以前、右のURLにて質問した者です http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4959350.html
前回ご回答いただいた皆様ありがとうございました 他の方のご回答もいただければと思い、再投稿です

専門的知識をお持ちの方、ご経験のある方、ぜひご意見をお寄せいただければと思います

結婚直前に、彼母が人格障害者であることが判明しました
これをきっかけに今まで知らなかった彼の家庭環境が明らかになり、結婚をしてよいものか考えています

彼との結婚をやめたとして、年齢的(30代半ば)にも彼ほど気が会う人と会えるかわからないので、できれば彼と結婚したいのですが色々と考えてしまいます

彼は高学歴の両親の下に育ち、彼母の希望する将来のレールに乗ることを期待されながら幼少期を過ごしました
大学受験では、親のレールと違う進路に進もうとして、彼母と衝突 母親から執拗なまでの受験妨害を受けました(彼も母親に暴力を振るうなどして抵抗したようです)
結果ノイローゼになった彼は、結局希望の進路にも進めませんでした (今もその点に関しては母親に対して恨みの気持ちがあります)

父親は、仕事を理由にして、家族のことは一切妻に任せている人だったようです(社会的成功を収めた人ですが、彼父もACと思われます)

結婚が決まり、新居は彼親の希望もあって、彼親の実家近くのマンションを借りました(この頃、彼母はまだ普通の母親といった風で家族の問題は知りませんでした)

その後、彼母がきちんとした理由ないまま、私との結婚を反対しだし、その話は平行線 埒が明かず、彼の親戚に相談した結果、私たちは遠くへ引っ越しました(場所は彼親には教えていません)

実家を離れて以後、私を「ママ」と呼ぶようになり、母親の愛情を求めてくる姿勢が強くなっています
彼は、普通の会社員として仕事を持ち、社会生活は普通に行っていますが、内面的にAC(アダルトチルドレン)を抱えている様子です

彼は、家族のスケープ・ゴートとしての役割を持っていたと思われます
そして彼の中には、親に対する恨みと同時に、子供として認めてほしいという気持ちがあるようでした(彼母の希望を聞いている間は、彼に対してとてもいい母親で、私はそれまでいい面だけを見ていたようです)

私はごく一般家庭に育っていますが、一番多感な時期に両親が離婚問題でもめ、以降、家庭の中の役割(リトル・ナース:家族のフォロー、イネイブラー:他の兄弟の偽親、プラケーター:両親のなだめ役) を演じていたことがありました
この点は、あるきっかけから成人して後、カウンセリングに通うようになり、意識して役割を演じないようにしてきました

カウンセラーさんからは、共依存になっても彼との暮らしを選び、親元から離れたほうがよい といわれました
「共依存をぬけて別の共依存のなかで成長するなんてことあるの?」と何度もお聞きしましたが、納得いく答えがもらえず仕舞いでした

先の投稿から、彼と結婚した場合に依存関係の夫婦になりそうで、改めてAC・共依存について調べてみましたが、確証がありません

果たして共依存の夫婦関係が成立するものか、もしくはあまりよろしくない結果を生むものなのか、気をつける点など、何でも構いません
ぜひご意見をお聞かせください

なお、誹謗中傷的な内容はご遠慮ください

長文読んでいただきありがとうございました どうぞよろしくお願いいたします

A 回答 (15件中1~10件)

こんにちは。

subaru2009です。

>過去は変えられないけれど、未来は自分の意思で変えていけるとおもうんです

そうです。「幸せの扉と不幸の扉」の話をしてくれた人も言っていました。「幸せの扉」を開けることのできる人の条件はズバリ「過去に縛られない」ことだそうです。過去を反省したとしても縛られてはいけません。「今までこうだったから、これからもこうに違いない」そう思った瞬間、開けようとしていた幸せの扉を自らの手で閉めて、不幸の扉に鍵をかけて閉じこもってしまうんだそうです。いったん不幸の扉に閉じこもってしまうと、その後どんなにいい人達と出会っても実らなくなってしまいます。

私はまだ完全に不幸の扉に鍵をかけることはできていませんが、「この扉を閉めて新しい扉を開けよう」と誓った後に、自分を支援してくれる人との良い出会いがありました。

RiceBowlさんの人生が良いものになるようお祈りしています。
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この回答へのお礼

