ある本を読んでますと、心理臨床に関して、
個性化(自己実現)とは、人が自分自身になっていくことである。
自己実現とは「なりたいと思う自分になる」のではない。
と書かれており、???がたってしまいました。
これを踏まえて、個性化(自己実現)とは何か? 
について皆様のご回答を御願いする次第です。

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A 回答 (3件)

あくまで一般人です。

専門家ではありませんから、論理的に説明することはできません。想像か妄想と考えていただいたいいです。
私には二人の子供がいますが、彼らが幼児だったころ、私も自宅で仕事をしていた関係で、よく彼らを観察していました。で、私が感心したのは、二人の子供が成長するにつれ、全然違うタイプの人間になっていくことでした。性格も行動も言動も食べ物の好みまで、まったく違うのです。これも一つの個性化(自己実現)の第一歩だったのでしょうか。
私は現在48歳です。過去を振り返ってみると、現在の自分と大きく違っていることがわかります。それでなんとなく自己実現「なりたいと思う自分になる」わけではないことが、納得いくのです。私は中学2年生から本を読むようになりました。相当な無理というか努力と忍耐が必要でした。また画家になりたいと中学生の頃から20歳まで、自己流でものすごい量の絵を書きました。しかし、日本の絵画の世界の閉鎖性などを知るうち、その情熱も失せてしまいました。そのとき私は絵を職業したいと思っていたことに気付きました。そういう作業と同時に私は暴走族にも入り、暴力の魅力に捕らわれ、高校も途中でやめてしまったので、土方とか工場で働いていました。で、いま振りかってみて、現在の自分の個性がある程度(主に外面的にですが)定まってきたように思います。それに当初から私には将来のビジョンというものがなく、人生の落後者だと決めつけていました。つまり、私は個性化(自己実現)したのかもしれませんし、「なりたいと思う人間」になったわけではないので、自己実現はしたと考えてよいのでしょうか?その当時から30年くらいが過ぎましたが、いまだに暴力的なところ(もちろんチンピラや暴走族の類にだけです)と偏執狂かと思われるくらいの集中力があります。これはあなたの言う個性化、自己実現というのでしょうか?しかし問題は、いま現在、私は自分に満足しているという点です。別に裕福になったわけでもないですし、年々欲しいものが無くなっていくことが何を意味するのかクビをひねる毎日です。きっと答えにはなっていないでしょうね。ちょっと興味を持ちましたので、回答しました。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
>>「私には将来のビジョンというものがなく、・・「なりたいと思う人間」になったわけではないので、自己実現はしたと考えてよいのでしょうか?」
私も同じ様なものでしたね。ただ1つだけ望みはありました。その望みがかなったときは嬉しかったですよ。

お礼日時:2009/05/14 09:40

素人ですし、想像です。



成りたいと思う自分、というのは、浅い気持ちかなと。
子供が、運転手になりたい、と言ってたのに、一週間後にはサッカー選手!と言うようなもので。

個性化の自分が自分になる(アイデンティティー)とは、自分の本音が生活に現れること、じゃないかと思います。

それは、願望ではなくて、納得、と言えばいいのでしょうか?

自分の本質が現れ、そして確かに自分はそうだと感じられること。
作るものや望むものじゃないですね。それは自分そのものですから。そういう捉えられる「対象」ではない、と思います。

以上自信半分ですが。

この回答への補足

この場をお借りして、皆様へ回答のお礼をいたします。
皆様の回答でなんとなく意味も掴めましたので、締めさせていただきます。尚、お礼ポイントは皆様にと考えても制約がありますので、文章の長い#1、#3さんにさせていただきます。ご理解のほど御願いします。

補足日時:2009/05/15 12:09
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
>>「自分の本質が現れ、そして確かに自分はそうだと感じられること。」
本当の自分にであうということですね。 これも納得できます。

お礼日時:2009/05/14 09:50

自己実現は個性を得るということより、絶対的な目標を持ち叶えることなんだと思います。

絶対目標は他に選択の余地もなく急務なこと。致命傷となるトラブルから逃れること、不幸因子の解決に翻弄執行することですね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
>>「絶対的な目標を持ち叶えることなんだと思います。」
参考になります。

