「夫を成功」へ導く妻の秘訣 座談会

世の中に、物事を考えずに、きめ細やかでなくて、精神構造が荒くて、洗練されていなくて、一言で言って粗野な人っていますよね。粗野でかつ自分勝手でずるく性質も悪いひとがいます。そういう人の存在理由というのはどういうところにあるのでしょうか?

逆に、その反対の人たちの存在理由は?

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A 回答 (23件中1~10件)

こんばんは。



#6のお礼の中で
>仮に、あなたが快楽殺人犯人の傍らにいて、彼に対して感じる感情を、自分自身の投影だなどと考えるナンセンスを、どうして得意げにいうのでしょう?

#6の回答者さんは、「得意げ」には言っているのではなく、一種の宗教的な観点から言ったものだと思います。このような議論は、ずいぶん古くから、続いています。今さらなのですが、例えば、この議論は、日本の死刑制度論争と似ています。キリスト教のような人道主義というのは、日本ではなかなか広がりません。反論は、現実論で必ず応酬してきます。「あなたの家族が被害者にあったら、そういえるだろうか。」という、情念に訴えかけるような言葉が必ず出てきます。

昔、作家の三島由紀夫さんが、ドイツの反ナチスの平和主義運動が、どれほど過酷なものだったのか、日本人は知らないで平和運動しているという話をしていたことがあります。いずれにしても、実態を踏まえないで、理想論や仮定の話をしていくと、話が現実から離れて、ヒートアップしてしまうようです。

「快楽殺人犯人」というような極端な例を持って、ご自身の主張を推し進めようとしたいのは、たぶん、ご質問者さんに、憎むべき対象があって言っているのでしょうし、それを、ここの場で、その前提を抜きにして一般論に広げても、話がすれ違ってしまうものだと思います。しかし、その憎むべき対象の話を持ち出したら、ここの場の主旨とは違ってしまいます。

あえて、もう少し身近な現実的な話に狭めていくと、この社会には、性格異常、または、境界例という人たちが野放しになっています。性的異常者だけではありません。その人たちは、周りの温情というか、我慢によってすくわれているだけで、身近な人をいつも困らせています。

例えば、『ドラえもん』に登場するジャイアンも、ある意味では、困った人間の典型だと思います。大人の目からは、許容範囲かもしれませんが、子供どうしの中では、はなはだ困った人物です。彼が身近な同級生から、持ち物を借りると称して、それを奪ったり、暴力で怪我をさせたりしたものは、許しがたいものがあると思うのです。ジャイアンの親も、家の仕事を暴力で従わせる、子はその腹いせを、また、近所の子供たちに向けるのでは、それでは、本来、その親自身含めて、社会的に許されるものではないだろうと思います。一番いけないのは、誰も、彼をきちんと教育したり指導したりする人間がいないのです。

ジャイアンにも良いところがある、一方的に悪者にするのはおかしいというような論法で、「擬似的な平和な世界」でまとまりを付けられるとは、私は思っていません。一時期話題になった「騒音おばさん」も、その一人かもしれません。彼女にも二面性があります。報道では、際立った部分が強調されていることは事実です。しかし、ジャイアンと同様に、理由なき・正当性のない罪を冒し続けていたことには違いありません。

精神科医の町田静夫氏は、精神疾患は治療することができても、性格異常は治療することは困難だと言います。現実に、そういう人たちがいることで、いずれは危害が加えられることには間違いないのです。それを、攻撃は最大の防御として、被害者と加害者が入れ替わったら、それでは、本末転倒です。ただし、いくぶんは、同情すべき部分はあると思うのです。

いずれにしても、私たちの多くは、そう簡単に、善悪や要・不要で二分化して、人に対する「存在理由」のある・なしなどを論議したり、判定できるような立場にはいないように思うのです。「存在理由」を問うことになれば、その人の「存在」をなくしてよいということを、正当化する論理に結びついてしまうことになってしまいます。「存在理由」とは別の次元にあるからです。私は、ここで結論を出そうとは思いません。

