純粋な小学4年生の質問にどう答えるかご教授ください。
大昔は皆失業者もなく働いていた。平安時代には貴族のような身分の人がいて働かなくても暮らしていけた。
現代は文化が進んだにも関わらず働きたくても仕事がなくて困っている人が沢山います。しかも暮らしていけない人が大勢います。

これって大昔のほうが豊かであったのかと聞かれて困っています。
平易にどう答えたらいいのか教えてください。お願いします。
この頃は小学生(知人の娘ですが)でも結構考えてるなと思いました。
よろしくお願いします。

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A 回答 (7件)

昔の人は働いて食料を得られなければ即、餓死です。

だから失業者はいませんでした。単純な話です。

現代は、昔手仕事でやっていたものの多くは機械がやってくれるようになり、人手をそこまで必要でなくなりました。
また、暮らしていけない人がいるといっても、昔の人に比べたら豊かさは比較になりません。昔の日本人の暮らしはおそらく、今のアフリカの貧しい国の人々と同レベルだったと思います。

その「極めて豊か」な暮らしを維持するために必要な収入を得られる仕事が減っているということだと思います。人手が足りない分野は今でもたくさんあります。
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平常に平易に説明しているつもりです。



結論から言うと、「昔より今の方が豊か」です。

※小学4年生の子供だと注意しなければいけないのは、ここでの「豊かさ」は、「普通に暮らしていける」人の数だということです。

なぜならば、
(1)今は仕事がなくても暮らしていける人が多くいます。学生・老人・主婦です。

(2)昔は仕事をしていても、貧困で死ぬ人(暮らしていけない人)が多くいます。死亡率などを見ればわかります。
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> 大昔は皆失業者もなく働いていた


その昔は失業という観念がなかったと思います。
ごく一部の人を除いては農民ですよね(中には漁民、狩猟者も含まれますが)
自分で耕すところがあれば、そこで採れた物を食べていればいいわけです。現代のように携帯電話はありませんからお金は掛かりません。
衣類程度は採った物との物々交換で入手できます。
   
翻って今日
> 働きたくても仕事がなくて困っている人が
山奥に入れば耕作放棄地が沢山あります、きちんと話せばほぼ無料で借りることが出来ます。
そこを耕し採れた物を食べていればとりあえず生きていくことは出来ます。しかし現代では衣類だけあれば暮らせるものではないのです、それが文明ですね。
    
現代は生活の豊かさを求める代わりに、心の豊かさを失っているのではないですか?
   
そして自給自足の生活では、芋が収穫できれば朝から晩まで毎日毎日芋ばかりです、
ナスが取れれば来る日も来る日もナスです、それ以外にはないのです。
現代のように飽きた、賞味期限が切れたなどと贅沢はいえません、腐っていなければ食べるのです。
この辺は最近の子供さんにも少し教えてほしいものだと思います、大昔でなくとも終戦直後の田舎ではそのような暮らしでした。

この回答への補足

ご年配(勝手に想像しました)の方に高所からのご意見を頂きありがとうございました。
>>現代は生活の豊かさを求める代わりに、心の豊かさを失っているのではないですか

私もこのご指摘は大変共感できるものです。今は国の経済指標はほとんどGDPでしか判断されていません。人々が真に豊かに生きるためには
心の豊かさを含めた総合的な経済指標を定義するべきだと常に考えていました。経済学者は市民感覚の想像力がないのかとつい愚痴っぽくなります。

>>そして自給自足の生活では、芋が収穫できれば朝から晩まで毎日毎日芋ばかりです、
ナスが取れれば来る日も来る日もナスです、それ以外にはないのです。

大変厳しいお話ですがかっての日本でも村落の単位かそれ以上の大きな地域では物々交換もできたでしょうからここまでのたとえ話は象徴的なお話と思ってお伺いしておきます。ただ貨幣制度が物々交換の効率を究極的に高め経済活動範囲が現在のようにグローバル化し地球全体に広がってしまった今日の不安定経済を考えるとき不便さから不安定さの途中に何かちょうど良い中間点があるのではないかと想像します(勿論それは幻想かも知れませんが)。

我が国の文化は中庸というのがありますが西洋の考え方や理念には常に極限的なものを感じます。何でもお金に換算できるとか、すべての物やサービスは国境を越えて経済活動に組み入れるべきとか、経済活動は完全に自由で国家や国連が企業活動に介入すべきでないとかはその典型的なものといえるかも知れません。

