こんな話をきいたことがあります。
日露戦争のとき、
当初日本は、ロシアの開戦準備に日数がかかるとにらんでいた。
ロシアはシベリア鉄道で極東へ兵站輸送するが、シベリア住民の生活物資を運んでいる上、単線だから貨車の回送があるので輸送力は低い。
 ところが、ロシアはシベリア鉄道で生活物資は一切犠牲にして一方的に軍事物資のみを貨車で送り込んだ上、貨車を回送せず、バラして木材を薪代わりにするという一石二鳥の輸送作戦で短期間で開戦準備した。
 戦争のためなら平気で国民を犠牲にするロシアらしい話ですが、これに関してもっと詳細知りたいのですが・ご存知の人、おしえてください。
・なにか本にでていますか。
・サイトありますか。
・よくご存知の人、おしえてください。
史実なんでしょうか。それとも話におひれがついたんでしょうか。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (3件)

No1です。


先の回答の中で言及した

「明治百年史叢書 機密日露戦史 谷寿夫 著」
(1966年 原書房)
の608ページに元ネタがありました。
なお、この本を読むと随所に「あ、このエピソードは『坂の上の雲』にあったな」と思う元ネタが見つかります。

この本は1925年(大正14年)に当時陸軍大学校教官であった 谷寿夫 歩兵大佐 が執筆したものですが、日露戦争時にアメリカでの宣伝活動のために派遣された金子堅太郎(当時のアメリカ大統領のセオドア・ローズベルトとはハーバード大学の同級生)の「米国での活動記録」と言う趣の章
「第17章 金子堅太郎及び高橋是清の対外活動」
の中に書かれています。

金子堅太郎は大正14年には72歳で健在で、本書の最初の方には
「大正12年に東京所在の陸軍将校たちの招きで講話をした」
とあり、当時としてはかなりの高齢ながら健康で記憶が確かであったようです。
下記の記述は、谷大佐が金子氏にインタビューした内容と推定します。

前提として、
「日露戦争時のロシアの鉄道大臣のヒルコ公爵は、アメリカで鉄道技術を詳細に学んだ人であった。シベリア鉄道の運行は、ロシア政府が雇った多数のアメリカ人鉄道技師に頼っており、機関車、客車、貨車、レールなど、当時のロシアでは十分に製造できない工業製品は専らアメリカから輸入していた」
旨が語られています。

「彼(ヒルコ鉄道大臣)は、モスコーを本営として兵士を汽車にてハルピンに輸送し、而して単線故車輌を返送する時は複雑なので、原野(ハルピン)に整理してその車輌は兵士の宿所、倉庫にこれを充当した。即ち、輸送貨車は戦場において直ちにこれを使用し、腐朽したものは薪炭用に供し、以って追々新貨車を購い、又、之を戦場に輸送する等複線以上の効力を表わした。これがため、我軍の予想は裏切られ、非常に苦戦をした一原因となった。後に至り兒玉大将も其の巧妙なる策略に驚いたのである。」

「米国民は、当時これを覚知していたらしかった。露国では勿論外債を募ってこの鉄道(シベリア鉄道)を利用し、兵士、軍需品等その輸送をほとんど絶つことなく、盛んに米国より貨車、レールを購入した」
    • good
    • 0

司馬遼太郎「坂の上の雲」



>戦争のためなら平気で国民を犠牲にするロシアらしい話
 別にロシアでなくても多くの国で戦時には国民を犠牲にしています。とにかく勝たなくてはなんにもならないのはどこの国でも同じです。

第二次世界大戦の前には将来西のドイツと戦うと予想し、スターリンはジューコフ将軍に託し、関東軍を徹底的に撃破する作戦を建て、一方的に送り大砲、戦車をシベリア鉄道に送り、日満国境のノモンハンで関東軍を大敗させます。
 半藤一利「ノモンハンの夏」
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。日本は南進政策に切り替えたわけですから、スターリンの戦略は正しかったことになります。

お礼日時:2009/06/14 11:18

日露戦争についてロシア側の視点から記述した本は少なくとも日本語では読めないと思います。

ですので、ご質問について「この本を読めば分かる」という資料を提示することは難しいです。

ご質問の中の
「貨車を回送せず、バラして木材を薪代わりにするという一石二鳥の輸送作戦」
については、司馬遼太郎の「坂の上の雲」の記述が一般に広まっていると思われます。司馬氏はこの本の日露戦争に関する部分については
「機密日露戦史」
http://item.rakuten.co.jp/book/1683132/
という本をネタにしているされます。この本は私は未読ですが、そういった内容が記述されている可能性が高いでしょう。

