自分の父親はどの政党といわず政党全般が嫌いです。
いわく、政党で政治が動いているから、国会の多数派の法案が何でも通ってしまう。
議員個人個人にどんな信念があっても党議拘束で、党の決めた賛否に従わざるを得ない。
政党そのものが組織であり、なおかつその政党のバックにそれぞれ支持団体があるため、
そこに癒着や利権が発生して国民のための政治が行われない。
組織になど属さず個人の良心で誠実にやってる議員の方が信用できる。
そういう意見です。
主にこれは与党への批判になるのでしょうが、今の野党が政権を取っても国会のシステムが同じである以上
起きてくる現象もまた同じでしょうから、要はやはり政党全般が気に入らないということだと思います。
実際、ごもっともだと思いますし、同じように感じてる人はほかにも多いと思います。
無党派層が多いのも、現有の政党に支持するに足る党がないというより、どんな政党であれ
政党というシステム自体への不信感が実はあるのではないかと思います。

しかし一方で、議会制民主主義を取っている国はどこでも、多党乱立であったり二大政党制であったりはしても、
一様に政党政治が採用されている事を考えれば、民主主義のいろいろな実験の中で政党というシステムがベストでは
無いにしてもベターな選択であるというのが現時点での共通認識ではないのかとも思います。
そもそも、いい悪いを論ずる以前に、人間は3人いれば派閥やグループが生じる生き物である以上、
たとえ政党を廃止して全ての政治家を個人単位にしたところで、いつかはいろいろな理由でまたグループが形成されるのではないでしょうか?

政党が一概に是か非かではなく、メリットとデメリットの両面が存在すると思いますが、
その両面を考え合わせた総合判断で、政党はあった方がいいと思いますか?
それとも無い方がいいと思いますか?

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A 回答 (5件)

>政党の必要性



        ↓
問題や不満はありますが、政党は必要と思います。
それは、議会制民主主義や首班選び、重要政策の立案施行にスピードと内容のチェック充実に、現状でベター&有効なシステムだからです。

しかし、それは必要条件であって、よりましな及第点と言うだけである。
現状の政党の存在、成果や機能が、決して、十分条件を満たしてる訳でもありません。

政党本来の目的や機能を→円滑、効率的に発揮・達成するには、政党所属議員の「資質・使命感・矜持=広意には器量」が肝心であり、その個々のレベルアップがない限り、どのような制度も政党もマニフェストも、骨抜きにされると思います。

政党の役割を果たさすには→個人としての器量に加え、同時に、旗印や将来ビジョン、その目的への工程表:基本と成る憲法観・安全保障政策・政策のプライオリティを核としての、政党のガラガラポン・政界再編が不可欠だと思います。

また、現状でも、少しでも個人の器量が政党としての器量・信頼・実行力につながる為には→重要政策での党議拘束の撤廃、綱領やマニュフェストの徹底開示と遵守が、広く党内外や国民に情報開示されチェックされ、その支持&不支持と評価で選挙で信任を競わねば本物とは言えない。

その選挙(国民からの信任信託)を受け・経て、議席の配分と国民世論の合意形成に繋げ、国益と民意をバックボーンに負託を得た中から政党・政府を形成し→国会において、その責任を果たすべく政策立案と予算の配分、官僚組織や自治体との共同責任と連帯&分担にて行政執行を行うのが議会制民主主義の基盤・根底だと思うからです。

しかるに政党の現状は、主義主張もバラバラにマスコミや支持基盤向けの迎合&利益誘導が、人気取りと手柄争いに終始しているかに見える。
個々の政治家が出自も政歴もビジョンも→まだら模様に与野党に混在し、個人の政治信条を糊塗し隠して所属している為に、価値感の違いやリーダーシップが見えず聞かされず発揮されない。

すっきりとしたシンプルな政策実現の為の政党結成&運営、効率的な分り易い政党政治が行われていなく、与野党の立場と利害だけでの為にする批判合戦、スキャンダル捜しに、国会が終始しているので、いつまでも政治&政党&議員のイメージは上がらず、利権に群がる蟻、猟官運動と選挙の為のポイント稼ぎしか見えない。

そこには、国益・国威・国運・国際協調の旗印もリーダーシップもビジョンも見えず、活力を失った政治政党不信がはびこり、主権者である国民の中に政党不信と不要論が徐々に確実に蔓延して来ている。

誰がやっても、誰がなっても、どの政党も・・・と言う不平不満不信が、大切な政治政策への無関心や選挙における低投票率、一部のタレントや知名人や世襲議員の増大に繋がり、それがインスタント政治家(政治家という商売)を安易に創造してしまい、結果的に悪循環で政治の沈滞・政治家政党の器量気概不足の負のスパイラルを招いてしまっている。

