哲学と教育の関係について歴史的に考察したいのですが、
皆さまのご意見をお聞かせ下さい。
また、参考になるような資料がありましたら教えて下さい。

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A 回答 (1件)

 質問の内容がかなり広いと思いますので、補足で地域や時代を限定したほうが回答を得られやすくなると思います。


 古代ギリシャでもソフィストや都市、弁論術などなど幅広いですし、中国の科挙も変遷がありますし、ペスタロッチやヘーゲル、デューイ、神学、進化論などなどテーマを枚挙するだけでもたいへんな作業ですよ。
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Q哲学の考察-その1:哲学における検証とは

 
科学や工学では理論を実験、観察を通して検証する。
科学や工学ではこれが当たり前であり、必須のプロセスである。

では哲学においてはどーか。
哲学では真理の検証はなされるのか、
哲学では真理の検証は可能か、
哲学では真理の検証はどのよーになされるか、
哲学における真理の検証は独立した考察対象なのか、
 

 

Aベストアンサー

科学も、必ずしも実験による検証を必須としません。
天体や進化など、実験のしようのないものも多いからです。
理論の正しさは;
1.その理論自身の中に、矛盾がないこと。
2.その理論が、知りえる限りの現実を説明すること。
が基本です。
たとえば物理学でも、超弦理論は、まだ実証できないですが、
他の理論では量子的無限発散に悩まされていたのを解決
すると同時に、プランク定数という基本的定数のみから、
あらゆる物理定数を導くという奇跡を起こしたがゆえに、
今では理論物理の中核に据えられています。

そもそも、この世界に「物理学」や「生物学」、「数学」といった
分離された情報がある訳ではなく、人の能力の限界により、
分けて扱わざるを得ないからで、実際には1つの存在であり、
人の側においても、“もの事を深く理解する”というただ1つの
行為に過ぎないのです。
検証でも実験でもなく、「それによってこの現実がよく分かる」
が肝心なのです。

Q哲学の考察-その2:哲学における方法論とは

 
建築や土木では様々な工法が考えられ、実際に試されている。
工法は建築や土木における言わば方法論であり、最も重要な技術であり、生命線である。

では哲学においてはどーか。
哲学における方法論とは何か、
哲学に方法論は確立されていると言えるか、
どのよーな哲学の方法論があるか、
哲学において方法論は独立した考察対象なのか、
未来の哲学に新たな方法論が出現すると言えるか。
 

Aベストアンサー

「哲学における方法論」は、まさにプログラミングです!
良い例は、万能ではありませんけど、オブジェクト指向です。「オブジェクト指向 哲学」でも検索してみてください。

自分が考えていることをプログラミングして、実行して実際に確かめることで、自分が考え尽くせていなかったことに気付ける場合もが在ります。コンピュータの厳密性に耐えられることが、大切です。
また、自分が考えていることの全てを常に把握し続けることが要らないようになることもが、プログラミングすることの良さです。プログラムを変更した部分だけの影響を確かめることも出来ます。

「哲学において方法論は独立した考察対象なのか」については、プログラミングでは自己出力やインタプリタやメタプログラミングなどが当てはまると思います。面白いです。

ということで、プログラミングという既に確立している哲学の方法論が在ると私は思っています。お薦めです。

Q原発の哲学的考察

原発の是非を問うスレはいくつかありますが、ここにはなかったように思い、たててみました。

この議論は、結局人間が高度な文明生活をすることが是か非かということになるのでしょうか。
あるいは、
これからも犠性者はあっても、それが許される範囲にとどまるなら進めて良いということになるのでしょうか。その程度はどのくらいでしょうか。
放射能は”本当は怖くない”のでしょうか?
なら廃棄物処理は意外と簡単だったりして。

これは先進国、低開発国を問わず、人命に軽重は無いということが関係すると思いますし、ゆえに
これは経済問題である以上に優れて哲学的な設問の範疇かと思います。

人間が火を使い始めたころは、なかなかコントロールが難しく、しかし様々な試行錯誤を重ねて、今ではなくてはならないものになっていますが、時には火事になったりして人命が失われることもあります。
火を使ってもいいということは人間のコンセンサスになっています。

車も多くの犠牲者が出ますが、無くそうというひとはごく少数意見です。
車はいまや無くてはならないものになっているとしていいのかもしれません。

原子の火たる原発は現実として日本で生活程度を維持するにはなくてはならないものになっています。

ただ、
折衷案として、もっと原発が信頼できるものになるまでおおいに我慢し、使用を封印しようという選択もあるかもしれません。それは可能でしょうか?なら、いつまで?どの程度ならOK?

アンケートに出す手もありましたが、横すれ歓迎ということで、非力な質問者抜きで大いに諸賢のご明察とご意見を伺いたく。

よろしくおねがい言いたします。

原発の是非を問うスレはいくつかありますが、ここにはなかったように思い、たててみました。

この議論は、結局人間が高度な文明生活をすることが是か非かということになるのでしょうか。
あるいは、
これからも犠性者はあっても、それが許される範囲にとどまるなら進めて良いということになるのでしょうか。その程度はどのくらいでしょうか。
放射能は”本当は怖くない”のでしょうか?
なら廃棄物処理は意外と簡単だったりして。