レスが遅くなってすみません

この短い期間に、ちょうどsubaru2009さんのお話にあったような事がありました
新しく知り合った人(お友達として)との間で、話の行き違いがあり、ここで私は過去と同じような行動をとってしまい、その人との関係が断たれてしまいました
それまでのご縁といえばそうなんでしょうが、原因はお互いきちんと話ができていればなんでもなかったことでした

「幸せの扉と不幸の扉」の話を聞いていたのに、まだ私は過去に縛られていたんだ!(><)と気づきました
そして、今回の行動が自分の過去のパターンであるという事を、意外にも初めて向き合えた事に驚いています

不幸の扉に鍵をかけるのも、すぐに とはいかないのかも知れませんね
でも、「鍵をかけて前に進む」という自分の気持ちを強くもって行動すれば、少しずつ道は軌道修正されていくのかな

subaru2009さんのご意見と共に、自身の気持ちが整理されていったように思います
ここでこうしてお話を聞けたこと、本当に感謝しています

一旦、この投稿は締め切らせていただきます
長い間お付き合いくださり、本当にありがとうございました

お礼日時:2009/07/03 10:08

心配ですよね・・・。


質問者様からみたら軽症かもしれませんが、うちも共依存な夫婦だと思います。

結婚前から、よく喧嘩してました。
特に旦那は、甘えからくる怒りみたいなもので、かんしゃくを起こしてました。
彼は私に母親を期待していることもありました。あんたの母親じゃないんだよ!と叫んだこともw
その当時は、共依存とかっていう言葉も知らなかったのですが、これはおかしい!と痛切に思っていました。
自分なりに考えてシンプルに考えで相手にも伝わるように下記の目標を決めました。

・ 原因究明のために過去をみることはするけれど、過ちを見つめすぎない
・ 2人が最終的に幸せになるように決める。
・ 叱ったり怒ったりはしない。お互い大人だから。するのは相手に対しての提案だけ。(叱ったりするとそれは保護者の領域になるから)
・ 甘えあうのではなくて、自立して頼りあえるように頑張ろう

そして事あるごとに2人ともが納得できるまで話し合います。
コミュニケーションは欠かせません。
間違いを指摘されたらお互いできるだけ素直に謝るように心がけてます。
旦那はかんしゃくをほぼ起こさなくなりました。

ここに至るまで結構な時間がかかりました。
人格形成はもうほとんどできあがっている相手を変えて行くのは骨が折れます。
でも、双方に2人でいい関係を築いていこうって意識が継続できれば少しずつでも進歩するのではないかと思います。

お互い頑張りましょう!
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この回答へのお礼

旦那様の行動は、彼の行動ととても似ているように思います

私も毎日のように「私はお母さんじゃないから!」と彼に言っていました
お二人でルールを作って、お互いにそれを守っていらっしゃるのは、本当にうらやましいです
ご主人も、それだけ本気でoil_freeさんとの関係改善に取り組んでらっしゃるんでしょう

彼も努力をしようとしてくれますが、かんしゃくを起こしたら最後、ルールどころじゃなくなってしまいます
後で、謝る彼を何度となくみてきました

その度に許してきましたが、私がゼッタイ許してくれると思っているのか、ルール破りは続いています

ホントに時間がかかるんでしょうね^^;

今回の場合、彼だけならば私もがんばるつもりでしたが、彼の親までヒドイ状況で、何かと私たちにからんでこようとします
もし何かが発端となって、彼と彼親の意見が一致してしまったら、そのときは私が悪者でしょう

彼は、親と縁を切ったような事はいいますが、色々言い訳をつけて、彼の携帯はいつでも彼の両親から彼への連絡が取れる状態のままです

私の今回のケースは、私1人で踏み込むには、あまりに危険な賭けである気がしています

しかしながら、励ましのお言葉ありがとうございました
同じようなパートナーを抱え、oil_freeさんの前向きな姿勢と、実際にがんばっている人がいるのだ という事に、とても勇気付けられました

ご回答ありがとうございました

お礼日時:2009/07/03 10:34

こんにちは。

subaru2009です。

私は結婚7年目にして夫にポイっと捨てられそうです。私がこのまま働かなくて夫の収入に口を出すようになれば、私と一緒に居る価値は無いと判断すると思います。今まで私は自分が無価値だと思われることが怖かったんです。だからずっと夫に服従してきました。しかもそのことに気付いてませんでした。自尊心がなかったんだと思います。(夫は子供の生活費・養育費を出さないと言っているので)子供も産めず、自分の稼いだお金を夫に貢ぎ続けて、一生を棒に振っていたかもしれないと思うと怖くなります。

