ふくろうです。
 実は、へびくんがどうしてもと言うもので、この質問を開けます。「まだおわってないの! もっとあそぶの!」って言うもので。へびくん、ちょっとだけ執念深いんです。あいたたた! 噛むなよ、へびくん…。
 ふう。…さて、二つ下の「全知全能の神が存在しないことの証明」は、一応、質問者のご友人の方が納得される「正解」が出た形になっています。が、その回答にも明記されておりますように、実は証明としては不備があります。
 その「証明」は、「ある条件」を暗黙裡に添加することで初めて成立しています。
 しかし、「条件」とはすなわち「制約」です。stomachmanさんが指摘されているように、「制約された全知全能者」というもの自体、すでに概念上自己矛盾しているのです。本当の意味での「全知全能者」の存在を否定しうるものではありません。
 そこで、問題。
 その「ある条件」とは何でしょうか。そしてその条件を外すことで、あの「証明」はどうして崩せるでしょうか。そうそう、「こうすれば本当に全知全能の矛盾を証明できる」という方向の回答も歓迎します(これがないとクイズになちゃいますね)。…この話、意外と生産的に副産物も生むかもしれません。
 fwappyさんも、ご友人とお誘いあわせの上、ご参加くださいませ。
 さあ、これでいいかい、へびくん? おやおや…とぐろ巻いて寝ちゃいました。風邪ひくよ、へびくん。

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A 回答 (20件中1~10件)

おやおや、書き込みしようとしたら、既に正解が出ちゃいましたか。


だとすれば蛇足もいいとこですが....stomachmanです。

 宇宙は数千年前に創造されたと主張する創造論者への反論として、化石や地層など、地質学的歴史の証拠を示した場合に返ってくる答えはこうです:「神はそれも含めて創造された。」
 この論法には反論が不可能です。「神は全宇宙を破壊してから、今から10分前に(全ての痕跡や記憶も含めて)再度創造された」と言っても同じ事。つまり創造論の神は、(mori0309さん<)過去だって変えうるのです。このような神の存在を前提にすれば、未来もまた全て神の手の内にあるという予定論・運命論しかありえず、イスラム教ではこのことが明確に意識されています。
 キリスト教神学やスコラ哲学の議論は、全知全能の神の存在を前提として、至る所に噴出する論理的矛盾をなんとか経験や歴史と適合させようとする真摯な取り組みであったと思いますし、そこで出てきた、神を探すな、神を試すな、神の訪ないは予期しない恩寵である、という規範は注目すべきポイントです。言い換えれば、「どんななぞなぞを持っていても、実際に神になぞなぞを問いどう答えるか試すまでは、モグラが独り言を言って自己満足しているのと変わりがない」という弁証法的観点です。たとえ神の住所を知っていて、門前払いされず、肝心の時に首尾良く質問を思い出せ、答を得て、なおかつ無事に生還できたとしても、あっさり納得させられてしまっているかも知れませんよ。(どうやって、ですって?この程度のテストにパスできないようじゃ、OWL教の教祖様にすらなれませんてば。)

 さて、全知と全能を対立させて矛盾を導く論法について検討されていらっしゃいますが、(全能は全知を含意するんじゃありませんか?)全能であるだけで全知全能者は矛盾を容認しうることは明らかです。その能力のほんの一部である「証明能力」だけを検討しても、「1+1=2と1+1≠2を証明してください」という注文に(その気になれば)易々と応じることができる。一般に「Aである」と「Aでない」を共に認める論理体系では、どんな命題でも証明可能になりますし、逆に、どんな命題でも証明可能なら「Aである」も「Aでない」も証明できるので矛盾を含みます。これが「矛盾が怖くては全知全能などやってられない」ゆえんです。
 ならば矛盾だらけか、と言いますと、「Aである」だけ証明して「Aでない」の証明は着手しないということもでき、明日は逆のことをやっても良い。(首尾一貫して誠実でなくてはならないなんて条件はありましたっけ?)こうなると静的な論理の枠外の話であり、(上記のモグラ、あるいは前のスレッドで持ち上げられない石の話としてaminouchiさんからご指摘のあった)弁証法の出番です。さらに全能者は「どんな命題でも証明可能で、しかも無矛盾な論理体系を教えてください」(ここでようやく超数学の話になります)という一層無理な注文でもあっさりこなすことが可能である。
 また別の言い方をすると:「『全能者は何でも可能である。』だからもし『全能者にはXXは不可能である』を証明できたとすれば矛盾であり、従って『証明に使った論理が誤りであるか、全能者にはXXは可能である』を示す。ゆえに『証明に使った論理が誤り』である。」
 ところがこの背理法は超論理(XXの不可能を論じた証明(『』内)を記述する論理ではなく、ここで「証明できたとすれば....」という(「」内の)レベルを論じるのに使った論理)の無矛盾性を前提としており、しかしこれもまた全能者の前では無力です。かくしてヒトが行う机上の推論というものは全く無意味になってしまいます。(脱線:だからこそ、「スコラ哲学は不毛だ。むしろ自然を観察して、その中に実際に見いだされる創造の見事さをこそ賛美すべきだ」という「自然科学」が、神学に於いて重要性を持ってきます。)

