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 太平洋戦争中に米国が日本国内でスパイ活動をしていた事例、またはその逆の事例はあったのでしょうか。

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A 回答 (3件)

ドイツ大使館を利用していたのはソ連スパイが多かったようで。


アメリカのスパイは、旧国鉄の横須賀線に一日中乗り込み、これからの作戦について声高に議論する海軍軍人の声に聞き耳を立てていたとか。

吉川猛夫↓
http://navy75.web.infoseek.co.jp/kaisouroku/kais …
ハナコサンガコドモヲウンダ
この電文が、真珠湾の大勝利をもたらしました。
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この回答へのお礼

 ありがとうございました。

お礼日時:2009/01/02 14:15

日本は負けてしまったため、その手の資料は入手できませんが、米国に限らなければ、ゾルゲ事件に代表されるように、ソ連による諜報活動は活発に行われていました。


その情報が、米国に提供されていました。
また、ドイツ系アメリカ人、ドイツ人による諜報活動も行われていました。
実際問題としては、第一次世界大戦の頃から、日本に限らずほとんどの国の主要な外交・軍事暗号はほぼ米国に解読されており、軍縮交渉の際、日本の「ロクワリヤムナシ」の暗号が解読されて、相手ペースで条約が締結されたこともあります。
このあたり、米国で第一次大戦後の軍縮で首になった当時の担当者が、本にして発表しているので、よく知られています。
しかし、日本はこの事実を軽視・或いは無視し、大東亜戦争に突入していきます。
日本も、一部の人々が努力して、メキシコを拠点とした諜報活動を行っていましたが、その情報を活用できずに終わっています。
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この回答へのお礼

 ありがとうございました。

お礼日時:2009/01/03 09:57

日本はスペインの情報部と組んで対米スパイ活動をおこなっており、それなりに重要な情報(軍艦が出て行った、修理しているなど)を得ていたのですが、例によって上にまで情報がとどかず、有効活用されませんでした。



スパイ活動には、相手のスパイ活動を封じ込める、防諜、ということも重要になってきます。戦争前には日本も駐在武官を使って情報をとっていたのですが、その彼のアパートの両隣とお向かいをFBIが借りていて、どんな情報が流れたかチェックしていた、などということは珍しくなく、結局スパイ活動でも日本は破れたと言えるでしょう。
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この回答へのお礼

 ありがとうございました。

お礼日時:2009/01/02 14:16

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Q戦時中の日本スパイ

アメリカ人とに戦時中の日本のスパイ活動はすごい。
といわれたました。
私は歴史のことが分からないのですが、例えばどのようなスパイ活動がありましたか?
なにか有名なものがありますか?

よろしくおねがいします。

Aベストアンサー

私も#4さん同様、東(とう)機関のアルカッサー・ベラスコの事だと思いました。
戦時中立国のスペイン公使須磨弥吉郎によって作られた諜報機関です。
アメリカの主要都市にスパイを送り込み情報を収集していましたが、情報の質は玉石混交で日本軍の役には立たなかったみたいです。ベラスコは原爆情報を追っていた様な事を発言していますが、日本側にはそういった記録はないようです。
ただ、日本の暗号がアメリカに漏れている、といった指摘もしています。

他の方とかぶらないようなところでは、小野田少尉はどうでしょう。戦後フィリピンで発見された方ですが陸軍中野学校出身者です。
中野学校は戦時極秘で、スパイ養成機関です。

あとスパイではありませんがドイツ駐在大使、大島浩の大島情報は信頼性の高さにアメリカも参考にしていたようです。ナチス以上のナチスといわれヒトラーの信任も厚く、ドイツの対ロシア攻撃をいち早く日本に伝えています。

アメリカ外交官、寺崎英成の暗号「マリコ」は有名かと思いますが、この人もスパイではないですね。

Q太平洋戦争中、日本にいたアメリカ人

の処遇を教えてください。

Aベストアンサー

『軍事板常見問題』から
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/index02.html
「第二次大戦(およびその前後)アジア・太平洋方面FAQ」より
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08c.html
「異邦人・帰化者関連」
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08c.html#00831g
ここにある回答集を参照されるとよいかと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【質問】:東亜戦争中、アメリカやイギリスといった、連合国側から帰化した日本人に対して、法律によって監視したりしたことはあったのでしょうか?

