http://akituya.gooside.com/choujyu_allall.htm

鳥獣戯画の画像ですが、何が描かれているのかよくわかりません。
(特に7以降)

分る方、いらっしゃいましたら
解説していただけないでしょうか。
よろしくお願いします。

A 回答 (3件)

これは、甲巻ですね。

こちらにいくらかの説明があります。

http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/041120. …
http://chouju.exh.jp/highlight.html
http://www.tabiken.com/history/doc/M/M060R100.HTM

ご参考までに。
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この回答へのお礼

ありがとうございます!
おかげさまでかなり理解することができました。
いろいろ謎の多い絵だということもわかりました。

7はお茶壷道中かと思いましたが、平安時代の初期に描かれた絵なので
お茶壷道中はありえませんね。(お茶壷道中は江戸時代より行われたそうです・・汗・・・)

あとわからないのは
8→きつね(?)が頭の上に箱を載せていますがこの中に入っているのは何でしょう?

10→うさぎが手に持っている細長いものは何?きつねはどうしてわらじを手に持っているの?

15→猿が肩に担いでいる升目のついたものは何?

17→えぼしを被った兎が持っているものは毛皮?蛙が手に持っているものは何?

それにしても見れば見るほど魅力的な絵で
どうしても本物が見たくなっちゃいました~♪

お礼日時:2008/10/24 09:07

No.2です。



>8→きつね(?)が頭の上に箱を載せていますがこの中に入っているのは何でしょう?

折櫃ですから、宴会用のごちそうでしょう。
http://www.asahi-net.or.jp/~tu3s-uehr/naosawano. …
「折櫃どもには、一には銀の鯉、同じき鯛一折櫃、沈の鰹造りて入れ、一には沈芳をよくよく切りて一折櫃、合せ薫物三種、龍脳香、黄金の壷の大きやかなるに入れて一折櫃、海松のやうにして一折櫃、白き物を入れたり。今二にはえび、丁子を鰹つきの削り物のやうにて入れたり。」

>10→うさぎが手に持っている細長いものは何?きつねはどうしてわらじを手に持っているの?

http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/041120. …
のリンクにあるように、甲巻では七つの競技が行われているので、兎が持っている細長い物は、競技に使った何かを折りたたんでいるものと思われます。

狐の草履ですが、これが不明です。リンクに次のように書かれています。「おや、何かが起きたようです。草履を持った狐と傘袋をかかえた兎が何事かと振り返りました。猿が逃走しています。追っている兎と蛙は検非違使、即ち警官。何か悪さをしてしまったのでしょうか?野次馬が集まってきました。兎が介抱をしているのは、白い腹を出して倒れた蛙。この唐突な物語の展開は、なぜなのか?それは、この絵巻自身が大きな問題を抱えているのです。」このことから、狐が草履を持っているのは、逃げるために速く走る意味があるのではないかと私には感じられます。

>15→猿が肩に担いでいる升目のついたものは何?
これも上述のリンク内にかかれているように、競技のあと、法要になりますので、「棺」かと思われます。
「賑やかな相撲の場面では、やがて静かな法要の場面へと移っていきます。さて、人間の姿をたとえることが擬人化なら、どんな人間を、彼ら動物に仮託しているのでしょうか?」

>17→えぼしを被った兎が持っているものは毛皮?蛙が手に持っているものは何?

http://chouju.exh.jp/highlight.html
このリンクに書かれているように、「法会のために、仏壇役を買ってでる人のいい蛙。阿弥陀如来となって衆上を救うべく、微動だにせずにがんばっています。」これは、当時の僧呂に対する皮肉を込めたものだと思われます。従って、この生臭坊主にへつらっている当時の貴族を表していると考えられます。上記リンク内に、「猿の僧正に貢物をする兎。当時権力を振るった僧侶たちに対する皮肉でしょうか。」と書かれていますので、多分、僧呂と公家を皮肉っているのだと思います。

