堀田善衛の「鶴のいた庭」を読み下していますが、
その中の複葉機の音の描写のイメージがつかめません。
遠くから「ブズブズブズブズ・・・」は何となくプロペラのうなる音かなと思うのですが、
近づいてくると「ぱっぱっ、ばっばっ」という音がすると描写しているのですがその音をイメージできません。
複葉機の出てくるDVDなど探してみたのですが・・・
飛行機の型はブレゲー型だそうですが、何かの操作音なのでしょうか?

A 回答 (6件)

「ブズブズブズブズ・・・」というのはちょっと分かりませんが(プロペラ音かも)、近づいてきたときの「ぱっぱっ、ばっばっ」というのはエンジン音だと思います。


ブレゲー(機体の形式)にどんなエンジンが載せられていたのかが問題ですが、稲垣足穂の「ヒコーキ野郎たち」に、ブレゲーの記述もありますが、ずっと後に「空冷V型2気筒のエンジン」の記述もあります。V気筒(多分120度?ですから平均した音にならず、2回爆発のあと一息置いたリズムになります。昔のエンジンは非常に回転数が遅かったのでこんなリズムの音になったのではないでしょうか。ちなみにクロガネなどの現存するロングストローク単気筒エンジン(もちろん空冷)のオートバイの音は「ばっ、ばっ、ばっ、ばっ--」という音です。

この回答への補足

エンジン音ですか。
しかもエンジンの種類にもよるとなると難しいですね。
聞いた事のない音なのでちょっと想像がつきません。
オートバイのエンジン音に近いのでしょうか?
これなら少しイメージできるような気がしますが。
日常に聞ける音で何か近いものはありますか?

補足日時:2009/04/14 00:00
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リバティーはリンクが変だったのでこっちで視てください。


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ブレゲー14型はルノー12Feエンジンだそうです。


水冷12気筒22リッター(間違いではありません)
という巨大なエンジンでこれを最大1600回転/毎分という低速で回します。
当時の常識としてあまり高回転を使わないで飛行機として必須である信頼性を得ているのだと思います。
最大出力は300馬力だそうです。
間近で聴いたらゴーッという爆音でしょう。
http://jn.passieux.free.fr/html/Renault_12Fe.php
↓ブレゲー14の箇所
http://www.masdf.com/altimeter/lebourget/index.h …

youtubeにブレゲー14の展示運転の映像がありました。
オリジナルのエンジンのままかどうかわかりませんが地上滑走だけで済ませているのでオリジナルの可能性もあります。ただ始動が手動ではないのが気になります。過去に実用のために改造されているのかも。

上に突き出している角みたいなのが排気管です。

こちらは当時の映像らしい。
http://www.youtube.com/watch?v=j4v66ySllDI

このボートがV12気筒リバティーエンジンとのことですがやはり第一次大戦当時の物らしい。
http://www.youtube.com/watch?v=dU0X461IPCw&featu …
こちらは独立式排気管です。
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読んでないんでわからないのですが


1925年に新聞社の買ったブレゲー19でしたらこういう物だと思います。
http://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln6/B …
水冷V12のようです。

その前のブレゲー14、これも日本にも輸出されたそうです。
構造はジュラルミンだったとの事。
エンジンは水冷V12です。サンテグジュペリがこれの民間機型に乗っていました。
http://majo44.sakura.ne.jp/trip/thai/museum/34.htm
http://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln7/B …
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/2996/br …

マフラーは付いていません。集合管のようですね。たしかに遠くでは「ブズブズ」という音だったのではないでしょうか
正解というより語感からいろいろ想像するのが良いのだと思いますが、私は「ぱっぱっばっば」の方がプロペラの風切り音かななどと想います。

今の飛行機と違って急角度の上昇なんてできなかったらしいです。
視界に頼っていたので下手に雲の上に出ると降りるのが難しかったようです。
http://flightgear.jpn.org/modules/d3forum/index. …
今から見れば古くても当時はハイテク最新鋭機で高価なものですからおんぼろだったとは思えないのですが…
エンジン音は最近V12の航空機など無いと思うので例がみつからないのですがマフラーなどついてないので相当うるさいはずです。モーターボートのマフラーを取ったような音でしょうか。
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この回答へのお礼

たくさん調べていただいてありがとうございます。
「マフラーがついてない」というのが、ちょっとキーワードになりますかね?
エンジン音も詳しくはないですが、おぼろげながら少し見えてきました。

お礼日時:2009/04/21 17:09

NO.2 です。


>日常に聞ける音で何か近いものはありますか?
最近のオートバイのエンジンは高回転になっていて、規格内ではマフラー(消音器)もしっかりしているので、余りワイルドな音は期待できないですね。以前のカワサキの大きいやつがこんな音を出していました。ハーレーはVツインが基本ですから、消音器を外した音はきっとこれに近いかもとか想像しています。それにしてもこの間欠的な音のムラ感は何なんでしょうか。アイドリングに近い回転数で、しかも定期的に不発している状況なんでしょうか。なら、もう墜落していてもおかしくないとも思いますが。
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この回答へのお礼

