ホームシック、あるいはノスタルジー(郷愁)という感覚についてなのですが、これはもしかすると、高所属空間から低所属空間へと井戸異した場合起こるのでしょうか。

私なりの体験なのですが、小学校のとき転校しました。そのとき前の小学校のほうが明らかに、すべてにおいてよかったのです。生徒の質、人数(学習環境にはよい生徒数クラス人数)給食の味、設備、地域の雰囲気、その他諸々、いいところばかりでした。
転校先はそのすべてで劣りました。いいところがひとつもなかったです。
そこで、当然郷愁のようなものがおきました。

でも、もしこれが逆(転校先→元の所)だったらどうなるのでしょうか。前の学校はアレはなんだったんだ?ということになりますよね。ぜんぜん郷愁などというものはおきないのではないでしょうか?

これを一般化して、結局世に言うホームシックというもの、それは前いたところが今よりもいい、好きであったということに由来するものではないでしょうか。

そのように考えるのですが、どういう感じでしょうか?

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A 回答 (3件)

>>ノスタルジーについて(所属空間の優劣でどうかわるか?)



ノスタルジーは所属空間の優劣で決まるものではないと思いますよ。
子供時代の生活空間、それがノスタルジーにつながっているように思いますね。子供の目線での受信感覚は大人になってからは絶対に得られないものですね。年をとれば、いいことも悪いことも良い思い出でしかないですね。子供時代に感じた風景、人の営みなどは、自らが小さいということと知識もないので、一服の絵のようでしかなかったように思います。大人になるにつれ現実的になってしまい染まっていくのですが、ふと「あの絵」のところに戻ってみたいという気になりますね。
たとえ戻っても大人の私には同じ風景には見えないことはわかっていてもですね。
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つまり、ノスタルジーは、懐かしがっていちゃだめ!


飛び込まなきゃ! と自分に言ってます。
怖がりなので。
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それは、そうだとおもいます。


同感です。
郷愁について、考えてることがあるのでいいでしょうか?


ホームシックは、当時の気持ちを思い出す必要性から来る、メンタルのサインだとおもいます。

求めてるのに、求めに行く行動をしない、ということから来る、ギャップを自分で作っている、という気がします。
僕自身もおもいますが、望んでるのに、中途半端にしか求めていない、なんというか、勇気のなさというか、そういう問題点が、現れてる、と感じます。
好きなら、なにが何でも求めないと、と、理屈ではおもいます。
昔の場所があるとは限りませんが、
直接行くのもいいし、当時を綿密に思い出すことでもいいし、
素敵な思い出と距離ができてしまったことが原因なので、
優先事項として、当時の気持ちを取り戻したいと、
自分の行動と全部の集中力をかけて、
悪いことには目もくれず、
できればありありと手に取るように当時の気持ちを客観視して、今に生かしたいなーといろいろやってます。
当時のリアリティーを飽きるほど再現する。
あきらめや逃げが一番自分のメンタルを混乱させる、と感じます。
勇気は要るんですが、エネルギーもらえます。

お題と話し違いますが、すみませんー。
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