最近、ソ連の建国者だったウラジミール・レーニンに関する事を調べています。

レーニンの具体的な行動や経緯などは以下のサイトで調べましたが
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%A9% …

レーニンのことを色々と調べていくと、こんな恐ろしいエピソードも聞かれます。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/yamauchi.htm
http://www.hh.iij4u.or.jp/~iwakami/nakazawa.htm
http://f31.aaa.livedoor.jp/~jcpw/leninketu.html
http://fujiwara-shoten.co.jp/main/ki/archives/20 …

上記のサイトから、レーニンは敵対勢力や聖教者、労働者等に対する粛清や食料収奪等の圧政を行ったらしく、数百万の人々が命を落としたそうですが……

一方では
http://benkaku.typepad.jp/blog/2009/04/post-59e1 …
http://www.mcg-j.org/mcgtext/MEL/lenin/hitobito. …
http://members3.jcom.home.ne.jp/wing-pub/book/bo …
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/marxismco/marx …
http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/ …
http://www.amazon.co.jp/review/R1B88V4OWH8OG9

と、人種問題やフェミニズム等に積極的に取り組んでいたそうですし、スターリンの手法となる個人崇拝もレーニンは厳しく戒めた面もあります。

独裁者は大抵、ヒトラーやスターリン、ネロみたいに家庭環境に恵まれなかったり、心から信頼できる人や理解者がいなくて孤独な境遇に立たされているのですが、レーニンの場合を見ているとクルプスカヤという伴侶もいましたし(イネッサって方と不倫関係はあったみたいですが)、家族関係も悪くなかった事から凶悪な独裁者になりえる要素が殆ど見当たりません。
http://members.jcom.home.ne.jp/nokato/data4.htm

レーニンの非人道行為についての情報は直接関わった事が無いので確証はし兼ねますが、もしそれが本当だとして、何がレーニンやボルシェビキを凶行へと走らせたのでしょうか?

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A 回答 (2件)

>何がレーニンやボルシェビキを凶行へと走らせたのでしょうか?



 「共産主義者は彼らの目的は既存の全社会組織を暴力的に転覆することによってのみ達成できると公然と宣言する」(共産党宣言)とあるように、共産革命というのはマルクス、エンゲルスの著作を金科玉条とする暴力至上主義ですね。

 人間心理からすれば、暴力によって敵をいったん打倒した後は、今度は当然同じ暴力による報復を恐れます。したがってそれを防ぐ方法は、敵対勢力を徹底的に根絶することしか方法がありません。


>凶悪な独裁者になりえる要素が殆ど見当たりません。

 レーニンが、たとえ個人的にどんなに高潔な人物であったにせよ、暴力革命という手段をとったからには、権力を守るためには冷徹にならざるを得なかったのでしょう。帝政時代からあった秘密警察機構をさらに組織化して反革命を弾圧させた張本人はレーニンであったこと、そしてかれが完全な独裁者になる前に死去したために神格化され、それを受け継いだスターリンが負の側面を一手に引き受けた形となったわけですが、ふたりの行いは大同小異であっただろうと思われます。スターリンだって存命中は「優しいスターリンおじさん」などという記事が朝日新聞に載っていたのですから。
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。

>「共産主義者は彼らの目的は既存の全社会組織を暴力的に転覆することによってのみ達成できると公然と宣言する」(共産党宣言)とあるように、共産革命というのはマルクス、エンゲルスの著作を金科玉条とする暴力至上主義ですね。
>人間心理からすれば、暴力によって敵をいったん打倒した後は、今度は当然同じ暴力による報復を恐れます。したがってそれを防ぐ方法は、敵対勢力を徹底的に根絶することしか方法がありません。

なるほどね。ロマノフ王家を暴力で転覆させた訳ですから、帝政支持者からの報復は当然来るでしょうし、党員専用の別荘や列車を作るなど「赤色貴族化」の原因はレーニンにありますが、レーニン自身も暗殺されかかったし、身を守る為の手段として別荘や特別列車を作るのも無理もありませんね。

>レーニンが、たとえ個人的にどんなに高潔な人物であったにせよ、暴力革命という手段をとったからには、権力を守るためには冷徹にならざるを得なかったのでしょう。帝政時代からあった秘密警察機構をさらに組織化して反革命を弾圧させた張本人はレーニンであったこと、そしてかれが完全な独裁者になる前に死去したために神格化され、それを受け継いだスターリンが負の側面を一手に引き受けた形となったわけですが、ふたりの行いは大同小異であっただろうと思われます。スターリンだって存命中は「優しいスターリンおじさん」などという記事が朝日新聞に載っていたのですから。

自国民を片っ端から虐殺したロベスピエールやポル・ポトだって、元々は高潔で真面目な人だったと言われますし、ヒトラーでさえも女性には優しかったと言われていますからね。

帝政ロシアはアメリカ並に人種差別が酷い国だと聞きましたが、ニコライ二世一家を裁判抜きで処刑したし、レーニンが殺害命令を下した地域もウクライナ等ヨーロッパの地域が殆どだし、そんなに帝政ロシアを恨んでいましたかね?!

