芥川龍之介の芋粥と今昔物語の比較を教えてください。

A 回答 (1件)

下記のページを参照してみてはいかがでしょう。


http://www.hum.u-tokai.ac.jp/nichibun/computer20 …
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Q今昔物語集の現代語訳

今昔物語集 巻28の[わが影の恐れをなす男]の口語訳を検索しましたがみつかりません。
口語訳を紹介しているサイトか本などをご存知の方がいらっしゃったら教えてください。
また内容をご存知でしたら教えてください。

Aベストアンサー

「今昔物語」は<本朝><天竺><震旦>の三部に分かれます。
<本朝部>でしょうか?
版元品切れですが、大きな公立図書館にはあると思います。
平凡社「東洋文庫」に「今昔物語」が入っています。全訳の筈です。
該当のものがはいっているかどうか迄は確認しきれませんでした。
講談社の学術文庫にも「今昔物語」が入っています(全9冊)台本の系統が違うのか該当巻迄はわかりませんでした。
標題が異なっているのかも知れません。
小学館の古典文学全集にも入っています。(図書館などで確認されたらと思います)。
http://skygarden.shogakukan.co.jp/skygarden/owa/sol_detail?isbn=4096580376&type=0&jcode=01030

蛇足)岩波文庫は選集のうえ口語訳は入っていません。旧い角川文庫にも口語訳が入っていたのですが、これも選集です。

取り敢えず。ご参考にならば幸甚です。

Q芥川龍之介の「芋粥」の侍の言葉について教えて下さい。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/55_14824.html
青空文庫の「芋粥」を読んでる外国人です。
侍の言葉がたくさんあって、わからないところが多いです。(・_・;)

「芋粥」の侍の言葉を、標準語で書いてみますと、

①「まづ、さう思はれたがよろしからう。」→まず、そう思ってもいいでしょう。
②「粟田口では、ござらぬのう。」→粟田口ではありませんか。
③「いかにも、もそつと、あなたでな。」→全然わからないんです(・_・;)
④「山科は、これぢや。もそつと、さきでござるよ。」→山科はここだ。もっと前へ進もう。
⑤「それは、又、稀有な事でござるのう。」→それもめずらしいことですか。

正しいですか。間違えば、正しい意味を教えて下さい。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

① 思われたがよろしからう→お思いになったほうがよろしいだろう
「そうするほうがいい」と相手に勧める意味です

②ござらぬのう→ありませんねえ
ござらぬ→ありません
のう→ねえ

③いかにも、もそつと、あなたでな→確かに、もう少し 、あっちでね
いかにも→(いろんな意味があるが この場合は)そのとおり、確かに
もそつと→もう少し
あなた→(離れた方角をさして)あちら

④さきでござるよ→先ですよ
先→(この場合は)今の地点から進んだ場所のことです
ござる→です

⑤でござるのう→ですねえ

Q宇治拾遺物語の現代語訳って………

古典で宇治拾遺物語の「今は昔、大隈守なる人、国のまつりごとをしたため行ひ給ふあひだ、郡司のしどけなかりければ…」で始まるお話を勉強しています。
自分なりに単語を調べて現代語訳に挑戦してみました。ですが言葉のつなぎなど、やはり難しく自然に訳せません…。そこで自分の現代語訳と本当の(?)現代語訳を比べてみようと思い現代語訳の載ったホームページを探していたのですが、このお話の載ったものがなかなか見つかりません。もしこのようなホームページを知っている方は是非教えて下さい。それとも現代語訳は本でしか載っていないんでしょうか?教えて下さい。

Aベストアンサー

宇治拾遺物語 第111話 「歌よみて罪をゆるさる〃事」 ですね。
たしかに、その現代語訳のあるウェブサイトを検索してみましたがみつかりませんでした。
同じエピソードは今昔物語集 24巻56話や十訓抄などにもみられるので参考になるはずですが、それらの現代語訳もみつかりませんでした。

