チャンドラ・ボースの戦いについて書いてある記事を読んでいるのですが、最初からわかりません。英国に植民地化されていたインドがあって、じょじょに時間をかけて英軍から脱しようと考えていたのがガンディーですよね?
あと、イギリスはインドを植民地化って、インド人にたいしてどういう扱いをしていたのですか?働かせてて自分たちの資源や食物にしていたのですか?それとも、地元の人とは別で、イギリス人を派遣して波田家をたがやしていたのですか?(そんなわけないか・・・)インド人は多少の自由がある奴隷と同じような扱いだったのでしょうか?

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A 回答 (3件)

植民地は一般的に、国の主権あるいはその領土の一部に対する主権を他の国(宗主国)が握ることを言います。


アメリカが日本を統治したGHQみたいなものです。GHQは敗戦処理のための一時的な占領でしたが、植民地は恒久な異民族支配を目指したものです。
あなたが質問しているのは、プランテーションなどの経営のことですよね。厳密には政治とは少しい違う問題です。ただし、異民族が別の国を支配する目的は、利益を得たり、自国や別の植民地を守るために必要な軍事拠点などを気づくためです。
インドの場合も、イギリス人が会社を経営したり、農場の主だったケースは多いと思います。しかし、インド人にもそういう立場の人もいたでしょう。イギリス人に有利な制度が維持されていても、あからさまにイギリス人しか会社や農場を所有、経営できないとやると、地元の有力者から協力がえられません。
少数のイギリス人が、巨大な人口を持つインドを植民地支配する上ではインド人の有力者やエリートも植民地体制に組み込んで協力させたり、イギリス人とともにインドを統治するかのような感覚を持たせる必要があったのでは?
しかし、お互いの文化や利益の違いが意識されたり、ナショナリズムにより民族の自覚が促されると、多民族からなる帝国は崩壊を余儀なくされてしまいがちです。あとは状況によって、独立戦争など音を立てて崩壊する(ハードランディング)か、ソフトランディングするか異なる道を歩むことになります。両者の間で揺れ動くこともあるでしょう。
また、インド自身が分裂して、戦後にパキスタンなどの国家が分かれていきましたよね。これはイギリス人が少数支配を継続するテクニックとして、現地の有力者やエリートがヒンズーとイスラムに分かれていがみ合い、矛先をイギリスに向かないように仕向けたことが原因です。
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インドのヒンズー教徒(戦後のインドの8割は


この宗教の信者)は、カーリー女神だったと
思いますが、人身御供してました。ヒトを殺して
多神教ではそれを神に捧げるっていうのがあります
がそれ。その、文明国から見たら野蛮な行為をイギ
リスは禁止しました。あとは、同じくヒンズー教徒
の、夫を亡くした妻を亭主の死体を焼く炎の中に投げ
落して焼き殺すっていう【サティ】という風習、これも
禁止してました。あと、カネ持ちや支配階級の中高年
の男が女児を将来の妾に囲っておくという風習も禁止
してましたよ。
それから、日本人ってインド人っていうとすぐに頭に
布を巻いた人を連想するみたいですが、あれはシーク
教徒。彼らはイギリス人に召使としてよく徴用され、
苗字が【シン】っていう人が多かった。運転手とか機械
に関連した仕事に就いている人が多いですね、戦後は。
~インドという国は、インド亜大陸として見ないと、見
 えてきません。インディラ・ガンジー女史の伝記とか
 読まれたら?彼女はオックスフォード大学出身で、同じ
 女子カレッジでは後年、英首相となったサッチャーも
 学びました。彼女の父が初代首相ネールです。(彼女は
 首相だった84年に暗殺されました。息子も91年だった
 かに暗殺されてます)
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一言で言えば農場や工場鉱山などを作り、クソ安い給料でインド人を雇って金儲けをしていたわけです。



植民地化とはそのためのイギリス人の進出を認めさせる、外交権や関税自主権を剥奪してイギリス人に都合の良い貿易を認めさせるわけです。
場合によっては鉱山や農場や工場の接収もあります。

またイギリスのインド支配の場合、インドで志願兵を集めインド人によるイギリス軍を作っていました。これが非常に大規模で250万人に
達したらしいです。

台湾や朝鮮のように併合した地域から徴兵することはありますが、植民地で大規模な軍隊を建設したのは珍しいかもしれません。
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Qイギリスと日本の家