いずれにせよ、恨みを買うようなマネはすべきでないと思う、今日この頃。

お礼日時:2009/05/18 19:53

レーニンやボルシェビキを凶行



できると思わなかった革命が成功しちゃったから。
言い方を変えると「天狗になった」俺って、間違いなし!
一種の宗教的な完全無欠さを信じたからでしょうね。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

>できると思わなかった革命が成功しちゃったから。
>言い方を変えると「天狗になった」俺って、間違いなし!
>一種の宗教的な完全無欠さを信じたからでしょうね。

毛沢東も突出したゲリラ戦法や兵の統制で、日中戦争や中国内乱に勝ち抜いて見事中国の首脳になりましたが、自信過剰のあまりに大躍進やって5000万の餓死者を出してしまって(朝鮮戦争のトラブルも重なっていた事もありますが、こうした背景から少なくともスターリンやヒトラーと違って“故意”に大勢の死者を出す目的で行った政策ではないようです)、国家主席の地位から退いたといいますからね。

「15年以内にイギリスを追い越す!」等堀江 貴文ばりのビッグマウスが目立った毛沢東ですが、堀江と違うのは「中国人による中国人の国を建国した」訳で、今でも中国で慕われているそうです(個人崇拝もあるみたいですが)。

でも自信過剰は返って厄を招く事を改めて実感します。

お礼日時:2009/05/18 20:10

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Q「グッバイ、レーニン!」のダニエル・ブリュールさんにファンレター出したいです・・。

タイトルのとおりです↑。主役やってた俳優さんです。先日テレビで「グッバイ、レーニン!」をみて、一目ぼれしました。でもあて先もわかりません!だれかしっている方いませんか?それとドイツ語で書かなくてはいけないのでしょうか?英語でもいいでしょうか?お願いします!

Aベストアンサー

下記URLによると、スペインとドイツに送り先があるようで以下が住所です。

Daniel Bruhl
c/o Kuranda management
Santo Angel, 84
28043 Madrid
SPAIN

Daniel Bruhl
c/o Players Agentur Management GmbH
Sophienstrasse 21
D 10178 Berlin - Mitte
GERMANY

オンライン百科事典「ウィキピディア」によるとスペイン語とドイツ語が流暢に話せるようです。英語についてはわかりませんでしたが、簡単な教科書英語で書いてみてはいかがでしょう。また、国際郵便切手などを同封すると返事をもらう際などに親切かもしれませんね。返事をもらえるかはさておき。

尚、映画の配給元であるギャガへ再確認するという手もあると思います。
http://www.gaga.co.jp/

参考URL:http://www.fanmail.biz/48438.html

Qレーニンの帝国主義に関して質問です

レーニンによると独占がひとたび形成されると社会の全てに浸透すると述べています。

独占における銀行の役割を教えて下さい。

それから、

帝国主義においては国家の経済にもたらす影響が増えると思いますが、これと株式会社の台頭の関係について教えて下さい。

Aベストアンサー

マルクス主義的経済学では、
『帝国主義は、資本主義の最高の発達段階』と定義しています。
帝国主義と『金融寡頭制』は、深く結びついています。
『金融寡頭制』とは、数少ない金融機関が多くの産業資本を支配し、国家の政策にも影響を与える状態です。
金融機関の大規模合併や事業提携が、国際的規模で行われている現実があります。
金融資本と無関係な企業は全くなく、多くの企業が事実上、金融の支配下にあります。
帝国主義の段階では、金融が産業の全てを支配するだけで無く、国家の政策にも決定力を及ぼし、軍事産業でボロ儲けを図ります。軍・産・学の共同体と政権が癒着する構造です。
ご質問の株式会社の台頭という意味、俄には理解出来ませんが、今流行の持ち株会社制、いわゆる「ホールディングス」は、金融寡頭制の産物です。産業企業の上に、金融が君臨しています。
マルクスもレーニンも、「帝国主義」までは触れて居ますが、今日のような政治と経済の状態は予測していませんでした。
日本は今、どんな段階とお考えでしょうか?

Qレーニンは、日露戦争をどのように見ましたか?

レーニンは、日露戦争をどのように見ましたか?

1905年に日露戦争はロシア帝国の敗北により終結しました。
これ以降、ロシア帝国は弱体化に拍車がかかり、ロシア革命の遠因に
なったとされています。
さて、革命の父と言えばレーニンですが、レーニンはこの日露戦争を
どのように評価しているのでしょうか?
日露戦争に対して、レーニンはどんなコメントをしていますか?

