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思考は現実化する
ザ・シークレット
7つの習慣
成功の9ステップ
ユダヤ人大富豪の教え
etc...

この質問を読まれている方は、自己啓発に興味がおありかと思います。
また、上記の有名な自己啓発系の本を全部読んでいるかもしれませんし、読まれていないものもあるかもしれません。

私がこれらの本を読んでどうしてもわからないことがあったので、質問させて頂きたいのです。理解力のなさを申し訳なく思います。

自己啓発の本には、大体下のようなことが書かれているかと思います。
『成りたい自分をイメージすれば、その通りの自分になれる』

思ったとおりのことが現実となりうるのであれば、メルヘンと思考の違いはどこにあるのでしょうか?

私は今「今すぐに空を飛びたい!!」という思考をしても空を飛べません、今やってみました。

この場合思考は現実化していませんが、ライト兄弟は飛行機を作って見事空を飛ぶことができました。

現実化する思考と現実化しない思考、この違いは一体何なのでしょうか?

あるいは区別がつかないから信念を持ってできるまで努力をすべきということですか?

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A 回答 (8件)

>現実化する思考と現実化しない思考、この違いは一体何なのでしょうか?



 対象を把握する、その仕方の違いだと思います――言ってみれば、記号と象徴。

 例えば「空」をイメージしてみる。青く澄んだその色や、真っ赤に染まるその色ひとつをとっても、色で空を把握することは叶わない。見上げたときの広がりと、見下ろしたときの薄っぺらな空を、あるときは地表の伸張として把握できても、それはひと時のことであって、やがて空は空へと変わり、暁は今日へと姿を変える。
 空に対するこのような把握の仕方は、決して完全には知り得ない「何か」を、表現可能な最上の妥当性で掴み取ろうとする所作だと思える。
 例えばそれを、象徴的把握と呼んでみることにする。

 それに対し、空を置き換え可能な代替物として把握する仕方がある。空を構成する成分であり、それは粒子であり、流体であるような、空に対する賛辞からすればその表現は決して妥当とは言えないものではあっても、それは類似物に見立てて把握することで、空の「何か」を掴み取ろうとする所作だと思える。
 これを、記号的把握と呼んでみることにする。

 「飛ぶ」という行為を考えたとき、それが現実化するだろう仕方は、いったいどちらの把握をする場合だろうか。それは、おそらく後者ではないだろうか。なぜなら、前者で「空」を把握する者は、すでに飛んでいるからなのだろう。ルイス・セプルベダの『カモメに飛ぶことを教えた猫』を読むとき、読者はきっと、この時制の異なりにいちばん胸を打たれるのではないだろうか。
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この回答へのお礼

とても興味深く参考になるご回答ありがとうございました。

>前者で「空」を把握する者は、すでに飛んでいるからなのだろう。

正直よくわかりませんが、このところをもう少し深く考えてみたいと思います。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/05/23 09:49

僕も詳しくはないですが、かつ,あまり好きでもないのですが、


本気かどうか、の違いだと思います。

空を飛びたい、と思ったとき、自分は間違いなく空を飛べるんだ、と思いました? 髪の毛一本ほども疑いはありませんでしたか?
たとえ今はだめでも、死ぬまでには自分は飛べるようになるんだ、とか思いました? 

希望じゃなくて、たぶん本気でそうなれる、と思え、ということかなーと思います。自己啓発系の本の言っていることは。
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この回答へのお礼

シンプルなご回答、ありがとうございます。

>本気かどうか、の違いだと思います。

確かに、心の中では、そんなはずはないと思っていたりしますもんね。

そして、根本から変わるというのは難しくも簡単でもあるような気がします。

ありがとうございました。

お礼日時:2009/05/23 09:05

こんばんは、tamanegi3さん。




うーん? 用法のちがいみたいなもんじゃないかな?

たとえば…

森の中

ずんずんずんずんと

森の中の道を

奥へ奥へとすすんでいく

すると T字路にさしかかる

そこには 立て看板がひとつ(案内板)


求めよ、さらば与えられん。
尋ねよ、さらば見出さん。
門を叩け、さらば開かれん


と 書いてある

この案内板を目にしたあと

この先 あなたなら どうする?


この、「ら-れん」が曲者のような気がする。(まったくの無根拠だけど…)

可能と推量の用法ととるか

ふむ、

「み-ら-れん」
http://www.weblio.jp/content/%E3%81%BF%E3%82%89% …

禁止の用法ととるか


T・P・Oの使用用法のちがいが、結果にあらわれてくるんじゃないのかな?
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心に強く思い描いたことは、ある程度現実化してきます。



