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大東亜戦争の勉強をしているのですが、海軍と陸軍は仲が悪いというのをよくききます。今もですか? そして、仲が悪いのは何が原因なんですか? 教えてください

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A 回答 (5件)

あ、あ、



海軍は英国に、陸軍はフランス、普仏戦争でフランスがまけたらドイツ、という師匠の違いがありました。
で、帝国海軍では海外といっても練習艦隊の遠洋航海以外、連合艦隊の単位で外国に行ったのは青島、旅順くらいです。例外に戦艦比叡がカナダ西岸、重巡足柄が英国に行きました。
これは、国の護りの戦艦は外国に行かないほうがいいという考えがあったのと、燃料代がままならなかったためで、ブラジル建国100周年のとき、各国は最新軍艦を出したのに、日本は練習艦を出した程度で、教官が生徒に「みなはこの艦を長門(戦艦)と思え」といったとか。
あと、半年ごとに海軍も徴兵をしています。十六志、は昭和16年志願、十六徴、は昭和16年徴兵、で、志願のほうがやはり荒っぽい人が多かったそうです。

あと、陸軍は
「おれたち中国で苦労しているのに、海軍は遊んでいやがる」
海軍にすれば
「中国問題、ちっとも解決できないくせにダラダラ戦して、おれたち空母までだす羽目になった。渡洋爆撃などでとんだとばっちりだ」

という大問題もありました。
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陸軍も 海軍も 組織ですから


自己増殖の本能を持ちます

より多い予算、権限を持とうと、張り合います
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 No.1,No2の方の触れていない部分について



 陸軍・海軍の予算はほぼ同じなのに人数は陸軍が多く、最新鋭の技術で作られた軍艦は「かっこいい」と見られていました。

 平時においては、海軍水兵の多くは志願者なのに、陸軍兵士は徴兵制でした。

 また、軍の編成についても陸軍はドイツ(プロイセン)を手本にしたのに対し、海軍はイギリス・フランスを手本にしました。

 その上、海軍軍艦は平時に公式親善(示威?)訪問として、諸外国に行くこともあり、水兵でも他国に観光に近い形で他国に接することができました。

 ですから、在外大使館などで大使館付きの高級武官が公式晩餐会に出席した時など、外交も軍務の内という感覚で、海軍士官は第一礼装でぴしっと決めて、社交ダンスを踊っていました。
 陸軍士官も踊る人はいましたが、軍装も地味ですし、ダンスは軟弱と見る人もかなりいたようです。
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 一番大きいのはやっぱり予算ですよ。


 何処の国でも、軍事に回せる予算が限られる為、陸海共に少しでも多くの予算を自分達に配分する為に親の敵みたいに、相手は無能で無用だと誹謗中傷するものです。
 (これは今の自衛隊でも多少おきている様で、本土決戦なんて起きないんだからと陸自の予算が削られて、空自・海自に回される事が多くて不満が有るとか…。)

 あと帝国軍人には人材交流がまったくと言っても良いくらい、交流が無かったのも問題です。
  陸軍 幼年学校 → 士官学校 → 陸軍大学校
  海軍           兵学校 → 海軍大学校

 自衛隊ではこの点を反省し、士官学校や海軍兵学校に当たる防衛大学校を同一にし原則、陸海空の区別無く教育します。
  自衛隊 防衛大学校 → 陸海空に配置 → 必要に応じて指揮幕僚課程等を教育

 おかげで防衛大学校の同期などだと、異なる所属でも仲間意識はある様です。

 あと、連隊旗と軍艦旗(自衛艦旗)について
 連隊旗は連隊隊員の精神的支柱として房だけに成って所属の認識が分らなくなっても、古くからボロボロに成る激戦を経由してきた証として、隊員が誇りに思っていたそうです。
 (最近は目立つので戦闘時には掲げないそうです。)

