こんにちは。
アレキサンダー大王の墓についてお伺いします。

1.アレキサンダー大王はアジア遠征を終えた直後の紀元前323年バビロンにおいて熱病のため死去しましたが、その後同大王の遺体はどのように処理されたのでしょうか。当時エジプトではミイラ処理、ローマでは火葬、ペルシャでは風葬とさまざまな方法がとられていたようですが、同大王はいかなる方法によって埋葬されたか記録や伝承はあるのでしょうか。

2.大王の遺体は、バビロンからマケドニアに搬送される途上、部下のプトレマイオス将軍によって奪取され、エジプト・アレクサンドリアに移された後に陵墓がつくられたとされていますが、アレクサンドリアの具体的にどのあたりに墓が作られたのか記録や伝承はあるのでしょうか。

3.大王の陵墓の形状や大きさについて記録や伝承はあるのでしょうか。

4.大王の陵墓については、ローマ帝国のアウグストゥス帝やカラカラ帝が参拝したことが判明しているものの、その後の記録はないと聞きました。大王の墓はいつ頃誰によって破壊されたのか、現代ではどのように推測されているのでしょうか。

A 回答 (1件)

1、マケドニア人の葬儀は土葬らしいです。

死の間際にはマケドニア兵たちによる最後の別れが延々と行われていたようで、何の処理もされてないと思われます。葬儀はペルシャ流の喪の風習に従ったらしいですが、とにかく遺体をマケドニアの首都アイガイに運ぶことになったようです。詳しい記録はとくにありません。

2、アレクサンダー大王の墓は、複数あり、どれが本当かわからなくなったというのが実像です。プトレマイオス1世は320年に大王が神官からエジプトの正統な王と認められ地メフィスに最初の墓をつくりましたが、彼は後に自分の王国の首都としたアレクサンドリアに第二の墓をつりました。さらに百年後、プトレマイオス4世は、第三の墓を作り、その周りに歴代のプトレマイオス朝の王の遺体を集めて集団墓地にしたとされます。
その後、ローマ時代からその終わりにかけて、歴史が隔絶し、いくつもの間違った説が登場します。特にサン・マルコ教会の近くとか、ナビ=ダニエルのモスクと同じ場所という説などは、その後の歴史家を大いに混乱させ、このローマ後期の別の墓がアレクサンダー大王の墓だと信じれていたのです。1991年にアルバトルの墓がアレクサンダー大王の墓とする説が主張されましたが、このプトレマイオス時代の墓は時代的にはあうものの、碑文等がないので仮説は不明のままです。
ちなみにシリア砂漠のあるオアシスにある墳墓がアレクサンダーの墓だというような主張もあります。

3、アレクダンドリアの図書館には記述がある図書があったかもしれませんが、それらは失われています。

4、アレクサンドリアは度々、地震に襲われていて、また都市も荒廃しました。ローマが撤退して以後は、イスラムの侵出と、大型船の時代に合わない港湾設備のために交易も衰退し、誰かが壊したのではなく、忘れされれていったというだけです。また長年つかわれた都市というのは、時代を経るごとに古い時代の上に新しい町ができていきます。アレクサンダー大王の墳墓も地下墳墓とみられているので、上に別の建物ができたということです。
「アレキサンダー大王の墓について」の回答画像1
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この回答へのお礼

懇切丁寧なご回答大変ありがとうございます。

1.遺体処理が土葬という点につきご教示ありがとうございます。墓所の写真も大変参考になりました。アレキサンダー大王の遺体については、死後直ちに激しい後継者争いが発生したため、相当長期間にわたり大王の遺体が放置されたという記述を以前読んだ気がします(自信はありません)が、もしその記憶が正しいとすると、大王も死後の運命は相当悲惨だったように思えます。

2.大王の墓が3箇所もあったというのは意外でした。大王の遺体(遺骨)も新しい墓所ができる度に移されたと理解してよいのでしょうか。ご教示頂いた内容からすると、3つの墓のいずれもが政治的な理由(時の権力者が大王の権威を利用するため)で造られたように思われますので、いかに当時大王の権威が強かったかが感じられます。

3.大王の陵墓の場所が行方不明となっている理由が破壊されたためではなく、単に忘れ去られてしまったためであるということですね。アレクサンドリアがキリスト教徒、続いてイスラム教徒の国になってしまったために神格化されていた大王の墓は破壊されたという考えがある旨を以前読んだことがありますが、かりにそうだとすると、エジプトのピラミッドやローマにあるローマ諸皇帝の墓所が破壊されなかったことの理由がつかないですので、やはり単に忘れられてしまったということのように自分も思います。そうすると、いつの日か大王の墓が発見される可能性があるということですね。

