ふくろうです。
 実は、へびくんがどうしてもと言うもので、この質問を開けます。「まだおわってないの! もっとあそぶの!」って言うもので。へびくん、ちょっとだけ執念深いんです。あいたたた! 噛むなよ、へびくん…。
 ふう。…さて、二つ下の「全知全能の神が存在しないことの証明」は、一応、質問者のご友人の方が納得される「正解」が出た形になっています。が、その回答にも明記されておりますように、実は証明としては不備があります。
 その「証明」は、「ある条件」を暗黙裡に添加することで初めて成立しています。
 しかし、「条件」とはすなわち「制約」です。stomachmanさんが指摘されているように、「制約された全知全能者」というもの自体、すでに概念上自己矛盾しているのです。本当の意味での「全知全能者」の存在を否定しうるものではありません。
 そこで、問題。
 その「ある条件」とは何でしょうか。そしてその条件を外すことで、あの「証明」はどうして崩せるでしょうか。そうそう、「こうすれば本当に全知全能の矛盾を証明できる」という方向の回答も歓迎します(これがないとクイズになちゃいますね)。…この話、意外と生産的に副産物も生むかもしれません。
 fwappyさんも、ご友人とお誘いあわせの上、ご参加くださいませ。
 さあ、これでいいかい、へびくん? おやおや…とぐろ巻いて寝ちゃいました。風邪ひくよ、へびくん。

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A 回答 (20件中1~10件)

おやおや、書き込みしようとしたら、既に正解が出ちゃいましたか。


だとすれば蛇足もいいとこですが....stomachmanです。

 宇宙は数千年前に創造されたと主張する創造論者への反論として、化石や地層など、地質学的歴史の証拠を示した場合に返ってくる答えはこうです:「神はそれも含めて創造された。」
 この論法には反論が不可能です。「神は全宇宙を破壊してから、今から10分前に(全ての痕跡や記憶も含めて)再度創造された」と言っても同じ事。つまり創造論の神は、(mori0309さん<)過去だって変えうるのです。このような神の存在を前提にすれば、未来もまた全て神の手の内にあるという予定論・運命論しかありえず、イスラム教ではこのことが明確に意識されています。
 キリスト教神学やスコラ哲学の議論は、全知全能の神の存在を前提として、至る所に噴出する論理的矛盾をなんとか経験や歴史と適合させようとする真摯な取り組みであったと思いますし、そこで出てきた、神を探すな、神を試すな、神の訪ないは予期しない恩寵である、という規範は注目すべきポイントです。言い換えれば、「どんななぞなぞを持っていても、実際に神になぞなぞを問いどう答えるか試すまでは、モグラが独り言を言って自己満足しているのと変わりがない」という弁証法的観点です。たとえ神の住所を知っていて、門前払いされず、肝心の時に首尾良く質問を思い出せ、答を得て、なおかつ無事に生還できたとしても、あっさり納得させられてしまっているかも知れませんよ。(どうやって、ですって?この程度のテストにパスできないようじゃ、OWL教の教祖様にすらなれませんてば。)