Aベストアンサー

レーニンは日露戦争が開戦した直後からその戦争期間中はもちろん、終戦後に亘り多くの論文や演説を残しています。その量は相当なものでほとんどはレーニン全集に納められてはいますが、まともに研究するなら独立した一冊の本が出来るほどです。

 ということでレーニンの詳細なコメントを含めた回答は不可能ですので、ざくっとした回答でお茶を濁らさせてもらいます。

 レーニンの日露戦争観は当時の日本を取り巻く諸国の知識人とはかなり違ったもので、中国や朝鮮のように小国が列強大国を見事に打ち破ったことに対して、無邪気に喜ぶというものではありませんでした。同時に反政府的思想を持っていたにもかかわらず、敗北という現実の前に止めようのないナショナリズムが湧いてきた、トルストイのような複雑な感情も持ち合わせてはいませんでした。

 レーニンは日露戦争開戦直後からこの戦争の本質と推移、そして戦後の変革を冷静に見つめ、これをいかに自己の思想闘争に活かし、なおかつ利用しようかということを分析し研究していたといってもよいでしょう。

 日露戦争は当時のヨーロッパやアメリカのインテリゲンチャと同じく、弱小国対強大国の戦いといった単純な見方ではなく、帝国主義的的植民地主義者たちの闘争であって、アメリカやヨーロッパ諸国の反動的ブルジョアジーたちの間に将来起こりうるであろう、新しい形の戦争の初期段階的なものであるとみなしていました。

 日露戦争開戦直後の小規模な戦闘でロシア軍が敗北を続けたとき、ロシア社会主義民主労働党中央委員会での労働者への呼びかけの中の一節です。
「戦争が始まった。日本人はすでにロシア軍に一連の敗北をもたらし、いまやツァー政府はこれらの敗北復讐を果たすために全力を注いでいる」とし、これらの結果がロシア人労働者、農民たちに新たな苦難を招き、人民やその家族に大きな惨禍をもたらし、さらなる税の過大なる負担を強いるであろう、と続けています。

 そしてレーニンはそこにツァー政府の将来的な破滅と崩壊を予想し、革命の実現という現実的な姿を見たのです。

 レーニンは前述したように戦争中、各戦闘の経過と結果について詳細に分析・研究を行っています。そしてその結果の原因の主なものに必ずツァー政府における官僚や軍人の腐敗性と、農民大衆の無教養や無気力などを挙げて、「露日戦争の仮借ない教訓によって、惰眠をむさぼるだけの広範な農民大衆を目覚めさせる」と結んで、巧妙にアジテートしています。

 さらにレーニンは機に乗じて日本をたくみに利用しており、あるときは帝国主義者、あるときは進歩的勢力と呼び、自身のイデオローグに効果的に組み込んでいる点でもしたたかな人物でした。

 日露戦争に関してのコメントしての集大成というなら、「新しい大戦争、専制制度に立ち向かう人民の戦い、自由を求めるプロレタリアートの戦争が近づいていることを意味していることに、この戦争の全世界的・歴史的意味がある」というのが、最もふさわしいかもしれません。

レーニンは日露戦争が開戦した直後からその戦争期間中はもちろん、終戦後に亘り多くの論文や演説を残しています。その量は相当なものでほとんどはレーニン全集に納められてはいますが、まともに研究するなら独立した一冊の本が出来るほどです。

 ということでレーニンの詳細なコメントを含めた回答は不可能ですので、ざくっとした回答でお茶を濁らさせてもらいます。

 レーニンの日露戦争観は当時の日本を取り巻く諸国の知識人とはかなり違ったもので、中国や朝鮮のように小国が列強大国を見事に打ち破ったこ...続きを読む

Qイスラエルが建国される前は、どの国の領土だったのですか?

なんか馬鹿な質問ですみません。

ぞくぞくと、現イスラエルに移民がやってきて
建国できたということが理解できません。

たとえば、日本で九州に別の国の人たちが大挙してやってきました。その人たちが、九州に、この土地はもともと我々のものであるから、我々の国である。と言って新しい国を建国しているようなものなのでしょうか?また、どのように統制をとって領土拡張したのでしょうか?そのとき日本は指をくわえて見ているだけだったのでしょうか?