「戦争のためなら平気で国民を犠牲にするロシアらしい話」
ですが、私の知る範囲では、

「坂の上の雲」では分からない日本海海戦
別宮 暖朗 (著)
http://www.amazon.co.jp/dp/4890631844/

の257ページに
(前提として、シベリア鉄道の輸送力は、満洲に展開したロシア軍に全て使われたために、日露戦争の開戦後、旅順要塞が陥落して旅順艦隊が壊滅した頃には)
「シベリアでは、日本による海上封鎖によってカムチャッカからオムスクまで飢餓にみまわれていた」
「特に沿海州は物資が全くなくなり、ヨーロッパロシアへの逃亡者が続出していた」
といったことが書かれております。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。復刻書ですね。9000円とは。。。
「沿海州はヨーロッパロシアへの逃亡者が続出」とありますが、船もなく、鉄道も軍事優先で下り列車しかないなか、何千キロをどうやって逃亡したのか気になります。

お礼日時:2009/06/14 11:16

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q「明治天皇の日露大戦争」と「太平洋戦争とひめゆり舞台」のことで少しでも教えてください

こんばんは。

私は映画が好きですが映画の仕組み、歴史、映画館、配給などの方の興味もいっぱいあります。

先日、大阪にある千日前国際シネマが休館になってしまいました。なんと46年にできた劇場で映画の歴史の1つでした。
シネコンに押されてというより配給会社が単館に良い作品を配給してくれないということで大阪の映画館はほぼ全滅してしまいました。

ちょっと遠かったですが入場料金が¥500円ということもあるし最後の雄姿を見たく行って来ました。

上映作品は「明治天皇と日露大戦争」で日本初のシネマスコープ、初のカラー作品、超大作、新東宝製作配給作品で高島忠夫や丹波哲郎なんかも顔出ししてるんでびっくりしました。制作費は3億だったかしら?

この映画は日本映画史に残る大ヒットとなり続編にあたいする作品が3本できてどれもヒットしたようです。

ヒット理由の大きな点はタブーとされていた天皇を描いたことでしょう。これはショッキングであるしカラー作品、超大作となればみんな見に行きたかったと思います。

新東宝の社長が大蔵社長でいろいろ問題があり大蔵社長は退社になってしまったようですが映画への情熱が強かったのか新しく大蔵映画を立ち上げました。
その1作目が日本で3本しかない?70ミリ作品「太平洋戦争と姫ゆり部隊」(150分)なんとこの映画の戦闘シーンでは戦車がいっぱいでてくるとか・・・
戦車と言えば「戦争と人間」は中国に協力してもらって、「野性の証明」はアメリカに協力してもらって・・・というぐらいで他の邦画で戦車がいっぱい出てくる映画はまったく知りません。
「明治天皇と日露大戦争」と同じような豪華さインパクト、そしてタイトルが「太平洋戦争と姫ゆり部隊」だと今リメイクされても超大作で「男たちの大和」よりも描く舞台が壮大だし「姫ゆり部隊」これはきっと「天皇」と同じぐらいタブーでありながらも興味を持ってしまう歴史でないかと思うんです。

と、ところがこの作品はヒットしなかったようで(私はビデオやテレビでもまだ見る機会がないですが)大蔵映画は撮影所の一部を娯楽施設にし大蔵映画チェーン(劇場)も名だけが残る現在になってしまったようです。

でも大蔵映画は別のジャンルの作品へ生き残る道を見出し今も固定ジャンルの映画を配給しています。

ここまで書きましたが私が一番知りたいのはなぜ「明治天皇と日露大戦」が歴史的なヒットをしたのに「太平洋戦争と姫ゆり部隊」はなぜヒットしなかったかなのです。どんな時代でどんな要因でそうなってしまったのでしょうか?