ウサギが持っているのは、虎の毛皮かと思われます。蛙がもっているのは、銛にさした鯛か何かの魚でしょう。要するに、図の左から、蛙は兎に媚び、兎が猿に媚びるという人間社会のこびへつらいを風刺を表現していると私は感じます。一種の社会風刺を含んでいるのが、高山寺の鳥獣戯画かと思われるのです。

ご参考までに。
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この回答へのお礼

何度もありがとうございます。
折櫃はごちそうを入れるものなのですね。
わらじを手に持っているのは早く走るため、
猿が担いでいるのは棺、などどれも納得です。
兎が虎の毛皮を、猿が魚を持っているのは貢ぎ物としてなのでしょうか。

友人は、これが描かれた時代が平安末期ということなら
兎は源氏、蛙は平家で猿は天皇じゃないか、と言っていました。

また高台寺の開基である明恵は法然が始めた専修念仏を批判した人物いうことです。
kishn_an様がご指摘のように12はささら踊だと思いますが
ささら踊って念仏から生じたもののようです。
そのあと蛙が阿弥陀仏となって、蛙の阿弥陀仏を拝んでいた猿が貢物を得ているところから
専修念仏をする浄土宗の僧侶を批判したものなのかな?
とも思います。

鳥獣戯画は繋ぎ治されたりしているようで、正しく理解するためには順番を見直してみる必要もあるのでしょうね。

でもdoi3desu様、kishn_an様のおかげで
かなりストーリーが見えてきた気がしています♪

心よりお礼を申し上げます。

お礼日時:2008/10/26 12:46

私にはこう見えるということで、


7、8 は行商人
9、10は競べ馬
http://homepage3.nifty.com/a_coral/2005ToBiRaSit …

11は、わかりません
12は、ささらおどり
http://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/speed/mypag …
13、14は、相撲
15は、わかりません
16、17、18は、法事

この回答への補足

すいません、質問の補足をここに書かせていただきます。

1、2は禊ぎ。
4、5、6は武者神事(おびしゃ)だと思いますが
イカガでしょうか?

補足日時:2008/10/23 16:21
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
>7、8 は行商人
からひらめいたのですがお茶壷道中ではないでしょうか。
高山寺ってお茶にゆかりのあるお寺ですし。

>12は、ささらおどり
写真を見ると、まさしく、そのとおりです。
このような民俗芸能は初めてみました。

>16、17、18は、法事
も言われてみればそうですね。
蓮の花をお供えしてありますし。

蛙・兎・猿・鹿などの動物が描かれていますが、
神社の神使を表しているのかもしれませんね。

蛙に蓮が供えられているのは平将門を想像してしまいました。
将門の首塚には蛙の置物がたくさん置かれているとか。

お礼日時:2008/10/23 16:03

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Q高山寺の鳥獣戯画に描かれた内容は?

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鳥獣戯画の画像ですが、何が描かれているのかよくわかりません。
(特に7以降)

分る方、いらっしゃいましたら
解説していただけないでしょうか。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

これは、甲巻ですね。こちらにいくらかの説明があります。

http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/041120.htm
http://chouju.exh.jp/highlight.html
http://www.tabiken.com/history/doc/M/M060R100.HTM

ご参考までに。

Q 先日、http://questionbox.jp.msn.com/q

 先日、http://questionbox.jp.msn.com/qa5817520.htmlの質問があり、私も拙い投稿をしました。
 日本の昔にもその傾向がありましたが、国政や統治のための、国民感情を把持していくには、仮想敵国に対する煽り立ては麻薬的に有効です。
 先の大戦後、ある意味で当然ですが一国を統率して国際の中で伍していくために、国民の統率が大事な課題となっている東アジアの諸国があります。
 そのために歴史的に深いかかわりのある隣国への敵愾心をあおることも利用されている面があるかのようです。これは双方にとって克服しなければならない不幸な事です。

 【質問】
 仮にその支えとなっている反日思想を除去してしまった場合、そういう国々の国民の心の支えは空しくなり、ふらついてしまうでしょうか?

