ローマ帝国についてお詳しいかたにお願いします、是非ご教示ください。

こちらではないQ&Aサイトでこんな文面を読みました。<引用>
>古代の人は考えて、それを民主主義というシステムとして採用して自分たちの集団に繁栄させた。
>それがローマ帝国。
>皇帝いましたけど、絶対的な権力者ではなく、民衆からリコールされることもあった。<引用終わり>
注)引用部中の繁栄はおそらく反映の誤記です。

お聞きしたいのは以下の点です。
1)ローマ帝国に元老院があった事は存じておりますが、民主主義と呼べる政治形態だったのか?
2)歴代ローマ皇帝に、引用部にあるような民衆からリコールされた皇帝がいたのか?実在したのなら、名前と在位をお教えください。

塩野七生さんのローマ人の物語を読んで古代ローマに興味を持っています。それだけに気になったのですが。。。

お暇なときで結構です。是非お教えください。

A 回答 (6件)

>民衆からリコール


というよりは「元老院から」ですね。

元老院が処刑の決議をしたという知らせを聞いてまもなく自殺したネロ(AD 37-68)、皇帝の地位をお金で買おうとしたが支払いが滞り、ブリタンニアあたりの軍隊の反乱もあって元老院に見限られたディディウス・ユリアヌス(AD193)

ほかにコンモドゥス、ドミティアヌスあたりも暗殺された後、元老院有力者の意向に沿った皇帝が即位しています。何らかの工作があったと考えた方が自然です。他にも暗殺、反乱軍に殺害、戦死などとされている皇帝のなかにも元老院有力者が裏で手回ししたと考えられる例は多数あります。

塩野さんの著書はおもしろいものも多くありますが、固有名詞の書き方が独特なこともあり、他の資料とつき合わせるのが面倒なことがあります。その点は認識しておいた方がよいでしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

元老院に嫌われて失脚した皇帝なら、理解できます。
よくよく考えてみれば、民主主義だったのなら「帝政ローマ時代」とは書かれないで「民主制ローマ」と書かれるはずですものね(帝政の前は共和制ローマ、と言われていたのですから)

やはり、私が目にした記述(質問の引用部分)は誤りですね。

>固有名詞の書き方が独特
確かに、世界史の教科書にあった人名と一部異なった部分がありました。

お礼日時:2009/05/13 20:00

>porepore47さまも、この引用に違和感を感じたからご回答下さったのですよね?


もし、そうなら塩野さんの(そして一般的な常識)が正しく、引用にあったような解釈は間違いだと思って良いのだと安心いたします。

記録に残った”事実”から、解釈する”真実”は幾様もありうるので、塩野”史観”が正しいか、あるいは、質問者が目にされた"史観=解釈”が正しいか、絶対的な判定は出来ないと思います。私は塩野さんの”史観”に賛同しますが。
いずれにせよ、異なる史観を知った上で、自分の史観を築き上げればよいことで、あれが間違っているかどうか、他人に聞くでも無いことだと思いますが。
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この回答へのお礼

うーん、史観などと大げさな話をするつもりは無かったのです。
史実として、ローマ皇帝に民衆からリコールされた者がいたのか、を知りたかったのです。

どうやら、(軍人や元老院によるリコールという名の殺害を除けば)いなかったようだ、との考えを固めました。
誤解されるといけないので申し上げますが、私は質問文にあった引用部の史観には大いに疑問を持っているから質問したのです。
porepore47を含め多くの方の多角的なご意見から、どうやら私が読んだQ&Aサイトの記述はデタラメであったのだろうと考えます。

お礼日時:2009/05/14 19:19

ローマの最初に皇帝になったといわれる


オクタビアヌスは、元老院の推挙で
「尊厳者」=アウグストウスという今までに
なかった地位の座になった、後世、その
「尊厳者」のことを皇帝といっている
つまり、オクタビアヌスは元老院からの支持を
背景に、その地位になったわけで、これは
民主主義とは違うが、地位の高い階層からの
代表者たちで運営の議会のような元老院の
支持なくしては「尊厳者」たりえなかった
オクタビアヌスのあとの歴代皇帝たちも
元老院の推挙を得て、その地位につき
必ずしも世襲による座ではなかった。
しかし、元老院も尊厳者も両者、無限の
権限があったわけではなく、お互いが
協力し合ってローマの統治をやっていったが
歴代皇帝たちには元老院と上手くやった者も
元老院と政争をした皇帝もいた、
とくに元老院と抗争が激しかったのは
コンモドゥス帝で、彼は何度も暗殺未遂に遭って
疑り深くなり元老院のメンバーを多く抹殺して
元老院は壊滅寸前になったという。
帝政以前はスパルタクスの反乱のような
大きな内乱があったが
帝政ローマ時代では同じローマ人の民衆が
帝国を脅かすほどの大きな反乱を起こしたのは
少なかったと聞いていますが
しいてあげるなら、キリスト教がローマ圏内で
普及が広がり、皇帝がキリスト教を容認する人も
弾圧するひともサマザマで、キリスト教を迫害して
統治に大きな支障が出た皇帝は何人かいたみたいです。
民衆というのとは違うが、ローマ軍は、帝政時代
反乱が多いかったです、皇帝は軍人出身でなくても
よかったが皇帝の座では軍の最高司令官で
軍の機嫌を損なうと皇帝といえども身に危険が
「皇帝親衛隊」という集団は、名のとおりの群れで
軍の精鋭部隊だったが、その権限を濫用するあまり
自分たちに都合がよい皇帝を推挙したり
親衛隊を粗略に扱う皇帝を暗殺したりすることが
何度かあり、そうなっては親衛の意は吹っ飛んで
ますが
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この回答へのお礼