お礼日時:2009/05/14 09:43

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Q目標と課題の違い

スケジュールを立てるときに 来週の目標と
来週の課題とあったら
この2つの違いを例えるとどんな項目がですか?
例でいいので違いを教えてください。

Aベストアンサー

自分なりに解釈すると、
1.目標は方法が定まっておらす、達成すべきでないこと。
2.課題は方法が定まっており、必ずやるべきこと

体重を10kg減らすのは目標とすべき。
夏休みの宿題は課題とすべきでしょう。

体重を必ず減らす方法は存在しないので、課題とはできないし、夏休みの宿題は方法があるので必ずやるべきことと思うのですが。

Q普遍化と個性化

柄にもないですが、いつもは気にしない事を気にしています。

私などは、人類に通底しているものを重視して、個性の類はどちらかと言うと余興の様なものと思って見る事が多いです。
ユングは普遍的無意識の存在を説いたが、同時に個性化についてもそうあるべきだと言及し、無意識と向かい合う必要を説いています。

皆さんはどう思いますか?
何が自分を形作っていると考えますか?
人間は普遍化した方が良いですか?
それとも個性化した方が良いですか?

私は今になって思うのですが、両方必要だなと。

Aベストアンサー

普遍化と個性化に関して、意外と思われる物理学からの視点を紹介いしましょう。

これは、時間の向きはどちらに流れているのかと言う、物理学の重要な問題にも絡んでいるのです。この世界は時間と共に統一化や普遍化の方向に向かっているのか、それとも、分岐を繰り返して地方化や個性化の方向に向かっているのかと言う問題です。

さて物理学の基本法則は、基本方程式と呼ばれるもので表現されています。ところで物理学の基本方程式と呼ばれる物は、ニュートンの運動方程式や、量子力学のシュレディンガー方程式や、アインシュタインの相対性理論など、ほんの数個しかありません。そして驚くべきことに、その全ての基本方程式は、時間の向き、すなわち時間をプラスからマイナスに入れ替えても、方程式の形が変わらないように出来ています。例えば、時間をtで表すことにして、もし方程式がtの2乗の関数だけを含んでいたら、tを-tに入れ替えても方程式は前と変わりませんね。全ての基本方程式は、本質的にはそのように出来ているのです。だから、物理学の基本法則は全て、過去から未来に一方に向う時間を一見否定しているのです。

しかし、我々は必ず歳を取って行き、若返ることはない。これが大問題だ。我々の経験と物理学の基本方程式が矛盾しているではないか。だったら、基本方程式は間違いか。でもiPhoneもコンピュータもナビゲーターも新幹線も台所のIHコンロも皆、この基本法則の原理の応用で出来ている。基本方程式が正しいとする証拠を何億何兆と示すことができる。

この間の矛盾の橋渡しの役割を演じているのが、熱力学と統計力学と呼ばれる学問です。これは基本法則ではなくて、現象論的な法則と呼ばれています。この学問では、基本方程式はともかくとして、現実の世界では、家にダイナマイトを放り投げると常に乱雑に壊れるが、瓦礫にダイナマイトを放り投げても家は自然に建たないという現象論的な経験事実を認めようという所から出発します。自然は放っておくと、乱雑で、従って空間的にも時間的にも構造的が均質になる方向に時間が流れていると主張するのです。ご存知かもしれませんが、これをエントロピー増大の法則と言います。エントロピーとは乱雑さの程度を表すために導入された物理学的量のことです。この法則は、放っておくと系は全く構造を持たない熱死状態に向って時間が流れていると主張しているのです。だから、この法則は時間の向きを一見否定している物理学の基本法則とは相容れないように見える法則です。でも、この法則は、車のエンジンの原理であり、またあらゆる化学反応の原理として、この現象論的な法則が正しいとする証拠を何億何兆と示すことができる。

さて、「構造」とは空間的にも時間的にも均質でないもののことを言いますね。例えば空間的に均質で場所によって変化しない物には構造がない。不均質になればなるほど、だから、こことあそこか違うほど、構造があると言いますね。そう、こことあそこが違う、あるいは、これとあれは違う、ということを個性があると言いますね。別な言い方をすると、個性があるものほど高度な構造を持ち、普遍的で均質で統一的なものほど構造がないと言えますね。

だから、エントロピー増大の法則は、その系を放っておいたら個性のある状態から構造のない普遍的で均質な状態へと向うように時間が一方に流れている、とも表現できます。要するに、物事は放っておいたら退化して行く方向に時間が流れて行くと、主張しているのです。確かに家を建てるときのような単純な現象ではそれが正しいようです。