Aベストアンサー

 国ごとに国情が違うため、同一ではないでしょう。

<韓国の場合>
 民族国家維持=ナショナリズムというようなところがあり、反日思想の強い人は、反米・反露・反中です。
 元々、政治・軍事的には日本以上に、これらの国に対して危機意識を持っています。

・反米
 在韓米軍が駐留していて、アメリカの言う通り外国に戦闘部隊を派遣しなければならないことへの反発。
・反露
 第二次大戦終結時、金日成を起こりこんだ民族分断の元凶。朝鮮半島進出を狙い、日本の進出を誘発した過去がある。
・反中
 1000年以上前から、属国扱い。朝鮮戦争時に大軍を送り込んで、半島分断を決定づけた国。

 朝鮮半島に利害関係を持つ国、日本・ロシア・中国・アメリカは、韓国よりもはるかに人口が多く、どの国も経済力・軍事力で韓国を上回る。
 日本は、経済進出・貿易不均衡(日本の韓国への輸出は、約6兆円。日本の輸入は3兆円で、日本の大儲け状態です。)で、他の3カ国を上回り、一般市民の日常生活への影響力が強いのです。
 日本の経済力が低下して反日がなくなれば、中国の影響が大きくなって、反日の代わりに反中が大きくなっていくでしょう。

<中国の場合>
 ちょっと微妙なところがあります。
『日本軍と本気で戦ったのは、共産党だけである。』これが、中国の現政権の一党独裁を正当化する根拠です。

 一応、一党独裁政権維持のための道具として、日中戦争時の日本に対しての『反日』という形を取っています。
 建前上、現在の日本に対しては、中国政府は反日政策を取っていません。

 ところが、65年以上も前の戦争を、今の政権維持に使う為に、歴史を過去として客観的に教える(=歴史を学問にする)のでは、一党独裁の正当化も「過去」のものになってしまいます。
 そのために、65年前の戦争が今現在の気持ちの中に残るように生々しく教えています。そうしないと、独裁政権を支持する気持ちが生まれません。

 とはいえ、国力の増大で、いずれ民主化するはずですし、その時点では反日と言うよりも、アメリカと世界を二分する「大国意識」が国民を支配するのではないでしょうか。

 他国を見下したような大国主義国家が二つになると、日本も息苦しくなるでしょう。

 国ごとに国情が違うため、同一ではないでしょう。

<韓国の場合>
 民族国家維持=ナショナリズムというようなところがあり、反日思想の強い人は、反米・反露・反中です。
 元々、政治・軍事的には日本以上に、これらの国に対して危機意識を持っています。

・反米
 在韓米軍が駐留していて、アメリカの言う通り外国に戦闘部隊を派遣しなければならないことへの反発。
・反露
 第二次大戦終結時、金日成を起こりこんだ民族分断の元凶。朝鮮半島進出を狙い、日本の進出を誘発した過去がある。
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Q鳥獣戯画の意味について

鳥羽僧正が描いたといわれる「鳥獣戯画」についておたずねします。

この絵の意味は何でしょう。
何を表現したくてこういう絵を描いたのでしょう。

中学生の子どもでもわかるように教えていただけたらと思います。
何卒よろしくお願い申し上げます。

Aベストアンサー

鳥獣戯画は、古来鳥羽僧正の筆として高山寺に伝えられ秘蔵されている4巻の絵巻です。
第一巻は、擬人化された動物たちが、人間のさまざまな遊戯にふける光景を、快活でユーモアあふれる筆致で風刺的に描写しています。
第二巻は同じく多数の鳥獣の群れを描き、第三巻は僧侶俗人が勝負事に興じるさまと、猿蛙等の擬人的遊戯の様子を描いています。
第四巻は僧侶俗人が勝負事や行事を行っているさまを書いたものです。

千年前に描かれたこの絵巻は、紙幅30cm、長さ11.5mに及ぶものです。


風刺なのではないでしょうか。

Qhttp://www2.odn.ne.jp/hokkeji/sub7.

http://www2.odn.ne.jp/hokkeji/sub7.html
上のページで光明皇后が護摩を行ったと出ております。
しかし護摩というのが日本に伝わったのは弘法大師空海(774~835)が唐から持ち帰って後のはずで、
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空海以前に果たして日本に護摩というものがあったのでしょうか?