夫も自分の父親が暴力を振るって母親を服従させていたことに関しては非難しています。でも私をコントロールするために、態度や言葉による暴力を振るいます。自分の父親のように好き勝手な人生を送りたい、妻はその為に利用すべき存在なのだと思っているようです。やり方は違っても彼の父親と同じことをしているのです。私が夫の意に従わなかった時、夫はものすごく冷たい目をして私を無視することがあります。まるで壊れたモノを見るような目で…。

私はずっと自分が情のない人間だと思っていました。夫の為に何かすることは義務でしかなかったからです。これでは子供を産むことも義務になってしまうと思い、そういう事態は避けました。夫の顔色を伺うのでいっぱいいっぱいで、子供に愛情を注ぐどころではないとも思ったからです。私の母もまたそういう人生を歩んできた人なので、私は母に優しく抱きしめてもらった記憶がありません。ですから自分の子供を私と同じようにしたくないという気持が強くありました。

その一方で、以前勤めていた会社を辞めた後もボランティアで仕事を手伝いに行っていたことがありました。働いていた頃から「家族みたいだな」と思えた職場だったので、ごく自然に心から「お金はもらえなくても役に立ちたい」と思っていました。「私は情のない人間なんじゃなくて、夫との関係が情のない関係だっただけなんだ」と気付きました。

もし私が人生やり直すことができたなら情の通った関係を築きたいと思います。
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この回答へのお礼

人の事は冷静に見れていても、まさか自分が同じ事をしているとは、人間気づかないものですね

subaru2009さんは、色んなご経験を経て、自尊心いうことに気づき、現在は、自分の意思で前を向いていらっしゃるようにお見受けします

自分都合の執着がある間は、その人を離そうとしない人との関係ならば、またまた、色々気をひく言葉や態度で、こちらの気持ちを惑わされるよりは、相手からポイッとされるほうが、かえって望むところのように思います

過去は変えられないけれど、未来は自分の意思で変えていけるとおもうんです

お話している間に、だいぶ冷静になれましたよ
ご回答ありがとうございました

お礼日時:2009/06/23 21:55

こんにちは。

subaru2009です。

私が夫と別々の人生を歩みたいと思ったのは、夫が私に母親のように甘えてくる状況が一生続くと思ったからです。夫は経験から学んだり「このままじゃだめだ」と思うことがありません。それに加えて私が過去のトラウマを引きずり夫の顔色を伺ってしまうので依存関係が一生続く。夫の親もそういうことがわからない人なので、もうこれ以上人生を無駄にしたくないと思いました。

人間関係の基本は親との関係だから、子供の頃親に甘えられなかったことを大人になってもずっと抱え続けてしまうのはわかります。私もそうでしたから。だから優しく抱きしめてありのままの自分を肯定してくれる人が必要なんですよね。でも一生甘え続けていては成長がありません。親子の関係でもいつかは親離れ、子離れしなければならない…「幸せの扉と不幸の扉」の話をしてくれた人が言っていました。夫婦だと一生関係が続いていくのでこの点が難しいんですよね。お互いそういうことを認識していればいいのですが、私と夫の場合はダメでした。まぁもともと結婚しようと思ったきっかけがお互い不純で、お子様結婚だったんですけどね。その点RiceBowlさんは結婚を修行だと思ってらっしゃるのですごいと思います。

RiceBowlさんの彼が甘えてくるのは一時期だけのことだと思いますか?それとも一生続くと思いますか?彼母も一生息子に依存するつもりでわかってくれなくて、親から逃げたい彼がRiceBowlさん一人に押し付けたなら、RiceBowlさんにとっての修行というよりは、彼が自分の学ぶべきことを放棄するお手伝いをしてしまうのではないでしょうか。

RiceBowlさんはせっかく人生で色々学びたいと思われているのに、人に依存されて一生終わるのは勿体無い気がします。実際そうなってしまうかどうかは、彼の依存度によると思いますけどね。
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この回答へのお礼

