アイデンティティが危機に陥っていると考える人々が起こしているものです。テロリストやそれ以外の反米運動かたちの多くが、自らの活動において「イスラーム」を口にするのは、第一に彼らが特に文化的及び政治的な意味における「イスラーム」を、自らのアイデンティティの中核として捉えているからであり、第二に「イスラーム」の名の下で自らの活動を行うことで、イスラーム教徒(ムスリム)に対して正統性やアピール力を有すると考えているからです。

このようなわけで、イラク戦争であれ、テロリズムであれ、中東における反米運動であれ、いずれも政治的現象であり、イスラームはそれを正統化したり、イスラーム教徒を動員したりするときに用いられるイデオロギーである、ということです。

そもそもにおいて、キリスト教とイスラム教が「相容れない」宗教である、というのは、どのような意味なのか、について、きちんと考える必要があります。両者はともに、それぞれが他と区別されるための宗教的原理を有しています。キリスト教の特徴をよく示す代表的な宗教的原理の一つに、「三位一体説」があります。これはご存知のように、神とその子(キリスト)と精霊は一つである、という考え方です。イスラム教徒はよくこの点を突いて、キリスト教は一神教として完全ではない、として批判します。これに対して、イスラム教の原理の種差的な特徴の一つとして、「モーゼやキリストは神から啓示を受けた預言者の一人であるが、いずれも信徒たちが彼らの啓示を誤って解釈したために、誤った宗教となった。これに対して、イスラム教の預言者ムハンマドは、神の啓示を受けた最後の預言者であり、もっとも完璧な宗教である」というような信仰を有しています。キリスト教とイスラム教のそれぞれの違いは、その限りで相容れないといい得るかもしれませんし、そのことが元で宗教論争が起こることもあるでしょう(例えば欧米のキリスト教徒が中東に行くと、イスラム教徒に「なんで三位一体なんか信じてるんだ」と議論をふっかけられるなど)。しかし、この「違い」が戦争や政治的不和に直接つながるほど、戦争や政治的闘争という現象は単純なものではありません。

ところで、日本人はクリスマスをキリスト教徒でもないのに祝ったり、欧米の文物を受け入れていることなどを根拠に、日本人の宗教的・文化的寛容を主張し、翻ってイスラム教徒は不寛容だ、というような意見がありますが、それは必ずしも正しくありません。日本人が寛容かどうかは置いておくとして、私が知る限り、イスラム教徒であるイラン人は、どこを起源としたものであろうと新し物好きですし、特に日本製やアメリカ製の電化製品は大好きで、ヨーロッパの香水やらブランド物も好きですし、ピザもハンバーガーも好きですし、「アデランス」と銘打ったカツラも人気がありますし、欧米の音楽も好きですし、可能ならばアメリカやフランス、ドイツに移住したいと考えている人間も多いです。というようなわけで、イスラム教徒は文化的に自らに属していないものを受け入れたがらない、というのは全くのウソですし、欧米嫌いというのもウソです(ただし、アメリカの外交的・政治的態度に対しては批判的な人は多いです)。で、「肝心の」クリスマスですが、イランではクリスマスにはクリスマス・ツリーが飾られ、その他のいかにもクリスマスという飾りも飾られます。これはイランにアルメニア人などのキリスト教徒が相当数存在するからでもありますが、おそらくはイラン人のヨーロッパ好きに多く起因すると思います。ちなみに、イラン以外の中東諸国でクリスマスが行われているのかどうか知りませんが、イラクにもキリスト教徒がいますし、エジプトは人口の10パーセントくらいがキリスト教徒、レバノンは3~4割?がキリスト教徒、シリアにも相当数います(どれくらいいるかの正確な割合は確認していないので分かりません。あしからず)

まず最初に確認しておかなければならないのは、イラク戦争は政治的な現象であって、宗教的な現象ではない、ということです。イラク戦争をはじめたアメリカにとって、フセイン政権を打倒することは、アメリカを中心とした世界秩序の強化やイスラーム系テロ組織への見せしめなどの効果を狙ったもののように思えます。また、アメリカのイラク占領に反対するテロ組織やイスラーム世界でわき起こる反米運動は、欧米の政治的支配や文化的なヘゲモニーによって自らの文化的アイデンティティが危機に陥っていると考える人...続きを読む


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