教えてくださった内容から、オンボロ自動車のプスプス、パンパンいっているイメージが浮かんできました。
まさにワイルド。
今にも落ちそうですね。
文中にも、低い山をようやく越えてくる、といった描写があります。

おつきあい、ありがとうございました。

お礼日時:2009/04/14 16:51

やっぱプロペラかエンジン音かじゃないんでしょうか。


飛行機が近づけば、それだけ頭の上から音が聞こえてくる感じになります。
遠くから聞こえる音と区別するためにそういう描写をしたのかも。

面白いところに注目されたものだと思います。
正解が分れば、私も知りたいところです。

なお、ご質問の「読み下して」という表現が気になりました。
「漢文を読み下す」という言い方はありますが、通常の日本文を「読み下す」という表現はあるのでしょうか。
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この回答へのお礼

さすが、文学カテゴリーですね。
安易な言葉遣いをして申し訳ありませんでした。
「読解して」とでも言えばよかったのかもしれません。

同じプロペラ音でも、遠いところと区別しているのかも
とおっしゃったのは、参考にしたいと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2009/04/13 16:16

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↑こちらをざっと読むと参考になると思います。

以下は上記サイトからの抜粋です(5については、質問者さんご自身も書いていらっしゃいましたが^^)。


日本での異種婚説話

  1.援助 - 例:動物を助ける。
  2.来訪 - 例:動物が人間に化けて訪れる。
  3.共棲 - 例:守るべき契約や規則がある
  4.労働 - 例:富をもたらす。
  5.破局 - 例:正体を知ってしまう。(見るなのタブー)
  6.別離

上記の引用と似たような内容になってしまいますが、私が昔から感じていたのが、特に、白鳥処女説話(羽衣伝説)や竹取物語との類似性です。

例えばヒロインは皆 処女で、天界と関わりが深いこと。
また、鶴は反物で夫に財を与え、竹取物語なら かぐや姫が不老不死の霊薬を帝に残していき、羽衣伝説なら天女が子供を夫に残していったように(諸説あり)、ヒロインが自分に思いを寄せる男性に、自分の宝物を残していった点です。

【竹取物語】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%8F%96%E7%89%A9%E8%AA%9E

【羽衣伝説】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E8%A1%A3%E4%BC%9D%E8%AA%AC

鶴の恩返し、羽衣伝説、竹取物語…。
子供の頃、大好きだったので絵本で良く読んでいました。
アイヌの“カムイユカラ”や“ユカラ”には、よく異類婚姻譚(カムイ〈神=動物、自然〉と人間の結婚)が出てきます。
知里幸恵さんの『アイヌ神謡集』(岩波文庫/岩波書店)や萱野茂さんの『カムイユカラと昔話』(小学館)・『炎の馬』(すずさわ書店)には、その様な話が出て来ます。
ネイティブアメリカンの神話にも異類婚姻譚が多い様ですね。

好きなテーマなので参加させていただきましたが、あまり知識がなくてすみません。

【異類婚姻譚】
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↑こちらをざっと読むと参考になると思います。

以下は上記サイトからの抜粋です(5については、質問者さんご自身も書いていらっしゃいましたが^^)。


日本での異種婚説話

  1.援助 - 例:動物を助ける。
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Q「鶴の恩返し」の教訓は何でしょうか?

小泉首相がモンゴル政府に、日本の昔話「かさじぞう」と「鶴の恩返し」の絵本をわたし、教科書に載せるように推薦したそうです。
「かさじぞう」は、人に親切にしていれば福がくるという教訓がありますが、
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日本人は悲しい話が好きなのでこの説話が人気ですが、
外国の人からみるとどういう話として受け取るのでしょうか?
この説話から導かれる教訓というものがありますか?
「のぞき見しちゃだめ」ってことでしょうか?
なんともいえない「「かなしさ」が、教育に役立ちますか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

昔話には異類婚姻譚に分類される話がいくつかあります。
異類婚姻譚には大きく分けて、二種類のものがある。女性が人間ではない「異類」(神であったり、蛇であったり、蛙であったり)を婿にむかえるというもの。
もう一種類は男のもとへ「異類」が嫁としてくるというもの。

ここでは後者にしぼって考えます。
この話は、たいていが鶴であったり、狐であったり、魚であったりする「異類」が人間に助けられ、嫁としてやってきて、男に富をもたらすが、男がやがてその正体を見破ったために元の世界に帰っていく、というパターンをとります。