大変勉強になりました。

お礼日時:2009/04/26 14:38

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Q長男の眠るお墓に次男は一緒に入れるのかどうか

両親は健在です。
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ある方から長男の眠るお墓には次男は入れないということをお聞きしました。そのことで、すごく父は悩んでいます。
両親は、いずれ自分たちの建てたお墓に入り、名義を弟(次男)に変更して管理して欲しいと考えています。
(長男には嫁と息子が一人います。)

そこで、質問なのですが
長男の眠るお墓には、両親は入れても次男は入ることができないのでしょうか?

Aベストアンサー

曹洞宗の僧侶です。

お墓や仏壇などの先祖祭祀に必要な法具は、そのお家の祭祀を継承する方が、一括して継承します。祭祀継承者は社会通念や地域の慣習にしたがって決定されることになりますが、一般には長男→配偶者→存命の親→その他の兄弟姉妹→その他の親類、といった順になると思います。
しかし、この順番は絶対というものではなく、お家の事情によって、どの方が祭祀継承をされても問題はありません。
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最近は、後継者の問題や経済的な問題で、兄弟姉妹でそれぞれの別々に一家のお墓を構えることが難しくなってきているお家が少なくありません。私の寺でも長男家と次男家が共同で一つのお墓を持つ「合家墓」を建立されているところが複数あります。
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蛇足ながら、公営・私営の霊園では使用規定で納骨できる続柄の範囲、御遺骨の数を限定している場合もあるので、そのようなケースでは霊園管理者に確認される必要があります。

曹洞宗の僧侶です。

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Qアレキサンダー大王が世界征服を達成していたら

”アレキサンダー大王が世界征服を達成していたら、地中海・近東・アジアにおいては「ヘレニズム的仏教」が世界の基軸思想となり「キリスト教」の出番は無かった。”
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Aベストアンサー

'If Alexander the Great Had Lived On', in Toynbee (ed.): Some
Problems in Greek History (Oxford University Press, 1969):early steam engines are combined with early rail tracks to allow the Greeks to form a mighty empire.Arnold Toynbee considered what might have happened if Alexander the Great had not drunk himself to death in 323 B.C. at the age of thirty-three. … The world religion he envisions under a global empire ruled by a continuous succession of Alexanders is a hellenized version of Buddhism, highly plausible given the extraordinary similarity between the teaching of the popular Greek philosopher Pythagoras and those of the Buddha.

これじゃないかな 出典が
http://alternatehistory.net/discussion/showthread.php?t=60801
で、サイトが、もしかしたら、これもあった歴史かも というサイトなので、本当の出典にあたる必要がありますが、トインビーが書いているから、それもありだね、なんて感じで、トインビーの文章を引用しているので、これかも。

'If Alexander the Great Had Lived On', in Toynbee (ed.): Some
Problems in Greek History (Oxford University Press, 1969):early steam engines are combined with early rail tracks to allow the Greeks to form a mighty empire.Arnold Toynbee considered what might have happened if Alexander the Great had not drunk himself to death in 323 B.C. at the age of thirty-three. … The world religion he envisions under a global empire ruled by a continuous succession of Alexanders is a he...続きを読む

Q次男が継いだ墓を長男に返すべきか

いろいろと、専門家やお坊さんに聞くと・・・
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ここで質問なのですが、現在私の家では、祖父が次男だったのですが、長男が遠くに行ってしまったため、次男筋が墓を継いでいます。
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宗教法人の人です。専門家ということになるでしょうか。

霊的な問題というのは、その家筋によって答えは変化することがあるのですが、
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どなたかがおっしゃっておられるように、

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>(長男が死んだり、籍を抜いて他人の家に出て行った場合は次男が継ぐことになる。)

ということですね。お墓は長男筋にお返しして、あなたはお祖父様を初代とする分家墓を
建てられると良いでしょう。ただ、もし長男筋がお墓の跡継ぎを拒むようであれば、
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Qアレキサンダー大王は東へ

 意味のない質問かもしれませんがアレキサンダー大王は東へ行き次々と征服していきましたが西の方、つまり古代ローマの方には関心がなかったのでしょうか?