こういった議論ができるのもやはり豊かさとは何かが定義できることが大前提であり、そうでないと経済活動の方向性を決めたり、そのルールを合理的なものにすることはできないような気がいたします。

私は日本の優れた理念や文化は世界にあるいはグローバル社会に通用するものと思っています。なぜなら地球全体を最適化する文化を狭い日本列島の中で数千年にわたって培ってきたからにほかなりません。しかし
世界で我が国の理念を主張していくためにはかっての日本のように自立経済を確立しておくことが絶対条件であり、主張に迫力がありません。少なくとも食糧やエネルギー、医療、福祉、資源(都市鉱山でもよい)、教育については外国頼みでは本来の日本ではないと考えています。
是非ともご意見を頂きますことをお願い申し上げます。

補足日時:2009/05/16 00:45
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どう説明するかは、別にして、大人がちゃんと理解しているかどうか。


人類が自然の動物、作物を採取、狩猟、漁労していたときは、全員労働に参加するし、分配も平等でした。
では、いつから支配するものと支配されるもの、という階級社会がはじまったのか?それは、農耕によって、米・麦など食料の余剰ができてからです。すべての共同体の人間が生きていくのに必要な食糧より、もっと多くの保存可能な主食が、大量に保存できる生産力に達したとき、家族、私有財産、国家が誕生するのです。
中学校の歴史の教科書で習わないか?
古代、中世、近世、近代と古代奴隷制度(アジアは違う?)、封建制、絶対主義、近代市民社会(資本主義社会)。このなかで、資本主義社会までは、地域の共同体で、助け合ってめんどうをみていた。農村から都市へ労働者を追い出したところに、現在の貧困、失業、ホームレスの原因があります。封建的身分制度で、土地に農民をしばりつけた領主(武士)は、農民から税(年貢)を獲ることで、国を経営した。だから、農民を餓死させないように、新田開発、治山治水につとめ、産業振興にも力をいれた。天保の改革を、どの藩もとりくむが、薩摩と長州の財力が、のちに倒幕、明治維新の財源となる。
さて、土地から切り離された、「自由」な労働者は、首をきられたら、その日から死亡へ秒読みがはじまる。これでは、ロシア革命が全世界に広がると心配して、福祉、健康保険、労働時間の短縮(1日8時間労働を世界で初めて実現したのはソビエトロシア)、労働基本権などを整備して、労働者の運動を、革命運動、政権奪取からおさえようとした。

どの時代にも、民衆に愛され慕われる指導者、武将、大名がいます。その人たちの伝記を一緒に読んだり、ドラマでお楽しみください。直江兼続、上杉景勝の関係は、部下と上司の関係、封建的な身分制度をはみだしているようです。いいですね。男の世界。
富山和子「日本の米」を読んでみて下さい。「お米は生きている」のほうが、一緒に読めそうですね。「川は生きている」「道は生きている」「森は生きている」もあわせて読んでみて下さい。

こどもの疑問に真剣に向き合う大人は、少ないです。
「おとなは二度と子どもにはなれない。なるとすれば、もうろくして、子どもじみるのである。しかし、子どもの無邪気さは大人を喜ばせはしないだろうか?そして、大人は、ふたたびより高い段階で、子どもの真実を再生産することに、みずからつとめるべきではないだろうか?」
お役に立てばさいわいです。

この回答への補足

ご経験者のかたにご回答頂き幸せです。大変ありがとうございました。

>>そして、大人は、ふたたびより高い段階で、子どもの真実を再生産することに、みずからつとめるべきではないだろうか?」
この言葉は大変味わい深い言葉です。私も今人間本来の原点に立って
子供の質問に向き合おうとしています。

>>農村から都市へ労働者を追い出したところに、現在の貧困、失業、ホームレスの原因があります。

今の人たちは追い出されたのでしょうか?都会の生活にあこがれ高学歴を身につけて農村を捨てたのではないかと思っていました。むしろ昔は
田分けという言葉があるように、田畑を相続できるのは長男だけで田分けをすれば、共倒れになる。そのため農村部の次男、三男以下、あるいは次女、三女以下は都市部に流れて行ったと理解していました。間違っていたら是非ご指摘ください。17世紀に新たに誕生した江戸、大坂といった巨大都市は当時の都市機能や文化芸術活動を維持するために新しい職種を必要とし地方からの労働力流入を許容できたと考えていました。