んー 今までの彼の行動からすると、私に気持ちが向いているうちは、良くしてくれると思いますが、彼の気持ちがよそへ向くか、依存自体を無意味と思った途端、ポイッと捨てられそうな気がします。 そして、それは結婚して数年後というより、10年以上経ってから・・・

母親のそんなところがイヤだといいながら、彼母が人をモノのように思う感覚を、彼自身が持っているように思います(親子ですから、しょうがないかな)

誰と結婚しても、特に女性には、結婚は修行だと思います
自分の時間を、家族のための食事つくりやその他家事に費やさねばならないことは、あたりまえのように言われますが、ある意味、拘束されたなかで、やるべきことをやりたくない日でも続けるという修行です

また、出産もある意味、耐え難い苦痛に耐える修行だと思います
子供を持つとは、離れられない関係を作るということ 自分が自分だけの一人でなくなるということ
そこに大きな喜びもあるでしょうが、やはり修行の一つだと思うのです

ただ、今回の彼の件を修行だとするならば、私が結婚を修行と例えていることとは異質な修行であると思います

んー結論に近づいているのかな?

いつもご回答ありがとうございます

お礼日時:2009/06/22 17:03

こんばんは。

subaru2009です。

私の場合は「○○よりはマシだ」と思って生きてきました。
例えば「父のような人と結婚して離婚もできずに耐えなければならなかった母よりはマシだ」とか、「子供の頃は親に養ってもらわなければならなくてその代償に服従を余儀なくされたけど、今は大人になったので自分で稼げる。だから夫に養ってもらわなくても生きていける。子供の頃よりマシだ」とか…。いつしか自分が心から幸せだと思うことよりも、自分の今までの人生と比べてマシだと思うことで人生妥協してきたような気がします。

3ヶ月ぐらい前に、結婚して初めて父に今までの結婚生活のことを言いました。それまで言えなかったのは父にはどうせ理解されないだろうと思ったからです。でも違っていました。父は私に「お前の人生これでいいのか。このまま妥協して生きていっていいのか。」と言いました。今の夫と結婚したのは半分は父の押し付けだったのですが、その時は素直に「私の人生妥協したくない!!」と思ったのです。父は私に「あんな男だと見抜けなかった。悪い。」と言ってくれました。子供の頃からも結婚してからもずっと「自分の人生は自分のものだ」という気がしなかったから人生を大事にできなかったけど、今では「自分の人生なら大事にしよう。」と思うようになりました。それからは父とは今までにないぐらい素直に話ができるようになりました。

ちょうどその頃「幸せの扉と不幸の扉」の話をしてくれた人に出会いました。すごく親身になって相談に乗ってもらっていたのですが、言葉の行き違いから私がその人を信頼できなくなってしまい、言葉で攻撃してしまったんです。その人との縁を切ろうとまで思いました。自分の人生で信頼できる人と出会えるとは思っていなかったので、その出会い自体が信じられなかったのです。でも「今までもこういうことあったな。人を信じられないのは自分に問題があるからかもしれない。」と思い、謝って関係を回復してもらいました。自分の思い込みや人間不信で危うく大事な人を失うところでした。いくらいい人と出会ったとしても自分から手放してしまったのでは元も子もありません。

以前勤めていた会社でも上司に対して「この人は私を利用しようとしている」と思い辞めようとしていたことがあったのですが、実はそれは誤解だったことが判明しました。その上司は私を利用しようとしていたどころか、私のミスを全部被ろうとしてくれていたのです。

「私の人生は悪いことばかり起こるに違いない」と思っていましたが、今ではそうではないと思えるようになりました。ただやみくもにポジティブになるとかそういうことではなくて、「今までの人生が辛いことが多かったならこれからの人生でちょっとしたことでも幸せに思える」と気付いたのです。ただ、今の私にとっては幸せとは、自分の思いを押し殺して相手に合わせたり、「○○よりマシ」という妥協をすることではありません。特に辛い思いをしてきた人は、比べる対象が極端ですよね。だから普通の人には当たり前の「家族仲良く幸せに暮らす」ということがとてつもなく高いハードルに思えてしまうじゃないでしょうか。

「そういう人を引き寄せてしまう」というのはもしかしたらあるかもしれません。以前会計事務所に勤めていたのですが、上司が「安い時給でどんどん仕事を押し付けてやろう」みたいになってきて…結局退職しました。「会計事務所なんてたくさんあるのに、なんでこんなところに引っかかってしまったんだろう」と嘆きましたが、私も私で「キャリアを積むためなら会社を利用してやる」と思っていたことに気付きました。

