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アジア諸国は経済危機の後、変動相場制に移行していったようですが、そもそもなぜはじめは固定相場制だったのですか?

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A 回答 (3件)

変動相場制にできると言うことは、ある程度通貨に市場性があると言うことです。


しかし、発展途上の国の通貨には信用がありませんから市場が成立しません。
だから、強い通貨に対して、どのくらいの価値があるかを固定せざるをえません。
つまり、最初は変動相場制にはできないんです。
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この回答へのお礼

たいへん分かりやすかったです!ありがとうございます!

お礼日時:2009/05/10 22:32

変動相場制自体1973年に発足した新しい制度です。


最初は先進国で採用され、中進国や途上国の中でも経済的に強いところが採用していきました。

固定相場制のメリットは経済政策が読みやすい点です。
途上国は一様に先進国に比べて資金の流動性と厚みに欠けます。
そのような状況下では外国からの情報で常に揺さぶられる変動制はリスクが高いのです。
(例えばアメリカのイラク侵攻など)

その点、固定制にしておけば外の騒音は取り敢えず封じることができます。
途上国としてはドルの価値がいかようであろうとも、外貨が欲しいので、
流入を確定させたいという意思もあります。
これも固定相場制の方がはるかに読みやすいのです。

総じていえば途上国ほど変動相場制の中に潜む情報という魔物の不透明さから
発生するショックを嫌う方向にあるといえます。
特に1990年代前半はドル安基調でしたから、アジア諸国は特に何もしなくて良い状態でした。

まとめますと、制度自体が新しい上に東南アジア諸国は80年代は変動性のショックを避けるために、
経済が好況になった90年代は固定相場制からシフトする必要性がなかったためです。
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この回答へのお礼

勉強になりました、ありがとうございます!

お礼日時:2009/05/10 22:33

アメリカ人の投資家がいる。



1年後に二倍に資産が増えると判断してアジアに投資しようと思った。
が、変動相場制で、可能性として対ドル二倍の価値になると分かったら、一年間投資しても、資産は増えない。
固定相場制度であれば、大丈夫。
つまり、変動相場制による、為替変動リスクを避けることができます。
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この回答へのお礼

投資家目線で行けばそうならざるを得ないということですね・・・ありがとうございます!

お礼日時:2009/05/10 22:34

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Q小学生にも分かるように、固定相場制と変動相場制を教えてください

マル投げはしたくないのですが、

実際ちんぷんかんぷんです。

お助けください。

Aベストアンサー

ご質問は円と外国通貨の交換の相場のことを聞かれているのだと思いますので、一番分かりやすい円とドルの交換の例で説明します。

固定相場制とはドルと円の交換の時の値段を固定しておき、いつでもこれでドルと円の交換がなされる制度です。終戦後日本は1ドル=360円という固定相場制によってドルと円を交換して貿易をやっていました。しかし日本を含む先進国は1972~73年に変動相場制に移りました。米国の貿易収支が悪化し世界的に貿易を盛んにするためには各国が協力して変動相場制に移行する必要があったためです。

変動相場制はドルと円の交換率は需要と供給の関係で決まる相場による制度です。従ってドルを欲しい人が沢山いれば(需要が増えれば)ドルの価値は上がり、例えば今迄1ドル=100円だったものが1ドル=110円になります。米国の経済が上向いて、将来更に米国の景気が良くなると予想すればドルを欲しがる人が増えて更に上がって1ドル=120円になるでしょう。勿論この相場を左右する原因は他にも沢山ありますから一概には言えません。ドル高(=円安)になれば、日本からの輸出は有利になり輸出増加になり、ドル安(=円高)ならその逆です。これがその国の経済に影響を与えます。

一般的に発展途上国は固定相場制、先進国は変動相場制を採用しています。

ご質問は円と外国通貨の交換の相場のことを聞かれているのだと思いますので、一番分かりやすい円とドルの交換の例で説明します。

固定相場制とはドルと円の交換の時の値段を固定しておき、いつでもこれでドルと円の交換がなされる制度です。終戦後日本は1ドル=360円という固定相場制によってドルと円を交換して貿易をやっていました。しかし日本を含む先進国は1972~73年に変動相場制に移りました。米国の貿易収支が悪化し世界的に貿易を盛んにするためには各国が協力して変動相場制に移行する必要...続きを読む

Q国定相場制と変動相場制のメリットとデメリットについて

こんにちは。
早速ですが、質問をしたいと思います。
国際的な資本移動の動きが大きくなった状況下での、固定相場制と変動相場制のメリットとデメリットについて教えてください!お願い致します。