Aベストアンサー

一般に、日本の密教で見られる護摩修法は、延暦23年(804年)に留學僧として唐へ渡った最澄と空海が持ち帰って広めたもの言われます。しかし、密教を組織的に学んだ日本人は最澄と空海が最初なのでしょうが、彼ら以前に、すでに護摩修法が断片的に日本に伝わっていたようです。修験道の役小角(えんのおづぬ)らも護摩修法を行ったといわれます。役小角は7世紀末の人であり、最澄や空海よりも100年も早く、護摩修法を行っていたことになります。

インドで密教が成立したのは5世紀の頃です。100年後に中国へ伝わり、さらに100年後の日本へ伝われば、7世紀に既に密教が断片的に日本へ伝わっても不思議ではありません。

Q鳥獣戯画をwebサイトのTOPに使用したい。

個人的に依頼を受けたweb制作で、「鳥獣戯画が好きなのでTOP画にしてもらいたい」という注文を受けたのですが、著作権の問題に関して心配でこういうことは可能なのかどうかお聞きしたく、質問させていただきました。
(そのwebサイトはある芸術関係の先生のHPになる予定です)

基本的に「その美術品を展示あるいはHPにUPする場合には原則、画家名を共に表示しなくてはいけません。(著19条)」を護れば、可能なのでしょうか。また、この場合FLASHを使うなどして動きをいれたり、戯画の一部分のみを使用するということも出来るのでしょうか。

他の著作権に関する質問などもよくよく調べてみたのですが、未だによく理解できない部分があり、結局のところ使っても良いのかどうか解らずに困っております。どなたか教えていただけましたら幸いです。
宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

「鳥獣戯画」の現在の著作権は、所有者である高山寺と、所蔵先の京都・東京国立博物館などそれぞれにあります。

国宝・重文クラスの美術品の版権については、現状としては以下の2点が争点となるようです。
1.商用である場合、現物の複写(写真・コピー・印刷物・スキャン画像など)を使うには所有者と所蔵者の許可が必要
2.手描き模写については、現物を完全に再現しているとはいえないのでこれにあたらない。(現物複写品のCG加工は1.にあたる)
通常の著作物と違って模写が問題にされにくい理由としては、
・広く知られた作品のモチーフやタッチを自分のものと主張する事は難しい
・一般人が国宝を完全に再現する技術を持つことも難しい
などがあげられます。
御質問の場合、実際に使用する先生がプロの画家として利益を得ている、若しくは質問者様自身が依頼料(若しくは何らかの御礼)をもらって請け負うとしたら「商用」にあたります。
また、作者の名前を表示すれば勝手に載せて良いとは限りません。
作者・所有者へ連絡し許可を得て初めてこれが法律的に有効となります。
(許可を得て原版複写を利用した場合、相談者さん自身も、素材は自身の創作物とは言い切れないため「所有者の許可無く無断使用を禁ず」という主張しかできません)

諸事含めますと、模写される事が一番早いでしょう。

参考URL:http://www.shinise.ne.jp/options/shinise/pa_goods.asp?temp_id=7018&shp=104

「鳥獣戯画」の現在の著作権は、所有者である高山寺と、所蔵先の京都・東京国立博物館などそれぞれにあります。

国宝・重文クラスの美術品の版権については、現状としては以下の2点が争点となるようです。
1.商用である場合、現物の複写(写真・コピー・印刷物・スキャン画像など)を使うには所有者と所蔵者の許可が必要
2.手描き模写については、現物を完全に再現しているとはいえないのでこれにあたらない。(現物複写品のCG加工は1.にあたる)
通常の著作物と違って模写が問題にされにくい理由としては、
...続きを読む

