痔になりやすい生活習慣とは?

一般社会では会社の長といえばCEOとなっていますが、大学では誰が一番強力な決定権があるのでしょうか?

国立大学も法人前は学長はただのお飾りで法人後は学長に決定権が移ったといわれていますがはたして形だけではないかと思っています。

形だけで学長が偉いとなっているとなってはいますが、やはり教授会が一番力をもっているともかかれてありました。

ある大学では事務が力をもっているとも聞きます。

教員か職員の方で大学内の力関係を詳しく教えていただけるかたがいればお願いします!

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A 回答 (7件)

そもそも疑問の発想が「力関係」と言うのには、少し観点が違うのかな?と言う気はいたしますが、国立大学の背景にあるものを理解しないで、教員と教員以外の職員(事務職員、技術職員など)との関係をイメージするのは難しいかもしれません。


しかしながら、人が集まれば何らかのグループ(=派閥)が出来るのは人の常で、自分の都合良いこと(=何らかの利益)に熱心になる方も居るのは事実ですが、そんなことばかりを気にしていれば、仮にも国立大学の運営などやっていけません。

国立大学の学長は、法人化前は、国の示すとおりにやれば、逆にお飾りでもやって行けたのですが、法人化後は、法人の長(=経営者)としての責任が関わってきており、その反映として、今までの学長選挙(単なる教員だけの人気投票)から、現行の学長選考方法(投票を残している大学も多いですが投票には教員以外も参加できるようにし、最終決定権は外部委員を半数以上入れた学長選考委員会。経営者としての資質も重要。)に変わってきています。(法律に明記されてます。)

また、学長任期は殆どの大学で最長6年間で、学長を辞めてしまえば、何の影響力も持ちません、表現は悪いですが、単なるお払い箱となりますので、この時節、余程の覚悟がないと「学長になろう(=わざわざ火中の栗を拾う)」と言う人など居ません。
現在の学長さん方は、このような背景で学長になって、公私とも粉骨砕身している或る意味「大変奇特な方々」です。

つぎに教員(教授会、旧評議員会)についていえば、今までがおかしかった部分は有るんですよ。
何でもかんでも教授会、それじゃ教授会は財務経営に関してプロ集団なのかと言えば、圧倒的多数は国の法律も知らないド素人の集団です。
こんな連中に財務経営を任せられませんから、現実的には、戦後すぐの時から事務職員が全面的なフォローをして、国立大学の経営が成り立っていたのです。(古い大学は戦前の大学設立当初から。)
法人化前でも、外形的には教授会が仕切っているようで、実際に仕切っていたのは財務経営に関してプロ集団の事務局(事務職員)です。
法人化後は、経営責任が「役員会※」担うことになっていますが、バックアップは引き続き事務局が行っています。
どうしてこのような仕組みが出来たのかと言えば、多額の国の出資金(=税金)が投入されているため、1円単位まで厳密に管理する必要があったためです。
※法律上は、経営に関しては、経営協議会という審議機関も必要です。

「文科省の言いなり」とか「文科省の顔色を見てる」などとの言われますが、税金を使う以上、「国のルールを守る」ことは、当たり前のことなんですが、この当たり前のことを知らない知ろうともしない教員はまだまだいます。
ただし、教員の名誉のために言いますが、事情を知った上で大変努力・協力されている先生方も沢山おられます。

まだまだ書き足りないのですが、途中を飛ばして結論を言えば、国立大学にとって、教員は学生の教育研究に全力を尽くし、教員以外の職員はこの教育研究の環境を維持増進するために全力を尽くすことが必要です。

つまり、大学と言うところは、学生が主人公で、教員と教員以外の職員は二人三脚(車の両輪とも言いますが。)で協力して運営していくものです。
どちらかが先走ると、大学全体の経営は成り立ちません。
これだけの大所帯の運営をバランス良くやっていくのは大変だと言うことをご理解ください。
お聞きになったどちらかが強いというのは、バランスが崩れている大学で、外から見えないかもしれませんが内部には重大な問題があります。

