高校生男子です。
私は動物が大好きで特に大の猫好きです。
しかし、子猫のようなとてつもなく愛くるしいものをみると可愛さのあまり殺してしまいたい、という衝動にかられることがあります。(もちろん行動に起こすことなどありえませんが)
いったいなぜ「好き」からこのような気持ちになるのでしょうか?
よくある動物虐待をする人間の気持ちとは違うとは思うのですが。

A 回答 (3件)

子猫なんか見ると、世間で言う「萌え」の感情を覚えます。


特に激しいと、興奮に近いような、むはーっ!!と言う感じ。
この感じと殺意を覚える時の感じが貴方の体内で混同されているのではないでしょうか。

人は吊橋が揺れてドキドキするのと異性に会ってドキドキするのも区別がつかないので吊橋があるところへ誘え!と言う様な事を大学時代、ある教授が言っていました。

行動を起こさないと誓えるなら胸の奥にしまっておいてもいいと思いますが、心配なら精神科を受診しては。
昔の様に、これは駄目ですと言う様な人ばかりが受診する時代でもないので。
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この回答へのお礼

そうです! むはーっ!!とくる感じです(笑)
体が違うドキドキと勘違いしているかもしれないんですね。
いわれてみるとその間は頭が多少混乱しているような気がします。

>行動を起こさないと誓えるなら胸の奥にしまっておいて・・・
勿論誓います! そんな過ちは絶対に犯しません!

ご回答どうもありがとうございました。

お礼日時:2009/05/13 00:00

怖いお話ですね。


愛情というものは行き着くところそういったものなのかもしれませんが、それは完全な暴走つーか倒錯なので、もしそうなってしまったらあとで必ずひどく後悔すると思います。絶対不幸になるでしょう。
貴方ご自身のためにも、そんなことは想像せず、たまたま想像してしまったときも、その思いだけで留めておいてください。それが貴方と子猫との最高に幸せな関係なのだと思います。
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この回答へのお礼

そうですね。 私自身も、もしそんなことをしてしまったらと思うと・・・ガクブルです。
これからは子猫に接する時はもっと興奮を抑えねば。

お礼日時:2009/05/16 00:05

こんにちは、



「可愛さのあまり殺してしまいたい」と言うのは、もしかすると、
思春期の過剰なエネルギーが支配欲として現れているのかも知れませんね。

愛くるしい⇒手元に置きたい・自分のモノにしたい(支配したい)
⇒永遠に自分のモノにしたい、と気持ちは増大していきます。

愛くるしい相手の非力さ、無力さ(自分の側の圧倒的な力)も背景に在るのかも知れません。
いくら愛くるしくても、相手がヒョウやライオンでその気持ちは起こるでしょうか、
まぁ、デカイ(力が在る)時点で、愛くるしいと感じないのかもしれませんが…

動物を虐待する人間は、心の中に欲求不満の闇や傷を抱えていて、
その闇や傷を補償しようとしていると、考えられ、
質問者さまとは、まったく異質の心理を背景にしていますので、
余り心配する必要はないかと思います。

思春期は、エネルギーに満ちている時代です、
そのエネルギーの有益な利用方法と同時に貴方自身の
さらなる楽しみを見つけてみたら如何でしょうか、

愛くるしい猫が好きでしたら、それを写真にしたり、描いたり、
色々な形で表現して見ては如何でしょう。
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この回答へのお礼

その通りです。自分のモノにしたい永遠に自分のモノにしたいと気持ちは増大しています(笑) 

相手の非力さや無力さ等も関係してくるのですね。
それも何となくわかる気がします。 この子は自分がいないと生きていけない→この子の命は自分次第→この子は自分の物、と危険な方向にいってしまいそうですね。
さすがにライオンではかわいいどころか恐怖ですが。

とりあえず虐待をする人の心理とは違うということで一安心です。

エネルギーは満ち満ちてますねえ。家がペット禁止なので飽和状態です。
犬を飼ってる人の家にいっては犬に飛びついたり
ネコに向かって猫じゃらしを振りまくってます(笑)

