(1)イランと米国は、
(2)イランとイラクは、

なぜ仲良くないのですか?

(3)
アメリカのミシガン州デトロイトあたりに行くと、中東とくに、イランやイラク人が多いです。英語話す若い人たちと全然駄目な老人がいます。すごくたくさんいます。他の州にはないような割合でたくさんいます。なぜですか

A 回答 (1件)

(1)過去の宗主国英国と石油メジャーを抱える米国を中心とする西欧勢力は、イランを独立させる際に由緒のない王政をもってコントロールし様としました。

その後その王政は2度倒されましたが、一回目は西欧側が結束した石油禁輸により復活させ、2度目のホメイニ師の宗教革命後も同様に禁輸等の圧力をかけ、同政権転覆の企てが行なわれました。イラン側も米国大使館占拠等で徹底抗戦し、宗教による結束も在ってか戦争も含む対外圧力に耐え抜いて現在に至っていますので、イラン側は当然米国を敵視しています。
(2)中東地区は回教の影響力が強い地区ですが、回教にはシーア派とスンニー派と言う2代宗派があり、両者は数百年に亘って反目しています。一般的に同地の支配者層はスンニー派が多く、イランの旧パーレビ王もそうでしたが、国民の大多数を占めるシーア派が転覆させました。従ってサウジ等周辺諸国はイラン革命を歓迎せず、前述の米国との反目をも勘案して、スンニー派のフセインがイランに侵略した訳です。その時米国はその侵略を積極支持し、武器等も提供したので当初はイラクは優勢でしたが、結束を乱さなかったイランが人口の多さと宗教心による特攻などで戦局を挽回、イラクは全面撤退に追い込まれました。元々イラク自体も多数のシーア派をスンニー派代表のフセインが押さえ込む形で成立していて、イラン侵攻当時の米国の支持を過信してその後政権浮揚のためクウェート侵攻により自滅して行きました。新国家成立直後に米国の手先となって来たイラクは、イランにとっては米国の次に憎い相手であり、国土の割りに人口が少ないイラクにとってイランは不安の種なので、両国の関係修復も中々進んでいません。
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この回答へのお礼

(1)仲悪いのですね。その後の争う程度や期間の長さが激しすぎると思います。

(2)回教の教徒の行動は、強烈な印象を受けます。気候が厳しいと発想や行動もそうなるのか。砂漠に生きるとあんな風になるのでしょうかね。同じ回教でも、宗派の違いが強烈な争いを生むという、何のための宗教なのかと思います。

だいたいわかりました。大変丁寧にありがとう。

お礼日時:2009/05/18 20:59

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