いつもお世話になっております。
私はデューイの形而上学概念について研究をしているものなのですが、
彼の著作『経験と自然』(1925)(和訳バージョン)で、彼がはっきりと「自然主義の形而上学化を図る」系を言っている箇所ってありますか?
あると聞いてずっとその文章を探しているのですが、全く見つからなく困っています。
形而上学化の「化」という言葉をデューイ本人が使用していたのかどうか知りたいのですが、、、。
助けてください。お願いします。

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A 回答 (4件)

1点目に、近年まで、いわゆる形而下(カラダで考える・行動する)という概念はあったが、形而下という概念・単語があまり一般に広まっていません。

2点目に、また、アタマで考えるのが簡単に言うと形而上なので、形而上という言葉が使われるようになった経緯は、かれらのプラグマティシズムの皮肉(彼らは経験主義=形而下主義だったので)使用されるようになった。よって、形而上クラブでは、形而上ではなく形而下について焦点を当てて、研究がなされているのです。形而上学なら他の人・学派を当たるのが通説・セオリーといっても良いほどなので、ナイナイづくしと思います。
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一番大事なことは、彼の後継者を無視することかもしれません。


デューイについては、辞書的意味でのプラグマティストと
とらえるべきではないでしょう。

カントとデューイの違いって何?
という観点で見るといいかも
what could we recognize?
what might we hope?
what should we do?
what would you XXXX?
を自分なりにデューイ風に解釈してください。

カントの二元論を一元化する可能性としての「尊厳」という
概念がカギ・・・

細かい注意点としては
become + C を 「C」たる動的属性を持つ

「政策」については、「価値分配のプログラム」
class についても
個による歴史的細分化を前提とする文化的集団

また
economy⇒economics
policy⇒politics

metaphyicは、達成すべき未知の動的プロセス
metaphsics をそのダイナミズムを捉えるための学(信仰)
と読み替えてみるとはっきりします。

デューイは、数学者なのでキリスト教/アメリカ的考えとは
幾分距離をおいて解釈しなおし
自分で訳しなおしてみる必要があります。
(英語ができると思い込んでいるおえらいさんは
絶対何か文句をつけてくるはずですが・・・
爺=仏
   じじいはほっとけ)
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 #1の方のご説明で充分だと思うのですが、「化」という表現を取るとき、デューイはmakeではなくbecomeという動詞を使う癖があるように思います。

例えば、

 ――The conception that contemplative thought is the end in itself was at once a compensation for inability to make reason effective in practice, and a means for perpetuating a division of social classes. A local and temporal polity of historical nature became a metaphysics of everlasting being.(chap.3 NATURE, ENDS AND HISTORIES, p.119)

 第三章の終わりの方です。和訳は持っていませんから照合はできてませんが、お持ちでしたら比べてみてください。
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詳しくはないです。

デューイはアメリカの思想家、自由教育インストルメンタリズム(実験主義)を唱えた人ですよね。

デューイの他の著書も読みましたか?「哲学の改造」にヒントがあるように思います。

「高度の知的な訓練及び教養を経た人が書いた書物は理性的である。観念をドラマチックにではなく論理的に組織することを知っている。一体いかなる理想的な思考が精神を満たすというのか、哲学は仮説しか提供することが出来ず、精神を周囲の生活を敏感にさせるだけでしかない、といったら哲学の否定になるだろうか。否定の大部分は人間の知力を超えるもの、不可知論的で懐疑論的であった。」「知性はまず創造の行為であり、その成果が文化一般である」自然科学の現実化、人間に現われる文化の化に現われないのは思考実験でもないということなんだと思うのです。

私が研究者や教育者になることは絶対ありえませんが?長年の謎として(自分で好き勝手に考えたいから質問に出してません)デューイと道元(禅道の)実践主義的関連です。きっと交差する点や伸ばす道があって地図が描けるようになる??もしかしたら実験や実践には無駄なものもなく、科学より優るようなことが示されているのかもと思います。
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