語句をつないで文章にするという課題を出されて少々困ってます。
1つだけとかでも全然いいのでご協力お願いしますm(__)m
(単語の順番はどうでもいいです。)

(1)旧石器時代から縄文時代に移る様子をまとめる問題。
細石器、竪穴式住居、どんぐり、投げ槍、弓矢  を用いて

(2)4~7世紀の大和政権の動きをまとめる問題。
厩戸王、大王、伽耶、百済の亡命貴族、新羅、壬申の乱、蘇我氏、筑紫君磐井の反乱、「日本」号、倭の五王  を用いて

(3)大和政権時代の「大王」「中央豪族」「地方豪族」「人々」の関係が、律令制度に基づく関係にかわったことの意味をまとめる問題。
国司、郡司、公卿、中央豪族、天皇  を用いて

(4)7~12世紀の経済の動きをまとめる問題。
国司、墾田永年私財法、荘園、租庸調雑徭、年貢、班田収受、不輸不入の権、浮浪逃亡、名主、有力農民  を用いて

(5)9~12世紀の政治の動きをまとめる問題。
尾張国郡司百姓等下文、外戚、山賊、上皇、承平天慶の乱、前九年後三年の役、平清盛、武装、中下級貴族、保元平治の乱  を用いて

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A 回答 (2件)

昔、中学校の歴史の教科書のガイドに、こういう問題が出ていたなー。


直立二足歩行を獲得するサルから人間への「地上→樹上→地上」について述べよ。まるで、大学のレポートかと驚いたものでした。
中学校の歴史の教科書、高校の日本史の教科書、用語集を準備して、ご自分で取り組んでください。
章末のまとめ、単元のまとめ、をよく読んでください。
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/library/2008/tv/ni …
10回分くらい、見る時間はあるでしょう。
大学入試の記述式問題?自分でやると、歴史の力がつきますよ。
暇なときに、中央公論新書「日本の米」を読んでみて下さい。

参考URL:http://www.nhk.or.jp/kokokoza/library/2008/tv/ni …
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宿題の丸投げは規約違反です。



私も5分以内に6面揃えられますが、
キューブを理論展開します。

それが今後、どう言う影響を自己に与えるのか?

キューブは何故出来たのか?
歴史のキューブは何故揃える事が出来ないのか?

人間は出来ると言う成果をバネに出来ない人間を淘汰します。
宿題にしておきます。
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Q村上春樹の「青が消える」、世紀の数え方

村上春樹著の「青が消える」という作品で、"僕"の元ガールフレンドは「今日(1999年の大晦日)は二十世紀最後の夜よ」と言っているのですが、20世紀最後は2000年の大晦日ではないのですか?

私が歴史の授業(日本史も世界史も)で学んだ際には、n世紀は西暦100(n-1)+1年から始まり100n年に終わるとなっていました。

1999年が20世紀最後の日である、に矛盾しない世紀の数え方があれば教えてください。

Aベストアンサー

そういう勘違いをしていた人はとても多く、その当時の話題になったものです。
村上春樹さんも編集者も勘違いして気づかなかったのでしょう。
また、「2000年が20世紀最後の年」では文学表現としてそぐわなかった、のかもしれません。
なお「西暦0年」というのは存在しないので「1~100」が「世紀」の一単位です。

Q【至急】保元の乱・平治の乱について

至急、お願いします。


歴史の保元の乱・平治の乱についてですが、保元の乱から平治の乱が起こった理由は何ですか??