Aベストアンサー

「国際的な資本移動の動きが大きくなった状況下で」は、固定相場制は事実上成立しません。

もし、日米間の為替相場(ドル/円相場)が固定相場制に戻ったとしたら、日本の金融当局(財務省・日銀)は、円の金利水準を自由に決められなくなってしまいます。つまり、米ドルと円の金利水準を同一にしなければならず、完全にアメリカの金融政策に従わざるを得なくなります。

日本の外貨(米ドル)預金を例にとって、説明しましょう。

固定相場制になると、為替相場の変動がないのですから、米ドルのほうが円より金利が高ければ(現在のような状態)、預金者は為替相場を心配することなく、いくらでもドルを買って預金することになります。つまりドル高・円安に相場は動きます。ところが、固定相場制ですから、通貨当局は限りなくドル売り・円買い介入をし続けなければならなくなります。さもなければ、ドル預金の魅力がなくなる水準まで、円金利を引き上げなければなりません。

景気刺激の目的で金利を低くおさえておきたいという金融政策は、ドルの金利高が続く限り、採れなくなってしまうのです。
現在は、円金利がいわゆる「ゼロ金利」で、異常な状態が続いていますが、たとえこれが正常な水準まで戻ったとしても、もしアメリカがインフレの状態で、金利を高く誘導していれば、日本もこれに従うことになって、日本経済の実態を反映しない高金利にせざるを得なくなります。

固定相場制なら、輸出・輸入業者は、為替の変動を気にすることなく貿易が出来ますから、それなりのメリットはあります。しかし、繰り返しになりますが、現在のように資本の移動が自由化されている状況では、固定相場制は成立しません。

「国際的な資本移動の動きが大きくなった状況下で」は、固定相場制は事実上成立しません。

もし、日米間の為替相場(ドル/円相場)が固定相場制に戻ったとしたら、日本の金融当局(財務省・日銀)は、円の金利水準を自由に決められなくなってしまいます。つまり、米ドルと円の金利水準を同一にしなければならず、完全にアメリカの金融政策に従わざるを得なくなります。

日本の外貨(米ドル)預金を例にとって、説明しましょう。

固定相場制になると、為替相場の変動がないのですから、米ドルのほうが円...続きを読む

Q日本円がどうして変動相場制に?

為替市場が乱高下する時には、政府日銀が円売りや、逆に円の買支えをして、適切なレートを維持し経済不安を避ける努力をすると聞きますが、疑問に感じるものがあります。

日本が変動相場制を採用したのは、1971年からと聞きますが、なぜ固定制ではだめだったのでしょうか?

たとえば、360円でだめなら200円に固定するとか、あるいは100円にするとか、その時点での適切な為替レートについては日米間で毎年協議して、次の協議まではこの固定レートで決済しよう、とか色々と方法はとれたのではないかな、と思っています。 あるいは、もっと短期間毎でもいいと思います。 それに今からでもこのような方策で固定相場制に移行する事は可能ではないかな、と思います。

我々は変動相場制のおかげで、取引上大きなリスクを負わされているのですが、この制度を採用する事によって、そもそも一体誰が利益を得ているのでしょうか?

通貨の売買を生業にしているアメリカや日本の為替ディーラーでしょうか?  アメリカの巨大年金基金でしょうか?  だとすると、そのような極く一部の相場師のために一国の経済の基盤を揺るがすような変動相場制を維持させられているのでしょうか?

もちろん、トヨタなど巨大企業では本業以外に為替差益による収入が桁違いに多い、という話はよく耳にしますが、そもそも彼らは自動車メーカーであって、為替などで利益を上げようという考えはないはずです。 また、逆に巨大な為替差損が生じる時もあるはずです。

数年前にアジア諸国を襲った通貨危機の際に、マレーシアのマハティール首相は、アメリカの露骨な圧力に決せず、固定相場制を維持し、自国の通貨危機を回避したと聞いております。

我々一般庶民の感覚では、変動相場制にだれもが享受できる利点など存在しないように思えるのですが、どなたか為替にお詳しい方、分りやすくお教え下さい。

為替市場が乱高下する時には、政府日銀が円売りや、逆に円の買支えをして、適切なレートを維持し経済不安を避ける努力をすると聞きますが、疑問に感じるものがあります。

日本が変動相場制を採用したのは、1971年からと聞きますが、なぜ固定制ではだめだったのでしょうか?

