出産前後の痔にはご注意!

ちは~、ふわっぴぃです。

実は友人の某君から難題を吹っかけられました。

「全知全能の神が存在すると矛盾することを示せ」

私はこういうことはからっきしダメなので往生してます。

どなたかいい智慧を授けてください。

(蛇足)
ヒントをくれといったら、某君はこういいました。

「そうだな、ゲーデルの不完全性定理でも勉強するんだな。
でも、丸暗記とかはダメだぜ。自然数論とか形式的とか
証明とかいう専門用語を一切出さずにいわんとすることを
的確に表現した喩えで答えてくれよな。」

A 回答 (23件中1~10件)

 ふくろうです。

こんばんは。

 ご友人の鼻を心配しています。へびに噛まれてはいないかと。
 でもご安心を。毒はありません。へびくん、この手の知的な論理ゲームは大好きなんです。ほら、こんなこと言ってます。

「ほ~い! へびくんだよっ! あそぶの、だいすきだよっ!
 じゃーね、またかんがえたの!

 ふくろうくんは、なんでもしってるの! 「ぜんち」なの!
 だから、じぶんがいつ、しぬか、しってるの! すごいな~。
 でね! もしふくろうくんに「ぜんのう」のちからがあったら、そのひがきても、いきのこれるの! でも、そのひには、しなないことになっちゃうの! それじゃあ、まえしってた、じぶんがしぬときって、なんだったのかなぁ~? しらなかったことに、なっちゃうじゃん! うわ~い、「ぜんち」じゃないんだぁ~
 でね! もしほんとに「ぜんち」だったら、そのひに、しななくちゃ! かわいそうだけど、ふくろうくん…。…ぜんのうじゃ、なかったんだね…。
 だからね! ふくろうくんは、ぜんちであって、どうじに、ぜんのうであることはできないの!
 これで…えーと…くおど?…んーと…えらと?…で…でも…でもんすとらんだむ!
 ことば、むつかしいなぁ~

 でもね、これ、かんたんにこわせるよ! かぷっ! ほら! こわれた! うわ~い!」

 …だ、そうです。
 あの…子どもですんで、大目にみてやってください。
 あ~、また、別なの考えてる…。おめめキラキラだね、へびくん。
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この回答へのお礼

御回答有難う御座います。

某君曰く
「どうして、オレがヘビ年だってわかったんだろう(笑)
 ま、それは冗談ですが・・・、まさに想像通りの回答だ!!。
 ちなみに僕が考えたのはこんなの。

 神様:
 「ワシは全知じゃ。だから人が歩くのを止めるとき、
  左足で止めるか、右足で止めるか、知ることができる。
  
  さらにワシは全能じゃ。その結果に対して、
  左足で止めるときは、右足を、右足で止めるときは、左足を
  踏み出すことで、結果を変えることもできる。
  
  え、じゃあ、今自分が歩いているのをどの足で止めるか云ってみろって?
  うーむ、左足と思ったら右足を、右足をと思ったら左足を踏み出さねば
  裏をかけないな。うわー、そんなこといってたら永遠に歩くのを
  止められないぞ。誰かワシを止めてくれ~(;;)」

 子供:
 「アホか?」


もう「知」(痴?)の毒が回りきってるみたいです(笑)

お礼日時:2001/03/07 09:28

皆さん遊んじゃってますねえ。

再びstomachmanです。

 某君の用意している答が何であれ、「神の公理:『全知全能者が存在する』を認めると、某君の論理体系が無矛盾でなくなる」を示すものであろうと思われます。で、それがどうした、と神様は仰ってる。これで十分かと思いましたが肝心の某君が分からないんじゃしょうがありません。

 この公理を入れると論理体系が矛盾を含み、何でも証明できちゃうようになることは、単に、某君の言語あるいは論理の限界を示す証左に他なりません。論理は経験から帰納された規則の上に成り立っているに過ぎないことを、某君はお忘れのようです。特に「AでありかつAでない、ということはない」「AかAでないか、のどちらか一方は真である」などのルールを基礎に置いている訳ですが、(量子力学の初歩でも齧れば推察できるように)神様はそんなものに頓着していない。従って不完全性定理どころか完全性定理すら出番はありません。もちろん某君も、あからさまに背理法やジレンマを使うようなヘマはしないでしょうけれど。
 なおsukemasaさんのご回答への「お礼」に
> ただ、そこまで全能を拡大解釈すると、それこそ
> 何でもありってことになってしまうので…
とあるのは、ふわっぴぃさんの早とちりかと思いますよ。全知全能者を持ち出しておきながら、勝手にその全能性に制約を付けなきゃならんようなヤワな話じゃ面白くありません。