 軍艦旗は、逆に国際法で軍艦の所属を示す物として明確に認識できる形で掲揚する事を義務付けられています。
 また、戦時には軍艦旗が戦闘旗に変わり(別の旗を用意する国も有りますが)、掲揚されている限り、その艦が戦闘を継続する意思を有している事を敵味方に示す意味が有ります。
 (連隊旗の様に古くなって認識できなくなっては意味が無い)

 個人的には艦首に付けられた、菊花紋章(陛下より特に下賜された艦を表し、廃艦時に外す)の方が連隊旗に近い気がします。
 (潜水艦や駆逐艦には、付けられないので軍艦扱いされず、会計も単艦ではなく複数艦で一つの単位とされた。)

 なお、海上自衛隊は自衛隊では唯一戦前の旭日旗をそのまま採用しており、口さがない方は海自を「伝統墨守・唯我独尊」何て言います。
 (他は世論に遠慮して変えたのに…。)

 ちなみに陸自は「用意周到・頑迷固陋」空自は「勇猛果敢・ 支離滅裂」と言われたり…。
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うーん、どこの国もそういいますが(イギリスなんて16世紀から言っています)、旧日本軍の場合は、



1)陸軍は地元の部隊で勤務するので、おれたち意識、結束力が強く、海軍は雨風しのいで3度メシ食っているという意識がありました。海軍をからかう「1膳飯とはなさけなや」という歌もありました。

2)陸軍の軍旗は皇室から賜ったものなのですが(だから連隊旗手なんて大変な名誉職です。一方で死んでも旗を護らなくてはなりません。いよいよダメとなったら焼きます)、海軍の軍艦旗は備品です。陸軍のは普段、桐の箱に入っていますが大概虫が食って、ふさだけになっています。これをありがたがる様子を海軍はネタにして笑いました。

3)陸軍と海軍が陸はソ連が仮想敵、海は米国が仮想敵なので、連携することが無く、そのくせ要求する予算は多いことも陸海軍の仲を険悪にした遠因でしょう。

4)陸軍省、海軍省と管轄する役所がちがったこともあります。

こんなことが重なって表面化したのが、第2遣支艦隊の「置き去り事件」、です。これは陸軍の強引な仏印進駐に対して意見が中央で割れ、進駐部隊の護衛をしていた海軍艦隊が、最後になって陸軍を置きっぱなしにして帰った事件です。仲が悪いとはいえ、こんな組織で戦争がうまく行くわけないだろう、とツッコミいれたくなりますね。
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Q旧日本軍の陸軍と海軍の非難について

戦前の日本は陸軍と海軍の仲が悪く、非難合戦がすごかったそうですが、
具体的に陸軍・海軍のどういうところが非難されていたのですか?

私が知っているのは、陸軍は餓死者を出しすぎだとか、クーデター、
など陸軍側の問題点ばかりで偏っているので、
できれば海軍側の問題点を多めに教えてくれると助かります。
もちろん海軍だけでなく、陸軍の問題や擁護でもかまいません。

Aベストアンサー

>陸軍は餓死者を出しすぎだとか
 餓死者が大量に出た理由が海軍がシーレーン(海上輸送路)の保持に失敗したからです。
 しかも、全力で戦った結果としてシーレーンが保持できなかったのであれば仕方有りませんが、西内海方面警護のために第7艦隊が編成されたのが1945年(終戦の年)で、もう守る対象の船が殆ど有りません…。

 ついでに言うと、陸軍は真珠湾攻撃やその後のフィリピンやインドネシア等の攻勢が成功裏に終わった後に、それ以上の攻勢は帝国陸海軍の能力(物資の補給が続かない←最終的に物資が尽きて餓死者が出る)に余るので反対しましたが、海軍の強固な反対(真珠湾の戦果は陸軍を黙らすのに十分すぎた…。)で歴史道理の結果になります。