だから夫に色々利用されてきたことも夫だけが問題じゃなくて、「私も親から離れて暮らすために夫を利用していたからだ」と思ったんです。

RiceBowlさんが彼と結婚したいと思ったのはどうしてですか?二人で人生の苦難を乗り越えて行けると思ったからですか?彼と結婚しても、精神疾患の彼母と縁を切ることができて二人だけで生活できたら「家族仲良く幸せな暮らし」が実現できると思いますか?
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この回答へのお礼

彼と結婚したいと思ったのは、程度の差はあれ、親に理解されない苦しさ、それに伴って成人してからの人間関係に苦労したという、共通の経験があるからです。 実家から離れるために利用する気はありませんよ(カウンセラーさんは、あえて利用したら?とおっしゃってましたが、それは違うと思うんです)

同じ痛みを知っているもの同士であれば、支えあっていけると思っていたからです

彼の親に関しては、無視して・・・とは思いませんが、親であれ、自分の都合で2人の仲を壊しにかかる相手であれば、一定の距離を置いて暮らし、なにかあるときは手伝うスタンスでいこうと思っていました。

そりゃ、相手の両親とも仲良くできれば一番いいのです。 しかし、人の性格ってそんなに変わるものじゃないし、それならその性格を認めたうえで、こちらはどう接していくのか。 という事が必要になると思います

以前、subaru2009さんがおっしゃっていたように、お互い独立した人間が、助け合いながら、時には甘えながら暮らしていくぶんにはいい関係が築けると思います。

付き合い当初は、お互い気持ちのわかる者同士、そういった関係でした。 そして結婚がいよいよ現実味をおびてきたころから、彼は私を母親のように甘えてきたりして、やめてくれるようお願いしても一向にきいてくれなくなりました。

そこから依存を疑うようになりました

そうなんですよね~ 辛い出来事が続くと、また不幸が続くんじゃないかって思っちゃうんですよね。 いい事があっても、受け入れられないというか素直に信じられないんです。

自分の思い込みで、大事な人を失うことだけは避けたいですね。 subaru2009さんは、その事に気づかれたんですね。

幸せの扉が開いてきてらっしゃるようにお見受けします

今日のメッセージをいただいて、妥協するんじゃなくて、自分はどうなりたいのか?何をしたいのか?という事を、自分に何度も聞いてみる必要があるのかな と思いました

あたりまえのことですが、そのあたりまえすら、今までの自分にはなかったんです

信じられませんが、今まで、人にあわせて自分を忘れて生きてきた、自分のことなのに、人にゆだねて生きてきた部分があるようだな と思うからです

少し光が見えてきた気がします

ご回答ありがとうございました

お礼日時:2009/06/17 12:56

おはようございます。

subaru2009です。

すごく気になったことがあります。言葉の揚げ足を取るようでほんとすみません。ただ、これがあなたの本心なんじゃないかな、って思ったので…。

>ただ、彼との関係自体が不幸なのか判断つきかねる部分もあって、もし彼と別れたら、もっと自分が不幸になりそうな気もするんです

「もっと自分が不幸に」ってことは、今の状態を既に不幸だと思ってらっしゃるということでは?

幸せの扉と不幸の扉の話をしてくれた人にもう一つ言われたことがあります。「人間は幸せになるために生まれてくるんだよ」って。RiceBowlさんは、子供の頃から自分の気持ちを後回しにして生きてきましたか?私も以前はそうでした。でもこれからの人生ではご自分の気持ちをもっと大事にされてもいいのではないかと思います。

確かに、自分の気持ちを知ることと判断(決断)することはまた別だとは思いますが…。
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この回答へのお礼

小さい頃から、周りにあわせて自分を殺して生きてきたところはあると思いますね。 両親とも、未だそうした”いい子”だった私が本当の私で、それに気づいて本心をどんどん話す今の私は、どうにかなってしまったと思っているようです。

修行かどうかはわかりませんが、彼と出会う3年ほど前から、当時の職場でストーカー被害に遭ったり、次の職場で、彼母のような人格障害の人にターゲットにされたり、精神的につらいことが立て続けに続いていました。