というわけで、図書館の本や受験参考書などで調べることをおすすめします。

むづかしいのは歌の訳し方ですね。わたしのもっている本には、「わたしはこのように老人になって、頭の雪 (白髪) がつもっており、霜などは何でもない筈ですが、しもと (苔と霜をかける) を見ますと身が冷えて寒気がいたしますの意」( 日本古典文学大系 27 岩波書店 ) とあります。
最後の一文の 「人」 は歌をよんだ郡司、 「なさけ」 は風流の意味です。 「さればいふ甲斐なき下臈の田舎人の中にもかく歌読む者もあるなりけり」 (今昔物語集) と、歌について感嘆しているのですね。ご参考まで。

Q芥川龍之介の「芋粥」について教えて下さい。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/55_14824.html
芥川龍之介の「芋粥」を勉強している外国人です。
わからないところがあるので、質問します。

①年かさの同僚が、彼れの振はない風采を材料にして、古い洒落を聞かせようとする如く
ここの「古い」は、oldという意味ですか。新鮮ではない、という意味ですか。

②彼等にいぢめられるのは、一人、この赤鼻の五位だけではない、彼等の知らない誰かが――多数の誰かが、彼の顔と声とを借りて、彼等の無情を責めてゐる。
「彼等の知らない誰かが――多数の誰か」は、誰でしょうか。

③痩公卿の車を牽ひいてゐる、痩牛の歩み
「痩公卿」と「痩牛」は、文字通り、痩せる公卿と痩せる牛のことですか。

④唯でさへ猫背なのを、一層寒空の下に背ぐくまつて、もの欲しさうに、左右を眺め眺め、きざみ足に歩く
辞書で「ものほしい」を調べると、「何か欲しい」という意味らしいですが、五位は何を欲しいですか。(「芋粥に飽かむ」ことが五位の唯一の欲望だということはわかりますが、どうして芥川龍之介さんがここで「もの欲しさうに」と書いたのかはわかりません。)

⑤東山の暗い緑の上に、霜に焦げた天鵞絨のやうな肩を、丸々と出してゐるのは、大方、比叡の山であらう。
「山の肩が霜で凍る織物のように、小さな丸い凹凸があって、その高くなっている部分が比叡の山かもしれない」ということですか。

⑥山の陰に消残つて、雪の色も仄に青く煙つてゐる。
「溶けていない雪が山のshadowに残って、青い煙が出っている」ということですか。

⑦狐が、走れなくなるまで、追ひつめた所で、それを馬の下に敷いて、手取りにしたものであらう。
「狐が疲れて止まるまで追い詰めた所で、馬の脚で狐を踏んで、それをつかめる」ということですか。

⑧急に、すべてが陽気になつた。
楽しくなった、ということですか。

⑨前にあるのは、銀の提の一斗ばかりはいるのに、なみなみと海の如くたたへた、恐るべき芋粥である。
ここの「のに」は逆接ですか。あくまで自分の推測ですが、一斗だけ(とはいえ、一斗=18.039リットルの量も恐ろしいと思いますが)の芋粥が海のように見えるのは、五位がもう芋粥を飲みたくないから、と思いますが、間違えば教えて下さい。

よろしくお願いします。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/55_14824.html
芥川龍之介の「芋粥」を勉強している外国人です。
わからないところがあるので、質問します。

①年かさの同僚が、彼れの振はない風采を材料にして、古い洒落を聞かせようとする如く
ここの「古い」は、oldという意味ですか。新鮮ではない、という意味ですか。

②彼等にいぢめられるのは、一人、この赤鼻の五位だけではない、彼等の知らない誰かが――多数の誰かが、彼の顔と声とを借りて、彼等の無情を責めてゐる。
「彼等の知らない誰かが――多数...続きを読む

