いつも、人間関係でも、仕事でもなんでも、こういうところがいやとか、
いやな部分ばかり、目に付いてしまいます。
自分のことも、いやなところばかりが気になって、自分のことを好きになれません。
自分のことを好きになれないせいか、自分のことを気にかけてくれるひとは、
とても、好きになることができますが、あんまり親しくない人とは、こういうところがいやって、いやなところに目がいってしまいます。

もう、こういうマイナス思考的な考え方をやめたいと思っても、どうしても
プラス的な考え方が思うようにできません。

どうすれば、人を裁かず、おだやかな人間になれるでしょうか?

明るくいつも人を笑わせてあげられるような、柔軟でやさしい心になりたい
と思いながら、
いつも、「どうせ、あんまり好かれないし」って、わざと嫌われるようなことを
する傾向もあるとおもいます。

何かアドバイスをよろしくお願いします

A 回答 (11件中1~10件)

私もずっと同じ症状で困っていました。


人ごとではなく、本当に人間関係に困って転職がはや10箇所はあるでしょうか。
第一印象で嫌われる人も居たし、こんな所が嫌だとばかり思ったし、
人一倍自分が駄目な奴でいつどんな場面でそれが露見するかと思うと
心がサクサクして何事にも前を向けなかった。
プラス思考の人からは必ず考えすぎだよ、もっと気楽にとアドバイスを受けて、
その気楽にだとか考えすぎだとかは自分が一番良く知っていて
それすらストレスに感じて堂堂巡りで生きてきた感じです。
でも、今私は幸せです。
幸せにやっとなれたと言う感じですかね?
でも、多分、私の考え方を聞いた人はまだ治ってないというかもしれない(笑)。
でも、経験者として一応私を変えた転機をここに書きたいと思います。

ずっといじめられっこで、人から嫌われやすくて、人が怖くて、人が嫌いで。
そんな私は今も多分…というか確実に人との接触を好むかと言われたら好みませんが、
でも、周りの人に嫌われなくなりました。
不思議な事です、自分の中の考え方が変わったら人も勝手についてきました。
今まで人と比べて、人を見てしか色んな物事を判断出来なかった自分。
人を基準にするから駄目なんだと言われてもそれが世間と言う物でしょうとも思ってましたし。
でも、実際、自分の物差しを使えるようになってからは
人一倍運が無かった人なのに、運が向いてきたり、チャンスがあったり、
人が進んで友達になろうと言ってきてくれたり。
どうしてそうなったのかと言うと、人を色々分析して嫌っていたからでしょうか、
プツンと切れてしまったんです糸が。
突然、ひらめいたんです。
”私は弱い、私は弱い事を認める、だから人が弱いのも認めよう”
弱くてはいけないと言う考えは捨てました。弱くて良い。
相手の弱さを受け止める強さを得たら良いんだって。
すごく嫌な事が起こった時に自分もきっと逃げるんだと思ったら
相手が逃げる事を選んでも当たり前だと感じるようになった。
それは人の欠点ではなくなった。
相手が自分に対して嫌な事をしてきたら”成長してないんだね”と思うようになった。
ちゃんとした大人でない人に脅威は感じないんです。
相手が正しければ直さなくてはいけない、それに目を瞑って逃げようとしたら
一杯傷つくだけ、でも、苦しくても目を背けずに自分の中の自分と話して
ちゃんと自分がいけなかったんだから今ここで改心すれば
それは一歩素敵なしっかりとした人間に成長できる素晴らしい事だと思えて。
しっかりした人間になれるという事は、脅威を感じる人間もなくなる。
しっかりした人間になれるという事は、自分に自信がもてる。
自分が間違った事をしていないなら自分の定規で人生を選んで行く事も出来る。
一番難しいと思ってきた事が全て覆された瞬間です。
初めて会う人に嫌われないかなぁ?なんて思って居た頃と違い、
この人は”私に合う”人だろうか?と思えるようになったし。
私に会わない人でも私の友達には合うんだと言う事も。
嫌なムードを押してくる人には気づいていないフリをして
幼稚な行為を恥ずかしく思うように何時も笑って対応しています。
ようは50%50%ですよね★
相手がいい人だったら私もいい人で居るのが当たり前。
相手が常識の無い人だったらそれだけの対応で良いと言う事。
気分に乗せられていけずをしてしまったり、そんな自分を戒めていけば
ちゃんと自分をコントロールできるようになればきっと幸せになれると思います。
相手を受け入れる事を望むより、多分、自分で誰かに依存せずに
ちゃんと自分に自信を持てる人となって行く事が一番良いと思います。
人それぞれ、人生は楽しむべき、そんな単語は私には関係ない、
実感がわかない、そんな事許されない、だって自分は最悪な人間だから。
そう思ってしまっていた頃より随分楽に生きられるようになりましたよ。
自分が嫌いな自分はきっとドロドロとした部分。
人をうらやむ気持ち、人を恨む気持ち、そんな全てを当たり前じゃないかと
そう思えるようになれたら良いと思います。
人は誰でも人を恨むし、人をうらやむんだと思います。
それで良いんだと思います。
そして、それを良いんだと決断するには、
きちんとした価値観を持ってこそわがままにならないんだと言う事。
間違った事でも仕方ないじゃない嫌なんだからじゃなく(笑)。
間違ってるなぁ~でも、嫌なんだけど、でも、現実その選択が正しいんだって
そこまで考えて知っていれば良いだけなんだと思うんです。
その最後の部分から目をそらしたら
不安で仕方がなくなるんですよね自分自身の中身に…。
最後まで物をみて判断できるようになればちゃんと穏やかに
楽しく、勝手に人が集まって来るような人になれると思います。
勝手にだらだらとすみません(笑)。
つまらないアドバイスになりましたが・・・がんばってください!
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★alamoana★と申します。



