私は今、高校一年です。
今度定期テストがあるのですが、その古典の範囲内で百人一首を暗記しなければなりません。

大概の中学や高校では百人一首を暗記するのでないかと思うのですが、私にはなぜ暗記するのかがわかりません。

百首のなかで好きな首を見つけ、自分なりに理解を深めたりするのはいいと思いますが、
なぜ全て覚えないといけないのでしょうか?

どなたか教えて下さい。

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A 回答 (9件)

百人一首は基本的には多人数で楽しむゲームなので、古典の授業で全部覚えろといわれてもなかなか困難な感じがします。


 我が家ではむかし家族で百人一首を楽しんでいましたが、娘たちは覚えるのが早くすぐに負けるようになりました。
 子供たちが知能的に優れているはずの親に勝てる快感、優越感を味わえるの楽しいことです。たとえば古典の先生を交えて百人一首をして、先生に勝てたら気持ちいいと思いませんか?

 楽しみながら日本古典の基礎知識を学べることを昔の人はよく考えたものです。共通した教養を共有することは、どの国の文化も必要としていることです。
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まず教師に質問してみたら? 指導要領にそう出ているからという答えになるかもしれないけど。



「全て覚えないといけない」ということはないと思います。嫌なら覚えなくていいですよ。高校にも、「行かなければいけない」わけではなくて、「勉強したいから行く」のと同じです。

顧みれば、私も高校の時に暗記したという記憶があります。残念ながら、百人一首のかるた取りをした経験がなかったので、これを機会に覚えてやろうと思いました。ただ、見れば思い出すけど、完全に暗記したかどうかは疑問です。でも、今でも、多少は憶えているのもあります。上の句を聞いたら、何とか下の句が出てくるのもあるし、ヒントがあれば思い出せるのもあるし、といった状況。何十年も経っているけど、若い頃に憶えたものは、記憶が確かだなという気がします。

私が高校に行ったのは、学習するため、より高い知識を求めてのことでした。だから、後の実生活で必要になるとは思えないものでも、科目にあれば学んだし、教えられるものは理解しようとしました。だって、知識を深め、高めるために進学したのですから。10の知識を持っている者が、11の知識の領域の事柄について、必要だとか不要だとか、判断するすべはないでしょう。

振り返って、これまでの人生で全く役に立たなかったと思えることは、山ほどあります。それをいうなら、数学や物理の公式を用いる必要は、卒業後は全くなかったということもいえます。では、無駄であったのか? 人生で無駄なことというものはない、という立場に立てば、無駄ではなかったのかもしれない。でも、「役に立つ」かどうかという視点に立てば、役には立たなかった、と言えるかもしれない。でも、文化とか文明というものは、そうやって「受け継いで」いくものではないでしょうか。どこから何の芽がどう伸びてくるか、それは予測しがたいものもあるのです。

科学技術分野の翻訳をする人が、例えば化学分野のものだとして、英語の能力しか持たない人に翻訳が出来るでしょうか。それが何かの装置のマニュアルとかだったら、危なくて、その装置は使えません。多方面にまたがった知識は、思わぬ時に、思わぬ形で、その潜在力を発揮することだってあるのです。

百人一首に話を戻しますと、和歌という、短い形式ですから、暗記は容易です。おまけに、リズムがあるので、よけいに憶えやすい。技巧的な面もあるけれども、表面の意味だけなら、それほど考えなくても理解できる。これは、かつては遊びを通じて、多くの日本人が共通して「知って」いた、民族的資産です。これを出発点にして、他の短歌作品にも馴染んでいった。自らも歌を詠む人も出てきた。だから、わずか100首の歌を憶えたからどうだというのではなくて、それはまだ出発点に過ぎないということは言えそうに思います。

失礼。作文しちゃいました (^_^)
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http://www8.plala.or.jp/naomichi/
「百人一首の秘密」という本を読んでください。
藤原定家と後鳥羽上皇、朝廷と鎌倉幕府、これらの緊張関係。
百人一首に定家がこめた、東国武士への侮辱を、鎌倉幕府側が知ったとき、定家の首がとぶ、一族全員根絶やしにされる。そんな危険をおかして、後鳥羽上皇への熱い思いをこめて、百首を選定した。
「さあ、解けるものなら解いてみろ」定家の「かぶいた」けんかです。
その、なぞなぞをといたのが、林直道大阪市立大学名誉教授です。
うたがよめないと、恋愛もできません。おかねかして、たのみごと、ことわるとき、重要な政治のかけひき、全部、和歌でやりとりするのです。現代版暗号ですね。ことばどおりの解釈と、うらにかくされた情報、これがわかると、なんでも自由自在。
「いろはうた」「枕詞の秘密」「古事記の暗号」勉強の合間に、頭の体操です。歴史に書かれた勝利者の歴史と、歴史に残らない敗北者の歴史。深みにはまらぬように、お楽しみください。
http://www8.plala.or.jp/naomichi/hyakushu/utaori …
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日本人は、やっぱり百人一首ですね。