何かからの情報、推測、ご覧になった方(当時含め)のご意見など是非是非少しでもお聞かせください。

またもしこれらの時代の映画や映画館の状況が読めるような本でもありましたらご紹介ください。

どうぞよろしくお願い致します。

こんばんは。

私は映画が好きですが映画の仕組み、歴史、映画館、配給などの方の興味もいっぱいあります。

先日、大阪にある千日前国際シネマが休館になってしまいました。なんと46年にできた劇場で映画の歴史の1つでした。
シネコンに押されてというより配給会社が単館に良い作品を配給してくれないということで大阪の映画館はほぼ全滅してしまいました。

ちょっと遠かったですが入場料金が¥500円ということもあるし最後の雄姿を見たく行って来ました。

上映作品は「明治天皇と日露大戦争」...続きを読む

Aベストアンサー

 なぜ昭和37年(1962)公開の「太平洋戦争と姫ゆり部隊」がヒットしなかったのか-という質問ですが、それより先の昭和28年(1953)今井正監督の名作「ひめゆりの塔」が大ヒットし好評を博していたからです。監督も小森白という無名の人で、内容も二番煎じ--とあれば、期待できなかったでしょう。私も昭和32年(1957)の「明治天皇と日露戦争」は見ましたが、後者は見に行く気が起りませんでした。
 なお、「…日露戦争」は、わが国初のシネスコ版カラーではありません。「…日露戦争」は昭和32年の4月29日封切ですが、同じ年の同じ4月3日に、東映から「鳳城の花嫁」という映画が公開されており、これが日本初の大型カラー作品です。(この項は、私の手元にある『キネマ旬報』1957年度決算版によります。私は戦後の『キネ旬』各年度決算号をすべて持っています。あなたが熱心なので貸してあげたいくらいですが、不可能ですね)

Q太平洋戦争で、海上輸送路を保持できる、と思い開戦に

太平洋戦争について、太平洋側、すなわち海軍にだけ絞って考えます。
開戦に踏み切る際のシナリオは、次の通り、と思っています。(なお、私は、歴史について、十分な知識を持っているとは思いませんので、かなり誤解している面がある、と思います)
(1)まず、真珠湾を奇襲して、
(2)その後、弱体化したアメリカ海軍と戦い、勝利し、
(3)そして、東南アジアを手中に治め、石油や鉄鋼石などを確保する、
(4)そして、不敗の体制を築き上げる。
ところで、現実では、(1)の真珠湾奇襲は成功しましたが,(2)は、ミッドウェイ海戦にほぼ失敗し、それ以後勝ち目がなくなりました。
しかし、仮に、当初のシナリオどおり、(2)についても成功し、(3)の東南アジアを手中に治めることができた、とします。

質問したいことは、日本は、(3)の東南アジアとの海上輸送路を、最初はともかく、長期に安全に保持できる、と考えていたのでしょうか? 国力に任せて次第に回復してくるはずのアメリカ海軍のリベンジから、日本は、3000km以上の海上路を守ることが、可能だ、と思って、開戦に踏み切ったのでしょうか?

太平洋戦争について、太平洋側、すなわち海軍にだけ絞って考えます。
開戦に踏み切る際のシナリオは、次の通り、と思っています。(なお、私は、歴史について、十分な知識を持っているとは思いませんので、かなり誤解している面がある、と思います)
(1)まず、真珠湾を奇襲して、
(2)その後、弱体化したアメリカ海軍と戦い、勝利し、
(3)そして、東南アジアを手中に治め、石油や鉄鋼石などを確保する、
(4)そして、不敗の体制を築き上げる。
ところで、現実では、(1)の真珠湾奇襲は成功しましたが,(2)は、ミッド...続きを読む

Aベストアンサー

一応海軍では造船能力とひ撃沈数から海上輸送能力の確保は可能という見積もりは提出してますが、実質でっちあげのお手盛り計算です。
結局アメリカに戦争をふっかけられるのは避けられない情勢なので、成功の見込みなど無いまま戦端を開くしかなかったんですよ。

あとは開戦時はドイツが破竹の勢いでヨーロッパを席捲していたので、ドイツがヨーロッパを制し大西洋を挟んでアメリカとにらみ合う体制になれば講和できるだろう、史実ほどの長期戦にはならないだろうと言う甘い願望もあったと思います。

Q明治天皇のいった言葉を教えて

「卿もし死を願うならば、われの世をさりてのちにせよ」
日露戦争が終わった時に明治天皇が乃木希典将領に言った言葉でその中の意味はなんでしょうか。

ご存知の方教えていただけませんか。

Aベストアンサー

 意訳すれば「自殺願望があるみたいだけど、死ぬなら私が死んだ後にしてネ」ってことですよね。
 日露戦争で乃木は旅順ですよね?そこで猪突猛進あるのみの正面攻撃ばかり繰り返して日本軍の死傷者は甚大だったとか。
 そのお詫びとして切腹しようとしたのを止めた言葉じゃないでしょうか。今死ぬんじゃなくて、殉死しろって意味だと思いますが。
 歴史に詳しい方はこのサイトにたくさんいらっしゃるので、その方々待ち(^^)。

Q連合軍はジャングルでどうやって物資を輸送した?

