ホームシック、あるいはノスタルジー(郷愁)という感覚についてなのですが、どういう原因でこういうことが起こるのでしょうか。

私なりの体験なのですが、小学校のとき転校しました。そのとき前の小学校のほうが明らかに、すべてにおいてよかったのです。生徒の質、給食の味、設備、地域の雰囲気、その他諸々、いいところばかりでした。
そこで、当然郷愁のようなものがおきました。

でも、もしこれが逆だったらどうなるのでしょうか。前の学校はアレはなんだったんだ?ということになりますよね。ぜんぜん郷愁などというものはおきないのではないでしょうか?

これを一般化して、結局世に言うホームシックというもの、それは前いたところが今よりもいい、好きであったということに由来するものではないでしょうか。

それはもちろん、もっと一般化すると、人の幸せというものについても当てはまるのではないでしょうか。今が幸せならば、過去の不幸を笑える。でも、その逆ならば、必然的に気持ちは後ろに引っ張られる。

そのように考えるのですが、どういう感じでしょうか?

A 回答 (1件)

人は慣れ親しんだものに安心感を覚えます。



新たな土地へ引っ越した場合、景色、文化、周囲の人々・・・全てが新しい(異質)なものとして認識されます。これが得体の知れないものとして不安を煽ることになります。

逆のパターンで住めば都という言葉もあります。新たな土地であっても、時が過ぎて慣れ親しめば、かつて住んでいた土地よりも愛着がわき、安心感が生まれます。経験的には住んだ年数よりもその土地の人たちとの関わりの深さで思い入れができてくるような気がします。

関東から関西に移り住みましたが、引っ越した当初は、文化、地元の人の関わりなど、異質なものが多く、長く住んだらおかしくなるのではないかと、故郷を思う気持ちが日に日に強くなっていきました。ただ、10年も住むと、別の視点からその土地を見ることができるようになり、今では関東は懐かしいと思うものの、愛着の湧いてきた関西から離れることは想像できなくなってきました。

キーワードは、「慣れ」と「安心感」と「思い入れ」といったところでしょうか。
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この回答へのお礼

参考になります。
いろいろな気持ちの要素が入ってくるものですね。
関西は私も好きですよ(関東の人間ですが)

お礼日時:2009/05/20 08:21

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Q単なるホームシックでしょうか?涙が止まりません

長文失礼します。4月に上京した大学生です。
第一志望だった大学は自分の思い描いていた通りで、友人にも恵まれ、部活で新しいスポーツにも取り組み、勉強もがんばれて非常に充実した生活を送っていました。

もともと一人で静かにしているのを好むタイプなので一人暮らし自体は苦でなく、毎日の自炊を楽しみ、趣味の時間も十分にとっていたのでむしろ一人の生活を楽しんでいました。


しかし夏休みから部活は本格的な練習に入り、バイトも始めたためくたくたになって帰る日が増えてきました。精神的にも肉体的にも疲れて帰っても、電気をつけて出迎えて労わってくれる人がいない。それが寂しいと感じ始めました。

初めは自分で気持ちを切り替えてきました。きついと思った日は無理して自炊せず好きなものを外で買ってこようと決めたり、友人を家に招いて寂しい気持ちを晴らしたりしました。多少気持ちが沈んでしまっても一時的なものだろうと思っていました。しかし感情の起伏の激しさは治まりませんでした。


そして昨日までの10日間実家に帰省しました。久しぶりの家族と家はとても心地よかったです。自分が一番自然体でいられるのが家族の前なのでとてもリラックスできました。しかし東京へ戻る日が近づくにつれ不安定になり最後の3日は声を殺しながら泣いて寝ました。自分でもここまでホームシックになっているとは思っていなかったので涙が止まらないことに驚きました。出発の日は油断するとまた涙があふれそうだったので必死に我慢していました。それでも空港の保安検査場に入る直前に涙が止まらなくなってしまい、とうとう振り返って両親に手を振ることもできずに飛行機に乗ってしまいました。それから飛行機に乗っている間中涙が止まりませんでした。