ただ、私は、裸の王様に対して、「あなたは服を着ていない」と、モノをいえるような勇気を持つことは必要だと思うのです。この国は、そういう発言をした者を、社会的に抹殺してしまう傾向が強いようです。それはムラ(村--ボケに近い長老の日和見主義で、事なかれ主義がまかり通る)社会だからです。「和を以て尊しとする」で、和を壊したものが悪者だとするのです。法律も人を守るためではなく、力のあるものを守るようにできているようです。

もともと、人に「存在理由」を求める必要なんてないのではないでしょうか。そういう人たちと、どう向き合うかということではありませんか。
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この回答へのお礼

大変建設的な意見を伺いました。
問題の設定自体に問題があったのかもしれません。
まさに結論は、「そういう人たちとどう向き合うか」
つまり、社会に対する効用とか、プラグマティックな思考法を放棄することが必要なのかもしれません。

おっしゃるように、日本では人道主義はだめですね。偽りのものしかできない。それはまさに、最終段でおっしゃる、村意識、日和見主義の支配からだと感じています。絶対善という観念がない。一種キリスト教的な絶対者、絶対対象あるいは理念、そういった至上のものを設定したりはしない。中道といえば聞こえはいいですが、それよりは安寧、妥協が支配しています。実態を踏まえない議論、反ナチスの陣営のずるがしこさや非常さもちょっとかいま知っています。もっと、学んでからものをいえと。しかし学んだ言動はうるさがられる。
#6のなかで言ったのは、無責任に投影じゃない貨などという自己陶酔的な回答に対しての反論として出したまでで、具体性をかんきすれば、そんなはずはないという反証を示したかっただけで他意はないのですが。

ジャイアンによいところもあるが、そんな「よいところ」は別に問題じゃない。実際の被害が問題なのである。そういう具体性と建設性をピックアップしなければ何の駅もある議論になりませんよね。しして、その有益性をいつも一般論的には回避する傾向が高いように思えます。


あなたが被害にあったら=もはや倫理観の議論ではなく、パーソナルな強迫観念への移行ですね。なさけないことです。

お礼日時:2009/04/03 08:35

#22です。



>それはおそらくそうなのでしょう。しかし、実際問題としてそれで精神的打撃を与えるわけです。
:打撃を与えるものは、まず自らが与えられているもののはずです。
それを知ったことかと考えるか、状況が違っていれば自分がその立場にいたかもしれない、と考えるかで随分違ってくるでしょう。
対処法は個人の自由だと私は思いますが、少なくともそういった事実だけは認識しておく必要があると思います。

>そういう反作用性があえて言えば存在理由かと思われます。
:これは気休めというか、無理筋じゃないでしょうか。
そう考えれば気が楽になる、ということはあるでしょうが気付け薬のようなもので根本的解決にはつながらないように思います。
それに、存在に理由などはないと思いますけどね。
 
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この回答へのお礼

恵みを受けているというのは、たしかにずいぶんとそうでない場合よりも根本的効果はありますね。人間支えられ方によっていかようにも変わりえます。不公平が世の中にあるということをつねに心に留めておくべきなんでしょう。

お礼日時:2009/04/06 08:58

この場合だけに限らないのですが、全ては生育環境という要因に負うところが多いと思われます。



「粗野」の要因は、愛の枯渇でしょうね。
愛の枯渇によって必ず粗野になるかと言えば、そうではないでしょうが、刺激としての枯渇が本人のキャパシティを超えるほどのものだったということは言えるでしょう。
与えられなかったものを与えることは難しいものです。
粗野であろうとして粗野なのではなく、ただ愛を知らないから、というのが実際のところではないか、と推測できるのではないでしょうか。

つまり、基本的にはですが、本人の責任性は薄いわけです。
恨んだり憎んだりしても意味がないのはそれゆえです。
 
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この回答へのお礼

それはおそらくそうなのでしょう。しかし、実際問題としてそれで精神的打撃を与えるわけです。そういう反作用性があえて言えば存在理由かと思われます。

お礼日時:2009/04/06 00:44

一回一回納得しながらでないと何も出来ないからここで質問している


のですか。どうでもいいことは流す癖をつけましょう。
そのほうが人から好かれますよ。
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この回答へのお礼

