最近、朝のニュースで四年前のJR西日本の被害者について報道されていました。被害に遭い、運良く生きている人で後遺症を負っている人がいました。亡くなった人も後遺症を負って生きている人も、悪い行いをしてきたのでしょうか?何が原因か気になりました。
ご回答願います。

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A 回答 (8件)

事故で亡くなった人、後遺症を負った人、運良く免れた人を、誰が良かった誰が悪かったかは決められません。



日本では毎年3万人以上の人が自殺しており、いっそ事故で亡くなっていたら名誉も保たれ手厚い賠償金で残された家族も安泰だったかも知れない人が、事故に遭わずに別の事情(生活苦、病苦、恋愛関係等)で自分の手で命を絶ち家族も不幸にした人がいるかもしれません。

元衆議院議員の八代英太氏は一介の司会者に過ぎなかったのに、脊髄損傷の事故に遭い車椅子の生活になったことが福祉施策の専門家として国会議員に転身するきっかけとなったわけで、事故に遭わなかったらとても叙勲を受ける身分ではなかったでしょう。

要は現状を受け入れ、起こったことに対し必要以上に悪く捉えないことが大切です。
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ンな訳ないでしょうが。


他の方も仰ってますが、要は不運だっただけです。
JR西日本のいい加減な労務管理に巻き込まれただけです。
被害者の方々は何か悪い行いの罰が当たって
事故にあわれたとでも言われるのですか?
トンチンカンな自己責任論も大概になさいな。
それとも「中途半端に」何かの宗教をかじられたのですか?

せめて「喪の途上にて─大事故遺族の悲哀の研究─」(野田正彰)
「悲しみを超えて─愛する人の死から立ち直るために─」
(キャロル・シュトーダッシャー、福本麻子・訳)
でもお読みなさい。あなたの質問がどれだけ的外れ、かつ
無神経な代物か、少しは分かるでしょうから。
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原因はあほな労務管理をした鉄道会社と、時速120KMであのカーブを、あの車体で飛ばしたあほな運転士にあります。


105名はそのとばっちりを受けただけです。
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そんな事が分かればだれも苦労しませんよ。

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パーリ語の仏典を学んでいます。



生命は無始(始まりが成り立たないほどに過去から)のときから生まれ変わりを繰り返していると説かれます。

皆、五十歩百歩の善業悪業を持っていると。

貴方も私も後遺症を持つかたも、亡くなった方も。
その業の中から一つを使って今世に生まれてきたと。

原因探しはよほどの能力(お釈迦様レベル)が必要なので考えるなともいってますね。

善い心を育めば強い悪業も避けられる可能性がある。
といっても悪業の強さにもよるでしょう。

我々に出来るのは、善く生きること。
善い心を育み・善い行いをし・善い言葉を語ること。
心を清らかにすること。でしょう。

恵まれない境遇を受けている方に
出来る範囲で手を貸すことは善い行為となるでしょう。

自分と他人が善く幸福に暮らせるように精進いたしましょう。
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結局は「時の運」です。


当時あの列車に乗って被害にあった人が居るなら、当然それを回避した人も居るでしょう。
予定より一本前の電車に乗って助かった……
あの列車に乗り遅れて助かった……
また、後ろの4両に乗っていた人も、大体は助かっています。それも、運よく助かったと言えるでしょう。
悪い行いをした云々の話ではなくて、たまたま運悪く被害にあったとしか言えません。ただ、被害にあっていても、生きている実感をかみしめるべきでしょう。それは、それで運が良いと考えることもできますからね。
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 運です。

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よろしくお願いいたします。



変な話とはとられたくないと言うことを承知で
聞いてくださいね。

日本と言う国はもともと
信仰心の本当に篤い区に出なかったかと考えています。

仏教的な書物など読まれてはいかがでしょうか。

ありがとう御座いました。
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