 なお、戦争が始まる以前に海軍に対して良く言われた非難に「海軍は金だけ貰って後は知らんぷりする」とその無責任振りを非難されました。

 たとえばアメリカ海軍を仮想敵国とした八八艦隊の構築(維持費だけで当時の大日本帝国の歳出の4割を消費)を要求しながらも、その予算消費に見合った政治的責任を持った発言を一切しない事です。
 分りやすい例が、山本五十六大将の「初め半年や1年の間は随分暴れてご覧に入れる。」←アメリカに勝てないのなら勝てないと断言すべきで(勝てないのならまた別の政治的判断画有り得たかも知れない)、中途半端に責任から逃れるから…。

 陸軍のクーデターは論外ですが、政治家から専門家として意見を求められた時に面子が邪魔して当たり障りの無い発言で場を濁すのも、国民から見たら極めて不幸です…。

 今の日本で考えると、自衛隊の費用(今の自衛隊は4兆円強ですから消費税に換算して2~3%程度)を賄う為に消費税を30~40%に上げて置きながらあとは国政の事なんて知らない何て態度取られたらどうでしょうか?(怒りませんか?)

>陸軍は餓死者を出しすぎだとか
 餓死者が大量に出た理由が海軍がシーレーン(海上輸送路)の保持に失敗したからです。
 しかも、全力で戦った結果としてシーレーンが保持できなかったのであれば仕方有りませんが、西内海方面警護のために第7艦隊が編成されたのが1945年(終戦の年)で、もう守る対象の船が殆ど有りません…。

 ついでに言うと、陸軍は真珠湾攻撃やその後のフィリピンやインドネシア等の攻勢が成功裏に終わった後に、それ以上の攻勢は帝国陸海軍の能力(物資の補給が続かない←最終的に物資が尽き...続きを読む

Q日本陸軍はなぜ海軍より悪役にされるのですか?

海軍は真珠湾攻撃、ミッドウェー、カダルカナルなど攻勢終末点を越えた無謀な作戦ばかりして戦火を広げ、陸軍はそれに引きずられたそうですが。
また戦闘機の開発、思想では陸軍のほうが進んでいた。
(海軍格闘戦にこだわる。陸軍一撃離脱を取り入れる)

Aベストアンサー

前に
「帝国海軍について」
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4902336.html
と言う質問があり、No.4で私が回答しています。
その中から今回のご質問「日本陸軍はなぜ海軍より悪役にされるのですか?」の答になる部分を引用しますと

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
戦後、陸軍が悪玉、海軍が善玉ということでイメージが定着しています。この理由は、

1) 海軍は「短期現役士官制度」「予備学生制度」で、現在で言えば「大学在学以上の青年」を短期間の教育後に士官とするしくみを作りました。
昭和15年以降は、大学を卒業したら何もしないと陸軍に二等兵として入営しなければならない状況でした。それから逃れる唯一の道である「短期現役士官制度」「予備学生制度」に応募・採用された学生は多数に上りました。
こうした「学徒士官」は「最初から士官に準じる待遇」で海軍に入り、戦争を生き残った人は中尉か大尉で一般社会に戻ったわけですが、海軍のことを悪く思うわけがありません。
そうした人の中で、著名な作家になったり(例:阿川弘之)、官界・実業界・言論界・学界で有力者となる人が多数出ました。こうした、社会に影響力を持つ人が海軍びいきであったことが現在にかなり影響しているようです。
特に、海軍予備学生出身の高名な作家である阿川弘之が
「山本五十六」「米内光政」「井上成美」
の「海軍三部作」をはじめとする多くの海軍関係の著作をものしたことは、「海軍の良いイメージ」を世の中に広げるのに役立ちました。
一方、陸軍の場合「大学在学以上」の人であれば、二等兵として入営しても約1年後には少尉になっているのが普通でした。「甲種幹部候補生」になった人です。「大学在学以上」の人は、特に問題がなければ「甲種幹部候補生」になりましたので、「大学在学以上」で陸軍に入り、戦争を生き残って兵卒や下士官で復員した人はそれほど多くはありません。この点で、海軍と大差なかったようにも見えます。
しかし、陸軍の場合は「甲種幹部候補生」になる前に必ず何ヶ月か二等兵として兵営生活を送らねばなりませんでした。これが「軍隊より監獄の方がよほど楽だ」というとんでもない苦しい生活でしたので、陸軍に入って戦争を生き残って中尉や大尉で復員した人も、「陸軍びいき」になる人は通常いなかったようです。