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平氏の台頭と、藤原通憲(信西)氏の失政が原因。

Q四十九日の数え方

四十九日の数え方は関東では死亡した日が一日目で関西では前日が一日目として数えるようですが、関東と関西でなぜ数え方が違うんでしょう?
教えてください。

Aベストアンサー

こんばんは。
7日ごとの法要が昔は前日の夜(お逮夜 オタイヤ)から
当日の午前中に営まれたことから、
関西ではお逮夜の日自体を法要日とするようになったようです。
前日にするので、数え方として、
亡くなった前の日を一日目としているようです。
http://taisetunahito.net/blog/
「お逮夜」の解説も見つけました。↓
http://www.tctv.ne.jp/members/tobifudo/infome/otazune4.html

Q大和朝廷成立前後の豪族

邪馬台国や、ニギハヤヒ、出雲、蘇我、中臣、物部等
朝廷を支えた豪族たちを扱った書籍を
教えてください。

Aベストアンサー

 
  蘇我とか、物部とか、または中臣とかだけなら、本がありそうですが、そんな広い範囲のことを言えば、一冊の本では無理です。以下に、Amazo.co.jp で検索した、「大和朝廷」と付く本のリストを記しますから、アマゾンで詳細を見に行くなり、書店で本を探して内容を確認するなりしてください。
 
  >2. 「大和朝廷―古代王権の成立」 講談社学術文庫
  >上田 正昭 (著) 文庫 (1995/08/01) 講談社
  >通常4~14日以内に発送
  >価格: ¥860
 
  この上の本は、講談社学術文庫ですから、学問的に水準が高いでしょう。
  
  >7. 「古代大和朝廷」 ちくま学芸文庫
  >宮崎 市定 (著) 文庫 (1995/09/01) 筑摩書房
  >在庫切れ
  >価格: ¥1,068
 
  上のこの本もなかなかいい内容ではないかと思います。
  以下は、玉石混交です。3,4などは、割といい本ではないかとも思います。
 
  >3. 「神々と天皇の間―大和朝廷成立の前夜」 朝日文庫
  >鳥越 憲三郎 (著) 文庫 (1987/11/01) 朝日新聞社
  >通常4~14日以内に発送
  >価格: ¥460
 
  >4. 「邪馬台国と大和朝廷」
  >久保田 穣 (著) 単行本 (1999/01/01) 日本図書刊行会
  >お取り寄せ
  >価格: ¥1,500
 
  >5. 「日本誕生史〈PART3〉大和朝廷形成の軌跡」
  >青木 一参 (著) 単行本 (1997/03/01) 近代文芸社
  >在庫切れ
  >価格: ¥1,650
 
  >6. 「邪馬台国の真実―卑弥呼の死と大和朝廷の成立前夜」
  >安本 美典 (著) 単行本 (1997/03/01) PHP研究所
  >在庫切れ
  >価格: ¥3,204
 
  >8. 「天皇家の大秘密政策―日本史転覆のシナリオ 大和朝廷の出自隠し」
  >1300年の密謀 超知ライブラリー
  >大杉 博 (著) 単行本 (1995/06/01) 徳間書店
  >お取り寄せ
  >価格: ¥1,359
 
  >9. 「謎の天孫降臨と大和朝廷の秘密―ヤマト・プロブレム」
  >ムックセレクト〈507〉―真説日本誕生シリーズ
  >加治木 義博 (著) 新書 (1995/02/01) ロングセラーズ
  >お取り寄せ
  >価格: ¥874
 
  >10. 「大和朝廷と東アジア」
  >鬼頭 清明 (著) 単行本 (1994/05/01) 吉川弘文館
  >お取り寄せ
  >価格: ¥2,233
 
  >11. 「テラスで読む大和朝廷の謎」
  >武光 誠 (著) 単行本 (1993/12/01) 日本経済新聞社
  >在庫切れ
  >価格: ¥1,456
 
  >12. 「日本史の謎と真説―大和朝廷から明治維新まで」銀河セレクション

  >南条 範夫 (著) 単行本 (1993/02/01) 銀河出版
  >在庫切れ
  >価格: ¥1,456
 
  >13. 「大和朝廷は古代の水軍がつくった!」
  >武光 誠 (著) 単行本 (1992/03/01) JICC出版局
  >在庫切れ
  >価格: ¥437
 
  >14. 「大倭国通史―大陸側から眺めた古代大和朝廷」
  >井伊 章 (著)
  >在庫切れ
  >価格: ¥1,165
 
  >15. 「古代大和朝廷」 筑摩叢書〈327〉
  >宮崎 市定 (著) 単行本 (1988/09/01) 筑摩書房
  >在庫切れ
  >価格: ¥1,900
 
  >16. 「吉備王国の崩壊―大和朝廷の謀略」
  >井上 高太郎 (著) 単行本 (1987/01/01) 新人物往来社
  >お取り寄せ
  >価格: ¥1,748
 