質問が稚拙でわかりにくいかと思われますが、意を汲んで回答していただけるとありがたいです。私の理解に間違いがあれば指摘していただけると幸いです。

Aベストアンサー

シオニズムが活発になった背景には、19世紀末のロシアでのユダヤ人排斥運動(ポグロム)やフランスでのドレフュース迫害事件とアメリカに渡ったユダヤ人の経済的成功が大きな要因です。アメリカのユダヤ人コミュニティは入植者の土地購入の資金援助をしていました。土地はアラブ人や入植していたトルコ人から買っていました。
前述のイギリスの三枚舌外交ですが、第一次大戦時にオスマントルコの国力衰退のために、1915年10月にカイロのマクマホン高等弁務官が「パレスチナを含むアラブ地域の独立」を条件にメッカの軍隊を寝返らせ、第三王子ファイサルがダマスカスを陥落させました。この時の幕僚がロレンス少佐です。つまりここでパレスチナのアラブ人に独立国家樹立を約束しています。(=マクマホン書簡)
その一方で、イギリス国内のユダヤ人代表であり大財閥のロスチャイルドにバルフォア外相が「パレスチナにナショナルホームを作るために最善の協力を約束」(=バルフォア宣言)して戦争資金の拠出をさせています。
が、裏ではフランスとの統治の密約(サイクスピコ秘密協定)を結んでいました。
第一次大戦後の1922年、サイクスピコを公式決定したのですが、国内のユダヤ人やアメリカとの友好関係を考えて、バルフォア宣言だけを盛り込み国連と委任統治協定を結びました。これによりユダヤ人の入植者は徐々に増加、1933年にナチス・ドイツ政権が誕生して以降急増して行きます。
第二次大戦直前にイギリスはアラブ諸国の懐柔策として、「10年以内にアラブ人主導のパレスチナ国家を創設」と言うマクドナルド白書を発表しますが、アラブ諸国はマクマホン書簡もあり、不信感を募らせ、この白書を知ったユダヤ人も「イギリスの裏切り」と態度を硬化させます。

つまりイスラエルはイギリスの場当たり外交が作ってしまった国家と言えるのかも知れません。
なお建国時領土そのものは国連の分割案で決定されたモノで武力は存在していません。

シオニズムが活発になった背景には、19世紀末のロシアでのユダヤ人排斥運動(ポグロム)やフランスでのドレフュース迫害事件とアメリカに渡ったユダヤ人の経済的成功が大きな要因です。アメリカのユダヤ人コミュニティは入植者の土地購入の資金援助をしていました。土地はアラブ人や入植していたトルコ人から買っていました。
前述のイギリスの三枚舌外交ですが、第一次大戦時にオスマントルコの国力衰退のために、1915年10月にカイロのマクマホン高等弁務官が「パレスチナを含むアラブ地域の独立」を条件にメッ...続きを読む

Q韓国プサンのおすすめ安宿、教えてください。

今度のクリスマス連休に韓国プサンへ旅する予定です。
マイレージの特典航空券を利用して、友人二人(共に女性)とバックパック旅行です。
二人ともわりと旅慣れている方ですが韓国へは初めてで、韓国に対する知識もあまりなく、もちろん韓国語もできません。
(英語はカタコトなら。)
そんな私たちにオススメの安宿を教えていただけませんか?
イメージとしては…
(1)オンドルのある伝統的な韓国家屋で、質素だけど清潔な感じ。これを機会に、韓国の住文化も体験できたら。
(2)もしくは、外国人バックパッカー向けのゲストハウス。旅の情報収集などに便利そう。
そんなとこ、ありますでしょうか?
他にも、プサンの街の一風変わった遊び方、おすすめスポットなどあればよろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。これまでに6、7回ほどの釜山旅行の経験がある者です。

既にご承知かとも思いますが、韓国の宿泊施設はだいたい以下のようなカテゴリーに分けられます。
1. 高級ホテル(特一級、特二級)
2. 中級ホテル(一級、二級)
3. 経済的ホテル(三級、級付けなし)
4. 荘旅館/旅館
5. ユースホステル、ゲストハウス
6. 民泊

それぞれのランクでの具体的なホテルについては、例えば下記を参考に探されると良いでしょう。クラスを指定しての検索もできます。
オンドル部屋なら韓国情緒も十分に味わえます。ただしオンドル部屋は洋室に比べて部屋数が少ないので予約はお早めに。
http://www.pusannavi.com/hotel/hotel.html