2) 昭和20年の時点で、健康な20歳以上の男子はほぼ全て陸軍か海軍に属していると言う状態でしたが、人数で言えば陸軍の方が圧倒的に多いです。そして、その多くは学歴がないため「幹部候補生」にはなれず、二等兵として入営して地獄の責め苦を最後まで受け、死なずに復員できたと言う人たちです。こういう人たちが「陸軍大嫌い」になるのは当然のことでした。

3) エリートの「大学在学以上」の人が「海軍びいき」か「沈黙」、一般庶民は「陸軍大嫌い」であれば、陸軍の味方をする人は
「元・陸軍の職業軍人」
程度です。
ただし、一般にこうした人たちは戦後は沈黙を守りましたので、世の中に聞こえるのは「海軍びいき」の声が圧倒的となります。

4) 陸軍にも宮崎繁三郎中将、山下奉文大将、今村均大将のように名将・智将として評価されている人はおりました。
また、開戦責任・敗戦責任が陸軍にだけあるわけではありません。
開戦時の東條英機首相(陸軍大将)は、自分の意思で首相になったわけでもなく、自分の意思で戦争を始めたわけでもありませんが、彼が首相になった時には既に「アメリカを相手に戦争する以外はない」状況でした。「東條首相と陸軍が積極的に戦争を始めた事実」はありません。
しかし、現在は
「太平洋戦争は陸軍が始めたもの。陸軍にはとんでもない連中ばかりいた」
という「常識」が成立してしまっています。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「大東亜戦争の敗北についての海軍の責任」について良く分かる本として、

「太平洋戦争はなぜ負けたか」 別宮暖朗
http://www.amazon.co.jp/dp/4890632409/

「なぜ敗れたか日本海軍 (光人社NF文庫)」 是本信義
http://www.amazon.co.jp/dp/4769825250/

「大本営参謀の情報戦記(文春文庫)」 堀栄三
http://www.amazon.co.jp/dp/4167274027/

の3つを挙げます。

また、帝国海軍が、それなりに充実していた潜水艦部隊を有効に使用せず、まるで「鉄の壁にタマゴをぶつける」ようにして無駄に消耗させていったことが分かる本として

「本当の潜水艦の戦い方」 中村秀樹
http://www.amazon.co.jp/dp/4769824939/
をお勧めします。

4冊買ってもそれほど高くありませんので、ぜひお読みください。
いかに「海軍善玉・陸軍悪玉説」が事実と乖離しているのかが良く分かります。

前に
「帝国海軍について」
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4902336.html
と言う質問があり、No.4で私が回答しています。
その中から今回のご質問「日本陸軍はなぜ海軍より悪役にされるのですか?」の答になる部分を引用しますと

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
戦後、陸軍が悪玉、海軍が善玉ということでイメージが定着しています。この理由は、

1) 海軍は「短期現役士官制度」「予備学生制度」で、現在で言えば「大学在学以上の青年」を短期間の教育後に士官とする...続きを読む

Q陸軍と海軍の不仲

日本に陸軍と海軍は昔からふなかである
というのを本で読みましたが
なぜでしょうか?

Aベストアンサー

原因は「廃藩置県」にあると思います。

明治政府を安定させるために、この施策は不可欠であり、これを断行するに当たっては、陸軍のバックアップが不可欠でした。明治天皇の陸軍偏倚の姿勢がここから始まったと思われます。

日露戦争で海軍が日本海海戦に勝利し、それを迎えるに当たって、この機会に明治天皇に初めて海軍軍服を着用して頂こうという話になりました。しかし帝は、廃藩置県で世話になった陸軍を慮って、