先にも述べたようにわたしは一人でいるのを好むタイプでそれは家族もよく知っています。なので今さら寂しいなど言えず、ましてや涙を見せることができなかったのです。


「家が恋しい」というのが涙が止まらず気分が重い一番の原因だと自分では思っています。しかしその根本に「部活」もあるのです。

部活の仲間・先輩はとてもいい人たちで、スポーツ経験の乏しい私ですがなんとか今までついてこられました。ただ1つネックなのが本格的な部活のため夏は一切帰省できないということです。今回は祖父の初盆のため特別に帰省させてもらいましたが来年はできません。他の長期休暇に関してもそれほど多く休みは取れないと思います。

それを思うといっそのこと部活をやめて長期休暇はたっぷり里帰りに充てたいと思うようになってきました。以前から何度か(それほど深刻にではありませんが)きついのでやめたいなぁと思うことはありました。その気持ちに加え今回のホームシックの件でさらに部活を辞めたいと思うようになってしまいました。部活を辞めることがホームシックを治す直接の解決策になるかは自分でもわかりません。ただ肉体的にも精神的にも休まる時間が増えるのではないかと思ってしまいます。


今までこんなことなかったため自分でもどうすればよいのか分からなくなってしまいました。長々となってしまいましたがなにかアドバイスがあればお願いします。

長文失礼します。4月に上京した大学生です。
第一志望だった大学は自分の思い描いていた通りで、友人にも恵まれ、部活で新しいスポーツにも取り組み、勉強もがんばれて非常に充実した生活を送っていました。

もともと一人で静かにしているのを好むタイプなので一人暮らし自体は苦でなく、毎日の自炊を楽しみ、趣味の時間も十分にとっていたのでむしろ一人の生活を楽しんでいました。


しかし夏休みから部活は本格的な練習に入り、バイトも始めたためくたくたになって帰る日が増えてきました。精神的にも肉体的に...続きを読む

Aベストアンサー

ホームシックとは少し違うんじゃないかな?。
ホームシックは「家に帰りたい」と願い続けることであり、家に帰ったあとも、戻るのが寂しいといって泣いてしまうのはホームシックじゃないと思うよ。

一人の生活は快適だし、自由時間も作りやすいけど、時間の割り振りをするのも自分だから、それに追いかけられてしまうと辛いよね。
自分がコントロールしてるつもりで、いつの間にか自分が追いかけられてる…時間に追いかけられるように過ごしがちなのは、実は親との同居より、一人暮らしのほうがその傾向が強い。
同居する生活は、相手との兼ね合いを考えながら行動するから、無意識のうちに適当にリセットされてるんだ。
途中で「思考」が強制終了されてる…リセットされるから、かえって安定するんだよね。

一人だけの行動が好きなのと、一人暮らしって言うのは、根本的に違うんだよね。
私もそうだったからわかるけど、一人暮らしはいつも何かに追いかけられている気がした。
君の場合、楽しみたいことが多いのはいいんだけど、少し多すぎるみたい。
無理しないで部活は辞めて、その時間を「一人でのんびりする時間」にあてたほうが良いと思う。

ホームシックとは少し違うんじゃないかな?。
ホームシックは「家に帰りたい」と願い続けることであり、家に帰ったあとも、戻るのが寂しいといって泣いてしまうのはホームシックじゃないと思うよ。

一人の生活は快適だし、自由時間も作りやすいけど、時間の割り振りをするのも自分だから、それに追いかけられてしまうと辛いよね。
自分がコントロールしてるつもりで、いつの間にか自分が追いかけられてる…時間に追いかけられるように過ごしがちなのは、実は親との同居より、一人暮らしのほうがその傾向が強い。
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Q必然なんてものは何一つない

必然なんてものは何一つない
どんな出会いもどんな出来事もただの偶然にすぎないと その結論に帰結しました。
必然論は 出来事に何かしらの意味を見い出さないと あまりに辛い出来事や理不尽な出来事にひたすら不幸をかみしめるしかないからだと思う。起こることは必然などと考えているのは自己欺瞞であり、惨めな慰めでしかないように思える。

皆様はどう考えるか?

