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もしかしたら思い違いかもしれないのですが、気になるので質問します。
高校時代の古文の先生が、天皇家は大昔からの万世一系?の世襲制だと言われているが、
源氏物語での設定は世襲制ではない。もちろん文学だけど、
このような記述があるのはすごいことだ…。
という感じだったのですが、本当ですか?
源氏物語よんでないので良くわかりません…。

A 回答 (2件)

えーと、古文の先生のおっしゃることはちょっと疑問ですね?



質問者さまが源氏物語をお読みになっておられないなら、登場人物の個人名を並べても煩雑かとは思いますが、ガマンしてください(^_^;)。
「源氏」に登場する天皇は一応四人です。
桐壺帝 朱雀院 冷泉院 夢の浮橋の時点での今上

源氏は朱雀院の異母兄弟で、桐壺帝の皇子です。
朱雀院は源氏の異母兄弟で、桐壺帝の皇子です。
冷泉院は表向きは桐壺帝の皇子、朱雀院と源氏の弟、実際は源氏の子です。
今上は朱雀院の皇子です。

というつながりなのですが、この場合、万世一系ではないといえる部分はないのではないでしょうか?
多分問題にしているのは、源氏が不義により藤壺に生ませた冷泉院のことかと思うのですが、

表向きは桐壺帝の息子だから問題なし
裏の事情でも源氏は桐壺帝の息子なのだから、天皇の血はひいている

わたしは万世一系については詳しくないのですけれど、意見Aは「万世一系とは親子兄弟間が継ぐものである」という誤解があるような気がします。
孫が継いだこともあるようですよ。わたしが見つけたのは淳仁天皇。(他にもいろいろいます)お父さんは天皇ではなく、おじいさんが天武天皇でした。
まあこの場合、源氏が臣下に下ったことをどう見るか、ということもありますけどね。淳仁天皇の場合はお父さんは臣下になったわけではなく、皇族のままだったのですが。

また万世一系に関して必ず「ここが疑わしい」といわれる天皇に継体天皇がいて、これは応神天皇五代の孫とされているようです。……五代の孫ってほとんど他人やん!
五代の孫がほんとかどうかは別にするとして、それでも「万世一系」とされている以上、名目上桐壺帝の皇子で本当は孫、というつながりを「すごい」というのはちょっと的外れではないかと感じます。

以下私見ですが(って、今までも私見ですが(^_^;))
意見Aに関して「すごい」のが父天皇の中宮に手を出して子を産ませたということならたしかにすごいことですが(^_^;)、平安時代の色好み文化では今考えるのとは違ったとらえ方をしているような気がします。それに何と言っても小説ですしね。
残念ながらいい例は出せないのですが、入内させようとしている姫を我が物にしてしまう/しようとするという物語はけっこうあります。(伊勢物語など)
また時代が下がると天皇と臣下が一人の女性を……という私小説もあります。(とわずがたり)

あー、長いですね~。どうも長々とすみません。もし回答が的外れだったらすみません~。古文の先生によろしく~。
って、もう卒業なさってます??
(参考URLは歴代天皇系図です。ものすごい労作だと思います(^_^;))

参考URL:http://www.aura-press.com/scriba/
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この回答へのお礼

よくご存知ですね~ びっくりしました!
何だか私が勘違いして解釈していたのかもしれませんね。
古文の先生は明らかに世襲制じゃないと言ってたような気がするんですが…
ちなみに卒業してます。3年ほど前に。
ありがとうございました。

お礼日時:2003/01/22 15:12

 


これはあくまで想像ですが、高校の先生が驚いていたのは、万世一系でも世襲制でもなく、「公的記録」での系譜上の位置とは別に、公的記録に、虚偽が入っている可能性を明確に記していることが、あの時代においては、驚くべきことだということだと思います。

冷泉帝が桐壺帝の真の子でなく、実は源氏の子であるというのは、源氏の子を養子として親王にし、更に東宮にし、東宮が帝位について冷泉天皇となったという話なら、別に驚くことではないのです。そういう公的系譜記録があれば、何も驚くことはありません。

実際の天皇家の歴史系譜でも、女御が産んだ子が、天皇の子であるのか、父親は実は別にいたのか、確認しようもないはずで、もしそういう事実が判明していれば、その子は東宮となる資格もおそらくないでしょうし、天皇にもなっていないでしょう。

少なくとも、天皇家の「公的系譜記録」に、隠された裏の真実があるというような、確認された事実はないはずなのです。

しかし、女御が浮気をしたとか、後宮に男が忍び込んで、女御と同衾したなどということが、まったくなかったとは言えない訳で、(実際、もっと管理が厳しかった江戸城大奥で、御台所はともかく、高級奥女中が、男を大奥に引き込んだとかいう話はあり)、その結果できた子が、親王や内親王になっている可能性もあり、もしかすると、東宮になり、帝にもなっている可能性も、まったくないとは言えないのです。

しかし、「公的記録」の上では、そんな事実はないわけです。しかし、あの女御は浮気好きで、何しているか分からないとか、あの天皇には、子種がないはずなのに、親王が生まれているとか、そういう疑いは、平安時代の貴族たちは、心のなかで、持っていたとも思えます。

(豊臣秀吉には、実は子種がないはずで、秀頼は、淀君がどこかの男に造らせた子だという可能性は大いにあり、秀吉の正妻であった大政所などは、それを知っていたのではないかという話もあります。しかし、これを公言すると、秀吉亡き後の豊臣家は成立しないのです)。

天皇家の場合、公言したり、批評したりすれば、反逆罪になります。

藤式部(紫式部)の『源氏物語』においては、冷泉帝が、まさに公的記録では、桐壺帝と藤壺中宮の子となっていながら、実は、源氏の子であったと、明確に書かれているので、物語であるとはいえ、大胆極まりない話を書いたものだということで、先生は驚かれたのでしょう。

現代人には分からないことかも知れませんが、天皇の血統上の位置が公的記録とは、実は違っているなどということは、平安時代には、臣下はほのめかすこともできなかったはずです。

紫式部は、それを物語としても、公然と書いた訳で、これはやはり驚くべきことだと思います。
 
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この回答へのお礼

ありがとうございます。なるほどー。虚偽の可能性ですか。
うーん、でも、はっきりとおかしいって言ってたような…
もっと真面目に授業聞いておくんだった。ごめんなさい。

お礼日時:2003/01/22 15:14

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