「今遽に之を用いんか、陸軍の衆生よろこばざるべし」

と発言しました。政府もさすがに、天皇の主張は陸軍に寄りかかりすぎであると翻意を促し、結局、天皇は海軍軍服を着用することに決せられました。山本権兵衛海相は明治天皇の海軍軍服姿を見て感涙したそうですが、「これで海軍は陸軍と対等になった」との思いであったでしょう。これを機に、陸海軍対立の弊が際立って来て、これが太平洋戦争敗戦の原因にもなりますので、後世「山本は海軍を作ったが、海軍を滅ぼしもした」と評せられることになります。

陸軍は国の内政について海軍よりも熟知する必要があり、より政治的な動きができることで、海軍から国政を壟断しているとの批判を受けやすい側面があります。一方の海軍は、軍艦などの装備に莫大な国家予算を費やし、このことが陸軍の反感を買っていたようです。

陸軍と海軍では戦争や戦闘の手法や考え方がまるで違うことも、相互理解を妨げていたと思われますが、これらが異形かつ異質であることは当然のことであり、既にご回答されておられますように、藩閥同士の勢力争いなども加わって、不毛な対立を続けていたと見ることができます。あの穏健で理知的なはずの井上成美・海軍次官までもが「陸海相争ってこそ進歩がある」などと主張するに至っては、呆れるより他ありませんが。

本来ならば、米国などのように、軍政機関は「国防省」に、統帥機関は「統合参謀本部」にするなどして、早期に統合しておくべきでしたが、海軍に「陸軍に併呑される」との危機感があったことが想像され、しかも閥族政治体制がそれを阻んだと見られ、本来協働すべき陸海がそれをせず、1945年の敗戦を迎えるまで、双方ともその必要性を理解しようとしませんでした。

原因は「廃藩置県」にあると思います。

明治政府を安定させるために、この施策は不可欠であり、これを断行するに当たっては、陸軍のバックアップが不可欠でした。明治天皇の陸軍偏倚の姿勢がここから始まったと思われます。

日露戦争で海軍が日本海海戦に勝利し、それを迎えるに当たって、この機会に明治天皇に初めて海軍軍服を着用して頂こうという話になりました。しかし帝は、廃藩置県で世話になった陸軍を慮って、

「今遽に之を用いんか、陸軍の衆生よろこばざるべし」

と発言しました。政府もさすがに、...続きを読む

Qなぜ日本は植民地にされなかったのですか?

19世紀、他のアジア諸国は欧米列強の植民地にされたのに
なぜ日本は植民地にされなかったのですか?
日本の教育水準が高かったからですか?
それとも単に運がよかったからですか?

Aベストアンサー

日本は鎖国していたとはいえ、オランダを通じて最新の科学、軍事技術もわづかに取り入れていました。
アヘン戦争の時、中国側の大砲は1600年代のヨーロッパ製だったという…
江戸幕府も同じなのですが。
ところが長崎に高島しゅうはん、という人が役人でいて、脇荷貿易の権限もっていて新式大砲を研究していました。それは出島にくるオランダ船が礼砲を撃つと威力、性能が進化しているのをしっていて、です。
幕府も国防上、江戸へ呼んで演習。一日でその平地は「高島平」(たかしまだいら)になりました。今もそう呼ばれてます。伊豆代官江川が引き継いで、青銅砲でない鋼鉄砲をつくる高熱の製鉄炉(反射炉)をつくろうとしたり(大砲、兵学などはなんとかヨーロッパの技術においつこうというカンジ)、日本人は形式・格式でガチガチのバカな武士社会の中でも一部の有能な、志ある人たちに助けられてなんとか西洋とわたりあえる学術・軍事・文化・行政制度をもっていたのです。
(ほとんどの藩はド貧乏、借金まみれ。一部の外様大名とかだけです。意識あったのは)

ペリーが来航した時も(一年前くるっていったのに来ないと思って内緒にしちゃったバカな幕府上層部のせいで大慌てしたが)、一年後返事をもらいにくる、といったあと年明け10ヶ月にきた時には、無防備だった江戸湾に砲台島を築かせて防衛体制つくった(江川が指揮)
これが砲台場、今の「お台場」です。
これにはペリーも驚いた。
あと吉田松陰みたいに単身(2人だったけど)黒船に乗り込んで
「我アメリカに行かんと欲す」と叫びまくって返ってきた若者とか。
こんな人他のアジアの国にはいなかった。