  >17. 「原日本統一政権の成立―出雲朝廷と大和朝廷」
  >安達 巌 (著) 単行本 (1986/12/01) 新泉社
  >在庫切れ
  >価格: ¥1,600
 
  >18. 「大和朝廷成立期の研究」
  >坂本 弘道 (著) 単行本 (1985/10/01) 雄山閣
  >在庫切れ
  >価格: ¥18,000
 
==============================================
 
  蘇我・物部だと次の本ぐらいがいいでしょう:
 
  >5. 「物部・蘇我氏と古代王権」
  >黛 弘道 (著) 単行本 (1995/08/01) 吉川弘文館
  >通常2~3日以内に発送
  >価格: ¥2,500
 
  >8. 「蘇我氏の実像と葛城氏」
  >平林 章仁 (著) 単行本 (1996/01/01) 白水社
  >通常2~3日以内に発送
  >価格: ¥2,136
 
  以下にアマゾン・ジャパンのURLを記しますから、そこで「出雲」だとか「邪馬台国」だとかで検索して調べてください。
 

参考URL:http://www.amazon.co.jp/

 
  蘇我とか、物部とか、または中臣とかだけなら、本がありそうですが、そんな広い範囲のことを言えば、一冊の本では無理です。以下に、Amazo.co.jp で検索した、「大和朝廷」と付く本のリストを記しますから、アマゾンで詳細を見に行くなり、書店で本を探して内容を確認するなりしてください。
 
  >2. 「大和朝廷―古代王権の成立」 講談社学術文庫
  >上田 正昭 (著) 文庫 (1995/08/01) 講談社
  >通常4~14日以内に発送
  >価格: ¥860
 
  この上の本は、講談社学術文庫で...続きを読む

Qフランス語の数字の数え方は数学者にとって有利?不利?

 昨日、外国語のカテゴリーで『フランス語は数が数えられない言語?そんなアホな』という質問をしました。
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1426333

 かえってきた答えは、
http://www.sf.airnet.ne.jp/~ts/language/number/frenchj.html
 このURLだったのですが、このページを見ればわかるように、フランス語の数字の数え方は16進法と60進法の名残を残した10進法で、純粋な10進法に慣れ親しんだ日本人の目にはたいへんユニークな数え方なのです。

 この数え方を知ってか知らずか、東京都知事の石原慎太郎氏が、昨年10月に「フランス語は数を勘定できない言語で、国際語として失格」等と発言し、日本のフランス語関係者から猛反発を食らっているのですが、肝心のフランス語での数字の数え方についての是非はまったく議論がないのです。

 フランスといえば、パスカル、フェルマー、ポアンカレ、フーリエ、、、偉大な数学者も多数いるし、ブルバキって数学者集団も理系人間の間じゃ有名だし、フィールズ賞の受賞者数だって日本人より多いわけですが、そのことと、このフランス語のユニークな数字の数え方に何か関係があるのでしょうか?

 四則演算レベルならフランス語の数え方は確かに有利かな、と思うのですが、高等な数学については???合理的な説明が見つかりません。
 どなたかご存じないでしょうか?