イギリスの家の造りが日本と違うことを調べてレポートを書いています。家の造り自体のことは分かったのですが、イギリスの家がどうして道の形に沿って建てられているのかが分かりません。これが一番の疑問なのに・・・!どなたか、分かる方いらっしゃったら教えて下さい。

Aベストアンサー

ヨーロッパに数年居住していて感じたことは、北向きの部屋が日本ほど毛嫌いされていない、ということです。
人種や国籍、宗教、その他諸々の趣向により異なるでしょうが、現地では日本ほど南向き至上主義ではありません。

例えば色褪せながらも趣深いアンティークのタペストリーや絵画を壁一面に飾りたいからとか、
またはシルクタフタの重厚なカーテンをゆるゆると床面たっぷりにまで垂れさせて
居室に優美さを醸し出させたいから、とか、
或いは先祖代々から受け継いだ絹張りの椅子や工芸品を窓際にあえて置きたいから、とか。
イギリスもアンティークの宝庫ですよね♪

貴重なインテリアや所持する芸術的作品を「保護」するためにも、日当たりの良くない道なりに沿った小さな窓の家というのは
まさに好都合なわけです。

首都であるロンドンも緑が多く、いたるところに公園がありますよね。
散歩をして安らぐのにまさに絶好の場所といえます。
また、イギリス人が各自の庭でガーデニングに精を出して木々の緑や花々を愛でることを好むところも
周知のことかと思われます。

このような趣向というのも、イギリスの家の室内の窓の狭小さ、薄暗さ、そして
道沿いに家が建てられて内庭があることと、
何らかの関係があるかもしれませんね♪

ヨーロッパに数年居住していて感じたことは、北向きの部屋が日本ほど毛嫌いされていない、ということです。
人種や国籍、宗教、その他諸々の趣向により異なるでしょうが、現地では日本ほど南向き至上主義ではありません。

例えば色褪せながらも趣深いアンティークのタペストリーや絵画を壁一面に飾りたいからとか、
またはシルクタフタの重厚なカーテンをゆるゆると床面たっぷりにまで垂れさせて
居室に優美さを醸し出させたいから、とか、
或いは先祖代々から受け継いだ絹張りの椅子や工芸品を窓際にあえ...続きを読む

Qイギリスはインドや当時の全ての植民地に英語を教えたんですか?

イギリスはインドや当時の全ての植民地に英語を教えたんですか?
それともその逆ですか?
http://www.youtube.com/watch?v=fmyfmnNwsC4
この動画を見て、9:35のところから「賢くなったら反乱をおこすからイギリスは全ての植民地で英語を##$%&」
##$%&がよく聞こえなくてイギリスが当時の植民地に英語を教えたのか教えなかったのか・・分かりません

イギリスは当時の全ての植民地で英語教育を行ったんですか?
それと動画のよく聞こえない部分の解釈もお願いします!!

Aベストアンサー

「##$%&」は「英語を教えなかったんですよ」ですね。その前に「(イギリスは)インドに(略)文字を絶対に教えないようにしたんですよ」と言っています。

史実はその逆です。イギリスは私の知る限り、すべての植民地で英語教育を施しました。とりわけインドでは英語が浸透し、大勢のインド人が流ちょうなキングス・イングリッシュ(英国で最も正統とされる発音の英語)を話し、書くようになりました。

だいたい植民地政策というものは、宗教などの思想教育と併せて言語教育から始めます。米国で英語が使われ、南米でポルトガル語やスペイン語が使われ、アフリカで英語やフランス語が使われ、台湾や韓国の年配者が日本語を流ちょうに話すのはそのためです。以上が社会の常識とされています。

Q日本の家とイギリスの家

イギリス人は周りと同じような家を建てるといわれています。
周りと調和することが重要視されているそうです。

一方、日本人は周りの家と異なる外観の家を好みます。
個性を重要視しているのです。

イギリス人はなぜ、日本人が家に個性を求めるのかわからないそうです。

誰かこれについて意見がある人は教えてください。
論文にこの題材を使いたいと思っているのでご協力お願いします。

Aベストアンサー

>一方、日本人は周りの家と異なる外観の家を好みます。
そうですか? 確かに日本では「珍しい家が良い」という風潮はあるでしょうが、実際のところは、見た目が殆ど同じの量産住宅が乱立しているように思えます。量産住宅はかなり安く済むとはいえ、本当に多くの日本人が「珍しい家や個性的な家が良い」と思っているなら、量産住宅なんかに需要は無いはずですし、あそこまで同じような外観の新築は乱立しないと思いますが。


