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なぜWW2のドイツ軍で電撃戦、弾道ミサイル、巡航ミサイルのプロトタイプ、ジェット戦闘機、原始的な対艦ミサイルなどの新戦術や新兵器がうまれたのでしょうか?

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A 回答 (12件中1~10件)

・電撃戦


これは奇策でもなんでもなく、偵察部隊、戦車、自動車化歩兵、地上と密に連携した砲兵と空軍、という今まであったハードの使い方に新機軸を打ち立てたから、うまく行ったのです。実際損害はだしていますが、敵のいるところを察知し(偵察)、敵が「いないところ」に戦車を投入して敵を包囲・混乱させ、すばやく残った敵を掃討・降伏に追い込む、という発想がすごかったのです。戦車だけだったらポーランドもスウェーデン製の対戦車砲を有効に使っていますし、フランスは戦車の性能、大砲の数と性能、歩兵の数ではドイツ以上でしたし、空軍は事実上負けていません。それが、ロシアのように道はない、広すぎる、包囲されても死ぬまで戦う、ようなところで通用しなくなったわけです。

・ミサイル
戦前から研究していました。V2は陸軍、V1は空軍が計画していて、実用化したのが遅かっただけのことです。一部にはV2の弾頭に液化サリンをいれてロンドンに、という意見もあったのですが(1トン半のサリン!)、制空権をなくしたドイツ(ヒトラー)は、同様の報復を恐れて、やめさせています。あと、使い方がまずかったので(ロンドンとアントワープにバラバラに発射した)、戦争の帰趨に影響をあたえられませんでした。しかし、特にV2は、トレーラーで移動してから発射、をされると連合国にはなすすべがなく、英国は深刻に驚異と感じていました。湾岸でもスカッドを発射前にたたくことにはことごとく失敗しています。

・ジェット
ドイツ軍の燃料・油脂は石炭の液化プラントでつくられており(ついでにルーマニアの油田もあった)、1944年上半期に生産量がピークとなります。ジェットそのものの研究は戦前からやっていましたし、高速の高高度迎撃戦闘機にジェットを、という発想は健全なものです。それだけアメリカの第8空軍による戦略爆撃が驚異だったのです。事実、この昼間爆撃でドイツは燃料プラントを失い始め、継戦能力が急激に44年以降落ちていくのです。

・対艦ミサイル
というか、対空ミサイルも作っていたのですが、おそらくフリッツXのことでしょう。これは滑空爆弾で、ミサイルとは少しちがいます。で、これも戦前から研究していました。これはそこそこ使えたようですが、発射母機の損害が多く、使用が制限、中止されています。

つまり、ドイツのさまざまな研究は戦前からされていたものであり、実用化されるのにそれだけ時間がかかったということです。少しの手間と人がいらない兵器で大戦果、を普通に考えた。ただ、よその国より多少多くのジャンルで熱心に考えただけのことで、事実作ったもの、軍の運用における新機軸、は基本的に大はずしではなく、戦後に西側とソ連が競ってその技術をもとに実用化しました。
また、ドイツはレーダーの類、生産効率のよい強力な戦車の開発には失敗しています。お金と人を突っ込まなかったところでは、人並み以下だったというきわめて普通の国でした。
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この回答へのお礼

くわしい回答ありがとうございました。

>ドイツはレーダーの類、生産効率のよい強力な戦車の開発には失敗しています。お金と人を突っ込まなかったところでは、人並み以下だったというきわめて普通の国でした。

たしかにドイツの技術もすべての面で勝っていたのではないのですね。

お礼日時:2009/02/06 07:40

<電撃戦>


電撃戦ですが、これは塹壕戦以前の運動戦の概念を復活させたもので、ソフト的にはさして目新しくありません。
実際のところ、発想は第一次世界大戦後の英仏には存在し、ソ連では更に先鋭化された「縦深戦術理論」が研究されていました。
ドイツがいわゆる電撃戦(機械化された陸戦部隊と航空機の協調により、戦線を突破し、敵後方の司令部や栄養源を破壊する作戦)を行ったのは、実はフランス侵攻からです。
ポーランド侵攻は実は、直接アプローチによる殲滅戦であり、電撃戦とは言いがたいものがあります。
で、フランス戦ですが実際のところフランス敗北はドイツの功績というよりはフランスのアホさ加減のおかげです。
ソ連侵攻当初はフランス戦と似通った展開を見せますが、その勢いもさほど長くは続きません。
対処方法を学習されたからです。
つまり、ドイツは明確に行おうとして電撃戦を実行し、そして成功させたことが無いのです。
電撃戦とは、ある意味でナチスのプロパガンダの成果とも言えます。