1.の高級ホテル、オフシーズンに3人1室でオンドル部屋(*1)に泊まるのであれば意外に安く上げられるのですが(特一級で一人当たり5~6万ウォン、特二級で同じく3万ウォン程度)、クリスマス絡みだと料金が倍近くに跳ね上がってしまいます。
2.のクラスは釜山では意外に探しにくく、市街地にあるホテルだと設備がやや古め、設備のよいホテルだと中心街から外れる、など一長一短があります。どの条件を重視されるかでご判断ください。このクラスまでなら大体日本語が通じます。こちらも「オンドル部屋に3人宿泊」なら安上がりですが、24日はやはりクリスマス料金にしているところが多いようです。
3.も市街地にあるホテルは全般に古めです。このクラスになると部屋がかなり狭くなってくるので、3人宿泊は受けてもらえないか、受けてもらえても窮屈かのどちらかになってきます。情緒を味わうにしても安さを追求するにしても中途半端です。日本語や英語が通じにくい(話せるスタッフがその場にいない)こともあります。
4.荘旅館/旅館はいわゆる安旅館で、日本で言えば場末のビジネスホテルのような感じです。名前に「荘」が付く方が格上とされますが、それでも2万~3万ウォン/室・泊くらいです。安く泊まれ、韓国情緒も味わえるので旅慣れた人に人気があります。一方で韓国語しか通じないのが普通で、また中には日本で言う「モーテル」を兼ねているところもあるので、韓国が初めてで女性の方となるとお勧めしにくいところです。予約も受け付けていないことが大半です(飛び込みで泊まるのが普通)。
釜山では中央洞付近に、モーテルっぽくなくかつ日本語が通じる荘旅館があるので(ソウル荘旅館など)、慣れてきたら挑戦されてもよいかも知れません。
5.ですが、韓国のユースホステルは日本に比べて全般に規模が大きく、設備も充実しているところが多いのでお勧めできます。松亭にあった「東城ユースホステル」の廃業後、釜山はユースホステル空白地域になっていましたが、昨年新しく「アルピナユースホステル」が開業しました。ユースホステルやゲストハウスは、少なくとも英語か日本語かは通じると考えて良いでしょう。
6.は日本でいう民宿に近いものです。観光協会などで紹介してもらえることもあります。田舎なら昔ながらの民家に泊まれたりもしますが、釜山では見つけるのが難しいか、見付かっても「普通の民家」だと思います。
どうしても伝統的民家への宿泊を希望されるなら、安東の河回村あたりで体験されると良いでしょう。例えば下記など。
http://pusannavi.com/hotel/hotel.php?id=1072

前置きが長くなりましたが、釜山のユースホステル・ゲストハウスには知る範囲で以下があります。
●アルピナユースホステル
http://www.seoulnavi.com/hotel/hotel.php?id=1008
http://www.arpina.com/japanese/index.asp
設備の充実ぶりは文句なしでしょう。ユースホステルというよりは、ホテルの一部をユースホステルとして提供していると表現したほうが当たっています。
海雲台方面なので市街地からは離れますが、地下鉄を利用すれば移動は気にならないでしょう。

●ゲストハウス4U
http://www.pusannavi.com/hotel/hotel.php?id=1012
http://www.guesthouse4u.com/
ここも泊まったことはないので紹介のみで。

●ゲストハウス釜山
http://www.guesthousebusan.co.kr/
ドミトリー1人1泊1万5千ウォンです。トップページの写真は単なる民家の写真で、この建物に泊まれる訳でなく、実際の建物は鉄筋の4階建て(の4階)です。造りや雰囲気に関する印象は「ごくごく普通の一般家庭」です。宿泊予約のゲストブックを見ますと、日本からだけでなく世界各地からバックパッカーが泊まりに来ていることが分かります。ただし「常に誰かが泊まっている」わけでなく「貸切り状態」のこともあります。
まったくの一般民家で、場所も住宅地なので探すのが少し難しいです。もし利用されるなら道順を事前によく確認されることをお勧めします。

治安については私は問題ないと思っています。釜山で夜、女性が外を歩いていても別に不思議でも何でもありません。もちろん、なるべく集団で行動するとか明るいところを通るとか、人通りの少ないところには行かないとかいった、海外旅行での当たり前の注意は必要ですが。
インターネット上にはいろいろなサイトがありますが、そのサイトが客観的な情報を提供しているのか、それとも何らかの意図を持って主観的意見を述べているのか、見極めが大事なのは申し上げるまでもないことです。

*1 現地では温突房/オンドルパン、あるいは韓室/ハンシルなどと言えば通じます。

参考URL:http://www.pusannavi.com/hotel/hotel.html, http://www.arpina.com/japanese/index.asp

こんにちは。これまでに6、7回ほどの釜山旅行の経験がある者です。

既にご承知かとも思いますが、韓国の宿泊施設はだいたい以下のようなカテゴリーに分けられます。
1. 高級ホテル(特一級、特二級)
2. 中級ホテル(一級、二級)
3. 経済的ホテル(三級、級付けなし)
4. 荘旅館/旅館
5. ユースホステル、ゲストハウス
6. 民泊

それぞれのランクでの具体的なホテルについては、例えば下記を参考に探されると良いでしょう。クラスを指定しての検索もできます。
オンドル部屋なら韓国情緒も十分に味わえます...続きを読む

Q冷戦時代のソ連軍は、本当に脅威だったのですか?

今、北朝鮮の核が問題になっていますが、北朝鮮自体が秘密のベールに
包まれているため、核とミサイルの脅威がどの程度のものなのかは
わかりにくいと思います。
(実際にミサイルに搭載して使用できる信頼性があるのか、という程度の
 意味です)

そこでふと、旧ソ連軍はどうだったのだろうかと考えました。
1980年代頃のテレビや小説などでは、ヨーロッパでNATO軍とワルシャワ軍が
開戦したら、ソ連軍の大戦車部隊は物量でNATO軍を圧倒し、窮地にたった
NATO軍側が戦術核を使用して、それをきっかけに全面核戦争が始まると
いったパターンの話が多かったと思います。
当時のソ連軍に、それだけの実力が本当にあったのでしょうか?