私の意見としては、政党は必要です。
しかし、現在の政党が機能・責任を果たしているとは思えない。
選挙を通じての真贋の峻別とリーダーの発掘・育成を通じて、我が国の議会制民主主義のステージアップ、是々非々での熟成が必要だと思います。

政治不信に伴う政党不要論の気持ちは分るが、個人である政治家の共通価値感によるグループ化が推進力となる現実がある。
その価値感やリーダー選びの相互啓発・切磋琢磨がグループ間の競争であり、政党の存在基盤でもある。

議会制民主主義は、個人戦としての小選挙区での選挙と団体戦としての比例区と選挙区を合わせたトータル議席(議員数)が、主権者からの第一党を得て、国民に代行して政権運営を行うのだから・・・。

要は、様々な意見や利害、価値感を汲み上げ、調整し、反映した政策立案に→集大成と多数決による合意形成が基本であり、志・信条・価値感プライオリティを共有・同じくする、良質な個人政治家が集い→意見意向を集約収斂し政党を為し、政策を立案・成案し、実行&実効有らしめるのが本意である。

たしかに議会制民主主義・政党政治は、複数&多党政党の存在は→少数意見の尊重と決定システムにおいて、時間とコストが掛かるメカニズムだが、独裁専制政治や恐怖弾圧政治、人種や宗教やイデオロギーの純化政治の不合理性を戦争や粛清や民主集中制の恐怖と悲惨な実験を経て→人類の英知で築き上げた民主主義システムの要諦・王道だと思います。
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簡単に言ってしまえば、政党が無ければものすごく効率の悪い状態になると思います。


会社とかに例えて考えてもらえばわかると思いますが、会社が部署とか課とかにわかれていなくて、それぞれが独立して好きなようにやっていて会社としての仕事が成り立ちますかね?
重要なプロジェクトがあったとして、全体の責任者もいなく、それぞれが個人の力のみで知恵を絞って企画を出したとして、果たして良いものはできますかね?

政党も同じです。
国会ともなれば、とても広範囲の議事を扱わなければなりません。
全ての議員が全ての分野に詳しいわけではありませんので、党の中に分野ごとにプロジェクトチームとか部会というようなものがあります。
まずはそこで詳しい人が話し合いを重ね、ある程度完成した形にします。
そして党全体に対して趣旨説明などをし、改めて質疑応答など議論をして、党として国会に出す議案にします。
簡単に言えば、党の中にミニ国会があるようなイメージでしょうか。
ですので、党が無い場合は、これらの恩恵が無く、全部1人でやらなければいけない状態になります。
個人でできることなんて、高が知れています。

あと、党議拘束について結構誤解されている人もいるのですが、
党議拘束がかかるのは、基本的には上に書いたような党としての意見をまとめた後です。
つまり、党の中で議論を重ねた上で(最終的には多数決かもしれませんが)結論を出したものに従いなさいといういことです。
これって民主主義としては普通のことだと思いますが……

どうも、このあたりを勘違いしている(させている)人が多い気がします。
まあ、やたらめったら党首や党幹部の一存だけで党議拘束をかけるのでしたら弊害が大きいとは思いますけどね。


結論:政党は当然必要
(現在その機能がきちんと100%発揮されているかはまた別の話ですが)


ちなみに、これらは自民党のものを参考にしています。
民主もそんなに変わらないと思いますが、小さな政党はそこまでできているかはわかりません。
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仮に、あくまで仮に…


政党が禁止されて、グループを組むことも禁止して、全ての議員があくまで個人になってしまったら…みんなが(悪く言えば)好き勝手な意見を言うばかりで、なにも決まらなくなりそうで怖いです。

政党やグループを組むことが絶対に正しいとは言えないかも知れませんが、議会で法律や予算を決めなきゃいけない以上、必要なのかなぁと思います。
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空想ではなく現実の問題として考えるなら貴方の父上の仰る事は無理があると思います。


個々の議員の意見を尊重すると言えば聞こえは良いですが結局船頭多くして船山に登るの例え通り良い結果は生まれません。

政策を実現しようとしても反対のオンパレードで時間ばかり空費し極めて効率の悪いシステムと言わざるを得ません。
そうでなくても議会制民主主義は非効率で多くのコストと時間が掛かるのにこれ以上効率を無視したような制度は現実的では有りませんし群れたがる人間の本性にも反しています。
政党を廃止すれば無秩序状態になってしまうか独裁者が出現するかも知れませんね。

議員も人間である以上全員が賛成する政策など極めて限られたものになり重要な議案などはいつまでたっても決まらないと思います。

結局多様な意見を収束し政策に反映させる為にはある程度の強制力は必要でその為にも現在のシステムがベストに近いものだと考えます。
確かに支持団体の利益代表のような政党では困りますがそれでも政党の存在しない無秩序状態より遥かにましではないでしょうか。
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あなたの父の意見に賛成です。