イギリスでは、『古い家ほど価値がある』という認識があり、実際のところ古い家ほど価格もかなり高くなります。(余談ですが、幽霊が出ると言われる家だともっと高くなるそうです。笑)日本人の感覚では信じられないかもしれませんが、実際にイギリスの住宅を見れば少なからず意味はわかると思います。私自身建築の専門的な事は詳しくないですが、あちらは土壁やレンガ等のクラシカルでカントリー的な素材を使った住宅が多いです。そういうテイストの住宅の場合、新築だと風合いや拡張や趣という点で著しく欠けていたり、安っぽく見えてしまう事は確かです。
つまり「古く伝統的な作りの家」と「周りの家と異なる個性的な家」というのはある意味イギリスにおいては相反するものなので、結果的に住宅に「個性を求めない」風潮になっているのではないかと思います。(決してイギリス人が協調性を尊重したり、保守的だったりという事ではないです。あちらは日本とは比較にならないくらい、個人主義的思考が強いですので。)


でなくても、日本の雑多な景観を見る限り、ちょっとくらい統一したところで、焼け石に水です。古くから調和された美しい町並みの中で暮らしているヨーロッパ人等に比べると、日本人は「町並みの調和」という点では‘諦め’みたいなものもかなりあって、その代わり関心が「自分の家だけの個性」に向いているのではないかと思いますね。結果デザイン的な住宅も次々生み出され、それを目にしている人々の意識もより「個性的な住宅が良い」となっていっている訳ですね。

>一方、日本人は周りの家と異なる外観の家を好みます。
そうですか? 確かに日本では「珍しい家が良い」という風潮はあるでしょうが、実際のところは、見た目が殆ど同じの量産住宅が乱立しているように思えます。量産住宅はかなり安く済むとはいえ、本当に多くの日本人が「珍しい家や個性的な家が良い」と思っているなら、量産住宅なんかに需要は無いはずですし、あそこまで同じような外観の新築は乱立しないと思いますが。


イギリスでは、『古い家ほど価値がある』という認識があり、実際のところ古い家...続きを読む

Qアフリカの植民地政策とアジアの植民地政策の違いは?

アフリカのほとんどはイギリス、フランスが植民地にしていますが、この両国はどのようにアフリカを植民地支配して行ったのですか?武力で圧倒したのですか?また、アジアもアフリカと同様、ほとんどが白人の支配下に置かれましたが、アフリカ植民地化と同じように行われましたか? やっぱり有色人種ってだめだったんだなあと思っています。

Aベストアンサー

支配する側の心は何も変わっておらず、本質的な違いは何もない・・・と捉えるべきだと思います。
やり方が変わったというか、進歩したという見方が正しいと思います。

 白人の植民地に対する非人道的な身の毛もよだつような残虐行為は、我々日本人やアジア人の普通の人には到底理解できないと思います。
 彼らは、最初は現地人を皆殺しにして欲しいものを全て奪い去っていますが、それでは永続的に奪い続けることができないことに気づいて、現地の人間を奴隷化して奪い続けます。しかし、これだと現地に駐在した本国人が現地人の恨みを買って、現地人の反逆などによって殺されることが増えたため、当初は締め付けを厳しくしていましたがそれでも抑えることができず・・・。
 ここにきて、狡猾なイギリス・フランスは本国人が恨まれることなく、永続的に収奪しつづける手法を思いつきます。それは、現地人のなかで支配階級(民族)と被支配階級(民族)を作り、現地人どおしで恨み争い続ける仕組みをつくることです。そして、被支配階級には一切教育を受けさせず被支配階級が反逆する芽を摘み取っています。

 今の世界の大きな問題の多くは、イギリス・フランスを中心とした白人が創り出していますが、彼らの子孫は過去の国家的犯罪行為に対して謝罪することもなく、深く反省することもありません。

