私は中1の時、千葉県北西部から横浜市に引っ越してきた者です。中区の中高一貫の男子校に通っていたのですが、神奈川県民の友人の多くが会話で「~だべ」と言うのにカルチャーショックを受けました。神奈川って意外と田舎くさいんだなあと感じました。
そこでお聞きしますが、あなたの地域では「~だべ」という言い回しを使いますか? あなたの住んでいる地域(できれば市区町村)とともにお答えください。
ちなみに私の母も実は中区の中高一貫の女子校出身(実家は都内)なのですが、そのような言葉遣いは特にきかなかったといいます。

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A 回答 (16件中1~10件)

 身内が横浜っ子です。

港北区や緑区、旭区や青葉区など山のほうでは
「~だべ」は使いません。いっぽうで、他の回答にもありますが茅ヶ崎や
平塚などでは使います。#6さんの言う漁師言葉がそれで、東日本で漁港の
ある土地全域で使われる、いわゆる「浜言葉」です。浜言葉という単語は
ウィキペディアにも載っています。

 中区は海は近いですが、漁港ではないので、浜言葉が一般的ではないの
でしょう。他県でも、海の近くでは「~だべ」と言い、山のほうではまた別の
方言になっている例は珍しくないです。
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出身ではありませんが以前神奈川県民でした。

横浜の金沢区に住んでいました。「だべ」という言い回しは使っている人もいます。
神奈川県に引っ越す前は都区内の池袋まで徒歩で行ける場所に住んでいました。小学生の時に引っ越しました。
「だべ」と最初聞いた時はショックといよりかは驚きました。首都圏の横浜が「だべ」というなんてという感じで…。
なんで「だべ」って言うのって聞いたら「いいじゃん」みたいに言われました。中学でも「だべ」というのはある一校からの出身者以外の人から聞きました。私も数えるほど「だべ」という言い回しを使ったことがあります。
高校では鶴見区の人もいましたが「だべ」という言い回しを使っていました。以前埼玉県の田舎に住んでいたこともありますがが都区内と言い回しは変わりませんでした。
因みに母親の実家は千葉県北東部です。
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金沢区で小中学校時代を過ごしました。


「~だべ?」は男子は使っていましたが、女子は使いません。
高校は都内だったので、友人から「~ジャン?」というのが非常に多い、と指摘されました。
その前に住んでいた埼玉でも「~ジャン?」は使いましたが、横浜は非常に多く使います。
他に横浜南部地区の方言として「いっせいの、め!」というのを指摘されました。みんなに「なにそれ~?」って言われました。
この言い方は金沢区出身の私と、港南区出身の友人だけでした。
横浜でも北部の人は、東京と同じく「いっせいの、せ!」でした。
これは日本全国色々な言い方があるのでびっくりしました。

ちなみに今は東京ですが、「~だべ?」はきいたことがありません。
男の子も使いません。ですが、「いくべ」(行こう)は時々男の子が言います。
「~じゃん?」も東京ではあまりききません。「~じゃんか?」です。
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横浜市南区(磯子区・港南区にごく近い方)出身です。


6歳の時に足立区から引っ越しました。
住んでいたのは小学校の時で、30~35年くらい前の話ですが…訊いたことがありません。

質問者様と逆に千葉県北西部に小学校卒業頃(30年前)に引っ越したところ、「~だべ」と使っていたのにカルチャーショックを受けました。

「~じゃん」は、よく聞きましたし使ってました。
「汚い言葉だから使うな」とよく親には言われましたが、周りで使う人が多かったので、すぐに身についてしまいました。

他に特徴的な言葉は思いつきません。
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生まれ育ちは西湘辺りです。


交通は便利ですが、元農村で今もそこそこ田畑があります。
「だべ」言いますよ~。
私が中高生の頃は、ギャル系の子も「でしょ?」という確認の意味で「だべ?」と普通に言っていました。
印象としては普段使いという感じで、地元民同士のくだけた会話以外ではあまり使っていなかったかなぁというところです。
「じゃん」も使いますが、上の年代が使うのはあまり聞いたことがありません。
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34年横浜(南区)に住んでいますが、「~だべ」は使いません。

