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千利休の辞世の句、
「人生七十 力囲希咄 吾這寶剣 祖佛共殺 堤る我得具足の一太刀 
 今此時ぞ天に抛」
とはどういう意味でしょうか。
現代語訳求めます。

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A 回答 (4件)

添付URLの注2に解説がでています


http://web.kyoto-inet.or.jp/org/orion/jap/hstj/k …
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この回答へのお礼

今週のモーニング「へうげもの」では
「人生ここに七十年。えい、えい、えい! この宝剣で祖仏もわれも、
ともに断ち切ろうぞ。
私はみずから得具足の一本の太刀を引っさげ、いま、まさに我が身を
天に抛つのだ。」
とありました。
なかなか哲学的な世界です。
ありがとうございます。
それにしても織部正が介錯人とは、これからのへうげものも見逃(ry

お礼日時:2009/01/30 20:37

よくかんがえたら、


幹利休の文章にも唐時代の臨済録から出た「祖佛共殺」という言葉があるところをみると、利休の辞世が幹利休を引用したという説はかなりあやしいようです。近重物安の『茶道百話』がこの説の出どころらしいが…
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No.2の回答で、


三国時代の中国に禅宗はまだないので、幹利休を禅僧というのはまちがいです。
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現代語訳不可能だと思います。

あまりにも難しすぎます。この辞世は古典的な禅問答の寄せ集めです。禅問答は言葉で説明できない気合いの世界です。無理に言葉に意味を求めれば、人によって様々な見方があるのでとらえどころがなくなるのです。

人生七十力囲希咄吾這寶剣は、中国三国時代の禅僧、幹利休の漢詩を引用
http://mblog.excite.co.jp/user/teabowl/entry/det …
http://tomtom.iza.ne.jp/blog/tag/10687/

祖佛共殺は、中国唐時代の禅僧、臨済の『臨済録』から「逢仏殺仏、逢祖殺祖」を引用
http://blogs.yahoo.co.jp/mozart_blog/3142261.html
「逢仏殺仏、逢祖殺祖」の解釈の一例
http://www.ryobo.org/seppou/archives/2007/05/pos …
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この回答へのお礼

難しすぎますね。確かに。
漢詩を引用とは予想外です。
ありがとうございます。

お礼日時:2009/01/30 20:38

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Q表千家の宗匠のお名前、人数、構成?

茶の湯の歴史を勉強しています。

NHKで表千家の貫名宗匠を拝見いたしましたが、他にもたくさんの宗匠がおられると
同門会の方から伺いました。
家元 而妙斎氏以下、どのように宗匠たちは位置づけられているのでしょうか?
宗匠のお名前、人数、家元の組織等 ご存知の方がおられれば、ご教示願います。

Aベストアンサー

2014年1月号「茶道雑誌」(河原書店)
 新年ご挨拶として、以下の方々がお名前を出しておられます。

 不審菴理事長 千宗左
    副理事長・同門会専務理事 千宗員
    理事・同門会理事長    左海祥二郎
    理事・同門会副理事長   三木町宣行
    理事・同門会常任理事   左海大
 半床庵久田家
 不審菴理事・同門会理事 堀内宗心
       同門会理事 山下、貫名、吉倉、松原、渡辺、吉水、堀内、伊藤、森 各師

Q茶道、亭主などについて

高校の部活動で茶道(裏千家)を習っている者です。
茶道のことについては教えて下さっている先生に聞くのが本当かとは思いますが、学校行事などの関係で部活動自体が暫くなく、先生に教えていただくことが出来ません。
ですので、今回はここで質問をさせていただきます。

私は恥ずかしながら、「亭主」「半東」「席主」の三つがごちゃごちゃになってしまい、よく理解できておりません。
過去の質問や本を見ながら三パターンにまとめてみたのですが、下記のようで合っているでしょうか?