Aベストアンサー

1、ここでの「古い」は「言い古された」の意味かと。
2、その場にいない、姿のない第3者。⇒この話での一番の肝です。
3、文字通り「やせた公家」=「貧相でみすぼらしい」者が乗る車を「やせた牛」=「公家の車を引くのは、本来ならば、堂々とした体格の牛なので、更にみすぼらしい」と言うことです。
4、「もの欲しさうに」は「左右を眺め眺め」にかかっているので、「物欲しそうな目つきで左右を眺めながら」という意味です。
5、「東山」と「比叡山」の位置関係で、京の町中から手前に見えるのが「東山」の「暗い緑」で、その向こうに「霜に焦げた天鵞絨のやうな肩を、丸々と出してゐる」=「きらきらと艶やかな濃い緑の峰をこんもり丸く見せている」のが「比叡山」であるのです。
6、「溶けていない雪が山のshadowに残って、ほのかに青く煙っている」
7、「狐が(疲れて)走れなくなるまで追い詰めた所で、馬の脚で狐を踏んで、狐を手で取り押さえたのだろう」
8、「楽しくなった」でもいいとは思います。「明るくなった」も可能かと。
9、「銀(しろがね)の提(ひさげ)」に「一斗」ぐらい入る「器に」なみなみと海のようにたたえた、恐るべき芋粥。であって「の」は、「器」が省略されているだけかと… ただし、「五位がもう芋粥を飲みたくないから」そう見えた可能性はあります。

元々の原点である「今昔物語集」では「利仁」の「豪勢な生活や力」に恐れおののく五位を描いているのですが、芥川はこれを「五位」の「立場から描写」に変え、五位が「芋粥に飽きたいと云ふ慾望を、唯一人大事に守つてゐた、幸福な」自分を自覚することで「相反する思いを、人は抱くものだ」と描いているのだと思います。

http://novelu.com/imogayu/#3a

1、ここでの「古い」は「言い古された」の意味かと。
2、その場にいない、姿のない第3者。⇒この話での一番の肝です。
3、文字通り「やせた公家」=「貧相でみすぼらしい」者が乗る車を「やせた牛」=「公家の車を引くのは、本来ならば、堂々とした体格の牛なので、更にみすぼらしい」と言うことです。
4、「もの欲しさうに」は「左右を眺め眺め」にかかっているので、「物欲しそうな目つきで左右を眺めながら」という意味です。
5、「東山」と「比叡山」の位置関係で、京の町中から手前に見えるのが「東山」...続きを読む

Q奥の細道の市振と金沢の現代語訳を教えてください!!

松尾芭蕉が書いた奥の細道の市振と金沢の現代語訳が全然分からないので分かりやすく現代語訳して教えてください!!

Aベストアンサー

本当に時間が全然ないという事でしたらお役に立てませんが、
もし図書館か本屋さんにいく時間があるようでしたら、
久富哲雄さん著の「おくのほそ道 全訳注」(講談社学術文庫)を
ご覧になってはいかがでしょうか。
わかりやすい方の本だと思います。

Q今昔物語集の「芋粥」の芋はナガイモ?

今昔物語集の「芋粥」ですが、「芋」はナガイモなのでしょうか?さつまいもは江戸以降ですよね?やまからとってきた細長い芋、ですから長芋だと思ったのです。
でも、おかゆにするとは聞いたことがありません。

Aベストアンサー

以下、手元の広辞苑によります;

いもがゆ(芋粥・薯蕷粥)
 1)ヤマノイモを薄く切ったものにアマズラの汁をまぜて炊いた粥。宮中の大饗などに用いた。
 サツマイモを入れて炊いた粥。


・・・とのことですので、eurekamazeltovさんの考えられた通り、「ナガイモ」でよいと思います。

但し、現在スーパーなどで売られる場合、「ナガイモ=栽培もの」で、今回のご質問中の
「ナガイモ」に該当するのは「自然薯」(これも元は「自然生(じねんじょう)」が本来らしいですが)
或いは「ヤマノイモ」と呼ばれている方になるかと思います。
この両者では、結構食感が違います(ナガイモの方が軽くて水っぽい感じ)ので、今の「ナガイモ」で
出来上がりを想像すると、イメージがちょっと違ってしまうかもしれません。
(グローブのような形の「ヤマトイモ」の方が、「ナガイモ」より「ヤマノイモ」に近い;
 ややこしい名前を並べてしまいすみません(汗))

Q現代語訳?