ご回答どうもありがとうございました。

お礼日時:2009/05/13 00:01

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Aベストアンサー

あまりお勧めはできません。
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特に思春期に、もし名前とその子の雰囲気が全く合っていなければ、つらい思いをするのでは…と心配してしまいますが。
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人間はアプリオリに性的衝動と破壊衝動を抱えて生まれてくると考えられます。
フロイトは当初、前者しかないと考えましたが、後年、後者の存在に気づき、それがタナトス。
性的衝動のエネルギー源がリビドーと呼ばれるもので、エスの段階においては愛の形を取る。
自らの存在を保存しようとする傾向を持ちます。
これに対応する破壊衝動は、全てを破壊して物質本来の姿(=原始レベル)に立ち戻ることで安定を目指すもので、エスの段階では、その名のとおり破壊の形を取ります。
自我の段階においては、友愛⇔攻撃性、超自我では、慈愛⇔知力、という対応関係を持ちます。

人は、いわゆる「衝動」を抱えて生まれてくるわけですが、(わかりやすくするために簡潔に言うと)リビドーとタナトスを抱えた状態で人は生まれてくる。
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若干の個人的見解も交えて申し上げると、およそ、こういった経緯になるかと思われます。

人間はアプリオリに性的衝動と破壊衝動を抱えて生まれてくると考えられます。
フロイトは当初、前者しかないと考えましたが、後年、後者の存在に気づき、それがタナトス。
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あゆなちゃん。本当に可愛らしい響きですね(^^)

パソコンの小さい字だと「蒼」が「若」「茉」に見えて少し迷いましたが…なんとか「あゆな」と読めました。
最近は「愛→あ」「夏→な」など、一文字目の読み方のみ使っているお名前のお子さんが多いので、そこから推測して…という感じですね。

娘の保育園に「蒼衣(あおい)ちゃん」がいるので、個人的にはそんなに「男の子限定の漢字」というイメージはないですね。
色を表す漢字は私もとても魅力的だと思いますし。
ちなみに蒼衣ちゃんは、凛とした強い女性・ナウシカをイメージしたそうです(笑)。青い衣ということで。
ただ、今時の名前に慣れていない上の世代の方だと読みづらい・「鬱蒼」などのイメージを持たれるかもしれませんから、ご両親に相談されるのもいいかもしれませんね。

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ペットの気持ちとはいったいどんなものなんだろうか
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意見聞きたいです

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犬の視点は犬にしかわかりませんが、
犬の気持ちをくんであげることはできると思います

今まで犬、猫、インコを預けたときの経験からですが、知らない家に預けられると

エサを食べなくなる。犬はこれでやせ細り、肋骨が浮いてしまいました。
 
吠えなくなる。

預かってくれた人になつかない。

その人が飼っている動物と仲良くなるといいけど、
悪くなるとストレスで皮膚病になる。インコはこれがひどくなり死んでしまいました。うちが預かっていた猫はこれで10円ハゲができてしまいました。

つまり、人間同様、とても不安になり、精神的にだいぶまいってしまいますね

少しでも軽減する方法として・・・

一番かわいがっている、なついている飼い主の洋服を預かった人に着てもらう(エサを上げるときに有効)
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特に犬は匂いからの情報を重視して判断することもある動物なので、だまされることはありませんが、それで少しでも安心できたらいいのではないでしょうか?

ですがやっぱり大好きな飼い主と一緒にいられることが一番の幸せだと思います。

犬の視点は犬にしかわかりませんが、
犬の気持ちをくんであげることはできると思います

今まで犬、猫、インコを預けたときの経験からですが、知らない家に預けられると

エサを食べなくなる。犬はこれでやせ細り、肋骨が浮いてしまいました。
 
吠えなくなる。

預かってくれた人になつかない。

その人が飼っている動物と仲良くなるといいけど、
悪くなるとストレスで皮膚病になる。インコはこれがひどくなり死んでしまいました。うちが預かっていた猫はこれで10円ハゲができてしまいました。

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Q赤ちゃんの名前に「希」を用いるのは是か非か

赤ちゃんの名前に「希」を用いるのは是か非か
 最近(かなり前から?),赤ちゃんの名前に男女を問わず,「希」を用いる例が増えています。あなたはこのことについてどう考えますか。

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小生にとっては、悪いイメージは全くありません。
「是か非か」と問われれば、昨今のDQNネームと言われているものから較べたら、完全に「是」。少なくとも「非」とは感じられません。