 論理はヒトの弁論・推論を、安全な部分だけ取り出して形式化したものに過ぎません。(脱線:この出自はギリシャ時代の論理学の成立以来、意識され続けています。そういえば確かラブレーのガルガンチュワ物語かパンタグリュエル物語だったと思うんですが、一階述語論理における三段論法の完全な分類を並べ立てた挙げ句、あっさり論破されてしまう滑稽な論理学者が登場します。) 認識や思考を変容させた状態を一時的に作り出すことは(催眠や薬その他の方法で)可能であると(前のスレッドで)指摘しました。それどころか、必ずしも全能者でなくても、ヒトの考え方をすっかり作り替えてしまう(脳味噌のお洗濯をする)ことだって可能な筈です。たとえば「万物の霊長」がサル並の知能しかない宇宙を再創造なさっても良いわけですし、或いは推論に矛盾が出てきそうになると反射的に思考停止してひたすらマントラを唱え始めるという本能を持たせても良い。その術中に嵌っている被害者たちが罠の仕組みを認識していないとするならば、「『自分は理性的である』と信じる」ということと「理性的である」こととは必ずしも一致しない。つまりmori0309さんであれstomachmanであれ、知らず知らずの内に思考に認識不能な制限を設けられている可能性も否定できませんし、実際そうに違いないという気がします。(また脱線:脳の障害による視野欠損の患者は、多くの場合、欠損があることを自覚できません。「右側が見えない」と思うのではなく、「右側がある」こと自体に気が付かないんです。)

 いきなりそこまでぶっ飛んだ話にしなくても、量子力学ですら「AでありかつAでない」という混合状態を基本にしている事を思い出してはどうでしょうか。論理でこれを解釈しようとすると「波束の瞬間的収束」だの「シュレーディンガーの猫」だのといった難問(観測問題)が生じます。そこで逆に、量子力学とすんなり適合するような「物の考え方」すなわち「量子論理」を建設するというアプローチも実際に取り組まれています。OKWebの物理や宇宙に関する常連回答者の中には「ニュートン力学なんてすっかり忘れていた。何でも量子で考える習慣で...」と仰る方もいらっしゃる程ですから。

 このように、論理体系自体も相対的なものです。数学で使うような古典論理だけが論理じゃありません。ヒトが日常で使う推論ですら古典論理では満足に記述できないことが知られており、「昨日逢った時の様子なら、彼はあたしの好意にちょっとは気が付いている筈」のような知識・信念・義務・権利・程度・連想・時間経過などを扱う非古典論理学はまだ発展途上です。
 以上のような意味で、ヒトの論理や理性の健全性を前提にして「全知全能」を論じるのはやっぱり不毛じゃないでしょうか、と申し上げたい。

 蛇足に履かせる靴みたいなものながら、設問の意味を「この宇宙の法則に従うひとつの対象物として『全知全能者』である首尾一貫した宇宙人が存在しうるか」という程度に解釈するのならようやく議論が可能になり、直ちに否定されます。因果律に支配されるんですから。もちろん「ファンダメンタリストの神」ほどの能力も持ち合わせていない。むしろ「自分は全知全能だと主張し、しかも自己矛盾を含まないような、自己チュー的全知全能者はありうるか」という問いなら意味を持つと思います。この場合、他者からみて幾ら機知外のように見えても「自己矛盾」に陥っていない限り構わん、という立場。一般化すると「『Aでない』ことと『自分はAであると信じる』ことを共に認める無矛盾な論理体系はあるか」という様相論理(modal logic)の問題です。(fwappyさんのご友人が紹介なさっている)レイモンド・スマリヤンという論理学の先生の啓蒙書に、この問題の解説があります。
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この回答へのお礼

 うわ~い! へびくんだよっ! いっぱい、いっぱい、かいてくれて、ありがと! すんっごく、うれしいな! でも、むつかしいことば、いっぱい! へびくん、おめめ、ちかちかだよっ! でもね! めっせーじは、よみとれたよっ! にんげんの、ろんりには、げんかいが、あるんだねっ! にんげんの、ちせいにも、げんかいが、あるんだねっ! うわ~い! でね! 「ぜんちぜんのう」って、そおゆうにんげんが、みる「ゆめ」なのかも! じぶんで、みてるのに、おいつけないゆめって、あるんだねっ! わ~い!