日本人があーおれは日本人だったなーと心から納得するのは、やっぱり日本語をしゃべって、日本文化がしっかり身についていると実感する時だと思います。
日本文化は多彩ですが、日本語を成り立たせてきた古代からの文学がもっとも日本的だと思います。
外国では言葉の華として詩文が最も重んじられます。
貴方が大人になって外国人と話す時、日本の代表的な伝統文化の華である百人一首をそらんじたら、絶対尊敬されるでしょう。伝統的な日本文化と結びついた日本人という存在を。
逆に百人一首のひとつも浮かばない日本人は、これが日本人?と疑われるかもしれません。
私は社会に出てから百人一首に親しみはじめましたが、記憶するのは若いときが楽です。
がんばって全首そらんじれるようになってください。
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将来社会に出た時好きな人ばかりいるわけではありません。

嫌な人や怖い人もたくさんいます。しかし嫌な人や怖い人も場合によっては好きな人より大切である場合も多いのです。好きな人のことは努力しなくても自然によくわかってきますがそうでない人のことはよほど自分がきちんと考えていないとゆがんだ理解しかできないものです。面白くない歌ほどなぜこの人はこんな歌を詠んだのだろうというような考え方で勉強してみたらどうでしょうか。
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 生徒が俳句を何個暗記したかをテストして点数を付けることは普通の先生でもできますが、生徒に俳句を詠ませてその文学的才能に点数をつけることは普通の先生には出来ないからです。

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百人一首の丸暗記は当然ながら、古今集、万葉集も暗記してもいいくらいです。

百首を暗記するだけで済んで、むしろ助かってると考えるべきです。

「さしもしらじな燃ゆる想いを」とか「わがみよにふるながめせしまに」とか「むかしはものをおもわざりけり」と聞いて、誰の句で、どういう感情を唄っているのか判る位の教養は日本人としてあるべきだと私は思います。反対に、そんなことも判らない人と話していると、「ああ、この人は日本語の感覚に関してはこの程度なんだな」と思ってしまいます。

見渡せば、花も紅葉も無かりけり、浦の苫屋の秋の夕暮れ

これは新古今ですけど、文字の並び、音のつながりが、もううらぶれた小屋だけがある海辺の夕暮れの姿になっていて、その光景をありありと読んだ者の脳裏に彷彿させるだけでなく、これもまた趣のある風景であると感じさせる句です。こういう情景を写真や絵ではなく、文字で写し取っていることに感動を覚えないでしょうか?

短歌や俳句は日本語を使う私たちにしか理解できない表現手法です。せめて百首丸暗記することで、少しでもそういう感動体験の芽をつかんで欲しいという親心だと受け取ってください。

あなたが今後どんな世界に行きたいかによってその必要性は変わってきますけど、数学や化学だけでなく、こういうことも理解できた方が話題も豊富になるし、目に見えるものごとも少し違って見えてきますし、知らないより得することは多いと思いますよ。ていうか、知識は持ってて損することはありません。"I see the wind, Oh, I see the trees. Everything is clear in my heart." とジョン・レノンは歌いました。何かを知ることで世界は違って見えます。

私のコメントを読んであなたがどう思うか。北風を受けた旅人みたいにコートの襟を閉ざしてしまうか、少しは心を開いてみようと思うか。それによってあなた自身とあなたの将来が変わってくると思います。

高いところからモノを言われたようで反発を感じるかも知れませんが、仕方なく丸暗記するのではなく、その句が意味するところを頭で理解するのではなく、心で感じ取って欲しいと思います。百人一首は伊達に千年近く残ってきた訳じゃありません。必ずあなたの中に何かを残してくれる歴代の芸術作品の一つであると、私は思います。
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自分も小学生の時めちゃくちゃ覚えましたよ~~


強制ではなかったですが、校内で大会があったのでやりがいがありましたね~~~

今思うといい思い出です。

>なぜ全て覚えないといけないのでしょうか?
すべってって大変ですね~
これは教師の裁量によると思います。

ま~百人一首の遊び方がそういう遊び方だからじゃないですか?
ちなみに自分の中・高の時は暗記はなかったですよ。
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百首のなかで好きな首を見つけ、自分なりに理解を深めたりするのはいいと思いますが