民主党の中にも良い議員さんはいっぱいいるのに、
民主党は外国人参政権に賛成の人と反対の人が半々なのに、
執行部が皆、賛成だから、民主党全体が賛成になってしまっています。

なので、民主党を支持することができません。
外国人参政権に反対している党は、自民党だけなので
自民党しか支持できません。
「政党の必要性」の回答画像1
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Q政党はなぜ必要なのか

「政党は議会制民主制における必要不可欠の要素なのである」などというような話を聞きますが、実際に政党がなぜ議会制民主主義に不可欠なのか、その根拠がよくわかりません。
政党の存在根拠を教えてください。

Aベストアンサー

#3のお礼の中の質問に私なりにお答えさせて頂きます
>政策課題1に関してはA党を支持するが、
>政策課題2に関してはB党がいいというような葛藤が生まれてしまい、
>結局選択ができないのではないかと思うのです。
 それが民主主義の難しさです。
 それでも政党の政策について総合的に評価する能力が民主国家の国民には求められるわけです。
 どちらも反対の場合にも、どちらも一部づつ賛成・反対の場合にも、より望ましい方を選択する微妙な能力が投票に必要になってくるわけです。

 まあ、でも、それは理想論・原則論であって建前と呼べるものです。
 成熟した社会では似たり寄ったりの微妙な政策になりますから、投票率もかなり下がります。
 数年に1度の選挙で、今後何年間の問題が全て予想できるわけでもなく、原則として重大な問題や、状況の変化等による公約の変更は解散総選挙を行い国民の信任を取らなければなりません。しかし、頻繁な選挙は国民の負担にもなりますし安定した政策をとれないことにもなります。結果として細かい事柄は国会・政府の判断に委ねられます。また、外交・経済については政策の継続が必要になりますので(急激に変化させると国民の不利益が大きいため)、しばらくは前政権の政策を受け継ぎながら徐々に変化させることになります。公約というのも細かい点まで突き詰めれば曖昧になります。
 その中で現実的には二大政党制が固まってくると、支持基盤を固めるためなのか、どの有権者層よりの政党かがかなり明確になってきます。

 しかし、だからこそ、浮動票層の選択が、ますます難しくなっていくということにもなります。
 議院内閣制での政党政治に限れば、二大政党制には決断力・実行力のある政権を作るという目的があります。実際には政党・政策と言うよりは首相を選択するという感じで成り立っているような気もするのですが。

#3のお礼の中の質問に私なりにお答えさせて頂きます
>政策課題1に関してはA党を支持するが、
>政策課題2に関してはB党がいいというような葛藤が生まれてしまい、
>結局選択ができないのではないかと思うのです。
 それが民主主義の難しさです。
 それでも政党の政策について総合的に評価する能力が民主国家の国民には求められるわけです。
 どちらも反対の場合にも、どちらも一部づつ賛成・反対の場合にも、より望ましい方を選択する微妙な能力が投票に必要になってくるわけです。

 まあ、でも...続きを読む

Q政党政治は不要では有りませんか?

政党政治があるから、党利党略が政治家の目的になってしまうのです。

本当の政治は国民のためにあるのです。

それならば党利党略も、政党政治も不要なのでは有りませんか?

Aベストアンサー

 そうですね。

『  社会を変革するためには、まずその社会を構成する個人の変革から始めねばならない。暴力は常に不幸な人々によって引き起こされる。個人の幸福を増進することによって、人間に潜む暴力性を弱めることができる。
しばしば暴力は自分を不幸だと思う人々によって引き起こされる。政治家の技量の全ては、こうして権力の座にある人々を引きずりおろすために、この不幸の意識を強めることにあるといって良い。引きずりおろされた者は、同じ目的でまた同じことをする。こうして人々は常に不満の状態におかれ、ついにはこうしたことの繰り返しの後に、不満のはけ口を外に求め、それが一般的な意識に達すると戦争が起きるのである。 

個人の暴力的行為を抑止し、科学の力によってそういった病気を治療することができるようになるまでは、犯罪者は社会から隔離し、彼らに欠けている愛情を与え、彼らが今まで行ってきた行動の残虐さを理解させ、償いをしようという気持を起こさせるように努めなければならない。 小さな罪を犯した人々を大罪人と同室させてはならない。大罪人は一種の伝染病患者であり、小さな罪を犯した人たちが、この病気に感染しないようにする必要がある。
 犯罪者はすべて、一種の病人であることを忘れてはならない。病人として彼らを取り扱うことである。ある時代には、ヒステリーの発作を起こす人は、2枚の敷布団にはさまれて窒息死させられたものである。今にして考えるとゾッとする。やがて犯罪という病気が、治療だけでなく予防もできる日が訪れたら、昔は犯罪者は処刑されたと聞いて、同じように人々はゾッとするであろう。
 間違えてあなたに害を与えた人は許してやりなさい。また、故意に害を与えた人をも、恨んではならない。彼らは病人なのである。隣人に害を与えるなどとは、病気にちがいないからである。そのうえ、他人に害を与える人は大変に不幸な人だということを忘れないように。  _ラエル著 』

