書籍や映像作品、音楽作品には必ずプロデューサーや編集者という人がいますが、そういう人達はだいたい作品の何割くらいに携わっているんですか?
人によりますが、「自分の作品だ」という意識はあるんでしょうか?
もしくはそういう意識が持てるほど製作に携われるんでしょうか?
小説家、映画監督、音楽家という人と比べるとどう違いがあるんでしょうか?

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A 回答 (2件)

こんにちは。



作品に対する携わり方は、割合で示せるものではないんですよね。

プロデューサーがいなければ資金は集められませんし、制作に関する運営も不可能です。
作品の方向性を決めるのも、まぁ言うなればプロデューサーの手腕次第です。

そういう意味では100%携わっていると言えるんですが、
実際に構成を考えたり、モノを作ったり、演奏やパフォーマンスをしたり、といった
実作業はしないものですから、作品作りという意味においては0%だと言われても
間違いではなかったりするわけです。

実際に作っている(歌っている)のはオレだ。と言われたら、
プロデューサーは、ああそうだね。としか言えないわけでして。


>もしくはそういう意識が持てるほど製作に携われるんでしょうか?

そういう意識が無ければ、人は動かないし、作品もできません。
ただ「自分の作品だ」と言ってしまうと、反感しか買わないことも多いんではないかと思いますが。

「作品」を主体にすると、プロデューサーは親鳥みたいなもの。
ヒナが孵るために段取りをして、潰れないように守って、育てる側です。

また、「携わる」にはいろんな種類の手法がありますし、
携わり方を変えることができるのも、プロデューサーの腕次第と言えます。


逆に、誰かがプロデューサーを兼ねる場合もあるわけですが、
実際のところ、二足のわらじでなんとかなるほどカンタンではないと思います。

この回答への補足

丁寧にありがとうございます。
色んな監督やプロデューサの経歴のようなものを見ていると、例えば早稲田大学文学部卒業とか、専門的な学校で技術を学んでいるわけではないのに、監督として作品を作っている人もたくさんいるようです。
そういう人達はどうやってその仕事にたどり着いたんでしょうか?

補足日時:2009/05/25 05:25
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「何割」というか、例えば小説においては、小説家は小説家の仕事を十割こなしていて、編集者は編集者の仕事を十割こなしているだけの話です。

もう少しわかりやすく言うと、基本的には、作家(アーティストを含む)は創作作業をする人で、プロデューサーや編集者は商品化する人です。

例えば、音楽家が曲を書いたり、その曲を楽器で演奏したり歌を歌ったりする。プロデューサーはそれに対して、「その歌詞は放送禁止用語だからやめとこうね」とか「そこのギター・パートは、もう少し派手にしたほうが売れるんじゃないかな」とか「音楽家さんよ、録音技師には誰それを雇うと、あんたの理想に近づけるよ」といったアドバイスをしたり、それに基づいた手配をしたり、製作費を提供したりします。

作家一人では作品はなかなか売れないし、プロデューサーや編集者ひとりで作品を作ることはなかなかできません。もちろん、作家とプロデューサーを一人の人が兼ねている、ということも多々ありますが。

この回答への補足

丁寧にありがとうございます。
色んな監督やプロデューサの経歴のようなものを見ていると、例えば早稲田大学文学部卒業とか、専門的な学校で技術を学んでいるわけではないのに、監督として作品を作っている人もたくさんいるようです。
そういう人達はどうやってその仕事にたどり着いたんでしょうか?

補足日時:2009/05/25 05:30
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