Aベストアンサー

同意見です。
具体的には下記です。

何故、運の強い人、弱い人がいるのか?
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa5514257.html

の、No.13の私の回答から引用します。

> 私が学生の頃、周囲ではいたずらに蟻を踏み潰したり、あるいは生きた蝶を動けなくして蟻の巣の穴の近くに置いたりと残酷な遊びで楽しんでいました(ちなみに自分はそうした行為に引いていたので加わりませんでしたが)。
> 蟻や蝶達は「運が悪い」とか「どうしてこうなるんだ」と思っていたに違いありません。
>
> しかし当の我々にとっては、虫達の運がどうのというよりも、人間が行ったただの事象に過ぎません。
> その事象に該当する虫達がいたかどうかです。
>
> これを神様視点で言い換え、例として落雷を考えれば、雷が落ちたという事象の範囲に人間がいたかどうか、という事になります。
> ここから言いたい事は、運命というのは一番基礎的な部分では単なる確率論にすぎない、という事です。運命というのはその確率的に言える事象に遭遇してしまった人の主観的な意見だというのが私の考えです。
>
> あるものごとを主観的に捉えるか客観的に捉えるかで運命か事象かという観点の違いなのですが、それでは神様ではない人間はそれにどう対処すれば良いのか、結論としては「人間が虫達に運命を辿るストーリーを用意していないのと同じに、神様は人間に運命を辿るストーリーを用意していない(大体60億人もいるのに面倒見切れないでしょう)、悲観も達成感も大局的に見れば本来は存在し得ず、運が良い悪いというのは人間の主観的な観測である。ならばその基準を人間で作ってしまって人間が勝手に達成すれば良いのではないか」と考えます。

同意見です。
具体的には下記です。

何故、運の強い人、弱い人がいるのか?
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa5514257.html

の、No.13の私の回答から引用します。

> 私が学生の頃、周囲ではいたずらに蟻を踏み潰したり、あるいは生きた蝶を動けなくして蟻の巣の穴の近くに置いたりと残酷な遊びで楽しんでいました(ちなみに自分はそうした行為に引いていたので加わりませんでしたが)。
> 蟻や蝶達は「運が悪い」とか「どうしてこうなるんだ」と思っていたに違いありません。
>
> しかし当の我々にとっ...続きを読む

Q気持ちいい涙が出る映画はないでしょうか?

この前スパイダーマン3を見ていたら自然と涙がでてきました。爽快で気持ちよかったんですよね!!アルマゲドン、グリーンマイルといったかわいそうでなくのは嫌で、戦争映画とか…基本的にハッピーエンドが好きなので…!おすすめありましたら教えて下さい

Aベストアンサー

少し古い映画ですが、私のイチ押しは「心の旅」(1991年 ハリソン・フォード主演 マイク・ニコルズ監督)です。

基本的には家族愛が主題の作品ですが、いろんな意味でお奨めします。
お探しの趣旨にはぴったりだと思います。
まだご覧になったことがなければ、又、特に嫌いなジャンルでなければ是非観ていただきたいです。

Q<幸せ下手><幸せ拒否><幸せ嫌悪>の原因

<幸せ下手><幸せ拒否><幸せ嫌悪>が生じるプロセスか原因をお教えください。

Aベストアンサー

臨床心理学では、生育歴が原因だと考えられています。
育てられた環境、親の性格、自分の受け取り方、
それらが全て生育歴に係わって来ます。

幼い頃の生育段階で、求めた愛情を拒絶されることが続いたり、
常に愛情に交換条件が付けられたりしていると、
「自分は幸せになる資格のない人間だ」とか、
「愛情には必ず、裏に(自分を操作しようとする)意図がある」
との観念が出来上がります。

成長してからはその観念を相手に投影した結果(※)、強化して行きます。
 ※「他人は信用できない」と言う観念は、
   実は自分自身が他人を信用していないことに、元々の
   原因がありトラブルを生みだしていることが在ります。

要は、成長期の養育者(主に母親)との信頼関係の質が
他人の幸せを(自分の手に入らないものだと)羨む性質や、
すぐそこある幸せを(資格がないと)拒絶しつかみ切れない、
人間を育てる原因になると言われています。

ぶっちゃけた話で誤解を恐れずに言うなら

幼児期の親との関係で、自分の要求がほとんど親に伝えられ
親が(自分の)欲求を感じ取り、適切な対処をして来た・・・
そういった体験で育って来た人間は、甘え上手で、
自分と他人を信じることができる人間に成ります。

その親子関係が上手く行かずに、養育者によって自分の欲求が
拒否され無視されたり、何回も繰り返し要求しないと叶わなかったりすると
<幸せ下手><幸せ拒否><幸せ嫌悪>な人間が出来上がります。