金を持っているところが強い?というご指摘もありますが、外部資金を沢山取ってきても「取ってきた人の研究費」になるだけですから学内の影響力などというものは殆ど有りませんし、また、財務担当にしても元が税金であるために、ただの「金の管理人(金庫番)」が力を持つはずがありません。(そういう仕組みになっていません。)
財務担当に文句を言う教員の殆どが「国の会計制度を知らない」「国の会計制度への不満」ですから、財務担当にしてみれば、「文句が有れば、国会に直訴して国の会計制度を変えて貰ってください。」と腹では思っているはずです。

国立大学の法人化は、そもそも国の支出を削減するための行財政改革の一環として行われたものですが、それと併せて、従前の国立大学では黙っていても上からお金が下りてくるということから、経営に対する危機感の薄れ(親方日の丸体質)、国民に対する説明責任が十分に果たされていないなどという指摘に対して、経営責任を組織的にも明確化するとともに、日々改善の努力を明らかにし、説明責任を果たすことなどが求められています。

権限(権力)と責任は、セットです。
ただ、たった一人の学長や数人の役員だけで、これだけ大きい所帯が運営できるわけはありませんから、上記のような運営構造となっており、私学のように「学長個人」の力(影響力)が及ばない基本構造になっていますから、私学と対比するのも難しいかもしれません。

そもそも大学と言うところは、教育研究を行う(=人材育成や研究開発など基本的にはお金を使うだけ)の組織で、利益を目的とする会社組織などとは比較できない特殊な組織だとは思います。

私は、教員の味方でも職員の味方でもありませんし、ましてや文科省(国)の回し者でもありませんが、納税者として、多額の税金が投入されている以上、日本の将来を力強く支える優秀な(学力という意味だけでは有りません。)若い人材を一人でも多く輩出して貰いたいと願っているひとりです。

以上のことは、国の法律から順々に読んでいただいて、各種審議会などの報告答申など読んでいただいても粗方分かる話なのですが、他の方の回答を読むと、外からは判りにくいんだろうなとつくづく思いましたので、事情を良く知るものとしてレスさせていただいた次第です。
(記念すべき初投稿です。笑)
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この回答へのお礼

初投稿でここまで説明をしていただいてありがとうございます!

力関係の件ですが、だれに結局は責任があるかということを知りたかったのです。 形的には教授会が権力を握っていても責任となると教授は逃げて、テレビであるように学長や学部長が事務を携え頭を下げる、こういう形になっているのかと思っています。

法人化され学長に裁量権と決定権と責任がいくのであれば、大学はもっと不正や不祥事を隠すのではないでしょうか!?今の会社と同じようにやはりトップが責任を取らざるを得ないことになるので隠せることは隠すはずだと思います。

質問をしたのは、私がアカハラを大学時代に受けまして、果たしてどこにどのように力関係がありだれが責任者で、誰が結局判断を下しているのかを知りたかったからです。

川成洋さんの本や、大学「法人化」以後―競争激化と格差の拡大 (中公新書ラクレ) を書かれた中井 浩一さんの本をよんで力関係というのを探っていました。

形的にはもちろん大学というのは教育機関であったり研究機関であったりしますが、どちらもしていない教授もいましてそれが度を越した人間でして、それを戒める人間がいなかったことが、「ああ、教授というのはここまでいい加減にできて、理事や評議会や学部長、学長は無力なのか、それとも隠蔽をしたいのか(刑事事件でもひっぱれるほどでした)と思ったことです。

今回はいろいろなかたに貴重な意見を聞くことができまして感謝をしています!

atomlookさん並びに他の投稿者の方、ありがとうございます!
何か他になにかあれば投稿のほうおねがいします!