ご苦労さまですw

お礼日時:2009/04/06 00:45

私は仕事柄、一般人以上に粗野な人を相手にする確率が


高い仕事に従事しています。
そこで感じることを書かせていただきます。
人生は、同種の人ばかりの集まりだったら、つまらない。
何の疑問もなく成長も期待できない。
(でも、宗教などで、同種の思想を布教することで、
世の中を安定的に幸せを導こうとしていますよね?)
即ち、成長とか発展とかを促すために、粗野な人がスパイスとして
存在するのではないでしょうか。
また、こうした異端児がいることで、
まともな人を、よりマトモあるいは、
あんな風じゃなくて良かったねと
印象付けるためのスパイスとして存在するのでは、
ないでしょうか。
だから、発展を促す為と良いものを保存の為に、
自然の法則として(神様が)、粗野の人を少し存在させているのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

わかります。
いびつなものが混じっている党ことで刺激剤になりますからね。行動意欲とか反面教師性とか、より社会が発展していくために原動力となることは確かです。

お礼日時:2009/04/05 08:58

理由って無理矢理付けるもんだから気にするな

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>問いかけるのはいいけど、質問と関係ない回答だよ。



ここまで言いたくはなかったけど
自分自身に問いかければそのまま

>物事を考えずに、きめ細やかでなくて、精神構造が荒くて、洗練されていなくて、一言で言って粗野な人っていますよね。粗野でかつ自分勝手でずるく性質も悪いひとがいます。そういう人の存在理由というのはどういうところにあるのでしょうか?

の回答になるのではないですか?
自分はなぜここに存在しているのかと
質問文においても回答においても
論理的な脈絡のない文章を連ね洗練されない思考や精神構造の粗さがみられるからです。

応援はしてまっせ。
だから回答するのです。
棒にも箸にもかからんと判れば人は放置するもんさ。

この回答への補足

>質問文においても回答においても
論理的な脈絡のない文章を連ね洗練されない思考や精神構造の粗さがみられるからです。

具体例を引用してください。粗野で洗練されない思考の持ち主に対してそのくらいしないと理解させられませんよ。あと、補足のほうの「質問者はニュートラルである」という定義に関して賛否を示されたい。質問者を、例えあざける心がなくても貶めるような行いは、まったく洗練された人間のやることではないことにも気付くべきことです。それとも、自分は下種な人間であることを自認してやっているのですか。

補足日時:2009/04/04 12:50
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この回答へのお礼

一人二役はするわ、根拠もなくひとを貶すわ、まあ相当なもんだね!

お礼日時:2009/04/06 00:48

質問文



>物事を考えずに、きめ細やかでなくて、精神構造が荒くて、洗練されていなくて、一言で言って粗野な人っていますよね。粗野でかつ自分勝手でずるく性質も悪いひとがいます。そういう人の存在理由というのはどういうところにあるのでしょうか?

という問いに対して

自分はどうなんですか?
とその質問文をそのまま用いて貴方に問いかけたところ

>私はもう、高貴そのものですよw

という返答がありました。

高貴とは一体どんなこと?という定義もさることながら
高貴であるということと物事を考えない、きめ細やかでない、精神構造が荒いなどということは直接関連性は認められない。
さて
きめ細やかさがなく、精神構造が荒く、洗練もされてないのは誰?

>単なる自己主張で削除される危険を体裁だけ整えた質問で自己肯定ガス抜きがしたいのは誰?

まず自分に問いかけてみたらどうでしょう?