<弾道ミサイル 巡航ミサイル>
これらは、ドイツが英本土上空の制空権を盗れなかったが故に発生した装備です。
彼らが持つ爆撃機は防御力と搭載量が少なく、戦略爆撃に向きません。
また戦闘機は航続距離が短くまともに護衛ができません。
よって、英本土への本格的な爆撃は難しい。
でも英本土を攻撃しない限り、ドイツに勝利は無い。
つまり、V1もV2も苦肉の策なんです。

<ジェット戦闘機>
ジェットに関しては、戦前からハインケルやメッサーシュミットが開発をしていた、という下地とドイツの燃料事情が背景にあります。
ドイツの航空機用燃料はそのほとんどが石炭を処理して作られる人造石油からのガソリンで、品質があまり高くありません。
従来のレシプロエンジンは燃料品質が出力に大きな影響を与えますから、ドイツはこの点で大きく不利です。
しかし、ジェットエンジンは燃料がケロシン(灯油に近い燃料)ですので、ガソリンの品質は関係ありません。
そのため、開発が大きく進んだのです。
ただ、ジェットの空気圧縮方式の先進性はともかく、エンジン性能そのものではイギリス製のジェットエンジンに劣っています。

<対艦ミサイル>
これは、ドイツに信頼できる航空魚雷を持っていなかったからです。
フリッツXは、対艦ミサイルではありません。
誘導爆弾です。
ドイツは航空魚雷の開発に大きく遅れており、その対策として誘導爆弾の類を対艦用途で開発・使用したのです。
なお、世界初の全自動対艦誘導弾は、アメリカ製のASM-N-2 BATです。
これは1945年に対日戦で実戦使用されています。
ちなみに、日本もケ号というコードで誘導爆弾を開発しています。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
苦肉の策も多々あるのですね。

お礼日時:2009/02/06 07:47

奇想天外なアイディアに予算がつきやすかったんでしょうね。


どこでも研究してたジェット戦闘機だと、イギリスのグロスター・ミーティア(V1迎撃しかしてないですが)はMe262とそんなに変わらない時期です(さすがにHe178や280には勝てませんが)
特に空軍はゲーリングの政治力のおかげで予算は使い放題だったらしく、ムダ研究が山ほど。
有人地対空ミサイル(ナッター)やら空対地誘導弾(ミステル)、3分戦ったら敵の的になるだけの、ウルトラマンみたいなロケット戦闘機(Me163)など、戦時中でなかったら非難しようのないスバラシイ研究が続々と実用化されましたが、結局、戦争は数なのです。
生産性を最優先にしたアメリカが、一番強かったということで。
空軍の話ばかりしましたが、陸軍でも、市街戦のとき、隠れたまま射撃できるよう、曲射専用小銃をマジメに開発していたとか・・・他に開発するもんあるだろ・・・
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

>3分戦ったら敵の的になるだけの、ウルトラマンみたいなロケット戦闘機

表現のしかたに笑ってしまいました。

お礼日時:2009/02/06 07:45

ヒトラーのせいもあるでしょうが、戦前のドイツには世界的に秀でた天才科学者がいました。


例えば、アインシュタインとかフォン・ブラウンとか。
また、ドイツ人は日本人が凧揚げが好きなように、一般市民が趣味でロケットを自主制作して打ち上げるなんていうのもありますよ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7% …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/02/06 07:44

<電撃戦>


電撃戦の作戦思想そのものはドイツを発祥としたわけではありません。意外に思うでしょうが、当時その戦術の最先端をいっていたのは実はソ連軍です。ソ連軍はあの「ノモンハン事変」で日本軍を相手に電撃戦を行い大勝利を挙げています。しかしながらソ連軍はこの戦術の第一人者であるトハチェフスキー将軍を粛清してしまい大変な弱体化をしてしまいました。
(一応詳しい人に註・ト将軍が研究していたのは縦深戦術ですが、ト将軍なくして独軍の電撃戦もありえなかったので一緒にして解説しています)
ドイツという国は行ってみるとわかるんですが、ほぼまっ平らな国なんですね。日本で近いのは北海道の十勝あたりです。ああいうところだと、もう戦車がブイブイいわせられる地形なんです。
また、ドイツは第一次大戦で英軍の戦車にトラウマになるほど恐怖を叩き込まれました。実は第一次大戦の戦車って世間でいうほど実質的には活躍していないのですが、もう存在そのものがトラウマになって、戦車が過大評価されていたところも一因だと思います。