 さて、全知と全能を対立させて矛盾を導く論法について検討されていらっしゃいますが、(全能は全知を含意するんじゃありませんか?)全能であるだけで全知全能者は矛盾を容認しうることは明らかです。その能力のほんの一部である「証明能力」だけを検討しても、「1+1=2と1+1≠2を証明してください」という注文に(その気になれば)易々と応じることができる。一般に「Aである」と「Aでない」を共に認める論理体系では、どんな命題でも証明可能になりますし、逆に、どんな命題でも証明可能なら「Aである」も「Aでない」も証明できるので矛盾を含みます。これが「矛盾が怖くては全知全能などやってられない」ゆえんです。
 ならば矛盾だらけか、と言いますと、「Aである」だけ証明して「Aでない」の証明は着手しないということもでき、明日は逆のことをやっても良い。(首尾一貫して誠実でなくてはならないなんて条件はありましたっけ?)こうなると静的な論理の枠外の話であり、(上記のモグラ、あるいは前のスレッドで持ち上げられない石の話としてaminouchiさんからご指摘のあった)弁証法の出番です。さらに全能者は「どんな命題でも証明可能で、しかも無矛盾な論理体系を教えてください」(ここでようやく超数学の話になります)という一層無理な注文でもあっさりこなすことが可能である。
 また別の言い方をすると:「『全能者は何でも可能である。』だからもし『全能者にはXXは不可能である』を証明できたとすれば矛盾であり、従って『証明に使った論理が誤りであるか、全能者にはXXは可能である』を示す。ゆえに『証明に使った論理が誤り』である。」
 ところがこの背理法は超論理(XXの不可能を論じた証明(『』内)を記述する論理ではなく、ここで「証明できたとすれば....」という(「」内の)レベルを論じるのに使った論理)の無矛盾性を前提としており、しかしこれもまた全能者の前では無力です。かくしてヒトが行う机上の推論というものは全く無意味になってしまいます。(脱線:だからこそ、「スコラ哲学は不毛だ。むしろ自然を観察して、その中に実際に見いだされる創造の見事さをこそ賛美すべきだ」という「自然科学」が、神学に於いて重要性を持ってきます。)

 論理はヒトの弁論・推論を、安全な部分だけ取り出して形式化したものに過ぎません。(脱線:この出自はギリシャ時代の論理学の成立以来、意識され続けています。そういえば確かラブレーのガルガンチュワ物語かパンタグリュエル物語だったと思うんですが、一階述語論理における三段論法の完全な分類を並べ立てた挙げ句、あっさり論破されてしまう滑稽な論理学者が登場します。) 認識や思考を変容させた状態を一時的に作り出すことは(催眠や薬その他の方法で)可能であると(前のスレッドで)指摘しました。それどころか、必ずしも全能者でなくても、ヒトの考え方をすっかり作り替えてしまう(脳味噌のお洗濯をする)ことだって可能な筈です。たとえば「万物の霊長」がサル並の知能しかない宇宙を再創造なさっても良いわけですし、或いは推論に矛盾が出てきそうになると反射的に思考停止してひたすらマントラを唱え始めるという本能を持たせても良い。その術中に嵌っている被害者たちが罠の仕組みを認識していないとするならば、「『自分は理性的である』と信じる」ということと「理性的である」こととは必ずしも一致しない。つまりmori0309さんであれstomachmanであれ、知らず知らずの内に思考に認識不能な制限を設けられている可能性も否定できませんし、実際そうに違いないという気がします。(また脱線:脳の障害による視野欠損の患者は、多くの場合、欠損があることを自覚できません。「右側が見えない」と思うのではなく、「右側がある」こと自体に気が付かないんです。)

 いきなりそこまでぶっ飛んだ話にしなくても、量子力学ですら「AでありかつAでない」という混合状態を基本にしている事を思い出してはどうでしょうか。論理でこれを解釈しようとすると「波束の瞬間的収束」だの「シュレーディンガーの猫」だのといった難問(観測問題)が生じます。そこで逆に、量子力学とすんなり適合するような「物の考え方」すなわち「量子論理」を建設するというアプローチも実際に取り組まれています。OKWebの物理や宇宙に関する常連回答者の中には「ニュートン力学なんてすっかり忘れていた。何でも量子で考える習慣で...」と仰る方もいらっしゃる程ですから。

 このように、論理体系自体も相対的なものです。数学で使うような古典論理だけが論理じゃありません。ヒトが日常で使う推論ですら古典論理では満足に記述できないことが知られており、「昨日逢った時の様子なら、彼はあたしの好意にちょっとは気が付いている筈」のような知識・信念・義務・権利・程度・連想・時間経過などを扱う非古典論理学はまだ発展途上です。
 以上のような意味で、ヒトの論理や理性の健全性を前提にして「全知全能」を論じるのはやっぱり不毛じゃないでしょうか、と申し上げたい。