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ローマの存在は知っていたでしょう。しかしイタリアは当時のギリシア世界から見れば、辺境、未開の地。対するペルシアはもともとギリシアの宿敵でもあり、ギリシアからみてもなお古代の文明を保つ先進国であったわけです。
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Q教えてください。 お墓の問題です。 私の父親は次男です。 父親の長男が墓守になるのが定石ですが、離婚

教えてください。
お墓の問題です。
私の父親は次男です。
父親の長男が墓守になるのが定石ですが、離婚しておりその子息は別の墓にはいるとのことで、当家に墓守をお願いしたいと要望されました。
もちろん、本人も入れてくれとのことです。
頼まれたのは、父の息子、長男の私です。
私の父親はすでに他界しており、現在その墓に入っています。
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籍は、当家のままです。
わかりづらい文章ですが、ご教授よろしくお願い致します

Aベストアンサー

祖父の代から受け継いだ墓がある
祖父には息子が二人(あなたの伯父と貴方の父親)
伯父は存命
貴方の父は死亡しており その墓に入っている
伯父には息子(あなたのイトコ)がいるが 伯父は離婚しており、伯父の息子(あなたのイトコ)は母方(伯父の元妻・イトコにとって母親)についたため伯父には跡取りがいない

伯父は死後はその墓(祖父の代から受け継いだ墓で、貴方の父が入っている墓)に入りたい 
そして墓守をあなたに頼みたいと伯父が依頼してきた

あなたは自分の母親がその墓に入っていいのか?を聞きたい

そういうことでしょうか??

貴方のお母様が貴方のお父様と離婚していないなら同じ墓に入ればいいと思う。

現在のおじさんの立場は独身ですよね。

独身の伯父 が甥(あなた)に後は頼む と依頼してきた
と思えばそれでいいと思う。

Qアレキサンダー大王の目的は?

アレキサンダー大王の行動パターンは織田信長と通ずるように思いますが、彼は宿敵ペルシャに復讐する為にペルシャに侵攻しますが、ペルシャ征服後も進撃をやめずインドまで進んでいます。

この間に度々本国から増援を得て兵力の回復を図っていますが彼の飽くなき征服欲に部下の兵や指揮官の反乱が度々起こっているにもかかわらず、強圧的に鎮圧して進撃を続行しています。

勿論ペルシャ侵攻後次第に心境が変化したことは承知していますが、彼がそこまで進撃に拘った理由は何でしょうか?

単なる征服欲、病的な偏執狂だったのでしょうか?

Aベストアンサー

部下の兵や指揮官の反乱はアレキサンダーの「支配地との同化政策」にありました。

つまり、
「征服しに来たのか?征服されに来たのか?わからん。」
「勝利した旨みが無い。」
という非常に現実的な不平不満です。

一方、アレキサンダーを突き動かしていたのは
「世界は統一できる!」
という、古代ギリシア的な世界観でしかわからない「夢とロマン」であり、
軍事的天才、超人的強者というイメージだけでは捉えられない「別の理由」です。

むしろ「宗教的価値観と現実的価値観は別」と考えていた織田信長とは対極をなす人物だ、と思いますよ。

「私は冷たく湿ったエレメントから火へと突入しなければならない、インドへの進軍を行なわなければならない!」

この言葉の意味は参考URLをご覧下さい。

参考URL:http://www.bekkoame.ne.jp/~topos/steiner/weltgeschichte/weltgeschichte4.html

Qお墓は長男が、位牌は次男が管理している状況について

私の父は長男ですが転勤が多かったため、父の実家は叔父が継いでいます。父の両親はすでに他界しており、父の両親の位牌は叔父の家の仏壇にあります。
しかし父の母の生前の希望で両親のお墓は父が建て管理しており、いずれは父もその墓に入ることに成ると思います。お寺での法要なども父がしてきました。

お墓は父が、位牌は叔父が管理しているこの状況が不自然な感じがしています。父も高齢になり、その事を気にしているようです。父が両親の位牌を叔父から譲り受ける方がいいのでしょうか?それとも、他の方法がいいのでしょうか?