<ジェット戦闘機>
実はジェット機の基礎技術ではイギリスのほうが一歩先を進んでいました。しかし、アルデンヌの敗北で国家存亡の危機の土俵際まで追い詰められていたイギリスはジェット戦闘機の実用化は諦めて既存の兵器の生産を重視しました。
一方のドイツではそれなりに開発は進んでいたのですが、実はヒトラーが「ジェット機は爆撃機で」というのにこだわり、それでだいぶ実用化が遅れてしまいました。アメリカは実は第二次大戦当初は軍事的には非常に遅れていて、戦車なんかもM3スチュアート軽戦車くらいしかありませんでした。真珠湾以降本気で開発したのですが、やはり第二次大戦には間に合いませんでした。しかし、朝鮮戦争の頃には名戦闘機F-86セイバーを作るあたりさすがはアメリカです(イギリスはジェット戦闘機の先進国だったはずなのにセイバーほどのバランスのよい機体が開発できなかった)。

<ミサイルなど>
そもそもV1、V2はイギリスの制空権を取ることに失敗したドイツ軍がなんとかしてイギリス本土を攻撃できないかと考えて開発した兵器です。大型爆撃機が作れたアメリカとイギリスはB-17とランカスターで空襲しましたが、これはこっちのほうがはるかに確実かつ大量に攻撃できるからで、効率からすれば大型爆撃機のほうがいいに決まっています。
しかし、戦術空軍だったドイツ軍では大型爆撃機はついぞ開発できず、その代わりといってはなんですがミサイル兵器が実用化されたというわけです。実際問題、ロケット燃料が非常にナイーブ(つまり危険だということ)だったので事故もしょっちゅう起こっていて、確かに今のミサイル類は乱暴にいえば全てV1かV2が先祖になるほど画期的な存在でしたが、成功した兵器とはいいがたいものでした。

<ドイツ人気質>
第一次大戦のとき、ドイツは率先して大型爆撃機を作っています。ライト兄弟からほんの数十年後のことです。そのとき、ひとつのプロペラをふたつのエンジンで回す爆撃機を作っています。ちょっと考えれば、ふたつのエンジンの回転数が合わなければひとつのプロペラを回したらすぐギアが壊れることくらい機械系技術者ならやる前に想像がつきそうなものです(だから、そんなバカなことは他の国はチャレンジさえしない)。しかし、ドイツ人は作ってしまうんですね。そして案の定ギアが壊れて使い物にならない。
実は同じことを第二次大戦のときもしていて、ドイツ軍は4発エンジンの大型爆撃機を作ろうとしたのですが、そのときもプロペラはふたつ、つまりふたつのエンジンでひとつのプロペラを回そうとした。そして案の定同じ問題が起きて開発に失敗しているんですね。なぜ同じ失敗にまたチャレンジしたのかというと、そいつは大型爆撃機の分際で急降下爆撃をしようとしたからです(爆)。70度で降下できるよう性能が求められたのです。他の国では大型爆撃機に急降下爆撃をやらせようなんて考えもしないんですね。やろうと思っても常識的にムリだろと。そういう「常識的にムリ」って縛りがないんですね、ドイツ人は。
その他にもエンジンで発電してそれでモーターを回して戦車を動かそう(フェルディナント・タイガー。あのポルシェを作ったポルシェ博士の野心作。理屈の上ではギアが不要だから便利なはず。しかし時代が早すぎた。プリウスに先立つこと半世紀以上、ポルシェ博士天才)としたり、結局マツダしか実用化できなかったロータリーエンジンを発明したり、ともかく気質がマッドサイエントティストなんですね。だから、UFOにしか見えないやつとか「奇想天外兵器」の宝庫なんです、ドイツは。
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この回答へのお礼