臨床心理学では、生育歴が原因だと考えられています。
育てられた環境、親の性格、自分の受け取り方、
それらが全て生育歴に係わって来ます。

幼い頃の生育段階で、求めた愛情を拒絶されることが続いたり、
常に愛情に交換条件が付けられたりしていると、
「自分は幸せになる資格のない人間だ」とか、
「愛情には必ず、裏に(自分を操作しようとする)意図がある」
との観念が出来上がります。

成長してからはその観念を相手に投影した結果(※)、強化して行きます。
 ※「他人は信用できない」と言う観...続きを読む

Q悲しくないのに涙が出てくる

数ヶ月前、夜寝る時など寝付けないでボーっとしていると、自然と涙がぼろぼろ出てくることがよくありました。
これは何だったのでしょう?
ちなみにその頃私は、周りとの人間関係のことなどで毎日かなり神経を使っていました。
そのことと関係あるんでしょうか?
今は生活も落ち着き、全くそのようなことは無くなりました。同じような経験がある方など、ぜひ意見をお願いします。

Aベストアンサー

心が風邪をひいていたんですね。(#^.^#)

ありますよ。特に何を考えていたわけでもないのに、何かつーっと涙が出てくること。
もちろん神経を使って生活していたことと関係あると思います。何というか、がんばってる中で気を抜いたとき思わず意図しないいろんな所の調節が緩んでしまう感じですかね。がんばっている自分を涙が癒してくれていたんでしょう。泣いた後はすっきりするものらしいので、むしろいい事ではないか、と私は思ってますが。あくまでも、眼科的な疾病でないことを前提として。

Q本当の幸せとはどんな幸せですか。

 本当の幸せとは、どんな幸せですか。詳しく教えて下さい。

Aベストアンサー

私が思うに、本当の幸せは個人の中にあるものなのではないでしょうか?
いかに現状を受け止め、それをどれだけ幸せだと感じられるか、なのではないでしょうか。

心が豊かでどんな状況下においても幸せと感じられれば、それこそ本当の幸せではないかと感じます。

私は心は豊かという程ではありませんが、私自身、体に障害を持ち辛さを乗り越えた後の特別な事は何も無い普通の日常生活で、過去に無いくらいの幸せを感じました。
両親がいて、兄弟がいて、大好きな人達に囲まれて、私はなんて恵まれているんだろうと、心底幸せを噛み締めました。

本当の幸せってこういうことを言うんだろうな‥と思いました。

Q高2女子です。 最近(特に夜)、大きな不安感と焦燥感を感じて眠れなくなったり、とても苦しく涙が止まら

高2女子です。
最近(特に夜)、大きな不安感と焦燥感を感じて眠れなくなったり、とても苦しく涙が止まらなくなったりします。
何が不安なのか分からないけど、とても不安で怖いんです。
また、5日ほど前から毎日、夕方や夜にお腹が痛くなったり、胃が痛くなったり、下痢になったりします。
これは何かの病気なのでしょうか。
自分では、気の持ちようだと思い込むようにしていますが、毎日とても苦しく、悩んでいます。

Aベストアンサー

>毎日とても苦しく、悩んでいます。
未成年ですから保護者(親)に相談してすぐ
心療内科なり精神科に連れて行ってもらい専門医に診療してもらうことです。

>気の持ちようだと思い込むようにしていますが
というような次元のお話ではないですよ
早く対応しないと一生涯悩むことになるかもしれません

あなたの家族や家系にも同様精神を病んでいる人・いた人が
過去・現在いなかったが参考まで親に聞いてみましょう
万が一いたとすればDNA的に
隔世遺伝の可能性があるのかも知れません

Q幸せは幸せに感じる心(脳)の態度?

自己啓発本は大抵そう書き記します。否定はしませんが肯定しきれません。
今あるものに感謝し、喜びを感じろと。その心の態度こそが幸せそのものだと。
それがベースにはなってもそれだけでは幸せではないと思う。
どう思う?