【回答】:日本国内にいた、日本国籍を持つ欧米系外国人は、スパイの疑いがあるとして、憲兵による監視下に置かれていました。
 かのグラバーの子息倉場富三郎や外交官寺崎英成の妻女(娘マリコの名が日米交渉の暗号に使われたのは有名)など、かなりひどい目にあったようです。

 日本国籍を持たない外国人は、開戦と同時に拘束された後、日本と連合国が行った在留者相互交換により本国へ強制送還されました。
 日英および日米の交換船は、合わせて4回、抑留者の交換を行っています。(名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE他)

 例えば、最近亡くなった英会話教師J・B・ハリス氏の苦労話が残っている。
 ハリス氏は父が英国人、母が日本人で、日本兵として従軍。
http://miyazaki.cool.ne.jp/keiji99/ARHAT/harisu/JBH.html
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
連合国側以外にも、枢軸国側、両者に属さない在日外国人の処遇なども回答されています。

参考URL:http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/index02.html

『軍事板常見問題』から
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/index02.html
「第二次大戦(およびその前後)アジア・太平洋方面FAQ」より
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08c.html
「異邦人・帰化者関連」
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08c.html#00831g
ここにある回答集を参照されるとよいかと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【質問】:東亜戦争中、アメリカやイギリスといった、連合国側から帰化した日本人に対して、法律によっ...続きを読む

Q太平洋戦争当時日本軍が三八式銃を使用していた理由は

三八式銃とは、明治38年 に発明された旧式の銃らしいですが、
これを太平洋戦争当時でも使用していたそうです。
戦争中の兵器の進歩は日進月歩なのが普通なので、
これは不思議なことです。
使用し続けた理由は何でしょうか?

大量に余っていたとしても新式に鋳直せばよいだけのことです。
現に戦闘機などはどんどん改良を重ねています。
なにか特別なことがあったのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られていますね。
新しいともいえませんが、それほど古いともいえません。つまり、ボルトアクション式では、すでに三八式は「決定版」ともいえる代物だったのです(No12の方が言っているように日本人にとって扱いやすいのも大きい)。
決定版なので、それ以上のものは戦術的転換がないかぎりは不要です。現在でもピストル、小銃などは50年以上前の設計の物だって十分現役で使っている国もあります。これらは現代の戦術では決定版足りえる代物だからです。

さて、先ほどから「戦術」という言葉を使っていますが、これが、三八式におきた一つ目の悲劇です。
時代は第1次大戦、火器は「小銃による打ち合い(砲は補助的)」から「重砲と機関銃(小銃は補助的)」による戦術に「転換」しました。

つまり三八式の作られた時代の戦術概念と第2次大戦では大きく様相が変わったのです。
基本的に新しく作られた戦術というのは、前に使われていた戦術よりも優れています(優れているから採用される)。
つまり、三八は世界的な戦術である、火砲、機関銃の大量使用による弾幕戦と戦うようには対応していません。
諸外国のようにそれらの「補助兵器」として使うならば十二分の性能だったでしょう。

当時の戦術において勝利を決めるのは火砲、機関銃、戦車といった兵器で、小銃はすでに勝利を左右する兵器ではなくなっていました。
しかし、日本軍にはそれらで力のある兵器はありません。

勝利を左右する兵器を持っていない軍隊と、勝利を左右する兵器を大量保有している国が戦えば・・・どうなるかはわかりますね?

日本軍が、(あくまでボルトアクションから進歩した存在であり、補助兵器の域を出ない自動小銃はともかくとして、です。諸外国がこれの更新を遅らせたのは、他に国力を注いでいたためです)火砲や機関銃の大量配備を嫌ったのは、塹壕戦による経験が薄かったために有効性を信用しきっていなかったのもありますが、最大の理由は、工業力がこれらの兵器を「全軍にいきわたらせて、かつ戦えるだけ」の力を持ち合わせていなかったことです。
国力と軍事力の兼ね合いが著しく悪いとも見れます。海軍でもいえますが、国力以上の軍事費は維持費や更新費用の面で国家を破綻させます。弾薬についてもそうです。自国の国力でまかなえる以上の弾薬を使う軍隊を持てば、補給にひずみが生じて、供給が追いつかなくなります。
かといって軍隊を減らすわけにもいかない状態ですし、そのおかげで更新(つまり戦術転換)に使う国力もない。新しい戦術では弾薬を多く使うので、転換したところで維持できるだけの国力もない(諸外国は生産量を増やしたのですが、日本ではそれができるだけの国力すら残っていなかった)。
日本軍が抱えていたひずみとかゆがみが、小銃にも現れているのです。