何故?
多くの日本人には理解できないことだと思います。

理由は簡単です。それは彼らが信奉する宗教にあります。
彼らの心は、昔も今も全く変わっていません。
懺悔すれば、過去の行為は全て許されるので、反省できない構造になっています。

 それに対して我々アジア人は、ヨーローッパの過酷な気象環境とは比べられないぐらい豊かな環境の中で生きているため、心がとてもまともです。頭脳は教育によっていくらでも高められます。
 日本も過去に植民地政策を推し進めており、そのことによって多くの現地人を苦しめた事実については反省しなければならないと思いますが、日本の植民地政策はイギリス・フランスのそれとは全く違っていたということだけは、我々子孫の義務としてキチンと知る必要があると思います。

 「大東亜共栄圏」とは、その言葉どおりで日本人と同等にしたかったのです。
そのため、現地のインフラ整備や現地のすべての子供たちに対する教育に力を入れています。

 この思想にも欠陥があり、やり方も間違っていたと思いますが、上記のような祖先の崇高な思いだけは引き継いでいく義務があると思います。

支配する側の心は何も変わっておらず、本質的な違いは何もない・・・と捉えるべきだと思います。
やり方が変わったというか、進歩したという見方が正しいと思います。

 白人の植民地に対する非人道的な身の毛もよだつような残虐行為は、我々日本人やアジア人の普通の人には到底理解できないと思います。
 彼らは、最初は現地人を皆殺しにして欲しいものを全て奪い去っていますが、それでは永続的に奪い続けることができないことに気づいて、現地の人間を奴隷化して奪い続けます。しかし、これだと現地に駐在し...続きを読む

Q日本人男性がイギリスの田舎に行ってアリスちゃんみたいな可愛い子の家にホームステイして仲良くなれる確率

日本人男性がイギリスの田舎に行ってアリスちゃんみたいな可愛い子の家にホームステイして仲良くなれる確率を計算してください。

Aベストアンサー

英国のホームステイは評判悪いですね。受け入れても放ったらかし的な。。

Q世界史(近現代) 従属植民地化と半植民地化の違いについて

今、学校で世界史をやっているのですが、18世紀後半頃からの帝国主義が広まったあたりの話で、

従属植民地化

半植民地化

の違いがよく分かりません。

分かりやすい説明をよろしくお願いします。

Aベストアンサー

従属・植民地化
これは、アフリカや中東で使う言葉
半植民地化
これは、中国に関して言う言葉

従属・植民地化 なり 半植民地化 という「やり方」とかがあったわけでなく、「現在のこの状態や、過去のある時点のああいった状態を、ひと言でまとめると、どうなるかね?」という事で作られるのが「歴史的言辞」となります。なので、教科書でさらっと書いてあるほど明確ではありません。

従属・植民地化をアフリカ・中東で使うのは、エジプトのようにトルコの宗主権を取り上げて保護国化したところもあれば、南アフリカのようにイギリス人植民者がけっこうあったところなど、諸々のレベルがあるのを、強引に一つにまとめて言っちゃっているからです。

中国の場合、イギリス領香港とかいう例外はありますが、基本的には、「不割譲条約」なり、鉄道施設権なり、完全には植民地になっていない状態をまとめて「半植民地」と言っています。
※ 不割譲条約とは、福建省に関しては、日本の合意なく、他国に領土を割譲するべからずとか、揚子江流域に関しては、イギリスに合意なく、他国に領土を割譲するべからずという、「植民地予約券」みたいな条約です。

従属・植民地化
これは、アフリカや中東で使う言葉
半植民地化
これは、中国に関して言う言葉

従属・植民地化 なり 半植民地化 という「やり方」とかがあったわけでなく、「現在のこの状態や、過去のある時点のああいった状態を、ひと言でまとめると、どうなるかね?」という事で作られるのが「歴史的言辞」となります。なので、教科書でさらっと書いてあるほど明確ではありません。

従属・植民地化をアフリカ・中東で使うのは、エジプトのようにトルコの宗主権を取り上げて保護国化したところもあれ...続きを読む

Q日本の天皇家とイギリスの王室

お世話になります。

歴史には無知な者です。

イギリス王家は、いつも週刊誌のネタにされ、パパラッチに追いかけられています。

日本の天皇家にはそのようなことはありません。

これはなぜですか?

