不思議に感じることがあるんです。なにかを守ろうとする気持ちが強く働くのかどうかはよくわかりませんが、この場合、『母性』というのでしょうか?母親は、子供を守ろうとすると、日頃の温和な態度が微塵も感じないほどある意味『鬼』になる。ときとして、冷酷な人(鬼)と化す。これとは別に、人が人を深く愛しあったにもかかわらず、ひとたびその感情がうせると同一人物か?とも、傍目からみていてもその代わり身のはやさに目をこすって見間違いでは?という理解しがたい冷たい光景をみてしまったり・・・そんなときおもうんです。いまは、他人事と客観的にみれるけれどもいざ、実際に自分の身におこったときわたしのなかにも鬼が棲んでいるのだろうかと・・・私に限らず、誰の心の中にも鬼はいるのでしょうか?もし、いるとしたらその鬼の正体はなんなんでしょうか?

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A 回答 (19件中11~19件)

 文学の方から眺めてみますと、鬼になるのは女性だけなのです。


 性差別発言と取られるかもしれません。でも、私が言いたいのはまったく正反対のことです。「女性が鬼になるのは、社会における男女非対称の元で女性が受けていた文化的・精神的重力のため、女性の中に鬱屈していたものが激発したからだ」という構図も見えてくるからです。
 馬場あき子さんという、たいへん筆力の優れた小説家・随筆家がおられます。この人の『おんなの鬼』という文章の中で、日本古典文学・芸能に登場する鬼女伝説がいくつか紹介されています。一番衝撃的なものをここに挙げておきます。黒塚の鬼女伝説です。「安達が原の鬼女」とも呼ばれ、能の演目にもなっています。
 この女性は、元は都の公家に仕えていましたが、その主人の子どもが、病気で言葉が話せなかったのです。この病を治す薬には、妊婦の腹にいる胎児の生き肝しかないと聞かされ、この女性は安達が原で不運な妊婦が来るのを待っていました。そしてある日、若い夫婦が現れた。妻は妊娠しています。女性は喜び、この妊娠した妻を殺害して胎児の生き肝を得ました。ところが…その若い妻は、実は女性の実の娘であることがわかります。これを知ったとき、女性は鬼へと変貌します。そして次々に旅人を襲っては殺す、鬼になったのだ、と。
 また、能で用いられる面に「般若」があります。鬼の面です。これも女性です。愛した男に裏切られた情念の昂ぶりが、一人の女を鬼に変える。そういう時に用いられる面です。同じように、情念の昂ぶりで鬼に変わることは男にもありますが、この場合に用いられる面は「生成(なまなり)」と呼ばれます。写真で見ればイッパツなのですが、「般若」に比べて「生成」はかなり人間らしさを残しています。角らしきものは生えていますが、般若のように鋭く尖っておらず、ただのコブのようです。
「男はね、女ほど情念に深さがないから、鬼になるのも中途半端なんだよ」と、そちら方面を研究している先輩は教えてくれました。
 そしてこれは、何も日本だけではないように思います。「鬼」というのではありませんが、『ニーベルンゲンの歌』では、前半でこそ臈長けてたおやかな姫君として登場するクリエムヒルトですが、夫・ジークフリートを姦計により殺害された彼女は、一変して「戦い、殺す女」に変貌します。最後には、姦計の首謀者である自分の実兄を、自らの手で首を刎ねて殺しています。私はこの物語を「女性が主人公の物語だ」と読んでいます。ジークフリートが主役なのではなくて。それは、クリエムヒルトの変貌がドラマ全体の大きなうねりを作っているからというだけではなく、彼女の行動が「政治の論理・男の論理」に対抗して貫かれた、情念の激発であると読んでいるからです。