>そのきっかけを持ってもらうために暗記させるのではないでしょうか?
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Q百人一首の暗記の意義

こんにちわ。ふと思ったんですが、高校時代、冬休みの
宿題で「百人一首の暗記」というものがありました。
今から考えたら、こんなことをやるくらいなら他の勉強に
時間を割いたらよかったのでは?と思います。
そこで質問なんですが、大学受験という観点から、
百人一首の暗記は果たして意味があるのでしょうか?
(試験で必ず百人一首が出る大学なら話は別ですが)
そんなもん、暗記するくらいなら英単語でも覚えたほうが
はるかにいいし、どうせ古典をやるなら古文単語や助詞の使い方を憶える方がいいと思うのですが。
どなたか答えてくれる方がいらっしゃいましたら
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

>大学受験という観点から、百人一首の暗記は果たして意味があるのでしょうか?

■直接の回答
大学で国文学を専攻するなら、ほぼ必須。現代文学をやるならパスしてもいいけれども、出遅れるでしょう。文系全般レベルなら暗記しておいた方がいいという程度です。理系なら、流す程度。

要は、丸暗記するだけなら、してもしなくてもいいし、和歌の意味や作者のことを調べていき、古文(あるいは日本文学)全般の勉強につなげていくのなら、非常に価値が高いものであるということ。

■個人的な例
私は、百人一首がきっかけで古文が好きになりました。3か月で百首覚えましたが、それが支えになっています。高校では、2年生まで理系に属していましたが、生来の頭の鈍さと努力不足があいまって数学が伸びず、3年生で文系に転向しました。

趣味の世界で暗記していた百人一首のおかげか、古文は・徒然草・枕草子・伊勢物語は中学時代に読破。文系転向時には、すでに土佐日記・源氏物語・平家物語・更級日記・万葉集・伊曽保物語などを読破していました。だれかに強いられたものではなく、単なる趣味です。

現代文学は、小学校~中学校時代に有名どころはほとんど読み終えていました(これは家庭教育の賜。親に感謝。)ので、国語は特に勉強した覚えはないのですが、点が取れる教科の一つでした。

結果的には、私大に進むことになったので、放置していた英語だけ勉強しました。日本史も選択したのですが、考古学・古代史・文化史は古文と同様の趣味があったため点数が取れるので、教科書の政治史部分(個人の好みではどうでもいい分野)を丸暗記するのはそんなに難しくありませんでした。

>そんなもん、暗記するくらいなら英単語でも覚えたほうがはるかにいいし、どうせ古典をやるなら古文単語や助詞の使い方を憶える方がいいと思うのですが。

大学入試のどの部分で点を取るのかは、人それぞれです。私は、国語9割・日本史9割・英語3~4割という予定で受験し、入学後確認したところ、予定通りの点数で合格していました。

放置していた英語については、英単語・英熟語・発音で点を稼ぐためにつまらない暗記(苦手な人間にとってはこうなる)をしましたし、古文の単語や助詞の暗記は、高1の時点でほぼ完了(記憶にないぐらい楽しくできました)していました。

英単語はいやいや覚えたので2年で忘れ、好きで覚えた百人一首は今でも作者名・通釈までほぼ完璧に頭に入っています。できたものとできなかったものには差がありますが、ある意味で、「何でもかんでも暗記してみろ」と課題をもうけてくださった恩師に感謝しています。

単純に考えても、理系に進んだ方は、人並み以上の数学の問題を解いていますし、英文系に進んだ方は、異常な量の英米文学を読破しているでしょう。

関西弁では、「やってなんぼ」と言いますが、やらなければ、役に立つかどうかはだれにも分かりません。

#おまけですが、好きで読んでいた源氏物語の諳んじていた一節が、そのまま就職試験に出て、合格しました。人生の運や縁は、そんなものです。

>大学受験という観点から、百人一首の暗記は果たして意味があるのでしょうか?

■直接の回答
大学で国文学を専攻するなら、ほぼ必須。現代文学をやるならパスしてもいいけれども、出遅れるでしょう。文系全般レベルなら暗記しておいた方がいいという程度です。理系なら、流す程度。

要は、丸暗記するだけなら、してもしなくてもいいし、和歌の意味や作者のことを調べていき、古文(あるいは日本文学)全般の勉強につなげていくのなら、非常に価値が高いものであるということ。

■個人的な例
私は、百人...続きを読む


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