どうにも解せないのです。
思いあたる例としては、1985年の日航機事故、2002年の雪印の偽装事件。
おそらく両者とも、被害者や社会から、社員は、一律して批難を受けますよね。
けれども、原因を考えれば、社員全員が悪いわけではない。
考えようによっては、雪印のケースなら、その後、大きく信頼を失った状態で営業をしなければならない営業職の人も被害者に思える。
被害者からすれば、責任を求める先が必要なのはわかるけれど、同じ会社の人間だからというだけで責めるのはどうにもわからない。
もちろん、それを目の当たりにしたわけではないけれど、雪印のケースでは、営業職の人が辛い思いをしてるのはメディアを通して見ました。
その人は何も悪いことはしてないし、その人が防ぐことができたわけでもないのに、その人を責めても、と思いました。
ただ、その人は悪くないけれど、単純にその営業によって、会社の製品が売れれば、責任を負うべき会社が利益を得ることになるから、良い感じがしないのもあります。
例として書くなら、その直接事件に関わらず同じ会社の社員というだけの営業職の人に責任(法的だけでなく)を求めるものなのか。
そして、その理由というか理屈が知りたいです。
営業職を例にしたのは、社員の中で、一番顧客や社会との接点が多い人だからというだけで、営業職に特化しての責任という意味ではありません。

A 回答 (3件)

質問者さんは社員の立場に立った視点で書かれていますが、


被害を受けたのはお客様です。
お客様の視点に立てば悪者は会社です。
悪い以上、会社が責められます。
雪印の場合、営業員は会社を代表して取引先に商品を売り込み、在庫してもらっているのです。
何も知らされていなかった営業員といえども、会社の不祥事である以上、その責めは回ってきます。

また、「会社の製品が売れれば、責任を負うべき会社が利益を得る」と書かれていますが、その利益のうちから社員は給料・ボーナスを得ているのです。
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それも給料のうちだからです。


営業に限らず、例えば事務職だとしても、会社の看板をショっている以上責任があります。特に顧客と接する機会の多い営業職の場合非難される可能性が高くなります。
1つの例をあげると、あるお客様からクレームの電話を受けたとします。電話を受けた当人になんの落ち度がなくても謝罪しなければなりません。それとおなじです。
ただ、社員の立場をはなれてその人個人に対して非難されるのであれば、それはおかしいと思います。
もう一つ例をあげると、電気店である電化製品を購入したとします。その電化製品が不良だった場合、その電気店にすれば、自分が作ったわけではないからといって、なんの対応もしない事が許されるでしょうか?交換するなり、修理するなり、対応しなければならないのではないでしょうか。
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会社の構成員は、社長から末端に至るまで会社という看板を背負っています。



記者会見で頭を下げるのは会社の代表者(社長とか総務部長)ですし、株主集団訴訟で責任を追及されるのは経営陣です。

構成員のほとんどが直接責任者ではなくても、看板を背負っている者同士、同じく責任を負います。

お客さんの相手をするのが営業員である以上、責められやすくなるのは仕方ないと思います。

この回答への補足

現実はわかります。
わからないのは、それが正論なのかどうか。
雪印の場合、偽装の前に食中毒がありました。
例えば、あなたの身内がその被害にあったとして、会社に責任を求めるのは当然だと思います。
問題は、社員であるけど、全然別の部署だったりする人を批難するのかということです。
そして、批難する場合、どういう理屈なのかということです。

補足日時:2009/05/16 02:57
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