「第二次大戦中、連合軍は大量の自動車を配備し、物資を豊富に輸送できた。いっぽう日本軍は自動車が不足し、人力に頼らざるを得なかったため物資が欠乏した。」
と太平洋戦争の本には良く書いてあります。
 しかし太平洋戦争で戦場になったのは、道路が殆ど整備されていない険しいジャングルや孤島だったはずです。こんな所に大量のトラックを持ってきても使いものにならないのではないでしょうか?実際大量の物資を連合軍はどうやって輸送していたのでしょうか?

P.S.・・・特に不思議なのがビルマ戦線です。ビルマからインドへの道は険しい密林山岳地帯であり、牛や人力による日本軍の補給は困難を極めインパール作戦は失敗しました。しかし翌年になると英軍の大部隊がインドからビルマへ進撃してきました。戦車も沢山居たそうです。どうやって持ってきたのでしょう?

Aベストアンサー

補給、兵站部門に関心を持たれることは素晴らしいことだと思います。どんな精鋭部隊もそれを支える兵站部門がおろそかならその力を発揮することができません。

さて、その兵站部門の質と量の差が出たのが太平洋戦争であったといえると思います。他の方も回答していますが、連合軍側は部隊が進出するとブルドーザーやら何やらを使って道路を整備したのです。
よく「日本軍はスコップやもっこで手作業で整備し、アメリカ軍はブルドーザーで整備した」といわれますが、それは厳密には正しくありません。日本軍ももちろんブルドーザーを持っていましたし、持っていればそれを使っていました。ただ、その数が少なく性能も低かったのです。
日本製のブルドーザーとアメリカ製のブルドーザーの性能を比較すると、比較しては可哀想というほど格差があったのです。理由は割と簡単で、エンジンの馬力が違いすぎるのです。当時の日本では馬力があるエンジンが作れなかったんですよ、単純に。
だから高性能のブルドーザーを数を用意してがんがん使えばそりゃ道もどんどんできます。その反省があるから戦後の日本は土木技術に心血を注いだのですよ。いやホント。

それでもビルマ戦線では連合軍は苦労しました。あるとき、将軍が飛行機から戦地を視察しました。窓から風景を見て、傍らのパイロットに「あの川は何川か」と尋ねたそうです。パイロットの返答は「あれは、ハイウェイですぜ」だったそうです。頑張って道路を整備しても、熱帯気候の激しい雨で損害を受けることが多かったようです。そのため、輸送機を使って空からパラシュートで補給を支えたのです。

また太平洋戦線の南の島でも、アメリカ軍は大量のトラックを投入しました。しかし暑さと潮風で故障率が高く、経験的に「規定の半分しか持たない」となっていたそうです。つまり10万キロで壊れる部品なら5万キロしか持たないってこと。太平洋諸島での戦いでアメリカ軍従軍記者が残した写真には、壊れて捨てられたトラックがよく写っていますよ。
それでもあの大量の物資が維持できたのは、それだけ大量のトラックが供給できたってことですよいわせんな恥ずかしい。既に当時アメリカでは運転免許を持っているのは常識だったので誰でも車は運転できたし、車社会だったので整備士も大量にいました。前の質問でも書いたけど、アメリカの自動車生産台数は200万台とドイツの27万台、イギリスの34万台を圧倒しています。これだって平時の生産台数で、戦時体制(しかもこれだってアメリカは本当の本気を出していない)になったらとんでもない生産能力を見せたのです。
その生産能力がどんなものだったか、私も手元に資料を持っていないのですが、とりあえずいえることは「イギリスとソ連があんまりトラックを生産しなくていいほど供与して、中国やらどこやらあちこちにも供与して、自軍の膨大な軍隊を維持した」ほどの数だということです。

