いったいなんなんですか??本当に腹が立ちませんか。

世界史Bの教科書一冊で、いったい何人の人物が登場するんですか。

この本を読んで、世界史をイメージできる気がしません。

こんな状況なら、なくなってしまえばいいのではないでしょうか。


歴史を学ぶことには、たいへんな意義があるはずです。

だからこそ、もっと万人向けな記述をするべきではないのでしょうか。


偉い方、

どうにかしてください。


P.S.

中国史の面白さが全くわかりません

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A 回答 (14件中1~10件)

質問の理解に誤謬があったようなので、再回答します。


>「興味のある者すべて」という意味

で回答させてもらいますと、
歴史に関して「興味のあるもの全て」=万人に受け入れられる記述というのは存在しえません。
 これは、根本的に”歴史観の自由”を基調にしている現代社会においては万人受けする記述は不可能であるからです。
 具体的に言えば、扶桑社『新しい歴史教科書を作る会』・山川書籍・東京書籍など個別の歴史観が存在するからです。歴史教科書においては、ある程度の歴史観の個体差があります。歴史観の自由がある以上は、普遍的に受け入れられる教科書などはありえないのです。(辛らつにいえば、皇国史観に受ける教科書などは教科書化できるわけもないわけです)
 そして、万人に受ける教科書を目指すならば、国家の教育権(学習指導要領・教科書検定)の問題が発生するからです。
 
以下のような状況からしても万人受けは不可能と断定するしかありません。

 しかし、世界的に見て、客観性・国際協調性の意味でも日本の歴史教科書は優れています。私の知己のフランスの歴史学教授が山川の世界Aを講義の購読本として使っているくらいです。(教材としての価値全てではありませんが)
 
 極端な話ですが、歴史を学ぶことの本質は、歴史事実の背後の社会背景・人間心理などにこそ本質があると言えます。
 文化史を教科書で学習するのは、文学世界に社会背景が色濃く存在するからなのです。
 それを体現するのが、ルネサンス時代で、ルネサンス時代の世界史は政治史においては華々しい時代とは言えませんが、ルネサンスという文化現象から様々なアプローチが行われています。
 私は『歴史の固有名詞に歴史の本質的な価値がない』というのは、歴史が全ての学問との関連性を持つ部分として社会背景・時代背景という普遍的な要素が常に課題になりえるからです。
 たとえば、織田信長を知らずとも戦国時代の社会背景を知っていれば、戦国時代の社会を知ることはできます。社会背景に偉人たちが拘束されるからなのです。
 誤解している人がいますが、歴史的偉人が社会背景を創造することは存在しません。歴史偉人は社会背景の上に成り立ち、その社会背景を利用し、利用され業績を残すからに過ぎないからなのです。
 しかし、歴史学で固有名詞が尊重されるようになった背景には、学術的ソース主義・派閥主義が背景にあると言えます。その是非は問いませんが、是非、社会体系の本質から考えるようにしてほしいと思います。

 さて、学習教材として世界史のテキストとしては、旺文社の『世界詳説』(自著でもありますが)・学参社のマンガ世界史をお奨めします。
 最近、マンガ化された歴史教科書が増えましたので、読みやすい部分では優れていると言えます。
 ただし、注意してほしいのですが、漫画で描かれる世界史の社会通史は極めて杜撰です。歴史考証(時代の社会背景・習俗など)が出来上がっていない作品世界なので、漫画の背景などはありえない設定になっているケースが多くあります。
 同時に、監修するたびに注意しているのですが、どの時代の社会でも、いわゆる中央集権的社会・国家像が設定されているのです。
 世界史の全体像として国家・中央集権政治が実現するのは、ほんの最近です。
 極めて乱暴に言えば、長い時代、政教が分離されず、聖職者の政治介入・軍人の発言権の拡大化(文民統制問題)という世界の時代が続きます。しかし、多くの漫画作品では現代社会に近い政治体制で描くことが多いようです。地方分権・アナーキスティックな世界の体勢的な歴史肖像を現代風にゆがめられている部分では、本当の所、漫画作品の歴史本はお奨めできません。しかし、導入としては優れている、として評価することはできます。