 蛇足に履かせる靴みたいなものながら、設問の意味を「この宇宙の法則に従うひとつの対象物として『全知全能者』である首尾一貫した宇宙人が存在しうるか」という程度に解釈するのならようやく議論が可能になり、直ちに否定されます。因果律に支配されるんですから。もちろん「ファンダメンタリストの神」ほどの能力も持ち合わせていない。むしろ「自分は全知全能だと主張し、しかも自己矛盾を含まないような、自己チュー的全知全能者はありうるか」という問いなら意味を持つと思います。この場合、他者からみて幾ら機知外のように見えても「自己矛盾」に陥っていない限り構わん、という立場。一般化すると「『Aでない』ことと『自分はAであると信じる』ことを共に認める無矛盾な論理体系はあるか」という様相論理(modal logic)の問題です。(fwappyさんのご友人が紹介なさっている)レイモンド・スマリヤンという論理学の先生の啓蒙書に、この問題の解説があります。
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この回答へのお礼

 うわ~い! へびくんだよっ! いっぱい、いっぱい、かいてくれて、ありがと! すんっごく、うれしいな! でも、むつかしいことば、いっぱい! へびくん、おめめ、ちかちかだよっ! でもね! めっせーじは、よみとれたよっ! にんげんの、ろんりには、げんかいが、あるんだねっ! にんげんの、ちせいにも、げんかいが、あるんだねっ! うわ~い! でね! 「ぜんちぜんのう」って、そおゆうにんげんが、みる「ゆめ」なのかも! じぶんで、みてるのに、おいつけないゆめって、あるんだねっ! わ~い!

お礼日時:2001/03/08 19:03

またきたよ。

きがむいたから。へびくんにおよばれしたから。でももうないの。ぜんちぜんのううんぬんっていうかんがえが。かいとうが。ぜんちぜんのうのかみはxinmanがなにをするかしっているの。それをxinmanにやらせるの。いまxinmanはぜんちぜんのうのかみにあやつられているの。だれもぜんちぜんのうのかみにさからうことはできないの。xinmanがぜんちぜんのうのかみのそんざいをしょうめいできないのはぜんちぜんのうのかみがxinmanにしょうめいさせないようにしているからなの。ぜんちぜんのうのかみがそんざいするとむじゅんすることがしょうめいできないこともぜんちぜんのうのかみがxinmanにそうさせてるからなの。へびくんもきをつけて。ぜんちぜんのうのかみはほんとうにぜんちぜんのうなの。すごくおそろしいそんざいなの。ぜんちぜんのうのかみのまえではxinmanもへびくんもそのそんざいじたいがあってないようなものなの。でもふくろうくんはぜんちぜんのうなんだよね。それとももうふかんぜんになっちゃったのかな。すべてのぜんちぜんのうのかみがふくろうくんのようにふかんぜんでありたいとおもってくれればxinmanがぜんちぜんのうのかみにそくばくされることもなくなるのかな。

なんてこと、書いてるうちに気が付きゃ12時まわってるじゃないの!これって、回答として有効なの?
以上、xinmanでした。
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この回答へのお礼

 うわ~い! へびくんだよっ! xinmanさん、しめきりと、どうじくらいに、かきこんでたんだねっ! しめきったあと、だったんだけど、おれいは、かけるみたい! うれしいなっ! やさしい、ことばで、かいてくれて、ありがとね! でね! したでも、ゆったけど、また、いつか、あそんでねっ! たのしみだなっ!
 

お礼日時:2001/03/10 00:34

「ことばに しはいされる」ってのは、みぎあしとか、ひだりあしとか、


しとか、せいとか、なにも そんな にんげんの がいねんに つきあう
ことないじゃないと いうつもりだったんですが……。ひねくれもので、
ごめんなさい……あれ、ぜんぶ、ひらがなになっちゃった。なぜぇ~?