なお、GHQから払い下げられた軍用トラックを土木現場で使ったことがあるという人から聞いた話なのですが、もう50年以上経っているのに軍用に作られたからとにかく頑丈で荒っぽく使っても壊れず、また壊れても昔の車なので構造が単純で工業高校レベルでも整備ができるからすぐ直せるし、直せば使える。馬力もあって現場で荒っぽく使うには文句なかったそうですよ。

補給、兵站部門に関心を持たれることは素晴らしいことだと思います。どんな精鋭部隊もそれを支える兵站部門がおろそかならその力を発揮することができません。

さて、その兵站部門の質と量の差が出たのが太平洋戦争であったといえると思います。他の方も回答していますが、連合軍側は部隊が進出するとブルドーザーやら何やらを使って道路を整備したのです。
よく「日本軍はスコップやもっこで手作業で整備し、アメリカ軍はブルドーザーで整備した」といわれますが、それは厳密には正しくありません。日本軍ももち...続きを読む

Q私の尊敬する歴史上の人物は「明治天皇」。変ですか?

私の尊敬する歴史上の人物は「明治天皇」。変ですか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E6%B2%BB%E5%A4%A9%E7%9A%87
「尊敬する歴史上の人物は?」と聞かれたら、私は「明治天皇」と答えます。
「明治天皇って何した人?」と言われたら、別に何もしてません。
「明治天皇ってどんな人?」と言われたら、分かりません。
なんとなく、「つよくてえらくてかっこいい人」というイメージです。

明治天皇は何か技術を発明したわけでもなく、また日露戦争の戦略を立てた
わけでもありません。
明治時代とは、幕府の滅亡から始まり、驚愕的な勢いで欧米と方を並べる
近代国家へと急成長したという、世界史上類を見ない稀有な時代です。
明治天皇は日本の近代化の象徴と言われており、明治天皇に対する敬意とは、
イコール明治時代の日本人に対する敬意だと私は考えております。

(ちなみに私は特に偏った教育を受けたわけでは、変な団体に所属しているわけ
ではありません。)

私の尊敬する歴史上の人物は、私が何も知らない「明治天皇」。
こんな私は変わってますか?

私の尊敬する歴史上の人物は「明治天皇」。変ですか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E6%B2%BB%E5%A4%A9%E7%9A%87
「尊敬する歴史上の人物は?」と聞かれたら、私は「明治天皇」と答えます。
「明治天皇って何した人?」と言われたら、別に何もしてません。
「明治天皇ってどんな人?」と言われたら、分かりません。
なんとなく、「つよくてえらくてかっこいい人」というイメージです。

明治天皇は何か技術を発明したわけでもなく、また日露戦争の戦略を立てた
わけでもありません。
明治時代とは、...続きを読む

Aベストアンサー

実はスキャンダルなんかもあるかたですが^^;

お酒も好きで、山岡鉄舟なんかと飲んで雑魚寝するような人間味もあり、私も好きです。少なくとも国家と国民を考えるまっとうな君主であることは確かです。明治大帝と呼ばれるように、世界史的、歴史的には国威の発揚という点においては歴代天皇中のダントツ一位でしょう。

まあ、質問は明治帝のことではなく、その業績をよく知らないのに好きな私は変でしょうかということですので、そちらについて言えば、積極的に肯定はしませんが、変だとは言えないでしょう。

そもそも、だれのことを好きになろうと、ほんとうにその人物を知っているかどうかは不明です。偉人にしろアイドルにしろほんとうに知っているかと言われれば、知らないことのほうが圧倒的に多く、知っていると思っていることでも、思い込みや創作されたものだったりしますからね。

明治帝のファンは、北欧や中国以外のアジアに結構多くいるようですが、彼らの知っていることと言えば、世界ではじめて近代白人国家(ロシア)を負かした有色人種の王という点だけでしょう。あなたと何も違わないとおもいます^^。

実はスキャンダルなんかもあるかたですが^^;

お酒も好きで、山岡鉄舟なんかと飲んで雑魚寝するような人間味もあり、私も好きです。少なくとも国家と国民を考えるまっとうな君主であることは確かです。明治大帝と呼ばれるように、世界史的、歴史的には国威の発揚という点においては歴代天皇中のダントツ一位でしょう。

まあ、質問は明治帝のことではなく、その業績をよく知らないのに好きな私は変でしょうかということですので、そちらについて言えば、積極的に肯定はしませんが、変だとは言えないでしょう。
...続きを読む

Qイギリスのシベリア鉄道警戒

イギリスはロシアがシベリア鉄道を建設し東アジアに進出するのを警戒していましたが、それは一体なぜですか?