これは先進国、低開発国を問わず、人命に軽重は無いということが関係すると思いま...続きを読む

Aベストアンサー

 これまで再三、ご自身の「前提条件」についての再考をお勧めしてきました。
それはテーマに「哲学的考察」という言葉があったためです。
自分なりの理解として、哲学は「自分とは何者か」という命題を重んじてきたと思っています。
 前提条件を再考するというのは、その命題に通ずるのではないかと思ったのですが・・・・。
人を○○派と色付けして自分と区別するような発言は「哲学的考察」に向かう為には障害になるような気がします。
私は自分を原発を「即時撤廃」とする立場ではありません。ただ、かなり偏屈・へそ曲がりである自覚はあります。巨大組織がエリート臭をぷんぷんさせながら、一般人に行なう欺瞞行為が何よりも嫌いです。
「原発が」というよりも「欺瞞」が嫌いなのです。

komaas88様の発言を誘導的と感じたのは、「前提」とされた内容があまりに電力会社の言い分そのままに思えたからです。ひょっとしたら「関係者」なのか?とも思いました。

>原発はそれ自身では非常に画期的な、うまく使えば人間にとって有用なエネルギーである。
 原発を完璧に近く制御することは人間の技術の問題である

これは仰るとおりだと思います。課題としては、制御に関わるコストが折り合いのつくものかどうかという点でしょう。

>石油資源はさきゆきかなり逼迫していくようである。

不思議に思うのは原発推進の根拠として、必ずこれが言われている事です。
ここでもウラン燃料が無限であるかのような「見せかけ」が行なわれているように思います。
ウランは間違いなく化石燃料と同じ有限な地下資源の一つの筈です。可採年数60年とも80年とも言われていますが、採掘コストが劇的に下がらない限りこの年数は変わらないと思われます。今後各国の原発建設が進めばこの年数も短縮されていくでしょうし、採掘時の安全管理が取り沙汰されれば採掘コストが上昇し経済的採掘量を減少させる可能性もあります。(採掘時の放射性残渣が野ざらし状態で、かなり深刻な問題になっているそうです)
いずれ無くなる以上、再生可能エネルギーにシフトするまでの、過渡期のエネルギーとして位置づけるべきではないでしょうか。
今後建設を考える際に、1000年に一度どころか100年に一度程度の地震・津波対策をしても、60年で枯渇してしまうようでは建設の意義も薄れてしまいます。もともと日本は国土の特性として、原発には不向きな土地ではないかと。建設にあたっては国の枠組みを超え世界規模で(利権抜きで)立地条件の検討を客観的におこなうべきだと思います。


>方射能は世に言われるほど恐ろしいものだろうか?疑問もある。
ガイガーカウンターは実は(人間の生体に比較して)敏感すぎるのではないか?
(東大の教諭の一人は200mシーベルト/毎時? でも怖くはないといっていますし、プルトニウムは呑んでもこなれずすぐ出るから怖くないというちゅうだいの先生も居ます。)

これは蛇足でしたね。学者は必ずしも常に科学的な発言をするとは限りません。「水爆の父」テラー博士がNHKの番組の中でインタビューに答え、「死の灰が人体に与える影響などない」と言い切っていた事を思い出しました。その先生が報道陣の目の前でプルトニウムを服用して見せたうえで、数千名単位の被験者に対して40年間追跡調査を行い、学会に論文を出されるのであれば耳を傾けても良いかも知れませんが。

チェルノブイリでは間違いなく小児の甲状腺がんなどが発生しており、イラクでは劣化ウラン弾の影響で白血病・がん・奇形児が異常なレベルで発生しています。乳幼児や胎児など、子どもが小さければ小さいほど影響は強く現れます。「風評」というよりも、こういった「危険をできるだけ遠ざけたい」と考えるのはきわめて「普通」の発想だと思います。

 これまで再三、ご自身の「前提条件」についての再考をお勧めしてきました。
それはテーマに「哲学的考察」という言葉があったためです。
自分なりの理解として、哲学は「自分とは何者か」という命題を重んじてきたと思っています。
 前提条件を再考するというのは、その命題に通ずるのではないかと思ったのですが・・・・。
人を○○派と色付けして自分と区別するような発言は「哲学的考察」に向かう為には障害になるような気がします。
私は自分を原発を「即時撤廃」とする立場ではありません。ただ、かなり偏屈...続きを読む

Q人間の獣性について考察した哲学者

人間には動物であるところから発生する獣性というものがありますが、
この獣性(食欲、性欲、睡眠欲、攻撃性など)を良く考察した哲学者を
おしえてください。

Aベストアンサー

公衆の面前で自慰行為したギリシャの哲学者ディオゲネスが筆頭じゃないですか。

Q哲学者とその著作について資料がほしいです

こんばんわ。
大学生です。

今回の課題で「紀元前300年くらいから1300年くらいまでに生きた哲学者とその著作についてレポートせよ」というものが出ました。
ですが、私が調べたところ、近代の哲学者しか検索できませんでした。

ちょっと急いで探してるんですが
誰かいないでしょうか?^^;すみません、ヘンな質問ですが。。

あと、ソクラテスなど著作を残していない人はアウトです。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

前の方の回答の通りなのですが、「紀元前300年くらいから1300年くらいまで」
といえば、古代ローマ帝国の時代を除くと、その大部分は「中世」の時代です。
「中世」の時代に「著作を残している哲学者」ということになると、キリスト教神学者がほとんどで、神学者を除外すると誰もいなくなってしまいます。
つまり、課題の趣旨は、むしろ神学者を中心にレポートせよということではないでしょうか。
だから、前の方の回答を補う意味で、キリスト神学者に重点をおいて紹介します。
アウグスティヌスとトマス・アクィナスの二人がずば抜けて有名です。
その他に
ボエティウス、アンセルムス、アベラルドゥス、ドゥンス・スコトゥスなどが
います。参考URLのページで、第1部第6章、第2部を検索すると、くわしい
情報を知ることができます。

参考URL:http://www-miyakelab.mp.es.osaka-u.ac.jp/morita/philosophy/philindex.html


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