もう一つの悲劇が、1つ目の後半とかぶりますが日本の工業力の低さです。
当時、日本の技術力はとにかく欧米に追いつけということでタッチアップを図っていましたが、まだまだ追いついていません。
よく「日本の技術力は世界一だった。アメリカに物量で負けた」なんていう人がいますがこれは大間違いです(空技廠から上がってきた航空機の図面で、「この部分は鋳型をつかった鋳造で」となっていても金型が作れずに削り込み部品にしたというのはよく聞く話です。つまり当時の技術はその程度)。
中でも惨憺たる分野が重工業全般の中でも最重要分野の鉄鋼業でして、製鉄も自国では補完できない、鋳型技術も低い状態です。
さらには、精密機械技術が発展途上でして、とにかく精度が悪い(戦前の日本兵器において「統一規格」はありません。というより作れなかったのです。精度が維持できないのですね)。そのため小銃ですら調整しないと命中精度が維持できない上、部品の互換性がない。これは前線において問題です。
別々の箇所が壊れた銃をばらして一つの壊れていない銃にするというのは、軍隊ではある程度普通ですが、日本ではこれが出来ない。つまり不経済な状態です。
また、弾薬の製造精度も悪いため、弾詰まりが多い。これは自動小銃のほうで批判されますが、こちらについては「吐き出す量が多いためハズレに当たる確率が高い」だけなのです(まあ、自動小銃のほうが若干弾詰まりを起こしやすいというのはありますが・・・)。

ながくなりましたが、結局は日本と日本軍の構造上の問題なのです。
日本において三八式が評判が悪いのは、本来的に責任はない三八式に、日本の抱える問題を添付してしまっているからです。結局問題は日本自体にあるのです・・・
というわけで、三八自体の設計は優秀ですし、ボルトアクション式小銃の決定版でもあります。

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られてい...続きを読む

Q日本は太平洋戦争終結までアメリカに暗号が全部筒抜けだった事を知らなかったのですか?

タイトルどおりの質問なのですが、今年になって「あの戦争は何だったのか」を読んでから(まだ途中ですが)今まで太平洋戦争のことに全く興味がなかったのですが、突然いろいろ知りたくなりました。
日本の軍部の指導者のおそまつさが、よくわかりました。
敗戦まで、暗号が漏れていることを知らなかったというほど、オマヌケだったのでしょうか?
さすがに、最後の方ではうすうすわかってきたのですか?
だとしたら、何か対策をとっていたのですか?

Aベストアンサー

最後まで、『これほど優れた暗号を解読できるわけ無い!』という誤った自信を持っていました。

解読されていると認識したら使うわけ無いです。

その上、アメリカは頭がいいので、解読していることがばれないようにいろいろ策略を練っていましたから。

たとえば、山本五十六が視察のため、あるルートを飛行機で通ることを解読したとき、待ち伏せして撃ち落としただけでは暗号が解読されていることがばれてしまうので、撃墜した後も何日か同じ場所に飛行機を飛ばして、待ち伏せしていたのではなく定期的な偵察飛行中に偶然発見して撃ち落としたかのように見せかけたのです。

このトリックに日本はまんまと引っかかってしまい、暗号が解読されていたのではないかと疑う者もいたのですが、結局、解読されてないと判断してしまったのです。

日本人の判断力は、幼稚というか、硬直しているというか、戦争をするには不向きな民族のようです。

Qなぜ真珠湾に米軍空母がいなかったのですか?

なぜ真珠湾に米軍空母がいなかったのですか?

僕は死ぬほど歴史が苦手で、ろくに勉強してこなかったことを後悔しています。

最近知ったのですが、真珠湾攻撃に参加した零戦パイロットの原田要(はらだかなめ)氏(97)は、真珠湾に米軍空母はいなかったと証言しています。

なぜ真珠湾に米軍空母がいなかったのですか?偶然にしては出来すぎではありませんか?