もしかして,lllさんは,
ご自分の性向にたいして,
「幼稚なまでの(失礼!)完全主義」
という形容が当てはまるとお感じでしょうか?

だとすれば,私(alamoana)が別の方のご質問に
回答しているものがご参考になるかも知れません。
以下のページをご参照ください。
私の回答は3つありますので,
下から読んでいただくと良いと思います:

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=40253
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いやな部分ばかりが見えてしまうのではなくて、いやな部分をそのつど改善しようとする勇気が無い、という風に見えました。



本当は指摘したい→人から好かれたいから指摘しない→相手や自分に指摘せず、「行動に移さないから」改善されない→ますます目につく→本当は指摘したい

こんな悪循環ではないでしょうか?

目についた問題をうやむやにしたまま無理にプラス思考で乗り切ろうとしても、できるはずがありません。
怖がったり人の目ばかり気にしていないで、悪いと思う点があるのなら、改善するための行動をきちんと起こしてみてください。
ダメでもメゲたりしないで、根気良く。

自分と周囲の利益のために協力してほしい、というスタンスであれば、相手も納得してくれる場合がありますし、言いにくいことを言ってくれたと逆に感謝され頼りにされることもあります。
最初はちょっと渋い顔はされるかもしれませんが、特に仕事面での改善なら喜ばれることの方が多いですよ。
それに、そういう働きかけの中から、自分の偏見や思い込みも周囲から指摘してもらえ、視野が広がりますから、一石二鳥です。

今時の日本では、悪い点をガツンと指摘できる人というのは少なく、貴重な存在です。
いやな部分が見えるというのは一種の才能だと思って、それを堂々と周囲のために役立ててみませんか?
それができる自分が好きになれますよ。
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人にはいやな面があるからこそいい面が際立つとおもうし、完璧な人なんていません。

そんな人つまんないよ。いやな面も深刻にうけとめないで、「私っていやなやつー!(笑)」くらいに思っておけばいいと思います。人を裁かずってかいていますが、そうするにはまず、自分を許すことです。自分のなかにある欲やわがままやずるいところも全部ゆるしてあげましょう。心から許すのです。最初はきついかもしれませんが、大丈夫です。きっと明るい人になれますよ。そして、人のことも許せて愛しく思えるようになりますよ。あと、嫌いな人がいてもイーじゃないですか。わたしなんてたくさーんいますよ。そういう部分も楽しんでいきていきましょうよ!あなたはとても純粋な素敵な人に思えます。あと、暇はいけません。1日のやることリストをふやしましょう。自分がいやだとか考えてる場合じゃなくなってきますよ。
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この回答へのお礼

心から許すことですね。。。
友達にも、自分に厳しいから、人のことも許せないって
言われました。
ゆるす。そのことを忘れず毎日「ゆるすゆるす」って
行こうと思いました。

こんな私のために本当にありがとうございます

お礼日時:2001/03/06 21:10

人間みな同じではないのです。

あなたにはあなたの、私には私の価値観があるのです。他人の価値観を認めることによって自分の価値観にも自信が持てるのです。
とかく日本の幼年期、少年期の教育はみんな同じことがいいことだとする風潮があります。たぶんあなたもそういう環境で育ったのでしょう。だから、人が自分と違うと認めることができないのです。幼い頃だったら「あの子嫌い」で済んでいたのが、成長するに従って他人といろいろな面で関わっていかなければならない状況に置かれて、自分とは違う他人の価値観を認めたくない反面、そういう自分にも嫌悪感を感じるのだと思います。
まず、とりあえず他人のことは放っておいて自分のことを中心に考えてみましょう。これは一見逆のようですが、あなたの自我がはっきりと芽生えていないために自分に自信がなく、他人も認めることができないのです。自分に自信があったら、他人がどう思おうと、どう考えようと自分には影響しないわけですから、腹も立たなくなります。
もっと自分を磨いて下さい。
本を読んだり、映画を観るのもいいでしょう。芸術作品を鑑賞するのもいいでしょう。
世の中には自分には理解できないような考え方が多く存在することに気が付くはずです。理解できなかったとしても、その考え方の存在を認めることはとても大事なことなのです。でなければ国際交流なんてできるわけないですよね。
自分にもっとたくさんの情報をインプットして、自分の価値観を高める努力をしてみて下さい。そして、常に自分とは何かということを自問自答してみて下さい。
そうすれば、自分は自分、他人は他人としてお互いの価値観を認め合うことができるのです。
気の合う者同士で仲良くやっていくのは、幼稚園児でもできます。でも日本社会では大の大人がそんな状態です。そういう大人たちから影響を受けて育ったあなたはむしろ犠牲者であるのかもしれません。
英会話スクールのレッスンで話題になるのが日本人の特徴で、self-confidence と own opinion が足りないということです。(意味は辞書で調べて下さい)
欧米では価値観や意見が違っても仲良くすることは可能です。何でも欧米化しろとは言いませんが、良いところは積極的に取り入れていくべきだと思います。
少し大げさなアドバイスになってしまいましたが、わかっていただけたでしょうか。
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アドバイスではありませんが、