Qhttp://oshiete1.goo.ne.jp/qa3416318

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3416318.html

上記質問に「藤原氏は物部氏の末裔である」とする説があると記されています。

(1)どなたのとなえた説でしょうか。
(2)どういった理由で「藤原氏は物部氏の末裔である」としておられるのでしょうか。
(3)この説について、なにか思うところがあればご意見をいただければありがたいです。
支持する、支持しない、どちらも説も大歓迎です。

Aベストアンサー

この系図から。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A9%E9%83%A8%E6%B0%8F

現在多忙を極めています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E5%BA%83%E5%97%A3

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E8%89%AF%E7%B6%99

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E5%BC%8F%E5%AE%B6

藤原氏と式家との系図関係は以下。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E6%B0%8F

誰か時間のある方、頼みます。

Q鳥獣戯画絵巻に出てくる、この植物は・・・?

こんにちは。久々に利用させていただきます。
今鳥獣戯画絵巻のジオラマ的なものを作っているんですけど、
ある場面に出て来る植物の名前が全く分かりません。
それは兎と蛙が相撲を取り合ってるという有名なシーンなのですが・・・

下記のサイトの[13][14]をご覧下さい。
http://akituya.gooside.com/choujyu_allall.htm

当方植物には詳しくなくて・・・調べるにも全く見当がつきません。
正解を求めているわけではなく、「この花は○○なんじゃない?」
という曖昧なご意見で結構ですので、力を貸していただけると嬉しいです。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

一番右のは、多分間違いなく萩だと思います。
ススキらしきものもあるので、どうも秋の七草が描かれているのではないかと…
だとすると、左端の背後にあるのは葛かも…?
ススキの茂みに混じっているのは、オミナエシや桔梗…?
http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/BotanicalGarden/HTMLs/aki-nanakusa.html
萩は特に茶道具などの簡略化された植物文様でよく見るような絵柄です。でもその他はちょっと自信がないです。
図書館や書店で「水墨画入門・植物編」とかの本があれば、似たような図柄が載ってそうなんですが…
こういうのです↓
http://www.nichibou.co.jp/Books/ISBN4-8170-0994-2.htm

Q明治期の長野県の識字率が、男性だと90%近くあったみたいですが、 http://d.hatena.n

明治期の長野県の識字率が、男性だと90%近くあったみたいですが、
http://d.hatena.ne.jp/scopedog/touch/20121101/1351777387
何でこんなに長野県の識字率は高かったのですか?教育県だからですか?
あと東北だと宮城県と福島県、滋賀県も識字率高いですね。

Aベストアンサー

面白そうなことが書かれていたので、どうしてだろうと強く引かれてしまいました。
長野県が結果的に明治22年の調査で識字率や就学率、卒業率で全国で最高値を上げたのは確かなようです。
長野は教育熱心と色々のところで書かれていますが、そのことはよくわかりません。
ただ、明治初期に就学率、卒業率がこの地域で高かったのは、長野県に統合されてしまった筑摩県が、偶然の事情である高官(永山盛輝)の強い指導で、学制よりも前に郷学校百数十校を設置、教員の制度や給与制度、教科書などをしっかり整備した結果のようです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E5%B1%B1%E7%9B%9B%E8%BC%9D
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jacsi1994/6/6/6_6_61/_pdf
内陸で地形地理的にも産業経済的にも、識字率や就学率、卒業率が低くて不思議がない地域であっても、時の絶対権力者に周辺に強い実行力を行使する者がいると、こうした影響を引きおこすこともあるんですね。
勉強させて頂きました。
20歳男子の悉皆調査は徴兵制度の本籍主義で基本的には壮丁の本籍地の軍で行われ、聯隊別に集計され、長野聯隊が就学率(入学したことがある者の率)も、卒業率(最後まで卒業した者の率)とも、就学率79.92%、卒業率65.21%で全国最高であった。

