個人のノートに“雲帰碧洞”ということばが残っておりました。
 恐れ入りますが、このことばがどこにあるものなのかどうかお教えください。
 まったく記憶が呼び起こせなのです。
 なにからとって書き留めたのか。
 (国語のカテでも質問をだしたのですが、直接のご回答はありませんでした。)
  よろしくお願い申しあげます。

A 回答 (2件)

元々が誰の言葉なのかまでは分かりませんでしたが、禅宗で用いられる言葉のようです。



「雲歸碧洞露滴蘭叢」または「雲歸碧洞露滴蘭聚」がひとまとまりの句のようです。

雲は碧洞に帰り、露は蘭叢(蘭聚)に滴つ。
(くもはへきどうにかえり、つゆはらんそう〈らんじゅ〉にしたつ)

と読むのだと思います。
「碧洞」「蘭叢」が具体的な場所や“事柄”を表わすのか、単に「緑の生い茂った洞」や「蘭の密生している場所」を指すのか分かりませんが、禅の言葉であれば、なにがしかを象徴しているような気はします。

前回の国語のカテも見ましたが、回答の文面から推測するに、お茶席の床に掛けられていた言葉のようですので、お茶に縁の深い大徳寺関係の方の言葉かもしれませんね。

もう少し出典を調べて、もし分かりましたらまた回答します。
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この回答へのお礼

 パンダアップルさん、ありがとう御座います。

 雲は碧き大いなる洞に帰り、露は蘭の叢に滴る。
 行くべきところ、帰るところ。それぞれに帰り、往く。
 いいですね。
 “雲”と“露”、そして「碧洞」と「蘭叢」。
 勝手にいろいろに思いを抱いております。
 出典のご調査でのご回答はありがたいのですが、この質問は一先ず締め切り、この後にもまた、いつか愚問を出しますので、どうかその折、お目にふれたら、ご敷衍賜りたくお願い申しあげます。

 ありがとう御座いました。

お礼日時:2009/05/16 07:56

参考ぐらいしかなりませんが、


「雲帰碧洞」中の「碧洞」が何を意味するかですね。
仏教禅であれば「雲帰碧空」が理に合った句だと思いますので、「雲帰碧洞」は仏教禅ではなく道教の句ではないですかね?
道教の一派には「碧洞宗」というのがあります。道教のお寺は険しい山の上にありますから、「雲帰碧洞」でもおかしくはないですね。
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この回答へのお礼

 mmkyさん、いつもありがとう御座います。

 道教には碧洞宗というのがあるのですか、いい名前ですね。
 そういう事まで思いをめぐらせて、お教えくださりましてありがとう御座いました。
 私たちが日本で老荘のイメージで思う道教と、中国での民間の道教とはちょいと様子が、どうも違いますね。
 深遠な道教の言葉かもしれませんね。

 ありがとう御座いました。

お礼日時:2009/05/16 07:48

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・切断されない血管が残存している可能性を意味する
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ここの図が参考になるのではないでしょうか・・・?
◎http://forensic.iwate-med.ac.jp/lectures/newest/node5.html
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●http://www.asahi-net.or.jp/~mg5s-hsgw/siryou/sayama_jiken/igimousitatesyo/kekkon.html
(原決定の前提事実の認定、判断の誤り)
この中に
・切断されない血管が残存している可能性を意味する
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 一つ訊いてもえーか。

「人の道」:
 何でも訊いてみい。
 ここは質問し答えを出す場所や、なんにも遠慮は要らんのや。

問う人:
 あのなー、前から思うとったんやがなぜここには宗教カテがないんや。

「人の道」:
 それを不思議に思うのは当然や。
 他で聞いた話やが以前はここに宗教カテがあったらしい。
 しかしいつの頃からか宗教カテは消えて無くなったと聞いておる。
 そこで宗教カテの住民は行き場を失いこの哲学カテに流れ込んできたちゅー訳や。
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良いお話をいろいろ聞けました。お医者様に相談していらっしゃるということですが、中々どうして、ご立派な司会力だと思います。結局、丸く納めて、いろいろと豊かなお話しになるようにしてしまいました。

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同時に年相応の振る舞いもあろうかとは思います。一般論として思うことを書いているのですが、やはり中年が、自分は純粋無垢で透明な存在です、と言い出したら、カマトトなのかな、と首を傾げます。若い人にこそ、純粋無垢という言葉は相応しいものです。中年ならば、自分の色をしっかりと理解しそれを誇れる人が、魅力的であると思うのです。これは、自分自身を適切に理解していることが成熟だと考えるからです。

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哲学者も言っていますが、「事実=物自体=原光景」を認識することは、人にとって難しいことです。それでもひょんなことで、ふっと醒めて、色の無い原光景が見える瞬間があります。原光景の荒々しさに圧倒された時、美を感じる感覚が生まれます。

さて見方を変えると、人に色があるということは、意見の共有の難しさを示しています。突き詰めれば、同じ色の人同士、近い色の人同士でなければ、感性が通じないということになるからです。同じ傾向の人を探すことは、大切なことだとは思います。しかし一方で、私自身は次のように思います。同じものを見ていても別々の光景が広がってというのも、面白いことではないのか、と。そして「すれ違い」は、言葉の使い方次第で、味わい深いものになるのだと思います。「私と違う。あんたは間違っている」と言えば、ただ不愉快でしかないでしょう。お互いを尊重し、興味を持ち合い、言葉を引き出し合うことができれば、それは友達なのでしょう。

さて、グラスルーツさんにはグラスルーツさんの秋が。おそらく私には私の秋が。別の方には別の秋が。
どうぞ、それぞれのやり方で、それぞれの季節を存分に楽しまれますように。

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