「邪馬台国推理行」(高木彬光著)、近年では「逆説の日本史」(井沢元彦著)などで、邪馬台国「宇佐説」が説かれています。私個人としては、とても興味深い説だと思うのですが、どう思われますか?

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A 回答 (10件)

補足見ました。


宗像については憶測程度の知識しか持ち合わせていませんが、
ekuboさんの説は面白いと思います。
「宗像」という姓を名乗る一族と、「神人」というキーワードを
見たことがあります。
沖ノ島と「宗像」市にもなんらかの因果関係がありそうですね。

佐賀大学から返答が来ました。
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この回答へのお礼

 長々とほんとうにありがとうございました。
>「宗像」という姓を名乗る一族と、「神人」というキーワード
これは、宗像氏に「神人」と名乗る人たちがいたということなのでしょうか。
想像力が妙にかきたてられます。できれば、向こうのページで詳しく教えてください。お願いします。

お礼日時:2001/03/14 21:12

古田武彦氏の「邪馬台国」はなかった を読んでから、もう一度、「邪馬台国推理行」を読んでみては如何でしょうか?



内容はネタばれになるのでここでは触れません

ちなみに邪馬台国推理行が後に発行されています。

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~yw8a-kndu/html/touse …
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こんにちは。


在学中の恩師からメールが届きました。実はekuboさんに間違ったことをおつたえしていました。お詫びいたします。下の恩師よりのコメントをご覧下さい。

>最初から君の記憶違いではないかと思っていましたが、やはりそのとおりのようで>す。つまり君たちの学年で、古典関係で九州大学名誉教授を講師に迎えたことはな>かったのです。私の推測で、その先生は、古典語か文学特殊講義かでしょう。も
>し古典語か方言学だと、愛宕先生になりますが、先生は長崎大学の名誉教授です。>また文学特殊講義だと、その年にだけ見えられた佐賀大学名誉教授の米倉利昭先生>ではないでしょうか?講義の内容と話されるスタイルから、米倉先生のような気が>されます。声もよく通るおもしろいお話をされます。もう一度記憶を丁寧にたどっ>てみて下さい。

とのことでした。恩師の指摘どおり、私が九州大学名誉教授と勘違いした方は、
佐賀大学名誉教授、米倉先生でいらっしゃいます。大変失礼致しました。

これで講義をなさった教授のお名前まではわかりました。
これを切り口に更に調べたほうが良いことがありましたらお知らせください。
今はこちらの教授あてにメールが送れるような方法を探しているところです。
佐賀大学のHPアドレスを載せておきます。

参考URL:http://www.saga-u.ac.jp/
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この回答へのお礼

 ほんとうにありがとうございました!!感激です!!!

>これを切り口に更に調べたほうが良いことがありましたらお知らせください。
 甘えついでにもう1つお願いしちゃいます。
 「宗像氏」
  ムナカタ→胸形→胸の形
            ↓
  ムネ→ウネ→ウネル→波→海→海人族→アマ→天⇒アマテラス、アメノ~(天孫族)
 ウサギは沖ノ島から九州へ渡って来た。天皇家は、半島から日本へ渡って来た。

 この推論は、成り立つでしょうか。強引でしょうか。どう思われますか。お聞かせください。

お礼日時:2001/03/12 15:06

こんにちは。

お待ちいただけるようで恐縮です。
現在大学に在籍していらっしゃる教授が調べてくれるとメールが来ました。
期待できそうです。
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> 因幡の白兎の童話は、海水の禊のあと、真水で体を洗うという古代の神事を表し>ているのだ、と何かで読んだように思います。

これが、海水・真水の両方の禊とも>考えられますよね。

ekuboさん、鋭い。
そのとおりです。ekuboさんの見解を見て講義の内容で教授がそうおっしゃったことをおもいだしました。
かなり私の記憶はうすれてます。申し訳ないです。
大学から問い合わせの結果が来ました。ここ1,2年、件の教授の講義はなかったらしく、大学職員の記憶に残ってないみたいです。かなり書類を遡らないとわからないといわれました。もともと客員教授だから仕方ないのかもしれないけれど・・・。
ごめんなさい、これ以上お時間もらってよいものか・・・と思いますので、ekuboさんが「もう、望み薄!」と思われたときは締め切られてくださいね。
一応同期が調べつづけてくれてはいますが・・・。

ekuboさんの見解は筋が通っていて大変興味深いです。一理ありと思います。
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この回答へのお礼

 ありがとうございます。
 件の教授がお書きになった論文、書籍など是非とも読んでみたくなりました。根気強く待ちます。お願いします。
 同時に、教えて!goo に教授のことを質問してみます。どこかでヒットするかも知れませんよね。
 ますます「邪馬台国・宇佐説」に興味が出てきました。

