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地理の時間に先生が「みなさん、ユダヤ人の虐殺はなぜドイツでやらずにアウシュビッツでやったのか知っていますか?」と言って話し始めたのですが、結局話はズレて答えはわかりませんでした。
なぜナチスは、ユダヤ人虐殺をドイツでやらずにわざわざアウシュビッツに行ってやったのでしょうか?

もしかしたらもう解決されている質問かもしれないですが、お願いします。

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A 回答 (8件)

1:土地が余っていた


ドイツの主観的な意味でです。本国よりも元々人口密度が低いですし、収奪する予定でしたので、余っています。

2:ユダヤ人が多かった
戦前、多数のユダヤ人が住んでいたのは、ポーランドやロシアです。近いところで処理しましょう。

ドイツで行う方が「わざわざ」本国に多数のユダヤ人が住んでいるポーランドやロシアから連れてくることになります。

1,2の前提として、(予定された)ドイツ人の生活圏は、西部国境はあまりかわりませんが、東部国境はモスクワ近くまでです。その拡大された生活圏(その中から、ユダヤ人問題を処理する)の中では、まだ西寄りすぎるかも知れません。
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この回答へのお礼

アウシュビッツについては色々な見解があるようですね。
今回は、私の質問の答えに一番シックリきているtanuki4uさんに20ptを差し上げたいと思います。
tanuki4uさん、ありがとうございました。とてもわかりやすく、ピーン!と「なるほど♪」と思いました(*^_^*)

みなさん、お答えくださってありがとうございました。

お礼日時:2008/10/14 22:06

 異見は良いんですけどねえ。

「ある」寄りの話が妙に雑です。
 あなたも、こういう話がどういう証拠に基づいて言われているのか、よく考えましょう。その材料として、いくつかの指摘を示しますね。

 まず前提として、犯罪は、あると言っている者が立証責任を負います。あたりまえです。あなたが「オマエが殺人犯だ! 違うというならオマエが殺していない証明をしろ!」とか言われたら、困るでしょう。
 しかも、大量殺人者として告発するわけですから、冤罪だったりした日にはえらいことです。よほどの覚悟を持ってしっかりした証拠を確認した上で言って欲しいものです。

 ま、それはともあれ。

 プルシャンブルーについては、「一切発見されません」と述べた点は、実は私の筆の勢いでやりすぎ。当時、チクロンBはあれは発疹チフスの予防のために殺虫・殺菌に使われた薬剤でしたから、使用の痕跡があってもおかしくありません。
 つまり、ここでは「ある」「ない」を言えば普段から使われる薬品なんですから「ある」であっても不思議はありません。
 ただし、殺虫・殺菌に使う量と、ヒトを定常的に大量に殺すために使ったときと、使用量が違います。従って、論点となれるのは、「ある」ない」ではなく、ガス室殺人に使われたほどの量があったかどうかです。言い換えれば、発見された量の提示が無いと、証拠にはならないということですね。

 換気については、この人は手を抜いたのか、かなり混乱しています。
 ドアを開けたら散るって、それじゃあ開けた作業員も危険でしょう。そんな作業誰がやるんですか。しかも、どこに散ると言うのでしょう。アウシュヴィッツのいわゆる「ガス室」と呼ばれるクレマI~Vは全て地下ですよ。
 で、後から換気装置って言いだして、結局どういう換気システムだったということにしたいのでしょう。
 ちなみにチクロンBは、空気より重い気体ですから、地下から排出するにはそうとうな流量を確保する必要があるんですが、発見されたのはそれを実現できるだけの装置なんですよね、きっと。それを示せる図面や計算データを是非見てみたいものです。

 チクロンBチクロンBと連呼してますが、実は一酸化炭素説もあったんですよね。大戦中は。なぜそんな説があったのか、何で今はもう下火なったのか、というあたり煩雑になるので止めときますが。

 あと、「過密空間の工場」なんて誰が言っているのでしょう。これはちょっと酷いですね。過密と言うなら図面を示して欲しいものです。で、具体的に過密とは何人あたり何平米かを述べた上で、実際にそうであることを示して欲しいものです。
 ちなみに「酷い」というのは、そういう話以前に、「誰も言ってもいないことを非難する」というパターンについてです。これはよくある手ではありますが、あまりあからさまだとちょっと…。
 少なくとも私は「工場」としか言っていません。しかも、けっこう待遇のいい。