「希」には、確かに辞書上での「のぞむ」という訓読みは存在しませんが、意味としては「のぞむ」という意味がありますし、そんなに突拍子もない読み方ではないと思います。これは個人的な感覚ですが、「希」という字を見てぱっと思いつく熟語は「希望」というポジティブなイメージです。

確かに「希」には「希薄」にみられる「少ない」の意がありますが、それよりも「まれ」「めずらしい」という意味での「希有」「希代」「希世」など、よい意味での使い方の方が多いように思います。

まあこういう文字に対する感覚は人それぞれですから、小生の考えを否定していただいても結構ですが。

あと、一言付け加えるならば、小生のごく近しい人に「希(のぞみ)」という人がおりまして、どうもこの質問及び他の回答者へのお礼の言葉を読むと、その人の名前をけなされているように感じ、あまり気分のよいものではありませんでしたので、回答した次第です。
まあ、そんなふうに感じる人間もいるということで。

小生にとっては、悪いイメージは全くありません。
「是か非か」と問われれば、昨今のDQNネームと言われているものから較べたら、完全に「是」。少なくとも「非」とは感じられません。

「希」には、確かに辞書上での「のぞむ」という訓読みは存在しませんが、意味としては「のぞむ」という意味がありますし、そんなに突拍子もない読み方ではないと思います。これは個人的な感覚ですが、「希」という字を見てぱっと思いつく熟語は「希望」というポジティブなイメージです。

確かに「希」には「希薄」にみられる「...続きを読む

Q衝動的な心理

1年続けていたブログを衝動的に消しました。
ブログを消した理由は、ある人のコメントで傷ついたからです。
今はたかがあんなコメントでどうして傷つくんだろう…と思うのですが、あの時は衝動的にブログを削除していました。我に返って、「あれ?どうして消しちゃったんだろ」と思ってます。
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以前もある日突然ブログがやめたくなり、消しました。そして消してから、後悔しました。
どうしてこんな簡単に自分の努力とか積み上げたものを消してしまうことができるのでしょうか?
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Aベストアンサー

細かな判断材料がないのでトンチンカンな文章になるかも知れません。そのときはご寛恕ください。

多分、キーワードは、「自己評価」と「プライド」かな、と思いました。

「衝動的に」って、流行りのことばでいえば、「切れてる」ってことですよね。
不愉快なことがあって、その場で冷静でいられなくなり、その不愉快の原因を即座に「消す」ことによって精神的打撃を最小限にしようとした訳です。

通常、自己評価の低い人、自分に自信がない人、他人からの評価が低いと思っている人は、そのままでは生活上の快適さが得にくいですから、それを補償するかたちで「高いプライド」を持つことになります。そのプライドは普段は表に現れませんが、自我が攻撃されたりするとスイッチが入り、自分を攻撃してきた対象に向かいます。もともと根拠があってのプライドの高さではありませんから、理詰めで相手に迫るというより、「切れて」みせて相手を怯ませる形をとります。

勉強に自信がなくて学歴社会のシステムから外れてしまった若者などがこの典型です。

逆に、自分に自信がある人、実体に裏打ちされたプライドを持つ人はどうかというと、まず、根拠のない自身への攻撃でも自我が脅かされることがありませんから、理性的に対処しようとします。またある程度根拠や理由があっても、それへの対処は何をするのが有効かを判断します。

例えば、こころないコメントの場合は、相手の出方を伺ったり、何かこちらの不手際や配慮のない表現が原因が相手の攻撃的言辞を誘発したのなら、穏やかにそのことへのこちらの感想や、必要があれば非礼への詫びをして、関係を「取り繕う」努力をします。あるいは、相手が愉快犯的に匿名を嵩にきた「攻撃のための攻撃」をしていると判断したなら、コメント欄を一時休止したり、特定者をブロックしたりして様子を見ることをします。
なぜなら、一年もかけて自分で気づいてきたブログは、ふざけ半分のものでない限り、自分の精神の記録となる貴重なものだからです。それが「一過性」の攻撃のために消滅させるのは「もったいない」という判断が働くからです。

