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興味を持っていろいろ読んだり調べたりしたんですが。
だんだん混乱してきてわからなくなってしまいました。

邪馬臺國と邪馬壹國
ぶっちゃけどっちが正しいんですか?

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A 回答 (7件)

邪馬臺国(邪馬台国)は、本来、その初出である三国志の魏志東夷伝の中の倭人伝の記述では、「邪馬壹國」とされています。

それに基づいて、「邪馬壹國」が正しいのだ、という論をたてたのが古田武彦氏です。氏は現在でもそう主張していますが、基本的には学界から相手にされているとは言い難いです。その理由としては、
(1)三国志は3世紀に書かれた書物であるが、現存する写本は全て12世紀以後のものであること。
(2)大宰府天満宮に伝来する『翰苑』の9世紀写本では卑弥呼の宗女の名は、「壱与」でなく「臺与」、その都は「馬臺」とされていること。
(3)三国志以外の、『後漢書』『梁書』『北史』『隋書』『通典』『翰苑』などは全て 邪馬壹國でなく、邪馬臺国の字が使われていること。
未だにこの「邪馬壹國」に固執しておられる向きもありますが、現時点ではほぼ大勢は決しているように思います。古田氏は偽書「東日流外三郡誌」を全力で擁護するなど(これも未だに信じておられる方も多いようですが、多くの証拠から偽書は確定しています)その「検証」には非常に問題が多いと考えられています。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

『後漢書』『梁書』『北史』『隋書』『通典』『翰苑』などは全て「邪馬臺国」表記だが、
オリジナル『三國志魏志倭人伝』の写本は「邪馬壹國」表記。
しかし、オリジナル本の写本は12世紀のもので、
『翰苑』などは9世紀の写本でより古い時代のもの。

古田武彦氏は、学会からは黙殺されているようですが。

オリジナルを重視するか、時代の古さを重視するか。。。
やっぱ悩みます。。。

お礼日時:2008/11/05 12:01

>オリジナル『三國志魏志倭人伝』の写本は「邪馬壹國」表記ですが、


>『後漢書』『梁書』『北史』『隋書』『通典』『翰苑』などは全て
>「邪馬臺国」表記です。
>オリジナル本の写本は12世紀のもので、『翰苑』などは9世紀の写
>本でより古い時代のもの。
>オリジナルを重視するか、時代の古さを重視するか。。。

「三国志」は3世紀に書かれた本です。
「後漢書」以下の本は、5世紀以降に書かれた本で、先行する「三国志」を参考文献としています。信頼性としては、三国志が最も高いと考えるべきです。

ただし、陳寿が撰した「三国志」のオリジナル本が現存せず、今後発見される見込みも限りなくゼロに近いので、「邪馬壹國」で本当に正しいのか?という保証は出来ません。21世紀の現在に言えるのは、先の回答に示したように
「現存する『三国志』には、『邪馬壹國』と書いてある」
このことだけです。

ちなみに、中国の歴代王朝にとって、海の向こうにある蛮人の国の名前が何だろうが重要性は限りなく低いことです。唯一の史料である「魏志倭人伝」自体、明らかに「伝聞を記したもの」で、記述の精度は低いとされています。登場する固有名詞についても、伝わる過程で間違いが生じた可能性は十分にあります。

魏志倭人伝を素直に読むと「邪馬壹國」は日本列島を飛び越えて日本列島南方の海中に存在することになるため、江戸時代から「AAはBBの間違いだろう」という類の謎解きが行われ、ああでもないこうでもないの議論が「日本でのみ」展開されているのは質問者さんは先刻ご承知でしょう。

中国人にとっては「どうでも良いこと」ですので、陳寿以降の1700年間の中国の歴史家で「邪馬壹國問題」を検討した人は誰もいないはずです。その程度の軽い話だということです。
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中国は情報伝達が便利になった現代でさえ「当て字(宛て字)御免」の世界で、かながないため字がわからないと、同じ音、似た音の別の字を平気で宛てます。



表音字のみの世界ではない、表意+表音字の漢字の世界であったので、当時耳にはいった音に字を宛てていただけの可能性があります。

また、統一見解も当時はなかったでしょうし、情報伝達もとてもスローであいまいだったでしょうし、正しい物が何かすら難しい。
卑弥呼はどうなんでしょうね。
書物に残る琉求伝とは台湾の話なのか。琉球とは台湾のみならず現在の沖縄までのことなのか。
はっきりしません。
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「現代に伝わっている『三国志 魏書』の中のいわゆる 『魏志倭人伝』では、『邪馬壹國』と書いてある。

ヤマイ国としか読めない」

「江戸時代に、日本国の古称である『大和=やまと』につなげるため、
"『邪馬壹國』は字形の似ている『邪馬臺國』(邪馬台国)の間違い。これは「ヤマト国」と読む"
というかなり強引な説が出て、その後の学者がこの説を引き継ぎ、現在に至っている」

ということのようです。
素直に考えますと
「『邪馬壹國』(邪馬一国)と魏志倭人伝に書いてある」
という事実しか認められませんが、「邪馬台国」(ヤマタイコク)という名称が既に既成事実化してしまっております。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
オリジナル『三國志魏志倭人伝』の写本は「邪馬壹國」表記ですが、
『後漢書』『梁書』『北史』『隋書』『通典』『翰苑』などは全て「邪馬臺国」表記です。
オリジナル本の写本は12世紀のもので、『翰苑』などは9世紀の写本でより古い時代のもの。
オリジナルを重視するか、時代の古さを重視するか。。。
やっぱ悩みます。。。

お礼日時:2008/11/05 12:06

三國志の原本には「邪馬壹國」と書いてあったとする古田説を私は信じます。

古田武彦の論証は見事です。↓

(参考)
古田武彦(著)「『邪馬台国』はなかった…解読された倭人伝の謎…」(朝日新聞社刊、昭和46年初版)
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
残念ながら古田武彦氏は、学会からは黙殺されているようですね。

お礼日時:2008/11/05 12:04

三国志の版本は全て邪馬臺國あるいは邪馬一国とあるそうですから、三国志時代の国名としては邪馬臺國以外にあり得ないと考えるのが科学的思考法だと思います。

余計なことですが歴史学はサイエンスとしては多々問題があります。
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現在は「邪馬台国」と書きますね。


岩波文庫から「魏志倭人伝」が出版されています。現代語訳と原文が印刷してあります。原文は百衲本といわれる本の写真印刷で、これを見ると「邪馬壹國」となっています。この本は文庫本で、かなり古いものですがまだ販売されていると思います。一度見てください。
以下うろ覚えで申し訳ないのですが、「壹(現在の文字では壱)」は「臺(同、台)」の誤記ということになっているようです。これは江戸時代の学者(確か本居宣長だったと思う)が言い出したようです。彼は何かにつけて「大和」に結びつけたく「壹」ではヤマイチ(あるいはヤマイ)になってしまい結び付かない。「臺」ではヤマタイなので何とかヤマトに結びつくということだったようです。
現在どちらが正しいとされているのか私にはわかりません。小生も諸賢のご意見をお聞きしたいです。
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