お礼日時:2009/01/14 06:48

国立の大学の教員ですが・・・



質問者さまが言う「力を持っている」ということは
「独裁」という感じに受け取られるのですが、

どちらが強烈な力を持っているということは無いと私は感じます。

そもそも大雑把に言うと教員と職員(事務ということが多い)は仕事のカテゴリーが違うので。

こっちは事務が決めること、

そっちは教員が決めること、

詳しく言うとキリが無いですが、すべてのことを事務が全部決めるということはないですし、すべてのことを教員が決めるということもありません。

独裁者はいません。
どっちも大学の運営には重要です。

あとは、個人がその大学についてどう思うか「好み」で、
この大学は教授が力を持っていると言ってみたり、
事務が縛りを入れてくるくらい力を持っていると言ってみたり。
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この回答へのお礼

どちらも聖域といいましょうか、プライドがあるのでしょうか。

事務のくせに!っとひよっこ教員が言っていたのを思い出します。

お礼日時:2009/01/23 23:38

蛇足ではありますが、一つ書き忘れました。



私も気になって以前調べたことはあるのですが、そのうち、
「事務組織の管理職は文部科学省の回し者、天下りで渡り鳥のように短期間で代わっていく。」
ということを眼(耳)にされるかもしれません。
これは、この「制度」の本質を全く理解していない見方です。

この制度は、昔からの人事制度で、一定の権限(=権力)の有る管理職ポストには、原則として3年以上在職させないようにして、特定の個人がそこの組織(特定の大学)で変な影響力や利権に近づくことがないようにするためのものです。(国家公務員の世界では普通の手法。)
二度と同じポストに戻ってこないと言うのもそういう理由です。

また、国立大学の管理職には文部科学省出身者が多くいるのは事実ですが、文部科学省のかなりの職員は、もともと国立大学で採用された職員で、国立大学→文部科学省→国立大学といった形での異動昇進(キャリアアップ。ただし役立たずはこぼれるようです。)で、年齢も40歳位以降となりますので、もらえる退職金も60歳の退職時に一回限りです。
巷で突き上げられている多額な退職金目当ての「渡り鳥」「天下り」とは、基本的に違います。
文部科学省は、このようにして昔から国立大学と人事交流を通じて管理職の人材育成を図ってきており、ここが他の省庁と大きく違うところのようです。
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文才がないため、前回同様長レスになりますことをはじめにお詫びします。



さて、最終的な組織責任者は学長ですが、教授といえども当事者も逃げることは出来ません。
当事者に責任を取らせるだけでなく、組織的な責任という意味で、学長や学部長などがその管理職にあたる者として処分を受けたり、頭を下げていますね。

法人化後は特にですが、当事者もきっちりと責任を取らされます。
組織的にも、下手に隠し立てすれば、マスコミの格好の餌食となりますから、大学関係者もそこまではバカではありません。

不祥事の隠蔽体質は、自己保身の気持ちがそれぞれ個人の心の中に有る限り、古今東西根絶やしにすることは難しいかもしれませんが、それは大学も会社も同じです。
今の時勢からすれば、隠すことによってそれが露見したときに何倍ものダメージを受けることくらいは、今のまともな考えを持つ大人なら誰でも判ることです。
そのうえ、国立大学の内部では、内部通報と言って、不正などを眼にした際に通報(告発)できるシステムがつくられており、いくら教員といえども多数の教職員・学生の目が光っている中、好き勝手出来ないシステムができあがりつつあります。

アカハラを経験されたことは人ごとながら、大変お気の毒な経験をされたのですね。
今、全ての国立大学には、アカハラやセクハラなど各種ハラスメントに対応する窓口(組織)置かなくてはならないこととなっており、正当な相談に対しては、相談者に不利益とならないよう誠実に対処することが義務づけられています。
最近、この手の不祥事の報道が多いですが、事件発生が多くなったのではなく、今まで公表してなかった事案を、隠さずに全て公表するようになったためと分析します。