 文学からのアプローチ、それもフェミニズム的観点ですので、「心理学」という枠からは少々ズレるわけですが、以下のようなことが言えないでしょうか。すなわち、下に置かれ、棄てられ、愛するものを奪われ、そんな自分たちの体験を言い表す言葉すらも奪われ、ぴっちりと周りに敷き詰められた「理屈」に囲まれて、他にどうしようもなくなったときに、通常の平穏な人格を突き破り、言葉を超えて激発する情念、それが「鬼の顔」なのだ、と。
 だとすれば、それは必ずしも「本能」ではないでしょう。むしろその人が置かれた「状況」から引き起こされてくる。危険にさらされた子どもを助けようとするときに母が変身する「鬼」も同じではないかと思います。他に手段があれば鬼にはならないでしょう。他にどうしようもなかったり、非常に緊急だったりする場合に、母は何物をも顧慮しない鬼に変われるのだと思います。ある意味、「女性だけが持つ最後の武器」と言えるかもしれません。
anet.
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

鬼にもいろいろあるようですね。(こころの動きの違い)男と女はそもそも別ものというか、違う生き物のようですね。同じ人間であっても性の違いがこころの動きに影響を与えているあたりおもしろいですというより不思議ですね。鬼になるのは女性だけという点が、歴史的、社会的背景の制約によるものからきている。ある部分うなずけます。もし、この社会がまったく逆だった場合、女性優位の歴史が続いてるとすれば、鬼になるのは男性ということになるのかな?根底には、環境がこころの動きに影響(形成している一要因)を与えているということになるのでしょうか?

鬼←『通常の平穏な人格を突き破り激発する「情念」』←愛

愛から発動される情念。この情念って代物は、感情から起こる思念。愛という一つの感情から生れ出たとしたら本能とはまったく関係がないとは言い切れないような気がします。またここで一つ疑問『人にとって愛ってなんなのかな?』

お礼日時:2001/03/03 16:52

心に棲んでいる「鬼」は、人間の「本能」か?という、ご質問は、面白いですね。

僕は、大学の授業で聞いた「人間は、本能のプログラムが壊れた動物だ」という話に興味を持っています。本能の正体は、不定形の「欲望」で、動物は、「生きる」という不定形の欲望(本能)に沿ったプログラムを持っているが、人間はそのプログラムが壊れているというのです。例えば、動物達は生まれて直ぐに「立つ」という本能のプログラムがされていますが、人間は「立つ」ということを学習しないと立つことは出来ません。狼に育てられれば、人間は狼になります。従って、本能の枠組みが壊れているというわけです。

翻って「鬼」ですが、それを「制御できない心の衝迫」とするなら、それは「本能」だと呼ぶことが出来そうです。しかし、「母性」が「本能」かと言われると、それは難しいです。「母性」という言葉は、「母が子を愛する性質を持つ」ということではなく、もっと一般的に人間と人間の関わり方を示したものです。言うなれば「母が子を愛するような優しい関係」というほうが正しいんです。では、改めて「母は、子を愛する性質(本能)を持つのか?」という問題を考えると、僕は「そうとも限らない」と思います。何しろ最近は「幼児虐待」がとても多いですから、なおさらそんな気になります。セックスをしないで子どもも要らないという夫婦がいるという話も聞きます。「交尾」も「種の保存」も人間の本能ではないんだと思います。「種の保存」が本能だと言うのなら、「環境破壊」とか「戦争」とか、なんだかよく分からないことが多すぎます。生態系を自ら壊せるのは人間だけでしょう。

では、鬼の正体は何なんだ?という話ですが、僕は「コンプレックス」という言葉が怪しいと思っています。「コンプレックス」という言葉は、今では誰もが普通に「劣等感」という意味で用いていますが、本来はもっと広く、「心のしこり」というような意味です。「劣等感」は「心のしこり」の一種というわけです。確かに「マザーコンプレックス」や「ロリータコンプレックス」なんていう言葉は、「劣等感」という訳ではしっくりきませんよね。あれは、「母親」や「ロリータ」が「心のしこり」になっている、という意味で作られた言葉です。「心のしこり」は、言わば「その人が気になっていること」と言い換えることが出来ます。「マザコン」はいつもお母さんが気になって仕方ない人の事だし、「ロリコン」は若い(あるいは幼い)女の子のことが気になって仕方ない人の事です。