Aベストアンサー

その理由は、二つの王家の歴史を知らねばならないと思います。

イギリスの王家というのは、荘園時代にもっとも広い領地を持っていた、もっとも強大だった貴族がルーツです。
 荘園制度というのはご存知だと思いますが、貴族が独自の法律で荘園を囲い、荘園内では王と同じだけの権力がありました。貴族の時代とは、小国の王がひしめき合い、お互いの権勢を競い合っていた時代です。
 貴族たちは、つねにイギリス王家の強大な権力をねらい、王家に取り入って婚姻を結ぼうとしたり、あるいは陰謀を図って取って代わろうとしたりしました。歴史上、イギリス王家の血筋は一つだけではなく、様々な貴族との婚姻で成り立っています。イングランドの王とは限らず、北のスコットランドの王だったこともあるし、英語をまったく話せないドイツの貴族が王となったこともあります。貴族たちの陰謀に陥れられて塔の牢獄に閉じ込められた王もいます。こんなわけですから、イギリス王室は昔から、つねに陰謀にまみれたゴシップがついてまわっていました。今のイギリス王室に対するゴシップは、そういうお国柄のせいだろうと思われます。

 しかし日本の天皇家は、荘園制度ができるはるか昔の時代から成立していました。日本書紀にあるとおり、天皇家は神様の代から続いており、神道という信仰と結びついています。神道の管轄である神社は日本全国にあり、荘園内で暮らす村人たちも、神道を信仰していました。天皇家は村人たちの信仰心を支配していたわけで、荘園を持った武士とは次元が違う権力を持っていたわけです。このため、戦国時代の武士さえも(陰で利用していたとしても)、天皇家を表立って侮辱するようなことはしませんでした。それは日本人の道を外れた行為ですから・・・

こういう違いが今でも影響しているのだろうと思います。

その理由は、二つの王家の歴史を知らねばならないと思います。

イギリスの王家というのは、荘園時代にもっとも広い領地を持っていた、もっとも強大だった貴族がルーツです。
 荘園制度というのはご存知だと思いますが、貴族が独自の法律で荘園を囲い、荘園内では王と同じだけの権力がありました。貴族の時代とは、小国の王がひしめき合い、お互いの権勢を競い合っていた時代です。
 貴族たちは、つねにイギリス王家の強大な権力をねらい、王家に取り入って婚姻を結ぼうとしたり、あるいは陰謀を図って取っ...続きを読む

Qイギリス経済と植民地政策の変化

アメリカ独立戦争とフランス革命を経験した
イギリス経済と植民地政策はどのように変化
したのか教えていただきたいです。゜(PД`q。)゜。

Aベストアンサー

 イギリス経済の重商主義モデルの変更点を考えれば分かりやすいと思います。

 前半期は、いわゆるイベリア半島の国と同じように、資源を輸入してその交易の利益を国富にする形態です。
 プランテーション的なケースが典型的で、銀の大量移入による価格革命によって、欧州経済は大変化します。

 中期には、アヘン・茶の三角貿易のように、植民地市場を消費・生産の両面から利用するタイプです。
 前半期は、植民地は交易品の生産基地の意味しかなかったのに比べて、中期には、植民地を生産・消費の両面で利用できるようになります。

 後期には、南アフリカ(ブーア)のように植民地支配しながら、周辺諸国経済を間接的に支配する形式になります。
 これは特定の植民地を期点にその周辺地域を搾取・収奪する方法です。

 さて、イギリス・フランスとも本当の意味での植民地は少ないケースが多いです。
 なにせ、植民活動とは、自国の国民を定住させる・植民地の人民を自国に定住させる・・のが言葉としての本義ですから・・・

 さて、アメリカ独立戦争・フランス革命を契機にするのは、植民地経済を税制で収奪することの限界を見出したことにあります。
 つまり、植民地の政治に深く介入することは国際的干渉を誘発しやすく取り扱いが難しいということでしょう。

 ただ、植民地経営は、当時地域の地政環境・気候環境・国際関係によって大きく変化するので、変化は多様です。

 そして、植民地経営において常に問題になるのが、海賊問題でして、公海賊である私掠船などをはじめ、植民地経営のリスクは無視できないものだったことは忘れるべきではないでしょうね・・・・・