 どうやら某君には、一度「丸い三角」を見せてあげるのが良さそう。いえ、けっして不可能じゃありません。ふわっぴぃさんも催眠法を少し練習すれば、某君が「確かに『丸い三角』を見た」と言い張るようにできますとも。また「あれは正気の状態じゃなかったからそう思っただけだ。今は正気だからそんなもの認めない」とも言うでしょう。そしたら「正気じゃない奴はみんなそう言うねえ。お大事に。」と答えましょう。
 ヒトの正気や理性なんて全知全能の絶対者から見れば夢のまた夢、高々相対的な儚いものです。机上の推論で「全知全能者は存在しない」を証明できると考えるのは、「全知全能者が存在し、かつ某君が存在しない」を証明できると考えるのと同じぐらいの誤謬でしょうね。
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この回答へのお礼

御回答有難う御座います。

某君より最後の言葉です。

「その程度?( ̄ー ̄)←お約束
 もう、serpent-owlさんが、答えちゃったわよ。
 ま、彼?の回答と、ワタシの想定回答を読んで
 どこが不完全性定理なのか考えてみれば?」

ああ、完全にミツカン五目チラシ小娘状態です(笑)

#ということで、この質問締切にします。
#御回答いただいた皆様、どうもアリガトウございます。_(_ _)_

お礼日時:2001/03/07 10:06

xinmanまたやってまいりました。

5度目も好き勝手に語らさせてもらいます。

全知全能の神に全知全能の神が存在しないことを証明してもらったらいいんじゃないのかな。

こんなんでどう?
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えーとですね。

皆さんのお答えの方向とは逆なんですが・・

「神は自分でも持ち上げられない大きな岩を作ることができるか」
という方向で皆さんは考えておられますが
こういう質問に対してキリスト教神学ではこう答えます。
「できる」と。

「持ち上げられない石を作ったなら、持ち上げられないのだから
全能ではないはず」と重ねて言えば、

「神はその石を作った瞬間にパワーアップして持ち上げられる
ようになるのだ」と神学は答えます。(あ、話を簡単にしてます)
つまり、神の能力(全知も含めて)は一定のものではなく、変わり
得るということなのです。静的ではなく動的だということです。

で、ですね。fwappyさんのお友達に対して、この論理を使うと
はて、彼は一体どうやって矛盾をこしらえるのでしょうか?
知らないこと、できないことを提示されても、fwappyさんは
常に自信を持って「ある瞬間にはできないが、神はその瞬間に
パワーアップしてできるようになる」と言いつづけるわけです。
さて、これを論破するのは難しいと思いますが・・

ま、虚偽命題を前提におけばいかなることも論理的には証明
できますから、その一例です。(これは余分な一言です)
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この回答へのお礼

御回答有難う御座います。

>つまり、神の能力(全知も含めて)は一定のものではなく、
>変わり得るということなのです。静的ではなく動的だと
>いうことです。

某君曰く

「それじゃ全知じゃないじゃん。(笑)」

だそうです。

お礼日時:2001/03/07 09:34

xinman四度目です。



「全知全能の神の知らないものを作れるか?」
は全知全能の神に聞いてくださいね。

他の人と論議するときは、
「全知全能の神は全知全能の神の知らないものを作れるか?」

のほうがしっくりするかな。
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xinman三度です。



今度はわかった気がします。

「全知全能の神の知らないものを作れるか?」

こんな、なぞなぞでいかがでしょうか?
作れれば無知であり、
作れなければ無能である。
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「神様にできないことってな~んだ?」



motsuan さんのパクリですね(^^;
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全知全能の神がはじめから全知であったのならば、


知らないと言う気持ちは、知り得ない。
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xinman再びです。


今回は”全知全能の神”が存在するかしないかについての私見です。

”神”という表現が適切であるか否かは置いといて、”全知全能”である存在、それは、”歴史”である。
”歴史”には全ての事象が記されている(全知)。
”歴史”により全ての事象が作られている(全能)。
これは、過去において然り、また、未来においても然りである。