Aベストアンサー

多分、本当に悟ってしまえば、どんな状況でも幸せなんだろうと思います。
しかし、神様でもないかぎり、それは無理でしょう。

はぐらかすようですが、卵が先か、鶏が先かという事なのではないでしょうか。
引き寄せの法則という物がありますよね。
世の中、その法則を使って、お金を引き寄せることばかり考えていますが、それはおいといて。

ものすごくつらい経験をしても、後から振り返ると笑い話にできる場合と、それをずっと引きずって負の連鎖に陥る場合があると思います。

つらい経験の真っ最中は、本当に悟った人以外にとっては、絶対不幸だと思います。
しかし、感謝の心を持ち続けていれば、いずれ幸せな状況を引き寄せる。
被害者意識を持ち続ければ、実際に不幸な状況を引き寄せる。(自分が現実に被害者になる)
自分の心がフォーカスしている状況を、そのままの現実として、自分自身が作り上げて行くのだと思います。

逆に、最初から感謝の心を持っていれば、そもそも不幸な状況には陥らないと言うことではないでしょうか。
しかし、完璧な人間など存在しませんので、感謝の心と言っても、程度問題でしょう。
また、その人が所属するグループ全体の傾向によって、グループ全体が不幸な状況に陥り、そのとばっちりを受けるという事もあると思います。

結論ですが、四六時中幸せでいることは、不可能。
しかし、努力することによって、一生の中で、幸せを感じている時間の比率を延ばすことは可能。
だと思います。

多分、本当に悟ってしまえば、どんな状況でも幸せなんだろうと思います。
しかし、神様でもないかぎり、それは無理でしょう。

はぐらかすようですが、卵が先か、鶏が先かという事なのではないでしょうか。
引き寄せの法則という物がありますよね。
世の中、その法則を使って、お金を引き寄せることばかり考えていますが、それはおいといて。

ものすごくつらい経験をしても、後から振り返ると笑い話にできる場合と、それをずっと引きずって負の連鎖に陥る場合があると思います。

つらい経験の真っ最中は、本当に...続きを読む

Q悲しくないのに、人と話すと涙が出る

人によるのですが、時々人と話すと悲しくもないのに涙が出ます。話を聞いているときは涙が出ないです。言葉を発するときに涙が出そうになります。
私は話すのが嫌いじゃなく、人見知りはしません。
半年に一回くらいの出来事なのですが、この前、目上の方とお話をする機会があり、話し出したら涙が出そうになりました。この先、大事な場面で涙が出たらと心配になりました。
この症状は何なのでしょうか。

参考になるかわかりませんが
・小学生の頃、本当にくだらない理由で一年ほど悪質ないじめをくらってました。
・小学生の低学年まで暴力ありのスパルタ教育を受けていました。人にワガママや本音を言うのがいけないことだと考えていました。
・他人から見た自分の今の性格は、話し・聞き上手だけど、自分の思ってることは言わない。反対意見は特に言わない。

このような症状のある方、この症状がなにか推測して頂ける方回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

普段は我慢強く、大人しい人にこのような兆候があるということを聞いたことがあります。

反対意見を言わないとか思ってることは言わないというのはご自分に無意識の内にプレッシヤーをかけていると思います。

こういうことが積み重なって来るとご自分では気がつかない内に心の中にストレスがかかってきていて正直な反応が涙が出るということになってしまうのかも分りません。

親しい人に話しながら泣く人がいて、その理由が今、質問者さまのお悩みと重なるところがあるように思えてなりません。

Q”幸せでいるためには、他の幸せな人々と親しい関係になる必要がある”につ

”幸せでいるためには、他の幸せな人々と親しい関係になる必要がある”について、どうおもいますでしょうか?

Aベストアンサー

必ずしも、他の人という関係が必要と言うことではないと思います。他の幸せな人々と言う事になると、返って羨ましくなってしまうかも知れないと思います。それは『心持』の関係が関係してくると思います。

本人の心持という事になります。幸せと言う定義ですが『心安らかで幸福感が在る』と言う言い方で良いなら、その反対を云うとわかり易いと思います。

その反対とは『生き難くて、孤独感が湧いてきて、生きている心地がしない』という事になります。今云った二つの心の状態は、他の人には関係が無いといえるはずです。そういう訳で、”幸せでいるためには、他の幸せな人々と親しい関係になる必要がある”と言う事は一面しか見ていないと思います。