ここで、教員の組織(国公私立共通)について簡単にごく説明すると、教員の世界は、一般の会社や国立大の事務局のような、責任者をトップとするような完全なピラミッド構造とはなっていません。
これが大学と言うところを理解しにくくしている原因でもあります。
教員の組織単位はいわゆる旧態然たる「研究室(=小講座、教室)」と呼ばれるもので、これの集合体が大講座又は学科、さらにこれの集合体が学部となります。
これらは、専門領域の「近さ」というだけで便宜的にグループを構成しているだけですから、一見ピラミッド構造のように見えても、学科長や学部長と言っても、便宜的に代表者を決めている(持ち回り交代で選出されることもしばしば。)に過ぎず、実際の責任者は「研究室の長(=主となる教授、准教授、講師それぞれ。)」ということになり、研究室の運営は、ご存じのとおり今もなお「徒弟制」です。

今までは、学長でさえ口出しできなかったと言うのも、こういう事情が有ったためです。

ここで一番の問題となるのが、「組織内での相互牽制の眼」ですが、研究者(教員)は実際「一人親方」の世界で、研究室が違えば、「他人に口出しない、他人から口出しされない」という悪しき慣習があります。(見て見ぬふりもまかり通っていた。)
法人化後は特に急速に改善が進んでおり、教員個々の業績評価への取り組みも、実態を衆目にさらし、こういった悪しき慣習を打開するとともに、さらなる教育研究の向上を目指すことが目的でもあります。

川成洋さんや中井浩一さんの本の内容を批評する気にはなれませんが、国立大学の内情をよくご存じな方々とは到底思えません、というのが私の感想です。
どちらかと言えば、論評には私大内での権力闘争のニオイがしますが、今時の国立大学でそのようなことをしても時代遅れです。
監督官庁(文部科学省)の影響力にしても、金は財務省に握られ、三流官庁とかつて呼ばれたごとく、文部科学省にヘイコラしても、殆ど得にもならないというのが実態です。

また、国立大学では、例え学長だから理事だから事務局トップだからといっても、精々3~6年で代わっていく人(圧倒的多数は二度と戻ってこない)たちばかりです。
大学の一般職員には、このような上司に対して、会社の社内派閥のような意識は到底生まれませんし、そのような方たちにヘイコラしない人間の方が圧倒的に多く、自信とプライドを持って厳しくも冷静な眼で見ていますよ。
上で書いてありましたが、今時の国立大学の事務での昇進は実力重視で、外面だけ良くても実力がなければ昇進できません。
プロ意識もなく部下がついてこないような人間を管理職にしても、組織としては全くの役立たずにすぎません。
しかしながら、実際に役立たずもいるのは事実であり、教員・職員に限らず、役立たずはどんどん左遷・早期退職に追い込まれているという話もごく最近聞いたことがあります。(当然と言えば当然のことですが。)

>それを戒める人間がいなかったことが、「ああ、教授というのはここまでいい加減にできて、理事や評議会や学部長、学長は無力なのか、それとも隠蔽をしたいのか(刑事事件でもひっぱれるほどでした)と思ったことです。

その当時は、残念ながらそのように無力(無気力)だったのでしょう。
現在ではそのようなぬるま湯な対応は許されませんし、現在、学長職にある先生なら、本気で対応されると思います。(法人化後、学長はそれほど厳しい立場になっていると言うことです。)
これからの国立大学は、旧体質を脱却した大学は生き残り、脱却できなければ消えていくのかもしれませんね。
法人化されて5年が過ぎようとしていますが、完全に変わるのには、人の入れ替わりが必要ですから、あと10年くらいはかかるのかな?と思います。

蛇足ながら、現在でもご経験のようなオバカ!な教員がいれば、その大学に通報してください。
ウェブページに窓口か何らかの記載があると思いますが、不正当事者に対し、通報者の名前など個人の秘密は保護されます。
警察に御用になるようなことをやっていれば、それが過去の出来事であっても、今なら一発でクビ(懲戒免職)です。