Aベストアンサー

太平洋には3隻しか航空母艦がいませんでした。これはドイツの海軍が大西洋で活動を激化させたのと、英国への武器援助法などのほうが重要だったので、大西洋に重点的に空母を配置したからです。

太平洋にいた空母ですが、サラトガは、サンディエゴで整備をしていました。攻撃後、あわてて真珠湾に進出しましたが1月12日に真珠湾の近くで日本の潜水艦から魚雷を撃ち込まれて大損害をだし、またもや本土のブレマートンで修理する羽目となりました。

同じ型式のレキシントンは、ミッドウェイに飛行機運んでいました。

エンタープライズは、ウェーク島に飛行機を運んでいた帰りに母港の真珠湾が襲われたので、日本艦隊を1隻で探していましたが空振りであります。6隻もいる空母機動部隊に一隻で立ち向かうのですから、温存どころか無謀に近い勇気があるものだと感心します。

航空母艦は英語でCarrier 単なるキャリアーです。文字通り飛行機運びをしていたわけですね。で、戦艦は大事に要塞地帯である真珠湾に温存されていました。

空母が温存、どころか、飛行機運びと修理していただけでです。運んでいただけですから攻撃能力もありません。

空母しか残らなかったので、空母でしか初期の戦争行動ができなかったのが真相で、珊瑚海ではレキシントンまで沈められてしまうし、ミッドウェイでは1隻が半分こわれた状態で使われています。

情勢はガダルカナルが終わるまでアメリカにとって決して楽ではありません。

陰謀とか空母を温存しておいたというウソがこの時代になっても大手をふって出てくるということこそ、歴史を学ぶ上でひっかかってはいけないホラ、都市伝説でしかないことを、見抜けるようになってください。

その証拠に、陰謀を言い立てる人は、証拠を出すことができません。ネタとしても、もう賞味期限切れでしょう。

太平洋には3隻しか航空母艦がいませんでした。これはドイツの海軍が大西洋で活動を激化させたのと、英国への武器援助法などのほうが重要だったので、大西洋に重点的に空母を配置したからです。

太平洋にいた空母ですが、サラトガは、サンディエゴで整備をしていました。攻撃後、あわてて真珠湾に進出しましたが1月12日に真珠湾の近くで日本の潜水艦から魚雷を撃ち込まれて大損害をだし、またもや本土のブレマートンで修理する羽目となりました。

同じ型式のレキシントンは、ミッドウェイに飛行機運んでいました...続きを読む

Q真珠湾攻撃のアメリカ軍の正確な死者数

表題のものについて知りたく思っています。

以前、テレビを見ていたとき、
アメリカの各地にいって原爆の被害を訴えていた方に、アメリカ人の女性が泣きながら「私の兄は真珠湾攻撃の時殺された、そんなことを言うならばホワイトハウスに言ってくれ」といっておりました。
幼い頃から、「はだしのゲン」等のドラマをたくさん見せられてきて私にとって、けっこうショッキングな映像でした。(もちろん軍人と民間人の違いというのはありますが)


「真珠湾攻撃はなかった」
「真珠湾攻撃はアメリカ軍が知っていて、わざと攻撃させた」
「自虐史観はウンヌン」
という議論はナシでできるだけ正確な事を知りたいです、お願いします。
また、民間人もまきこまれたのか、それも知っている方がいれば教えてくださ。

Aベストアンサー

死者は約2400人。民間人を含みます。
http://www.geocities.jp/torikai007/pearlharbor/shipimage.html

> もちろん軍人と民間人の違いというのはありますが

軍人と民間人の命の重さが違うということでしょうか。
殺した人数の多寡が問題なのでしょうか。
戦争の評価ってむずかしいです。

参考URL:http://www.geocities.jp/torikai007/pearlharbor/shipimage.html

Qなぜハワイを占領しなかったのか(真珠湾攻撃)

真珠湾攻撃で大成功をおさめた日本。その勢いでハワイを占領してしまえば、その後の戦いはかなり有利に進められたのではないかと思うのですが、何故それをしなかったのでしょうか。

