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ウィキペディアをのぞいてみると次のように書かれていますが・・・。

神学者としても著名で、『ナルニア国ものがたり』にもその片鱗が現れているような
新プラトン主義的な見解をラジオの連続講義でも披露。
スイスの弁証法神学者カール・バルトから、激しい反撥を受けた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/C%E3%83%BBS%E3%83%B …

プラトン主義的な宗教論を提唱したイギリスの神学者、C・S・ルイスとの論争は有名
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC% …

では本当に、C・S・ルイスはプラトン主義的な神学の持ち主だったのでしょうか?
それっぽいな、と思えるのは「キリスト教の精髄」の冒頭に登場する
自然法論もしくは道徳的証明ぐらいでしょうか?
他にも、ルイスの神学にはプラトン的な要素が含まれているんですか?
あるとすれば、どういったところがプラトン的なんでしょうか?
どなたかご回答よろしくお願いします。

gooドクター

A 回答 (2件)

新プラトン主義ってどんなのだろうと調べてみました。



http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/shinpi/sinp …
『それの答えが「流出説」である。
 「一者」から流出した物は、遠ざかるにしたがって、次第に完全さを失ってゆく。結局、流出した世界はオリジナルの「一者」より、どうしても粗悪にならざるを得ないのである。
 我々の住む現象界、物質界が不完全なのはそのためである。

 これは、つまるところ、我々は感覚だけに頼り、物質的世界にはまり込み、堕落している状態にあることを意味する。
 結局、流出したということは、完全な存在である「一者」から、こぼれ落ちた存在だということだ。
 「一者」からの流出は、「ヌース(知性、精神、理性。イデアを認識するための理性的能力のこと)」から「魂」を経て、段階をふんで「質料(物質的な存在)」 に行き着く。「質料」の中でも一番最低の状態とは、「闇」であり、それは「光の欠如した状態」のことである。「悪」は、こうした欠如した状態の便宜上の呼び方である。
 我々は、こうした物質世界への「下降を喜ぶ」ことを止めて、「一者」へと自分を向上させねばならぬ。

人間の「質料」的な側面は、言ってしまえば肉体であり、欲望に染まることによって「悪」や「災い」を引き起こす。

 しかし、人間は本来は、天上的な存在であり、我々の「魂」の故郷はイデア界にある。よって、「魂」を解放してイデア界に帰り、そこからさらに「ヌース」へと高まり、ついには「一者」そのものと合一する。
 これが究極的な哲学の目標であるという。

 以上を考えれば、この新プラトン主義の内に、西欧のオカルティズム、神秘主義の原型が含まれていることが分かるであろう。』


で、日本のwikiでは、<新プラトン主義的な>となっていますが、英語版のwikiでは

http://en.wikipedia.org/wiki/C._S._Lewis

『His conversion had a profound effect on his work, and his wartime radio broadcasts on the subject of Christianity brought him wide acclaim. 』

という風に、キリスト教主義 というか キリスト教的見解 キリスト教的立場 に立った話をした となっています。


ナルニアは映画で見たことがあります。
北欧の神話を取り入れていて、おもしろいにはおもしろいのですが・・・

第一作目の<ライオンと魔女>の映画化を見て思ったことは、「ああ 善 vs 悪ね」です。

お決まりのパターン。

キリスト教は存在するために必須なものは悪の存在。
悪がいてもらわないと、自分たちは善だとならないとして、たくさんの悪魔を創造していった。
悪がいてもらわないと、自分たちが存在できないとして、侵略先の地元の人たちが崇拝していた神を、悪魔だとしていったんです。


で、ナルニアでは魔女が登場します。
この魔女は悪だからやっつけるってわけです。

エドマンド(アダム)は魔女の誘惑に負けて、裏切り者になったが、裏切ったエドマンドを引き渡すかわりに、アシュランを引渡し、アシュランは身代わりに殺されるが、復活するというお話。

イエスは、ユダの裏切りにより、全人類の罪を肩代わりして自殺、違った処刑されたというのが、キリスト教の主張です。

ルイスはキリスト教信仰だったので、そういう話を作ることができた。

トールキンとは違う路線。
トールキンの指輪物語は、プラトンのギュゲスの指輪で、もっと重厚な内容。
トールキンに馬鹿らしいと笑われるくらい稚拙な話が、ルイスのナルニア。

で、現存する最古の神話では、神々を生み出したティアマアトは最高権力を持っており、ティアマアトの息子は、父親を殺したばかりか、ティアマアトの最高地位を欲した。
キリスト教では、ルシフェルが同じように、神の地位を欲して落とされたとなっています。

