縄文時代の女子の髪型において、髪の毛を「団子」みたく固めるような結い方の1つとして、太い棒のような形に結ぶ髪型があった、というのを資料で見ました。

http://www.wnn.or.jp/wnn-history/jomon/manga/b10 …

 これの、真ん中の奴です。
 しかしこれ、髪型の名前の記述がありません。それが分からなくて困っています。
 誰かご存じの方、よろしくお願いします。

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花 奈良」に関するQ&A: 奈良県で温泉と萩の花

A 回答 (1件)

古代の髪型は男子のみずら(両耳の上で団子を作る)しか知りませんでした。

この髪型は北米の先住民ホピ族の未婚の女性の髪型とほぼ同じなので驚いたことがあります。ホピではカボチャの花と呼んでいます。

縄文時代の髪型の名前は文書で残っているのでしょうか。漫画の髪型は奈良時代以降に中国から伝わった髪型のように見えますが・・もし、そうなら頭上三髻(ずじょうさんきつ)、頭の上に髷がみっつある髪型ではないかと思われます。ところで
他の髪型には名前がついていましたか?

参考URL:http://www.cosmo.ne.jp/~barber/kamigat2.html
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この回答へのお礼

 奈良時代以降ですか……。
 じゃあ、この資料間違ってるんでしょうか(^_^;
 もうちょっと調べる必要がありそうですね。
 ありがとうございした。頭上三髻は覚えておきます(^^)
 ちなみに、他の髪型について訊かなかったのは、必要がなかったからで他意はないのです(^_^;

お礼日時:2001/02/25 00:40

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Aベストアンサー

ちょっとだけ説明させていただきます。

縄文時代は草創期・早期・前期・中期・後期・晩期と、時期区分されていて、土器にはその時代ごとの特徴がみられます。これは生活のスタイルや土器の用途によってさまざまな点で変化しているためです。

>初期のものも後期のものも同じようにしか見えなかった

 きっと草創期や早期あたりの縄文地紋の土器と、晩期の加曾利あたりの薄い甕をみてのご感想かとおもうのですが、どうでしょかね?縄のあとひとつをみても、縄自体の造りや縄目のつけかたでも違いが見られます。また後者のほうには粗製土器と精製土器ってのがみられ、内面や外面をこすって土の目を締め(徽密度を高め)ています。
 
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 人の生活がかわっていけば、使う道具もかわってくるわけです。縄文時代の一万年間には、いろんな変化があったことは紛れもない事実、その変化を今に伝えるのが土器なんです。土器がかわるということは、それを作った人々の生活がかわる、またはその土地に住んでいる人がかわる(移動してきた)ということであり、長い年月の間で言えば、進化といってもいいのではないでしょうか?

ちょっとだけ説明させていただきます。

縄文時代は草創期・早期・前期・中期・後期・晩期と、時期区分されていて、土器にはその時代ごとの特徴がみられます。これは生活のスタイルや土器の用途によってさまざまな点で変化しているためです。

>初期のものも後期のものも同じようにしか見えなかった

 きっと草創期や早期あたりの縄文地紋の土器と、晩期の加曾利あたりの薄い甕をみてのご感想かとおもうのですが、どうでしょかね?縄のあとひとつをみても、縄自体の造りや縄目のつけかたでも違いが見られ...続きを読む

Q縄文土器・土偶を、制作者(縄文人)の心理的な観点から分析した著作・サイトはありませんか?

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 どなたかよろしくお願いします。

Aベストアンサー

紹介サイトはできませんし、質問と離れますがすみません。

同じ事をやれば、解る気がしますよ。
私は陶芸をすこし齧りますので、縄文人の気持ちは理解できている気がしてます。

同じ赤土をいじって、女性人形を作り、何回か焼いてみれば、セクシーな造形に似せた人形で、最も割れない形は土偶形になります。
縄文は、へらで深く切り込みを入れると焼いた時そこから割れるので、型を押し付ける事になります。
型を作らないと、でき合いで間に合わせる事になるので、布や紐を押し付けます。布の一種の寒冷紗の肌地の陶器は現在でも一般的です。

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これはロココとマイセンやギリシャ様式と同じです。

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紹介サイトはできませんし、質問と離れますがすみません。

同じ事をやれば、解る気がしますよ。
私は陶芸をすこし齧りますので、縄文人の気持ちは理解できている気がしてます。

同じ赤土をいじって、女性人形を作り、何回か焼いてみれば、セクシーな造形に似せた人形で、最も割れない形は土偶形になります。
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○陰干しで1ヶ月以上乾燥させて完全に水分を抜くこと。
○焼く時には事前に空焼きをして地面の水分を抜いておくこと。
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弥生人骨でも「約4千体」「約千体」の開きがあります。
よろしくお願いします。

中日新聞「浜松・只木遺跡が県史跡の指定解除へ」
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20131026/CK2013102602000092.html

高校生のためのおもしろ歴史教室 講談社『日本の歴史02』(発行2000年)
http://www.ican.zaq.ne.jp/rekishi/national_history05.html

Aベストアンサー

No.2の続きです。

●ナント、これが考古学の常識ですか。
○いえ、そんなことはありません。
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●今後は数が多い場合には、「体」なのか「点」なのかに留意して資料を読むようにします。
○というよりも「何に基づいているか」を確認すべきなのです。根拠もなく漠然とした数値を出している場合も少なくありません。
まともな研究者なら根拠に基づいて提示しますし、根拠がないものは具体的な数値を出したりはしません。
孫引きではなく原典に当たる必要もあります。


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