面白そうなことが書かれていたので、どうしてだろうと強く引かれてしまいました。
長野県が結果的に明治22年の調査で識字率や就学率、卒業率で全国で最高値を上げたのは確かなようです。
長野は教育熱心と色々のところで書かれていますが、そのことはよくわかりません。
ただ、明治初期に就学率、卒業率がこの地域で高かったのは、長野県に統合されてしまった筑摩県が、偶然の事情である高官(永山盛輝)の強い指導で、学制よりも前に郷学校百数十校を設置、教員の制度や給与制度、教科書などをしっかり整備した結果...続きを読む

Q国宝 鳥獣戯画

正式名 国宝「鳥獣人物戯画」四巻とは別に 益田家版が存在していると思いますが、こちらは国宝の指定になっているでしょうか?

Aベストアンサー

 既にご存じとは思いますけれど、鳥獣人物戯画には参考URLにあるように幾つかの断簡が存在しています。
 しかし、それらはいずれも国宝は勿論重要文化財にも指定されていません。

 断簡については文化財の指定は遅くなるケースが多く(それ以前に所有者の意向、というのもあるでしょうけれど)、奈良国立博物館が所有している地獄草紙断簡もこの春ようやく重要文化財に指定されました。
 東京・奈良国立博物館が所有する巻物の方はいずれもとっくに国宝指定になっています。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E7%8D%A3%E4%BA%BA%E7%89%A9%E6%88%AF%E7%94%BB

Q日本がミッドウェー海戦で敗北した原因はレーダー探知機無かったから? http://gendai.is

日本がミッドウェー海戦で敗北した原因はレーダー探知機無かったから?


http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52091

ミッドウェー海戦は、日本人が生んだ技術に日本が敗けた戦いだった 現役防衛技官が語る「75年目の教訓」
藤田 元信

今年6月、太平洋戦争の転機となった「ミッドウェー海戦」から75年を迎えた。日本の敗戦へのきっかけとなったこの近代史上最大の海戦に、「現代日本に通じる大切な教訓が隠されている」と指摘するのは、防衛装備庁技術戦略部の藤田元信氏だ。

最近、新著『戦略は技術をくつがえす』(クロスメディア・パブリッシング)を発表した藤田氏は、75年前の海戦における日本の失敗を分析した上で、技術と戦略の関係を学ぶことの重要性を説く。

日本で無視され、米国が評価した技術
ミッドウェー海戦は、お互いの艦艇を視界に入れずに戦った、史上初の海戦であったと言われています。そして、アメリカ軍の勝利に決定的な役割を果たしたのは、電波の反射を使って目標を探知する兵器である「レーダ」でした。

レーダには、発振器とアンテナが欠かせません。じつは、アメリカをはじめとした諸外国のレーダ開発には、日本人の発明が利用されているのです。ご存知でしたか?

その代表的なものが、「八木・宇田アンテナ」と「分割陽極型マグネトロン」です。

八木・宇田アンテナの発明者の一人 八木秀次教授(出典:随筆集[1953])
八木・宇田アンテナは、その名前のとおり、八木秀次と宇田新太郎という日本人研究者の研究成果でした。魚の骨のような簡単な構造で、優れた性能(鋭い指向性と高い利得)が得られることが利点です。いまでもテレビの受信アンテナとして広く使われているので、皆さんも見たことがあるのではないかと思います。

このアンテナは、日本では誰にも注目されなかったものの、1926年に英語で論文を発表したところ、米国で大いに賞賛されたと言われています。


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分割陽極型マグネトロンもまた、日本人研究者である岡部金治郎が、1927年に発表したものでした。