長文の回答ありがとうございます。

全体として私が知りたかった点として、
1)民主主義ではなかった
2)民衆にリコールされた、ではなく軍人によってリコールはあった
事が分かりました。

お礼日時:2009/05/14 19:14

私も今読んでいますが、「ローマ人の物語」を読まれているなら、すべて答えは書かれていると思います。

塩野さんの解釈と異なる答えを求められているのでしょうか?
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この回答へのお礼

>異なる答えを求められているのでしょうか?
いえいえ、全く逆です。
塩野さんの本と自分の過去学んだ世界史の記憶と、相容れない書き込みを見たので、ここで質問をさせていただきました。

porepore47さまも、この引用に違和感を感じたからご回答下さったのですよね?
もし、そうなら塩野さんの(そして一般的な常識)が正しく、引用にあったような解釈は間違いだと思って良いのだと安心いたします。

お礼日時:2009/05/13 19:56

私も塩野さんの本を読んだ上での解釈となります。



1)塩野さんは元老院を「指導者層の人材バンク」みたいな表現をしていたと思います。
ローマ帝国がパックスロマーナの時代は、人材供給ができたが、後になると人材補給されなくなった。
「名前からすれば、カエサルやオクタビアヌスらによって、蛮族から元老院入りしたものの子孫」が活躍していたが、(確か)塩野さんがローマ人ならざるローマ人とか表現していたスティリコなどは、優秀であるにもかかわらず元老院のメンバーになれず、軍人で終わっている。
これが、人材バンクが機能しなくなった例だ、なんてことが書いてあったような。

2)民衆のリコールと言うより、軍団(後期には親衛隊)による殺害ですね。原理的には市民の同意で皇帝になるわけで、軍人=市民という原則あるので、そのようになったかと。

そもそも民主主義というのをどう定義するか問題があるわけで、それを無視して「民主主義が」なんていうのは、大雑把すぎるような気がする。

元首=指導者の選択における民衆の参加。
というのを形式的に民主主義の成立とすると、形式的には民主主義がローマ帝国には貫徹されている。
塩野さんの他のところでの発言ですが、「なぜ、キリスト教を受け入れたか?」という疑問に対して、氏はこう述べていた。
「人間によって皇帝が決められると、世襲制はしづらい。ところが人間でない神が皇帝を決めるなら、世襲制がしやすい。なぜって、神の代理人である宗教的指導者は、現皇帝によって地位に就いているのだから」
なるほど、キリスト教の受容とはこういうことかと思いましたです。
これによって、民衆による皇帝決定という制度は終わった。
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この回答へのお礼

回答かりがとうございます。

確かに、民主主義の定義もなく引用にあったような決め付けは大雑把というか、かなり乱暴な論だと思いました。

元老院議員や軍人が=市民だから民主主義と言えるなら、某半島の北側の国家だって民主主義と言えるくらい大雑把だと思いました。

塩野さんの説は、分かりやすいので良いですよね。

お礼日時:2009/05/13 19:52

民主主義といっても今のような民主主義ではありません。

専制政治にならないように見張る機関が元老院でした。
実際のところは元老院が、大きく権限を持っていた時代もあります。

リコールは大体において皇帝を殺す事を言いました。
失脚させるリコールではありません。
民衆のリコールは競技場のコロッセオでブーイングと共に始められました。
名前は忘れましたが元老院からリコールされながら、再度皇帝の選挙に出馬した元皇帝が、選挙運動中に元老院によって鈍器で頭を割られて川に捨てられて死んでいます。


ローマ史は読み応え十分です。
相当はまりますのでお気をつけ下さい。

この回答への補足

浅学な者なので、理解できていない点についてはご容赦ください。
私の古代ローマに対する知識は、ほぼ「ローマ人の物語」と高校の世界史レベルなので、t87300さまがお書きになった語の意味を勘違いしているかも知れないのです。

>ローマ史は読み応え十分です。
本当にそう思います。

補足日時:2009/05/12 12:08
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。

>元老院が、大きく権限を持っていた時代
おそらく共和制ローマの時期を指しておられると拝察します。
帝政ローマでも元老院は専制政治にならないよう見張っていたのですか?

>再度皇帝の選挙に出馬した元皇帝
皇帝は終身制だと思っていたのですが違うのですね?だからリコール=殺害だと思っておりました。
もしかして、私の言葉の使い方がおかしかったのかも知れませんが、
「ローマ帝国」の事について質問しております。
t87300さまがお書きの「皇帝」とは軍の指揮官を意味するいるのでしょうか?(あ、でも軍の指揮官は元老院が指名するんでしたね)

是非、名前を忘れたなどと言わず、元皇帝のお名前をお教えください。

お礼日時:2009/05/12 11:32

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