Aベストアンサー

あ、意外と簡単です。シベリア鉄道の運営が軌道にのると、ヨローッパ・ロシアの陸軍主力をロシア国内、自由に動かせるようになりますよね。中央アジア方面へも。

地図を見てください。ロシアはすぐ南下にあるアフガニスタンさえおさえてしまえば、大英帝国最大の海外拠点、インドを、ロシア本国から陸軍で直撃できます。
海上交通路を使うことなしにインドを攻撃できるロシアに対して、英国は防衛のための陸軍を海路で輸送しなくてはなりません。しかも、守るべき植民地は他にも世界中にあります。
英国はこれを警戒していたのです。

だから(以下蛇足)、英国も先手を打ってインドからロシアの進撃路になるアフガニスタンを占領しようとして、非常に苦労しています。シャーロック・ホームズの相棒であるワトソン先生はこの第二次アフガン紛争で軍医としてアフガンにいたのですが、重症を負って帰国する羽目になり、下宿を探していたら、友人の紹介で、ホームズと出会い、ルーム・シェアすることになったわけです。

Qタイトルを教えてください。日露戦争の映画です

23年位前、夜中に放送されていた日露戦争をテーマにした映画なのですが(当時深夜放送だったことを考慮すると、それより数年は前に作られた映画だと思います)

日露戦争の映画

1.序盤、一部に見られる「太平洋戦争」の映画とまったく同じで、
勝ち目のない戦争を、なんとか回避しようと必死で和平工作を探るものの、最終的に開戦やむなしの結論に至るシーンで始まる

2.明治天皇が主役(か準主役?)で、戦争で困窮する国民を心配するシーンがちらほら、あったような、なかったような
203高地(?)での戦死者名簿を何時間も目を通し、この部隊には山田という苗字が多いとか田中が多いとか呟く
前線の兵士と同じ食事をわざわざ用意させてそれを毎日食べるのでそのことを心配する側近たち

3.ラストは、連合艦隊とバルチック艦隊との海戦
海戦中のシーンで、
指揮官(?):「見ろ、お前の撃った砲弾が当たったぞ!」
砲手(重傷):「バ、バンザーイー、連合艦隊バンザーイ!!」
直後「軍艦マーチ」のBGMが流れ始める

4.映画の最後に明治天皇が詠んだ平和を尊ぶ和歌(だったと思う)が詠まれて終わり

うろ覚えなので、一部違っている部分もあるかもしれませんが、よろしくお願いします

23年位前、夜中に放送されていた日露戦争をテーマにした映画なのですが(当時深夜放送だったことを考慮すると、それより数年は前に作られた映画だと思います)

日露戦争の映画

1.序盤、一部に見られる「太平洋戦争」の映画とまったく同じで、
勝ち目のない戦争を、なんとか回避しようと必死で和平工作を探るものの、最終的に開戦やむなしの結論に至るシーンで始まる

2.明治天皇が主役(か準主役?)で、戦争で困窮する国民を心配するシーンがちらほら、あったような、なかったような
203高地...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは
私は未見ですがもしかしたら「明治天皇と日露大戦争」でしょうか?↓

http://www.walkerplus.com/movie/kinejun/index.cgi?ctl=each&id=25266

http://210.165.9.64/langberg/e/27d901cb6a028076684296f2bfcfe8a4

違ってたらごめんなさい。

http://www.amazon.co.jp/%E6%98%8E%E6%B2%BB%E5%A4%A9%E7%9A%87%E3%81%A8%E6%97%A5%E9%9C%B2%E5%A4%A7%E6%88%A6%E4%BA%89-%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E9%82%A6%E7%94%B7/dp/B0009RJF96