でも、もっと複雑な現象、例えば生物の進化や人間の歴史や文化の発展はどうでしょう。明らかに、構造が均質で普遍的な状態から、次々に分岐を繰り返し、不均質で高度な構造を持った個性を手に入れる方向に時間が流れている。だから、一見、エントロピー増大の法則の主張とは逆の方向に時間が流れている。

この一見した矛盾は現代物理学の金字塔の一つ、「散逸構造の理論」と呼ばれる理論で解かれています。私の先生だったプリゴジン教授はこの理論の功績によりノーベル賞を戴いております。この矛盾の解決の鍵は、上で述べた「放っておくと」という条件にあります。物理学ではこの「放っておくと」という言葉はもっと正確には「孤立系では」と表現されます。プリゴジン教授はこの条件を取払い、系の外部から物質やエネルギーのやり取りが出来るような開放系にして、さらに熱死状態から十分に離してやると、系は分岐を繰り返しながら前より不均質で新しい構造が物理学の法則に従って自発的に生まれて来ることを明らかにしたのです。例えば、この地球は太陽に向った側では暖められ、反対側では冷やされて、温度が均一な熱死状態から十分離れた開放系になっています。その結果、均質で統一的普遍的な状態から、次々に分岐して不均的で地方的個性的な高度な構造を手に入れ、遂には生命の出現まで可能にしたと言うことが、この「散逸構造の理論」で明らかになったのです。

現在の物理学は「散逸構造の理論」でいう時間の向きと物理学の基本法則で言う時間との関係を明らかにしようと、日夜弛まぬ努力をしているところです。

どうですか、普遍化か個性化かと言う問題は、物理学における時間とは何かと言う問題に密接に絡み付いていることを説得できましたか。

ついでに、哲学でいう「存在」は、時間という概念を含んでいませんので、一見時間の向きを否定しているように見える物理学の基本法則と馴染む概念ですが、「変化」と言う概念は熱力学や統計力学に馴染む概念であり、物理学の基本法則には馴染みません。

一方、永遠不変に重きを置く西洋的一神教的世界観は「存在」と馴染む概念であり、諸行無常に重きを置く日本的多神教的世界観は「変化」と馴染む概念です。普遍化を是とする西欧的嗜好と、土地土地の個性豊かな生産物を作り出す職人を是とする日本的嗜好の違いは、「存在」に重点を置く西洋的世界観と、「変化」に重点を置く日本人的世界観の違いに深く根ざしているのではないかしら。

普遍化と個性化に関して、意外と思われる物理学からの視点を紹介いしましょう。

これは、時間の向きはどちらに流れているのかと言う、物理学の重要な問題にも絡んでいるのです。この世界は時間と共に統一化や普遍化の方向に向かっているのか、それとも、分岐を繰り返して地方化や個性化の方向に向かっているのかと言う問題です。

さて物理学の基本法則は、基本方程式と呼ばれるもので表現されています。ところで物理学の基本方程式と呼ばれる物は、ニュートンの運動方程式や、量子力学のシュレディンガー方程式...続きを読む

Q美大の授業と課題

私は美大に進学を考えている高二です。
少しイメージが湧かない部分があるので質問させてください。

1)授業はどのように進められますか?
  制作のようなものばかりですか?
  講義もありますか?あまり教科書は使わないと聞きました。
2)課題はどんなものがありますか?
  課題が大変だとよく聞きます。
  具体的にはどんな課題が出されるのでしょうか?

ご回答宜しくお願いします。

Aベストアンサー

大学ですから、講義はちゃんとあります。授業は、教員免許まで考えると、卒業までに取る単位数の内半分が実技、半分が講義だと思っていれば良いでしょう。教科書は英語などで使います。

何科に進学希望科かによって課題の頻度は違います。油絵科や日本画科なら教職課程の課題以外ではそんなに多くの課題は出ませんが、デザインや建築だったら課題は頻繁に出ます。特に私大では多いようです。

Q森田療法の「自己実現欲」と「あるがまま」について

岩井寛著の森田療法を読みました。自己が憧れる理想像に届かない自分の現状を「あるがまま」として認め、逃避欲を殺すことなく共に歩みながら、かつ理想像に近づくための挑戦を続ける。といった内容でした。私は現在、神経症を患ってはいません。その上で一つ疑問があるのですが、↓↓

自己実現欲 > 逃避欲

私は今、心理的に理想像に近づかないまでも、少しでも弱い自分を変えなければ日常生活に支障をきたすと本気で思っている状態です。上のように、自己実現欲が逃避欲よりも大きくなれば自動的に行動に移すことができるように人間はできているのでしょうか?あるがままを認めてしまうといくら自己実現欲が強くなり自分を責めヘトヘトになっていようが逃避欲が邪魔をして行動に移せません。

それともこれは私の、ただの動きたくない、面倒なことをしたくないための言い訳なのでしょうか?

