数学における公理とは、信念のようなものなんですか、単なる仮定ですか?

A 回答 (3件)

「仮定」のようなものでもあり,「信念」のようなものでもありますね!



「公理」は数学の出発点です.「公理」がなければ数学は何も始められません.
現代でのはなしですが,・・・.昔は,「公理」という概念なしで数学をやっていた時代があった
ようですが,・・・.

ある「信念」のもとに「公理」を設定し,数学の理論を構築してゆきます.
「公理」は,自由奔放に,どのように決定してもかまいません.そこが数学の魅力でもあり,
おもしろさでもあり,やり甲斐でもあります.

(1)「公理」の設定.(2) 定義の作成.(3) 命題の提示.(4) 命題の証明.(5) 定理の構成.
(6)「系」などの生成.(7) 諸々の解説,説明.

といったところが,数学の流れでしょうか.

「公理」は,単なる「仮定」と考えても,差し障りがない,ような気もします.
「公理」は自由に変えても,破棄してもかまいませんので,・・・.
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この回答へのお礼

御回答いただき、ありがとうございます。
返事が出遅れまして、失礼しました。

>「仮定」のようなものでもあり,「信念」のようなものでもあります

ここが始末の悪いというか独特というか、「仮定」と「信念」では全然違うじゃないか、と言いたくなるところなんですが。。。でも

>「公理」は自由に変えても,破棄してもかまいません

もし、人間の心理などが対象でしたら、現実的にも、そういうことは、じゅうぶん あり得ますけどもね。

>昔は,「公理」という概念なしで数学をやっていた時代があったようですが

そうなんですか!ちょっと想像しにくいですねぇ。

ここで御説明くださった数学の流れが、一般的なところなのだろうと納得いたしました。

お礼日時:2009/05/16 16:27

数学では既に正しいと証明された事柄を使って別な事柄の正しさを証明しなければなりません


ところが最初は何も証明されていないので別な事柄を証明することが出来ません
そこで証明なしで正しいと認められる事柄を定める必要があるのです
証明なしで正しいと認める事柄を「公理」といいます
高利は誰が見ても明らかであり単純なもので無ければなりません
例えば
A=B ならば A+C=B+C
というような具合です

1+1 は2とは限らないといった手合いは含めません
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この回答へのお礼

さっそく御回答いただき、ありがとうございます。
返事が遅れてしまい、失礼しました。

>数学では既に正しいと証明された事柄を

これについても、きちんと呑み込めていないです。
私、数学は苦手で、全く お話にならない体たらくなんですが、どうやら「数学的証明」というのは、独特なものなんでしょうか。

>証明なしで正しいと認める事柄

つまり「自明」であるとする事柄ですね。
すると、やはり「信念」のようなものになるのでしょうか。

>誰が見ても明らかであり

ここが、重要な点であり、実は むずかしいところでしょうね。

>1+1 は2とは限らないといった手合いは含めません

あっ!そうですか。
でも、そういう考えかたもあるみたいですね。
「形式主義」とか?
新たに質問するかもしれません。

お礼日時:2009/05/16 16:14

数学の公式等ありますが、


それを理論的に導き出して
公に認められているものですので
正式な理論といえます。
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この回答へのお礼

返事が遅れてしまいまして、失礼しました。

それが「数学理論」というものである、ということなんでしょうか。
わかりました。

さっそくアドバイスいただき、ありがとうございました。

お礼日時:2009/05/16 15:55

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