ということで、”全知全能の神(歴史)”は存在する。わたしら人間には、”全知全能の神(歴史)”の全てを理解することはできないだろうけどね。
もちろん、学校の教科書や歴史書に載っている程度の歴史であれば理解することはできますけど、こちらは人間によって記述されただけだし、ホントかどうかも怪しい。
ただ、”全知全能の神(歴史)”はホントのことを知っているし、それらを成しえてきた。また、記述されている内容がホントかどうかにかかわらず、教科書や歴史書が作られたことを知っているし、それらを作ってきた。この場でfwappyさんが質問したことや、わたしや他の回答者のみなさんが回答していることも全て”全知全能の神(歴史)”の一部であり、わたしら人間は未来永劫”全知全能の神(歴史)”の呪縛から逃れることは無理なんじゃなかろうか?
過去の歴史、未来の歴史、fwappyさんの歴史、わたしの歴史、他のみなさんの歴史、歴史にも色々あるけれどそれら全てを包括しかつ矛盾など存在しえないものそれが”全知全能の神”である。

蛇足になりますが、上記回答中の”歴史”は”真実”に置き換えてもらっても結構です。
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この回答へのお礼

御回答有難う御座います。

ところで、神様が歴史だとした場合、歴史は自分自身を変えられるんですかね?
多分某君はそれができたら歴史は歴史でなくなるだろうといいたいようです。
だから「全知」は「無能」だといったんでしょうね。

もちろん最初に「歴史」を生み出したことは全能といえましょうが
逆にいえば、そのとき全ての能力を使いきってしまったのかもしれません。

お礼日時:2001/03/06 13:54

宇宙やなんでもかんでも全てひっくるめて簡単に「全部」と表現します。


全知ということは、この「全部」を同時に観察する必要がありますし、
まあいろいろと神にも都合がありますから、
「全部」であるものを含まなければならない存在が「神」であるわけです。

仮に、某君が「全部が神なんだよ」と言われたら、
「おー、神様」と拝みますね。
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この回答へのお礼

御回答有難う御座います。

某君曰く
「うーむ、全部に着目したのはいいんだが、
 それだけではちょっと弱いねえ。」

お礼日時:2001/03/06 13:49

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お父さん、おかしくないの・・神が全知全能なら・・エデンでリンゴをアダムとイフを食べることを予測できたはず・・、それなのにアダムとイフを罰するのはおかしい。」

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Aベストアンサー

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苫米地英人の「なぜ、脳は神を創ったのか?」という本を読みました。
その中に、パトリックグリムという人が「神は存在しない」と証明
したと書いてありました。その概要は、(ゲーデルの不完全性定理などから)
完全な系は存在しないので、神という完全な系は存在し得ない、ということらしいです。
しかし、考えてみたのですが、「完全な系は存在しない」というのは、あくまでも
人間の言語から構築する系についての限界のことであり、人間の思考を超えた
完全な系が存在することは否定できないのではないでしょうか?
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まあ、そうだとしても、今ある宗教は神の言葉ではなく、人間の言葉の積み重ねにすぎない
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教えていただけたら幸いです。よろしくお願いします。

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その中に、パトリックグリムという人が「神は存在しない」と証明
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完全な系は存在しないので、神という完全な系は存在し得ない、ということらしいです。
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Aベストアンサー

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限定された“正しさ”が与えられれば、その展開において完全な
論理的世界像は成立する、というものである。

不確定性原理は、そうした構成の元となる“正しさ(ある言明が
Aと非Aを同時に導かない)”について、それ自身の公理系の内
においては証明不能である、という証明をしたものです。

つまり、単に「公理系は無矛盾ではあり得ない」という話ではなく、
「公理系では証明できない公理(たとえばユークリッド幾何学の
平行線定理、確定性を記述する物理学における不確定性原理)
が入り込む事で、その公理系は無矛盾たり得る」というものです。
つまり「公理系が不完全であるか、その言明が無矛盾たり得ない
かのどちらか」という事で。

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ただ、そうして「誕生」した世界自身に不確定性原理によって、
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論理的世界像は成立する、というものである。

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Aと非Aを同時に導かない)”について、それ自身の公理系の内
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