Aベストアンサー

>少しでも弱い自分を変えなければ

とのことですが、「弱くたっていいんだ」と思えることが「ありのまま」ということだと思います。
弱いからだめ⇒それを自己実現欲で乗り越える、という構図ではないはず。
これをやると疲れてしまいます。
まず、「弱くたっていいんだ」と思えることから始まると思うのですが、そう思えるためにはどうすれば良いのか、ということが問題になります。
森田療法による治療の第一歩は、たしか、「何もさせないこと」から始まったと思います。
質問者さんの場合、治療の必要はないわけですが、切り口としては、基本的に似たような考え方で楽になるのではないでしょうか。
そこで、「弱くたっていいんだ」、つまり「ありのままの、今の自分でいいんだ」と思えるかどうかが鍵になると思います。
しかし、考えてみれば、「ありのままの、今の自分じゃだめなんだ」と言わなければならない人というのは、基本的に存在していないはずです。
そんなことはないだろう、言われそうですが、「少しでも弱い自分を変えなければ」と思う自分は、「ありのままの、今の自分」じゃありませんよ、という意味です。
色々不満はあるでしょうが、「ありのままの、今の自分」を認めているからこそ、誰しもが生きていけるはずです。
「そんなはずはない、これじゃだめだだめだ」とばかり考えるのは、「ありのままの自分」を見失っている状態と言えます。
「ありのままの自分」を見失えば、冷静な判断もできないし、自己実現欲が空回りするだけに終始するでしょう。
弱くたって死ぬわけじゃありません。
他人と比較せずに、相対的価値観から脱して、絶対的価値を目指すことができる可能性を自己のうちに見出す、というか、元々あることに気づく。
ここからスタートされると良いのではないですか。

>少しでも弱い自分を変えなければ

とのことですが、「弱くたっていいんだ」と思えることが「ありのまま」ということだと思います。
弱いからだめ⇒それを自己実現欲で乗り越える、という構図ではないはず。
これをやると疲れてしまいます。
まず、「弱くたっていいんだ」と思えることから始まると思うのですが、そう思えるためにはどうすれば良いのか、ということが問題になります。
森田療法による治療の第一歩は、たしか、「何もさせないこと」から始まったと思います。
質問者さんの場合、治療の必要はない...続きを読む

Q写真の大学の簿記の授業の課題の7-3(2)以降がわかりません。

写真の大学の簿記の授業の課題の7-3(2)以降がわかりません。
※写真のURLはこちら▼
http://www.imagegateway.net/p?p=Bx7VAQBFFuS


大学の簿記学の授業で出た課題なのですが、手持ちのテキストなどに掲載されておらず、(2)以降がどうしても解けません。

わかる方がいらっしゃったら教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

(1)合っていますよ。
収益は期中仕訳であれば貸方に記入しますが、決算振替仕訳では借方に記入するのですよね。
決算振替仕訳の問題なのに、いつもの癖で収益を貸方に書くミスが多い項目です。

(2)ヒントを出しましょう。
商品売買益勘定はこのように記入されています。(仕丁欄省略)
  受取利息勘定ではどうなりますか。
      商品売買益
――――――――――――――――――――――――――――
12/31 損益    500,000 |○/○ 現金    200,000
                  |○/○ 現金     300,000

(3)「当期純利益」を資本金勘定に・・・。
  「当期純利益」は勘定名ではありません。
テキストに「資本振替」とか「純損益の振替」というタイトルで解説されていると思いますよ。
  下記のような損益勘定が載っているページがあるはずなので調べてみてくださいね。 
  ヒントを出しましょう。
  この仕訳を転記した後の○○勘定はこのように記入されています。(仕丁欄省略)
  この勘定科目の貸方最終行の資本金は「当期純利益」を表していますよ。
  そして、その金額はいくらですか?
             ○○ ←勘定科目名は何でしょう?
――――――――――――――――――――――――――――
12/31 給料   200,000 |12/31 商品売買益  500,000
 〃  支払家賃 400,000  | 〃 受取利息   10,000
 〃  雑費    30,000  | 〃  資本金    ○○○