この回答への補足

 ふくろうです。
 皆様、これまで当質問にお付き合い下さいまして、誠にありがとうございました。「パート1」の終わり方が、いささか中途半端に感じられましたもので(特に、へびくんには)、開かせていただいたものでしたが、まずはその問題にけりがつきましたのと同時に、「全知全能概念とはどのようなものか」「論理とは何か」「人間の知性の限界と無限性」といったさまざまな論点において対話が持たれ、発見がなされたように思います。純然たる遊びのつもりで始めましたが、当初の期待をはるかに上回る実りを与えていただきました。改めて御礼申し上げます。また、今後ともよろしくお願いいたします。

 さて、閉じるにあたって避けられませんのがポイントの件です。へびくんとも相談した結果、以下のようにさせていただきます。
 20pt.をstomachmanさんに。
 10pt.をmori0309さんに。
 「正解」に最初に達したのはmori0309さんなのですが、以下の顕彰理由をお読みいただければご了承いただけるものと思います。
 上のパラグラフでも触れましたように、この質問は質問者の期待を遥かに超えて実り豊かなものとなりました。その成果の高さと深さにおいて、stomachmanさんのNo.143936こそ、この場で最高にして最大のものであることに異存のある方はおられないと確信します。ご本人は「蛇足」と仰せですが、へびくんには足がありません。ですから、「蛇足」ではありません(どーゆー論理だ?>おれ)。また、その書き込みに費やされた貴重なお時間と多大な知的労力についても、へびくん、ならびに私ふくろうは、深い感謝の念を抱いております。
 この理由から、上記のようにさせていただきます。

 それでは皆様、どうもありがとうございました。…おや? へびくんも何か言いたいのかな? じゃあ、どうぞ。

「ほっほぉ~い! へびくんだよっ! すっごく、すっごく、たのしかったよっ! ありがとねっ! また、いつか、あそんでねっ! じゃあねっ! ばいばぁ~い!」

…だ、そうです。
 ふう…やっとこれで乖離性同一性障害モードから抜けられる…。

※関係者にメイルが届くことを期待して、「補足」として書き込みます。

補足日時:2001/03/10 00:18
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この回答へのお礼

 なるほど。真の全知全能者は「概念」なるものさえ超えているのかもしれませんね。…とはいえ、ここでは「有限な人間が見る夢のようなもの」としての「全知全能者概念」の問題でしたから…ああ、いや、同じことなのでしょう。人間の限界を超えている、だから概念なるものをも超えている。論理では捉えきれない。そういうことに、なりましょうか。
 …一応、最後のご発言ということになると思います。締めていただいて、ありがとうございました。

お礼日時:2001/03/10 00:16

xinmanの愚答に付き合って下さった、ふくろうくん、へびくん、回答者のみなさん、そして、「パート1」を立ち上げてくださったfwappyさんと友人の某君に感謝。

xinmanはとても楽しかったよ。

>この質問スレッドは、今夜12時過ぎを以て閉鎖を考えております。
そゆことでしたら、また、別の質問スレッドでお会いすることに致しましょう。
でも、もう一回くらい現れるかも?
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この回答へのお礼

 へびくんだよっ! じゅう、にじまで、ひらいてるから、きが、むいたら、きてねっ!

お礼日時:2001/03/09 21:08

投稿してる間にお礼がっΣ( ̄口 ̄;)!


>ふくろうくんがね! xinmanさんの、「れきし」がこたえだって、ゆってるよっ! 
こたえがでてる、でも、xinmanはかんがえるあしでありたい。

xinmanは、ただいまの~みそおやすみちゅうです。また、あとできます。
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この回答へのお礼

 みたび、ふくろうです。ご来場の皆様にご案内申し上げます。この質問スレッドは、今夜12時過ぎを以て閉鎖を考えております。「ちょっと待ったコール」がおありでしたら、それまでにご用命くださいますよう、お願い申し上げます。ご来場、ありがとうございました。