 ;; 社会が改善されるためには新しい社会の種となる人_新種の変革者が必要とされるのではないでしょうか。
しかし、
“ 政治家の技量の全ては、こうして権力の座にある人々を引きずりおろすために、この不幸の意識を強めることにあるといって良い ”、また、“ 隣人に害を与えるなどとは、病気にちがいないからである ” 、現在の政治家たちは戦争を引き起こす “大病人”ということになるのではないでしょうか ?
 政治が一向に良くならない、それは政治家そして選挙制度が次から次へ感染者を増加させているからではないでしょうか、良くなるはずはない! のでは?

 はなし(選挙戦?)は戦争勃発にまでおよんでいる? ではどのように病人隔離し病んだ世界を治療し平和を創造するのでしょうか?

『  兵役は拒否すべきである。武器を持たずとも軍務に服せるよう、良心的兵役拒否者となれるよう申請を提出しよう。宗教的・思想的信念が同胞を殺すことを禁ずるならば、人はこの申請を提出する権利をもっている。創造者エロヒムを信じ、「ラエリアン・ムーブメント」の「最高ガイド」の教えに従おうとする者も同じである。多くの若者が信じているところとはうらはらに、良心的兵役拒否者は投獄されることなどなく、民間の機関や、武器を持たなくてもよい部署での任務を遂行するのである。兵役の期間が2倍になるわけだが、隣人を殺すための技術訓練に1年間を費やすよりは、2年間事務をとるほうがずっとよいではないか。
 世界各国の徴兵制度は、ただちに廃止されるべきである。職業軍人はすべて、世界平和の守護者、つまり、人間の自由と人権の擁護者となるべきである。

 地球上のあらゆる人々は、世界政府を樹立するために団結すべきである。
世界中の学童には、世界語を課すべきだ。ほかに適当な言語がなければ、以前からあるエスペラント語でもよい。貨幣を廃止するまでは、まず、各国の通貨に代わる世界通貨を採用しよう。これが通貨危機の解決策となる。もし、だれもほかによい制度を提案できないのなら、世界連邦制度を採用しよう。各国を宗とした世界連邦を設立するのである。どうしても独立したいという区域には、彼らが望みの組織をつくるのにまかせておけばよい。世界が、国家から構成されておらず、地球の運命の責任を取るべく、連邦となって結びついている各地域から構成されていれば、世界平和も維持できるであろう。 』

 ;; 社会が改善されるための新しい社会の種となる人_新種の変革者は、“徴兵制度廃止&世界政府樹立”、を人びとに提案し浸透させる義務が発生しているのではないでしょうか? “世界が、国家から構成されておらず、地球の運命の責任を取るべく、連邦となって結びついている各地域から構成されていれば、世界平和も維持できるであろう。”と記されています。

 一方、大罪人/病的政治家を立候補させない当選させない必要も急務ではないでしょうか?