詳しい回答ありがとうございました。

なんだかんだいってドイツの後世への影響は大きいですね。

お礼日時:2009/02/06 07:44

ヒトラーのおかげです。



新戦術、新兵器のアイデアはどの列強諸国にもありました。
ドイツだけが特別に抜きん出ていたわけではありません。
電撃戦の具体的な理論はイギリス人からでしたし、ミサイルの開発は
アメリカやソ連も進めていました。
ジェット戦闘機もイギリスやアメリカでかなり研究が進んでいました。
それらが、なぜ日の目を見なかったかといえば
予算の不足、優先順位の降格、軍人の無理解、企業の思惑、官僚たち
の不正や怠慢等によるものです。
ドイツの場合、絶対的な権力を有していたヒトラーがそれらを強制的
に操作して、彼と彼を支持する軍人・官僚・企業家・ナチ党幹部らの
思うがままに開発を進めることができたのです。

ソ連とアメリカも、スターリンと社会主義体制・ルーズベルトや国家へ
の権力集中があったおかげで、それぞれ最強の戦車や未曾有の兵力。
原爆や最強の航空機を開発できました。
それに対し、チャーチルやフランス政府は権力基盤が比較的弱く
そのために(おおまかに言って)凡庸な戦術や兵器しか開発できなか
ったのがその証しと思われます。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
国家の性格の違いも大きいのですね。

お礼日時:2009/02/06 07:41

蛇足



エグゾゼは、実戦ではじめて「航空機から発射され、命中し、標的を沈めた、対艦ミサイル」として評判があがりました。そしてその事は、海軍の戦場における運用に厳しい制限をかけることが判明したので(英国は主力空母を後方に下げざるを得なかった)、実績のあるエグゾセがよく売れるようになったのです。
それまでもハープーン、ペンギン、ガブリエル、という対艦ミサイルはあり、東側はSS-N-2スティクスでイスラエルの艦船を沈めた経験があります。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/02/06 07:40

ある意味 ドイツ人の国民性


目先で使う兵器よりも
10年以上先にようやく実用化されるような
高性能兵器を つい作りたくなってしまう

資源小国なので、量より質に走りがちなのでしょうが

使えるのなら 技術的には劣っていても平気で使う
イギリス人との違いですね

そのほかにも 無尾翼機(B-2で実現)、可変翼後退機(F-14)、
デルタ翼(F102)、スペースシャトルなどの構想もありました
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

ある意味すごいです。

お礼日時:2009/02/06 07:38

例えばドイツ軍には空気砲、旋風砲、音波砲、電気砲と言った常識では考えられない非現実的な兵器が莫大な経費をかけて開発されていました(もちろんこれらは氷山の一角に過ぎません)。


当時のドイツではそう言った「科学者の思いつき」レベルのものでも国庫から資金が出て大々的に開発が行われ、その結果としてごく一握りの成功例があるのです。
もちろんどこの国でも先進的な技術開発というものは、無数の失敗例の上に成り立つのであり、連合国側でも同様の失敗例は多数あります。
しかしドイツはそういう面で、無駄に抜きんでいたと言えるでしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
失敗も多かったのですね。

お礼日時:2009/02/06 07:37

電撃戦は、別に目新しいものではありません。


戦車ではなく騎兵で、モンゴル軍やナポレオンが行って大戦果をあげています。
電撃戦は、大戦果をあげる事はできますが、失敗した場合大損害をこうむり、場合によっては再帰不能となります。そのため、奇策であつて、常道ではありません。
継戦能力が劣る側が、短期決戦でうつバクチのような戦術で、それを常用しますと、ナポレオンのように早期の没落へとつながります。
むしろ、ドイツ軍は、継戦能力の低さから、電撃戦をしなければならなかったのだと考えるべきだと思います。
弾道ミサイルは、V2の事でしょうか。
これは、既にドイツには、イギリスに爆撃をしかける能力が無くなったため、なんとか相手に一矢むくいる事だけを考えてのものでしょう。
日本の風船爆弾と同じです。
風船爆弾よりもコストパフォーマンスが悪かったのではないでしょうか。
巡航ミサイルのプロトタイプは、V1の事でしょうか。
あれは完全な失敗作で、追い詰められた人が、ムチャクチャ考える典型のようなものです。
日本で同等のものといえば、桜花でしょう。
こちらは、人間がコントローラーになった巡航ミサイルです。
ジェット戦闘機は、ドイツではガソリンが底をつき通常の飛行機を作っても飛ばす事ができないため、まだ多少余裕のあった灯油で飛ばせる飛行機として、ジェット戦闘機や爆撃機を作ろうとしたそうです。
もしもガソリンが潤沢にあれば、ジェット戦闘機ではなく、Ta152を積極的に開発していたでしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/02/06 07:36

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