そんな最中に彼と出会い、屈託のない彼の態度に救われた部分も多々あります。 だから、ストーキングされたりしてる頃からすれば、いまのほうが断然幸せに感じるのです

そこで出てきた彼母の人格障害。 谷底につきおとされた気分でした。
この現実が、いったい自分に何を言わんとしているのかが、まったく理解できないのです。

ここまで、こういう人たちに立て続けに遭遇してしまうと、彼との関係を清算したとしても、また、私の周りにそういう人が来てしまうんじゃないかと気が気じゃありません。

これはそういった人と対峙しなさいという、私の修行なのかと思ってしまうのです。 それだったら、今、わかっている状態で、飛び込むほうがいっそマシなのかと・・・

ここまで来ると、3食たべられるだけでも幸せだ と思ってしまったり、ちょっと感覚がずれてきた気がして、投稿したというところもあります

それにつけてもsubaru2009さんの話を聞くにつけ、考えさせられることばかりです
そうなんですよね 私たちは幸せになるために生まれてきたはずなのに・・・
じゃあどうして、そんな人とばかり遭遇してしまうんだろう 私が呼び寄せているのかな??? ぜんぜん、そんな認識ないのになぁ

彼といることは、ストーキングされていた頃からすれば、幸せです
でも、家族仲良く、幸せに暮らしている人と知り合いたい 精神疾患でゴタゴタはもう勘弁! それが、私の切なる願いです

ご回答ありがとうございました

お礼日時:2009/06/16 14:05

こんばんは。



確かに自分に確信がないと踏み出せないし、行動し続けるのは困難ですよね。今の流れを断ち切って彼と別れるにはかなりの労力と精神力がいるわけですし。それで幸せになれるかどうかって目に見えないものですし。私も以前は自分にすごくコンプレックスがあったので「どうせ別れても…」って思ってました。

私も最初は夫がそういう人だと知った時に「これは修行なのか」と思いました。それで長年我慢してきたのもあります。ある人(幸せの扉と不幸の扉の話をしてくれた人)に夫のことを相談した時に、「このまま一緒にいるのはあなたのためにもよくないし、旦那さんのためにもよくない。別々の人生でそれぞれにいい出会いがある。もう旦那さんに合わせるのは止めて流れに身を任せなさい」と言われました。(その人には特殊な能力があるそうです)私には将来「本当に人を愛するとはどういうことか教えてくれる人が現れる」と言われました。その人の言う通りに夫に合わせるのを止めたのですが、そうすると今まで見えてこなかったものが見えるようになりました。夫の態度もあからさまに変わりました。(本人は気付いてないようですが)

「私が一緒にいるのは夫のためにもよくない」というのは、私が夫の顔色を伺って無理やり合わせたり尻拭いをしてあげることによって、夫は「ブチ切れれば相手をコントロールできる」と思ったまま一生を終えて結局は成長しないからだそうです。この話を聞いて「なるほどなぁ」と思いました。例えばアルコール依存症の人の近くにはイネイブラー(世話を焼いて助ける人)がいるというじゃないですか。依存症の人は「なんだかんだいっても助けてくれる人がいるから自分はこのままでいいんだ」って思ってしまうんですよね。で、イネイブラーは依存症の人の尻拭いをすることで一生を終えていくので、人間が生まれてきて一番学ぶべき「人を愛することはどういうことか」が学べないんです。

もし夫が自分の育ってきた家庭環境を教訓にして「自分は父親のようにはなりたくない」と思いながら自らを向上させようとする人で、私も夫と愛を育むことによって自分の育った家庭環境のトラウマを乗り越えていけて、一緒に成長していけるような間柄だったらよかったのですが、そうではなかったので「これは修行ではない」と思いました。だってこのまま夫と一緒に居ても、私のせいで夫の人間的成長を阻害してしまうわけですから。私も夫と愛情のない関係を継続するだけで、愛というものが何なのか分からないまま人生終わってしまいますし。そんな人生嫌だと思いました。

RiceBowlさんにとっての幸せって何ですか?彼と一緒にいることでRiceBowlさんが積むことのできる修行って何だと思いますか?
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こんにちは。


subaru2009です。
私もRiceBowlさんの質問に答えているうちに自分と向き合っているような感じです。

RiceBowlさんはフタが開いてしまった時にまたそのフタを閉めてしまわないで、きちんと向き合ってるじゃないですか。2回質問されてるということは、確証を得るまで向き合いたいということだと思いますよ。