お礼日時:2001/03/09 15:06

つれづれなるままに、xinmanです。


”完全”であることと、”全知全能”であることは、イコールじゃないですよね。
”完全”であった場合には、”哲学”は成立しませんもんね。答えが”完全”にわかっているから。”全知全能”であった場合には、”哲学”はたぶん成立する、のかな?”全知”は、答えがわかっている。”全能”は、それでも考えられる。でも、”全知全能”には、”完全”も”哲学”も包括されちゃうのかな?”完全”は、”色(シキ)”の極み。”全知全能”は、”色即是空空即是色”の極みみたいなものかな。わたしは、”哲学”が許される存在でありたいので、”完全”よりは”不完全”を選びます。選べるのなら。っていうか、今のままで十分”不完全”です。”完全”にはなりたくない。でも、限りなく”完全”に近い”不完全”でありたい今日この頃です。

しかし、だんだん、”全知全能”の話題から離れていってるのは、ただの移り気のせいだろうか? それとも、”全知全能の存在”により、”全知全能”の話題から逸らされつつあるのだろうか? もしかして、”全知全能”の本質に近づき過ぎたために、”証明”されることを恐れた”全知全能の存在”がなにか行動を起こし始めたのかも?なんてこと、考えてるのはxinmanだけなのかな~?みなさんはどう?
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この回答へのお礼

 ふたたび、ふくろうです。stomachmanさんのへびくん宛て回答のあたりから、新しい流れが出来たようですね。人間知性の有限性、またそれゆえの無限性。そうですね、私も「完全者」にはなりたくないです。「不完全」の方がずっと楽しい。「知らないことが、まだある」という楽しさでしょうか。もっと遠くを見るために、ふくろうは飛びます。今宵も。

お礼日時:2001/03/09 15:05

あっ!やっとわかった!!ふくろうくんとへびくんがなぜここでいっぱい出てきてお話してるかが・・・・(ちがってたらごめんなさい。

)stomachmanさんの回答みてそうおもった!『不完全』であることの証明が、ふくろうくんとへびくんそのものだったんだ。『こども』が、キ-ワ-ド?うぅぅぅ・・・・・なんで、stomachmanさんもっとはやくおしえてくれないかなぁ~~~littlekissの頭ん中蝶ちょ結び通り越して『団子結び』になっちゃってほどけない(こんがらがってギュ-)・・・・
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この回答へのお礼

 ふくろうです。いや、ちがっていませんよ。というか、思ってもみなかったのですが、そのlitttlekissさんの「読み」は、言われてみればその通りだという気がします。人間は永遠に子ども…そうなのでしょう。
 おや? へびくんは自分の尻尾に噛みついてます。お気に入りの「ウロボロスごっこ」です。「むげんだよっ!」って、言いたいんだね、へびくん。

お礼日時:2001/03/09 15:04

へびくんへ。

 
 むずかしい ことばを つかって しまって ごめんなさいね。よくわかったね。えらいな~
 でもね、すうがくで もし かんぜんせいていり が なりたって しまえば、 けんきゅう なんか しなくても きかいで ぜんぶの せいかいを わりだせるんだよ。
 にんげんの りせいや ろんりが もし かんぺき だったら、もう それいじょう、しんぽは しないんだよ。
 かんぺきな おりこう じゃ ない から、にんげんは いつまで たっても こども。いつまで たっても ゆめを みて せいちょう しつづける ことが できるんだよ!
 だからね、ふかんぜんせいていりって だいすきだよ。 
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この回答へのお礼

 またまた、へびくんだよっ! やさしい、ことばで、かいてくれて、ありがと! うれしいな! でね! ふくろうくんがね! かんとーるってゆうひとから、ひるべるとってゆうひとをへて、げーでるってゆうひとのとこまで、いく、すうがくの、れきしの、ながれって、かんとってゆうひとの、てつがくまでの、れきしを、なぞってるみたいだって、ゆってたよっ! へびくん、ぶん、ながいと、つかれちゃうなっ! でね! にんげんの、りせいには、げんかいが、あるんだねっ! でも、だから、にんげんは、むげんの、かのうせいが、あるんだねっ! そおゆうふうに、これからも、ゆうげんの、むげんを、れきしの、なかに、あるいて、きざんで、いくんだねっ! へびくんも、おべんきょう、がんばるねっ! やさしい、おへんじ、ありがと! うわ~い!