(4)ヒントを出しましょう。
  (3)の仕訳を転記した後の資本金勘定は次のようになります。
            資本金
――――――――――――――――――――――――――――
              | 1/ 1 前期繰越  1,000,000
             |12/31 ○○     ○○○

損益勘定の仕訳と各勘定の締切は、
期中取引とは異なるため、分かりにくいですね。
慣れるまですべての勘定科目について仕訳し、転記して
(1)収益・費用の振替仕訳
(2)上記のすべての勘定について元帳に転記
(3)純利益の振替仕訳
(4)上記の勘定について元帳に転記
(5)元帳のすべての勘定を締め切る
という流れを何度も何度も練習しましたよ。
練習問題ではこのうち一部しか出題されないのでよく分からないのです。
流れが分かればどの問題でも対応できますので頑張ってくださいね。

(1)合っていますよ。
収益は期中仕訳であれば貸方に記入しますが、決算振替仕訳では借方に記入するのですよね。
決算振替仕訳の問題なのに、いつもの癖で収益を貸方に書くミスが多い項目です。

(2)ヒントを出しましょう。
商品売買益勘定はこのように記入されています。(仕丁欄省略)
  受取利息勘定ではどうなりますか。
      商品売買益
――――――――――――――――――――――――――――
12/31 損益    500,000 |○/○ 現金    200,000
                  |○/○ 現金     300...続きを読む

Q自己実現欲と承認欲の違い

はじめまして。

マズローの欲求5段階説についての疑問です。

承認欲…低いレベルの尊重欲求は、他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目
     …高いレベルの尊重欲求は、自己尊重感、技術や能力の習得、自己信頼感、自立性
(wikipediaより)

とあり、他者と比較して相対的に自分がどうか、というところに承認欲があると捉えました。

自己実現欲について、どのようなものかがいまいちわかりません。
今のところ私が思う「自己実現欲」とは自分の能力を活かしきること、と考えています。


自己実現欲と承認欲の違いについて詳しく教えてください。

Aベストアンサー

独りよがりでは結局満足しないのが人間なので、
他人に認められたい、尊敬され褒め称えられたいと
願う欲求、と捉える限り、承認欲と自己実現欲は
切っても切れない裏表の様にも思えますね。

でも、別な視点から見ると、つまりその欲求が
満たされるかどうか、という尺度で見てみると、
一過性の欲望充足と、継続的な充足の二極に
これらの欲求を配置し直すことができます。

例えば、ミュージシャンとしてステージで好演し、
観客を沸かせば熱い充足感が得られます。
俺は唯一無二の存在だ、皆が俺に熱狂している。
それは心を奪うことだ、心を奪って俺のソウルを
体いっぱいに満たしてやるることだ。
セックスで女を忘我の境地に連れて行き、俺で
身体も心も一杯にしてやるのと同じ征服感が
ある。

そう言い切った人もいます。 ま、一理ある。

でも、コンサートが終わり、次の朝になれば
聴衆は現実世界に戻り、日常生活に戻る。
そこには、会社にも行かず熱狂したりボーッと
したりする人はほとんどいない。

ミュージシャンもそれを痛いほど知っているから
継続的にファンでいて欲しいと願う。
レコードを出したい、売れたいと望む。

ワンステージである日ある時、或いは会話の中の
一瞬でも、他人に認めてもらいたいという承認欲は
花火の様にすぐ消えてしまうけれど、これを継続的に
いつも満たし続けようとするのが自己実現欲、とも
言えないでしょうか。

ワンステージを沸かす、から売れる、そして売れ続ける
スターになりたい。 地位も名声も金も、その威光が
及ぶ範囲も大きく拡大し、ゆえに揺るぎない立場を
手に入れた、ということになる。

これが「実現」した状態。

階段状にステップアップしていくサクセスストーリーの
中で、坂を上る手懸り足がかりにするのが承認欲。
そうして這い上がった平地に立つことが自己実現欲。

それぞれの充足を手応え、踏ん張り応えと捉えれば、
すっきりするように思うのです。

承認欲と自己実現欲を対立せぬまでも区別して
考えるべき、相容れぬものと捉えるといくら考えても
矛盾を生んで悩むことになりますが、同じ欲求が表出
する際の、サイズの違いだったりレベル差として、
基本的に同じものの見せる面の違いと考えれば
この二つがダンスを踊るように常にセットでくるくる
廻っていることに気づきます。