 ガソリンの話は、時系列をちゃんと調べて欲しいものです。
 ユダヤ人が大量死しているのは、実のところ1945年ですから、この人の説が100%正しいとしたら、私の言うことはむしろ立証されているわけです。

 さて、いろいろ証拠が必要と述べてきましたが、さて、私の言っていることが正しいかどうか、あなたにはどうしたら分かるでしょう?
 答えは、自分で調べましょう、です。

 この人のいうように、この話の根が深いんです。
 ユダヤ人の都合のほかにもホロコースト産業で生活している人たちがいます。他方でユダヤ人の敵は、私と同じことを言うでしょう。で、どちらも仕事でやっているわけですから、決して自説を曲げません。事実を突きつけられてもです。
 世界がそんな状態ですから、ホロコーストなんて眉唾だと言う私が、「単に専門的に事実を調べているだけの第三者であり、ユダヤ人の敵というわけではない」ことを示すこともできません。

 従って、あなたが、自分で史料批判をして事実にたどり着く必要があるのです。

 あともう一つ、ソ連がたちが悪いという話については、その通りで私も異論ありません。


 ちなみに、輸送の話ついでに。
 1943年2月には、全収容所に赤十字の監督が許可されていますが、赤十字は報告の中で、連合軍の無差別爆撃による援助物資輸送の妨害を非難しています。
 つまり、ドイツは収容所の人員を生かそうとしていたのに、連合軍画邪魔していたんですね。しかも、ガス死の検視結果が無いということを述べましたが、では死因が何かと言うと、飢餓と病気です。援助物資があればねえ。
 ちなみに死因調査は、連合軍によるもので、ナチスの証言ではありません。
 こちらは余談ですから、出展は示しておきます。
 出展:"Did Six Million Really die?", Richard E Hawood 著
 ドイツに言論の自由が無いのも頷けます。
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この回答へのお礼

Roman0さん、回答ありがとうございました。
私の質問を見て、長い文章を打って回答してくださったことに感謝しています。
難しすぎるのであまり内容は理解できませんが、これ以上続くと「私の質問に対する答えの場」では無くなってしまうので、もう質問は締め切らせていただきます。もしかしたらいいところなのかもしれないので、そうだったらごめんなさい(^^;)

では、ありがとうございました。

お礼日時:2008/10/14 22:14

連打すみません。


ガス室の換気装置、見つかっています。フランスの歴史家が発掘していたそうです。
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一応、異なる見解の一部としてとして(ケンカ売っているんじゃないですよ)意見を書いておきます。



>ドイツでは、「ホロコーストは無かった」と言うと、この言論のみで法的に処罰されます。

ヨーロッパ10カ国とカナダではダウトです。アメリカでは法的規制はないでしょうが、裁判では負けています。

>チクロンBを使ったら必ず生成されるプルシアンブルーの色素

90年代にポーランドのヤギウェボ大学(14世紀創立の権威ある大学です)医学部とクラコフ法医学研究所がサンプリング調査したら、サンプル全てで見つかりました。

>換気施設

チクロンBは300ppmで致死量になりますが、ガス室のドアをあけるとすぐ拡散してしまうので、換気施設がいらないという説があります。

>ガソリン

ドイツは石炭から作る合成ガソリンと、ルーマニアのプロエシチ油田から油を得ていました。それら生産量のピークが1944年上半期です。燃料事情が逼迫するのは1944年末からなので(米第8空軍が精製施設を集中爆撃して、14カ所のうち年末までに12カ所破壞した)、それ以前は補給線が切れていなければ普通にガソリンは手に入りました。あと、焼却炉が小さいと言う指摘がありますが、これは戦後にポーランドの地元の人が家作る建材として持ち去ったことが判明しています。

結婚して出産するにはプライベートな空間(SEXするため)と栄養、産休が必要ですが、過密空間の工場でそれができるかどうか疑問です。

最近否定論者は、イスラム世界、特にイラン中心の反イスラエル国家から称賛され、ユダヤ人攻撃の材料にされています。一方で「プロ市民」ならぬ、「ホロコースト業者」なるものも存在し、ホロコーストをネタに稼いでいる(スイス銀行から死んだユダヤ人の資産を引き出したりする)連中も存在したりするので、この問題の根深さ、複雑さは底知れぬ物があるでしょう。