長くなりましたが、世界史を学ぶ時に一番重要なポイントだけ指摘しておきます。
もっとも、重要なのは、その時代の人間が何を求めていたのか?だけです。それも、その時代の人間とは、支配者階級の話ではなく、庶民階層の話です。それさえ掴めれば、論理的に政治史・社会史が掴めます。

前回指摘したとおり、学問は多様です。歴史も多様・多元ですから、世界史ではなく各国史で学習するのも楽しいです。山川書籍の各国史ノートなども優れた教材ですので、色々試してください。それで身にならないならば、歴史なんて捨ててもいいと思います。
 受験教育の歴史は正直無用です。歴史の本道・王道を知りたいならば、歴史以外の本に本質があることが圧倒的と述べておきます。
 特に哲学・民俗学は歴史よりも楽しいものだと思います。

 
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範囲が広いので仕方ないと思いますよ。


詳細にやっていたら、分厚くなるし、テストも大変。
大学ならいくらでもいいでしょうが。

カタカナがやけに多いですね。
ただ、先生の教え方で違うかもしれないですが、
知らないことが多かったので面白かったですよ。
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まず間違いなく高校世界史は面白く書かれていません。


何より意味が無いのは、文化の項ですよね。
作者と著作の名前を羅列して中身に全く触れないんですから。
また、戦争の名前を暗記して何の意味があるというんでしょうか。
さらに、王の名前を覚えても、その具体的施策に触れずに評価を
するというのは、まるで偶像を崇拝するようなものです。

さらに教科書の史観は、現在の研究で否定されたものや、明らかに
著作者の意図を誤読しているものなども数多く挿入されています。
言ってみれば教科書史観とも言うべき独自の世界が広がっているのです。





ですが、それでもなお、高校生はこれを学ぶ必要があります。
テストがあるためです。そして、そのためには授業が
面白くあってはいけません。


もしかすると、なんだそれは!と憤慨されるかもしれませんね。
ですが教育によって人格が形成されるだの、先人を尊敬するだのという話は
単にお題目であって、言葉の羅列と、その愚行の多さ
(驚くべきことに教科書の記述は人類批判と怨嗟の声でつづられています。)
から何かを学んでしまうとすれば、人間への不信感しか生まれないのでは
ないか?とすら思えます。




そういう愚書であっても、学生はテストの為に勉強する必要があるのです。
受験に必要な能力とは何でしょうか。設問を想定し、情報をまとめ、いつでも
特定の知識を引き出せる用意をすること。そして出題者の意図に沿った
解答を書き出す技術です。少なくともこれは、意味の無い言葉の暗記などよりは
非常に有用な技術なのです。




質問者さんが感じられているとおり、教科書の大部分は、実のところ意味の無い
言葉の羅列です。ですが、中には重点的に扱われる重要な歴史の分岐点など
重要な情報が隠されています。そのような情報の奔流から自分の利用する分を
ピックアップし、整理していく技術が、将来必ず求められます。
その技術を養う観点からは、教科書はとても優秀な書物と言えるのです。


面白い歴史の話ならば、テストが終わって自由な時間が出来てから
読めばいいんじゃないでしょうか?
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 まず、地歴教育を専門とする立場であることを先に指摘しておきます。



まず、世界史に限らず、歴史を学ぶことに意義があるにしても、学問は万人向けであるものではありません。
 極めて辛辣にいえば、学問は当事者の資質に依存するものです。これは当人の好き嫌いの問題であって、教育でどうにか出来るものではありません。
 逆に、学習教材がどんなに優れていても興味が湧かないことはどうしようもありません。

 ただ、一つだけ歴史教育において言えることは、好きな歴史を持つことです。例えば、近代ドイツ史でもいいですし、日本史でも構いません。
 その得意な歴史箇所を縦(時代)横(地域)に注意しながら関連させてゆくのです。
 世界の歴史は独立して進展する部分もありますが、おおむね相互環境しながら進みます。どこか基点になる部分について好きになることで、派生的に世界史が頭に入ることでしょう。

 そして、受験教育では通じませんが、世界史を学ぶ上で、人名・王朝などの固有名詞は覚える必要性はありません。
 その時代背景と社会背景だけを追えば、歴史の体系は掴めます。