単純に戦力不足で不可能だったということでしょうか。ハワイを占領することさえ出来ないのであれば、太平洋戦争を勝ち抜くことなど不可能だということになると思います。

Aベストアンサー

ご回答ありがとうございます。他人任せで教えてくれと言ってるのではありません。なぜ戦争を始めたかの答がアメリカのせいと聞いてとても情けない気持ちになります。
● アメリカのせいと言うより日本全体・世界全体が対日戦争に向かっていました
日本は当時暴走というかやりたい放題でしたから朝鮮併合や中国侵略など・・
もし本気で戦争を回避するなら中国撤退なら戦争回避可能だったでしょうが、当時の日本にそんな気さらさらないですから・・日中戦争も日本がこじつけて開戦しつたのです 正直いって日中戦争に関しての開戦理由は日本汚いです

1.なぜ占領を予定しなかったのか
>精神的ダメージと 敵艦隊撃破により太平洋作戦行動のラクにするためです
そうではなくて、それで本当に求めている成果が得られると考えますかということを聞いています。
■ 精神的ダメージを与えられると本当に思っていたと思います
それが逆の目に出たのは当時の分析不足といえるかも知れませんが
歴史上の出来事であとで あの時とかタラ、レバを言っていればきりがありません
当時の作戦の表向きの目標も主力艦(空母)撃破でしたから

2.なぜ空母を撃沈することを考えなかったのか
>当時はまだ戦艦が重要だと思われてたからです
本当にそうでしょうか。またそれが正しい答でしょうか。
■開戦当時は戦艦主力がまだ多くを占めていました山本・南雲など一部を除いて・・本当に空母・航空機の重要性が世界的に認知されたのはマレー沖開戦で当時 不沈艦といわれたプリンスオブウェールズとキングジョージが日本の航空機によってあっさり撃沈されたことからです

3.なぜ空母撃沈が実行できなかったのか
>●空母は港に出向中でタマタマいなかったからですしもともと攻撃目標は戦艦でした(以下略)
確かにうまい具合に事は運びませんし、あの1回の攻撃で危険を冒してそこまで行動していれば全く違った結果になった可能性もあります。私が聞きたいのは、実行の責任者南雲さんが、それを実行しない方がよいと考えた真の理由は何だと思いますか?ということです。
■ この作戦は軍本部からリスクが高くかなり反対もありましたし
もし、真珠湾空襲時で航空機の出払っているときに逆にアメリカ空母や艦隊と遭遇しなかったことやアメリカ戦艦隊がほとんど港にいたのは逆にラッキーだと考えられます
たしか当時  空母は3隻いてバラバラに行動していたはずです
当時空母を攻撃しなかったのでなく出来なかったが正しいです 南雲も空母の重要性は理解していましたが空母を発見できなかったからです
それと反対を押し切っての作戦だっただけに損害をだしたくなかった
もしあの状況で敵艦隊と遭遇していたら帰りの燃料もぎりぎりですし もし補給艦をやられていたら全滅の可能性もあります

4.なぜ真珠湾で決定的なダメージを与えることなく相手に精神的打撃を与えられ
ると考えたのか
>戦艦4隻撃沈したら 十分なダメージですよ
そうでしょうか?これからアメリカ相手に戦争を始めるのですよ。まともに考えてみてください。
■ 当時をそう考えられていたとしか考えられません 前述しましたがあとからではなんとでもいえます

あなたは大変勉強なさっていると思います。しかし勉強された結果、あなたは何を学びとられたでしょうか。私はあなたに比べれば全然不勉強です。それでも少しばかり本を読むと、本当に日本はなぜあんな戦争を始めてしまったのかと、考えてしまうのです。当時の戦争指導者の無責任な体質ばかり浮かび上がってきます。犠牲になった若くて尊い命を思うと、無念でなりません。(以下略)
■失礼いたしました無礼なこといいました。すいません 質問者サンの真意がわかりました
当時は日本には変な不敗神話があり(元寇以来不敗 神の国だからピンチになったら神風が吹くなど元寇が台風で撤退したのも神風扱いです)
ロシアの世界最強といわれたバルチック艦隊の撃破などから・・・
日中戦争から太平洋戦争までの経緯をみると日本は戦争がしたくてしたくてしょうがないように私個人は思えます 国民感情も対米戦争大賛成 日本は神の国だから負けないなど変に洗脳されていましたから 悲しい歴史だと思いますが
敗戦により 結果的に軍国主義が崩壊したことは良かったことだと思います