鬼を「コンプレックス」の概念で説明しようとしたとき、とても便利な言葉があります。「逆鱗」という言葉です。竜の持つ鱗の中で一つだけ逆さについた鱗があって、竜はそこを触られると火のように怒ったとか、死んでしまうとか言われているものです。僕らも、ある一定の話題に触れたとき烈火の如く怒り出した人を見て「あの人の逆鱗に触れた」ということがありますよね。コンプレックス=逆鱗だと考えてください。怒りのベクトルを持った「気になること」です。これは「劣等感」だったり「アイデンティティ」だったり「愛」だったりします。触れ方によっては怒りを呼ぶものです。○○という歌手の批判を、その歌手の熱狂的なファンの前でうっかりしてしまったときの事を考えてみてください。理性的な批判であっても、相手が怒ってしまう場合があります。このとき、怒られた人、つまり冷静に批判を行なった人は不条理に感じます。確かに不条理なんです。これは相手の「アイデンティティ」を脅かしたということです。

親子の話に戻り、主にこの二者間で結ばれているのは「愛」の関係です。この愛がどのように生まれてくるか、それはまた一考の余地アリなのですが、ここではそれは置いておいて、「愛」の関係が大きな「逆鱗(コンプレックス)」を作っていると考えられます。ここに、それを脅かすような手が迫ったら、人は冷静でいられるでしょうか?

「コンプレックス」は感情のスイッチです。感情に火をつけるモノです。人間には二つの鬼がいるのではないでしょうか? 内面の鬼(コンプレックス)と外面の鬼(感情をまとった人間そのもの)です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
竜のもつ鱗『逆鱗』のお話面白かったです。(わかりやすいたとえでした。)

鬼←『制御できない心の衝迫』(本能)←コンプレックスによるもの←(この場合、『愛』)ということでしょうか?

この状態のとき、脳はどうなっているのでしょうか?こころの動きが優先すると『考える』という思考の部分は停止してしまっているのでしょうか?それは、こころが意識的にそうさせるのか、こころとは別に無意識的になるものなのでしょうか?

お礼日時:2001/03/03 16:26

いつも楽しい?質問をしてくれて有り難うございます♪( ^ー^)b



さてこの心の中の鬼・・・私が考えるに『鬼子母神』的なものが大きいのではないかと思います。自分の子供を守らんが為に鬼になる。その背景には他に配慮できなくなる程の我=エゴが存在しているのでしょう。

通常伝えられている話によれば、鬼子母神は初めハーリーティ(訶梨帝母)という夜叉で、1000人の子供の母でしたが、自分と自分の子供の為にしばしば人の子をとって食っていました。そこで、ある時お釈迦さまが彼女が一番可愛がっている、一番末の子の愛奴(あいぬ)を隠してしまいました。
ハーリーティは気も狂わんばかりにその子を探し回るが見つかりません。そこにお釈迦さまが現れて、子供がいなくなるということがどんなにつらいものか分かったか? お前の今までの悪行がそのような形で現れたのだと諭します。
この事件で親の心を知り心を入れ替えたハーリーティは仏道に帰依し、子供を守り、安産をさせてくれる慈愛の仏、鬼子母神となるのです。

つまり自分の心の中が自分のエゴで満たされた時に『鬼』へと豹変してしまうのだと思います。例で出した鬼子母神も人の親の気持ちになった時に始めて自分が見えてきています。自分の心がいかにエゴで満たされていたのかを。
親に限らず人間関係において、またそれは仕事においても、他人を思い遣る気持ちを忘れて自らの欲望やエゴに走った時には誰しもが『鬼』へとなるのでしょう。生きているということは、この自分の中の鬼をいかに小さくして、無くして、慈愛の仏である鬼子母神になれるかが修業なのではないかと思います。

そういう意味では人間は心の持ちようで『仏』にでも『鬼』にでもなれる存在なのだなぁ・・・と私は感じますね。誰しもが生きている限り課題となるものではないでしょうか。
あ・・・質問からズレてませんか?(^_^;)、良ければ参考にしてください。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
鬼子母神のおはなしきかせてくれてありがとう。(ズレてませんよ!)
『修業』とは、やはりここでも人の持つ『本能』・『こころ』が関ってくる気がします。
とっても不可解です。この得体の知れないものが、人を動かしているのかと思うと・・・・・