最近スマップの中居君が良く使っているのをテレビで見ますね。中居君は藤沢市の出身のようです。
横浜は昔、半農半漁の地域で、「じゃん」などの方言は、漁師の方が使われていたものが残ったと言われています。
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多摩弁ですね。

実際には東京・多摩地区から神奈川・湘南地方にかけて広く分布。
他に「うざったい」とかも。
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中学から12年間、鎌倉(というか大船)に住んでいました。


父は生まれも育ちも、大船です。
で、鎌倉市内の高校に通いましたが、「だべ」は、それなりに通用する表現でした。
誰でも使うというわけではありませんが、基本的には他の方も書かれているように、代々地元であるという人には良く使われていました。
漁港言葉という話が出ていますが、かならずしもそうではない気はします。
というより、漁港(鎌倉で言えば腰越)の言葉は、「だべ」だけでなく、他の言葉も含めて荒い印象。
大船はやや内陸ですが、元々の土地の人は「だべ」と言っていたように思います。
たぶん、「だべ」の範囲は、けっこう広い。
従兄弟は相模の二宮(たしか漁港町ではない)にすんでいましたが、もう完全に「だべ」でしたね。
個人的にはサーファーがどうこうというのは直接的な要因ではなく、たぶん、新住民との比率で比較的地元の人が多い場所では、新住民の子供も含めて「だべ」と言うのが使われやすく、それがしぜんと広まったという感じじゃないですかね。
ちなみに20年も前の話ではありますが、「だべ」は横浜の言葉であり格好良いというような人もいましたね。
そうは言っても、やはり横浜の言葉ではないと思いますが。
(そもそも中区等も含めて横浜に代々横浜だという人など、そう多くはないわけで。)
まあ、なんといっても、横浜も含めて神奈川は、明治初期まで農漁村でしたから。
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もと横浜市民。

港北区から戸塚区まで住んだことがありますが、確かに東横線と田園都市線沿線では滅多に聞かれず、南に行くほど耳にするようになります。JR東海道・横須賀線で言うと、東戸塚~戸塚間に壁がありそう。だから、先の回答者の方が述べられている漁師→サーファ普及説は意外に正しいのかもしれません。
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 横浜出身今でも横浜の40代


男性はよく使うのでは、女性で使う人思いつかない
 金沢区でもよく聞いた
 港南区の高校でも男子生徒は普通に使ってた
 保土ヶ谷区の親戚のおじさんも使う、
 青葉区の知人も使う
 
~じゃん は女性でも大人も子供もいっぱい使う
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Q神奈川方言「~だべ」「~するべ」

私は中1の時、千葉県北西部から横浜市に引っ越してきた者です。中区の中高一貫の男子校に通っていたのですが、神奈川県民の友人の多くが会話で「~だべ」「~するべ」と言うのにカルチャーショックを受けました。

そこでお聞きしますが、「~だべ」「~するべ」という言い回しは県内のどこで特によく使われるのでしょうか? また、由来は何ですか?ご存じの方、教えて下さい。

ちなみに私の母も実は中区の中高一貫の女子校出身(実家は都内)なのですが、そのような言葉遣いは特にきかなかったといいます。

Aベストアンサー

この言葉の意味を理解してもらうために、一寸前置きが長くなりますが、我慢して読んで下さい。もしかしたら日本語が好きになれますから。

例外もありますが、一般には方言とはその地方が生み出した言葉ではなく、昔の京の都で話されていた標準語のことです。腰の軽い新し物好きの京童達は、どんどん流行語を作って、今の都会の若者達と同じ様に親達の言葉を古臭い物に変えて来ました。しかし、昔はその流行が地方に伝播するのに時間がかかってしまうので、ようやくその言葉が地方に届いた時に都会の者が田舎に行くと、都会人にはすでにそれが聞き慣れない言葉になってしまっているので、それを自分の親の親やそのまた親達が使っていた言葉だとは想像もできず、「方言」というレッテルを貼っていただけです。ですから、今の日本でも、京都を中心して遠い程、古い時代の京都の言葉が残っています。