この回答への補足

私「garcon2000」が、質問文のような粗野な人間であることないことが、なんら回答には関係ないことがわからないのだろうか?質問者はここでは人格がないのだ。てんからの問題定義者、まったくのニュートラルな存在であることをわかっていない。

補足日時:2009/04/04 10:28
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この回答へのお礼

問いかけるのはいいけど、質問と関係ない回答だよ。
もう皮肉はやめたほうがいい。

お礼日時:2009/04/04 09:36

身勝手な行動を躊躇無く貫けるなら、突発的な自然変動が起きても生き残る可能性が高いです。


生物として、周囲を考える協調性と個体でも生き延びる独善性は、生き残る可能性を高める為の多様性でしょうね。

近親交配をすると遺伝子の揺らぎが大きく出るけど、近親交配=生存環境の悪化 と判断して機能する生態プログラムかもしれません。
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この回答へのお礼

わかります。
独善性は突出傾向であって、環境変化に対応できるのかもしれません。
結局自然っていうのは、広く対流することを本位としていますからね。近親交配ではその閉塞感が自然のよきところに導かれるのと反対です。だから、しっぺ返しということなのでしょう。

お礼日時:2009/04/04 09:35

人は見かけによらず・・という言葉があります。


この人がこんな事を、と思ってしまうときがあります。
私の知っている人で、粗野というか常にトラブルメーカーの人がいるのですが
ある時、事情があって仕事を頼みにいったのですが
まず大変親切で、こと細かく気配りをして相談にのってくれたのです。
この人がこんな人だったのかと驚いたことがありました。
人間て分からないものです。
いろんな面をもっているのかもしれません。
単純に粗野とか、そうでないとか言えないような気がします。

また、別の人で性格は違いますが、明るく大らかで荒々しい感じの人がいますが
これがまた、見かけによらず計算となるとずば抜けて早いのです。
なんでこんなに早いのだろうと思ってしまうことがあります。
また親切なところがあり
こんなごっつい男が以外と優しいのだなとも思う時があります。

ですから私は別に存在理由は・・とも考えたこともないのですが
十人十色でいろんな人がいるものだ、ぐらいに思っています。
それでいいような感じもしますが・・・
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この回答へのお礼

そうですね。
ただ、私が設定したのはそういうひとではなくて、どっから切っても粗野な面低俗な面しかないような人間ですね。そういうひともいっぱいあふれていますよ。

人は見かけによらない人もいる。見かけそのものの人もいる。見かけとぜんぜん異なる人もいる。しかし、「見かけ」というのもまた厄介ですよね。人間の社会的本能と直結する問題かもしれません。

お礼日時:2009/04/03 08:19

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Q加齢に伴う女性の粗野化について。

周囲を見ると、少なからぬ女性は加齢に伴い、言動が大きく粗野化してくるように思われます。
それは、長い人生で数々の修羅場をくぐり抜けてきた経験を通し、恥じらいや世間体を気にしなくなった結果なのでしょうか?、
それとも、加齢に伴う、感性の劣化など、何か脳の器質的な変容によるものなのでしょうか。
男性の粗野化もありますが、女性ほどの落差は無いように思われます。
具体的な説明が不足しているかもしれませんが、ぜひご教授ください。

Aベストアンサー

本来、女性の本質はいわゆる男らしく、勇気があって豪胆なのです。
そして男性は本来優しく、繊細で、感じやすく、
肉体的にも女性に比べて弱いと言われています。

過去5千年にわたり、地球社会は男性の支配に委ねられてきました。
その過程において、男性は否応なく、勇ましくあるべきと叱咤されてきました。
その男性が女性に求めたものは、
本来男性の資質である優しさであり、女らしさであり、母性であったのです。

女性は男性に従属して生きることを強いられた結果、
男性の求める女性像に、否応なく合わせて生きるしか術がなかったのでした。
女性が、「男性の求める女らしさ」を備えていないことは、
男性支配の社会では生きられないことを意味していました。
なぜなら女性は、男性に認められ、選ばれて「なんぼ」の「物」だったからです。

NO2の方も言っておられますが、
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それも男性支配の社会が要求する「女らしさ」に合わせて。
女だってあぐらをかきたいし、股を開いて楽に座りたいのです。
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恥じらいというものは、人間が本来持つ習性ではないことは確かです。

その証拠に、さまざまな文化によって、女性に求められる要素は異なります。
ブータンでは女性の足こそが魅力とされており、
日本では少し前の時代までは、女性のうなじが魅力とされていました。
アフリカの少数民族の女性は普段、乳房を隠しません。
それは男性がそうであることが普通だと考えているからです。
つまり恥じらいとは作られる意識であると言えます。