それは心そのものが現実と強く結びついているものだからだと思います。

さて、「空を飛びたい」という思考ですが、具体的に強く結びついていないから実現しないのだと思います。

仮に空を飛べても、それが今までの現実とリンクしていない。
単純に空想だと、心が既に思っているからだと思います。

現実的思考は日常的生活のために不可欠で、空を飛びたいという思考は、現実逃避の面が強いのではないかと。

実際に必要で、それが自らの人生にとって必要不可欠のことなら強い思考によって結びつく面もあると思います。

しかし思考は危険な要素も持ち、あまりに無意味なことは天や世の中が許してはくれません。
それは必要ないことだからです。
本人にとっても周りの人にとっても。

自他共に有用な能力なら、使用可能になる場合もあるかもしれません。
広い視野が必要で、その時にはその人は大人になっているはずです。
ある程度の分別はついていると。

現代の日本は頭の良い人が多く、複雑化しています。
切実な思考なら、叶うときもあると思います。

さて、空を飛びたいという願いですが、飛べますよ。強く思えば。
人間は不思議な生き物ですから。
しかし現実、幸せには直結しないと思います。

超能力は迷惑な側面も多いですが、勘と言うか、意外に超能力を知らず知らず持っている人は案外と多いです。
真面目に何かに打ち込めば、眠っていた力が出てくる場合があります。
が、問題は幸せに役立つかどうか。
そちらのほうが重要です。
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この回答へのお礼

スピリチュアル的な回答、ありがとうございました。

>単純に空想だと、心が既に思っているから

確かにそうですね。表面上「空を飛べる!」と思ってはいても、心の中では「無理!」と同時に思っている自分がいたりするようです。

そして、この場合心で思えば現実化は可能ということになりますが、貴方がおっしゃるよう、幸せかどうかを考えるべきですね。

お礼日時:2009/05/23 09:00

[現実化する思考と現実化しない思考、この違いは一体何なのでしょうか?



違いは観察力の欠如ですね。
鳥が空を飛ぶことは目が見えるものであれば誰しも理解します。では何故飛べるのだろうと考えたことがありますかと問えば、ほとんどの人は考えたこともないでしょう。これが、現実化する思考と現実化しない思考の違いですね。
同じく、風でりんごが落ちることなど誰でもわかることですね。でも何故落ちて、飛んでいかないのだろうと考える人はいないですね。
何故飛べるのだろう。何故りんごは落ちるのだろうと考えることができないと、それから先には進めないのですね。
飛ぶためには羽がいると気づけば、飛行機になるし、りんごは重力で落ちていると気がつけば重力に反した力を与えるロケットでりんごを飛ばすことはできるとなるわけですね。
メルヘンというのは私は鳥になりたい、犬になりたい、りんごになりたいと思う心ですね。考えるのは自由ですが鳥でも、犬でも、りんごでもない自分がいることは変えようが無いのですね。
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この回答へのお礼

わかりやすい文章と回答をありがとうございました。

>違いは観察力の欠如

なるほど、観察することによって、何ができて何ができないかの違いを判断することが可能ですね。

そして、一元論的に「観察とは何か?」をということを考えた場合によくわからなくなってしまいました。

そこらへんを含めて「観察する力」なのかもしれません。

ご回答、ありがとうございます^^

お礼日時:2009/05/23 08:52

こんにちは。



偶然ですが、以前私も同じ質問をしようと思っていました。
何とか自分で考えて答えを出したので、その私の解釈を書いてみます。

「思考(具体的に考えたこと)は(※具体的に行動できるので)現実化(努力が結実)する」ということだと思います。
ポイントは(※具体的に行動ができるので)の部分。要は、抽象的な「思考」をいかに具体的に目標を見つけて定めて行動できるかです。

(1)まず思考する(現状を理解する認識する)
 ↓
(2)考えると具体的な目標・目的・方法が見つかる(方向性や方法、どうすれば可能か)
 ↓
(3)目標・目的・方法を見つけたらより具体的に行動ができる
 ↓
(4)行動するということは何もしないより現実化されるということ
 ↓
(5)行動・継続・習慣化することでより現実化されるということ
 ↓
(6)結果、現実化する(結実)


例えば、「空を飛びたい」という例。この時点で思考は抽象的。目標・目的・方法が定まっていない。漠然としていますね。そこで、

飛行士などの目標を見つける((1)(2):思考)
 ↓
飛行士になるための勉強を始める((3)(4):具体的な目標が見つかれば、具体的な行動ができる)
 ↓
目標に向けてひたすら勉強する((5):強く願う=継続、数回落ちたぐらいでは諦めない)
 ↓
すると努力の結果に合格する、飛行士になって空を飛べる((6):実現化する)

この様に考えると、質問者さまの「空を飛びたい!今すぐ!!」という願いであれば、現時点で飛べるかどうすれば可能かというのは
「今すぐ空港に行ってチケットを買って飛行機に乗れば実現化する」のではないかと思います。


>現実化する思考と現実化しない思考、この違いは一体何なのでしょうか?
継続力だと思います。

>あるいは区別がつかないから信念を持ってできるまで努力をすべきということですか?
努力は行動ですから最も大切なことだと思います。

しかし、自分でもまだ他に納得できる説明はないものかと考え中なので、私も他のご回答に注目させていただきますね。
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この回答へのお礼