江戸時代以前の文章を現代語にするのは「現代語訳」っていいます(?)けど、明治から昭和20年くらいまでの「旧かな旧漢字」「歴史的仮名遣い」で書かれた文章を常用漢字で現代仮名遣いにしたり、平成の中高生でも読みやすくするのも「現代語訳」って言いますか?

Aベストアンサー

現代語訳、とも言いますね。
口語訳、とも言いますね。

昭和中期の今となっては死語となった言葉を、最近の若者言葉に書き換えるのも、究極的には現代語訳ですね。

Q芥川龍之介の「羅生門」について教えて下さい。

青空文庫の芥川龍之介の「羅生門」を読んでいる外国人です。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/127_15260.html

わからないところがあるので、質問します。

>>どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない。選んでいれば、築土ついじの下か、道ばたの土の上で、饑死うえじにをするばかりである。そうして、この門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。選ばないとすれば――下人の考えは、何度も同じ道を低徊ていかいした揚句あげくに、やっとこの局所へ逢着した。しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。下人は、手段を選ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために、当然、その後に来る可き「盗人ぬすびとになるよりほかに仕方がない」と云う事を、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。

>>下人は、頸をちぢめながら、山吹の汗袗に重ねた、紺の襖の肩を高くして門のまわりを見まわした。

①「この「すれば」のかたをつけるために」
②「その後に来る可き」
③「紺の襖の肩を高くして」
というところの意味を、教えて下さい。
よろしくお願いします。

青空文庫の芥川龍之介の「羅生門」を読んでいる外国人です。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/127_15260.html

わからないところがあるので、質問します。

>>どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない。選んでいれば、築土ついじの下か、道ばたの土の上で、饑死うえじにをするばかりである。そうして、この門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。選ばないとすれば――下人の考えは、何度も同じ道を低徊ていかいした揚句あげくに、やっとこ...続きを読む

Aベストアンサー

まず、下人の思考の流れを押さえましょう。

①「どうにもならないことを、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない」
②「手段を選ばないとすれば」
③「盗人になるより仕方がない」
ということですね。

「当然、その後にくる可き(べき)…」というのは、②の後に③となるのは自然な結論だ、というような意味です。

しかし、下人は「盗人になるよりほかに仕方がない」ということを「積極的に肯定するだけの、勇気が出」ないのです。そのために、「すれば」のかたがつかないのです。

下人は、「仕方がない」と思いつつも、盗人になる決心がつかないようですね。

ここで、②から③への結論を、「積極的に肯定する」とき、下人はどう考えるでしょうか。
「手段を選ばない以上は、おれは盗人になるしかないのだ」といったところでしょう。

下人は、頭では他に手段がないと分かっています。
しかし、盗人になるより仕方がないのを「積極的に肯定するだけの勇気がない」ので、手段を選ばないと「すれば」という段階に あえて止まっているといえます。

この「選ばないとすれば」というのは、どういう意味でしょうか。これは、他にいい手段がある「かもしれない」という希望だといえるでしょう。

しかし手段はないのです。「とすれば」はありません。すがりつく希望はないのです。

「かたをつける」とは、「盗人になるのを積極的に肯定する勇気をもつ」ことで、その希望を切り捨てることを意味しています。

まず、下人の思考の流れを押さえましょう。

①「どうにもならないことを、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない」
②「手段を選ばないとすれば」
③「盗人になるより仕方がない」
ということですね。

「当然、その後にくる可き(べき)…」というのは、②の後に③となるのは自然な結論だ、というような意味です。

しかし、下人は「盗人になるよりほかに仕方がない」ということを「積極的に肯定するだけの、勇気が出」ないのです。そのために、「すれば」のかたがつかないのです。

下人は、「仕方がない」と...続きを読む

Q漢文の書き下しと現代語訳の違いはどんな点ですか?