北朝鮮の核はよくわかりませんが、当時のソ連軍は、数はあっても中味は張子の
虎で、実際の戦力はたいしたことはなかったと思うのですが、どうでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。
レス、ありがとうございます! やっぱり、こういう話は楽しいですねぇ。で、今回はとてつもなく長いです。書いてみて、バカだなぁとちょっと思ってしまいましたが、お許しを…。もしお時間が許せば読んでやってください。
ところで失礼かなと思ったのですが、edogawaranpoさんの仰るフィリピンのマルコスの夫人はイメルダです。で、デビさんの旦那はインドネシアのスカルノのです。ちょっと横槍すみません。

ハードウェアで戦争に勝てるとは思いませんけど、ベトナム戦争以降のアメリカの戦争の仕方を考えるとやはりハードウェアを抜きに考えるわけにはいかないというのも事実だと思います。まず、ハードウェアの面で東側がどれだけ遅れてしまったということは、それこそベルリンの壁の崩壊で明らかになったわけです。と、その前に、ベトナム戦争に関して、ちょっと思うところがあるのでそのことをまず。
米軍がベトナムで大苦戦して、挙げ句の果てに負けたということで物量、最先端技術というものがものの役に立たないような言われかたがしていますが、個人的にはこれはまちがいのような気がするんです。というのは戦争の性格をみた場合、アメリカはかの戦争に勝つためには完全に共産主義という思想をベトナム国内から一掃しなければならないわけで、経済として施行されていれば共産主義の一掃もかなうかもしれませんが、思想を人の中から追い出すというのは不可能なわけですよね。ということでこれは勝ちようがない。また、ベトナムにしてみれば、自国の防衛なわけですからどんな犠牲を払ってでも米軍を追い出せばいいわけですが、米軍にしてみれば明確な叩くべき戦略拠点(戦術上必要な要所はあったとしても)がないわけで、無駄な犠牲を国内世論を考えてもあれ以上出せなかったわけですよね。事実、ベトナム側の犠牲者は20万とも30万とも言われていますが、米軍のほうは6万~7万とされています。単純に数字だけを見ればアメリカが負けたと言えないわけです。
ということで、単純に破壊力だけを考えればやはり戦争においてはハードウェアがもたらす効率のいい戦闘ということは無視出来ないのではないかと思います。戦争そのものに関しては、政治的な問題や軍隊そのもの志気という目に見えない部分が大きく絡んできますが、個々の戦闘ということに関して言えば、ハードウェアと物量というのは、非常に重要なので、doyaさんの仰るところの、旧ソ連軍にそれだけの軍事的な力、すなわち西側にとって脅威になり得たのかという、ことを考える必要がやはりありますよね。この辺のところがどうも、抜け落ちて語られ過ぎているというのは、まったく仰るとおりです(念のために申し上げておきますが、決して、軍備の増強を願っているとか、兵器を礼賛しているとか、アメリカよりというわけではありませんので)。
と大幅に脱線してしまいましたが、東のテクノロジーの遅れについてもっとも有名なところのお話でひょっとしたらご存じかもしれませんが、カール・ツァイスのことを書いておこうかなぁと思いました。
ご存じの通り、ドイツの名門光学機器メーカーのカール・ツァイス(当時もっとも優秀な航空機用照準器だったらしいですね)ですが、第2次世界大戦のあと、ドイツが分断された際にカール・ツァイスも分断されてしまったわけです。ここから二つのツァイス社が出来てしまいます。東側のツァイスのほうがむしろ本社のあっとところだったわけで、分断された直後に関してはどうやら東側のほうが光学の技術もある程度すすんでいたらしいのですが、実際に東西が統一されツァイス自体も統一されるとその技術格差は大変なものがあったらしいのです。西側のツァイスはすでに非球面レンズの高精度なものを作れていたのですが、東側のツァイスはまだそれすらも完成していなかったとか。この高度な非球面レンズがないということは、つまり、集積回路を作る際に小型化が出来ないということになります。優秀な集積回路をもてない中では、情報機器の整備は追いつけませんよね?
この辺だけを見ても、電子戦と言われる現在の戦争のスタイルを考えても、鉄のかたまりが衝突するわけではなくなってしまったので(第2次世界大戦ですらレーダーの発達で戦局は大きくかわっているわけですからねぇ)東側の持っている兵力がたとえ数字上、西側のものを上回っていてもかなり不利だったと言えるのではないでしょうか? また、doyaさんの仰るとおり、あれだけの大きな陸戦隊を管理するとなると指揮命令系統が完璧に機能しなければならず、その指揮命令系統の攪乱のためのEMSを使いまくるNATOが苦戦して、窮地に陥るなどとはとうてい考えられません(東側には優秀な真空管がありますけど、これは結局、ノイズシールドが出来るだけの集積回路をもてなかったからという話もあります)。事実、米軍のパナマ侵攻、グレナダ作戦の時は周辺地域の電波使用の機器は完全におかしくなったという話です。また、今回のアフガンのほうに関しても、徹底的に電子戦をやってのけていますよね。もちろん、今の技術と冷戦時の技術とは比較になりませんが。
情報戦の面を考えても、ソ連軍がNATO軍の脅威になり得たか、本当のところはやはり怪しいとボクは思います。ただ、数字上の戦力に関しては侮れないものも当然あり、戦争でもっとも人的被害をもたらすものは一発20円くらいのライフルの弾なので苦戦は強いられるでしょうけど。しかし、この両陣営が本格的に衝突して総力戦ということになればゲリラ戦というような展開になることはないでしょうね。そうした意味でも、ボクは、やはり一部の東西冷戦の「たら、れば」小説にはたいがい疑問符がついてしまいます。とはいえ、エンターテインメントとしてみた場合は面白いんですけど(先日、ご紹介いただいた本は残念ながら読んでおりませんが、近いうちに読んでみようと思います)。
ところで、北朝鮮の核に関しては、開発こそしていたでしょうけど、やはり運搬手段(核戦術で一番重要なのはこれなんですけどね、ほんとうは。関係者とはいえ、マスコミがこの辺を落としているのが気にくわないです)と発火装置の開発の難しさを考えてみれば、まぁ、やっぱりあったとしても、ないに等しいのではないでしょうか。
むしろ、北朝鮮が核を保有していると言うことをことさら恐怖し、それによって日本やアメリカなどの国内世論が不必要に神経質になって本来果たすべき外向的解決を放棄してしまうことのほうが怖いです。そうした意味でも核の持つ政治兵器としての存在感とその破壊力は相変わらずというか、以前にもまして重要になってきていますよね。そろそろ、日本の大学でも国際政治というインチキな学科にちゃんとした戦略・戦術も教える環境が出来ることを望んでしまいます。
かなり脱線しまくっていますが、お許しください。では、参考までに。