どちらも単体では殆ど意味を成しません。

承認欲を満たしながら軌道上まで登り、安定軌道に
乗れれば自己実現充足。これを段階的に繰り返すことで
人工衛星も地球周回軌道に、地球・月重力圏離脱、
太陽系重力圏離脱、更には銀河系重力圏離脱、と
ステージを上げていく。

レベルとは、殆どすべてにおいて、階段状、若しくは
音響波形グラフのように多くの山と谷を繰り返しながら
形成されています。

このテーマは恐ろしく奥が深く、この階段、或いは波は、
それで固定されたものではなくて、他者との関わり、
社会との関わり、それらの相対的な力学的関係性で
変化し続けるものですし、あるサイズでの波形パターンが
ミクロでもマクロでも現れるフラクタル構造だ、と言った
数学者もいました。

とまれ、いずれにせよ視点をまるで異なるものに変えて
しまうことで、固定観念に縛られることなく、自由な思索が
可能になることは素晴らしいことだと思います。

話がそれました。

ご参考になれば幸いです。

独りよがりでは結局満足しないのが人間なので、
他人に認められたい、尊敬され褒め称えられたいと
願う欲求、と捉える限り、承認欲と自己実現欲は
切っても切れない裏表の様にも思えますね。

でも、別な視点から見ると、つまりその欲求が
満たされるかどうか、という尺度で見てみると、
一過性の欲望充足と、継続的な充足の二極に
これらの欲求を配置し直すことができます。

例えば、ミュージシャンとしてステージで好演し、
観客を沸かせば熱い充足感が得られます。
俺は唯一無二の存在だ、皆が俺に熱狂してい...続きを読む

Q問題、課題、原因要因、目標、対策、現状把握の違い

タイトルの件、違いは何ですか

問題、課題、原因【要因】、目標、対策、現状把握の違いについて

自分の認識は、下記のとおりです

事例:会社の利益が平成23年度、前年比で100万円少なかった

1:現状把握
⇒売上、費用を全て調査
⇒印刷代だけ、前年比で、100万円多かった

2.問題
⇒会社の利益が、平成23年度、前年費で、100万円少ない

3.原因、要因
⇒印刷費用の使い過ぎ【100万円】

4.課題
⇒会社の利益の向上【100万円】

5.目標
⇒会社の利益を100万円上げる【平成24年度】

6.対策
⇒廃棄する紙の中から、リサイクルできる紙をプリンターに使う
⇒必要なものだけ、カラープリンターを利用する

以上、ご存知の方、いらっしゃいましたら、宜しくお願いします。

Aベストアンサー

 以前にも似たような相談がありましたよね。これらは問題解決のための科学的アプローチの要素です。時系列的には次のような流れとなります。


問題⇒現状把握⇒分析⇒課題⇒目標⇒原因・要因⇒対策⇒評価⇒処置

問題
 問題とは関心が持たれる事項、とくに望ましくない懸念事項です。
 ⇒会社の利益が平成23年度、前年比で100万円少なかった

現状把握
 現状を調査して問題に絡む事実関係を明らかにすることです。
 ⇒売上、費用を全て調査

分析
 現状把握した結果から課題が見えるようにすることです。
 ⇒印刷代だけ前年比で100万円多かった

課題
 改善に取り組むべき不具合(解決すべき事項)です。
 ⇒印刷代の削減

目標
 課題に含まれるべき要素であり、改善で達成すべき到達点です。
 ⇒前年並の印刷代(現状より100万円の節減)
 可能な限り年度の最終目標だけではなく毎月かせめて四半期ごとの中間目標も立てます。

原因・要因
 不具合は何かの結果であり、その結果を引き起こす大本の事項が原因です。
 原因には幾つかの要素からなることがあり、それぞれの要素が要因です。
 ⇒印刷費用使い過ぎの原因(「印刷費用使い過ぎ」は原因ではありません。それは結果であり、その結果をもらたす大本の事情が原因です)
 文面からでは原因は不明ですが、使用済み用紙のリサイクル管理手順の不備、カラープリントすべき判断基準の不備が要因としては考えられます。しかし、これらを完璧に実施しても100万円の節約になるかどうかの根拠が明らかではありません。更なる調査が必要です。