参考URL:http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=87305

Qアヘン戦争では、貿易の自由を主張して開戦しましたが、これって自由貿易っ

アヘン戦争では、貿易の自由を主張して開戦しましたが、これって自由貿易って言えるんですかね?
教えて下さい。

Aベストアンサー

禁制品を輸出するのを自由貿易とは言わないと思います。

阿片戦争の経緯は↓の動画で

清国としては、朝貢してくる外国に、褒美を下賜しているのであって、
貿易をしているという意識はありませんでした。
(当時の清国には、対等な立場の外国が存在するという概念はありません。)
清国からすれば、イギリスが紅茶中毒になったのは自業自得で、
清国としては、茶葉が欲しいなら売るけど、清国がそれで何か義務を負う必要はなく、
イギリスが自由貿易を主張するのは勝手ですが、
それによる利益を捨ててでも、拒否するのも主権国家の自由ということです。
とどのつまり、内需だけで経済回っているので、別にそこまでする必要はない。
ということでした。

それでは困るイギリスが、阿片を持ち込んだのが、アヘン戦争のはじまりです。
しかしあの時代でも、一方的な都合で戦争を仕掛けては、国民は納得しません。
開戦派は、その為に自由貿易という言い訳を使ったに過ぎません。
正義のない戦争では、兵士の士気にも関わりますし、
他国に非難する隙を与えると、外交にも影響します。

http://www.youtube.com/watch?v=DTfxbyGf6Cs

禁制品を輸出するのを自由貿易とは言わないと思います。

阿片戦争の経緯は↓の動画で

清国としては、朝貢してくる外国に、褒美を下賜しているのであって、
貿易をしているという意識はありませんでした。
(当時の清国には、対等な立場の外国が存在するという概念はありません。)
清国からすれば、イギリスが紅茶中毒になったのは自業自得で、
清国としては、茶葉が欲しいなら売るけど、清国がそれで何か義務を負う必要はなく、
イギリスが自由貿易を主張するのは勝手ですが、
それによる利益を捨ててでも、拒否...続きを読む

Qレーニンは、日露戦争をどのように見ましたか?

レーニンは、日露戦争をどのように見ましたか?

1905年に日露戦争はロシア帝国の敗北により終結しました。
これ以降、ロシア帝国は弱体化に拍車がかかり、ロシア革命の遠因に
なったとされています。
さて、革命の父と言えばレーニンですが、レーニンはこの日露戦争を
どのように評価しているのでしょうか?
日露戦争に対して、レーニンはどんなコメントをしていますか?

Aベストアンサー

レーニンは日露戦争が開戦した直後からその戦争期間中はもちろん、終戦後に亘り多くの論文や演説を残しています。その量は相当なものでほとんどはレーニン全集に納められてはいますが、まともに研究するなら独立した一冊の本が出来るほどです。

 ということでレーニンの詳細なコメントを含めた回答は不可能ですので、ざくっとした回答でお茶を濁らさせてもらいます。

 レーニンの日露戦争観は当時の日本を取り巻く諸国の知識人とはかなり違ったもので、中国や朝鮮のように小国が列強大国を見事に打ち破ったことに対して、無邪気に喜ぶというものではありませんでした。同時に反政府的思想を持っていたにもかかわらず、敗北という現実の前に止めようのないナショナリズムが湧いてきた、トルストイのような複雑な感情も持ち合わせてはいませんでした。

 レーニンは日露戦争開戦直後からこの戦争の本質と推移、そして戦後の変革を冷静に見つめ、これをいかに自己の思想闘争に活かし、なおかつ利用しようかということを分析し研究していたといってもよいでしょう。

 日露戦争は当時のヨーロッパやアメリカのインテリゲンチャと同じく、弱小国対強大国の戦いといった単純な見方ではなく、帝国主義的的植民地主義者たちの闘争であって、アメリカやヨーロッパ諸国の反動的ブルジョアジーたちの間に将来起こりうるであろう、新しい形の戦争の初期段階的なものであるとみなしていました。

 日露戦争開戦直後の小規模な戦闘でロシア軍が敗北を続けたとき、ロシア社会主義民主労働党中央委員会での労働者への呼びかけの中の一節です。
「戦争が始まった。日本人はすでにロシア軍に一連の敗北をもたらし、いまやツァー政府はこれらの敗北復讐を果たすために全力を注いでいる」とし、これらの結果がロシア人労働者、農民たちに新たな苦難を招き、人民やその家族に大きな惨禍をもたらし、さらなる税の過大なる負担を強いるであろう、と続けています。