共感してくださる方がいて、とても嬉しい限りです。

>「思考(具体的に考えたこと)は(※具体的に行動できるので)現実化(努力が結実)する」

なるほど、思考自体が抽象的である限りは行動も起こせませんし、実現もできませんね。

つまり行動が起こせるということが現実であるという証拠なのかもしれません。

とても参考になりました、ありがとうございます。

お礼日時:2009/05/23 08:43

 思い込みと確認・検証された事実、メルヘンと思考の違いはここらにあるかもしれません。


 ごく当たり前に使っている携帯・TV・車その他多くのものが、そう遠くない昔には魔法でした。思い描けるが実現方法の分からない技術=魔法ということです。
 この辺を短絡思考してしまうと、魔法の修行に励んだりすることになり、自分の懐を肥やす魔法に取りつかれた人たちの良い肥やしとなるわけです。
 さて、「この質問を読まれている方は、自己啓発に興味がおありかと…」ということでしたが、タイトルにはそのような記入が無かったので開いてしまいました。結果として「宗教被害発生途上現場」に出会うことになったわけで、興味深いことです。
 「願えば実現」、なんと魅力的な言葉でしょう。何しろ何の努力もいらないのですから。しかし、これが事実ならば願いの数だけ世界が出来て、「願い別パラレルワールド」のオンパレード、星の数などと言っても追いつかないほどの宇宙の多さで、その重力により収縮し今頃はビックバン以前の事象の地平を超えた不可知領域(ある意味、メルヘン・ファンタジーが罷り通れる世界?)となっているでしょう。
 あなたの希望する『成りたい自分』がどのような自分なのか不明ですが、この世に生を受けたわけ(≒存在意義)を問うているのであれば、メルヘンと現実を区別したうえで、自らの存在意義を求める努力をしてください。
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この回答へのお礼

するどい指摘をして頂いて感謝致します。

宗教被害発生途上であることは私も感じています。

確かに、自らの存在意義を求めるべきですね。

ご回答、ありがとうございました。

お礼日時:2009/05/23 08:35

そもそもメルヘンと具体的な思考とは、意味が違います。


メルヘンは自己中心的に、その他の要素を考慮せずに、自分の志向だけを考えるものです。
たとえば、女性が「いつか白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる」とメルヘンをもつとします。実際に白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるかもしれないと言う点では、可能性は(限りなく低いものの)ゼロではありません。ただし、現実には以下の問題点があります。
・王子様ってほんとうに皇太子とか王太子とかのこと?
・白馬に乗って迎えに来たら、道交法はどうなる?
・迎えに来る前に出会うのはどうする?
などです。

ですので、現実的には、
・私を守ってくれるから王子様なの(それはナイト:騎士じゃないか?)
・白馬じゃないけど、白いバイクが鉄馬だからいいの。
・もちろん、出会ったのはもっと前、プロポーズにバイクで来てくれたいいの。
などと、現実的な思考(もろもろの要素を考慮して)で、現実的な結婚をするのです。

まあ、欺瞞といえば欺瞞なのですが、ライト兄弟だって、鳥のように空を飛びたいと考え、飛行機を発明しましたが、飛行機は鳥と同一に飛べるわけではありません。

「思考を現実化する」ためには、いくつもの具体的な要素を現実的に考える必要があるのです。これがメルヘン(夢想)との一番の違いです。

『成りたい自分をイメージすれば、その通りの自分になれる』は、ある意味その通りです。
しかし、理想的な「なりたい自分」をメルヘンチックに考えるのは良いのですが、成れる要素を考えると現実的な道は限られてきます。
たとえば「社長になる・経営者になる」と理想的な自分を置いたとしましょう。学生であれば、大企業に入ってトップに上り詰めるという思考を元に、就職活動なりその後の社会人生活を営み、目標を達成することもできるでしょう。
しかし同じ「社長になる・経営者になる」と社会人になってから考えると、今自分の所属している会社のトップは狙えるかもしれませんが、別の企業のトップを狙うのは難しいでしょう。
また学生も含めて、起業すれば(今なら0円で起業できます)とりあえず社長・経営者という肩書きに嘘はなくなります。ただ、それが自分の望んでいる姿かどうかは別です。

具体的な思考を行うと、「方法論」や「そこに至る具体的な道筋」というのは選択肢がいくつもあることが分かるでしょうし、具体的な行動も必要です。しかしメルヘンではそのあたりをまったく考慮せず、ただ夢を見るかのごとく、「こうなったらいいなーー」と考え、具体的な行動を起さない(というか取っ掛かりがなくて起せない)という点が違います。

最後に啓発本のからくりを説明すると、
1.成りたかった自分の動機を語る
2.動機をモチベーションに高め、持続させる方法論を語る。
3.思考を具体化し、行動に移す方法論を語る。
4.行動を持続させ、または危機のときに回避する方法論を語る。
5.目的を達成した後、振り返って反省点を述べる。
6.具体的なテクニックなどを伝授する。
これらが、ちりばめられて書いてあるのが普通です。
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この回答へのお礼

とてもわかりやすく詳しい解説ありがとうございました^^

>具体的な行動を起さない(というか取っ掛かりがなくて起せない)という点が違います。

確かに思考をしたところで行動に移せないということは、可能性すらないということになりますね。すなわち現実化不可。

そして啓発本のからくりの点も参考になりました。
ありがとうございます。

お礼日時:2009/05/23 08:31

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