無理に固有名詞を覚えようとするからこそ、歴史の本質である社会通史が不明になり、歴史大系が分からなくなるのです。

 さて、中国史の面白さですが、非常に難しい問題です。
三国志・水滸伝などの戯曲から導入され中国史が得意な人が多いようですが、中国史を楽しむには、漫画から入るのも方法論です。

 特に横山光輝先生の中国史の作品は史実性は別にして読みやすいものです。
 仮にサブカルチャーから導入できないならば、日本史との関連性で学習するのがBESTです。
 江戸時代以前まで日本は中国文化の影響を多かれ少なかれ受け続けていますし、日中関係は日本外交の基礎だったこともありますから、日本史の勉強として理解できると思います。

 もし、それでもダメなら中国史は諦めてください。学問は押し付けられて行うものではなく自発的に行うものです。身に付かない学問は記憶に留まれないもので、無理に学ぶ必要性はないと思います。
 学ぶことは無限にあって、時間は有限です。世界史に限らず、様々な学問と相対し楽しい学問を修めるのが幸福でしょう。
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この回答へのお礼

専門の方にアドバイスをいただけるなんて、思ってもいませんでした。


私がいう「万人向け」とは、実は「興味のある者すべて」という意図だったのですが、、、


興味のある歴史があるので、そこから関連させてみようと思います。


社会通史に固有名詞の必要性がないと聞き、安心しました。

これから数ヶ月は、なんとか固有名詞を覚えなければならないのですが、、、笑


サブカルチャーは苦手なので、別の方向から導入できればと思っています。


ありがとうございました。

お礼日時:2009/05/22 23:11

編年史的な歴史と人物史は織物でいえば縦糸と横糸になるので、どちらも大切で、歴史を学ぶ時にもどちらからでも入る必要があります。


 同時に学ぶことは困難なことが多いので、学ぶ人それぞれに入りやすいところから入ればいいと思います。
 その意味で教科書に二つの入り口が用意されていることは、非常に親切なことで学生としては喜ぶべきことでしょう。

 高校が全入制になったときからこのような問題が歴史に限らず発生することは予測されたことで、高等教育を万人向きにすることは人類の知能が蓄積されていくことがない限り、無理です。特に普通過程の進学コースではあなたのような不満は日常茶飯に存在すると思われます。

 人間の知識は、常に真っ白なカンバスあるいはノートから始まるので、知識が累積されるごとに各分野の最先端に到達することが困難になります。
 無理することはないのです。いっそのこと、こんな沢山な知識を入れなくても人間国宝にもなれるし、ノーベル賞もとれるしと考えて、教科書に憤懣をぶつけるようなことは止めて、好きな道を早く見つけていくほうがいいと思います。
 ただどの分野にも歴史が積み重ねられており、その分野を理解する時は、その分野の人物史にも遭遇するでしょう。歴史のない分野を探すにしても歴史のなかにないことを確かめなければなりません。人間社会に生まれて生活する限り、歴史の網から逃れることができないということです。
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この回答へのお礼

編年史的な歴史と人物史、二つの入り口が教科書には用意されているそうですが、どういったことなのでしょうか...

高等教育については初めて聞く話で、たいへん新鮮な感じです。


無理はできませんが、できることなら世界史を学びたいと思っています。


ありがとうございmした。

お礼日時:2009/05/22 23:04

No.2/3です


少々言葉がきつかったかもしれません、でもなんの教科書もそうですが面白いかどうかは取り組みかた次第ですよ。
世界史はあっちこっちと地域が飛ぶので理解し辛い部分がありますが、流れというものが勘案されており、また著者がマニアックな教科書で無い限り受験重視の内容なので偏重はほとんどありません。
貴方は中国史が面白くないですか、だったら中国史以外で面白いと思ったところから勉強してみてください。
でも結局中国史にかかわりますよ、四大文明の一つだとかそんな単純な問題ではなく、地政学的にアジアはもちろんの事、ヨーロッパ、アフリカ、そして日本と文化の絡みにおいて無視できないんですよ。
はなから「嫌いだ」と決め付けてしまうと「じゃあ勉強するな」という答えしか出てきません、食わず嫌いという事もありますよ。
教科書なんて中味は大した量ではないですから通読してみてください、その気で読めば半日で読み終わります。
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この回答へのお礼