自助グループに参加したのは自分の意思ですが、病院に行ったのは自分の意思ではありません。眠れないのは、結婚してからの夫の言動に振り回されたり、夫の実家の借金問題とか、夫にお金を渡す為にキャリアを積もうとして利益優先主義の会社に入ってしまって人間扱いされなかったり…それが原因だとわかっているので、できれば病院で処方された薬に頼るのではなく、もっと根本的な問題を解決するべきだと思っていたのですが、夫に「とっとと病院へ行け」と言われて怖くてそれに合わせたんです。

次は夫が「働け」と言ってくると思いますが、働くかどうかは自分で決めたいと思います。それで夫が豹変したとしても…。私が薬漬けになってでも無理して働けば夫は満足なんでしょうが、それではこれまでの繰り返しですからね。多分私が夫に合わせなくなったらこの結婚生活は成り立たなくなると思います。その時に夫が依存する相手を自分の母親に切り替えるのか、別の人を求めるのか、毎日ブチ切れながらでも私に依存し続けるのか、それはわかりません。「もうこいつは利用できない」夫がそう思うことが、この共依存関係から脱却する第二のステップだと思います。(第一のステップは自分が夫に依存していたことを自分で認めることでした)

夫は条件付で私に優しく接してくれますが、私も似たようなものです。例えば夫が風邪を引いた時にはお金を渡して病院に行くように頼みますが、それは夫のことが大切だからではなく、自分に風邪がうつって苦しむのが嫌だからです。そんな時「私は情がない人間だな」と思って自分を軽蔑していましたが、そうではなくて、夫とは最初から「情のない関係」だっただけなんだと思います。

「人生には幸せの扉と不幸の扉があって、どちらか一方しか開かない」という言葉を聞いたことがあります。夫と一緒に居る方が不幸の扉だとしたら、それを閉じないと幸せはやってこないんだと思います。
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この回答へのお礼

>できれば病院で処方された薬に頼るのではなく、...言われて怖くてそれに合わせたんです。

確かに、薬に頼りたくないという気持ちは強いですよね 効いてしまえば、つい「薬が・・・」って考えてしまいそう

>。「もうこいつは利用できない」夫がそう思うことが、この共依存関係から脱却する第二のステップだと思います。

第一のステップの後、次のステップが見えてこられたですね これって、進歩ですね 相手にそう思わせるんですね

>「人生には幸せの扉と不幸の扉があって、どちらか一方しか開かない」という言葉を聞いたことがあります。...それを閉じないと幸せはやってこないんだと思います。

うーん この言葉は考えさせられますね 私の場合、彼との関係を終わらせないと、次はやってこない って事でしょうか
ただ、彼との関係自体が不幸なのか判断つきかねる部分もあって、もし彼と別れたら、もっと自分が不幸になりそうな気もするんです
だから、ここで人生修行するのかな? って気持ちが確かにあります

はー、決心するのってホント難しい 勇気と覚悟が必要!?

ご回答ありがとうございました

お礼日時:2009/06/11 22:16

おはようございます。


subaru2009です。

3年ほど前に自分がACだと気付き、自助グループのミーティングに参加しました。最初は自分の体験を話すことにためらいを感じていましたが、そこでは「他人の発言に口を挟まない」「意見しない」というルールがあったので、安心してお話することができました。5回ほど通ったあたりで私はこう思いました。「私の人生色々あったけど、今夫に愛されている。これでいいじゃないか。」と。そこで私は自助グループを「卒業」しました。

それからは過去の辛いことを思い出す度に、「私には夫がいる」と思って耐えました。「私はこんなに夫に愛されているのだから、今病気で余命半年と診断されて死んでしまっても本望だ」と思っていました。

夫の実家の借金問題が発覚した時の夫の態度を見て、はっきりと「私は愛されていない」と感じました。それまで夫の言動で疑問に思うことは多かったのですが、私が頑張って夫に合わせていれば夫は優しくしてくれるので、無意識のうちに「気のせいだ」と思おうとしていたのです。