お礼日時:2001/03/08 19:03

またきたよ。

きがむいたから。へびくんにおよばれしたから。でももうないの。ぜんちぜんのううんぬんっていうかんがえが。かいとうが。ぜんちぜんのうのかみはxinmanがなにをするかしっているの。それをxinmanにやらせるの。いまxinmanはぜんちぜんのうのかみにあやつられているの。だれもぜんちぜんのうのかみにさからうことはできないの。xinmanがぜんちぜんのうのかみのそんざいをしょうめいできないのはぜんちぜんのうのかみがxinmanにしょうめいさせないようにしているからなの。ぜんちぜんのうのかみがそんざいするとむじゅんすることがしょうめいできないこともぜんちぜんのうのかみがxinmanにそうさせてるからなの。へびくんもきをつけて。ぜんちぜんのうのかみはほんとうにぜんちぜんのうなの。すごくおそろしいそんざいなの。ぜんちぜんのうのかみのまえではxinmanもへびくんもそのそんざいじたいがあってないようなものなの。でもふくろうくんはぜんちぜんのうなんだよね。それとももうふかんぜんになっちゃったのかな。すべてのぜんちぜんのうのかみがふくろうくんのようにふかんぜんでありたいとおもってくれればxinmanがぜんちぜんのうのかみにそくばくされることもなくなるのかな。

なんてこと、書いてるうちに気が付きゃ12時まわってるじゃないの!これって、回答として有効なの?
以上、xinmanでした。
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この回答へのお礼

 うわ~い! へびくんだよっ! xinmanさん、しめきりと、どうじくらいに、かきこんでたんだねっ! しめきったあと、だったんだけど、おれいは、かけるみたい! うれしいなっ! やさしい、ことばで、かいてくれて、ありがとね! でね! したでも、ゆったけど、また、いつか、あそんでねっ! たのしみだなっ!
 

お礼日時:2001/03/10 00:34

「ことばに しはいされる」ってのは、みぎあしとか、ひだりあしとか、


しとか、せいとか、なにも そんな にんげんの がいねんに つきあう
ことないじゃないと いうつもりだったんですが……。ひねくれもので、
ごめんなさい……あれ、ぜんぶ、ひらがなになっちゃった。なぜぇ~?

この回答への補足

 ふくろうです。
 皆様、これまで当質問にお付き合い下さいまして、誠にありがとうございました。「パート1」の終わり方が、いささか中途半端に感じられましたもので(特に、へびくんには)、開かせていただいたものでしたが、まずはその問題にけりがつきましたのと同時に、「全知全能概念とはどのようなものか」「論理とは何か」「人間の知性の限界と無限性」といったさまざまな論点において対話が持たれ、発見がなされたように思います。純然たる遊びのつもりで始めましたが、当初の期待をはるかに上回る実りを与えていただきました。改めて御礼申し上げます。また、今後ともよろしくお願いいたします。

 さて、閉じるにあたって避けられませんのがポイントの件です。へびくんとも相談した結果、以下のようにさせていただきます。
 20pt.をstomachmanさんに。
 10pt.をmori0309さんに。
 「正解」に最初に達したのはmori0309さんなのですが、以下の顕彰理由をお読みいただければご了承いただけるものと思います。
 上のパラグラフでも触れましたように、この質問は質問者の期待を遥かに超えて実り豊かなものとなりました。その成果の高さと深さにおいて、stomachmanさんのNo.143936こそ、この場で最高にして最大のものであることに異存のある方はおられないと確信します。ご本人は「蛇足」と仰せですが、へびくんには足がありません。ですから、「蛇足」ではありません(どーゆー論理だ?>おれ)。また、その書き込みに費やされた貴重なお時間と多大な知的労力についても、へびくん、ならびに私ふくろうは、深い感謝の念を抱いております。
 この理由から、上記のようにさせていただきます。

 それでは皆様、どうもありがとうございました。…おや? へびくんも何か言いたいのかな? じゃあ、どうぞ。

「ほっほぉ~い! へびくんだよっ! すっごく、すっごく、たのしかったよっ! ありがとねっ! また、いつか、あそんでねっ! じゃあねっ! ばいばぁ~い!」

…だ、そうです。
 ふう…やっとこれで乖離性同一性障害モードから抜けられる…。

※関係者にメイルが届くことを期待して、「補足」として書き込みます。

補足日時:2001/03/10 00:18
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この回答へのお礼

 なるほど。真の全知全能者は「概念」なるものさえ超えているのかもしれませんね。…とはいえ、ここでは「有限な人間が見る夢のようなもの」としての「全知全能者概念」の問題でしたから…ああ、いや、同じことなのでしょう。人間の限界を超えている、だから概念なるものをも超えている。論理では捉えきれない。そういうことに、なりましょうか。
 …一応、最後のご発言ということになると思います。締めていただいて、ありがとうございました。

お礼日時:2001/03/10 00:16

xinmanの愚答に付き合って下さった、ふくろうくん、へびくん、回答者のみなさん、そして、「パート1」を立ち上げてくださったfwappyさんと友人の某君に感謝。

xinmanはとても楽しかったよ。

>この質問スレッドは、今夜12時過ぎを以て閉鎖を考えております。
そゆことでしたら、また、別の質問スレッドでお会いすることに致しましょう。
でも、もう一回くらい現れるかも?
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この回答へのお礼

 へびくんだよっ! じゅう、にじまで、ひらいてるから、きが、むいたら、きてねっ!