たとえば、360円でだめなら200円に固定するとか、あるいは100円にするとか、その時点での適切な為替レートについては日米間で毎年協議して、次の協議まではこの固定レートで決済しよう、とか色々と方法はとれたのではな...続きを読む

Aベストアンサー

円の購買力がドルの購買力と同等の交換比率にならないと公平な国際競争・国際金融が成立しないとの欧米各国からの圧力が大きく加わった。70年代は1ドル=200円を突破すると輸出産業は壊滅するというのがエコノミストの警告だったが、自動車産業等アジア諸国に生産拠点を移すなどの対策を講じ現在に至っている。その経緯は以下の通り。
1.1949年4月23日、GHQが48年12月に示した「経済安定9原則」の一環として、為替レート1ドル=360円の固定相場が決定し、同月25日から実施された。
2.長く続いた固定相場の時代から、円とドルの通貨の交換比率を示す外国為替レートは、その後、スミソニアンレート(1ドル=308円)という時代を経て、1973年2月より完全な変動相場制に移行した。
3.スミソニアン体制ができたきっかけは1971年8月15日にニクソン大統領が、金とドルの兌換を停止する宣言をしたいわゆる「ニクソンショック」です。その善後策を話し合うため、同年12月18日スミソニアン博物館に先進10ヶ国の蔵相が集まり、結局ドルを約7%切り下げ、各国の通貨との交換レートも見直しがなされることになりました。この時1ドル=308円というレートが定められます。
4.しかしこの体制はわずか2年で崩壊。オイルショックのあった1973年からは主要通貨の交換は為替交換の際に需要と供給のバランスで決められる変動相場制で処理されることになりました。この結果、ドル-円の相場は1973年に260円くらいまで高騰。
5.1985年に、米国のドル高対策としてプラザ合意がおこなわれた。これによって、急速な円高が進行した。プラザ合意前日の東京市場は、1ドル=242円であったが、1988年の年初には1ドル=128円まで進行した。円高を受けて、日本国内の輸出産業や製造業は他国と比べ、競争力が落ちてしまった。この状況を受け、公定歩合を引き下げるなどの政策が打たれ、その後、バブル景気が起こった。

円の購買力がドルの購買力と同等の交換比率にならないと公平な国際競争・国際金融が成立しないとの欧米各国からの圧力が大きく加わった。70年代は1ドル=200円を突破すると輸出産業は壊滅するというのがエコノミストの警告だったが、自動車産業等アジア諸国に生産拠点を移すなどの対策を講じ現在に至っている。その経緯は以下の通り。
1.1949年4月23日、GHQが48年12月に示した「経済安定9原則」の一環として、為替レート1ドル=360円の固定相場が決定し、同月25日から実施された。
2.長く続いた固定相場の時...続きを読む

Q日本の固定相場制が崩壊した理由

なぜ固定相場制が崩壊したのか、大まかで良いので教えてください。
またなぜ固定相場制を最初に導入したのか?などもよろしくお願いします。

Aベストアンサー

従来の金本位制が世界大恐慌と世界大戦の原因となったという共通認識から、戦後の世界通貨体制を構築するに当たって、圧倒的な経済力を持つアメリカのドルを基軸通貨とすることを基本として、1944年に国際復興開発銀行(IBRD)と国際通貨基金(IMF)が設立され、自由貿易や資本移動の促進を目的に金1オンス=35ドルと定め、常にドルと金は交換可能とされた(ブレトン・ウッズ体制)。ここにドルを国際通貨(基軸)とするIMF体制が確立された。しかしドルの大量流失に伴い、1973年に先進各国は変動相場制へと移行した。
○崩壊の原因
アメリカの貿易赤字の拡大によりドルが大量に黒字国に流出し、公定価格での金との兌換が不可能になった。ニクソンは71年に金との兌換を停止しするとともに、固定相場での変動幅を拡大させついに固定相場を一方的に放棄した。これにより貿易黒字国の通貨である円、マルクなどに対して大幅なドル安を実現させた。
理論的には、アメリカについては、固定相場は国際通貨であるドルを垂れ流すことへの規律が存在せず、制度の崩壊は時間の問題であった。一方、固定相場は相場の調整が例外的に可能であったが、これが短期資金による投機によって相場の大幅変動を引き起こすとみられた。経済理論では変動相場によて、国内のインフレと景気に経済政策を専念できるとするM.フリードマンのマネタリストの発言が圧倒していた。これを信じて、後に世界経済は手痛いしっぺ返しを受けることになる。通貨の乱高下と世界的金融恐慌が再発したのである。

従来の金本位制が世界大恐慌と世界大戦の原因となったという共通認識から、戦後の世界通貨体制を構築するに当たって、圧倒的な経済力を持つアメリカのドルを基軸通貨とすることを基本として、1944年に国際復興開発銀行(IBRD)と国際通貨基金(IMF)が設立され、自由貿易や資本移動の促進を目的に金1オンス=35ドルと定め、常にドルと金は交換可能とされた(ブレトン・ウッズ体制)。ここにドルを国際通貨(基軸)とするIMF体制が確立された。しかしドルの大量流失に伴い、1973年に先進各国は変動相場制へと移行し...続きを読む


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