日本は天文、数学、測量でもヨーロッパの文献研究したり、和算でも微分積分できたらしい。水準高かったンですよ。富豪商人は学問する人たちが多いとか、そういうこともあったらしいし、町民文化も小説、演劇、レベル高かったです。

アメリカと国土交渉する際もペリーが小笠原はアメリカ人住んでる、国際的に通じる文書で証明しない限りアメリカ国土だ、といった時、フランス語版・林子平著三国通覧図説をだして、出版年からも日本領土だと証明。
松平定信が迫害した林子平の著作が、大黒屋光太夫一行のうちロシア日本語学校教師にのこった一人とドイツ人言語学者の手で訳されて、小笠原諸島をまもったわけですね^^

ま、そんなこんなで、日本は他のアジアの国より運がよかった。
・一応、統一国家でまとまってた。いくつか勢力が争ってるとかじゃなかった
・文化水準がヨーロッパと同程度だった(これは不思議なものである)
・一部の蘭学者のおかげで、外国の情勢なども在る程度はつかんでいた?!ジョン万次郎がいたといなかったじゃ、また違ったろうなぁ
江川さんがいなかったら大変だったと思うよ
・穏健バランス派の阿部が老中(筆頭?)だったのもよかった。水野忠邦だったらボロボロだったんじゃないかなぁ
最後は大分大胆に物事運んだけど。
・武士階級、常時帯刀武装してる階級が行政してる、というのはなかなかすごいかも^^
・シーボルトが日本の文化レベルを紹介する書物を発表してくれていた
(ペリーもちゃんと読んでた)→日本は交渉するレベルの国だと思ってもらえた。おそらく礼砲をちゃんと返せる国なんてアジアで日本ぐらいだったでしょう。

兵力でいえば、この前NHKでもやってましたが薩摩とイギリスの争い、中国のイギリス艦隊きた時は薩摩ボロ負けですよ。海戦は特に。
最初、不平等条約だったのもしゃーない。
しかし、交渉のテーブルがある、というのは在る程度、相手を認めてのことだし、全面開戦しなかった、というのはお互いのメリット、リスクも含めて必然だったのかも。
まぁ頑張りましたね、当時の日本^^

日本は鎖国していたとはいえ、オランダを通じて最新の科学、軍事技術もわづかに取り入れていました。
アヘン戦争の時、中国側の大砲は1600年代のヨーロッパ製だったという…
江戸幕府も同じなのですが。
ところが長崎に高島しゅうはん、という人が役人でいて、脇荷貿易の権限もっていて新式大砲を研究していました。それは出島にくるオランダ船が礼砲を撃つと威力、性能が進化しているのをしっていて、です。
幕府も国防上、江戸へ呼んで演習。一日でその平地は「高島平」(たかしまだいら)になりました。...続きを読む

Q戦闘機や航空基地 : どうして陸軍と海軍でバラバラだった?

先の大戦における歴史書を読んで気がついたのですが、当時の陸軍と海軍では、それぞれ独自の戦闘機を保有したり、各地に専用の航空基地を構えていましたよね?

調べると、たとえば有名なゼロ戦や紫電改は海軍、隼や飛燕は陸軍の所属になっていました。

シロウトなので教えて頂きたいのですが、もし海軍所属の戦闘機が空母艦載を目的とするなら、折畳み式主翼にするとかの特徴があるかなと思うのですが、海軍所属の全ての戦闘機はそうなっていますか?

それと海軍が各地に航空基地を構えたのにはどんな理由があったのでしょうか? 陸軍がまとめて防空の構えをすれば事足りるように感じたのですが ・・・

それと、海軍と陸軍でどうして戦闘機の機種を統一しなかったのでしょうか? 