つまり昔の人は自分の意志ではなく都会に吸収されて行き、今の人は好んで農村を捨てたと思っています。そして都会の食料を維持するためにかっての農村は必要不可欠であったが、今は食料やエネルギーは外国から低価格で流入してきます。こうなると農村の必要性は薄れ、ますます人が都会へ行かないと生活が成り立たなくなるのではないでしょうか。海外から都会での生活物資を買うためお金は都会や工場で生み出した製品やサービスを海外市場へ販売して獲得したものです。海外の市場が冷え込んだ現在では製品を生み出す必要性が低下して人が余っているのではないかと想像しています。世界の人のため(と思って)に働いていた時代はかっての日本にはなかったわけですから、収入の無くなった都会の人口を養える力は今の農村にはありません。いわば世界の自転車操業
の中でしか成り立たない今の日本に自力で立ち直るのはとても難しいことではないかと考えています。原始社会では自分や家族のためにだけ働いていたのが今や地域や国を越えて誰のために働いているのか解らなく
なるような働き方になってしまい、不要な仕事をお金というバーチャルなもののために盲目的に突っ走った結果だと思われてしょうがありません。家族のため地域のための仕事を役に立っているのが目に見える形で行うのが良いのではないでしょうか。

補足日時:2009/05/15 23:55
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職がない人や貧困に苦しむ人は昔からいます。

日本では大化の改新頃からホームレスが存在したそうです。

※参考:Wikipedia「ホームレス・歴史」
http://bit.ly/jhVp6

「働きたくても仕事がなくて困っている人がたくさんいる」理由は…
1.雇ってくれる会社がない(会社に雇う余裕がない・会社の人間と相性が悪い・etc.)
2.働く技術(能力)がない
3.大病を患っている

就業率(働いている人の割合)に多少の変動はありますが、大昔と状況はあまり変わりません。ただ大昔と大きく異なるのは、昔は国内やアジア地域で自己完結していた経済状況も、現在では全世界を相手にしているので、日本の国内だけではどうしようもできない問題も発生して、倒産する会社や失業する人も増えたりしています。

言葉の障壁がなければ働く機会は増える可能性はありますが、実際は「教育」が伴うので、そう簡単に海外で働くこともできません。
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職が足りないと世間では言われていますが、一方では老人介護の現場や3K的な職場では人材不足で、東南アジアから雇用しているのが現状です。

仮にホームレスをしてでも老人介護はしたくないのでしょうが、先進国では職業選択の自由があります。嫌な仕事はしなくても良いのです。
平安時代などは詳しくありませんが嫌な仕事を階級等によって強制されていたのではないでしょうか?

また就職するにはある程度の教育や訓練や技術が必要です。
そのような教育を受けれない環境に育った人は就職は厳しいでしょうし、発展途上国では事業事態が少ないため就職が厳しいのでしょうが、生きている限りは営みがありますしそれを「仕事」と呼びます。魚を捕ったり木の実を集めたり服を繕いだり。。そう言う意味では仕事をしていない人はいつの時代にもいなかったとも言えます。

この回答への補足

ご回答ありがとうございました。
>>3K的な職場では人材不足で、東南アジアから雇用しているのが現状です。

確かに選ばなければ仕事はありますよね。ただ大学まで出て、つまり親が自分に投資して自分もそれなりに努力して、それに見合う仕事でないと思うから別の世界に踏み出せないのでしょうか。やっぱり生きていく割り切りがないのでしょうね。
介護の仕事を国内で処理できずの海外の人に低賃金で頼るのは情けないし世界中がそうなれば成り立ちませんね。
臓器移植を海外に頼るのに似ていますね。まだ日本は一人前の大人の国にまで成長していないのかも知れません。
>>嫌な仕事を階級等によって強制されていたのではないでしょうか
そうかもしれませんね。本当に必要な仕事なら政府が税金で仕事を作り
高給で募集すれば人は集まるでしょうね。地域社会ならともかく必要な仕事かどうかの判断はすごく難しいと思います。環境問題やごみ問題は
影響が差し迫らないとお金が出ないことも確かですね。
私は現代社会は仕事が世界に遍在してしまって、必要でない人と必要で有りすぎる人が世界中に大勢できてしまったのではないかと思います。急激なグローバル化によって地域単位で見ると仕事の過不足ができたとみるのはいかがでしょうか。ご意見をお聞かせください。

補足日時:2009/05/15 22:57
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需要と供給の関係だと思いますが


仕事は競争です、落ちこぼれも出るのです
経営者はスーパーマンを求めています
そのギャップからでは無いでしょうか
参考まで
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2009/05/15 22:24

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