#あとついでに、このようなユニークな数え方の言語は他にあるのかということも知りたいです。

 昨日、外国語のカテゴリーで『フランス語は数が数えられない言語?そんなアホな』という質問をしました。
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1426333

 かえってきた答えは、
http://www.sf.airnet.ne.jp/~ts/language/number/frenchj.html
 このURLだったのですが、このページを見ればわかるように、フランス語の数字の数え方は16進法と60進法の名残を残した10進法で、純粋な10進法に慣れ親しんだ日本人の目にはたいへんユニークな数え方なのです。

 この数え方を知ってか知らず...続きを読む

Aベストアンサー

 フランス語と数学の関係は興味ある話題です。

 数の数え方と数学的思考パターンの関係は
今いちはっきりとは言えないのですが、
フランスから優秀な数学者が出ているのは
教育思想の成果だと思います。


>ブルバキって数学者集団も理系人間の間じゃ有名だし

 グロタンディークもご存知ですよね。彼は
 お父さんがロシア人でお母さんがドイツ人で、
 フランスの学校で初等教育を受け、二十歳くらいのときに
 パリに出て、数学の才能を認められ、アメリカに
渡っています。

 日本の広中さんも、グロタンディークかブルバギ
関連の誰かに出合って、その才能を高く評価
され、国際的に活躍するようになったはずです。

 フランスの教育思想にはきっと、数学の優れた
才能を見出す技が含まれているんですよ。

 フランスは17~18世紀くらいには、科学技術の
点でイギリスなどヨーロッパ諸国に遅れをとって
いたのですが、これではいけないということで
国家規模で数学教育の改革が行われたんです。
ですから特に改革が行われた19世紀以降
優秀な数学者が多く出るようになりました。




 これは勝手な経験則なんですが、
情報量が多いほど、人間の脳は
それをよく理解できるようになる
のではないでしょうか?

 数字から離れますが、日本が戦争に負けた
とき、アメリカ側から、日本は漢字といった
複雑な文字を使っているので、識字率が低いのでは
と指摘され、実体調査が行われたのですが、
結果は比較的簡単な文字を使っているはずの
英語圏より高かったんです。

 数字の話に戻りますが、0から10までの数字の発音を
覚えると、0~99まで発音できるのは
たぶん日本語だけでしょう。

 例えば、11という時、日本語では
10と1の発音を組み合わせるだけですが、
フランス語では1はアン、10はディスですが、11は
個別にオーンズという発音があります。
ドイツ語でも1はアイン、10はツェーンですが
11はエルフと別の読み方があります。
 
 数字の読み方が複雑なところほど数学が
発達しているようにも思えます。



 

 フランス語と数学の関係は興味ある話題です。

 数の数え方と数学的思考パターンの関係は
今いちはっきりとは言えないのですが、
フランスから優秀な数学者が出ているのは
教育思想の成果だと思います。


>ブルバキって数学者集団も理系人間の間じゃ有名だし

 グロタンディークもご存知ですよね。彼は
 お父さんがロシア人でお母さんがドイツ人で、
 フランスの学校で初等教育を受け、二十歳くらいのときに
 パリに出て、数学の才能を認められ、アメリカに
渡っています。

 日本の広...続きを読む

Q受領国司と遥任国司について

 平安時代も中期になると律令制もかなり崩壊に近い状況であり、京官よりも見入りの豊かな国司に任命されるのを望む下級貴族も少なくなかったとか。 

かつて学生だった頃、日本史の授業で「任国に赴任するのが受領国司。赴任せずに名義だけの者が遥任国司」と習った記憶があります。

たとえば藤原摂関家や天皇にごく近い源氏の上流貴族たちが、京官の兼任として守や介(またはその権官)に任命された場合は遥任が前提とされたことでしょう。

しかしそれ以外の某姓の中下流貴族たちはどうだったのでしょうか?

長官である守が受領として国衙で職務についていれば次官の介は在京していても許されたのか、それとも京で主な役目がなければやはり守のように赴任していたのか(しなければならなかったのか)

また守が遥任で介が受領であれば、後任の守は在京していて後任の介がやはり赴任していたのか?

