私が現在大学生で
過去に鬱病で一年休学したことがあります。
現在は復学して一年過ぎ、病状も回復したのですが、
どうしても自分が過去に精神疾患にかかったという事実を考えると、暗い感情がこみ上げてきます。
自分は人間としてストレス耐性などの能力が劣っているのか、一生に一度しかない学生時代になぜ暗い影を落としてしまったのか、とかです。

特に私はそれまで我慢強いということに自信があったので、自分が精神的なことでドロップアウトしてしまったという事実が許せません。

今いる大学の仲間や昔からの友達で、私が鬱病にかかったからといって馬鹿したりする人は一人もおらず、むしろ心配して助けてくれた人ばかりなのですが、何故か人に馬鹿にされている、色眼鏡で見られているのではないかといったような劣等感を抱いてしまいます。

みなさんはこういったストレスをかかえた場合どのように対処していますか?

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (7件)

誰にだって変えたい過去の1つや2つはありますよ、しかし過去には戻れないし・悩んでも考えても何ら変わらない…それが過去です。



その事柄が許せなくてもそれが事実であり真実なのです、ですから否定するのではなく嫌だろうと何だろうと受け入れなければならない。

時間がかかっても自分なりに受け入れ・消化出来た時、その時に本当の意味で克服したって事になるのではないでしょうか。

私も我慢強いほうで自分自身もそれが強い人間なんだと思っていました、しかし友人にこう言われた事があります『本当の意味での強い人間って人を頼れる人間じゃないかな』と。

目から鱗でしたね…素直に助けを求める事・自分自身をさらけ出す事・信じる事・プライドを捨てる事、単純で簡単そうだけれども多くの人間が出来ないでいる。思えば我慢するよりもはるかに難しい事なのかもしれません、『人に自分の弱さを素直に見せる事が出来る』今はそれが本当の意味での強い人間だと思っています。

相談者様は実際に自分が患った事により鬱病や精神疾患の方の気持ちがわかる、そういった状況下の気持ちは経験した方でないと絶対にわからないはずです。将来もし家族・恋人・友人や誰かが鬱病になった時、相談者様なら助けてあげられるかもしれない。

裏を返せば貴重な経験であり・この先の人生を生きていく上で決して無駄にはならない経験だとも思います!過去の経験がどうだった~を考えるのではなくではなく、過去の経験を生かし『これからどうするか』を考える事が必要なのではないでしょうか。
    • good
    • 0

>過去に鬱病にかかった自分が許せないのですが・・・・


 それが理解出来るなら鬱にはならないです、昔に何故固執するかです。

>特に私はそれまで我慢強いということに自信があったので、自分が精神的なことでドロップアウトしてしまったという事実が許せません。
 そんな事は理性範囲です、無意識の世界まで理性が効くかです、出来ない自分が居たから鬱に墜ちたと言う結果です。
 結果です、履歴です。そんな過去に固執するから又墜ちる予備軍です。
 そんな自分もあると自分を認めないで誰が自分を認知出来るかです。
 こうしたタイプをステレオタイプとも言います。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86% …

>今いる大学の仲間や昔からの友達で、私が鬱病にかかったからといって馬鹿したりする人は一人もおらず、むしろ心配して助けてくれた人ばかりなのですが、何故か人に馬鹿にされている、色眼鏡で見られているのではないかといったような劣等感を抱いてしまいます。
 何故劣等感ですか、這い上がれた自分が居るそれで十分では無いですか。自分への頑張れた力にご褒美です。
 支援してくれる仲間がいるそれだけでも十分では無いですか。

>みなさんはこういったストレスをかかえた場合どのように対処していますか?
 気分転嫁です、ガス充満ですからガス抜きです。
 美味しい物を食べる事、体を動かすなど気分を変える事に尽きます。
    • good
    • 0

うつ病って我慢強い人のほうがなりやすいんですよ。


我慢強くなければうつ病になる前に何かしら対処しますが、我慢強い人はうつ病になってしまうまで我慢してしまい、酷い人はうつ病になっても我慢し続け病状を悪化させてしまいます。