なぜ正体を見破られた「女」は、そこを去らなければならなかったか、というのは、さまざまな民俗学的な考察がなされていますが、たとえば折口信夫は「信太妻の話」のなかで、この「狐」は、「異族」から来た妻という含意があるのではないか、という考察を行っています。
-----
「妻が其「本の国」の神に事へる物忌みの期間は、夫にも窺はせない。若し此誓ひを夫が破ると、めをと仲は、即座にこはれてしまふ。見るなと言はれた約束に反いた夫の垣間見が、とんだ破局を導いた話は、子どもが家庭生活をこはした物語同様、数へきれない程にある。」
http://aozora.gr.jp/cards/000933/files/18402_14348.html
------

さて、話を拡げるときりがないのでご質問の「教訓」ということに話をしぼってみましょう。
もちろん昔話にはさまざまな教訓が含まれている、とされています。
けれども、たとえば動物をいじめてはいけない、ということを子供たちに伝えるためだけであれば、「物語」という形式を取る必要はなかったはずです。
具体的な場面で「そうしてはいけない」と禁じればいい。そのほうが、より具体的で直接的でしょう。

むしろ、昔話は「物語」として語られることに意味があったのではないか。
この点からの考察は野家啓一の『物語の哲学』になされているので、興味があればご一読ください。

わたしたちの多くはこうした昔話を、人から聞くのではなく、絵本で読むことで知っていきます(それも「読んでもらう」という形で、耳から入ってくるのですが。あるいは、いまではビデオやDVDの映像として、そうしたものにふれていくのでしょうか)。
こうした「昔話」と、「口承の文芸」として存在した昔話の決定的な差というのは、あきらかです。本やあるいは映像が固定されていて決して揺るがないことに対して、「ひとの語り」による物語は、人によって、あるいは同じ人でもその日の気分によって、微妙に姿を変える。
たとえば、「動物をいじめてはいけない」ということを伝えながら「ああ、ほんとうにこんなことが起こらないかな」という、語り手の願望がこめられていても不思議はない。

だからこそ「昔話」は残ってきたともいえるのではないか。
既存のゆるやかな物語に、語る人のさまざまな解釈を盛り込みながら、つまり、その人自身の「物語」を織り込みつつ語っていく。

そうして、今日残っているのは、その最大公約数的なものでしょう。

近代的思考の洗礼を受けているわたしたちは、この話の要点は、とか、この話の教訓は、とか、あるいはまた、作者は何が言いたかったのか、という観点から「物語」をまとめようとしますが、こういう観点から読む「昔話」に、どこまで意味があるのでしょうか。
昔話の意味は、語られることにある、ゆるやかな物語に、語り手の小さな物語を織り込みつつ、語られてこそ、意味があるのではないか。わたし自身、そのように思います。

さて、質問者氏はいくつかの点で昔話である「鶴の恩返し」あるいは「鶴女房」と木下順二の戯曲『夕鶴』を混同なさっておられるように思います。
この両者、というか、戯曲『夕鶴』は、昔話をベースにしつつも、一種の近代文学としてあるものです。混同なさっておられる点は、重要な「ちがい」としてある部分です。

まず、質問者さんは「つう」として、この鶴女房を名前で呼んでおられますが、名前が与えられているのは戯曲のみです。そうしてこれは極めて重大なちがいである、と竹内敏晴は『動くことば 動かすことば ―ドラマによる対話のレッスン―」(ちくま学芸文庫)のなかで指摘しています。

『夕鶴』では、このようなせりふがあります。

「あんたはあたしの命を助けてくれた。何のむくいも望まないで、ただあたしをかわいそうに思って矢を抜いてくれた。それがほんとに嬉しかったから、あたしはあんたのところに来たのよ。」

一般に「恩返し」としてやってくる「異類」が、なぜやってきたのか、その心情が語られることはない。

-----(p.29からの引用)----
「恩返し」から「愛」へ。ここに、『夕鶴』が昔話「鶴女房」から近代文学へ脱皮したモメントがある。そしてそれは、つうが、鶴から名前を持った人間の女になるプロセスでもあるのでしょう。
------

ほかにも竹内はこの『夕鶴』のなかに描かれている、昔話を超えたさまざまな観点を指摘するのですが、やはり、『夕鶴』と昔話は分けて考える必要があるように思います。

あれやこれやと書きましたが、ご質問の回答としては、昔話『鶴の恩返し』に教訓を求める必要があるのでしょうか? ということになるかと思います。

昔話には異類婚姻譚に分類される話がいくつかあります。
異類婚姻譚には大きく分けて、二種類のものがある。女性が人間ではない「異類」(神であったり、蛇であったり、蛙であったり)を婿にむかえるというもの。
もう一種類は男のもとへ「異類」が嫁としてくるというもの。

ここでは後者にしぼって考えます。
この話は、たいていが鶴であったり、狐であったり、魚であったりする「異類」が人間に助けられ、嫁としてやってきて、男に富をもたらすが、男がやがてその正体を見破ったために元の世界に帰ってい...続きを読む


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