『まず初めに、政治と経済の分野について考えてみましょう。
 人類の進歩を可能にするのは、どんな種類の人間でしょうか。それは天才たちです。ですから、あなたがたは天才たちを再評価して、彼らが地球を指導するのを可能にする必要があります。
 これまで権力を握ってきたのは、他の者より肉体的に力が強い野蛮人、こうした野蛮人をたくさん雇える資産家、希望を振りまいて、民主主義国家の国民の心を巧みに捉える政治家、といった人たちです。そして言うまでもなく、野蛮性を合理化する組織を踏み台にして、自分たちの勝利を勝ち取る軍人たちに、次々と権力を与えてきたのです。
 あなたがたが決して権力を与えてこなかった唯一のタイプの人間こそ、人類を進歩させてきた人たちです。車輪や火薬、内燃機関、原子力などを発明した人たちです。こうした天才による平和のための発明は、彼らより知性の劣る権力者が、しばしば殺人のために利用して恩恵を被ってきました。こういうことを変えなければなりません。
 そのためには、現在の形態のままでは、人類の進歩にとっては全く相応しくない選挙や、投票のシステムをやめなければなりません。人間は、人類という名の巨大な身体に有用な細胞の一つなのです。
手が、ある物体をつかむべきか否かを決定するのは、足の細胞ではなく頭脳でなければなりません。
そして、もしこの物体が有益なものであれば、足の細胞はその恩恵を被るでしょう。脳もその一部として、身体全体を前進させるように作られているとはいえ、足の細胞が投票をする必要はありませんし、また手が、つかめる物が有益か有害かを判断することはできません。
 投票は、知識と知性が等しい場合にのみ確実な効果があります。コペルニクスが大多数の無能な人々によって有罪を宣告されたのは、その時に彼だけが、理解力が十分で高い水準にあったからです。だから教会(多数派)が信じたように、地球が世界の中心であるという主張は間違いでしたし、本当は地球は太陽の周りを公転していて、コペルニクス(少数)の主張が正しかったのです。
 もし最初の自動車を走らせる時に、自動車を認めるか否かを全員に投票させていたら、どうなっていたでしょうか。大多数の、自動車に無知で、関心もなかった人々は否定的に反応して、あなたがたは今でも馬車を乗り回していたことでしょう。どうしたら、こういうことをすべて変えられるでしょうか。
 現在、心理学者は、個人の知性と適性を評価するテストを作成できるようになっています。幼い頃からこのテストを一貫して行って、個人の勉学の方向づけをし、その個人が責任を持てる年齢になったら、知性指数を最終的に特定して、身分証明書や選挙人名簿に記入するようにするのです。
 ある種の公職については、知性指数が平均より、少なくとも五〇パーセント以上の人だけが有資格者とし、知性指数が平均より、少なくとも一〇パーセント以上の人だけが投票できるようにします。
もしこの試験方法が現在あるのなら、今の政治家の多くは、その職務を遂行することはできないでしょう。これこそが完全に民主的なシステムです。
 一方では、知性が平均よりも劣っているのに、記憶力が優れているせいでたくさんの資格を取った技術者がいて、他方では、専門家ではないけれども、平均よりも五〇パーセント以上も優れた知性を持つ労働者や農民がいます。あなたがたが俗に「白痴」と呼んでいる人の声が、これからどう投票しようかと熟考している天才の声と同じ価値を持つということは、もう今では実に認めがたいことです。
 小さな町の選挙では、公約が素晴らしいからではなく、酒などを一番気前よく振る舞うからといった理由で当選します。だから、まず第一に投票権は、思考力に富み、問題を解決できる頭脳を持った、知性的なエリートだけが持てるようにします。何も、多くを勉強をした者がその人だと言っているわけではありません。大事なことは、天才に権力を与えることです。これをあなたがたは、「天才政治」と呼ぶことができます。』

 ;; これまで権力を握ってきたのは、野蛮人、資産家、政治家、軍人たちで、それらに次々脈々と権力を与えてきたとされているのではないでしょうか。
 あなたがたが決して権力を与えてこなかった唯一のタイプの人間、人類を進歩させてきた人たち_天才たちに権力を与えること、これをあなたがたは、「天才政治」と呼ぶことができますとされています。
 “ ある種の公職については ~ 。” 記されていますが、身近な市議選挙は通常どうり、しかし、県議選挙以上は有権者立候補者に何かしらのフィルター機能を設ける必要なのではないでしょうか?

 無用な党利党略に新風かも.

 そうですね。

『  社会を変革するためには、まずその社会を構成する個人の変革から始めねばならない。暴力は常に不幸な人々によって引き起こされる。個人の幸福を増進することによって、人間に潜む暴力性を弱めることができる。
しばしば暴力は自分を不幸だと思う人々によって引き起こされる。政治家の技量の全ては、こうして権力の座にある人々を引きずりおろすために、この不幸の意識を強めることにあるといって良い。引きずりおろされた者は、同じ目的でまた同じことをする。こうして人々は常に不満の状態...続きを読む

Q国会議員という職業は必要ですか?

国会議員を観ていると、公約を守らないし、官僚の言いなりにはならず、国民の意思で選ばれた自分たちが、官僚をコントロールすると言いながら、結局言いなりになっているように見えます。

自民党がダメだから、民主党に投票したのに、どれもダメ。

国民の期待に答える事が出来ない、国会議員、次に政権を握ると言われている自民党にも、今までの経緯から期待していません。

官僚の言いなり、国民の約束を守らないのが、国会議員なら、そもそも、国会議員という職業は要らないのでは?と、考えてしまいます。

暴論、極論なのは、分かっていますが、今一つ、国会議員と言う職業の存在意義が、分かりません。どなたか、教えていただけませんか?

Aベストアンサー

 まぁ基本的にそれは完全に民主政治の否定になるから
現状民主国家では国会議員に限らずすべての議員は必要ですね
 
 国民の代表が選挙に出て、それを国民が選ぶ、それが否定されるのなら
 国民の民意が反映されない政治を国民が希望するということです

 その存在意義が認められない、ということはその国家において国民の意思は
害悪でしかないということです
 王様を決めて、その王様が政治を行う、

 ただ完全王政がその国民にとって最良の政治といえるかどうか・・・
現実の国家をみればそうともいえないのが現状です

Q政党や派閥が必要なのはどうしてですか?