ご回答ありがとうございます。他人任せで教えてくれと言ってるのではありません。なぜ戦争を始めたかの答がアメリカのせいと聞いてとても情けない気持ちになります。
● アメリカのせいと言うより日本全体・世界全体が対日戦争に向かっていました
日本は当時暴走というかやりたい放題でしたから朝鮮併合や中国侵略など・・
もし本気で戦争を回避するなら中国撤退なら戦争回避可能だったでしょうが、当時の日本にそんな気さらさらないですから・・日中戦争も日本がこじつけて開戦しつたのです 正直いって日中戦...続きを読む

Q太平洋戦争の南方方面において日本軍兵士は、どんな物を食べて過ごしたのでしょうか?

食料は現地調達であったとも聞きます。どこから、どんな風に調達したのでしょうか?
ご回答よろしくお願いします。<(_ _)>

Aベストアンサー

余裕があったんじゃなくて、
太平洋戦線では多くの島で屯田命令がでて
兵士たちは自給自足するように命令されたのです。
これは要するに補給船の不足と
制海権を失ったために事実上不可能になったためす。
マヌケで有名な辻参謀なんか
ジャングルを探せば食べ物が見つかると思ってたようですが
実際にはジャングルは世界でも有数の非常に痩せた土地で
1人分の食料を得るのに広大な土地を歩き回る必要があって
とても部隊が食っていけるような状況ではなかったのです。
だからニューギニアなどでは原住民の村を襲ったりして食料を手にし、
最終的には餓死よりもマシというので
米-オーストラリア軍に対して絶望的な突撃をして9割以上が戦死したという
世界戦史上最も凄惨な戦いとなったのです。
ニューギニア戦線はそれで有名です。ガダルカナルも餓死で有名ですがね。

元来は内地からの補給が不可欠です。大勢の人間を養えるような
食料自給能力がないわけですから。
ベトナムなどで終戦まぎわにベトナム人が大量に餓死したのは
日本軍が軍隊用に供給するために米を過剰に奪ったからです。
おかげでベトナム人の食うものがなくなったというわけ。
そういう現地民に迷惑をかけても途中で輸送船が沈んだり
空爆にあったりで、日本の兵站システムは全く機能していなかったというのが現実です。

余裕があったんじゃなくて、
太平洋戦線では多くの島で屯田命令がでて
兵士たちは自給自足するように命令されたのです。
これは要するに補給船の不足と
制海権を失ったために事実上不可能になったためす。
マヌケで有名な辻参謀なんか
ジャングルを探せば食べ物が見つかると思ってたようですが
実際にはジャングルは世界でも有数の非常に痩せた土地で
1人分の食料を得るのに広大な土地を歩き回る必要があって
とても部隊が食っていけるような状況ではなかったのです。
だからニューギニアなどでは原住...続きを読む

Qベトナム戦争は、旧日本兵が支援した?

ベトナム戦争では、アメリカにベトナムが勝ったということになっています。ベトナムは、すごく小さい国なのによくアメリカに勝ったと思います。本当にすごいと思います。今でもびっくりです。 ふと・・・こんな話を聞いたことがあります。ベトナムを旧日本兵生き残りが支援していた? 太平洋戦争を生き残った日本人がベトナムを支援していたのでしょうか?  そう言われてみれば・・・洞窟に立てこもってのゲリラ戦法・・・

Aベストアンサー

ベトナム戦争は、第二次大戦後直ぐに起こった、フランスからの独立戦争と、その後の対アメリカ戦に分類されます。

日本兵が参戦していたのは、主にフランスからの独立戦争時で、戦術などを指導しました。
ただ数としてはそれほど多くなかった様です。

また第二次大戦時の日本軍の兵器が多数現地に残されて、それらを使用して初期の戦闘を行っていたのも事実です。
これらの兵器は対アメリカ戦の初期の頃まで使用されていた様です。

その後中国、ソ連の介入が深まるにつれ、兵器と共に軍事顧問団が派遣されたので、徐々に関わりが減ってきました。


外にも旧日本兵は各地に残留し、列強の植民地支配からの独立に寄与した様です。

Q人間が電子レンジの中に入っるとどうなる? 暖かくて気持ちイイ? すぐ死ぬ? 発狂する?