お礼日時:2001/03/09 21:08

投稿してる間にお礼がっΣ( ̄口 ̄;)!


>ふくろうくんがね! xinmanさんの、「れきし」がこたえだって、ゆってるよっ! 
こたえがでてる、でも、xinmanはかんがえるあしでありたい。

xinmanは、ただいまの~みそおやすみちゅうです。また、あとできます。
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この回答へのお礼

 みたび、ふくろうです。ご来場の皆様にご案内申し上げます。この質問スレッドは、今夜12時過ぎを以て閉鎖を考えております。「ちょっと待ったコール」がおありでしたら、それまでにご用命くださいますよう、お願い申し上げます。ご来場、ありがとうございました。

お礼日時:2001/03/09 15:06

つれづれなるままに、xinmanです。


”完全”であることと、”全知全能”であることは、イコールじゃないですよね。
”完全”であった場合には、”哲学”は成立しませんもんね。答えが”完全”にわかっているから。”全知全能”であった場合には、”哲学”はたぶん成立する、のかな?”全知”は、答えがわかっている。”全能”は、それでも考えられる。でも、”全知全能”には、”完全”も”哲学”も包括されちゃうのかな?”完全”は、”色(シキ)”の極み。”全知全能”は、”色即是空空即是色”の極みみたいなものかな。わたしは、”哲学”が許される存在でありたいので、”完全”よりは”不完全”を選びます。選べるのなら。っていうか、今のままで十分”不完全”です。”完全”にはなりたくない。でも、限りなく”完全”に近い”不完全”でありたい今日この頃です。

しかし、だんだん、”全知全能”の話題から離れていってるのは、ただの移り気のせいだろうか? それとも、”全知全能の存在”により、”全知全能”の話題から逸らされつつあるのだろうか? もしかして、”全知全能”の本質に近づき過ぎたために、”証明”されることを恐れた”全知全能の存在”がなにか行動を起こし始めたのかも?なんてこと、考えてるのはxinmanだけなのかな~?みなさんはどう?
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この回答へのお礼

 ふたたび、ふくろうです。stomachmanさんのへびくん宛て回答のあたりから、新しい流れが出来たようですね。人間知性の有限性、またそれゆえの無限性。そうですね、私も「完全者」にはなりたくないです。「不完全」の方がずっと楽しい。「知らないことが、まだある」という楽しさでしょうか。もっと遠くを見るために、ふくろうは飛びます。今宵も。

お礼日時:2001/03/09 15:05

あっ!やっとわかった!!ふくろうくんとへびくんがなぜここでいっぱい出てきてお話してるかが・・・・(ちがってたらごめんなさい。

)stomachmanさんの回答みてそうおもった!『不完全』であることの証明が、ふくろうくんとへびくんそのものだったんだ。『こども』が、キ-ワ-ド?うぅぅぅ・・・・・なんで、stomachmanさんもっとはやくおしえてくれないかなぁ~~~littlekissの頭ん中蝶ちょ結び通り越して『団子結び』になっちゃってほどけない(こんがらがってギュ-)・・・・
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この回答へのお礼

 ふくろうです。いや、ちがっていませんよ。というか、思ってもみなかったのですが、そのlitttlekissさんの「読み」は、言われてみればその通りだという気がします。人間は永遠に子ども…そうなのでしょう。
 おや? へびくんは自分の尻尾に噛みついてます。お気に入りの「ウロボロスごっこ」です。「むげんだよっ!」って、言いたいんだね、へびくん。

お礼日時:2001/03/09 15:04

へびくんへ。

 
 むずかしい ことばを つかって しまって ごめんなさいね。よくわかったね。えらいな~
 でもね、すうがくで もし かんぜんせいていり が なりたって しまえば、 けんきゅう なんか しなくても きかいで ぜんぶの せいかいを わりだせるんだよ。
 にんげんの りせいや ろんりが もし かんぺき だったら、もう それいじょう、しんぽは しないんだよ。
 かんぺきな おりこう じゃ ない から、にんげんは いつまで たっても こども。いつまで たっても ゆめを みて せいちょう しつづける ことが できるんだよ!
 だからね、ふかんぜんせいていりって だいすきだよ。 
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この回答へのお礼