岡部金治郎らの発明をきっかけとして、小規模ながら、日本国内でもマグネトロンの研究が行われていた。写真は、のちに戦艦「大和」にも搭載された二号二型電探(対水上用)に使われたマグネトロンの陽極と同等のもの。(public domain)
分割陽極型マグネトロンは、それまでにアメリカで開発されていた単陽極マグネトロンでは不可能だった、高い周波数の発振(マイクロ波を発生)を可能としたうえ、高効率でした。レーダの実用化に向けて、性能を飛躍的に高める研究成果でした。

早くも1920年代に、日本人研究者により八木・宇田アンテナと分割陽極型マグネトロンという、画期的な新技術が生み出されていたにも関わらず、日本陸海軍はその研究成果をレーダの開発につなげることはできませんでした。

たとえば海軍では、「これからの海戦にレーダが必要かどうか」という議論が盛んになされた一方、事業化に進むための具体的な検討はずっと低調だったようです。一方、アメリカとイギリスをはじめとする諸外国では、これらの研究成果を早期に事業化し、通信機器やレーダの開発に応用していました。

シンガポールの戦利品から発見
1942年5月中旬、「シンガポールの戦利品で、現地で理解できないものがある。電波兵器のようなので、調査に来てほしい」との依頼を第5陸軍技術研究所から受け、日本電気と東芝の社員からなる民間の調査団が組織されました。

調査団が現地で調査したところ、件の電波兵器は、日本人が発明した八木・宇田アンテナであったことが判明しました。日本では誰も顧みなかった八木・宇田アンテナを、イギリスがみごとに兵器に応用していたことは、関係者にとって衝撃だったと言われています。

同じころ、日本陸軍は、押収した文書(通称「ニューマン文書」と呼ばれる)の中に、YAGIという単語が出てくることを発見しました。そこで捕虜に質問したところ、「それはそのアンテナを発明した日本人の名前だ」と教えられ、そのとき初めて八木・宇田アンテナの存在を知ったとも伝えられています。

じつは、日本の海軍技術研究所や陸軍技術研究所でも、小規模ながら、レーダ技術の研究は行われていました。ところが、軍上層部には、レーダの研究開発に対する理解者が少なく、レーダの研究開発は遅々として進まなかったと言われています。そのため、大東亜戦争の開始時点でも、日本のレーダは実用化にほど遠い段階にありました。

ようやく、海軍で初めて実用レベルのレーダが作られたのは、開戦から数か月が過ぎた、1942年3月のことでした。このときは波長の異なる2種類のレーダが試作され、戦艦「伊勢」「日向」に搭載されました。それぞれに長所・短所があるものの、どちらも一定の機能・性能を有することが確認されました。


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ミッドウェーで払った高い代償
1942年6月、ミッドウェー島に向かった日本海軍の空母機動部隊には、レーダを装備した艦艇は1隻もありませんでした。実験艦として、レーダを搭載していた戦艦「伊勢」「日向」は、ミッドウェー島から遠く離れたアリューシャン方面に派遣されていました。

一方、ミッドウェー島付近で、日本海軍の空母機動部隊を待ち受けるアメリカ海軍の主要艦艇には、対空捜索レーダCXAMが装備されていました。さらに、ミッドウェー島に設置された固定式のレーダも稼動状態にありました。

アメリカ海軍は、主要艦艇にレーダを搭載していた。空母エンタープライズ(CV-6)の艦橋に、対空捜索レーダCXAMが装着されていることが分かる。ミッドウェー海戦直前の、1942年5月の撮影。(public domain)
そのため、ミッドウェー島付近で日本軍の攻撃を待ち受けていたアメリカ軍は、日本軍の艦載機の接近をレーダでいち早く察知し、奇襲を避けることができたのです。

レーダの実用化により、日本海軍の戦略の前提となっていた、空母と艦載機を中心とした奇襲攻撃は、もはや成立しなくなっていました。

そのことに気がつかない日本海軍は、ミッドウェー島に有効な打撃を加えられなかったばかりか、反撃してくるアメリカ海軍の艦載機を直前まで発見できず、主力の空母4隻(赤城、加賀、蒼龍、飛龍)と約300機の艦載機、そして多数の熟練兵を失いました。

