ファンタビの世界観を作る二人にインタビュー!

2006年からJPOPなどに少しは興味を持ち始め、紅白とかMステとかに出てくる歌手くらいは知っておくことにしている者です。

例えばエグザイルや倖田來未や浜崎あゆみはもはや20代の人達を筆頭にして定番のようになっていて、カラオケでもよく歌われていると思いますし、これからも人気はずっと続くのではないでしょうか?

また、大塚愛なのですが、アマゾン等のレビューのうちの見苦しいものの一つとして「2年後には消える」というようなものがあった気がしますが、現時点ではその書き込みから2年以上経ってます。まだ消えてないと思います。

しかし、その一方で2006年にしか見かけなかった人とかもいるのではないでしょうか?

いったいどこで差がついているのでしょう?

ご意見お待ちしています。

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A 回答 (4件)

 確実に音楽の力の差です。

ヒットが長続きしない音楽は、メロディも和音の連結も、緊張の度合いや盛り上げ方などの基本がなっていない曲が多く、そしてメロディのラインに天性を感じることが少ないのではないでしょうか。今の世の中全体としても、メロディが枯渇しつつあるといえます。シンセサイザーなどによって、あまりにも簡単に、良い音色が手に入るようになったことで、自分の作った音楽に真の意味で魂を入れる前に、満足している事も多いのだと思います。まだ、ラップに日本語をのせているものに共感を得る事の方が多い。
 また、ヒットさせる事が最初に頭に「もたげてくる」作曲家やミュージシャンの作るものは、たいてい大衆に見透かされます。今の人たちは本当にいいものを聞き分ける力がある。音楽の世界は厳しくて、いいものしか残れないはずなのに、そのいいものとは本当には何を意味するのかを忘れつつあるのではないか、という気がします。
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この回答へのお礼

深いんですね。音楽の人達も大変ですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2009/01/03 21:59

こんにちは



本人の才能も必要ですが
事務所や会社とのバランスやお互いの信頼関係も必要だと思います
独立して生き残るひととだめになる人といますよね
運といえばそれまでですが
そういうのも1つの違いだと思います
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この回答へのお礼

そういった見えないとこも大事ですよね。
ありがとうございました。

お礼日時:2009/01/03 22:00

「永遠のアイドル」って言われる、松田聖子さんのDVDや出演番組をみると、生き残る歌手の要素がちょっと見える気がしますね。



・歌うこと・踊ることが好き。
・いかにお客さんを楽しませるか?を常に考える。
・新しいことへのチャレンジ。
・万全の体調管理。パワフル。
・自分の周囲の人たちへの心遣い。
・明るい性格。他人(ライバル)の悪口を言わない。反論しない。
・良い曲に巡り会うこと。(作詞家・作曲家が応援してくれること)

彼女のコンサート会場の客層は、若い男女や小さい子供連れのママなど、ほんとに幅広いです。

P.S.
昨日、レッツゴーヤングに出ている松田聖子さんの映像がTV(スカパー)で流れていましたが、懐かしいって感じですね。香坂みゆき、岩崎宏美もいた(ああ、年寄りモード・・・)。
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この回答へのお礼

色々な要素が必要なんですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2009/01/03 22:01

ヒット曲が続く人、一曲で終わりの人・・・・の違いです。

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この回答へのお礼

そうですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2009/01/03 22:01

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Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

Qメジャーでもインディーズでも、デビューに関して何歳までか?

タイトル通りの質問です。
宜しくお願いします。

年を重ねれば重ねるほど、プロへの道(デビューへの可能性)は狭まると聞きました。
そして男性か女性かでも年齢の差があるとか・・・。
しかし、遅咲きのアーティストもいますよね。
そこで質問なのですが、一般的な意見でも音楽業界にいる方でも、男性は何歳~何歳まで、女性は何歳~何歳までは可能では?とかってありますか?
逆に音楽に年なんて関係ないよ!って方の意見も聞いてみたいです。

あと、アイドル志向ではなくバンドでもソロでもアーティストという設定でお願いします。

宜しくおねがいします。

Aベストアンサー

メジャー勤務経験者の意見としてお読み頂ければ助かります。

ざっくりとですが、
インディーズ:制限なし
メジャー:25歳 と考えます。

インディーズの場合、アーティスト本人がレーベルを興せば、
本人が代表、社長という肩書きを兼任する事になる訳で、
本人の責任に於いてアーティスト活動は長期続行可能だと思います。
また、既存のインディーズレーベルと契約したとしても、
メジャーと比べて契約内容、音楽性、表現規制等の制限が
ゆるやかな場合が多く、活動しやすい環境が得られるかと思います。
ただし、インディーズで飯を食うことは至難の技です。
レーベルと契約したとしてもアーティストは別に本職を持ちながらの
活動となる場合がほとんどです。ピザオブデス(元ハイスタ横山健の
レーベル)の様に100万枚単位のヒット作を持つレーベルにまで
なれば話は別ですが、例外中の例外と言えるでしょう。

メジャーは、若さ、ルックス、扱いやすさ、わかりやすい
音楽性が優先される世界です。それは日本のメジャーが
音楽文化を創ろうとする気概等無く、あくまで産業である
(利益優先である)事が大前提であるという姿勢によるところが
大きいからです(大衆に向けた商品を作る、という意味に於いて
この姿勢は一概に否定できるものでもないと考えますが)。
よって契約内容も細かく、厳しいものであり、レコ倫やメジャー
そのものによる表現の自主規制等、活動も窮屈と感じる場合が
多いようです。
その上で、音楽性、プロモーション戦略等、メジャーの思惑に
上手く順応できる若い年代(ここでは25歳)こそ売り出してみたい
上限であると考えます。
ただし、ここでも例外があります。スガシカオです。
彼のメジャーデビューは30歳を過ぎてからでした。
ここで気をつけるべきは、年齢を重ねてデビューするには
その人でなければ絶対表現できない個性的な曲、詞を持っている事と
それが大衆に向けられたわかりやすいものである事を兼ね備えている、
という一見矛盾した条件のクリアが必要だという事です。
彼の表現はそれを見事にクリアしたからブレイクできたのだと
考えます。
年齢を重ねたアーティストとしてメジャーで飯を食っていくには
そういった条件を満たした曲を最低50曲は常時ストック
しておくべきじゃないでしょうか。

自分の音楽はどこに向けて表現しているのかといった
客観的な視点を持っていれば活動すべきシーン
(メジャー/インディーズ)は見えてくると思います。

長文失礼しました。

メジャー勤務経験者の意見としてお読み頂ければ助かります。

ざっくりとですが、
インディーズ:制限なし
メジャー:25歳 と考えます。

インディーズの場合、アーティスト本人がレーベルを興せば、
本人が代表、社長という肩書きを兼任する事になる訳で、
本人の責任に於いてアーティスト活動は長期続行可能だと思います。
また、既存のインディーズレーベルと契約したとしても、
メジャーと比べて契約内容、音楽性、表現規制等の制限が
ゆるやかな場合が多く、活動しやすい環境が得られるかと思い...続きを読む


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