蛇足ですが強制収容所というものはレーニンが考え出し、そのシステムで人間を一番たくさん殺した国家は、ソ連であることはハッキリしています。
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念のため、これとこれも読んでおいてください。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AD% …

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AD% …
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 まず前提として、「ユダヤ人の虐殺」自体が眉唾なんですよ。

そこを誤ると、あとは明後日の方向へ一直線です。

 傍証1:
 ドイツでは、「ホロコーストは無かった」と言うと、この言論のみで法的に処罰されます。言論の自由が、この点については無いということです。ホロコーストが事実だったら、なんでこんなことをする必要があるんでしょう?
 日本でも、マルコ・ポーロという雑誌が、ホロコーストは怪しいという特集を組んだせいで、廃刊に追い込まれました。ドイツ国外にも手が伸びています。

 傍証2:
 アウシュビッツの有名な「ガス室」には、チクロンBを使ったら必ず生成されるプルシアンブルーの色素が一切発見されません。

 傍証3:
 アウシュビッツの有名な「ガス室」には、換気設備がありません。

 傍証4:
 アウシュビッツでは、ガス死したという検屍結果が出た死体は、1体も出ませんでした。

 傍証5:
 死体はガソリンをかけて焼かれたそうですが、他方で戦場には燃料切れで廃棄されたドイツ戦車がごろごろしていました。死体を焼く方がドイツには大事だったんでしょうか???

 傍証6:
 第二次世界大戦後、ソ連はアウシュビッツをさっさと接収して一般公開や内部検証を禁止しました。「ナチスの犯罪」が本当だったら、なんでこんなことを? このせいで、傍証2,3が確認されたのはけっこう最近です。

 etc. etc.

 ちなみにアウシュビッツには、被収容者用のプールはあり、病院もあり、自主的な音楽会も開催され被収容者同士の結婚も行われ出産の記録まであります。
 そこで行われていたのは強制労働ですが、鞭でぴしぴしという強制ではなく、収容所内部に強制収用されて外には出られないという意味です。それでも本人たちのモチベーションが下がらないよう、よく働いた人に対する褒章制度も作られていました。
 要するに、確実に言えることとしては、アウシュビッツは工員を無理やり押し込めた工場だということまでですよ。しかもけっこう待遇がいい。そうでないと、結婚・出産なんてしません。

 で、そういう隔離体制を取るには、ある程度郊外の方がよくて、なおかつ原料の搬入や製品の搬出にも都合がいい土地が良い。で、そういう収容所は実は複数あって、その理由に適合した収容所の一つが、アウシュビッツです。
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アウシュビッツはナチス・ドイツが造った数多くの強制収容所の一つです。



こちらをご覧になるとヨーロッパ中に強制収容所(KZ)があったことがおわかりになると思います。ドイツ国内はもちろん、KZはヨーロッパに何百箇所もありました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B7%E5%88%B6% …

こちらの地図をご覧になると第二次世界大戦が終わるまで、ポーランドという国は無くドイツに占領(1939年9月~1945年5月まで)されていたことがお分かりになるでしょう。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%81% …

ですから、アウシュヴィッツは強制収容所の一つで、最悪の強制収用上として代表されるところですので、
>なぜナチスは、ユダヤ人虐殺をドイツでやらずにわざわざアウシュビッツに行ってやったのでしょうか?
答え:ユダヤ人の虐殺は現在地図で見られる地域のドイツ国内でもおこなわれていました。アウシュヴィッツがあったところはその当時ナチ・ドイツでした。

ヒットラーの根本的な考えはドイツ人の血統をゲルマン人の血統(アーリア人の血統)単一民族血統にしようとしたところです。そのため、ユダヤ人はもちろん、スロバキア民族(ロシア、ポーランド、チェコ、ユーゴスロバキア人等)、敵の捕虜、政治犯、ホモセクシャル、左利きの人等強制収容所に入れて殺害しました。