 政党や派閥がないと国会や政治って成立しないのですか?ないほうがいいような気がするのですが。
 例えば小学校の討論会のような、議題ごとに自由に賛成や反対など自分の考えを政党に左右されずに表明できる方が健全な政治を運営できるのではないのでしょうか?
 派閥があると実力がなくても人脈や血脈だけで上の地位を手に入れてしまうこともあるのではないでしょうか?

Aベストアンサー

 現代の日本では一般の市民が「政党を通じ自らの利益を実現する」という本来的な大衆組織政党の目的はほとんど失われていますから、そのような疑問はごもっともだと思います。
 もともと大衆組織政党とは、それまで議会を支配していた封建的な勢力へ対抗するため「数の有利」を生かして選挙を通じ議席を獲得していこうという、主に労働者階級を中心として組織された政党でした。だから、一人では大きな力を発揮し得ない私たちが普通選挙を通して政治的利益を追求するためのツールが政党だったのです。(以上は政党論の大家モーリス・デュベルジェ『政党論』を参照していただければよろしいかと。かなり読むのに大変な本ですが…)
 しかし現代社会では「労働者階級」といっても細分化されており、一つのカラーを持っていませんよね。(選挙で組織的に動く労働組合と言えば日教組がまず思い浮かびますが。土建業界でも組織的投票は今日ほとんど行われていないようです)私たちの求める利益は多様化し、支持政党のない「中間層」が大半を占めるようになりました。これは欧米の選挙にも共通するトレンドです。
 ですから政党は今日、そういった多様化した市民の求心力となっていると言えるかもしれません。マニュフェストは弊害も多いですが、政治の争点を明確化し、本当なら意見が乱立し収拾がつかなくなるような問題に関し、争点を2ないしは3点程度へ絞り込む事へ大いに役立っていると言えるでしょう。現にアメリカのような多民族多文化社会では、多少の矛盾と妥協を孕みながらも二大政党へ収斂していくことで政治的安定が保たれています。
 日本のような人口の多い国家では、北欧の一部地方自治体で行われているような直接民主的政治運営を行うのは物理的に難しいのでしょうね。しかし、今日政治のトレンドを決定する最も重要な要素は「世論」であるということは忘れてはならないと思います。(そうした意味で日本メディアのあり方は見直されるべき点が多いと思いますが、ここでは別の問題なので。)政治へ失望するのではなく、様々な情報を取り入れて、自分の判断を持つことが実際に政治を動かしているという意識を是非持っていただきたいと願っています。

 現代の日本では一般の市民が「政党を通じ自らの利益を実現する」という本来的な大衆組織政党の目的はほとんど失われていますから、そのような疑問はごもっともだと思います。
 もともと大衆組織政党とは、それまで議会を支配していた封建的な勢力へ対抗するため「数の有利」を生かして選挙を通じ議席を獲得していこうという、主に労働者階級を中心として組織された政党でした。だから、一人では大きな力を発揮し得ない私たちが普通選挙を通して政治的利益を追求するためのツールが政党だったのです。(以上は...続きを読む

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Q国会議員はなぜ自由委任なのですか?

国民を代表し、公約を掲げて当選する国会議員が、その発言について国民に対して責任を負わないと憲法で規定されているのはなぜなのでしょうか?
素人考えでは命令委任にすれば、国民の意思に沿った政治が行われるように思うのですが。

また、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカなどの外国でも、やはり自由委任なのでしょうか?

宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

直接的な回答としては、
国会議員は、どういう選ばれ方をしようとも「全国民の代表」だから、
…となるでしょうか。

命令的委任だと、「国民の」というよりも
「自分を選んでくれた人たちの」意思に縛られる傾向が出てくると思うんですが、
(で、実際にはそういう面があることを否定できないけど)
憲法上は、国会議員については「全国民の代表」と規定されることで、
そういう性格が否定されているわけです。

これは、国政の方向を決めていく機関としての国会を
「国民の縮図」として考えるよりは、
「少ない人数のほうが意思決定は進めやすい」ってほうに重点を置いている、
とも考えられます。
(地方議会はこの点、考え方が異なります)

ただ、完全に命令的委任を排除しているか、というと
そうとも言えないかも…なんですけどね。

というのも、本当に「どう選ばれようと全国民の代表」なんであれば、
定数不均衡問題が憲法の問題になるわけはないのであって…
でも世間でも法律論でもそうは考えられてはいない…

>また、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカなどの外国でも、やはり自由委任なのでしょうか?