お礼日時:2001/03/11 22:56

大学からは音沙汰無しですが大学の同期が調べてくれています。


でも大学教授の名前がわかるていどのことしか分からないかもしれません。

この回答への補足

 ありがとうございます。
 因幡の白兎の童話は、ご存知ですよね。「ワニに酷い目に遭わされたウサギは、八十神の教えに従い、海水を浴び丘に上って風に吹かれた。しかし、いっそう傷が痛んだ。そこへやって来た大国主命に真水で体を洗い、ガマの穂を敷いて寝ているよう言われる。すると、たちまち傷が治った」といった話です。
 しかし、古事記には稲羽の「素菟」と書かれていて決して、「白兎」ではない。そして、「菟神」とも書かれている。また、ワニにかまれた傷に海水がしみて痛かったとは一言も書いておらず、あくまでウサギは海水を浴び、風に身をさらしたので体が痛んだ。
 宗像大社には沖ノ島から神を船で大島と田島に迎える「みあれ祭」があります。船のことを「ワニ」とも言うそうです。菟神をワニに乗せて海を渡る。まさしく、因幡の白兎のお話です。
 ウサギが住んでいたのが出雲の隠岐の島ではなく、玄界灘に浮かぶ孤島の沖ノ島であり、ウサギは丸裸になって、海の禊をした。強風が吹く丘に上る。風の冷たさが骨身にしみる。苦痛。その後、真水で体を洗う。何とも心地よい。
 因幡の白兎の童話は、海水の禊のあと、真水で体を洗うという古代の神事を表しているのだ、と何かで読んだように思います。これが、海水・真水の両方の禊とも考えられますよね。
 そして、「菟神」は、「宇佐の神」つまり、宇佐神宮と関係がある。日本書紀にも宗像三神は宇佐嶋に降りしたと書かれている。
 こう考えると、前回snowairさんがおっしゃっていた「海水と真水の両方の禊を行うところが、古代日本の神事の中心だった時代があるのだろう」とも関係するのではないかと思うのですが。強引でしょうか。いかがでしょう。

 

補足日時:2001/03/09 14:00
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沖ノ島だった気がします。


今大学に問い合わせ中です。
もう少しの間締め切らないで下さいね(^_^;)
自分も再勉強になってためになってます。
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補足見ました。



ごめんなさい、4年前の話なので細部まで覚えてないのです。
キーワードを提示しますので、参考にしてくださると助かります。

・講義は長崎県長崎市活水女子大学文学部日本文学科(本年度で廃止学科)でおこ
 なわれた
・講義を担当したのは客員教授、九州大学名誉教授だったが、申し訳ないことに
 お名前を覚えていない
 その名誉教授は
 「にきたつにふなのりせむとつきまてばしおもかなひぬいまはこぎいでな」
 と仮名のあてられる額田王のまちがいを指摘した有名な古典研究者
 (ちなみに正解は
 「にきたつにふなのりせむとつきまてばしおもかなひぬいまはこぎこな」)
・参考文献として名誉教授は岩波文庫の緑色の表紙の本を提示されていた
・たとえば因幡の白兎がだまされて海の水で体を洗う話があるが、あれが海水で
 禊をする風習を表すので九州を出ると海水の禊の地方と大別できる
・その島は女人禁制、名誉教授は島の社の主に許可を得て、船で渡った

ほんとにぼやけた部分しか覚えてないですね。ごめんなさい。以下に不真面目な学生であったか・・・。
かなりレベルが高く充実した講義をなさる教授でしたので、同期生で内容を良く覚えている友人がいるかもしれません。あたってみます。

この回答への補足

 「九州大学、因幡の白兎、女人禁制」から考えて、それは、もしかして、玄海灘の孤島「沖ノ島」ではないでしょうか?よろしくお願いします。

補足日時:2001/03/07 17:21
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禊(みそぎ)ってありますよね?


あれは、大別して海水で行う地方と真水で行う地方があるのですが、
そのどちらもを行う島があるのです。
それが福岡の朝鮮半島に面した島であるという講義を大学の時に受けました。
元はどちらも行うべきものが地方に伝わる時に別れたそうで、どちらもを
行うところが、古代日本の神事の中心だった時代があるのだろうというのが
教授の見解でした。

だから邪馬台国が九州であったことはまず間違いがないとわたしも思います。
第一魏志倭人伝にのるためには中国大陸とそんなに離れてないところじゃないと
古代むつかしかろうと単純に思いますしね。

宇佐はたしかに邪馬台国があった場所として有力です。
が、
どうも由緒ある宇佐神宮の存在が、むりやり古代ロマンとの結びつきを
つよめちゃいないか?という気がしないでもない。でも大分県人は
卑弥呼の里とかいわないですけどね。ほとんど。一万円札の里とはいいますけど。

宇佐は邪馬台国の勢力の及ぶ一地域ではあったはず。
卑弥呼が実在したのか?
したならば彼女はどこから国を治めていたのか?っていう卑弥呼の所在となると
まだまだ動かぬ証拠がでるまで怪しい気がします。

でも古事記が架空の書物といわれた時代があり、発見されたいきさつがあるので
卑弥呼の実在を知らせる遺産がでないかなあと夢見てしまいます。

この回答への補足

 海水と真水の両方で禊をする島があるのですね。何と言う島なのでしょうか。とても興味があります。教えてください。

補足日時:2001/03/07 14:09
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邪馬台国じたいが、どこにあったか、ということは大きな問題ではないと思います。

たぶん、その時代には、邪馬台国と同じような国が九州にも近畿にも出雲にもあったのでしょう。(私個人は九州だろうと思いますが)
それで歴史が大きく変わるわけではないはずですが、(ご当地あらそいはそれとしておもしろいけど)
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この回答へのお礼

>邪馬台国じたいが、どこにあったか、ということは大きな問題ではないと思います。
 う~ん、そう言われてしまうと、見も蓋もないというか・・・(苦笑)。
 ただ、私にとっては、すこぶる興味・関心をそそられる内容なのです。 もちろん、nozomi500さんのお考えも1つの意見として聞かせていただきたいと思います。ありがとうございました。

お礼日時:2001/03/07 14:04

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