国司補任を紐解くと何人もの国司が同時に着任していたようですが、結局、誰が受領で誰が遥任だったのか、おおよその想像しかできず実態がつかめません。

国司制度の実態についてご存知の方、上記の疑問についてご回答いただければ幸いです。
よろしくおねがいいたします。

 平安時代も中期になると律令制もかなり崩壊に近い状況であり、京官よりも見入りの豊かな国司に任命されるのを望む下級貴族も少なくなかったとか。 

かつて学生だった頃、日本史の授業で「任国に赴任するのが受領国司。赴任せずに名義だけの者が遥任国司」と習った記憶があります。

たとえば藤原摂関家や天皇にごく近い源氏の上流貴族たちが、京官の兼任として守や介(またはその権官)に任命された場合は遥任が前提とされたことでしょう。

しかしそれ以外の某姓の中下流貴族たちはどうだったのでしょうか?

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Aベストアンサー

中下流貴族なら任国に赴任することもごく普通でしょう. 武家の台頭というのもその流れの一環だったような気もする.

余談ですが, 「国司」にも四等官制がしかれており, 日本ではその最下位である目にも決裁権限があったので, 理論上は目だけが任国にいても「国司としての仕事」は滞りなく進めることができます. とはいえ, 「平安中期」にはこの「理論上」が既に崩れていて守ないし介が最終的に決裁していたみたいです.

Q変わった数え方・・・

数の数え方は、いろいろな世界で独特なものがあると思います。

例えば・・・

テニスのポイントは、15→30→40と進みます。
銀行員のお札の数え方は、3枚3枚4枚などで10枚にして区切って数えます。

そんな、普通とは違った数え方をする例を、いろいろと教えて下さい。
数え方についてであれば、何でも結構です。

宜しくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。

1(チー)、2(ニー)、3(スー)、4(シー)、5(ガー)、6(ドゥー)、7(ディン)。 11(ジュイッチー)、 12(ジュニー)、 13(ジュサン)、 14(ジュシー)、 15(ジュガー)、 21(ニジュイッチー)、 31(サンジュイッチー)

これはヒマラヤのふもとブータン国の公用語ゾンカー語による数の数え方です。 ニギミン サンジュシーといえば『私は34才です』となります。 

Q18世紀末ごろのヨーロッパの貴族の価値観について

質問させてください。

今の日本だと、良い大学に入って一流企業に就職して順調に出世して理想の結婚相手をみつけて子供を育てて、というのが一般的な男性の成功した人生だと思うのですが、これが18世紀末ごろの貴族の男性の場合、どういった人生が理想的なのでしょうか?

ヨーロッパといっても広いので、できればスラブ地方あたりの貴族について知りたいのですが、他の地域の情報でも構いません。なるべく当時の価値観が詳しく知りたいです。

調べてみようとしたのですが、なにぶん歴史の調べ物はほとんどしたことがないので、どう調べればいいのか検討がつかなくて……。

アバウトな質問で申し訳ありませんが、回答宜しくお願いします<(_ _)>
また、参考になりそうなサイト、書籍などを提示して貰えましたらとても助かります。

Aベストアンサー

私も「戦争と平和」トルストイの小説またはオードリー・へップバーン主演の映画、http://en.wikipedia.org/wiki/War_and_Peace_%281956_film%29
または、池田理代子の「オルフェイスの窓」の漫画をお薦めします。どちらもナポレオンがロシアを攻め始めた頃のお話(1806~)の話ですが、ヨーロッパの貴族たちはほぼ同じような生活をしていました。「ベルサイユのばら」の漫画も18世紀末のフランスの貴族生活が書かれています。
後は映画「アマデウス」なども同じ頃の貴族生活がでてきます。

1763年頃スラブ地方は当時ベーメン(オーストリア)、オーフェン(ハンガリー王国)でした。

貴族の男子は戦争に行くのが当たり前のような時代で、ヨーロッパの貴族のほとんどが母国語の他にフランス語を話しお互いに交流していました。
そのために家にはフランス人の身分の低い貴族の娘を家庭教師にしたり、子供の頃からピアノやバイオリン、舞踏会のためのダンスを習わされました。学校へ行くのではなく家庭教師を住み込ませていました。
そのほかにも乗馬、フェンシング、射撃など。ちなみに狩は貴族のみに許されたものでした。勿論、馬や猟犬の世話や道具の手入れをする従人はいました。貴族の仕事は領地(荘園)の管理運営でほとんどが世襲制でした。
この頃は貴族の誰もが大学に行くというよりは、彼らたちの中でも優秀な若者や学者や医者、法律家などを志している人しか大学にはいかなかったと思います。大学の数も当時は少なく、大学も一流しかなかったのではないでしょうか、また大学を出たからといっても医者と法律家以外、大学の教授くらいしか就職口は無かったのではないでしょうか。