(一)
亭主(=席主):御点前をし、話もする
半東:亭主のお手伝い
(二)
亭主:御点前
席主:話す人
半東:亭主のお手伝い
(三)
亭主:御点前
席主(+半東):話しながら、亭主のお手伝いもこなす

私が文化祭でお茶席を開かせていただいた時は、(三)のようにしましたが、本来なら挨拶や話は亭主がするものなのですよね?
その場合は御点前をしながら話をするのでしょうが、それって難しくはないのですか?
(私はまだまだ未熟なので話して御点前もして、となるとどちらかがおろそかになってしまいそうです。)
またそういう場合、タイミングなど決められたことってあるんでしょうか?

もしかすると知識不足で的を射ていない質問になっているかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。

高校の部活動で茶道(裏千家)を習っている者です。
茶道のことについては教えて下さっている先生に聞くのが本当かとは思いますが、学校行事などの関係で部活動自体が暫くなく、先生に教えていただくことが出来ません。
ですので、今回はここで質問をさせていただきます。

私は恥ずかしながら、「亭主」「半東」「席主」の三つがごちゃごちゃになってしまい、よく理解できておりません。
過去の質問や本を見ながら三パターンにまとめてみたのですが、下記のようで合っているでしょうか?

(一)
亭主(=席主)...続きを読む

Aベストアンサー

No1の方が答えて下さっていますように、席主という言葉は、大寄せ茶会が成立する過程で使われるようになったと思われます。
●茶の湯の催しのことを古来、「茶会」と言っていますが、いつの頃からか、正式な茶会のことを「茶事(ちゃじ)」と言うようになりました。茶事の客は、5人までが適当です。茶事は、二時(ふたとき)、4時間に収めるようにします。前半を初座といい、懐石が振る舞われます。後半を後座といい、濃茶、薄茶が振る舞われます。亭主が一人で客の接待に当たりますので、5人が限度ですし、準備も大変です。そこで、広い茶室を使って、多くの客を呼べるよう、茶事の一部あるいは、多くの部分を省略した茶会が、明治から大正の数寄者(すきしゃ)(茶人)によって始められました。これを「大寄せの茶会」と言っています。お菓子とお茶で、一席30分くらいで、何席か廻るような茶会がよく行われています。
●茶事では、亭主一人で、何もかも行い、客をもてなすのが理想です。懐石、炭手前、濃茶点前、薄茶点前を一人でこなします。ですから、客の数は、3人くらいまでがよいのです。慣れた亭主ですと客5人でも一人で対応できます。あなたの分類の(一)(二)(三)の前に、「亭主一人で全部する。」というのを入れて下さい。
●力量のある人であれば、一人で茶事を出来ますが、自分一人だと無理だと思えば、水屋の手伝いを親しい人に頼みます。これを半東といっています。半東は、待合で湯を出す時に客前に出るだけで、あとは決して表には出ません。あくまでも裏方です。本来、茶事は亭主一人でするものですから、半東は、亭主の分身のように動かなくてはいけません。したがって、茶事の半東は力量のある人でなければ、なかなか勤まりません。
●大寄せの茶会では、一席の客の人数が20~30人にもなりますから、亭主一人というわけにいかず、客が茶碗を取りに出るのも大変ですから、亭主と客との取り次ぎ役を置くようになりました。これも「半東」といっています。これが、あなたの分類の(一)です。
●大寄せの茶会では、数寄者や宗匠が席を持つ場合、本来は、数寄者や宗匠が「亭主」ですが、自分の代わりに別の茶人や弟子に点前だけをさせる茶会が多く行われています。この場合、点前をする人は、仮の亭主となり、本来の亭主を「席主」と言うようになったと思われます。仮の亭主が点前をする役、席主が話す役、半東が亭主の補助役。これが、あなたの分類の(二)です。
●大寄せの茶会では、亭主が点てる茶は、正客、次客の2碗程度までで、あとの客の茶は、水屋から点て出しされます。したがって、半東が出てきても、2~3碗の取り次ぎをするだけです。茶室の状況によっては、席主と半東が座っていると点て出しの運びの邪魔にもなりますから、席主が半東の役も兼ねてしまうことがよくあります。人手が足りない場合にもそうします。これが、あなたの分類の(三)です。文化祭では(三)のようにされたとのこと、それで良いと思います。
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●茶事では、亭主が点前をしながら話をしなければなりませんから、亭主が話すタイミングも勉強しなければなりませんが、正客が話すタイミングの方が大事だと思います。茶事では、正客が席中の会話を作っていきます。亭主の点前の動作にしたがって、正客が道具類のことを亭主に尋ねていき、また会が和むように雰囲気作りをします。正客は大変重要な役割です。
●茶事では、最初に亭主と客との挨拶があり、それから、初座の炭手前あるいは懐石に移ります。ですから、後座の濃茶、薄茶では、挨拶せずにいきなり点前をします。一方、大寄せ茶会では、茶事の前半(初座)を省略して、濃茶あるいは薄茶の点前から入りますから、挨拶が必要です。席主がいる場合は、席主が挨拶しますから、亭主はいきなり点前をできますが、亭主だけの場合は、最初に挨拶だけに出てきて一旦襖を閉め、改めて点前に出る配慮が必要かと思います。亭主と半東の(一)のやり方で、大寄せ茶会にチャレンジしてみるのも一興かと思います。ただし、声が通りにくいので、客は10人くらいまでがよいと思います。ご参考まで。