当時ドイツに住んでいたユダヤ人とはどんな感じ立ったかと言うと、外見上は全くドイツ人で彼らの母国語もドイツ語、宗教もほとんどの人が、おおぴらにユダヤ教を信仰していたわけではなく、祖先をたどればユダヤ人、彼らの祖国もドイツでした。ほとんどのユダヤ人が自分からユダヤ人であることを言わなければ分からない状態でした。
そこで、ヒットラーが考えたのが、そういう人たちに強制的に、ユダヤの黄色いダビデの星のワッペンを付けることを強制し、ユダヤ人であることの証明書(パス)を持たせ、職業はもちろん、人権までもを奪いました。その時点でユダヤ人は人と認められず、家畜以下になりました。
当時、デンマーク王、クリスチャン10世はナチにデンマークのユダヤ人に星を付けさせるように命令されたとき、自らワッペンを付け、全国民にワッペンを付けさせユダヤ人を守ったと言う有名な話があります。
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この回答へのお礼

Mumin-mamaさん、回答ありがとうございました。
アウシュビッツでやった理由だけでなく、他にも当時あったことを細かく書いてくださって、とってもためになりました。
左利きの人なんかも、強制収容所に入れられて殺害されていたのですか…。
では、私は殺害されてしまっていますね(^^;)
新たな知識が身に付きました。

ありがとうございました。

お礼日時:2008/10/14 22:17

地図をみていただければわかるのですが、場所です。

ナチス・ドイツの民族浄化政策はユダヤ人だけでなく、欧州全般の「ナチス・ドイツに役立たない人間」が対象でしたので(ドイツ人もふくみます)、欧州の中央に位置するアウシュビッツは、輸送コストがよかったからです。元はポーランド軍の兵舎があったのでそれを利用していましたが、どんどん拡大していきました。
あと、強いてあげるならポーランドにおける伝統的な反ユダヤ感情もあるでしょう。地元の人が反感を抱かない、ということは収容所を運用する側にとって、メリットが大きいと思います。
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この回答へのお礼

k16399638さん、何度も回答ありがとうございました。
ちょっとしたキッカケで質問しただけだったのに、すぐに回答してくださって、その後も色々な意見を書いてくださって嬉しかったです。
歴史が苦手であまり文を理解できないのが悔しいです(笑)
勉強して、また読ませていただきますm(^^)m
回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/10/14 22:10

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Qアンネ・フランクは何故、ガス室送りを逃れたのか?

先日スカパーの「アンネ・フランク」を見て疑問がわきました。
父オットーの友人はガス室で処刑されて、アンネはチフスで病死、母は餓死したそうです。
何故アンネと母はアウシュビッツに着く早々、ガス室送りにならなかったの?

Aベストアンサー

アウシュビッツ絶滅収容所は”処理”能力を越える
ユダヤ人を受け入れて満杯になったので、
労働可能とみなされたユダヤ人は
他の強制収容所に移されたのです。
アンネはベルゲン・ベルゼン強制収容所に送られます。
ここはガス室のない労働目的の収容所ですが
環境劣悪のためにチフスで死んだとされます。

アウシュビッツのガス室は悪名高いですが
一日で2~3百人しか殺せず、効率は非常に悪い処刑道具でした。
死体の処理はさらに手間がかかるので、
延べ150万人ともいわれる収容者を絶滅させるには
少なくともさらに数年が必要だったはずです。
だからゲシュタポも多くのユダヤ人は
餓死や病死するままに放置させるほうを選んだというわけです。

ちなみにアウシュビッツにはソ連軍が迫っており、
アンネは1944年8月から10月までいたことになってますが
その二ヵ月後には解放されています。
アンネが移送されたベルゲン・ベンゼンはドイツ国内の
ニーダーザクセン州にあって、ソ連軍の脅威を避ける
という意味合いもありました。
ナチは連合軍が解放するまえにユダヤ人の絶滅処理だけは
済ませたかったわけです。
父親のオットーが助かったことでもわかるように、
もしアンネは移送されなければ、ソ連軍によって解放され
助かっていたと思われています。

アウシュビッツ絶滅収容所は”処理”能力を越える
ユダヤ人を受け入れて満杯になったので、
労働可能とみなされたユダヤ人は
他の強制収容所に移されたのです。
アンネはベルゲン・ベルゼン強制収容所に送られます。
ここはガス室のない労働目的の収容所ですが
環境劣悪のためにチフスで死んだとされます。

アウシュビッツのガス室は悪名高いですが
一日で2~3百人しか殺せず、効率は非常に悪い処刑道具でした。
死体の処理はさらに手間がかかるので、
延べ150万人ともいわれる収容者を絶滅させるには...続きを読む


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