 またまた、へびくんだよっ! やさしい、ことばで、かいてくれて、ありがと! うれしいな! でね! ふくろうくんがね! かんとーるってゆうひとから、ひるべるとってゆうひとをへて、げーでるってゆうひとのとこまで、いく、すうがくの、れきしの、ながれって、かんとってゆうひとの、てつがくまでの、れきしを、なぞってるみたいだって、ゆってたよっ! へびくん、ぶん、ながいと、つかれちゃうなっ! でね! にんげんの、りせいには、げんかいが、あるんだねっ! でも、だから、にんげんは、むげんの、かのうせいが、あるんだねっ! そおゆうふうに、これからも、ゆうげんの、むげんを、れきしの、なかに、あるいて、きざんで、いくんだねっ! へびくんも、おべんきょう、がんばるねっ! やさしい、おへんじ、ありがと! うわ~い!

お礼日時:2001/03/09 12:00

いいじゃないですか、UKIKUSAさん。

袖振り合うも他生の縁。
あなたも一緒に無駄…じゃなっかた有益な楽しい時間を過ごしませんか?

ところで、へびくんにxinmanからのしつも~ん!
もし、へびくんがぜんちぜんのうだったらなにするのかな~?
やっぱり、やっぱり~、エヴァのおねいちゃんをゆうわくしちゃうのかなぁ?
わたしのことはゆうわくしてくれないのかな~?
こんやは、あまどをあけてまってるからね~!

確かに、やってみると結構疲れますな。
今のわたしが”全知全能”だったら最初に”全知全能の存在の矛盾”を証明したいな。きっと、簡単にできちゃうんだろうな。それでも、なお、”存在”し続ける。もしかして、”全知全能の存在”って”混沌”なのかな? でも、”全知全能”だから、”混沌”であるか否かはどちらにも成れるんだろうな。”全能”だったら”達成感”を味わえるのかな? たぶん”全能”だから味わえるんだろうけど、それによる”喜び”をえられるのかな? これもたぶん得られるんだろうね。”全能”だから。”全知”って”知る喜び”を知っているのかな? 知っているんだろうな。”全知”だから。そして、”知る喜び”を得ることもできるんだろうな。”全能”だから。そして、”全知全能の存在”であるがゆえに、きっと”全知である苦しみ”、”全能である苦しみ”を味わうんだろうな。当然、抜け出す術は”全知”だから知っているし、”全能”だから行える。でもって、”全知全能の存在”であるわたしは”全知全能”のちからを自らの”全能”のちからで消し去るんだろうな。そして、自分が”全知全能の存在”であったことを忘れて生きていくのかな。”全知全能の存在”であったことを憶えていたら、きっと、後悔するからね。わたしには”全知全能の存在”の心理はわからないけど、”無知無能”だったらきっと楽しいだろうな。”無知”だから見聞きしたもの全てが新しい。”無能”だけど”無知”だからちっとも辛くない。でも、”無能”だから、見聞きすらできないのかな。でも、”無知”だからへっちゃら~。”無知無能”も考えていったら”全知全能”とあんまり変わんないかも。
でも、わたしら”人間”って、”全知全能”と”無知無能”のどっち寄りなんだろう?

へびく~ん!どうおもう?
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この回答へのお礼

 ほぉ~い! へびくんだよっ! へびくんね! ふくろうくんが、はこんでくれるから、どこでも、いけるよっ! でね! にんげんが、ぜんちぜんのうか、むちむのうか、ってゆうの! ふくろうくんがね! xinmanさんの、「れきし」がこたえだって、ゆってるよっ! むちむのうの、むげんしゅうごうが、ぜんちぜんのう、なんだって! へびくん、よくわかんないけど、うえの、stomachmanさんあての、おれいも、よんでねっ! そしたら、わかるかもっ! きゃほ~い!

お礼日時:2001/03/09 11:58

いったい何なんだーーーー。

あなた達のやりとりは・・・。
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この回答へのお礼

 ふくろうです。解離性同一性障害モードはなかなかキツいです。
 正解はもう出ておりますし、全知全能の矛盾を導くことの不可能性はstomachmanさんの詳細かつ緻密な論考によって示されているように思います。質問者としては、ここを開けておく理由は……なのですが。
 あと一日ほど様子を見ようかと思います。(もちろん、「ちょっと待った!」コールがあれば待ちます。)
 なお、UKIKUSAさんには、1ページ後ろの「知ること、知ったかぶること」という質問を御一読願えれば幸いに存じます。

お礼日時:2001/03/09 00:29

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Q全知全能の神が存在しないことの証明

ちは~、ふわっぴぃです。

実は友人の某君から難題を吹っかけられました。

「全知全能の神が存在すると矛盾することを示せ」

私はこういうことはからっきしダメなので往生してます。

どなたかいい智慧を授けてください。

(蛇足)
ヒントをくれといったら、某君はこういいました。

「そうだな、ゲーデルの不完全性定理でも勉強するんだな。
でも、丸暗記とかはダメだぜ。自然数論とか形式的とか
証明とかいう専門用語を一切出さずにいわんとすることを
的確に表現した喩えで答えてくれよな。」

Aベストアンサー

 ふくろうです。こんばんは。

 ご友人の鼻を心配しています。へびに噛まれてはいないかと。
 でもご安心を。毒はありません。へびくん、この手の知的な論理ゲームは大好きなんです。ほら、こんなこと言ってます。

「ほ~い! へびくんだよっ! あそぶの、だいすきだよっ!
 じゃーね、またかんがえたの!