漢文の書き下しと現代語訳の違いはどんな点ですか?
分かりやすく教えてください。
「有婦人哭於墓者而哀」で、於と而は読むときに発音しないですが
書き下しや現代語訳においてはどのように扱いますか?

Aベストアンサー

漢文は中国語文、あるいは、中国語形式の文ですよね。
つまり、日本語ではありません。
漢文を読む=中国語を日本語に訳す と同じことです。
英語←翻訳→日本語と同じで、全ての単語を訳することは無いですよね。
大切なのは、この文が何を伝えたいのか であって、
文字が何の意味か ではありません。
そのため、翻訳を省略してもよいのです。

無理に読むこともできます。
しかし、それは、あまり意味の無いことです。

書き下し文
婦人有り。墓に於(お)いて哭する者なり。而(しかも)哀しげなり。

現代語訳
婦人が墓の側で泣いていて、哀しげであった。

Q芥川龍之介の死後に出た本に、芥川の印が押してありました。誰が押したのでしょう?

先日物置を整理していたらかなり古い本がたくさん出てきて、
芥川龍之介の羅生門がありました。

昭和27年に発行された本で、初版でした。
本の一番最後のページ、発行年や会社名が書いてある所に、
小さな正方形の紙に「芥川」の印が押され、貼られていました。

芥川龍之介は昭和元年に亡くなっているそうなのですが、
この印は誰が押したものと考えられるのでしょうか。

Aベストアンサー

まず、「本の一番最後のページ、発行年や会社名が書いてある所」を奥付(おくづけ)と云います。
「小さな正方形の紙に「芥川」の印が押され、貼られていました」これは、検印紙に「芥川」の検印がありました云います。

さて、検印ですが、生前の場合は普通は本人が捺しましたが、中には出版社の社員に捺させたり、弟子や家族が捺させていたケイスも珍しくありません。江戸川乱歩など家族総出でも間に合わなくて出版社の応援迄頼んだようです。(子息の思い出話)

何のためにこの「検印」を行うかと云うと、印税の関係です。検印の数分だけ印税を出版社が支払と云う訳です。又、「検」印ですから著者に無断で発行したものではないと云う証にもなります。

さて、著者が物故してしまうとどうなるのでしょう。著者が没後も一定期間(当時は30年だったはず、現在は50年)印税を貰えます。これは著者の遺産ですから、相続をした人(遺族)が貰えます。この貰える人を著作権継承者と云います。継承者は著者の遺産を相続した訳なので、出版をしても良いとか、無断で出版しているものを法的に差し止める権利があります。
長くなりましたが、検印は多分、著作権継承者かその指示で出版社が捺したのでしょう。昭和27年と云えば、昭和2年元旦を起点として(物故の翌年の元旦を起点とする)26年ですから未だ著作権は残存していたと思われます。

尚、最近は印刷部数が膨大になりとても一つ一つ判子を捺していられない所為もあり、検印を行う例は珍しくなりました。

話が煩雑になるので、版権を著者が譲渡した場合などは省略してあります。
又、著作権継承者は作品毎ではなく、纏めてなようです。

まず、「本の一番最後のページ、発行年や会社名が書いてある所」を奥付(おくづけ)と云います。
「小さな正方形の紙に「芥川」の印が押され、貼られていました」これは、検印紙に「芥川」の検印がありました云います。

さて、検印ですが、生前の場合は普通は本人が捺しましたが、中には出版社の社員に捺させたり、弟子や家族が捺させていたケイスも珍しくありません。江戸川乱歩など家族総出でも間に合わなくて出版社の応援迄頼んだようです。(子息の思い出話)

何のためにこの「検印」を行うかと云うと...続きを読む


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