ですから、恥じらいや、ひと目を気にすることが、
女性が生まれつき持っている資質であるかのように考えるのは間違いです。
女性は本来、男性と違わないのであり、
誰からもそれを要求されず、批判されず、受け入れられるのであれば、
女性はもっと、もっと自由に生きられるはずなのです。


枠に自らはまることで、不自由に生きて来た女性は、
あなたが気づいておられるように、今、もっと自由に生きようとしています。
女性だけでなく男性も、作られてあてがわれた社会的な枠ではなく、
歳を沢山重ねるまで待たなくても、気がついた時点で、
本来の自分自身を生き始めてもよいのではないでしょうか。
長文で失礼しました。

本来、女性の本質はいわゆる男らしく、勇気があって豪胆なのです。
そして男性は本来優しく、繊細で、感じやすく、
肉体的にも女性に比べて弱いと言われています。

過去5千年にわたり、地球社会は男性の支配に委ねられてきました。
その過程において、男性は否応なく、勇ましくあるべきと叱咤されてきました。
その男性が女性に求めたものは、
本来男性の資質である優しさであり、女らしさであり、母性であったのです。

女性は男性に従属して生きることを強いられた結果、
男性の求める女性像に、否応なく合わせ...続きを読む

Q粗野

私は粗野である。
この粗野は変えられない。
粗野であるがままに生きる道とは?

Aベストアンサー

短い質問文なのでわかりませんが、「粗野」の性質によると思います。思いやりの欠如やマナー違反のことを言っているなら、改善した方がいいでしょう。しかし「粗野」が「文化的ではない」という意味なら、それ自体は気にする必要がないものです。というのも、文化的洗練などはアテにならないものです。自分の努力の他に、都会で生まれたか、高学歴か、名門の生まれかなど、環境的な要因も関係します。確かに東京生まれで、東大卒、父親が著名人となれば、その人の言動は意識せずとも洗練されています。代々学者の家系などとなれば、随分と様子が違うものです。
しかし各人の生には重みがあり、洗練され切らない粗野さが、人それぞれの面白さであるといえるでしょう。粗野であろうと文化的であろうと、立ち振る舞いは自分の人生の積み重ねであり、その一つ一つに理由を見出すことはできるはずです。ただし自称文化人らのコミュニティーは偏狭なようですね。エスニシティと呼びますが、私はそうした保守的な態度に懐疑的です。保守的な人ほど、大きなコンプレックスを抱えているものです。

視野を広げれば、洗練という概念など、美術史において、何度も流転しています。ヘーゲルにおける芸術の死、また小林秀雄による儚さの評価など、突出した評論家が現れると、通念そのものが変化してしまうものです。普遍的な洗練など無く、時代や国によって洗練の概念は異なります。他人の作った基準に当てはめて己を悩むだけ、虚しいものです。
洗練について一つ確かなことがあるとすれば、自分に自信をもつ根拠を自分自身で持てること――それだけだと思います。そのためには他人の真似などなさらず、自分らしさを改めて考えることだと思います。いっそ良寛のように開き直った方がいいでしょう。
よい俳句だと思いますよ。

短い質問文なのでわかりませんが、「粗野」の性質によると思います。思いやりの欠如やマナー違反のことを言っているなら、改善した方がいいでしょう。しかし「粗野」が「文化的ではない」という意味なら、それ自体は気にする必要がないものです。というのも、文化的洗練などはアテにならないものです。自分の努力の他に、都会で生まれたか、高学歴か、名門の生まれかなど、環境的な要因も関係します。確かに東京生まれで、東大卒、父親が著名人となれば、その人の言動は意識せずとも洗練されています。代々学者の...続きを読む

Q創価学会の人かどうかの見分け方を教えてください。

事情で、創価学会の人とできるだけ関わりたくありません。
(詳しくは書きませんが、かなり迷惑を被っています。)
これからいろいろな人と知り合いになると思いますが、
創価学会の人かどうか見分け方がありましたら、
知っておきたいです。