もちろん、戦闘内容が違うので両軍が求める性能を統一するのは難しいのは理解できるのですが、すごく不経済だし合理的ではないように思いました。

たとえばゼロ戦を陸軍も使用するとか、逆に隼を海軍も使用するとか出来なかったのでしょうか?

歴史書を読んでいて、ふと感じたので質問させて頂きました。

先の大戦における歴史書を読んで気がついたのですが、当時の陸軍と海軍では、それぞれ独自の戦闘機を保有したり、各地に専用の航空基地を構えていましたよね?

調べると、たとえば有名なゼロ戦や紫電改は海軍、隼や飛燕は陸軍の所属になっていました。

シロウトなので教えて頂きたいのですが、もし海軍所属の戦闘機が空母艦載を目的とするなら、折畳み式主翼にするとかの特徴があるかなと思うのですが、海軍所属の全ての戦闘機はそうなっていますか?

それと海軍が各地に航空基地を構えたのにはどんな理...続きを読む

Aベストアンサー

そもそも航空部隊の設立の経緯を考えればよろしいかと思います。第一次世界大戦のときに「空の戦い」が始まります。このときは、航空部隊は陸軍所属でした。そもそも、航空部隊は陸軍の偵察隊として生まれました。
やがて海軍でも偵察機があると便利だなとなります。そのとき陸軍の飛行機を借りるより、自前で航空部隊を作ったほうが手っ取り早いし便利です。かくして「海軍航空隊」が誕生します。

日本に限らず、世界中で海軍と陸軍というのは対抗意識を持っています。例えば、アメリカとイギリスの陸軍では「イエス・サー」といいますが、海軍では「アイ・アイ・サー」といいます。かように「はい」という答えひとつでも違う言い方をしたがるほど陸軍と海軍はときに対抗します。いわんや航空機の仕様については他の方も回答されているように陸軍と海軍では要求するスペックが違いますから自ずと機種が違ってきます。
それは現在でもそうで、例えばアメリカ空軍が使うF-16と海軍/海兵隊が使うF-18は大きさといい性能といいよく似ています。大きな違いは、F-16が単発エンジン、F-18が双発エンジンという点です。一時期、海軍でもF-16を採用してはどうか、という声も上がったのですが、海上で活動することが多い海軍機はエンジンがひとつ故障(あるいは損害)を受けてももうひとつのエンジンで基地や空母までたどり着ける可能性がある双発機のほうがふさわしいとのことで海軍/海兵隊はF-18を採用しました。しかし実際は長年米海軍とお付き合いのあるノースロップ社の「ロビー活動」のたまものです。

合理的精神の塊であるアメリカ人でさえ空軍(陸軍)機と海軍機の統一ができません。ロバート・マクナマラが機種を統一しようとしてF-111という戦闘爆撃機を作りましたが、これは海軍と空軍の猛反対を押し切って強引に進められたものでした。海軍はよっぽど気に食わなかったのか、何かと理由をつけてちゃっちゃとF-111を退役させました。

今でも、ゼロ戦と隼とどっちが優れているか議論させたら答えは出ませんよ。カタログスペックではゼロ戦が優れていますが、ゼロ戦はかなりクセの強い戦闘機だったようです。じゃじゃ馬だったんですね。それに比べると隼のほうがはるかにマイルドで乗りこなしやすかったそうです。ゼロ戦はホンダ車、隼はトヨタ車みたいなもんだったのかもしれません。

そもそも航空部隊の設立の経緯を考えればよろしいかと思います。第一次世界大戦のときに「空の戦い」が始まります。このときは、航空部隊は陸軍所属でした。そもそも、航空部隊は陸軍の偵察隊として生まれました。
やがて海軍でも偵察機があると便利だなとなります。そのとき陸軍の飛行機を借りるより、自前で航空部隊を作ったほうが手っ取り早いし便利です。かくして「海軍航空隊」が誕生します。

日本に限らず、世界中で海軍と陸軍というのは対抗意識を持っています。例えば、アメリカとイギリスの陸軍では...続きを読む


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