長々と勝手なことを書き連ねましたが、疑問解決の一助となれば幸いです。
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この回答へのお礼

その、私の上げている問題は非常に悪質で表にでると大変な問題です。お金も絡んでいますし、単位の不正も絡んできています。他にももろもろの長年の隠し事もあります。

国立大学法人になり私も何が変わるかと思っていましたが、この世界は既存の悪質な不労所得教授たちが一掃されない限りこれは無理だろうなと思っていましたがやはり今でも無理なようです。

5日ほど前に学部長のほうにメールを出しまして返信の催促をしましたが一向に無視を決め込んでいます。

やはり所詮は組織も人の集まりですので、その人が変わらない限り看板を架け替えただけの組織は変わらないということだと思います。

私は、そのバカ教員を「なんとかしろ!」といった変わりに自分の居場所を失いました。

実際、ここまで大学の教員や職員が役立たずだとは思ってもいませんでしたが、前に同じようなことで教員が同じような経験をしていたにもかかわらず周りの教員はみなさんなかよく見て見ぬ振りだったようです。

ここまで自由が許されている職業は大学か奈良か京都の清掃局だけでしょうね(笑)これほど裁量を与えて誰も監督をしなかったら誰でもこうなりますよ、人間ですから・・・。

表に出ている問題なんて1万あったら1つもないでしょう・・。

atomlookさん、またまたありがとうございました、返信が遅れましてすみませんでした! ためしにもう一度学部長にメールを打って様子を見てみようと考えていました。

結果としては、思いっきり無視されています!あまりにも問題が大きすぎたんでしょうか・・・。

お礼日時:2009/01/23 23:36

地方国立大学にいました.



 国立大学法人になって,学長の権限が強化されました.いろいろあるのですが,特に大きく影響したのは,理事会(大学によって名前はちがうようですが)と学長裁量経費です.
 理事会というのは,簡単に言うと学長直属の決定機関です.何で問題になるかというと,理事会の決定は教授会の決定に優先されることになっています.したがって,各学部で,例えば自分たちの学部でこういう事をしたいと教授会で決めても,理事会がそれは学長や理事会の方針に合わないからだめ,といえばだめになってしまうということです.人事もそうで,教授会でこの人を教授に,といっても理事会がだめといえば,それは駄目になります.
 もう一つの学長裁量経費です.たとえば私は理科系出身ですが,昔,文科省から予算が来ると,共通経費を引いて,残った分を各研究室に研究費として配分していました.ところが,最近は自分の研究費は自分で稼げ,ということで,文科省からくるお金のかなりの部分を学長がとり,のこりのこれまたかなりの部分を学部長がまずとってしまうようになりました.そして,お金は学長や学部長が自分の好きな目的(もちろん大学のためですけど)に使用できると言う制度です.たとえば,特定の分野に肩入れして研究費をどんとだしたり,施設の改装をやるとか,お金のかかることを教授会の許可なく行うことができます. ちなみに残ったお金から共通経費を引くと,年間数十万円残れば良い方で,それで教員だけでなく自分が指導している学生の分の研究室の経費(研究費だけでなく図書費や出張費その他全て入れて)を賄わなくてはならなくなりました.ということで,研究費は科研費などの外部資金をとらなくてはなりませんが,外部資金をとったら獲ったで,今度は学長らが決定する比率で,獲ってきた資金の一部を大学に納めなくてはなりませんから,自分で獲った研究資金でも全部自分で使用できるわけではありません.おかげで地味な分野は,どんどん存続難になってきていると思います.
 ということで,教授会はだんだん決定できる事項が減っていき,いまや理事会で決定された事項の報告会となりつつあります.
 事務の事を書いている方がいるのでついでに書いておくと,事務は基本的に文科省の公務員です.ということで,大学をいかに文科省の思ったように運営するかに尽力されています.私の経験だと,事務の中には優秀で良い人もいるのですが,出世するのは政治家みたいな文科省の方針を押しつけているタイプだと感じます.
 と,いうことで少なくとも私の周りでは独法になって良いことは何もないという見解です.(学長派側にとっては良いのでしょうけれど)
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この回答へのお礼

すごく詳しく内情を知ることができました!