 ふくろうくんは、なんでもしってるの! 「ぜんち」なの!
 だから、じぶんがいつ、しぬか、しってるの! すごいな~。
 でね! もしふくろうくんに「ぜんのう」のちからがあったら、そのひがきても、いきのこれるの! でも、そのひには、しなないことになっちゃうの! それじゃあ、まえしってた、じぶんがしぬときって、なんだったのかなぁ~? しらなかったことに、なっちゃうじゃん! うわ~い、「ぜんち」じゃないんだぁ~
 でね! もしほんとに「ぜんち」だったら、そのひに、しななくちゃ! かわいそうだけど、ふくろうくん…。…ぜんのうじゃ、なかったんだね…。
 だからね! ふくろうくんは、ぜんちであって、どうじに、ぜんのうであることはできないの!
 これで…えーと…くおど?…んーと…えらと?…で…でも…でもんすとらんだむ!
 ことば、むつかしいなぁ~

 でもね、これ、かんたんにこわせるよ! かぷっ! ほら! こわれた! うわ~い!」

 …だ、そうです。
 あの…子どもですんで、大目にみてやってください。
 あ~、また、別なの考えてる…。おめめキラキラだね、へびくん。

 ふくろうです。こんばんは。

 ご友人の鼻を心配しています。へびに噛まれてはいないかと。
 でもご安心を。毒はありません。へびくん、この手の知的な論理ゲームは大好きなんです。ほら、こんなこと言ってます。

「ほ~い! へびくんだよっ! あそぶの、だいすきだよっ!
 じゃーね、またかんがえたの!

 ふくろうくんは、なんでもしってるの! 「ぜんち」なの!
 だから、じぶんがいつ、しぬか、しってるの! すごいな~。
 でね! もしふくろうくんに「ぜんのう」のちからがあったら...続きを読む

Q全知全能の神が・・・なぜ

全知全能の神が
なぜ
生まれながらに罪を持った人間を創造したのですか?
また、それを悔い改めよとおっしゃるのはなぜですか?
罪があるのは人間の責任ですか?

Aベストアンサー

 神義論という議論が、はるか昔からあります。
 おおまかには、あなたのこの問いに類する疑問に答えようという試みです。つまり、あなたのこの疑問は、はるか昔からあったということですね。
 で、そのおおまかな結論は、「神の考えは人の理解ができるものではない」というものです。
 予定説とも、密接にリンクする話です。

> 人間に罪があるというのは
> 製造者に責任があるのではないですか?

「例えば、こんな人間の論理は、神を縛るものではありません。
 形式論理だろうと、記号論理だろうと、所詮は人間が考えたものです。造物主たる神がその論理学に縛られると思うのは、人間の傲慢というものです」

 という辺りが、「理解できるものではない」の具体的な適用です。

 端的に言えば、あなたが納得できようができまいが、そんなことと神の行為とは、まったく関係ないということです。あなたが理解できなくて、当然です。

Q全知全能な神は存在しないことにより神は存在しない?

全知全能な神は存在しないことにより 神は存在しない?

人の生きがいとは 自己の欲望を満たすことであり他人からの賞賛である。人は全ての欲望が満たされていない時 自己の欲望を満たすために活動することが楽しいのである。
人は 自分以外に誰(生き物全て)もこの世界に存在しないならば生きている意味を見つけることは難しい。人は満たされない欲望を満たすために生きている。

もし 人の全ての欲望が満たされたとするならば 人は何か満たされない刺激を求め始める。全てが満たされた世界に於いて 他人が同じように全ての欲望が満たされていたとしても 人は他人は自分より不幸であるとみなしてしまう。
神が人間を創造したとするならば 神は不完全な人間しか創造できない。何故ならば 人間は不完全である故に完全さを求め続けることにより 幸せを感じることができるからである。

不完全な人間しか創造できない神は 全知全能な存在とは言えない。また 神も不完全な存在である。神が不完全なら 神とは呼べない。よって 神は存在しない。どうでしょうか?