No1の方が答えて下さっていますように、席主という言葉は、大寄せ茶会が成立する過程で使われるようになったと思われます。
●茶の湯の催しのことを古来、「茶会」と言っていますが、いつの頃からか、正式な茶会のことを「茶事(ちゃじ)」と言うようになりました。茶事の客は、5人までが適当です。茶事は、二時(ふたとき)、4時間に収めるようにします。前半を初座といい、懐石が振る舞われます。後半を後座といい、濃茶、薄茶が振る舞われます。亭主が一人で客の接待に当たりますので、5人が限度ですし、準備...続きを読む

Q「仏に逢うては仏を殺せ」の意味

「仏に逢うては仏を殺せ」というこの言葉を画家の岡本太郎さんの著書の中でみつけました。
大変ショックに思い、少し調べてみたところ、もとの文章は、臨済宗の開祖・臨済のことばで、
「仏に逢うては仏を殺せ。祖に逢うては祖を殺せ。羅漢に逢うては羅漢を殺せ。父母に逢うては父母を殺せ。親眷に逢うては親眷殺せ。始めて解脱を得ん」
というのが全文のようです。

この文章、意味があまり理解できません。 自分なりに無理矢理解釈すると「既成の概念や権威にとらわれるな」という意味なのでしょうか? でも、それで「父母を殺せ」だと、家族までも否定したクメール・ルージュ的臭いがします(たぶん、私だけだと思いますが)。結局、あまりわかりません。

この言葉の正しい意味は、どのようなものなのでしょうか? また、手に入りやすい参考文献などありましたらおしえてください。 お願いします。

Aベストアンサー

この言葉は有名ですね。「殺仏殺祖」などとして広く使われる言葉ですが、その意義は、常に決まった枠にとらわれてしまう私たちの認識のあり方に禅的な警鐘を鳴らしたもの、と言えると思います。

私たちが物事を認識する時には、必ず分節化という作業が行われています。あるものを認識する時には、そのものを世界から切り出してこないといけないのです。
岡本太郎にならって絵画で言えば、図と地という一種の対立関係を設定することで初めて、「地に対するもの」としての図が認識されるわけです。同じように、善について考えることは悪を考えることと不可分ですし、美を論じることは醜を論じることに他なりません。

言いかえれば、我々の行う認識という作業は、そのままでは混沌である世界にかりそめの線を引いて、枠組みを与えるということに他ならないのです。我々人間が普通に生きていくうえでは、こういう二項対立を通じた認識を拒否することはほとんどできません。

実際に臨済の言葉のなかの「仏」という概念も、「衆生」つまり悟りを得ていない一般人との間に線を引いて生み出された概念です。悟りを求める僧侶にとってみれば、ひとまずこの「仏」はありがたい目標ですし、これがなければ修行もおぼつかない最重要の概念に違いありません。