 イギリス経済の重商主義モデルの変更点を考えれば分かりやすいと思います。

 前半期は、いわゆるイベリア半島の国と同じように、資源を輸入してその交易の利益を国富にする形態です。
 プランテーション的なケースが典型的で、銀の大量移入による価格革命によって、欧州経済は大変化します。

 中期には、アヘン・茶の三角貿易のように、植民地市場を消費・生産の両面から利用するタイプです。
 前半期は、植民地は交易品の生産基地の意味しかなかったのに比べて、中期には、植民地を生産・消費の両...続きを読む

Qイギリス人作曲家の交響曲について

エルガー、ヴォーン・ウィリアムズ、ウォルトン、ティペット、ブリトゥン等の交響曲のCDを所有はしていますがエルガーの1番以外は私には相性が悪いらしく、殆ど聴く気が起こりません。

これ等作曲家の交響曲と日本人との相性は一般的にどんな按配なのでしょうか?

又、或る曲の人気のバロメーターとして、アマチュアオーケストラが其れを取り上げるか否かにある、と勝手に想像しているのですが(好例として、カリンニコフの1番)日本のアマオケではイギリスの交響曲は、よく演奏されているのでしょうか?

Aベストアンサー

余談です。

>エルガー、ヴォーン・ウィリアムズ、ウォルトン、
>ティペット、ブリトゥン

皆、合唱曲は日本でもそれなりに人気があってCDも結構
出ているんですけどね…。
#アカペラのいい曲もいろいろあるので学生合唱団にも
#人気があったり…。

イギリス人作曲家(パーセルからラターまで)は、交響曲を
書く人も書かない人も、日本人受けする程よくまとまった
美しい合唱曲を書く印象がありますが、それらの多くは
あんまり交響曲的ではないような気がします。

#上手くいえませんが,#2さんの敵(?)、ヴェルディの
#「聖歌四篇」なんか間違いなく交響曲的(というか
#イタリアオペラ的??)な合唱曲です。

日本人が「交響曲」に求めるダイナミクスとか派手さが
ひょっとしたら彼らの作品では控えめすぎるのかも、
しれません。
#あまり彼らのオケ曲を聞かずに回答、失礼しました。


あとアマオケが取り上げることが人気のバロメーター、の
件ですが、往々にして曲の編成と団員の出番と力関係で
派手な曲が決まりがち、の傾向はあるかと思います。

余談です。

>エルガー、ヴォーン・ウィリアムズ、ウォルトン、
>ティペット、ブリトゥン

皆、合唱曲は日本でもそれなりに人気があってCDも結構
出ているんですけどね…。
#アカペラのいい曲もいろいろあるので学生合唱団にも
#人気があったり…。

イギリス人作曲家(パーセルからラターまで)は、交響曲を
書く人も書かない人も、日本人受けする程よくまとまった
美しい合唱曲を書く印象がありますが、それらの多くは
あんまり交響曲的ではないような気がします。

#上手くいえませんが,#2...続きを読む

Qイギリスは元植民地に対して謝罪や賠償をしたか?

少し調べものをしているのですが、イギリスが過去の植民地支配に対して謝罪や賠償をしたケースはありますか?

確かなかったはずだと思うのですが、なかったと言い切ってもいいのかどうか、そこまで現代史に詳しくないもので、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

イギリスに限りませんが、欧米諸国の旧植民地から旧宗主国に対し行われている賠償請求(植民地支配そのものに対するものから、その過程で行われた虐殺に対するもの、資源や土地、労働力の収奪に対するものなど、請求内容は各種あります)は莫大なものになります。
例えばマレーシアで2007年に起きたイギリスに対する賠償請求デモにおける要求額はなんと「4兆ドル」でした。
しかしながら旧宗主国はどこも「植民地支配は合法に行われた」との立場を取り、奴隷貿易なども「現在の価値観では非道な行為だが、当時は合法」として謝罪や賠償は拒否しています。
イギリスの旧植民地ではジンバブエが旧植民地時代の土地収奪などに対し、もっとも強硬な態度を取っており、2000年以降白人農場主(イギリスに住んでいた不在地主も少なくありませんでした)から土地の強制収容を行いましたが、それに対し欧米諸国は経済制裁で応えています。
当然ながらどこか1カ所でも賠償すれば、世界中の請求運動に火をつけるのは目に見えた話であり、イギリスはそのような謝罪や賠償は一切行っておりません。


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