Aベストアンサー

No.5です。遅くなりました。

法華経に詳しいね。σ(・・*)は曹洞宗。

感じ、創価さんではなさそうね。六道どうのこうので、大体判別できるけど

よく知ってあるようです^^; 

 #いるんだ時々、こういう風なところでかき回す邪教徒が。

仏教徒だからね~、八百万の神で「数学の神様」もいれば「トイレの神様」もいる、

ってスタンス。

公理系の話しだけど、黙って書いたわけではないからね。

前述しているけれど
「今観測している現象は、人間が観測して法則だてたものであって、

その法則を神が創った補償はない」

 #ニュートンの「神の存在が証明できない」というのと一緒。

なのだから、少し面倒なことを書くけれど。

「神が完璧でないのか、人間が完璧ではないのか」

この二択になってしまうと、考えるんですよ。

 #σ(・・*)たちのような、そこに宗教を見ていない科学者はね。

で、こういう結論がでるわけね。

「神の存在証明が出来ない以上、それは人間が作り出したものであろう。

人間は不完全であり(不完全性定理もあるしね)、自然界をも不完全にしか解釈できていない、

ゆえに、神の完全性も証明できない」

 #これは結構、大変な話です・・・。

ある程度信じるのか信じないのか? という世界になるとは思います。

そういうところでも、神!を見ることはある。

数学で行くとね「6以上の偶数は、二つの素数の和で必ず表される」。

証明は出来てないけれど^^; (ゴルドバッハ予想という問題)

実際にちょっとやると、

6=3+3 (3:素数だね)

8=3+5 (5:素数だよ)

10=3+7=5+5 (7も当然素数ね)。 こんな風に。

こういうところに、たま~に出没されます。

が、それは数学の神だと思う。 これがね、他のことにも役に立ちそうなら、

まだ考え方はあるけれど、ほかになさそうなんですね。

全知全能の神様ならば、こういうものも全て何か別の領域でも

必ず役に立つのだろう。 何故ならば~で、無駄なことはされないはずだから、ね。

一神というのは、どこか不完全になりやすいと思う。

学術にいる連中は、向こうの連中でもそうだけど、結構たくさんの神様を見てるよ^^;

(=^. .^=) m(_ _)m (=^. .^=)

信じるのか信じないのか?だよ。 σ(・・*)は絶対神は不必要とするけどね。

仏教徒だから、ご先祖が大事^^;

No.5です。遅くなりました。

法華経に詳しいね。σ(・・*)は曹洞宗。

感じ、創価さんではなさそうね。六道どうのこうので、大体判別できるけど

よく知ってあるようです^^; 

 #いるんだ時々、こういう風なところでかき回す邪教徒が。

仏教徒だからね~、八百万の神で「数学の神様」もいれば「トイレの神様」もいる、

ってスタンス。

公理系の話しだけど、黙って書いたわけではないからね。

前述しているけれど
「今観測している現象は、人間が観測して法則だてたものであって、

その法則を神が創...続きを読む

Q神様は全知全能だが、あなたの願いを叶える事は無い

占いに凝っていてね。
他方で出したコメントだ。


タロットの場合だと、タロットに問いかける内容を正確にしないと占えません。
すなわち占ってほしい人がいちじるしく冷静さが欠けていたり、邪心や疑念があって正直でないと、問いかけが成立しないので占いはできません。
名前等の個人情報が無くても相談だけみっちりすれば、「この人」と言うだけでカードの問いかけは成立したりします。
占い師なら全知全能のごとくすべてお見通しなので何も言う必要がないという思い込みで相談したいのならそれは間違いです。
そう言うタイプは最終的にカルト宗教に行きつきますが、神様にお願いしたとしてもですよ、願いに邪心や疑念があって正直でないと、願い事を聞き届けたりしないでしょう。
正直な真心を打ち明ける事が、相談事を持ちかけるコツです。
相手がだれであれ、仮に神様だったとしてもです。


さて。
良くある苦悩に、全知全能の神様は何故私の願いを聞き届けてくれないのか、というエテ公の独りよがりがある。
それは願い、または望みが正確でないのだ。
自らをあざむき、社会をねたみ理解しようとしない、そんな君達は、教え込まされた欲望ばかりで自らに望みがないのだ。
すなわち同じ人間でも仏陀としての知恵がなければ、神と通じ合う事は無い。
すなわち、エテ公のマスタベーションを神様が手伝う事は無い。
そう言う事だよ。
神様が不完全なのではなく、君たちが不完全で、それは当然だと考えるかもしれないが、自身の自覚すらないため、そもそも正しく願う事が出来ない惨憺たる状態なのだ。

意見してくれ。

占いに凝っていてね。
他方で出したコメントだ。


タロットの場合だと、タロットに問いかける内容を正確にしないと占えません。
すなわち占ってほしい人がいちじるしく冷静さが欠けていたり、邪心や疑念があって正直でないと、問いかけが成立しないので占いはできません。
名前等の個人情報が無くても相談だけみっちりすれば、「この人」と言うだけでカードの問いかけは成立したりします。
占い師なら全知全能のごとくすべてお見通しなので何も言う必要がないという思い込みで相談したいのならそれは間違いです...続きを読む

Aベストアンサー

私の最大の喜びは、困難を克服する喜びだ。
それは、予め与えられている。

世界を愛し、自分の可能性を最大限に活かす事だ。
それは、与えられる事ではなく与える事であり、
「聞き届けて」もらうものでもない。

Q全知全能?