で、ティアマアトは夫を殺したばかりか、最高地位まで欲するエアたちに対して、使者をボコボコにして返すんですね。
それで懲りればよかったのに、エアの息子のマルドゥクは勇敢にも立ち上がって、天空の神々はまっぷたつに分かれ大戦争をした。

これが後にゆがめられて、世紀末がやってきたとき神の側についた天使たちと、悪魔の側についた天使たちによる大戦争になるって話になった。(ヨハネの黙示録)

で、マルドゥクは苦戦するわけですが、大風を起こして、ティアマアトの口を閉じれなくして、その口に矢を射て殺し、彼女の肉体で天と地を作り、彼女が石版を与えたキングーの血と土をこねて、人間をティアマアトに勝利した側の奴隷として人間を作り、人間がティアマアトを裏切り倒したマルドウック側の奴隷であることを忘れないように、空に虹をかけた となっている。


裏切ったのは誰?
マルドゥックが裏切って初源の神を殺したわけで、その裏切り者が、敵側の血と肉体を使って、自分たちを崇拝する人間を創った、と現存する最古の神話ではなっている。

それが、どういうわけか、逆転しているのが聖書。

魔女を倒せ~ 自分たちを悪へと誘惑する魔女を倒せ、蛇を倒せ、悪魔を倒せ~ ってのがナルニア物語。


トールキンの場合、悪の誘惑は悪魔の仕業だと短絡的にしてはいない。


要するに神から流出して薄められたが、信仰して神のようになりましょうってのがキリスト教だが、キリスト教の言うことは、要するに裏切り者のマルヅゥクの奴隷になり、彼にかしずきましょうってことですよね。

プラトンは神は絶対的な神は人間の外に存在するとしている。
アリストテレスは、人間の中にあるとしている。
で、神話でいけば、アリストテレスの方が建設的な考え。
何故ならプラトンは、絶対的なものを知覚できない人は、知覚できる人の言う通りにすれば、間違いを犯さないとして、知恵者の隷従することを解いているが、アリストテレスは、自分たちの中に、善は存在しているので、自分たちの中の善を躍動させればいいとしている。
何も知恵者の言うことに、理解もなく従うことを強要していないのが、アリストテレス。

キリスト教は、人々から知恵を奪って隷従することを薦めた。
図書館を閉鎖し、聖書だけ読め、自分たちの言うとおりにしてさえいえばいいとした。
プラトン主義であり、ネオプラトンはそれをさらにオカルトっぽくしたものじゃないかと。

というわけで、ルイスのラジオの講演内容は探せませんでしたが、ルイスはプラトン主義+オカルト(神秘主義)である新プラトン主義だと思えるのは、ナルニア物語に片鱗が現れているというのは、正しいと思えます。
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この回答へのお礼

御礼が大変遅くなってすみません。
思ってもみない返答だったので、どう答えてよいか分かりませんでした。
この場を借りてお詫びさせていただきます。
みなさん親切なご回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/03/03 14:35

どうでしょうね、C・S・ルイスを専門に研究にしている方はこのカテゴリよりも文学のカテゴリに見つかりやすいと思いますが、


いくつかの指摘はできるかもしれません。
まず、プラトニズムあるいはネオプラトニズムである、というからには、
神学的に上部構造と下部構造の断絶めいた見取り図を、人間理解の礎としているといえるでしょう。
また、人間の精神の真髄とはロゴスの外にあるもの、ことばの外にあるもの、として、
どのようにそこへ向かうことができるかを問い、そのことによって自我の本当の確立が成し遂げられると考える、こうした態度があるはずでしょう。
人間の生に主眼をおき、死後の再生を事実として重視するよりも、
人間の精神の別段階への目覚めや、象徴としての再生を重視するでしょう。
理知を人間ならではの限界ある属性ととらえ、視点は複合的に曖昧に存在すると考えるため、
作家としては神の視点で紡がれる物語を回避しようとするかもしれません。
そして何よりも、万物、万象を、ばらばらに落ちてきた事象のように、現象である象徴物のようにみとめて、
世界の多種多様性、エキゾティズム、異界といったあらわれかたを重んじる。精神への作用としてです。
これらの要素が心の中には自在に散りばめられているのだから、
ロゴスを超えて上部構造へ向かうためには、それらの質感をとおして行うべきであると。

C・S・ルイスは、当時では前衛的なニューウェーブSFとファンタジーの評論家でもありますね。
神の実在を柔軟に棚上げした姿勢なのかもしれませんし、
世界の整合性の持ち方、ファンタジー擁護、神秘思想や魔術への嗜好、伝説や異聞への研究心から、
プラトニズムに身をおくと便利だったということもあるかもしれません。

以上を多少なりともご参考にC・S・ルイスの著作をお確かめになってみれば、
感じられることや発見があるのではないでしょうか。わたしはあいにく暇がありませんが。。。
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