何かご意見をいただけたらと思い、質問しました。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 位牌は1つでなければならないということはありません。いくつあっても良いのです。
 例えば,曹洞宗であれば,道元禅師と蛍山禅師の位牌はどの末寺にもありますし,檀家の仏壇には,位牌ではありませんが,絵像が祀られています。
 供養する気持ちがあるのであれば,兄弟それぞれが親の位牌を作って仏壇に安置して,差し支えありません。
 うちの場合,祖父母の位牌や先祖代々の位牌は,本家を継いだ次男(長男が夭逝したため,次男が本家を継いでいます)の家にも,三男の家にも,四男(私の父)の家(つまり我が家)にも祀られています。
 
 叔父様から位牌を譲り受けるのではなく,御父様が新たに位牌を作られて,仏壇の御本尊様の傍に安置さるのが宜しいかと存じます。

Qアレキサンダー大王が世界征服を達成していたら

アレキサンダー大王が中国・インド・地中海世界を支配下に置いていたら、「仏教」教義と融合したヘレニズム的な合理主義が世界の根幹思想となり、その後の「キリスト教」は歴史に登場する出番が無かったと誰か著名人が言ったらしいのですが、これは妥当なところなんでしょうか?

Aベストアンサー

1:インド以東遠征の可能性
アレキサンダー個人はともかく、従軍したマケドニア・ギリシャ兵にとっては、遠征の目的が「ペルシャ打倒」でしたので、ペルシャを打倒した段階でそれ以上の遠征のモチベーションはわかない。旧ペルシャから従軍した兵に関しても、文化圏が違うので、遠征のモチベーションは低い。

2:仏教の優位性
仏教がインドに於いて優位になったのは、アショカ王時代であり、それはアレキサンダーの後。アショカ王以前においては、インドにあるいくつもある宗教の一つでしかなく、仏教が(仮想)大アレキサンダー帝国において国教等優位な宗派になるかどうかは確定できない。すくなくとも、アレキサンダー大王には、ペルシャ文明に対する尊敬の念はあっても、インド文明に対する尊敬の念はないようように思えますので、アレキサンダーおよびその後継者が仏教を国教等優位な宗教として採用する可能性は低い。

3:キリスト教の出番
その著名人の発想には、教義の優れているものは、自然に拡がりそれより劣った教義の宗派は広がり得ないという因果律があるように推測します。多くの宗教が生まれ、栄枯盛衰を重ねながら現在も存在しているという事実から、そのような因果律はあり得ないと思います。
歴史的な仮定があまりに突飛なので、キリスト教自体が生まれたかどうかはわかりませんが、1,2の可能性自体が果てしなく低いと考えますので、この3自体を考えることは思考実験としても限りなく可能性が低いものだと考えます。

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Q長男に子供がいないとお墓は誰が継ぐのでしょうか?

お墓についてお尋ねします。
お墓は長男が継ぐのが普通だと思いますが、長男が結婚していても子供がいない場合もそうなのでしょうか?
もし、長男が継いでもその後をみる子供がいなければ、絶家になってしまいます。
それを防ぐために、子供のいる次男が継いでもいいのでしょうか?その場合、長男はそのお墓には入れないのでしょうか?
皆様のアドバイスをお願いします。

Aベストアンサー

祭祀の承継問題ですね。
祭祀財産(お墓を含みます)は通常、一般の相続財産から引き離し、慣習に従って祖先の祭祀を主宰する者が単独で承継します。
被相続人が生前あるいは遺言で指定した時はその者が承継し、指定がない場合はその地方の慣習により、慣習が明らかでないときは、調停または審判により家庭裁判所が定めることになります。

親から祭祀財産を相続した長男に子供がいないのであれば、次男に祭祀の主宰を承継してもらったらいかがでしょうか?それなら長男がお墓に入ってもなんら不思議はありません。

なお、通常、お墓は所有権ではなく永代使用の権利を購入していると思います。ということは、お墓は墓地代や墓石代を払った人のものというより、その後の管理料支払い等の墓地継続使用の条件を満たす人のものと言えます。そして、どの霊園でも墓地使用者の名義を書換えする権利を認めていますが、今回のことではあまり関係はないでしょうが墓地使用者の名義書換のとき、使用者の姓の変更を認める霊園と、それを認めない霊園がありますのでご注意ください。前者は民営霊園に多く、後者は公営霊園に多いようです。

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Qアレキサンダー大王の愛馬の性別

アレキサンダー大王の愛馬ブーケファロスは雄か雌のどちらだったのでしょうか?

Aベストアンサー

ブーケファラス(Bucephalus)は男性名なので
オスでしょう。
暴れ馬もだいたいオスが普通ですし、
子供を生むメスならわずか13タラントで売らないでしょう。
ちなみにアレクサンドロスがこの馬の死後、
紀元前326年に
都市につけた名前はこの女性形である
ブーケファラ(Bucephala)というものです。
ちなみに
都市/国/船などは伝統的に女性名詞となります。


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