全知全能の神うんぬんというセリフを耳にしたことがありますが、
過去も未来もその神が、すべて知っているのでしょうか?
未来の可能性において、人間の意志の介在する余地はないとでもいうのでしょうか?

Aベストアンサー

No.3です。


>つまり、擬人化された神(偶像化された神)は過去の何らかの偉人もしくは、存在すればいいなと思われる人が、語りつがれ伝説化し、ついには神格化されるとゆうことですか

はい、そうです。

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1081.html

全知全能と日本語となっていますが、過去にありしものは、現在にもあり、未来にもある というのが本来の意味だと思います。
それはなにか? 自然界です。 私からそれば、それに最も該当するものは万物の法則。



>人間の意志の介在する余地はないとでもいうのでしょうか?

で、人間はもろい動物ですから、普通集団で生活をして自分を守ります。
特に敵から攻め込まれて土地を奪われないためには、大きな集団を形成した方が有利。
子宝に恵まれ、人口が増えた集団の方が有利。

ところがどうして子供ができるのか、わからなかったんですね。
それで神が与えたとして、宝は神からもらった とした。

子供ができに夫婦もいますが、医学が進むと、そのメカニズムがわかるようになり、試験管で受精させて、体内に戻したりしますよね。

医者が生命を誕生させるわけで、医者が神みたいなもの。

ほら、人間が神の領域に介入して神しかできないとされたものを、知恵をもってできるようになった。


子供ができない妻を毎晩棒で殴って叱責する夫。
その妻が別の男に助けられ愛が芽生え妊娠。
つまり、子供ができない原因は妻にあったのではなく、夫にあったわけです。



子供ができない夫婦は神に呪われていると古代ユダヤ教では信じられていたんですね。
それで、マリアの両親は子供が長年できなかったので、神殿に神に子供ができますようにと祈りにいって、子供ができない神に呪われた夫婦は祈ることは許さないと追い払われてしまった。
マリアの父 ヨアキムは荒れ野で40日間修行をした。
二人は離れ離れに暮らしたわけです。
マリアの母アンナは家で祈っていて、そこに天使がやってきた。
そして妊娠。

理由はわかりますよね?
マリアはアンナとヨアキムの間にできた子ではなく、アンナと天使との間にできた子。


それと同じ話がイエスの誕生にも書かれている。
マリアは天使と面会。 その後妊娠。


イエスは無原罪の宿り子?  いいえ、ちゃんとセックスし、二人とも健康だったから精子と卵子が受精して、生命が誕生したわけです。
というように、実際は人間と人間がセックスをしてできたわけですが、その相手がある宗教で天使階級の人で、天使の添え名というか肩書きを持つ人だった。
その階級の人は地 つまり 町にくだり祝福を与えて、天使の血を地上に降ろすという慣わしがあった。
(恐らくエジプトから伝統として継承された仕来りだと思います。 が 秘儀なので知られていない。)



何事にも因果関係がある。
万物の法則がそのルール。
そのルールを知らないと、神から呪われた人は子供ができないとなってしまう。
セックス抜きで子供ができたから原罪が無い?
生命が誕生するに至る原因はあったが、その原因を知らなかったからで、原因が無いのにできたわけじゃあない。

万物の法則に添ったので、生命が誕生した。
万物の法則に誤りはない。
過去も 現在も 未来も。

それに人間の意志が影響を与え、万物の法則が変更になることは絶対に 無い。

と思いませんか?
もし、宇宙の秩序が人間の意志で変えられてしまったら、大変なことになります。

私もあなたも存在しないし 生まれてもいないことになるかもしれない。
万物の法則が人間の手によって崩壊させられたら、カオスの世界になります。

何の秩序も無く、法則も無い。

何もかも消えてなくなってしまいます。

No.3です。


>つまり、擬人化された神(偶像化された神)は過去の何らかの偉人もしくは、存在すればいいなと思われる人が、語りつがれ伝説化し、ついには神格化されるとゆうことですか

はい、そうです。

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1081.html

全知全能と日本語となっていますが、過去にありしものは、現在にもあり、未来にもある というのが本来の意味だと思います。
それはなにか? 自然界です。 私からそれば、それに最も該当するものは万物の法則。



>人間の意志の介在す...続きを読む


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