夫と別れたいと思いながらもすぐに行動に移すことができませんでした。「逃げても夫が追いかけてくる」と思ったのはもちろん、「実家から離れて生活できるメリットを失いたくない」とか「こんな私は、夫と別れてもろくな恋愛ができない。私を愛してくれる人はもう現れない」と思っていたからです。私は、夫が見せる見せ掛けの優しさ(愛)にしがみついてしまっていたのです。夫の「愛もどき」を失わないために、必死で夫の要求に従っていました。これが共依存の怖いところだと思います。

インターネットで「共依存」という言葉を調べた時、最初自分がそれに当てはまるとは思っていませんでした。夫に依存されていることは自覚していたのですが、私が夫に依存している自覚がなかったからです。でも本当に夫に愛されていて幸せだったら「今死んでもいい」と思うだろうか?自分の思い通りにならないとブチ切れる夫は私を本当に愛しているのだろうか?…色々な思いが頭をかけめぐりました。

そのことと向き合うのは私にとって困難で苦しいものでした。「夫に愛されていない」と認めることは、自分の存在価値を失うことになるからです。
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この回答へのお礼

現実と向き合うということは、時に自分を否定してしまうようで、つらいですね 自分自身に「私はこのために生きているんだ!」って芯があれば、いくら他人が否定しようが自分の存在価値を認められるのに と思います

その芯の部分がないから悩んでしまう・・・結婚のことを通して、結局自分自身の弱さと向き合っているのかもしれません

相手の気に沿うようにしたときだけ優しいような、条件つきの愛って何なんでしょうね
相手の人が、そういう形でしか人に優しく出来ない人だし、自分もそんな弱い人に振り回される弱い人間だって事なのかなぁ

subaru2009さんは、病院に行ったり自助グループに参加したり、行動されてる分、勇気あると思います
私の場合、自分の弱いところにフタしたまま生きてきて、ここでそのフタが開いちゃった気がします

続けてご回答ありがとうございました

お礼日時:2009/06/08 09:23

こんにちは。


subaru2009です。

最近私は精神科に通っています。夫に行くように言われました。最初は「病院に行こうね」という感じで優しかったのですが、そのうち「とっとと病院に行けよ。いつまでもダラダラしてるんじゃねぇよ。」と言われました。でも次の日はまた優しいんです。「subaru2009のことは僕が守るからね」と言います。前日ブチ切れたことを覚えていない、というよりは認識していないみたいです。夫は私をコントロールしようとしています。だから私が自分の思い通りになったかどうかに重点を置いていて、自分の言動が正常かどうか認識できないんだと思います。病院でうつ病と診断されたのですが、「職場のいじめが原因でうつ病になった」と言っても、夫は私の言葉を無視して働くように言って来ます。今はまだ優しく言って来ますが、そのうちブチ切れて強い口調で言うと思います。夫は優しいときは優しいのですが、冷たい時は私の存在を無視します。

夫の親や親戚に対するスタンスなんですけど、ちょっと特殊です。私が夫に何か責任を求めると(例えば子供ができた時のこととか)、「親や親戚が面倒をみてくれるから」と言います。でも親や親戚に問題が起きると途端に「お前なんとかしろ」となるんです。夫は自分の責任から逃れるために、その時々で言うことが違うんです。

結婚してから今まで、夫の言動が首尾一貫していたことが全くありません。その時々で都合のいいことをもっともらしく言っているだけです。

もし私が夫に離婚しようと言ったら、自殺すると脅されるか、殺すと脅されるか…そうなるような気がしてなりません。ACの人は特に幼い頃に親から虐待をされたりしてこういうことには敏感だから、より恐怖が増して、豹変させるぐらいなら従っておいた方がいいと思うんじゃないでしょうか。それに「親」という存在が自分を守るものではなかったから、味方がいないと思ってしまう…こういうことも関係を断ち切る弊害になっているのでしょうね。

そもそも私がこうなってしまったのは、親から離れるために「結婚」という大義名分が欲しかったために都合のよい相手を選んでしまったからだと思います。成人してるのだから、「結婚」という大義名分がなくとも、自分の意思で親元から離れる勇気があればよかったんですけどね。結婚云々の前に、まず自分が親の問題を解決してからじゃないと結婚しても幸せにはなれないんだと思いました。事実とんでもない相手を選んでしまったわけですし。共依存関係から逃れるつもりが、また違う共依存関係に巻き込まれてしまった…そういう感じです。

私の場合は、「愛する人と苦労を共にしている」というより、「夫の人生や面倒ごとを背負い込んでいる」という感じです。
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