議院内閣制を取っている国と大統領制をとっている国とを
いっしょにはできないという気もしますが…

大統領制だと、意思決定は国民によって選ばれた大統領がすればよい、
議会はあくまでそのチェック機関だってことになりやすい。
そうすると、議員は安心して自分を支持してくれる人の利益を代表しやすい、
つまり命令的委任になりやすいってのはあると思います。

直接的な回答としては、
国会議員は、どういう選ばれ方をしようとも「全国民の代表」だから、
…となるでしょうか。

命令的委任だと、「国民の」というよりも
「自分を選んでくれた人たちの」意思に縛られる傾向が出てくると思うんですが、
(で、実際にはそういう面があることを否定できないけど)
憲法上は、国会議員については「全国民の代表」と規定されることで、
そういう性格が否定されているわけです。

これは、国政の方向を決めていく機関としての国会を
「国民の縮図」として考えるよりは、
...続きを読む

Q前株 後ろ株の違い

「株式会社××」という表記を前株、
「××株式会社」という表記を後ろ株、
と言いますよね。

法的に根拠はないらしいのですが、
営業の人がよく「前株ですか?後ろ株ですか?」
というやり取りを商談でしていたり、
「就職の場合、前株の方が良い」などと(噂ですが)
聞いたりします。

やはり何か違いがあるのでしょうか?

Aベストアンサー

1商法・有限会社法に「株式会社・合資会社・合名会社・有限会社」といった法人種別を必ず登記上使用しなければならないと定められていますが、社名のどこにつけるという定めはありません。
2従って、法人設立時や社名変更時に経営者の「語感」で決めるようです。勿論時代の流れもあるようで、戦前には「後株」に比して「前株」会社は少数派でした。
3言語心理学から「ぼーっと聞いている人に、顔を見せることなく急に話し掛けた場合、最初の言葉の頭部は「反応開始の刺激信号」になるだけで、大脳中の言語中枢の記憶との照合までには至らないことが多い」「また、これが聴き慣れない言葉だと、意味は勿論のこと語音の弁別さえもできない。つまり初めの部分を聞き漏らしてしまう」いきなり言われても最初の部分は聞いてないということですね。だから誰でも知っている「株式会社」という言葉を先に出して「反応開始の刺激信号」として利用できるという見解もあるようです。
4上場会社の正式名称を並べてみると1部上場に比してマザーズ等新規上場会社には前株、カタカナが多いがそうでない場合もある。「ご勝手に!どうぞ」状態です。
5なお、職務上関連会社を十数社設立登記しましたが、オーナーの鶴の一声で全て「前」です。

1商法・有限会社法に「株式会社・合資会社・合名会社・有限会社」といった法人種別を必ず登記上使用しなければならないと定められていますが、社名のどこにつけるという定めはありません。
2従って、法人設立時や社名変更時に経営者の「語感」で決めるようです。勿論時代の流れもあるようで、戦前には「後株」に比して「前株」会社は少数派でした。
3言語心理学から「ぼーっと聞いている人に、顔を見せることなく急に話し掛けた場合、最初の言葉の頭部は「反応開始の刺激信号」になるだけで、大脳中の言語中枢の...続きを読む

Q自分が在日かどうか調べる方法

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証明)を取れば両親のこともわかるのですか?
母親の祖母が在日で帰化していた場合、その事はどの世代まで表記されるのでしょう?

ちなみに私は両親の戸籍から分籍(転籍)しており、本籍は東京ですが、出身および両親の本籍は大阪です。


在日か調べたい→戸籍を取れ、という解答はよく見るのですが、
具体的な方法が見つからず困っています。


また在日がどうのという質問に非難が集中している様子を見ることがありますが、
まぁ私のアイデンティティを明確化させたいだけですので、今回はご容赦ください。
日本生まれの日本育ち、ここ数世代の直系は全員日本人の日本人!と、
日本生まれの日本立ち、でも曾祖母は朝鮮人だから87.5%はチョッパリニダ!では、
やはりちょっと心持ちが変わるので、はっきりさせたいのです…。

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証...続きを読む

Aベストアンサー

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
明治43年から太平洋戦争が終わるまで韓国併合政策により在日朝鮮人はもとより、朝鮮半島にいる朝鮮人まですべて大日本帝国臣民扱いで法律上、外国籍ではなかった(両者とも本籍は半島にある)。
昭和20年の終戦を迎え在日の多くは半島に帰国しましたが、日本に残ったり、また朝鮮から戻ってくる人達もおりました。
明治時代から昭和26年までの間に朝鮮より日本へ渡って来た朝鮮人達は昭和27年にそれまであった日本の国籍を失って正式に外国籍となる。そして、在日朝鮮人の日本国への帰化が始まったのも昭和27年。

古来からの日本人家系なら苗字漢字に制限なく明治時代からの苗字漢字を継続できます。
在日朝鮮人の帰化が昭和27年に始まり、名前の漢字制限(上記)は昭和23年に始まってますから、朝鮮籍、韓国籍から日本に帰化した者は旧字体漢字で帰化するチャンスがなかったんです。