こうして、日本軍は、自らのレーダの技術開発の深刻な遅れを、高い代償により知ることとなったのです。

ミッドウェー海戦において、レーダを持たない日本艦隊は、艦載機を飛ばして敵を探さなければならず、レーダを駆使したアメリカ軍に対して苦戦を強いられた。写真は、アメリカ軍機の攻撃を受け、炎上中の空母「飛龍」。(public domain)
日本の戦略家が技術を学ぶ意義
ミッドウェー海戦における日本の敗北は、一般に、機械故障による索敵機の発進の遅れや、現場の混乱を誘引した指揮官の判断に原因があると論じられています。確かに、偶然や現場での判断により左右された部分もあったでしょう。

しかし、ミッドウェー海戦を、「技術」という観点で捉え直すとすれば、ミッドウェー海戦は、レーダ技術が、日本軍の戦略を破壊した戦いだったと総括できるでしょう。

戦いの様相を一変させるレーダをいち早く取り入れ、使いこなしたアメリカ軍と、要素技術の研究において国内にアドバンテージを有しつつも、レーダの必要性の議論に終始し、事業化を推進しなかった日本軍の能力には、大きな差が生まれていたのです。

日本でも、ミッドウェー海戦の後、それまで低調だったレーダの研究開発は、おおいに奨励されました。しかし、長年の蓄積を必要とする研究開発の遅れは、ついに取り戻すことができませんでした。

「技術」という観点から、ミッドウェー海戦の敗北へとつながったレーダの研究開発の問題点を考えると、以下の2点に集約されると考えられます。

(1)未知の要素が多いレーダの研究開発に関し、上層部の理解が得られなかったこと
(2)国内の科学技術イノベーションを国防に生かす仕組みが未成熟であったこと

1930年代において、レーダの研究開発は未知の要素が多く、きわめてリスクの高いテーマの1つでした。技術的な内容を理解できる人間も、レーダが戦いにどのような効果をもたらすのか、という部分を論じることができる人間も、国内にわずかしかいなかったうえ、双方が対話をする機会も、ほとんどありませんでした。

国内にどのような技術があり、どう育成し、どう活かすのか、といった長期的な視野で技術マネジメントを行うことができる、組織や人材が欠けていたと言ってもいいかもしれません。

これらの問題点から、現代日本にも通じる教訓を得るとすれば、長期的な技術マネジメントの視点の欠如が、致命的な結果をもたらすことがあるということでしょう。

様々な新技術が、市場や社会のあり方を支配するようになった現状を鑑みると、組織運営を担うリーダ、戦略家が技術を学ぶ意義はますます高まっているものと思われます。技術者もまた、自らの職責の範囲を超えて、技術が戦略に与えるインパクトについて、もっと意識すべきかもしれません。

日本がミッドウェー海戦で敗北した原因はレーダー探知機無かったから?


http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52091

ミッドウェー海戦は、日本人が生んだ技術に日本が敗けた戦いだった 現役防衛技官が語る「75年目の教訓」
藤田 元信

今年6月、太平洋戦争の転機となった「ミッドウェー海戦」から75年を迎えた。日本の敗戦へのきっかけとなったこの近代史上最大の海戦に、「現代日本に通じる大切な教訓が隠されている」と指摘するのは、防衛装備庁技術戦略部の藤田元信氏だ。

最近、新著『戦略は技術をくつが...続きを読む

Aベストアンサー

いや、レーダー以前に日本側の情報が全て筒抜けだったからです。レーダーはあくまでも現状の把握にしか使えません。予測して必要数を配備するには情報の入手が必要です。
偵察だけなら射程外からでもおおよそ把握することはできます。まともな指揮官がいればその時点で把握できるでしょう。しかし日本は上に行けば行くほど無能だった。それは今の政府や企業も同じ。否、江戸時代から変わってはいない。一人や二人の有能な人材がいてもダメなんですよ。だから負けたと言えます。


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