お礼日時:2001/03/09 12:00

いいじゃないですか、UKIKUSAさん。

袖振り合うも他生の縁。
あなたも一緒に無駄…じゃなっかた有益な楽しい時間を過ごしませんか?

ところで、へびくんにxinmanからのしつも~ん!
もし、へびくんがぜんちぜんのうだったらなにするのかな~?
やっぱり、やっぱり~、エヴァのおねいちゃんをゆうわくしちゃうのかなぁ?
わたしのことはゆうわくしてくれないのかな~?
こんやは、あまどをあけてまってるからね~!

確かに、やってみると結構疲れますな。
今のわたしが”全知全能”だったら最初に”全知全能の存在の矛盾”を証明したいな。きっと、簡単にできちゃうんだろうな。それでも、なお、”存在”し続ける。もしかして、”全知全能の存在”って”混沌”なのかな? でも、”全知全能”だから、”混沌”であるか否かはどちらにも成れるんだろうな。”全能”だったら”達成感”を味わえるのかな? たぶん”全能”だから味わえるんだろうけど、それによる”喜び”をえられるのかな? これもたぶん得られるんだろうね。”全能”だから。”全知”って”知る喜び”を知っているのかな? 知っているんだろうな。”全知”だから。そして、”知る喜び”を得ることもできるんだろうな。”全能”だから。そして、”全知全能の存在”であるがゆえに、きっと”全知である苦しみ”、”全能である苦しみ”を味わうんだろうな。当然、抜け出す術は”全知”だから知っているし、”全能”だから行える。でもって、”全知全能の存在”であるわたしは”全知全能”のちからを自らの”全能”のちからで消し去るんだろうな。そして、自分が”全知全能の存在”であったことを忘れて生きていくのかな。”全知全能の存在”であったことを憶えていたら、きっと、後悔するからね。わたしには”全知全能の存在”の心理はわからないけど、”無知無能”だったらきっと楽しいだろうな。”無知”だから見聞きしたもの全てが新しい。”無能”だけど”無知”だからちっとも辛くない。でも、”無能”だから、見聞きすらできないのかな。でも、”無知”だからへっちゃら~。”無知無能”も考えていったら”全知全能”とあんまり変わんないかも。
でも、わたしら”人間”って、”全知全能”と”無知無能”のどっち寄りなんだろう?

へびく~ん!どうおもう?
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この回答へのお礼

 ほぉ~い! へびくんだよっ! へびくんね! ふくろうくんが、はこんでくれるから、どこでも、いけるよっ! でね! にんげんが、ぜんちぜんのうか、むちむのうか、ってゆうの! ふくろうくんがね! xinmanさんの、「れきし」がこたえだって、ゆってるよっ! むちむのうの、むげんしゅうごうが、ぜんちぜんのう、なんだって! へびくん、よくわかんないけど、うえの、stomachmanさんあての、おれいも、よんでねっ! そしたら、わかるかもっ! きゃほ~い!

お礼日時:2001/03/09 11:58

いったい何なんだーーーー。

あなた達のやりとりは・・・。
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この回答へのお礼

 ふくろうです。解離性同一性障害モードはなかなかキツいです。
 正解はもう出ておりますし、全知全能の矛盾を導くことの不可能性はstomachmanさんの詳細かつ緻密な論考によって示されているように思います。質問者としては、ここを開けておく理由は……なのですが。
 あと一日ほど様子を見ようかと思います。(もちろん、「ちょっと待った!」コールがあれば待ちます。)
 なお、UKIKUSAさんには、1ページ後ろの「知ること、知ったかぶること」という質問を御一読願えれば幸いに存じます。

お礼日時:2001/03/09 00:29

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