反対の状態をもう少し詳しく書いて、それから幸福感と言う事を書いてみます。

幸福と言う言葉の反対とは、『病む』と言う事になると思います。或いは天国と言う言葉の反対語『地獄』と言う言い方でも可能と思います。生きている事を『苦しみの中で』感じていると言う事です。

その苦しみを生き難さとして、或いは不安として、或いは恐怖として感じている状態という事になります。この言葉は、昔の人が言った言葉『一切皆苦』と言う言葉に繋がっています。『意識が在る』時には苦痛として感じていると言う意味においてです。

この苦しみを『一切皆苦』と、お釈迦様は言っていたと思います。王様の暮らしさえ捨てなくてはいけないほど大きな苦しみを、味わっていたと言う意味です。普通の暮らしが出来なくなって、家にいられなくなったというほどの意味です。

今で言う入院治療の必要性を感じていたと言う意味です。是は『意識』した事自体を意識する事とも言えます。つまり意識した事を『症状』として訴えていると言えます。

つまり問題は『意識した事』に在るのではなくて『意識』そのものが問題になっていると言う事実です。是は『メンタル面で強い』と言う事と『メンタル面で弱い』と言うことで説明するとわかり易いと思います。

メンタル面で弱いということは『心を病みやすい』とも言えます。それは意識しやすい人といっても良いでしょう。その事を神経質な性格とも云いますが、それは意識しやすい、或いは自我意識が出やすいといっても良いと思います。

メンタル面が強いと言う意味は『自我意識が出にくい』或いは『無意識的に出来る、或いは我を忘れて出来る』と言う事になります。

人間には意識が二つ在ります。自我意識がその一つですが、無意識にも意識が在ります。この二つの意識のずれを『心の矛盾として』具体的には意識する事として『症状として』自我意識は受け取っています。

幸福感がある時とは自分の心に矛盾が無い状態の時です。二つ心が在るにも拘らず、『心が一つの時です』

その反対の時、つまり心を病んでいる状態『罪悪感に苛まれたり、孤独感に打ちひしがれている時や、症状や、意識した事を苦にしている時』とは心に矛盾や対立が在る時と言えます。

言い方を替えたなら自我意識の意識と、無意識の意識が仲たがいしている時の事を『心の矛盾として』自我意識は苦しみとして、或いは孤独感として、或いは罪悪感として、或いは漠然とした不安として、感じている事になります。

この感じる人の事を神経質な性格とも言います。是は自分自身に敏感な人という言い方が適当かもしれません。二つの意識のずれが人間の不安の要素となっています。

この解消を宗教文化の発展として人間は後押ししてきたと思います。ですが今の宗教人や宗教家は、毎日の生活に追われたり、自分の道に入ったきり人を導かなくなっている気がしています。

そういう背景があるためか今は『精神科医』のところが繁盛いるように見えます。

人間の苦しみとは『心の矛盾』という事になります。その解消は心の矛盾の解消という事になります。それは言葉にするなら『自我意識と、無意識の意識の仲たがいの解消』という事になります。

心を病む、或いは神経症になって苦しい想いをしている。或いは自律神経失調症で苦しんでいると言う事は、自我意識が自我意識のみの生き方で苦しい想いをしていると言う意味になります。

それは『無意識の意識』の力を借り難くなっているという意味になります。或いは無意識の自分になり難くなっていると言う意味になります。

我を忘れた状態、没我の時に自我意識は休んでいます。自我意識が休めなくなった状態の事を『心を病む』といっています。

人間の暮らしは意識と無意識が交代しながら正常な暮らしが成り立っています。心を病まなくなるという事は『もっと没我の状態を心がける』という事になります。症状を気にする状態『意識している事を忘れる事』が肝心という事になります。

症状は在って当たり前の事に気が付くところに本当の治りがあります。

必ずしも、他の人という関係が必要と言うことではないと思います。他の幸せな人々と言う事になると、返って羨ましくなってしまうかも知れないと思います。それは『心持』の関係が関係してくると思います。

本人の心持という事になります。幸せと言う定義ですが『心安らかで幸福感が在る』と言う言い方で良いなら、その反対を云うとわかり易いと思います。

その反対とは『生き難くて、孤独感が湧いてきて、生きている心地がしない』という事になります。今云った二つの心の状態は、他の人には関係が無いといえる...続きを読む


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