ちなみに自分なりに考えたのが、
・どこの新聞をとっているか聞く
・どんなスタイルの結婚式を挙げたかを聞く
(神式、キリスト教式だと大丈夫かも)  です。
最近知り合った人には、さりげなく聞いてみて一安心でした。

たまたま私の知り合った人が熱心すぎる人だっただけで、
学会の人全てを否定しているわけではありませんが、
この事にかなりナーバスになっていますので、
学会の方はお気を悪くされないで下さいませ。
あと、学会の批判ではなくて、見分け方のみご回答願います。

Aベストアンサー

学会会員です。比較的簡単な見分け方は.

1.死者がいないのに(紙製の)仏壇を持っている
2.木製の仏壇の場合は.つくりが派手(他の宗派の場合には.分家したときに作った仏壇をいつまでも使いつづけるので.結構古い物が転がっています)。
3.お守り.破魔矢.熊手.達磨等の縁起物を持たない・買わない(私のような例外もいますが)
4.命日など家族で遠距離の墓参りに行く。(近所の宗派の方は.命日の近くの都合のよい日に出かけます。)
5.若い人のばあいには.「宗教の話をする」。今の若い方々は.宗教関係に興味を持たないのが大多数ですから。
6.夕方特定の遊びまわるわけでもないのに集まる(勉強買いです)。若い方の場合には.酒飲んでカラオケで騒ぐのが普通ですが.これをしない場合です。
7.宗教(日蓮)関係のわけのわからない本がある。

Q男性に質問です。40過ぎた女性に女を感じますか?

表題のとおりです。
どんな年代の男性でもいいのですが
できれば40過ぎの男性だとわかりやすいです。
もちろん10代でも20代でも大歓迎です。

40過ぎた女性を「抱きたい」と思ったりしますか?

と、言うのも私は20代半ばなのですが、
夫は30代後半です。
もちろん夫の友達も同じ年代なのですが、
この間ちょっとしたシモネタ話で盛り上がったとき
「タメの女は抱けない」
「年上は絶対無理、お金払っても無理」
「しわとか見たら萎える」
「触った時点で萎え萎え」
「むしろたたない」
など、それはもうひどいことを言っているんです。
私は女ですから、かなりむかついてしまい
「あんたらだっておじんじゃん。」と
言い返したのですが「男と女は違う」といい
げらげら笑っていました。サイテーです。

でも、これが男の本音なのでしょうか。
自分が40になったとき、夫からは女として
見られないのかと思うと悲しいしむかつきます。
それとも、単に夫や友人が男として低い?のか??

皆さんはどう思いますか?
男性は自分が40過ぎ~50過ぎでも、
女は若いほどいいのですか?

表題のとおりです。
どんな年代の男性でもいいのですが
できれば40過ぎの男性だとわかりやすいです。
もちろん10代でも20代でも大歓迎です。

40過ぎた女性を「抱きたい」と思ったりしますか?

と、言うのも私は20代半ばなのですが、
夫は30代後半です。
もちろん夫の友達も同じ年代なのですが、
この間ちょっとしたシモネタ話で盛り上がったとき
「タメの女は抱けない」
「年上は絶対無理、お金払っても無理」
「しわとか見たら萎える」
「触った時点で萎え萎え」
「むしろたたない」
など、そ...続きを読む