質問者さんが、自己評価が低くてプライドだけ高い人物だとは思いませんが、一般的な傾向としてそう言えるのではないかと思います。

攻撃されたことによって傷ついたプライドのダメージを最小限にするために、相手に攻撃をし返そうとします。しかし、自分のブログへの中傷という「受け身」を余儀なくされたために、相手への攻撃のエネルギーが、攻撃された原因たるブログそのものを消滅させるような方向へ働いたとうことではないでしょうか。原因がなくなれば攻撃されることもなくなると。

こういった心的な機制が条件反射的に行われるために、通常は自分にとってこの行動はいいことなのか悪いことなのかといった「判断」が働いてから行動に移るという過程がすっ飛ばされて、ブログを削除するという「衝動的」行動となってしまったのではないでしょうか。

今後、必要なことは「自己評価を高め」ていく行動を心掛けることだと思います。たかが私的なブログであろうと、この表現は誤解を招かないだろうかとか、この表現に自分は責任が持てるのだろうかとか考えて、そういったブログを読む人への配慮を経た上で文章を投稿することです。
それは、不要な攻撃を招きたくないとか、揚げ足を取られたくないからという後ろ向きな理由からではなく、自分を表現する際にもう一人の「検閲官」である自分というフィルターを通していることで、その文章に対して「自信を持つ」ことが出来るのです。

自信のある文章であれば、多少の根拠に乏しい攻撃には耐えられます。自分の文章は、「自分の分身」です。これに「耐性」を持たせることが出来れば、言いかえれば表現に自信があれば、「衝動的」に消してしまおうということにはならないと思います。

さて、ご質問に応えるなら、

>私を駆り立てるものはなんなのでしょうか?

あなたを駆り立てているものは、「自分への低評価を守ろうとするプライドを、性急に満足させようとする気持ち」=「自己愛」です。その「自己愛」が盲目的に発露されてしまったのです。

もっと、自分に自信を持つようにしましょう。これは、そういう気持ちがあれば誰にでも持てるようになるものです。

細かな判断材料がないのでトンチンカンな文章になるかも知れません。そのときはご寛恕ください。

多分、キーワードは、「自己評価」と「プライド」かな、と思いました。

「衝動的に」って、流行りのことばでいえば、「切れてる」ってことですよね。
不愉快なことがあって、その場で冷静でいられなくなり、その不愉快の原因を即座に「消す」ことによって精神的打撃を最小限にしようとした訳です。

通常、自己評価の低い人、自分に自信がない人、他人からの評価が低いと思っている人は、そのままでは生活上の快適...続きを読む

Q赤ちゃんの名前  心依   ちゃん。 どう読みますか?

赤ちゃんの名前  心依   ちゃん。 どう読みますか?

友人が中国人男性と結婚し、今年の冬に赤ちゃんが生まれてくることになりました。赤ちゃんの名前をつけるために悩んでいるのですが、中国と日本両国で通じる名前をつけたいとのこと。中国語の名前(ご主人の提案)は、「心依」ちゃん、由来は「心心相依」という中国の四字熟語で、意味は「国境を越えて、家族の心と心が寄り添う」。二人とも漢字は気に入っているのですが、日本語でも通じる読み方が思い浮かびません。今まで考えた読み方は「しんい」「ここい」です。日本語でも不自然にならない読み方の提案を希望しています。あなたなら、この名前をどう読みますか?

Aベストアンサー

中国読みではシンイーですよね。
日本読みでも、まず「しんい」と読みたくなります。
素敵だと思いますよ、「しんい」ちゃん。充分に自然です。
まさに「心心相依」シンシンシィァンイーの精神だと思います。

Q衝動ですが

人が衝動を持つ基準というのは何なのでしょうか?

というのも、この前殺人サイトを見ていたら人が殺したくなったという事件がありましたし、ほかにも、衝動買いや、突然やりたくなってくる衝動が起きるというのは誰でも起きることだとは思いますが、ではなぜやりたくなったりするのかなと思うんですよ。

突然やりたくなったり、見たらやりたくなってくることというのはたくさんあると思います。

ですが、こういうことというのは、全ての人が一様にやりたくなるというわけではないですよね?

だからちょっと気になりました。

それと、もう一つ、なぜ、人はこの欲求に敗北するのかということです。やった後はまずいとわかっているのに(この前の妹を殴ったという事件も、警察に自分で電話しているので善悪はあったと思います)やってしまうということありますよね(衝動買いをして、後で鬱になる人も多いと思います)?