対策
 課題を解決する手段です。可能な限り原因(要因)を取り除くことです。
 ⇒使用済み用紙のリサイクル管理手順を整備して実施運用するう
 ⇒カラープリントする判断基準を整備して実施運用する
 ただし、これらを完璧に実施しても100万円の節約になるかどうかの根拠を明らかにしていないので、その調査結果によってさらなる対策が必要になります(つまり要因はもっと他にもあるかも知れません)。対策をすべて行ったら目標達成になる科学的な根拠が必要です。精神論ではいけません。

評価
 対策の結果が目標に対して達成できている程度を調べることです。
 ⇒毎月(または四半期)ごとにかかった印刷代を調べて前年同期と対比します

処置
 対策の結果が目標未達成のときに目標を達成できるように手を打つことです。
 ⇒毎月(または四半期)ごとに目標未達成なら挽回のための手をこまめに講じます。

 以前にも似たような相談がありましたよね。これらは問題解決のための科学的アプローチの要素です。時系列的には次のような流れとなります。


問題⇒現状把握⇒分析⇒課題⇒目標⇒原因・要因⇒対策⇒評価⇒処置

問題
 問題とは関心が持たれる事項、とくに望ましくない懸念事項です。
 ⇒会社の利益が平成23年度、前年比で100万円少なかった

現状把握
 現状を調査して問題に絡む事実関係を明らかにすることです。
 ⇒売上、費用を全て調査

分析
 現状把握した結果から課題が見えるようにすることです。
 ⇒印...続きを読む

Q御自身が人間に生まれてきた意味を…

御自身が人間に生まれてきた意味を…
実生活から何か感じ思えたことはありますか。

Aベストアンサー

お隣さんのおばあちゃんが家の草むしりをしていました。
ちょっと一人では大変だと思い、私も一緒にしました。
草むしりをし終えたとき、おばあちゃんから、「手伝ってくれて、助かったわ」
おばあちゃんからの想いのこもった感謝でした。
誰かを助けたり、人のためにという想いで、人と接することで、感謝されます。
そんな時に自分が人間に生まれた意味を実感しました。
誰しも、人に感謝されることで、自分の生まれた存在意義を感じるのではないでしょうか?

Q大学の商法の授業のレポート課題についてアドバイスをお願い致します。

大学の商法の授業のレポート課題についてアドバイスをお願い致します。

大学の商法の授業でレポート課題がでました。
内容は「商号を保護する法制度について、制度概要を解説しなさい」というものです。
そこで質問なのですが、このレポートは商号のどのポイントに要点を持っていけば良レポートになりやすいでしょうか?
正直に申し上げると私この授業が苦手で要領が掴めておりません……
私のようなものでも良レポートに仕上げられようなアドバイスを是非御教授下さい!
またもし参考資料や参考Webページなどもあれば教えて頂きたいです!
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「類似商号規制に関する制度変移」では?
 http://www.610-kaikei.com/news/law/5-2.html
 http://www.mizuho-ri.co.jp/consulting/advice/topics/topics20061204.html

Q自己実現系領域の哲学・悟り 気付き・スピリチュアルに通じる方 経験者の方、 『宇宙の法則・( ✖️

自己実現系領域の哲学・悟り 気付き・スピリチュアルに通じる方 経験者の方、
『宇宙の法則・( ✖️ )・モチベーション 』の観点から
①『継続力』②『行動力 』③『 信頼感 』④『決断力 』について いずれか説明してください。

持論、思想、お持ちの方 、なぜ そうなのかという理由を添えながら 、 説明をよろしくお願い致します。

※ それらの 達成後のメリット、それを出来る様にする為の方法(身に付けるまでの方法・過程・順番)も混ぜて 説明してくださると 尚 有難いです。

Aベストアンサー

物質に「目的」はない。
しかし、その「無目的=エントロピー増大」は淘汰となり、二次的に進化を導くのだ。
「いや違う!」と主張する事は可能ですが、厳しい生存競争の中で、生き残るために努力しない個体の遺伝子が次世代に伝わり、種の形質となる事はなく、進化は常に、「生きる事」を目的とするよう導く。
(あなたが死にたいと思っても、死ねばそのような形質は遺伝せず、やはり全体は「生きよう」とする)

一方、どのような行動も、本質的には任意=意志の充足であり、「意志の充足じゃない」というのも一つの意志として、精神的充足の追及という方向性から逃れられない。
生きる事の本質的目的は、人生を通算した充足量の最大化(生理的拡大×欲求の強さ×それを「人生通算での最大」にコントロールする認識力×その達成度×それを把握する認識力)に収束するのだ。