外国で我が子を電子レンジに入れて逮捕されたバカ親がいたそうです。
他にもペットの猫の身体を洗ったあと、乾かそうとして電子レンジに入れて殺しちゃったバカもいたそうです。
(これはPL法に関する注意事項が都市伝説化して実話みたいに伝えられた、とも聞きますが。)

そこで質問です。実際に人間が電子レンジに入ってあの電磁波を浴びるとどうなるのでしょうか?
「冷たい食品に電磁波を照射して水分子を振動させて、摩擦熱で温度上昇させる」
というのが機械の原理なわけですが、生きた人体にその電磁波が当たるとどうなるのでしょうか?

「あー、暖かいなー、気持ちいいなー」となるのでしょうか? もしそうならほどほどのところで止めておけば新しい暖房器具になるかも知れませんね。
それとも電磁波を浴びた瞬間に脳の中の水分子がいっせいに振動して頭がぐらぐらするような感覚に襲われるのでしょうか?
それとも次第に幻覚とか見えてきてついには発狂してしまうのでしょうか?
僕は歯を治療したときに銀の詰め物をしたのですが、やっぱりスパークするのでしょうか?

電子レンジを発明した人は電磁波の実験をやっていたときに漏れた電磁波がポケットに当たり、ポケットの中のチョコレートが溶けたことにヒントを得たて電子レンジを作ったそうですが、彼は健康に害はなかったのでしょうか?

ちょっと気になったもんで誰か教えてください。(実験はしなくていいです。責任取れませんので)

外国で我が子を電子レンジに入れて逮捕されたバカ親がいたそうです。
他にもペットの猫の身体を洗ったあと、乾かそうとして電子レンジに入れて殺しちゃったバカもいたそうです。
(これはPL法に関する注意事項が都市伝説化して実話みたいに伝えられた、とも聞きますが。)

そこで質問です。実際に人間が電子レンジに入ってあの電磁波を浴びるとどうなるのでしょうか?
「冷たい食品に電磁波を照射して水分子を振動させて、摩擦熱で温度上昇させる」
というのが機械の原理なわけですが、生きた人体にその電...続きを読む

Aベストアンサー

 生肉をレンジに入れたときと同じことになります。
表面=皮膚はすぐに沸騰し始め、内部にも影響します。
言うなれば、水なしに肉を茹でていることになるので、
極めて短時間にさまざまな部位が機能を失い、苦痛と
ともに死を迎えます。

 肉体を茹でるという行為は傷つけることに比べても
はるかに甚大な影響を与えます。傷は再生可能ですが、
茹で上がった肉は絶対に再生不可能です。

> ほどほどのところで止めておけば新しい暖房器具になるかも知れませんね。

 これは難しいでしょうね。というのも、肉体の表面は
わりと温度変化しやすいのに対し、内部の温度はほとんど
変わりません。だから風邪を引いて体温が数度上がった
だけで、人はフラフラになるのです。

 赤外線ではなく電磁波で暖めるのは、肉体内部の水分に
直接影響するので、体内温度が上がります。これは暖かさ
を感じるといったレベルではなく、その部位が即座に悲鳴を
発し、痛みや気持ち悪さを感じることになるでしょう。

 ちなみにレーザーでガンを温めてやっつける治療法では、
可能な限りピンポイントでレーザーを当てる必要があります。
そうしないと周りの部位を損傷するからです。

> 彼は健康に害はなかったのでしょうか?

 ずーっと続けていたら害があったと思いますが、害がある
ほどの照射なら本人に痛みなどが発生していたはずなので、
とりあえずは大丈夫だったんでしょう。

 生肉をレンジに入れたときと同じことになります。
表面=皮膚はすぐに沸騰し始め、内部にも影響します。
言うなれば、水なしに肉を茹でていることになるので、
極めて短時間にさまざまな部位が機能を失い、苦痛と
ともに死を迎えます。

 肉体を茹でるという行為は傷つけることに比べても
はるかに甚大な影響を与えます。傷は再生可能ですが、
茹で上がった肉は絶対に再生不可能です。

> ほどほどのところで止めておけば新しい暖房器具になるかも知れませんね。

 これは難しいでしょうね。とい...続きを読む


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