婚姻はほとんどが貴族同士の婚姻でキリスト教(カトリックや東方聖教会)のため離婚などは出来ませんでした。

回答からは外れますが、19世紀末には日本からもハンガリーの貴族に嫁いだ人がいます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%95%E5%85%89%E5%AD%90

参考URL:http://www.geocities.jp/japan_aristocrat_association/kizoku.html

私も「戦争と平和」トルストイの小説またはオードリー・へップバーン主演の映画、http://en.wikipedia.org/wiki/War_and_Peace_%281956_film%29
または、池田理代子の「オルフェイスの窓」の漫画をお薦めします。どちらもナポレオンがロシアを攻め始めた頃のお話(1806~)の話ですが、ヨーロッパの貴族たちはほぼ同じような生活をしていました。「ベルサイユのばら」の漫画も18世紀末のフランスの貴族生活が書かれています。
後は映画「アマデウス」なども同じ頃の貴族生活がでてきます。

1763年...続きを読む

Q蛸の数え方・単位って

蛸の数え方って、単位は何なんでしょう。数え方がちょっとしたブームになっていて、きになってしかたありません。
  生のたこ、調理済みの蛸など、いろいろかもしれませんが、御存知の方は教えてください。

Aベストアンサー

↓が参考になると思います。

「福島中央テレビ ちょっと便利帳 ものの数え方・助数詞〔た行〕」
http://www.fct.co.jp/benri/kazu/ta.html

記述によると、
 
>一匹、一杯、一盃

とのことです。

Q16世紀のイタリアで、貴族のメイドになるには?

16世紀頃のイタリアで、貴族や上層階級の家のメイドになるためには、どういったルートで仕事を見つけていたのか、ご存じの方は教えて下さい!!

Aベストアンサー

まず、メイドという職業が成立したのはヴィクトリア朝期(19c) の英国です。
なので、16世紀イタリアにはメイドはいません。以上。

・・・というと身も蓋もないので、「家事使用人」と捉えて解説してみます。

古代ギリシア・ローマにおいては、家事使用人は奴隷の仕事でした。
奴隷と言っても、17世紀以降の黒人奴隷のような非人間的な扱いではなく、職業みたいなものでした。(ただし、就職の自由はありませんが)
出身も、親から受け継いだ他、周辺異民族や戦争の捕虜などでした。
中世になると、キリスト教倫理の普及で奴隷という身分は衰退します。
代わりに出てきたのが侍従制度です。
低い身分の帰属がより高い身分の家系に行儀見習いとして奉公にでたりするのが一般的でした。
身分というなは、なにも貴族だけでなく町民や農民の中でも一般的でした。
まぁ、日本史にも出てくる丁稚奉公みたいなものです。

ということで、ルートとしては行儀見習いとして入るか、人を雇うかのどっちかでしょう。
上級階級では前者が多いかもしれませんね。(政治的に)
因みに、16世紀のイタリアは国家として成立していません。
よって、地域によって色々と習慣の違いがあったようです。

ではでは、参考になれば幸いです。

まず、メイドという職業が成立したのはヴィクトリア朝期(19c) の英国です。
なので、16世紀イタリアにはメイドはいません。以上。

・・・というと身も蓋もないので、「家事使用人」と捉えて解説してみます。

古代ギリシア・ローマにおいては、家事使用人は奴隷の仕事でした。
奴隷と言っても、17世紀以降の黒人奴隷のような非人間的な扱いではなく、職業みたいなものでした。(ただし、就職の自由はありませんが)
出身も、親から受け継いだ他、周辺異民族や戦争の捕虜などでした。
中世になると、キリスト...続きを読む


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