こんにちは。
レス、ありがとうございます! やっぱり、こういう話は楽しいですねぇ。で、今回はとてつもなく長いです。書いてみて、バカだなぁとちょっと思ってしまいましたが、お許しを…。もしお時間が許せば読んでやってください。
ところで失礼かなと思ったのですが、edogawaranpoさんの仰るフィリピンのマルコスの夫人はイメルダです。で、デビさんの旦那はインドネシアのスカルノのです。ちょっと横槍すみません。

ハードウェアで戦争に勝てるとは思いませんけど、ベトナム戦争以降のアメリカの戦争の...続きを読む

Q秦の趙高が二代目皇帝に勧めた帝王学は何ですか?

史記では秦の二代目皇帝・胡亥に対し、趙高の勧めた帝王学を勉強するように勧めたが、二代目皇帝は「韓非子」を読んだとされてますが、趙高の勧めた帝王学とは何だったのでしょうか?

諸子百家の何を勉強させようとしたと、思われますか?

Aベストアンサー

趙高は、皇帝を傀儡にして、
自分が権力を握り好き勝手にしたかったことでしょう。
だから皇帝にはあえて帝王であるように教えることはしなかったでしょう。

Q進駐軍が米軍ではなく、ソ連軍だったとしたら

敗戦後の進駐軍が、米軍ではなく、ソ連軍だったとしたら。
Q1.日本はどうなっていたでしょうか?
Q2.日本共産党の宮本顕治氏の運命は?
以上2点について教えてください。