昔は書物は文語で書かれていたので、遺された書物を調べただけでは、日常会話で皆がどう話していたか分からない場合が多いのです。そこで、日本民俗学者の方達が、日本中の方言を根気よく採取し、それを整理して時代順に並べる地道な努力をして下さったお陰で、今では、昔の日本人の話し言葉が大分判るようになってきました。そのように、方言は昔の日本人の話言葉を知るための宝庫なのです。極端な話、沖縄の言葉は、聞き慣れないとほとんど日本語には聞こえませんね。あの中には、日本人の古代語は一杯遺されているのです。例えば、沖縄方言を調べることで、何故、雨や天や海女をアメやアマと言うのかも判るようになったのです。

さてやっと質問の回答です。関東では神奈川ばかりでなく群馬や栃木などでも「ベーベー言葉」が使われています。昔、美智子妃殿下が戦火を逃れて群馬に疎開していたとき、妃殿下は「行きましょベー」とおっしゃっていたと言うエピソードを聞いたことがあります。これは、もとは「べし」と言う大変上品で立派な言葉だったのです。それが、少しずつ変化して「べー」に変わったわけです。江戸初期に書かれた『雑兵物語・おあむ物語』 (岩波文庫)は、珍しくその頃の話し言葉で書かれています。それによると江戸辺りの足軽言葉では、「べい」と言っておりました。東北地方では、今でも「べす」などと、元に形に近い言い方をしています。

ある時期から、京都辺りでは「そうであるべし」という上品な言葉を使わなくなってしまったのに、地方ではその言葉が、少しづつ形を変えて「そうだべい」とか「そうだんべー」とか「そうだべす」として、その上品さを今でも遺している訳です。質問者さんはそんなことは無いと思いますが、ただ聞き慣れないからというだけで、野蛮だの下品だのと、昔の京都の標準語を馬鹿にするものではありませんね。

蛇足になりますが、方言を調べて意外なことが分かった例をもう一つ挙げておきましょう。それは空にかかるあの奇麗な虹の話です。虹には虫偏がついているのでもお判りのように、昔の日本人は虹が出るときには龍神が虹を伝わって空に上がると考えていました。日本の各地では虹の語音は鰻に近く、東北の羽後では虹をノギ、沖縄諸島の中央部のヌージ、ノージから、端々に向かえばノーギ、ノーキ又はモーギ等になっていて、鰻を意味するウナジ、ウナギに似ています。沼に住む巨大な鰻などを「沼のヌシ」すなわち水底の霊界のヌシと呼ぶ理由も、実はこの虹の語音と鰻の語音の類似で、元は一緒の語音であったことが、民俗学の研究から分かっております。

もし興味がありましたら、これを機会に『定本 柳田國男集』(筑摩書房)などの確りした本の総索引を手引きに「方言」や「虹」に付いて調べてみると日本語の面白さが分かるようになると思いますよ。「べ」ばかりでなく、東京方言の女性言葉の「何々だわ」の「わ」が、もとは「わたし」の省略形だったとか、また、「ありがとう」が何故関西では「おおきに」、出雲地方では「だんだん」、東京では「どうも」と言うかなど、まだまだ面白い話が一杯あります。図書館で読むことができるはずです。

この言葉の意味を理解してもらうために、一寸前置きが長くなりますが、我慢して読んで下さい。もしかしたら日本語が好きになれますから。

例外もありますが、一般には方言とはその地方が生み出した言葉ではなく、昔の京の都で話されていた標準語のことです。腰の軽い新し物好きの京童達は、どんどん流行語を作って、今の都会の若者達と同じ様に親達の言葉を古臭い物に変えて来ました。しかし、昔はその流行が地方に伝播するのに時間がかかってしまうので、ようやくその言葉が地方に届いた時に都会の者が田舎に...続きを読む


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