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私の姪っ子(幼稚園の年長、5才)が「死ぬ」ということに漠然とした興味を抱いています。

おそらくお友達同士で「おじいちゃん、おばあちゃんになったら死ぬ」というような
話がなされているようで、「死ぬ」=「怖い」にまでは至っていないよです。

先月、私の母(姪っ子が一番大好きな祖母)が骨折をしたことで、病気や怪我のおばあちゃんは死ぬんだよ、と
いうこともお友達から聞かされたようで、執拗に「おばあちゃんは死ぬの?」涙を流しながら訊ねるのです。
ほぼ毎日らしいです。

私は母と同居、私の子供達は成人しており、近所に住んでいる姪っ子は頻繁に来ますが
どうしても「可愛い、可愛い」マスコットのような存在です。

もう一人は考えていないようなので、生き物(ペット)を飼うことも検討しているようですが、
状況的に難しいようです。

「死んだらお星様になる」などと教えても納得がいかないでしょうし、大人側からしても無理があると思います。
また、たまたまカトリック系の幼稚園に通っていますが、宗教色の強い概念を植えつけるのも
避けたいところなのです。

本屋などを廻って、絵本などを探したりしましたが今ひとつピンと来るようなのが
見つかりません。

今は「おばあちゃんは年をとってるけど、怪我が治ったら元気になるよ」というところで収めていますが
勘が鋭くて感性が細やかな姪っ子は「死ぬ」というところから離れられないようです。

私自身は自分の子供達がこういう風に「死ぬ」ということに執拗に固執したことがないので
妹にアドバイスが出来ません。

どなたかこの様な経験をなさった方、または専門の知識がある方、こういう場合の大袈裟でない対処のし方を
ご伝授下さると幸いです。

A 回答 (3件)

 死ぬことに対して、多少理解出来る段階ですね。

わが子達にこう話しました。
 誰も死ぬんだよ。でも、死なないようにするにはどうすればいいかな?食事をしっかりとる、早寝早起きをする。そうすれば大丈夫だから。
 交通事故に遭わないようにとか、いろいろ付け加えて教えてあげました。そして、今は大丈夫だからと抱きしめました。

 自分が死ぬのが怖いと、良く泣いて居ましね。今小学生ですが、ごくたまに寝ているときに寝ぼけて言うことがありますけどね。

 死ぬことは逃げられない。じゃぁ、何してあげられる?良い子にして上げる事が一番かな?
 こう言い聞かせたりもしています。そして、がんばって!早く治ってねと私の父に話しかけています。
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この回答へのお礼

#1の方と同じように、その時期のお子様を育てている最中の方からの
ご回答、とてもためになりました。

特に前半の部分はそのまま抜粋して妹に伝えさせていただきます。
ギュッと抱きしめてもらう、これは大人の私達でも不安や恐怖にかられた時には
安心できますものね。基本ですね。

私は自身が小学低学年で漠然とした「死=怖い」に取りつかれ毎晩布団の中で恐怖と闘っていた
記憶があるのです。
が、どのようにしてそこから脱したのかはどうしても思い出せません。
母親にもひと言も訴えていなかったのですが。。。

「安心感を与える」が第一ですね。また、かなり我が儘な性格になっている姪っ子には
自身の行動で自分だけでなくみんなにも元気をあげられる、とても大切なこと。

自分の子育て中は一杯一杯でこんなにきめ細やかにしていたかどうか・・・?
改めて自身を振り返ることができ、質問をして回答をいただけたことに感謝しております。

回答者様のお父様のご回復を祈りつつ、お忙しいであろう中本当にありがとうございました。

お礼日時:2009/05/21 15:43

私も小学生の頃、死について執着していた時期がありました。


別に誰かと死別した訳でも、誰かが病気になった訳でもなかったのですが、そのころは死への言いようのない恐怖を感じていて、毎晩布団の中でしくしく泣いてた記憶があります。
頭がおかしくなったと思われたくなかったので、誰にも言えませんでした。
母親にそれとなく「人は死んだらどうなるの」とか「お墓に入った骨は何百年経ってもあるの」とか聞いてましたね。
だんだんエスカレートしてきて、ゴミを捨てたり、モノが壊れることにも「死」を感じ、小さなチリ一つにまで執着するようにもなったり、「絶えず過ぎていく時間」についても「今」という時の「死」と考えたり…。
とにかく何につけても「死」を意識してました。それが苦しくて、死んでしまおうかとさえ思ったこともありましたね(汗)

こんなこと一人で考えていて答えが見つかるわけもなく、子供なりに苦しい時期でしたが、時間が経つにつれていつの間にか忘れ、何も気にならなくなっていました。
今思えば、形あるものに永遠はない(諸行無常)という事実を受け入れるための、成長過程だったのかなと思います。貴重な経験だったと思っています。