 そしてレーニンはそこにツァー政府の将来的な破滅と崩壊を予想し、革命の実現という現実的な姿を見たのです。

 レーニンは前述したように戦争中、各戦闘の経過と結果について詳細に分析・研究を行っています。そしてその結果の原因の主なものに必ずツァー政府における官僚や軍人の腐敗性と、農民大衆の無教養や無気力などを挙げて、「露日戦争の仮借ない教訓によって、惰眠をむさぼるだけの広範な農民大衆を目覚めさせる」と結んで、巧妙にアジテートしています。

 さらにレーニンは機に乗じて日本をたくみに利用しており、あるときは帝国主義者、あるときは進歩的勢力と呼び、自身のイデオローグに効果的に組み込んでいる点でもしたたかな人物でした。

 日露戦争に関してのコメントしての集大成というなら、「新しい大戦争、専制制度に立ち向かう人民の戦い、自由を求めるプロレタリアートの戦争が近づいていることを意味していることに、この戦争の全世界的・歴史的意味がある」というのが、最もふさわしいかもしれません。

レーニンは日露戦争が開戦した直後からその戦争期間中はもちろん、終戦後に亘り多くの論文や演説を残しています。その量は相当なものでほとんどはレーニン全集に納められてはいますが、まともに研究するなら独立した一冊の本が出来るほどです。

 ということでレーニンの詳細なコメントを含めた回答は不可能ですので、ざくっとした回答でお茶を濁らさせてもらいます。

 レーニンの日露戦争観は当時の日本を取り巻く諸国の知識人とはかなり違ったもので、中国や朝鮮のように小国が列強大国を見事に打ち破ったこ...続きを読む

Q開戦権の条件はなんでしょうか?また、開戦権の行使なくして、交戦権はあり得ませんか?

戦争権における、開戦権の条件はなんでしょうか?
開戦権は、形成権として、その国が、勝手に、国権の発動としての
宣戦布告をすれば、認められる権利だと思われますが、
その開戦権が認められるには、条件が何かありますか?
例えば、
・宣戦布告をしなければならないとか・・・

また、その開戦権を行使せずして、交戦権は認められる権利でしょうか?
交戦権には、他国への侵略・兵士の殺傷も認められていますが、
開戦権の行使なくして、交戦権は認められるのかどうかで、
非合法的な侵略行為と認定されるようなことも多々あると思われます。
どうか、ご存知の方、是非、アドバイス願います。

開戦権の条件と、交戦権が成立する条件です。
よろしくです。

Aベストアンサー

戦争非合法化の明文規定の有無ですが、簡単なようで難しい問題です。

明文規定は、おっしゃるパリ不戦条約の他いろんなものがありますが、明確な転換点を形成したものと言えば、やはり国連憲章ではないでしょうか?

ただし、1の回答とも重なりますが、侵略を防止するのが国連憲章の目的です。それを保障するものとして考え出されたのが、集団安全保障体制です。簡単に言えば、先に手を出したものは集団リンチされるということです。その場合の武力行使は合法なのです。
人を殺したら、死刑になるのとよく似た「矛盾」ですね。でも大切なのは、侵略をなくすことです。武力そのものを毛嫌いすることではありません。

とはいえ、以上はあくまで理論的な問題です。
どんな場合が侵略なのか?誰が認定するのか?超大国やその同盟国が侵略した場合はどうするのか?とうい現実的な問題も残ってます。

また、国連が世界のすべてなのか?少し小競り合いがあっただけなのに、全土を占領の上、憲法や政治制度まで変えるような制裁ではどっちが侵略なのか分からない(イラクのフセインはそういうでしょうし、日本の「侵略戦争」だって「防衛戦争」と言う人もいます。)等という、そもそも論もありますよね。

そういう意味で明文されたものはあるけど、法的拘束力を持つ、あるいは正統性のある規定と言えるのかは曖昧です。

戦争非合法化の明文規定の有無ですが、簡単なようで難しい問題です。

明文規定は、おっしゃるパリ不戦条約の他いろんなものがありますが、明確な転換点を形成したものと言えば、やはり国連憲章ではないでしょうか?

ただし、1の回答とも重なりますが、侵略を防止するのが国連憲章の目的です。それを保障するものとして考え出されたのが、集団安全保障体制です。簡単に言えば、先に手を出したものは集団リンチされるということです。その場合の武力行使は合法なのです。
人を殺したら、死刑になるのとよく...続きを読む


人気Q&Aランキング