お礼日時:2001/03/02 05:10

「鬼」、私にも棲んでます。

キレたときに分かりました。

心理学を大学で「一応」専攻させてもらったものから言わせていただければ、「こころ」の働きそのものとしかいいようがないですね。
人それぞれ、鬼になるスイッチが違うだけで。それを情動やパーソナリティからたぐっていくと、思わぬ葛藤にたどり着くこともありますが。

ですから、「鬼」を客体化し、修行によって中世の仏教や修験道、禅は「ひと」の「こころ」の本質に迫ろうとしたんだと思います。(西洋のニーチェみたいに神は死んだ、とニヒリズムにあきらめずに。)

ある意味で、人が耐え切れなくなったときの自己防衛装置なのかもしれませんね。あくまで自分のための。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
『こころ』厄介ですね。こころ自体は、目にみえないし形がない。心の動きから生じる行動、また、心の動きから発せられる言葉によって見えない『こころ』を感覚的に認識している気がします。あぁぁぁ・・・ここでまたひとつ疑問!『こころってなんなんだろう?』と、本能を知ろうとすると同時に他の疑問もわいてきます。トンチンカン芽生えてきてます。何か手がかりになるものお知りでしたらお聞かせください。

お礼日時:2001/03/02 03:29

鬼、実際に見たことありますよ、キレルという状態のハイな状況で喧嘩してるヤツが鬼のお面とまったく同じ顔してましたね。

 連れのヤンキー女もそうでした、おぞましいほどの、邪気を感じましたよ。夜中でした。主に鬼は夜に活動するようです。夜にツキはないといいます。インターネットも気をつけたほうがいいかも??
母の子に対する過剰な愛情で、他者をキヅつける姿も何度もみたことありますね。その時、鬼というよりは本能の生き物のように見えました。 あれは愛情じゃないです。野生の種の保存に関する本能だと感じました。時に母は子のために悪魔にもなります。子供の人生のためなら、世の中全滅してもいいような凄まじさ発揮するときありますね母という生き物は、女性は怖いと思います(笑) 陰と陽のダイナミックレンジがあることは生命力があるということ同じように感じます。やはりいい人が淘汰されるのは摂理なんでしょうかね(爆) ところで鬼の反対語はなんなんでしょうね、それはどんなときに現れるのか私にはそちらのほうが関心ありますね。
こないだ亡くなられた韓国の青年きっと阿弥如来みたいな顔していたんでしょうね。生きるってどういうことなんでしょうね。その意味を死ぬまでには知りたい
ものです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
>ところで鬼の反対語はなんなんでしょうね、それがどんなときに現れるのか・・・・云々。

鬼の反対語は、もう一人の『私』では答えになっていませんか?
自分自身が自分の持つ性質等に気づき、そのもっている個性(性質)をいい部分もよくない部分にも目を瞑らずに正視し自己理解を深める。そうすることで、感情を幾分なりともコントロ-ルしやすくなるのではないでしょうか?

お時間がゆるせば、↓下でHTsumakuraさんへのお礼も読んで頂ければ幸いです。

お礼日時:2001/03/02 03:12

心の中に棲む「鬼」というのは、それもまた人間の心の一面なのでしょうね。

人の心の複雑さやさまざまな断面について、心理学ではいろいろなアプローチがなされていますが、例えばその一つに「交流分析」という考え方があります。ここでは人間の心を、大きく三つの側面からなるものと捉えています。

 P・・・親心
 A・・・おとな心
 C・・・子ども心

年齢や性別に関係なく、どの人の心の中にも上の三つの要素があるというものですが、それはそれぞれの心に次のような特性があり、その特性は誰の中にもあるからです。

 P・・・威厳、批判、叱咤、父性、保護、愛育、母性
 A・・・現実判断、損得勘定、冷淡
 C・・・無邪気、甘え、自由、従順、優等生、服従

Pの中にも父性的な側面と母性的な側面の両方があり、同じようにCの中にも「自由な子ども」の心と「従順な子ども」の心の両方があるというのは面白いですね。

さてこのように、人の心の中にはさまざまな側面があるわけですが、それはすなわち、時と場合によっては普段からは想像もつかないような「心の側面」がでてくることもあるということを示しています。