こんな感じじゃないかなということでもいいですのでよろしくお願いします。

Aベストアンサー

衝動を持っているのは人間に限らず、すべての動物に言えることでしょう。すべての動物に本質的なものであるというべきかもしれません。

脳は、脳幹から始まり、辺縁系、大脳旧皮質、新皮質、そしてその中でも前頭葉の肥大へと進化してきました。

これらの機能的発達は生存に必要不可欠なものから順に獲得してきたのです。衝動は本能的に生命維持に必要なものなのです。

感情は旧皮質がかかわっていますし、特に好き嫌いは扁桃体によって制御されています。これらの衝動や感情は、暴走しないように新皮質が抑えているのです。

つまり衝動がそのまま行為として現れる者は、新皮質の制御が弱いということも言えるのです。

特に新皮質の機能は後天的な記憶による部分も大きいわけです。だから成長段階で刷り込まれたタブーなどの社会的規範に影響を受けています。

精神分析などでは、これを意識される部分と意識されない前意識などに分類したり、自我、超自我などに分類していますね。

また特に人間は前頭葉が発達していて、自我が、他の動物に比べ飛躍的に発達しています。自我とは自分を客観的に見ることですから、時間観念の中で未来予測もできるわけです。つまりこの行動の結果はどうなるかということも予測できるわけです。

ですから衝動を抑えるものとしては、解剖学的には大脳新皮質の機能であり、それに影響を与えているものとして社会規範がタブーとして意識されないレベルで働いていたり、あるいは意識レベルとしての規範意識だったり、あるいはその結果を予測して損得を判断するなどによっているなどが考えられます。

いずれにせよ新皮質と旧皮質の力のせめぎ合いの結果でしょう。飲酒や薬物使用などによってそれを意図的に変えることも可能です。

人間だれしも新皮質の機能だけでは生きられません。むしろこの衝動こそが人間の本質です。衝動が抑えられればそれでよいというわけではありません。抑えられた衝動が上手く昇華されないと、色々な面で影響がでることもあります。人間はそれが意識に出てくるのを防ぐために防衛という機能がありますが、これがために無意識とか前意識に抑えられた衝動が巣くって悪さをすることもあるのです。

フロイトは人間は性衝動によって決定ずけられるのだ、とまで言っています。

衝動を持っているのは人間に限らず、すべての動物に言えることでしょう。すべての動物に本質的なものであるというべきかもしれません。

脳は、脳幹から始まり、辺縁系、大脳旧皮質、新皮質、そしてその中でも前頭葉の肥大へと進化してきました。

これらの機能的発達は生存に必要不可欠なものから順に獲得してきたのです。衝動は本能的に生命維持に必要なものなのです。

感情は旧皮質がかかわっていますし、特に好き嫌いは扁桃体によって制御されています。これらの衝動や感情は、暴走しないように新皮質...続きを読む

Q赤ちゃんの名前

来年姉に男の子の赤ちゃんが生まれます^^
義兄が米人なので、日本でもアメリカでも通用する名前を探しているのですが、
なかなかいい名前が思いつきません(^^;
例えば「ジョー(穣)」とか…。
いい名前があったらアドバイスください☆
待ってますm(__)m

Aベストアンサー

健(ケン)・亮(リョウ)翔(ショウ)とかはいかがでしょうか?
もしよろしければ上の名前を基本に下記サイトで参考になるような名前をつけてみてはいかがでしょうか?

参考URL:http://www.emusu.net/seimei/

Q感情による衝動や行動等の制御と自律

こんばんは。(おはようございます?)

カテゴリー違いでしたらごめんなさい。

私は「怒り等の感情による(例えば『人を殴りたい』『人を殴る』等の)衝動や行動等を自律では制御することができず、(例えば法律や法律に基づく罰等の)他律の力を借りることで、精神的苦痛を伴いながらも何とか制御することができた」と言う状況を幾度となく経験して参りました。

当時の状況を思い出すと、一見同じような状況であっても、感情による衝動や行動等を自律で制御することができたケースと、制御することができなかったケースとがありました。

また、当初は感情による衝動や行動等を自律で制御することができなくても、時間が経過するにつれて自律で制御することができるようになったケースもありますし、逆に当初は感情による衝動や行動等を自律で制御することができたのに、時間が経過するにつれて自律では制御しきれない状況になったこともあります。

感情による衝動や行動等を自律で制御することのできる状況と、自律では制御することができない状況とでは何が違うのでしょうか? 感情による衝動や行動等を自律で制御するには、どのような条件が必要なのでしょうか?