あのころの私は、とにかく誰かに自分が怖いと思ってることを聞いてほしい、そしておかしいことじゃないと受け入れてほしいと思っていました。
だから、まずその子がどう感じているのかじっくり話を聞いて、それを受け入れてあげて欲しいです。正しいか間違っているかではなく、感性を尊重してあげて下さい。
もしその子が恐怖を感じているのであれば、私だったら「みんないつかは死んでしまうけど、必ずまた姿を変えて大切な人の近くに生まれてくるって、お母さんは信じてるよ」と、死が決して怖いものではないことを教えてあげます。(私は仏教徒なので輪廻や縁(えにし)を信じてます)

生死についてダイレクトに触れている絵本なら、「百万回生きたねこ」はどうでしょうか。親しみやすく、かつとても哲学的な内容です。

この回答への補足

この度は貴重なお話を下さいまして大変感謝しております。
ここに回答を下さった方々皆様方の書き込みは内容は多少違えど
全て同じように道しるべになりました。
特に inoutside様のご回答は広い意味で私自身にとっても啓発される
内容でした。心より感謝いたします。
今回は、姪っ子についての質問でしたので実際に経験されている方に
ありがとうポイントをつけさせていただきますことをご容赦下さいませ。
もう少しこの様に真摯に子供に向かっている方々やinoutside様とも
意見を交わしたいところですが、こちらの性質上このまま質問を締め切らせて
いただきます。
お時間を割いてご回答を下さったことに心より感謝申し上げます。

補足日時:2009/05/21 20:23
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この回答へのお礼

まさに!私も同じようだったのです!
私の場合は子供心に親には言えない「悪いことをした」「嘘をついた」日には
「地獄へ行くんだ」という眠れないくらいの恐怖にかられていました。
おそらく祖母の影響だと思います。仏教徒とまではいかないのでしょうが
多くの日本人が持っている(いた?)仏教の教えに基づいた話をたくさんされていましたので。
片や、小さい頃にいた父はクリスチャンでしたので教会のミサや日曜学校などに行っていた記憶があり
そちらでは何となく楽しいお話だけを聞かされていたような気がするのです。
私はどの宗教も否定はしませんし、肯定できる部分は認めるようにしていますが
やはり下地になっているのは祖母から言い聞かされていた、まさに回答者様が表現なさっているような
ことだと思います。

実は‘百万回生きたねこ’は私の愛読書でもあるのですが、少しダイレクト過ぎるのと
私が感じている根底に流れている‘輪廻’、これはまだ5才児にはどうかな?というところで
与えていませんでした。
人の命を軽んじるような事件が多発している昨今、安易に輪廻を「生まれ変われる」と解釈してしまわれると
危険ではないかな?とか。

そうですね、回答者様と私が経験したような「親にも相談できない得体の知れぬ恐怖」にならないように、
あまり神経質にならないように様子を見守ることにします。

私と妹はお仏壇に手を合わせたりお墓参りに行ったりご先祖様に感謝したり、の一方で
小さい頃に別れている大好きだった父親(キリスト教)の影響も受けてしまっていることを否めません。
自身の中できちんと整理ができていないので宗教的なことを避けようとしてしまうのかもしれません。

貴重なご自身からの体験のお話で、またもや私自身のことを改めて考えるきっかけになりましたが
やはり今の姪には‘安心感’に包まれていることが大切なのだということがわかるご回答です。
‘百万回生きたねこ’は時期を見計らって姪に与えようと考えております。

良いお話を聞かせていただきまして本当にありがとうございます。

お礼日時:2009/05/21 19:59

 我が二人の息子も5歳頃に死に感心を持ちました。


 毎晩のように,しっている人一人一人が死なないようにお祈りをしていました。

 私の場合は,「死んだらどうなるかパパもわからない」と話していました。

 長男は,すぐに死にこだわることはなくなりましたが,次男は3年生になってから「死なない薬はないかな」と言いだし,今では将来医者(薬学者?)になって死なない薬を作るといっています。
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この回答へのお礼

早速にも貴重な経験談をいただき、ありがとうございます。

やはり5才くらいという時期は目覚める頃なのですね。
ある意味、お子様自身の感性の成長にゆだねたようにお見受けします。
そうですよね「死」に関しての的確な答えなどは大人である私達にさえ
未知なのですから教えることは出来ないですよね。

お祈り(どの宗教にも関係なく)をして祈る、とても純粋な行為だと思います。
科学的に「死」というものを自分で無くしてしまう、こちらも力強い思考ですよね。
「怖い」という観念に捉われない限り、子供達は自分なりに知恵をつけるのですよね。