根本的に、私の取り組みかたが間違っていたようです。

いつまでたっても世界史が面白くならない理由を、教科書に結びつけようとしたことも。


教科書の流れに、たいした意味はないと思っていました。

でも、そんなのありえないんです。

この時代に、まったく理解し辛い教科書が出ているわけがない。


中国史、たしかに食わず嫌いかもしれません。

イメージだけで嫌っていた部分がありそうなので、、、


明日、やってみます。

重ね重ね、ありがとうございます。

お礼日時:2009/05/22 22:54

>世界史が、つまらなければいけない理由があるのでしょうか?



はっきりとした理由はあります。
何でも習い始めはつまらないからです。
基礎ができていなければ発展も応用もありません。

思い返してみて下さい。算数の1+1=2だって非常につまらないです。
でも、小学校のときは与えられたものをやるしかないし、
そもそも疑問にも思わなかったでしょう。
それが中学・高校と進むに従って技術が継承されて、高度な問題が解けるようになりました。

ゆえに今のあなたの世界史の状態はほとんど知識が0の状態です。
ならば砂を噛むような味気ない時間の積み重ねも必要です。

今、あなたの習っている世界史は将来役に立つかもしれないし立たないかもしれない。
ただ、間違いなくいえるのは映画なんかをみたとき、
そういえば高校でこういうことを習ったなという場面は年間数回は出てきます。
勉強していなければそういう感慨は出てこないでしょう。

それが今度は社会人になってからの歴史的考証の積み重ねにつながります。
しかし、予備知識0の人にこの作業は無理です。
何も知らなければ興味もわかないでしょう。

歴史的考証ができるようになれば歴史に学べるようになります。
古代中国で暗躍した権謀術数を勉強してみるのも面白いでしょう。
当時を生きた人の息吹を感じるとき、それが本当の勉強です。

高校の授業は一考の余地があるはずです。
たとえば世界不思議発見みたいなクイズ形式にすればよほど面白い。
生きた歴史も同時に学べるというものです。
私ならこう考えますが、指導責任とかあるでしょうから無理かもしれませんね。

何事も独学では非常に大変です。
机の前に座っていれば教えてもらえるという時間を大切にして下さい。
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この回答へのお礼

アドバイス、ありがとうございます。

「何でも習い始めはつまらない」ものなのだとしたら、、、残念です。


これだけは申し上げたいのですが、私は世界史が将来役に立たないなんて微塵も考えていません。

理科系の科目やら何やらに比べれば、教養として世界史を学ぶ意義は必ずあるはずです。


高校の授業をクイズ形式にすれば生きた歴史が学べるかどうかはわかりませんが、

歴史の教育というもの自体が、衛星放送のドキュメンタリー番組のように感動的であってはいけないのでしょうか...

お礼日時:2009/05/22 22:35

NHK高校講座、世界史


http://www.nhk.or.jp/kokokoza/library/2008/tv/se …
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/sekaishi/

歴史の面白さなんて、政権交代か革命で、権力が手に入るとき、面白くなるので、万年平民では、興味もわかない。若い人には無理です。
NHK高校講座のテキストの販売が終わりました。以前、日本史のテキストが割安でした。それは、中高年の会社経営者、自営業の社長さん、大企業の幹部職員が、情勢を分析したり、会社の改革のために真剣に学習するために購入していたからです。本当の勉強、学問は、そのようなものでしょう。
今、コミック「日露戦争物語」を読んでいます。「おーい、竜馬」と一緒におすすめです。
のんべんだらりと、自分と関係ない話を聞かされても、面白くもないでしょう。自分にとって、ぬきさしならない時代と地域があるはずです。そこを、とことんこだわって研究してください。一点突破です。
大いにお励みください。
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この回答へのお礼