Aベストアンサー

 昔の革新とか、左翼の思想の方はそういう成り行きを是としていたと理解しております。
 私達にとっては、単にアメリカとソ連の違いでしかなく、日本人は、日本国民は器用にやってきたと存じます。
 開発が或はもっと遅くて、自然がのこっているかもしれません。
 そのほうがいいですね。
 天皇や皇族、その他の上層特権階級のうち、身のこなしのうまい人は、うまく結託できたでしょうね。いわゆるソ連の支配権力者と。
 天皇制は維持できない。廃絶。天皇の名において、とかなんとか法律の裁可と公布の署名、御名御璽はない。
 天皇関連の意識は継続していない。それはある意味徹底できている。
 宮本顕治さんがソ連からの独自路線を持つにいたるかどうかは不明ですが、そうなれば粛清。
 野坂参三は手をずうっと切れなかったみたいですね。
 ただそれだけの、やわらかい人なのでしょうね。
 だから、お金をもらっていたとしても、別にいけないこととされないでしょうね。
 ソ連の崇拝は続いたのでしょうね。でもソ連と違う仕方を考案してうまくやっていくのが日本人です。
 革新の方もあぁいう、そしてこの試練はないだろうが、別の試練があった。以外にソ連批判勢力となりうる。
 そんなことどうでもいい、儲けと利益だけの人はべったり。それは今と同じ人種。同じ遣り方。資本主義でも自由主義でも、そういう人は同じ。アメリカでもソ連でも、変わらずに載っていく。
 宗教や伝統が継続できないかもしれない。民俗心性や心情が痛手を受けるかもしれない。
 でもアメリカも謀略的にずいぶん金抜きをしてきていますからね。むしろまともに否定されたら、水面下でもっとちゃんと続いていた可能性がある、つらいけれども。
 そしてどっちにしろ、物事への片目を隠されている状況は変わらない。
 私はソ連でもよかったし、アメリカでもよかった。
 昭和は偉大で、民族、そして国として、物心両方で最高に盛り上がった時代であり、状況であったが、息の詰まる軍部優先や権力機構はとても生きられない。兎も角それだけは終わって欲しかった。終戦時、7歳だが、とても虚弱児、内面的、特徴的な子どもは呼吸はできやしない。
 普通、一定レベル、はみ出さない、標準。大勢への一致。
 号令一つで、規定のことはやれなければいけない。
 これが終わった、終戦ではない敗戦は結果としては不幸中の幸いでもあった。大人、女性、特に幼子や病人を抱える家、戦災で丸裸の人はとてもたいへんだったが。
 焼けなかった人、近郷の農業者、などは私たちの両親からみたら、天国と地獄ではなかったろうか。
 最初の進駐軍はそういう人に親切であった。ソ連がそうだったか、それは不明。そして個性とはみ出しをあの、スターリンが認めるか。
 異端は生き難いのではないか。あのスターリン治世下では。
 レーニンならもっと東欧ももっと違っていましたでしょう。
 それなら、アメリカより完全にいいのではないだろうか。
 

 昔の革新とか、左翼の思想の方はそういう成り行きを是としていたと理解しております。
 私達にとっては、単にアメリカとソ連の違いでしかなく、日本人は、日本国民は器用にやってきたと存じます。
 開発が或はもっと遅くて、自然がのこっているかもしれません。
 そのほうがいいですね。
 天皇や皇族、その他の上層特権階級のうち、身のこなしのうまい人は、うまく結託できたでしょうね。いわゆるソ連の支配権力者と。
 天皇制は維持できない。廃絶。天皇の名において、とかなんとか法律の裁可と公布...続きを読む

Qお琴をなさる方、教えて下さい

お琴を弾く前に、爪をつけますが、その時、必ず皆さん
爪をつけた指先を口元にやって、息を吹きかけるような
動作をなさいますね。これは何をしているんですか?
「阿古屋」でお琴を弾く時の玉三郎丈も、同じことをなさってました。
私の周りには、お琴をする人がいないので、どなたか教えて下さい。

Aベストアンサー

あまりお琴の演奏会も他の舞台(歌舞伎ですか?)も見たことはないので、必ずそうされるというのは知らなかったんですが…。
爪をつける前には指を舐めますね。それで済むのならわざわざおしぼりを用意するのも面倒なんじゃないでしょうか。わたしは練習のときはそうします。
舞台のときは絶対爪が落ちないように卵白をつけます。がちがちになります。舞台の上で爪をはめることはありません。

Qもしドレスデン空襲や広島長崎がソ連への見せしめだったとすれば

ドレスデン空襲は、そこが軍事都市でもなく、ただ避難民でごった返していたところを虐殺目的で行った、そしてまもなく入ってくるソ連軍に戦略空襲の威力を見せつけるため、広島長崎は、初の原子力兵器の威力を誇示するために使った、しかもその見せしめの目的は両方ともソ連を牽制するためだったとすれば、それは必要な措置だったといえるでしょうか?あるいは唯の狂気でしょうか?

Aベストアンサー

原爆の投下についてはソ連という要素抜きでも多くの議論が成されてきました。もちろんアメリカ側に戦後の主導権を握るためにソ連への見せしめの要因がなかった、といえば嘘になります。実際、ソ連はアメリカによる原爆投下にたいして日ソ中立条約を破棄して日本に侵攻する動きを見せています。

結論として、ソ連への牽制、と言う意味だけで原爆投下を行ったのであれば、それは狂気といってもいいでしょう。しかし原爆投下によって戦争終結が早まった、と考えるアメリカ側の主張に理解を示すのであれば、必要な措置であった、といえます。(原爆投下は多角的意義を持つため、ソ連への牽制という限定的な事象に直接的関係を見いだすことは難しいでしょう。)


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