Aベストアンサー

女性ですが、すみません。
私の周りが一般とは違いすぎるのか
40代、50代の女性が若く見えて美形で
ふってもふっても男が寄ってくるという
人多いです。会話も知的でこの女と話したい
という魅力があるので。みんな恋や不倫の
話に花が咲いています。
逆に20代、30代の身近にいる女性で
これといった魅力のある人がいなかったし
実際、彼氏いない人がすごく多いです。
20代女性はとにかく我儘で、男性から
嫌われている子が多く、30代は、子育て
髪振り乱しているような人が多く子供を
産んで間がないので体型も元に戻って
いないし、顔がやっぱり「お母さん」
やってます。でもそれはその時期はそれが
必要だから、いいけど又40代に入って
子育てが落ち着いてから
お洒落して恋心を忘れなければ、女性って
いくらでも輝きますよ。私も男性に40代の
女性をどう思うか、男性に聞いた事がありますが
ほとんどの人が若い女より魅力を感じると
言っていました。
芸能人では、やっぱり黒木瞳、由美かおる
秋吉久美子、吉永小百合、五十嵐淳子等って
すごい魅力的じゃないですか。同じ芸能人でも
若い頃綺麗でも40歳すぎてすごいオバサンに
なった人いっぱいいるので、その違いは
何かというと、「綺麗でいたい」という意識の
高さですよ。その意識があるかないかで
オバサンか、美女かって分かれてきます。
40歳になったら全員オバサンでは
ありません。黒木瞳なんかは、写真でも
綺麗に撮られる方法を知っているというから
美に対して敏感ですよね。

女性ですが、すみません。
私の周りが一般とは違いすぎるのか
40代、50代の女性が若く見えて美形で
ふってもふっても男が寄ってくるという
人多いです。会話も知的でこの女と話したい
という魅力があるので。みんな恋や不倫の
話に花が咲いています。
逆に20代、30代の身近にいる女性で
これといった魅力のある人がいなかったし
実際、彼氏いない人がすごく多いです。
20代女性はとにかく我儘で、男性から
嫌われている子が多く、30代は、子育て
髪振り乱しているような人が多く子供を
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Q鍋って何日くらいで腐りますか?

最近、一人鍋をしています。
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Aベストアンサー

一般的なおでん屋さんの汁は何年も繰り返し増量しながら使用しています。塩分は通常の鍋と大差ないですし、沸騰殺菌させることもありません。ということで、(ある意味で)永久に腐らない。

>腐ったら分かりますか?
二、三日加熱せずに雑菌が繁殖すると、酸味が出たり、加熱時に細かい泡が立ったり、異臭がしたりします。
注意して欲しいのは、毒素を出す食中毒菌(O157、サルモネラ菌)等が入るとすぐに危険な状態になりますが、外見や臭いからは判りません。この場合は当日でも危険。ご承知とは思いますが老婆心から。

Q感性ってなんですか?

ある人から、感性がとても良いので、そういうのを勉強したほうがいいと言われました。感性ってなんですか?Wikipediaや辞典をよんでもさっぱりわからず。。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

松岡セイゴオさんというひとのものを読んでいたら、感性について次のようなことが書かれてあって、なるほどと思いました。
ひとが何らかの刺激を受けた時の反応として感性はあり、感受したあとその人が何らかの違和感を持った時にそれが働く(のではないか?)というようなものです。

熱いものに触って「あっち!(熱い)」と瞬間的に手を放すというのがひとつの感性のパターンですが、真逆の例として、ベートーベンの強烈な楽曲を聞いて(心身に)何の反応も現れなかったというのがもうひとつの感性(の欠如)です。

あなたの場合、どんなものに対する感性がある人から指摘されたのかここではわかりませんが、おそらく音楽や絵画や、そういった一般的な感性を刺激する芸術作品に関してそういった普通よりも敏感な感覚を持っておられるということを言われたのではないかと思います。

そういった感性(感覚)は音に対するもの、形に対するもの、色に対するもの、言葉に対するなどなど様々なものがあろうかと思われますが、いずれにせよ勉強してそういう対象に数多く当たることでさらに感覚を磨いていくことは可能だろうと思われます。
よい才能をお持ちのようですから大事にされて進んでいかれることを願っております。

松岡セイゴオさんというひとのものを読んでいたら、感性について次のようなことが書かれてあって、なるほどと思いました。
ひとが何らかの刺激を受けた時の反応として感性はあり、感受したあとその人が何らかの違和感を持った時にそれが働く(のではないか?)というようなものです。

熱いものに触って「あっち!(熱い)」と瞬間的に手を放すというのがひとつの感性のパターンですが、真逆の例として、ベートーベンの強烈な楽曲を聞いて(心身に)何の反応も現れなかったというのがもうひとつの感性(の欠如)です...続きを読む


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