「精神的充足感のため」というのは、刹那的な快楽主義に帰結するのではなく、最大限の大きな目的、最大限の愛と、最大限の認識を兼ね備えたものになるのです(短絡的な快感の帰結は麻薬だが、それが最大充足でないのはご存知の通り)。
であるならば、人が生きるのは、物質的豊かさのためではなく、精神的充足感のためであり、人が働くのは、お金をもらうためではなく助け合いのためであり、その自律的社会行動(精神的充足)としての愛のためなのだ。

しかし今、そうした「他人を助ける」=愛のために働いている人が、どれほどいるだろう?
人がとらわれているのは、“お金(や、その源泉としての出世)”という虚構の価値であって。
原始共産制の助け合いから、組織が分業化&拡大する上で、人の意識の社会性を発達させずに、お金や出世他律的に社会行動の道をとったのだ。
お金は、本来助け合うために集まったはずの社会において、自己チュー的な意識のまま社会行動をとらせるための“矯正具”として発達したものなので(社会生命として生きる事である労働(助け合い)を、お金をもらうために嫌々働く)、当然、自由意志を束縛する機能がある。
本来、社会的生命として助け合うために集まっている人々をして、弱肉強食の擬似ジャングルに変える、悪魔のツールなのだ。
要するに今の人は、自ら喜び(自己存在の本質に根ざした生)に目をそむけ、他律的生=「苦痛から逃げる事による生」に堕しているのです。
(「助け合う喜び」から「奪い合って勝つ喜び(幻想)」への変質)

人類は本来の、認識力の発達により環境に即応して行動を変化させる事で、自然淘汰による遺伝的な変化という速度の遅い方式によらず、環境への適応や多様化による分業を可能にする事で繁栄した。
こうした認識の発達による後天的な適応&組織化という「ヒト型進化」だけが進化の方向性ではないのは、同じく自然界に繁栄しているアリ、ハチなど遺伝的な先天的な形態の多様化&条件反射行動の複雑化&による組織化を可能にしている「アリ型進化」によって明らかだ。

ところが先述のように、近代の工業化による大量生産の市場の拡大&分業化において、その個々の生命性の社会的拡張を認識させる労を惜しんで、他律的に社会性のコースを走らせる方式をとったため、社会生命にとって生きる事そのもの(根源的充足)である労働を「お金をもらうためにイヤイヤ働く」ものにしてしまったのだ。
これはつまり、認識力の発達に基づく「ヒト型進化」の総本山である人類でありながら、歯車人間に堕してしまう「アリ型進化」への分岐に入ったという事なのだ。

もし、このまま「アリ型進化」をとるならば、無意識=肉体的増殖指向=生産量の最大化として、生命本来の“生きる意志”はルールやモラル、常識や組織といった社会的なシステム進化の上に転嫁され、インターネットは歯車を使うための情報収集&命令系統となって、人は他律的に操られる歯車として、中枢コンピュータで処理された物質的な最大生産性に向けてコントロールされる機械群の一部のパーツとなる。
(その果てに人は非効率な機械として淘汰される)

もし「分岐」を元に戻って「ヒト型進化」に復帰するならば、意識=精神的充足指向=充足量の最大化として、精神的活性化の乏しい単純労働から機械化し、人は達成感を感じる情報統合的な頭脳労働&創造的作業に集約し、インターネットによって需給をつなぐ物質(=お金)を再び助け合いとしての情報に還元し、それにより社会生命的自覚(他我愛)を促して自律的社会行動=助け合いとしての労働=生きること自体による充足=最大充足を可能にする。
(その果てに喜びを感じる巨大な脳とメカシステムになる)

もしあなたが、「生きる目的は人生を通算した精神的充足量の最大化だ」と思うならば、現代社会に蔓延する拝金主義、経済的に満足なら政治には興味ないという親方日の丸主義などを排し、助け合っている事を実感できる社会、それを認識できる意識を育てるべきなのだ。

物質に「目的」はない。
しかし、その「無目的=エントロピー増大」は淘汰となり、二次的に進化を導くのだ。
「いや違う!」と主張する事は可能ですが、厳しい生存競争の中で、生き残るために努力しない個体の遺伝子が次世代に伝わり、種の形質となる事はなく、進化は常に、「生きる事」を目的とするよう導く。
(あなたが死にたいと思っても、死ねばそのような形質は遺伝せず、やはり全体は「生きよう」とする)

一方、どのような行動も、本質的には任意=意志の充足であり、「意志の充足じゃない」というの...続きを読む


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