普段は優しい母親が、あるきっかけで「母性的P」よりも「父性的P」が表面にでて、恐ろしい形相で怒ることもあります。ただこの時、本当に親として子どものことを思って怒っている(父性的P)のかというと、実は「なんでお母さんのいうことをわかってくれないの!」という嘆き(相手に理解して下さいと懇願する気持ち=自由なC)のほうが本音だったりします。このように、表現上の心と本音の心が一致しないとき、コミュニケーションは欺瞞的になり、会話は本音ではなくゲーム的になってしまうのではないか、と交流分析では捉えています。

誰の心の中にも棲む「鬼」・・・。しかしそんな部分と聖なる部分を共に持ち合わせた存在であるということこそが、人間の姿なのでしょう。いかがでしょうか。お役に立てれば幸いです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
わたしも、学生時代心理学をほんのすこしかじりました。TAについてもうる覚えながら記憶しています。今回、この質問をあげたのは『本能』とはいかなるものかということの手がかりが見つけられればと・・・・ラケット感情も本能が絡んできますよね?本能とはなんなんだろう?これ(本能)のことをもっとあとで聞こうとも思ったんです。心の動きによって現れる感情、この感情のもとをたどれば『本能』が少し見えてくるかと思った次第です。『本能』と辞書を引けば、先天的な性質・能力「自己保存―――」などとかかれていますが、何かとても曖昧。

人間ってなんなんだろう?と、ふと、思う今日この頃です。

お礼日時:2001/03/02 02:36

人間は完全な生き物ではないですよね。

。。機械の様にYESとNOがはっきりと下せないことだってあります。人間は他の動物よりもはるかに高度な知能と感情を持ち合わせているのですから、感情が理性に制御されなくなるという事実も考えられるのではないでしょうか。それを「鬼」と考えるか否かは人によると思いますが、私はそれは自然の人間の感情の流れだと感じます。大切なものを守ろうとすれば何か他の事を犠牲にしたり、誰かを傷つけたりする事も考えられます。みんながみんないつも幸せでいられる事が望ましいのは事実ですが、世の中の仕組みは、幸せな人がいる背景には不幸な人がいるというちょっと悲しいものだと感じます。
 「鬼の正体」と言うと何かすごいもののような気がしますが、私は、自分と自分の大切な誰かを守るための心の働きだと感じます。この心の働きは誰もが持っているものだと思いますし、度を越えると「怖いな」と感じることになるのではないでしょうか。長くなってしまいすみません。
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この回答へのお礼

アドバイスありがとうございます。
>感情が理性に制御されなくなるという事実も考えられるのではないでしょうか?

『鬼の正体』=理性を超えた感情(心の動き)と、考えてよろしいでしょうか?相手もしくは、傍目から見て『怖いな』とおもわせる感情は、どこからうまれてくるのでしょうか?

お礼日時:2001/03/02 00:35

自分の心身をまもる為に鬼がいるのかもしれませんね。


優しかった人が冷たくなったりしますよね。
お天気みたいに人間の感情もかわりますものね。
私も気分屋ですので、わかるような気がします。

多少なりとも皆あるんじゃないでしょうか。
でも、それがあまりに顕著だと「脳神経に問題あんじゃない?」って思っちゃう時もありますよ。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
心身を守る為=自己防衛するときに何かのスィッチがピィッ!って押されていままでニコニコ笑っていたのが、ある事柄によってスイッチが切り替わり瞬時に鬼のような形相になったりしてしまう。心身を守ろうと何がそうさせるんでしょうね?

お礼日時:2001/03/02 00:21

『人間』という動物ではないでしょうか?


一言でごめんなさい。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
一言でも十分です。動物ということは、動物の持つ『本能』と考えてよいのでしょうか?とても気になるところなんです。

お礼日時:2001/03/02 00:04

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