相田みつをさんのことばには、自分を好きになれることばが
たくさんたくさんあります。
たぶん、ここに書いたらいけないんで(よくわからないけど)
書くことは出来ませんが、よかったら、本屋でみつをさんの本を探してみてください。
今は、単行本も出ていますので、お手ごろな値段で買えます。
絶対、おすすめです。
明るくいつも人を笑わせてあげられる、柔軟でやさしい心になれるとおもいます。
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「まずは肯定してみよう。

否定はだれもができること」。逆も同じですが、わたしの好きな言葉です。
嫌いな相手はまずいやなところを肯定してみることです。人間を100%肯定できない人間は、そうそういませんよ。いたら財産になります。
財産だと思ったら、それは相手のどこかを肯定したことになります。肯定できなくとも、なにか発見があるかもしれません。

まずは相手をよくみることからはじめてはいかがでしょう。でも、これではアドバイスになってませんね(^^;
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好きな人ばかりのいる生活の方が難しいのではないでしょうか。

それに自分に自身がある人も結構少ないのでは?自分に自身がある人は下手したら傲慢だとか自己中だとか思われる事だってあります。

”好かれよう”と思いながら過ごすのはとても難しいと思います。家族だって一人一人考え方や好き嫌いが違うのだから学校や会社だって様々な個性の集まりなので、好き嫌いがあって当然。無理して明るくふるまったりみんなにやさしくしていたら自分がしんどくなりますよ。違う人間を演じているようなものだから。

やはり自分のペースでいるのがいいのではないですか?
”わざと嫌われるようなことをする傾向がある”とご自分で気づかれているなら、とりあえずその考え方から少しずつ直していってはどうですか?人を裁くなんてそんな重苦しいことしてるわけじゃないと思いますよ。好きじゃないけどこれを言ったら、これをしたら嫌かな?と思う事はしないようにするとか。アドバイスになってないかもしれませんが。。。
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察するにまだお若いようですが、そういった悩みはいつかは解決するものです。

で、このいつか、というのは人それぞれですが、とにかく経験をいろいろと積むことです。
本から学ぶこと、人から学ぶこと、いろんな経験を積み、自分自身で経験が伴わないことには学習は出来ません。人の嫌な部分しか見えてこないのであれば、今はそれで十分だと思います。ただ、その見方に一言いわせてもらえば、嫌な部分が見えてきたら助けてやってもいいんじゃないか、と思うんですがどうでしょうか。自分自身で悪いところがあれば反省し、相手の悪いところが見えれば更生させてあげるぐらいの心持で接してあげたらどうでしょう。
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人間関係のいやな部分だけ見えてしまうのは、わかります。


私も同じ感じでした。いやな部分だけ、見えてしまうのです。自分も含めて・・・。

自分が一番変わったのは、2年間休んでいました。休んでいたという言い方は正しくないのかもしれませんが、正確には2年間何にもしないで、ずーと家にいました。いろんなことを考えてました。ずっと、毎日毎日・・・

2年ぐらい経ったときに、ある拍子に、普通の生活に戻りました。
そのときに、本当に驚きました!!

自分が、いろんなことが見えるようになっていたんです。一言で言えば、柔軟な心ですね。すっごい、気が抜けたような感じでした。
考えすぎたせいの反動か、それかただ単に成長しただけなのかは、わかりませんが・・・

私が思うに、考えない事ではないでしょうか。
この人は、どういう人なんだろう?とか、自分ってどうしてこうなんだろう?ってこととかを、考えないようにすればいいのでは?

自分は、自分だから仕方がない!って腹をくくるしかないですよ。そうすれば、きっといつか、優しくなれると思います。

すいません、自分のことや、勝手な意見ばっかり・・・
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この回答へのお礼

考えないこと。そうですね。

確かに考えすぎだよってよく言われます。

これからは、つとめて考えすぎないようにしようと思います。

本当に、こんな私のために返事をありがとうございました。

お礼日時:2001/03/06 21:01

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