当質問において、私は「自律」と言う言葉を使っておりますが、もしかしたら、感情による衝動や行動を制御しているのは「自律ではない別の何か」なのかもしれません。この辺りも含めましてご回答やご指摘等を頂けたら助かります。

宜しくお願い致します。

こんばんは。(おはようございます?)

カテゴリー違いでしたらごめんなさい。

私は「怒り等の感情による(例えば『人を殴りたい』『人を殴る』等の)衝動や行動等を自律では制御することができず、(例えば法律や法律に基づく罰等の)他律の力を借りることで、精神的苦痛を伴いながらも何とか制御することができた」と言う状況を幾度となく経験して参りました。

当時の状況を思い出すと、一見同じような状況であっても、感情による衝動や行動等を自律で制御することができたケースと、制御することがで...続きを読む

Aベストアンサー

imananjiさん、こんばんはm(__)m

私は勉強中の一般民間人ですので、正解は書けないと思いますが、がんばってみます。

>怒りや怒りによる衝動の発生が抑えられている段階では、>欲求自体が無い(または弱い)ので欲求不満にはならない>(またはなり難い)為、怒りが誘発される確率(または怒>りのレベル)も低いのですね。

一つずつ分けて考えてみましょうか。

まず一つには、衝動の発生を抑える以前に怒りの度合いと不満度の関係があります。
感情には「怒り」「喜び」「期待」など、基本となる感情が8つあり、それぞれには強度がある、という考え方があります。
怒りの場合には、困惑<怒り<激怒 となるそうです。
ある事象に対する欲求不満度・苦痛度で、怒りの強度も変わってくるのですね。
つまり、欲求不満度は衝動の抑制に直接関係しているのではなく、怒りの強度に関係していることになります。

そして次に、この怒りの強度と攻撃行動への衝動との関係です。
攻撃行動は何も怒りだけではなく、嫌悪とか恐れ、悲しみなどでも見られることだと思いますが、それぞれの感情には怒りと同じように強度があります。
それらの感情が強ければ攻撃行動への衝動も強いものになると、これは私の経験からですが、考えられると思います。
不満度によって怒りの強度が変わり、怒りの強度によって攻撃行動への衝動が変わる、ということになるかと思います。

>怒りや怒りによる衝動があるのに行動を抑えている段階に
>なると、欲求不満により怒りが誘発されるのですね。

これは、すでにある怒りが原因で更なる強い怒りが生じたということですね。

そして更に、攻撃行動への衝動の強度とそれを抑える力の関係があります。
ここに関係してくるのが、「自我」というものになるのでしょう。
自我というのは、働きというよりも、人間の精神構造が自我を含めた欲求・自我・超自我からなっている、としか私には説明ができません。
ゴメンナサイ。
このあたりのことは書くと論文になってしまいます?ので、参考URLを書いておきます。

怒りという感情は、知らない人よりも身近な人にほど向けられ易いですね。
骨肉の争い、なんて言いますが、典型例ではないでしょうか。
十何年も経ってから思い出される怒りというのは、発散されていないのでしょう。
誰にも「あ、思い出しちゃった。今ごろになって超ムカつく!」ってことはありますって。
冷静になるだけではなく、その後に発散されることが怒りの解消には必要なんですね。

参考になるのか?ならないのか?
ならなくても怒りのレベル弱にしておいてください(~~;)

参考URL:http://homepage1.nifty.com/~watawata/psycho/p3.htm

imananjiさん、こんばんはm(__)m

私は勉強中の一般民間人ですので、正解は書けないと思いますが、がんばってみます。

>怒りや怒りによる衝動の発生が抑えられている段階では、>欲求自体が無い(または弱い)ので欲求不満にはならない>(またはなり難い)為、怒りが誘発される確率(または怒>りのレベル)も低いのですね。

一つずつ分けて考えてみましょうか。

まず一つには、衝動の発生を抑える以前に怒りの度合いと不満度の関係があります。
感情には「怒り」「喜び」「期待」など、基本となる感情...続きを読む


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