法が変わってもやはり長年、教授会が大学を好き勝手に動かしてきたという風に本に書いていましたので、そのような悪習は法では変わらないだろうと思っていましたが、やはり個々の私利私欲が勝るというのが分かりました。

法人化というのは文部省が教授会から利権を奪うためだと考えていいのでしょうか?

とても納得できました!ありがとうございます!!

お礼日時:2009/01/14 06:30

国立は国立大学法人化後に変化が起きています。


 教授会以上に学長権限が強化されました。
 事務機構では、財務より、学生のための教務系が
 権限を持つようになっています。これはFDの観点からも
 正しい移行です。
私立のほうが、国立のような外圧がないためばらばら。
 オーナー型大学(代々同じ苗字の人が理事長)の大学は
        個人商店と同じです。教員も職員も使用人扱い。
 サラリーマン学長・理事の大学、ここは、個性・指導力を発揮する
        世代がなる大学もあれば、年齢的に「ご老人」の
        ポストにしている大学で、大幅に異なった大学像を
        世間に示してくれます。この手の大学に教授会主導で
        職員を奉公人のように扱う大学が多いですね。
 職員主導の大学 ある意味格好良く見えますが、職員の頂点に君臨
        しているのが、意外と同じ苗字の人やその外戚ばかり
        で、外部からは見えない。実態はオーナー型なのに
        職員主導ということで、アメリカ型の大学を標榜した
        り、日本で唯一と大風呂敷を広げたりしています。
 
 まとめ
   教員は、よく影で事務職員を「ジム」と呼んでいますが、
   自分達教員が偉いと勘違いしています。明治時代の
   「末は博士か大臣か」の時代と異なり、大学数がこれだけ
   増えれば、教員の質も昔とは大いに異なります。
   文部科学省で教員審査というのが大学の場合ありますが、
   けっこうすれすれで、審査をパスしているのが多いですから。
   
   事務職員は、「ジム」と呼ばれても意外と平気なんですね。
   世間一般の企業と比べても破格の給与を貰っているのが
   首都圏と関西圏の私立大学ですから。一度腕時計をよく見て
   ください。高給品を身につけています。自動車通勤できる
   大学なら、教員以上に外車保有率も高いですから。
   まじめにジムを粛々とこなす集団です。  
   
       
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この回答へのお礼

学長の権限が強化とかかれてありますが、確かに学長選の選考会議にも学長指名の委員がいたり、学長指名の理事など、これが国から予算をもらっている法人の形でいいのかと思います。

大学を法人にしたのは天下り先の確保とほかにどんな意図があるのでしょうか?(権限の集中の意図がわかりません)

昔、講師が「たかが事務のくせに」といっていたのを思い出します。しかし事務から見れば今の教授はたいしたことがないとおもっているのでしょうか。 "まとめ"は非常に参考になりました。 

お礼日時:2009/01/12 07:21

どんな組織でも、基本的に予算を持ってくるところが強い。


旧帝大レベルだと、各教授が個別に政府や企業から研究費を持ってくる力があるので、教授が強い。
私立大学ですと、受験料やら学費あるいは私学助成費など本部が最初に予算を握って配分しますので、職員というか理事が強くなります。

あとは各大学ごとの個性になるかと
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この回答へのお礼

確かに官でも財務省が強いというのと同じですね。私大と国立の違いがよく分かりました。 

ありがとうございました!

お礼日時:2009/01/12 06:26

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