また過去に厳しくても意味がないです。
起きてしまった過去をどう未来に生かすかが大事です。
過去を変えることができないのですから。

まだ大学生なのだからいくらでも楽しむことが出来るのに、ちょっとした思い通りにならなかったことだけを注目して悔やんでも、何も明るい未来に結びつかないですよ。

>色眼鏡で見られているのではないかといったような劣等感を抱いてしまいます。
色眼鏡で見ているのは間違いなくso-yuzさん自身です。
自分も友人もすべてを色眼鏡で見て、ネガティブな考えになっています。
そんな厳しさはかえってマイナスですよ。
    • good
    • 0

こんにちは。


許すも許さないも…自分の努力が足りなかったり、自分が至らなかった為に病気になったわけじゃないでしょう。

私は精神的な病気になったことはないですが、「原因不明の遺伝子の突然変異」とか、「原因不明の免疫異常」とかいう理由で身体の病気になりました。
医療費で両親に負担を掛けていますし、日常生活に特に問題はありませんが、運動制限・食事制限があり、「なんで…」と考え込んでいた時期もありました。
・何か悪いことをした天罰で病気になったのかな?
・どうして他の人じゃなくて私だったのかな?
・もう健康で「普通」の人じゃなくなってしまった…
というようなことをぐるぐると(^^;)

私は病気になるまで、わりと順風満帆で恵まれた人生を送ってきただけに、挫折感?みたいな気持ちが強かったです。
だけど、どうして病気になったのかとか、自分のせいなのかとか、そういうことを考えていても楽しくないです。(当たり前ですが)

私の場合は、ただ受け入れました。
なりたくなかったけど、病気になっちゃったんだもん、しょうがないじゃん。って。
確かに私は病人で、身体的な面では健康な人に劣るでしょう。
でも、それはただそれだけなんです。
ただの「事実」で、それが良いとか、悪いとかいうことではないんです。良いとか悪いとか考えるのは、人です。
(まあ、もちろん私にとっては「ただの事実」として捉えることは難しくて、「悪いこと」として考えてしまうのですが)

まったく病気のことを考えないのは無理ですが、「私は健康じゃないけど、幸せ」と思うようにしています。
私の病気を知って、離れていった人も居ました。(人に移る病気ではないですが、どう対応していいか困ったのでしょう)
でも、変わらずに接してくれる人もたくさん居ます。
自分の為にも、周囲の人の為にも、これからの楽しいことを考えたいと思っています。

何か参考になれば幸いです。
    • good
    • 0

分裂病(=精神分裂病=統合失調症)は精神病ですが


〈心の風邪〉という言葉がありますように……「うつ」は
精神病でも精神疾患でもありません。そのようにおもいましょう。

善いことを考えれば善いことが起り
悪いことを考えれば悪いことが起きる。
私の体験では、常に、いいことを考えて行動すると
結果が宜しいのです。

過ぎてしまったことは、教訓にして、スパッと忘れましょう。
それもアナタさまの器量・才能の1つです。
なぜ「うつ」になったのか、ストレッサーが何であったのか、
鋭く検証して、クリアし、
心のエネルギー・レヴェルを高めていれば
いまのような考え方をしなくて済むでしょう。
    • good
    • 0

質問者様はとても自分に厳しくて、お強い方なのですね。


我慢強いからこそ、適度に弱音を吐いたり、諦めたりすることが出来なくて、限界まで頑張って頑張って、その結果病気に掛かってしまったりしますよね。

そういう方ほど、自分の弱さが許せなかったり、つらい事に負けてしまった自分を責めたりしてしまうものだと思います。
私も過去に同じような経験があるのですが、今ではそういった経験をしたことを、ある意味で良かったな、と思うようになりました。

勿論病気にならないに越したことはないけれど、病気になったからこそ深く物事について考えられるようになったり、人の弱さを認めてあげることが出来るようになったと思っています。
それまでの自分は自分が強いからこそ他人もそういうものだと思っていたけれど、誰しもがそう強くいられる訳ではないんだ、と自分のことも含めて、優しくなれたというのでしょうか。

質問者様は病気でとてもつらい思いをされてるでしょうし、お休みされている間に確かに失ってしまったものもあるかもしれません。
だからすぐにはそれでも良かったな、とは思えないと思うし、無理に思う必要はないけれど、時間が経つうちに、そんな自分も優しく受け入れてあげることが出来るようになればいいな、と思います。
    • good
    • 0

自分の一生を大切にするのではなく、自分の一生をどう使うかを考えます。

    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!


人気Q&Aランキング

おすすめ情報