NHKがこのようなことをしているなんて、とても驚きました。

思っていたよりずっと実用的なように感じられます。


ぬきさしならない地域、あります。


ありがとうございました。

お礼日時:2009/05/22 22:08

覚えなければならないと思えば、対象の多さに嫌になりますね。



日本史で考えれば、各時代一人として卑弥呼・聖徳太子・藤原道長・源頼朝・足利尊氏・豊臣秀吉・徳川家康・伊博文・東条英機・吉田茂で10
人、これじゃあ少ないと思うでしょうが、各国を平均すればその程度ではないでしょうか。
西洋中心になるので異様に多い国もありますが、上記の人物だけで日本史がちゃんと記述できない様に、殆どの国の歴史は通り一遍でしかありません。

歴史と言うものは何時になっても学ぶ事ができるもので、残る楽しみが沢山あるものについての、抄訳本だと思って下さい。
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この回答へのお礼

本当に、対象の多さには呆れるばかりです。嫌にならない方が無茶な話だと思ってしまうのですが、、、

日本史は世界史以上にわからないので、あまりピンとはこないのですが、
なんとなくおっしゃられていることはわかったような気がします。


私自身、今でさえ中学生の頃に比べると記憶力のようなものの著しい低下を感じています。

いつか学ぼうと思ったとき、モノになるといいのですが、、、少し不安です。


ありがとうございました。

お礼日時:2009/05/22 21:57

世界史大好きですが、人名を覚えるのはとても苦手です。

日本史と世界史の選択のとき、漢字で人名を覚えるのがイヤで、世界史をとったぐらいです。芸能人の名前も覚えられません。

授業に日本史が有る以上、世界史は世界と日本の関係性や、人類の歩みそのものを学ぶものです。
歴史は人が作るものです。
たとえば、ルビコン川を前にして「ここを渡れば人間世界の悲惨、渡らなければわが破滅」と嘆き、「賽は投げられた!」と川を渡ったユリウス・カエサル、彼が居なければローマ帝国は出来ず、その後のヨーロッパ歴史も違っていたものになっていたでしょう。

たった一人の人間の、たった一度の決断が、その後の歴史を大きく方向付けることもあるのです。

ですから、そのようなことを成し遂げた人物の名前を学習し、記憶にとどめておくのは、勉強として有益です。本当は名前だけでなく、その後ろに何があったかをきちんと覚えておくのが歴史を学ぶということなのですが、学校の勉強=テストですから、人名に偏るのはいたしかたありません。

たとえば、このような問題がでたらどうしますか?
Q1、ローマを共和政から帝国に変革する端緒となり、皇帝の地位を創設する原動力となった人物は誰か。
A1.ユリウス・カエサル

Q2.ユリウス・カエサルが成し遂げた改革と、改革に至る事情を述べよ。
A2.ローマ共和国は、属国を持つほど巨大になったが、平民会議を含む元老院制では、意思決定が遅くなり、また巨大な領土の隅々までその決定を伝達するのに時間がかかるようになり、危機に対処できなくなった為、権限を皇帝一人に託すことで、意思決定を早くし、皇帝の伝令が領土全体に決定を伝え、情報を持ち帰るようにしたこと。カエサルが行ったのは、司祭長・平民会議長・軍最高司令官が別々の人物だったのを一人の人間が全権を持てるようにしたこと。

Q1もQ2も同じことを学び、テストを行えばどちらも答えられるはずですが、Q2の問題ばっかりだと、テスト用紙がいくらあっても足りないし、採点する側も○×で採点することができなくなります。

ですので、「学校の勉強」が人名に偏るのは致し方ないのです。
若い人は「学校で教わってないから」と言い訳しますが、この複雑な社会では学校で教わることなど、ほんの一部です。
自分の知識と教養を高めたければ、教科書を端緒に面白いと思った人物を自分で探求すればよいのです。
先のカエサルだって、ネットにいくらでも参考資料がありますよ。

逆に言えば、そのようなことを繰り返すうちに、自然と名前が頭に入ります。テストの点もよくなると思いますよ。
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この回答へのお礼

私も漢字で人名を覚えるのがイヤで、世界史を選んだ部分があります。

芸能人の名前だってさっぱりですが、私だけでないとわかって安心しました。


お示しいただいたいくつかの例も、とても新鮮に感じます。

「『学校の勉強』が人名に偏る」所以についても、理解自体はできました。


自分の知識と教養を高める方法について、少し考え直さなければならないようです。

ありがとうございました。

お礼日時:2009/05/22 21:48

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