私の娘は看護師3年目ですが、そういえば卒業論文に看護の道を選択した動機について
「曽祖父・曾祖母の死に直面したこと」を挙げていたことを思い出しました。
我が子のことは何のフォローもしなかったのに、孫感覚で可愛いだけの姪っ子は
つい神経質に観察してしまっているのだと気づきました。
鋭い感性を持っているのは姪っ子が特別なわけではないのに思い込みをしていました。

高齢出産の一人娘にピリピリしている妹にもさり気なく伝えます。

ハッと、客観的になれたご回答に感謝いたします。
本当にどうもありがとうございました。

お礼日時:2009/05/21 15:25

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Aベストアンサー

寺の者です。

幼いうちに「死」に触れる機会があるのは良いことだと思いますが、そこで親が「死」から逃げずに導いてあげないと、いたずらに不安だけが残るのだと思います。
質問者さんの場合で言えば、「死んで星になる」と言ってあげたのは、まぁロマンチックで、子供向けとしては悪くなかったと思います。でも、そのあとでとっさのこととは言え、「ママも○○も死なない」と口走ってしまったのは失敗だったと思います。親を嘘つきと思ったかどうかはわかりませんし、その場しのぎの嘘なんて、今までもこれからもいくらでも出てくると思います。でも、おそらく「死」が、簡単に口にしてはならない、恐ろしい、不可解なものという印象は持たせてしまったと思います。

わたしにも3歳と1歳の娘がいて、お腹の中にももう一人います。家が寺なので、子供は他の子供よりもわりと「死」に接することは多いですし、昨年の秋には、同居していた曾祖母の、痴呆状態で寝たきりになり、衰弱して亡くなり、葬儀から火葬までという流れを全て目撃しました。その後は、やはり「老い」や「死」について、こわいこと、寂しいことという思いを強くしている気がします。

先日わたしの誕生日がありました。そのとき、「ママは今日で34歳になったんだよ。あと10年したら44歳、20年したら54歳。そのうちお婆ちゃんみたいになって、ひいお婆ちゃんみたいになって、死んじゃうんだよ」と言うと、長女はあからさまに表情を険しくし、「でもママは○○ちゃんのことが大好きでしょ?だからずっと一緒にいるんでしょ?」と聞いてきました。
わたしは、「そうだよ。でもね、田舎のお婆ちゃん(わたしの母)だってママのことが大好きだけど、いつも一緒にいないでしょ?そのかわり、ママはパパや○○ちゃんと一緒にいられて幸せなんだよ。ママが幸せだから、田舎のお婆ちゃんも幸せなんだよ。ママが年取って死んじゃっても、その頃には○○ちゃんにも赤ちゃんがいて、きっと寂しくないよ。みんなそうなの。お婆ちゃんもお爺ちゃんも、パパもママも××くん(犬)だって、いずれみんな死んじゃうの。なんでもそうなの。順番で、そうなってるんだよ」と言いました。長女は、わかったようなわかっていないような顔をしていましたが、こういう話は、これまでにも折に触れて何回か聞かせてきたので、ことの流れとしては「死」を飲み込みつつあると思います。理解して、恐れないようになるのはまだまだ先のことだと思いますが。

「死」というか、死んだ後のことについては、実際に体験して戻ってきた人はいませんから、正確なことというのはない、というかわかりません。でも、人間に限らず生き物は確実にいずれ死にますよね。まず親が、自分なりの死生観をきちんと持っておくことが大切だと思います。そして、折に触れてそれを伝えてあげること。そういう場面がでてくる絵本を読んだときとか、あるいは食事のとき(死んだ肉や魚を食べるわけですから)、あるいは残り物を庭の草花の肥料にするときとか、現代は「死」に接する機会がないと言われますが、ちょっとアンテナを巡らせれば、「死」はどこにでもありふれたものです。

あまり時をおかずして、何かの機会にちゃんと話してあげてみてください。

ちなみに、わたしは「死」について話し、みんな順番でそうなっていると話したあとは、「でも、ママがいつも危ないって言っているようなことをしていると、順番が狂って年取っていない人が先に死んじゃうこともあるんだよ。だから、お外では走ったりしちゃダメだし、お菓子ばっかり食べたりしてちゃダメなんだよ」と軽い方向に持っていき、「じゃ、それがわかるお利口さんはおやつにしようか(お散歩に行こうか)」などというふうに着地させています。

寺の者です。

幼いうちに「死」に触れる機会があるのは良いことだと思いますが、そこで親が「死」から逃げずに導いてあげないと、いたずらに不安だけが残るのだと思います。
質問者さんの場合で言えば、「死んで星になる」と言ってあげたのは、まぁロマンチックで、子供向けとしては悪くなかったと思います。でも、そのあとでとっさのこととは言え、「ママも○○も死なない」と口走ってしまったのは失敗だったと思います。親を嘘つきと思ったかどうかはわかりませんし、その場しのぎの嘘なんて、今までもこれからも...続きを読む


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