けれども、特に大乗仏教では法界一如などといって、世界の全ての存在や現象に等しい価値があるのであって、人間が勝手に線を引いて区別する善悪や美醜、上下といった区分に価値を置かないのです。野に咲く名もなき一輪の雑草も、美しくあでやかな大輪の花も仏の世界にあっては優劣をつけられないものだし、世界をそのように見られる存在こそ真の仏である、とするのです。

従って、「仏を殺せ」というのは文字通り殺人を勧めるものではなくて、仏や衆生といった所詮はかりそめの区分にとらわれてはいけない、ということを強調したものなのです。そういう認識をすることが人間の常ではあるけれども、それを当り前と受け止めてはいけない、その認識そのものに安住することなく超える努力をすることこそが仏への道である、というのが臨済義玄の本意でしょう。

この言葉もそうですが、公案のように全く理論を外れていたり殊更に耳目を集めるような奇矯な言葉を弄するのは禅宗の特徴でもあります。少し難しくなるので詳しくは書きませんが、禅宗は、我々が当然だと思っている二項対立による世界把握が言語というものと密接に関わっていることに十分意識的だったので、言語による認識に疑問を起こさせるような言葉による指導を行ったのです。健康であることに意識を向けさせるために敢えて傷をつける指導を行ったようなものです。

「父母を殺す」という点は確かに心情のうえで引っかかりが大きいと思いますが、しかしこれも実際に殺すわけではありません(実際の「殺父母(=せつぶも)」は仏教ではもちろん大罪です)。言わんとするところは、法界一如の観点にたって血縁によって親・疎を分ける二項対立の生き方をやめよ、ということです。つまり、肉親を特別視することをやめ、父母から受けた恩愛を広く世界から受けたものと受けとめよ、という意味ですから、むしろ殺されるべきは自分の側の認識なのです。

臨済義玄から五代さかのぼる大鑑慧能(中国での禅宗の第六祖)はもともと薪を売って細々と老母を養っていたのですが、薪売りに訪れた町でふと金剛般若経の講義を耳にし、即座に出家してしまいます。今の感覚で言えば母を捨てたわけで誠に薄情なはなしですが、そこには仏教に対する揺るぎない信頼があったわけで、たとえ世間の価値観で不義理とされたとしても必ず自分の出家がより意味のある報恩になる、という確信があったのでしょう。この慧能の出家のエピソードは大変よく知られていましたから、臨済が「父母を殺す」と言った時にこれを踏まえていたことは間違いないでしょう。

曹洞宗の開祖である道元も、弟子から「出家は父母の供養をどのようにすべきか」と尋ねられた際、出家は父母からの恩を父母に限定せずに広く世間に返すことを心掛けるべきで、父母に限定した供養はするものでない、という意味の答えをしています。これなどは「父母を殺す」という臨済の言葉の意味をわかりやすく伝えるものだと思います。

この言葉は有名ですね。「殺仏殺祖」などとして広く使われる言葉ですが、その意義は、常に決まった枠にとらわれてしまう私たちの認識のあり方に禅的な警鐘を鳴らしたもの、と言えると思います。

私たちが物事を認識する時には、必ず分節化という作業が行われています。あるものを認識する時には、そのものを世界から切り出してこないといけないのです。
岡本太郎にならって絵画で言えば、図と地という一種の対立関係を設定することで初めて、「地に対するもの」としての図が認識されるわけです。同じように、...続きを読む

Q和歌の意味(現代語訳)について

藤原家隆
花をのみ まつらん人に 山里の 雪間の草の 春をみせばや
こちらの語訳をどなたかお願いいたします

お手数をおかけいたしますがなにとぞよろしくお願い申し上げます

Aベストアンサー

花だけを待っているだろう人に、山里の雪間の草の春を見せたいものだ。

(余計な解釈も入れた意訳)
世の中の人はみんな、「春といえば花」とばかり思い込んで、花が咲くのだけを心待ちにしているのだろう。そういう人に、融けかけた雪の合間から芽を出した草が萌え出ている、この山里の春の景色を見せてやりたい。


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