簡単な調べ方としては『住民票』での苗字名前漢字が旧字体で表記されてるなら明治時代からの日本人家系。
新字体ならば、
「戦前の家系状況が分かる戸籍みせて」と役所に言ってみること。
戦前の家系状況が記されていて朝鮮人を思わせる記述がなければ日本人。
戦前の家系状況が分かる戸籍を見せてくれない場合や戦前の戸籍が日本以外にある場合は帰化人だと判断できます。

戸籍取得方法は先に回答されてる方法をやるといいでしょう。

ただ、例え純粋な日本人でなかったとしても質問者さんが日本が大好きで在日の方々のように反日感情を露わにされるのが不快に感じるなら、心はちゃんと日本人ですよ。

…私も可能性はあるかもしれないんで経済的に余裕が出来れば戸籍を追ってみたいです。


以上、参考程度に

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
明治43年から太平洋戦争が終わるまで...続きを読む

Q民間は優秀なのに、なんで、政治家は無能なの?

トヨタとか、世界で1・2を争う企業が日本にはあると思います。現場主義を貫いて、必ず、自分で確認することを怠りません。管理職であっても現場に精通していると思います。もちろん、労働者を奴隷のように使ったりするなどの問題も一方で囁かれてはいますが。

一方、日本の財政は、世界一の赤字、民間とは180度、逆さまです。年金の原資まで、借金に突っ込んでしまっています。

1)民間は優秀なのに、なぜ、政治は、無能な人間ばかりがいるのでしょうか?

2)民間の経営者などは、政治に不満が無いのでしょうか?政治に乗り込んで、日本を改革しようという民間人経営者はいないのでしょうか?

いくら民間が頑張っても、政治がこれでは意味がないと思うのですが。

Aベストアンサー

こんばんは。

1)民間は優秀なのに、なぜ、政治は、無能な人間ばかりがいるのでしょうか?

= 党議党則に縛られており、自分の持論や意見が通らないから、一見無能に見えるだけです。党議党則や党の運営や執行部に反する事言って離党したりする政治家はいますが、政治はは数です。数は力です。少数政党や無所属議員の主張なんか「多数決」の原理で通用しないんです。多数決の原理、党議党則に縛られっ放しの今の政治のあり方では、良い政治なんか出来ませんよ。凄く有能な政治家がいて、大きな政党に所属したとしても、自分の意見・主張は通らず、あくまでも執行部のやり方に順ずるしかないんですから。


2)民間の経営者などは、政治に不満が無いのでしょうか?政治に乗り込んで、日本を改革しようという民間人経営者はいないのでしょうか?

= それは沢山いると思いますよ。しかし幾ら政界に乗り込んでも、1)で書いた通りの政治姿勢ですから、結局は「長いものに巻かれる」状態になるのは、この人達は有能なので、よく理解しています。だから、そういう民間人経営者はいないんです。それに今の政治家さん達、大体が世襲ですよね?そうなったらこれまでの強固な地盤を引き継ぐ訳ですから、かないっこありませんよ。そんな初めから勝敗が分かっている選挙に出る馬鹿げた経営者さんなんていませんよ。有能ですから、よっく理解してるんです。

こんばんは。

1)民間は優秀なのに、なぜ、政治は、無能な人間ばかりがいるのでしょうか?

= 党議党則に縛られており、自分の持論や意見が通らないから、一見無能に見えるだけです。党議党則や党の運営や執行部に反する事言って離党したりする政治家はいますが、政治はは数です。数は力です。少数政党や無所属議員の主張なんか「多数決」の原理で通用しないんです。多数決の原理、党議党則に縛られっ放しの今の政治のあり方では、良い政治なんか出来ませんよ。凄く有能な政治家がいて、大きな政党に所属した...続きを読む

Q議院内閣制のメリット

議院内閣制のメリットを教えてください。

大統領制と比較したメリットでお願いします。

Aベストアンサー

大統領制は国家権力を一人の人物に集中しがちです。王様と同じで、英邁な人物ならいいですが、そうでないと国家運営が上手く行きません。特に日本人のような理詰めでものを考えず情に流される傾向がある、いわゆるテンション民族には不向きです。

議院内閣制は大統領制ほど一人の人物(首相)に権力を集中せず、議員から選ばれた国務大臣に権限を分散しているので、比較的権力の集中が起きにくいメリットがあります。日本人に向いた政治制度です。反面、外交や安全保障などの危機管理でリーダシップを発揮できないデメリットがあります。短期間にころころ首相が替わるのはそのためです。大統領制に較べて明確で毅然とした国家運営が出来ません。今の日本はこのデメリットが裏目に出ています。


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